西村 喜廣(にしむら よしひろ、1967年4月1日 - 20… 西村 喜廣(にしむら よしひろ、1967年4月1日 - 2026年5月25日)は、日本の特殊メイクアップアーティスト、映画監督。有限会社西村映造の代表取締役。日本映画監督協会会員。 東京都台東区浅草出身。幼少時より映画作品に強い関心を持ち、レイ・ハリーハウゼンによる「シンドバッドシリーズ」に感銘を受け特殊造形の道を志す。学生時代から自主映画を制作。特殊造型、特殊メイク、撮影、照明ほか、映像制作に必要な技術を独学で習得する。 園子温とは大学生時代からの映画仲間。また蓮舫、TOKMAも彼の自主映画『聖者が街にやって来た』に出演している。 青山学院大学卒業後、太陽企画入社。CM制作会社に入りプロの現場を学ぶ。
板垣 伴信(いたがき とものぶ、1967年4月1日 - 20… 板垣 伴信(いたがき とものぶ、1967年4月1日 - 2025年10月16日〈訃報発表日〉)は、日本のゲームクリエイター。テクモ(現:コーエーテクモゲームス)所属、ヴァルハラゲームスタジオ最高顧問等を経て株式会社板垣ゲームズ代表取締役社長。代表作は『デッド オア アライブ シリーズ』『NINJA GAIDEN』。 早稲田大学法学部を卒業後、1992年にテクモ株式会社に企画志望で入社。セガも候補としてあったが「電車1本で行ける距離だから」としてテクモを選ぶ。プログラミングも得意としていたため、企画ではなく開発に回される。初仕事は『キャプテン翼IV』で、自身の担当した3D風パス相手選択画面が不評であり、技術と遊びを高度に融合させなければ駄目だ、との独自の哲学を持つようになる。
今川 拓郎(いまがわ たくお、1966年〈昭和41年〉4月1… 今川 拓郎(いまがわ たくお、1966年〈昭和41年〉4月1日 - )は、日本の郵政・総務官僚。 静岡県富士宮市出身。静岡県立清水東高等学校を経て、1988年(昭和63年)、東京大学教養学部を卒業。1990年(平成2年)、東京大学大学院総合文化研究科修士課程を修了。同年4月、郵政省に入省。 入省後、1993年(平成5年)にアメリカに留学し、ハーバード大学で経済学博士を取得。帰国後、郵政省放送行政局放送技術政策課課長補佐、同局放送政策課課長補佐、同省通信政策局政策課課長補佐を経て、2000年(平成12年)7月に大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授に就任。その後、総務省情報通信政策局総合政策課統括補佐、同省総合通信基盤局事業政策課企画官、同省情報通信国際戦略局情報通信政策課情報通信経済室長、情報流通行政局地上放送課企画官、経済産業研究所コンサルティングフェロー、同省デジタル放送受信者支援室長、同省情報流通行政局地域通信振興課長、同局情報流通振興課長、同省情報通信国際戦略局情報通信政策課長、同省総合通信基盤局総務課長、同局電気通信事業部長、同省情報流通行政局郵政行政部長などを歴任。
酒井 駒子(さかい こまこ、1966年〈昭和41年〉4月1日… 酒井 駒子(さかい こまこ、1966年〈昭和41年〉4月1日 - )は、日本の絵本作家。兵庫県生まれ。 東京芸術大学美術学部油絵科卒業。大学時代は演劇をしており、女優としても活動した。卒業後、一旦就職し和物テキスタイルのデザイナーとして約5年ほど勤務したが、退職後に絵本作家を目指すようになる。公募制の講談社絵本新人賞で佳作を受賞するも、この時点では作家デビューは叶わず。 その後フリーランスの絵本編集者・土井章史と小野明の2人が共同主宰していた『あとさき塾』に何年か通って学び、デビュー作の担当編集も土井となり、1998年10月刊行の『リコちゃんのおうち』(偕成社、ISBN 4-03-204940-8)にて絵本作家としてデビュー[リンク切れ]。
ピグモン 勝田(ピグモン かつた、本名:勝田 啓司〈かつた … ピグモン 勝田(ピグモン かつた、本名:勝田 啓司〈かつた けいじ〉、1965年4月1日 - 1994年10月24日)は、大川興業所属のお笑い芸人。 父はテレビ朝日の元プロデューサー・勝田康三。母も一時期、女優として活動していた経験があった。 1965年、東京都に生まれる。文京区の京華高校普通科から青山学院大学卒業後は、広告代理店に勤務。1990年に大川興業に入団。尊敬する芸能人は田原俊彦で、彼を人生の目標としていた。 真面目な性格で、「もし1万人の友達が出来たら武道館でパフォーマンスが出来る」という目標にしていた。座右の銘は「まだまだ」、21世紀の目標は「平穏な日々を送ること」だった。大島勝美との漫才コンビ「トーキング」としても活動していた(大島は勝田の死後、「プリオ」を結成)。
寺口 昌伸(てらぐち まさのぶ、1965年4月1日 - )は… 寺口 昌伸(てらぐち まさのぶ、1965年4月1日 - )は、日本の税理士(近畿税理士会所属)。大阪府堺市出身。 昭和58年、明星高校を卒業(82回生)後、昭和62年、関西学院大学経済学部を卒業する。昭和63年、大阪国税局管内の東税務署において法人課税部門で勤務する。平成2年、大阪市内税理士事務所やコンサルタントで勤務する。平成4年、税理士登録を行う。平成8年、寺口税理士事務所を開業する。
小野 リエ(おの リエ、1965年4月1日 - )は、日本の… 小野 リエ(おの リエ、1965年4月1日 - )は、日本の元ファッションモデル、元グラビアアイドル、元実業家。 武蔵野高校卒業。高校卒業後、スチュワーデス(客室乗務員)を目指して専門学校に進学し通っていたが、その専門学校生時代に東京・原宿でスカウトされ、モデルとしてデビュー。 太字は主演、もしくはメインキャラクター。
東川 直正(とがわ なおまさ、1964年4月1日 - )は、… 東川 直正(とがわ なおまさ、1964年4月1日 - )は、日本の国土交通技官。京都府建設交通部長や、国土交通省近畿地方整備局長を経て、2025年日本国際博覧会協会副事務総長。 大阪市出身。大阪府立大手前高等学校を経て、1989年京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了、建設省入省。 京都国道事務所長、奈良県土木部道路建設課長、国土交通省国土政策局広域地方政策課調整室長、京都府建設交通部長、近畿地方整備局道路部長を経て、2017年関東地方整備局企画部長。 2018年国土交通省道路局国道・技術課長。2019年国土交通省大臣官房技術審議官。 2021年近畿地方整備局長、土木学会理事。2022年国土交通省大臣官房付、2025年日本国際博覧会協会理事・副事務総長。
柴崎 澄哉(しばさき すみや、1963年4月1日 - )は、… 柴崎 澄哉(しばさき すみや、1963年4月1日 - )は、日本の財務官僚。IMF審議役、東京大学大学院教授、国税庁調査査察部長、財務省大臣官房審議官、人事院人材局長、職員福祉局長などを経て、人事院事務総長。 神奈川県出身。横浜国立大学教育学部附属鎌倉中学校、神奈川県立湘南高等学校を経て、東京大学文科二類に入学。国家公務員I種試験(経済)に合格。東京大学経済学部を卒業後、1986年大蔵省に入省。証券局総務課に配属。 1989年在フィリピン日本国大使館二等書記官、1992年札幌国税局滝川税務署長。1993年国際金融局金融業務課課長補佐として、スイス・バーゼルのBIS(国際決済銀行)各種会合に参加しデリバティブズ(金融派生商品)規制ルールの策定に携わるとともに日米包括経済協議の金融分野や保険分野の協議に参加。
多昌 博志(たしょう ひろし、1963年4月1日 - 202… 多昌 博志(たしょう ひろし、1963年4月1日 - 2026年4月7日)は、日本のアナウンサー、実業家(ティップネス取締役常務執行役員〈日本テレビ放送網社長室出向局次長現職出向〉)。日テレ学院第6代学院長。神奈川県川崎市出身。 日本テレビ元アナウンサー。桐蔭学園高校→中央大学法学部卒業。 1985年に日本テレビ入社。同期には鷹西美佳・日高直人がいる。アナウンサー時代は主としてスポーツ中継(プロ野球、サッカー、箱根駅伝など)が中心だったが、その後はスポーツから退き報道・情報番組のレポーターやスタジオキャスターを担当していた。1998年には『 “今世紀最後”アメリカ横断ウルトラクイズ』で、決勝開催地なった西インド諸島に司会の福留功男が万が一未到着となった場合に備え、現地に先乗りしスタンバイしていたが、福留は無事到着し、オンエアに登場しなかった。
樫尾 直樹(かしお なおき、1963年4月1日 - )は、日… 樫尾 直樹(かしお なおき、1963年4月1日 - )は、日本の社会学者。慶應義塾大学文学部准教授。ラーメン二郎と縁が深いことで知られる。 富山県出身。1986年慶應義塾大学経済学部卒業。1995年東京大学大学院人文科学研究科宗教学・宗教史学専攻博士課程修了。早稲田大学人間科学部助手・東京外国語大学外国語学部助手などを経て、現在慶應義塾大学文学部准教授。専門は宗教学。新宗教運動の人類学的調査研究を行い、日本、韓国、フランスをフィールドワークの対象としている。坐禅と道教瞑想を日課とし、身体実践を通じた比較瞑想論と宗教間対話論を提唱。瞑想行の一般理論構築を目指している。 好きなものはラーメン二郎。なお、ラーメン二郎三田本店との関係が深いことから、同店で提供される鍋二郎を食べられる慶應義塾大学の4団体(慶應義塾体育会本部、慶應義塾体育会相撲部、慶應義塾大学應援指導部、樫尾直樹研究会)のうちの一つであり、同氏の研究会においては年に数回鍋二郎を食べることができる。
小笹 公也(おざさ ともや、1963年4月1日 - )は、日… 小笹 公也(おざさ ともや、1963年4月1日 - )は、日本の実業家、馬主。 株式会社リンクアンドモチベーション代表取締役会長の小笹芳央は実兄。 日本中央競馬会(JRA)および地方競馬全国協会(NAR)に登録する馬主として知られる。勝負服の柄は黄、赤ダイヤモンド、青袖、冠名には自身のイニシャルである「T.O.(Tomoya Ozasa)」より「テーオー」を用いる。現在は、札幌馬主協会相談役を務めている。 馬主となったきっかけは、厩務員経験のある社員がオンテックスに入社し話すようになった事だという。幼い頃には父親の読む競馬新聞を買いに行ったこともあった。 実兄の芳央も馬主登録をしており、「芳央」の音読みから「ホウオウ」を冠名としている。
甘利 祐一(あまり ゆういち、1963年4月1日 - )は、… 甘利 祐一(あまり ゆういち、1963年4月1日 - )は、日本の実業家。コメダホールディングス代表取締役社長。 1963年、東京都出身。大学時代は明治大学應援團で活動し、1985年の明治大学経営学部卒業後は三和銀行に入行。2006年、セガサミーホールディングスに入社。同社代表取締役専務などを務めた後、2011年にタイヨーエレック代表取締役社長に就任。2019年にコメダに転じた後、2022年に同社代表取締役社長に就任。
安井 慎一(やすい しんいち、1963年4月1日 - )は、… 安井 慎一(やすい しんいち、1963年4月1日 - )は、日本の自動車技術者、経営者。トヨタ自動車役員。愛知県出身。 1963年4月1日生まれ。明治大学大学院機械工学科を修了し、1988年にトヨタ自動車に入社した。開発企画部にてエアバッグの先行開発に従事した他、シートベルトの開発などに従事した。 2002年よりカローラシリーズの開発に参加。チーフエンジニアを務め、10代目および11代目カローラの開発を主導した。 2015年4月、トヨタ自動車常務理事(Executive Chief Engineer)に就任。2017年4月には常務役員に昇格し、同時にトヨタ モーター エンジニアリング アンド マニファクチャリング ノース アメリカ社長、トヨタ モーター ノース アメリカR&D Executive Vice Presidentを兼務した。
八巻 和弘(やまき かずひろ、1961年4月1日 - )は、… 八巻 和弘(やまき かずひろ、1961年4月1日 - )は、小学館の漫画編集者。東京都出身。 神奈川県立厚木高等学校、早稲田大学卒業。『ヤングサンデー』、『週刊少年サンデー』、『ビッグコミックスピリッツ』などの担当を経て、『ビッグコミックスペリオール』の副編集長となる。 土田世紀の漫画『編集王』の主人公・カンパチのモデルと言われているほか、『おごってジャンケン隊』『社長DEジャンケン隊』(現代洋子)では作中に実名で登場し、作者の現代共々ジャンケンで何度も敗北して自腹を切らされる。『おごってジャンケン隊』では、アイドルは西村知美が好きで、ミュージシャンでは藤井尚之が好きだということを明かした。原秀則の作品『冬物語』では名字だけではあるが八巻という酒癖の悪い東大生が登場する。
高橋 克実(たかはし かつみ、1961年〈昭和36年〉4月1… 高橋 克実(たかはし かつみ、1961年〈昭和36年〉4月1日 - )は、日本の俳優、タレント、声優、司会者。新潟県三条市出身。シス・カンパニー所属。愛称は「カッツミー」。
小田 かおる(おだ かおる、本名:小尾 薫〈おび かおる〉 … 小田 かおる(おだ かおる、本名:小尾 薫〈おび かおる〉 1961年4月1日 - )は、日本の女優、ポルノ女優、AV女優。山梨県出身。小田薫名義での出演もある。山梨県立甲府第一高等学校卒業。 1981年に上京して印刷会社に勤務。その後、知人の勧めで始めた雑誌のグラビアモデルを経て、1983年に「セーラー服 百合族」でデビューする。当初は日活ロマンポルノの作品を中心に活動。ボーイッシュな魅力と山本奈津子との百合族コンビで人気を博す。その活躍からテレビのバラエティ番組や一般ドラマへと活動の幅を広げていった。また、谷隼人の不倫相手として週刊誌上に載ったことがある。 32歳の時に5歳年上の舞台俳優と結婚、娘を出産。
羽場 裕一(はば ゆういち、1961年4月1日 - )は、日… 羽場 裕一(はば ゆういち、1961年4月1日 - )は、日本の俳優である。所属事務所はシス・カンパニー。長野県伊那市出身。長野県高遠高等学校卒業、駒澤大学文学部中退。
吉田 峰明(よしだ みねあき、1961年4月1日 - )は、… 吉田 峰明(よしだ みねあき、1961年4月1日 - )は、福岡県福岡市生まれの作曲家。
川人 憲治郎(かわんど けんじろう、1961年4月1日 - … 川人 憲治郎(かわんど けんじろう、1961年4月1日 - )は、日本のアニメーションプロデューサー。株式会社ディオメディア制作部本部長。 グループ・タック、サテライトなどでアニメーションプロデューサーを歴任。配偶者は声優の真山亜子(旧芸名:水原リン)。 香川県丸亀市出身。大阪芸術大学卒業後、上京するとともにアニメ制作会社、グループ・タックに入社。 以降、多数のアニメーションプロデュースに関わっている。劇画タッチのアニメから萌え系まで、幅広い作品を手掛けている。
首藤 健二郎(しゅとう けんじろう、1960年4月1日 - … 首藤 健二郎(しゅとう けんじろう、1960年4月1日 - )は日本の政治家。大分県議会議員。 以前は大分県を拠点に活動するローカルタレント。大分県竹田市出身。(有)オフィス・ケン代表取締役。ニックネームは「健ちゃん」。「豊後のスーパースター」とも呼ばれていた。 大分県立竹田高等学校卒業後早稲田大学に入学するが中退。中退後はお笑いの勉強に励み、その後大分に帰りイベントの司会などをしていたときにOBSラジオのディレクターにスカウトされ、同局の深夜番組『君のハートにナイトイン』のパーソナリティとして一躍有名になる。以来主にOBSの番組に多く出演し、大分ローカルタレントの第一人者として活躍を続けていた。
川福 純司(かわふく じゅんじ、1960年(昭和35年)4月… 川福 純司(かわふく じゅんじ、1960年(昭和35年)4月1日 - )は、日本の経営者。大阪チタニウムテクノロジーズ代表取締役社長。 1985年3月、大阪大学大学院応用化学・工業化学修了。同年4月1日、神戸製鋼所入社。入社後、主に神戸製鋼所のチタン部門に在籍し、チタン本部長やチタン本部担当役員補佐を務めた。大阪チタニウムテクノロジーズの社長は神戸製鋼所と住友金属工業(現日本製鉄)出身者が担ってきたが神戸製鋼所出身者は川福で三代連続となる。2021年に日本製鉄が持ち株を大幅に売却し筆頭株主が神戸製鋼所になったことも要因の一つである。神戸製鋼所出身の前社長杉崎康昭や前々社長の関勇一は神戸製鋼所技術開発本部の出身であり、同社チタン本部出身の大阪チタニウムテクノロジーズ社長は川福が初めて。
奥田 靖己(おくだ せいき、1960年4月1日 - )は、大… 奥田 靖己(おくだ せいき、1960年4月1日 - )は、大阪府出身のプロゴルファー。宝塚高原GC所属。 この項目は、ゴルフに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト ゴルフ)。
塚原 義弘(つかはら よしひろ、1960年4月1日 - )は… 塚原 義弘(つかはら よしひろ、1960年4月1日 - )は、北海道釧路市出身の作曲家。(株)スタジオリッチョ代表を務めている。静岡県浜松市の河合楽器ピアノ調律師養成所を1980年に卒業後、釧路でピアノ調律師として働く。その後札幌市のゲーム制作会社に就職。独立後はライブスタジオを立ち上げる。札幌大谷大学、東海大学、札幌国際大学に於いてサウンドデザイン等の非常勤講師を務める。北海道作曲家協会。
森岡 利行(もりおか としゆき、1960年4月1日 - )は… 森岡 利行(もりおか としゆき、1960年4月1日 - )は、日本の脚本家・映画監督・演出家。 大阪府八尾市出身。20代の頃は舞台俳優として、状況劇場、ブリキの自発団、劇団離風霊船といった劇団を転々とした。1993年に劇団「ストレイドッグ」を結成する。1995年に「新・悲しきヒットマン」で脚本を書き、2000年に「クラヤミノレクイエム」で映画を監督し、2004年に映画化企画『路地裏の優しい猫』が第3回日本映画エンジェル大賞を受賞したのちに映画化されて、2008年に「子猫の涙」として公開された。第20回東京国際映画祭「日本映画 ある視点」部門で特別賞を受賞した。現在は脚本、映画監督、舞台演出などの活動が主である。
河上 敬也(かわかみ たかや、1959年4月1日 - )は、… 河上 敬也(かわかみ たかや、1959年4月1日 - )は、北海道小樽市出身の野球指導者。高校野球監督を経て、2022年に北海道フロンティアリーグ・美唄ブラックダイヤモンズの初代監督を務めた。 現役時代は外野手としてプレー。北照高校3年夏は、南北海道大会準決勝で敗退した。1977年に同高を卒業し、1981年に札幌大学経営学部経営学科を卒業した。同年に北海道教育大学札幌校の聴講生となり、常勤講師として母校・北照高校の硬式野球部の監督に就任。1983年に聴講生を終了し、同高の保健体育教諭(のち、特任講師)となる。 1991年の夏の甲子園で小樽支部の高校としては初となる甲子園大会出場を果たし、2000年春には甲子園初勝利を達成した。
岸 信夫(きし のぶお、旧姓:安倍、1959年〈昭和34年〉… 岸 信夫(きし のぶお、旧姓:安倍、1959年〈昭和34年〉4月1日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(4期)、防衛大臣(第21・22・23代)、内閣総理大臣補佐官(国家安全保障に関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題担当)、参議院議員(2期)、衆議院外務委員長、外務副大臣、防衛大臣政務官、自民党外交部会長、衆議院安全保障委員長、自由民主党山口県支部連合会会長、日華議員懇談会幹事長を歴任した。初入閣は防衛大臣となったが、「国防族というよりは外交族」と言われ、主として外交関係のポストで地歩を築いてきた。 実父は外務大臣・内閣官房長官を歴任した安倍晋太郎、実母は安倍洋子。実兄は元内閣総理大臣の安倍晋三、祖父の岸信介、大叔父の佐藤栄作はいずれも内閣総理大臣を務めている。
難波 奨二(なんば しょうじ、1959年4月1日 - )は、… 難波 奨二(なんば しょうじ、1959年4月1日 - )は、日本の労働運動家、政治家。立憲民主党所属の元参議院議員(2期)。元参議院内閣委員長、元立憲民主党参議院国会対策委員長。 岡山県小田郡美星町(現:井原市)生まれ。岡山県立成羽高等学校(現:岡山県立高梁城南高等学校)卒業後、郵政省に入省し、玉島郵便局外務職員。その後、社会党系の組合活動に従事し、岡山地区本部執行委員・同書記長、中央本部委員・同書記長等を歴任する。2007年、郵政民営化に伴い発足した日本郵政グループ労働組合の初代書記長に選出される。2009年6月より日本郵政グループ労働組合特別中央副執行委員長。 2010年、第22回参議院議員通常選挙に民主党公認で比例区から出馬し、党内7位の144,782票を獲得して初当選した。
西尾 大介(にしお だいすけ、1959年4月1日 - )は、… 西尾 大介(にしお だいすけ、1959年4月1日 - )は、日本のアニメーション監督である。広島県三次市出身。東映アニメーション所属。
阪井 博(さかい ひろし、1959年4月1日 - )は、日本… 阪井 博(さかい ひろし、1959年4月1日 - )は、日本の検察官、公証人。函館地方検察庁検事正、金沢地方検察庁検事正兼名古屋高等検察庁金沢支部長、宇都宮地方検察庁検事正等を歴任した。 東京都出身。中央大学法学部卒業。1988年東京地方検察庁検事任官。横浜地方検察庁検事、外務省総合外交政策局出向、東京高等検察庁検事、名古屋地方検察庁刑事部長、東京地方検察庁特別公判部長、神戸地方検察庁姫路支部長、函館地方検察庁検事正等を経て、2017年6月23日金沢地方検察庁検事正。2018年金沢地方検察庁検事正兼名古屋高等検察庁金沢支部長。2018年10月30日宇都宮地方検察庁検事正。2019年退官、目黒公証役場公証人。
安藤 高夫 (あんどう たかお、1959年〈昭和34年〉4月… 安藤 高夫 (あんどう たかお、1959年〈昭和34年〉4月1日 - )は、日本の政治家、医師。自由民主党所属の衆議院議員(3期)。 厚生労働大臣政務官(第2次石破内閣)などを歴任した。 東京都渋谷区生まれ。1984年(昭和59年)、日本大学医学部卒業。1989年(平成元年)、父の忠夫が死去、同年、2代目の医療法人永生会理事長に就任した。 2010年(平成22年)7月11日、第22回参議院議員通常選挙に比例代表から民主党公認、日本医師連盟、日本医療法人連盟、日本病院会政治連盟、全日本病院会政治連盟などの推薦で出馬するも落選。この選挙では、日本医師連盟支援を受けた自民党現職の西島英利とみんなの党新人の清水鴻一郎も落選した。
上山 典男(かみやま のりお、1959年4月1日 - )は、… 上山 典男(かみやま のりお、1959年4月1日 - )は、日本の技術者、実業家。日本ケミコン株式会社代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長(現職)。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
李 朋彦(이 붕언、1959年4月1日 - )は、在日韓国人… 李 朋彦(이 붕언、1959年4月1日 - )は、在日韓国人の写真家(在日三世)。 大阪市出身。19歳のときに大韓民国籍となる。 1979年に日本写真専門学校を卒業。卒業後の1980年から3年にわたり韓国国内で撮影をおこない、1983年に最初の個展を開いた際に、本名を宣言した。1985年からはフリーランスとなっている。 2005年には、3年半にわたって在日一世90人を尋ね、その人生を振り返った写真集『在日一世』を刊行。2010年に自らのルーツを探った旅行記『たぶん僕はいま、母国の土を踏んでいる。』を刊行した。
川上 弘美(かわかみ ひろみ、旧姓:山田、1958年4月1日… 川上 弘美(かわかみ ひろみ、旧姓:山田、1958年4月1日 - )は、日本の小説家。東京都生まれ。大学在学中よりSF雑誌に短編を寄稿、編集にもたずさわる。高校の生物科教員などを経て、1994年、短編「神様」でパスカル短篇文学新人賞を受賞。1996年「蛇を踏む」で芥川賞受賞。日本芸術院会員。 幻想的な世界と日常が織り交ざった描写を得意とする。作品のおりなす世界観は「空気感」と呼ばれ、内田百閒の影響を受けた独特のものである。その他の主な作品に『溺レる』、『センセイの鞄』、『真鶴』、『水声』など。 俳人でもあり(デビューと前後し、ネットで知り合った仲間と俳句を始めた)小澤實主宰の『澤』に投句しているほか、長嶋有らとともに句誌『恒信風』で句作活動をしている。
杉浦 文夫(すぎうら ふみお、1958年4月1日 - 201… 杉浦 文夫(すぎうら ふみお、1958年4月1日 - 2016年10月25日)は、日本の経済評論家、民間人校長。元東愛知新聞社編集局次長、愛知大学三遠南信地域連携センター会議委員。豊橋ユネスコ協会理事。 愛知県出身。愛知県立時習館高等学校を経て、慶應義塾大学卒業。名古屋市立大学大学院経済学研究科修士課程単位取得満期退学。日本電装(現デンソー)海外事業企画部北中南米係長、デンソーメキシコ秘書役兼企画部長を経て退社後、東愛知新聞社編集局報道部記者、同社政治経済部長歴任後、編集局次長を務めた。また、浜松市立高等学校の民間人校長や豊橋百科事典編集委員にも選任された。
須藤 佳代子(すどう かよこ、1957年4月1日 - )は、… 須藤 佳代子(すどう かよこ、1957年4月1日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、元全日本選手。 東京都世田谷区出身。中学1年よりバレーボールを始める。八王子実践高校を経て、1975年に富士フイルム女子バレーボール部に入部。 1977年から1978年にかけて全日本に選出され、ワールドカップ金メダルおよび世界選手権銀メダルを獲得。 1979年から1981年まで富士フイルムの主将を務め、第12回日本リーグでサーブ賞を獲得した。1981年に現役引退後は富士フイルム本社で女子社員の労務関係の仕事をしていた。
丸山敬(まるやま けい、1957年4月1日- )は、日本の医… 丸山敬(まるやま けい、1957年4月1日- )は、日本の医学者・薬理学者。医学博士(1985年)。埼玉医科大学教授。 丸山工作の長男として東京都に生まれる。東京大学医学部医学科卒業、同大学院医学系研究科博士課程(薬理学)修了。1985年医学博士の学位を取得。カルシウム結合蛋白質、アルツハイマー病、神経特異的遺伝子などの研究、および臨床医もやり、2000年埼玉医科大学医学部薬理学教室に着任、教授。基礎医学と臨床医学の架け橋教育を模索している。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
永松 治夫(ながまつ はるお、1957年4月1日 - )は、… 永松 治夫(ながまつ はるお、1957年4月1日 - )は、日本の実業家。東洋エンジニアリング代表取締役社長、エンジニアリング協会理事長。 東京都出身。1975年千葉県立千葉高等学校卒業。1979年横浜国立大学工学部卒業。1981年横浜国立大学大学院工学研究科エネルギー材料研究施設修士課程修了、東洋エンジニアリング入社。2013年執行役員インフラプロジェクト本部長。2016年常務執行役員インフラ事業本部長。2017年取締役常務執行役員インフラ事業本部長。2018年から代表取締役社長を務め、新日鉄住金エンジニアリングとの連携などにあたり、山口正明取締役会長らと共に経営再建を進めた。2019年エンジニアリング協会理事長。
原 悦子(はら えつこ、1956年4月1日 - )は、日本の… 原 悦子(はら えつこ、1956年4月1日 - )は、日本の女優。 新潟県新潟市出身、相模女子大学高等部卒。日活ロマンポルノの黄金期を支えた重要な女優の一人である。 当時は「原悦子大明神」と言われるほど人気を博した、元祖ポルノ・アイドルであった。 本名(広橋寿美栄=ひろはしすみえ)。デビュー時の芸名は「広橋すみれ」。1974年放送のTVドラマ「われら青春!」に生徒役で出演。また、同年放送スタートのTVドラマ「純愛山河 愛と誠」にも生徒役で出演している。そして、TVドラマ「われら青春!」に出演していた時期に、フジテレビの「オールスター家族対抗歌合戦」のアシスタント(ADのような仕事)もしていた。俳優を目指して大映の第一演技研究所で演技の勉強をし、テレビCM等で活躍していたが、1976年、平凡出版(現マガジンハウス)より発行された平凡パンチ誌上のメイトクラブで、メイト・ガールとしてグラビアでデビュー。
白石 徹(しらいし とおる、1956年4月1日 - 2017… 白石 徹(しらいし とおる、1956年4月1日 - 2017年3月17日)は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(2期)。愛媛県議会議員(3期)。 愛媛県新居浜市生まれ。愛媛県立新居浜西高等学校卒業後、早稲田大学に入学。1978年に早稲田大学理工学部工業経営学科、1980年に早稲田大学理工学部土木工学科を卒業。 実家の建設会社白石建設工業社長やハートネットワーク取締役、日本青年会議所副会頭などを務め、1999年に愛媛県議会議員選挙に立候補し初当選。その後、3期連続当選。 衆議院議員・小野晋也の不出馬表明に伴って行われた自由民主党愛媛県連の候補者の公募に応募し公認を獲得。2009年の第45回衆議院議員総選挙に愛媛3区から立候補したが、民主党新人の白石洋一に敗れ、落選した。
奥友 志津子(おくとも しづこ、1956年4月1日 - 20… 奥友 志津子(おくとも しづこ、1956年4月1日 - 2026年6月25日)は、日本の女性漫画家。岩手県遠野市出身。 1975年、集英社の少女誌『りぼん』増刊夏の号にて「ねじれた時間」でデビュー。初期は主に『りぼん』や『りぼん』増刊号などで読み切りを掲載後、秋田書店の少女雑誌である『ボニータ』や『ひとみ』を中心に連載していた。代表作は通巻5冊の単行本が発行された「ドリーマー」シリーズ。 2010年から2014年まで、自らのブログ上で作品を発表していた(不定期)。 2026年6月25日に永眠したことを、同年7月5日に漫画家の中村理恵がXで報告した。70歳没。 ※出版社の明記がない作品は秋田書店発行。
星野 信吾(ほしの しんご、1955年4月1日 - )は、日… 星野 信吾(ほしの しんご、1955年4月1日 - )は、日本の政治家。勲等は旭日小綬章。 埼玉県富士見市長(2期)、富士見市議会議員(3期)を務めた。 埼玉県富士見市生まれ。東京教育大学附属坂戸高等学校(現筑波大学附属坂戸高等学校)、東京農業大学農学部卒業。 東入間青年会議所理事長を経て、1997年に富士見市議会議員選挙に出馬し、初当選。2005年には富士見市議会議長に就任した。2008年に富士見市議を任期途中で辞職し、富士見市長選挙に出馬。現職の浦野清富士見市長らを破り、当選した。 2012年、富士見市長再選。2016年4月1日、今期限りでの引退を表明。次期市長に選出された星野光弘は遠縁の親戚にあたる。
岡村 猛(おかむら たけし、1955年4月1日 - )は、日… 岡村 猛(おかむら たけし、1955年4月1日 - )は、日本の大学野球指導者。
下條 信輔(しもじょう しんすけ、1955年4月1日 - )… 下條 信輔(しもじょう しんすけ、1955年4月1日 - )は、日本の認知心理学者。カリフォルニア工科大学教授。実験心理学的な手法によって人間の認知過程(特に視覚)についての研究を行っている。東京都生まれ。大学時代には第19次『新思潮』に参加し、小説を書いていた。
平沢 進(ひらさわ すすむ、1954年〈昭和29年〉4月1日… 平沢 進(ひらさわ すすむ、1954年〈昭和29年〉4月1日 - )は、日本のシンガーソングライター、音楽プロデューサー、著作家。愛称は、師匠、ヒラサワ、ステルス。東京都出身。ケイオスユニオン所属(代表取締役)。1994年よりデジタル・マルチメディアコンサート「インタラクティブ・ライブ」を主宰。第79回アカデミー賞歌曲賞部門ノミネート候補。 1973年にプログレッシブ・ロックバンドマンドレイクを結成し、音楽活動を開始する。 1979年にテクノポップバンドP-MODELを結成し、ボーカル・ギターとしてシングル『美術館で会った人だろ(ART MANIA)』でメジャーデビュー。テクノ御三家の一角として、テクノポップブームの火付け役となり、テクノ・ニューウェイブシーンにおける中心的存在となる。
藤本 敦夫(ふじもと あつお、1954年4月1日 - )は、… 藤本 敦夫(ふじもと あつお、1954年4月1日 - )は、神奈川県鎌倉市出身の音楽家。橋本一子は妻。 神奈川県立横須賀高等学校、早稲田大学卒業。ピアノを高橋悠治、高橋アキを育てた蔭山英子に、声楽を前田幸市郎、ベルトラメリ能子に師事、小学生の頃よりステージ、テレビ、ラジオ、レコーディングなどで活動。1980年にはYMO初の国内ツアー、「TECHNOPOLIS 2000-20」に参加。その後、橋本一子、横山雅史、木村万作、石井AQらと組んだ「カラード・ミュージック (Colored Music)」などでのリーダー活動の他、山下洋輔、渡辺香津美、坂田明、今堀恒雄、菊地成孔、谷山浩子、小川美潮、POiSON GiRL FRiEND、Phewなどとコラボする一方、テレビ、映画の作曲家、プロデューサー、アレンジャー、セッションミュージシャンなど多岐にわたって活動する。
宮田 まゆみ(みやた まゆみ、1954年4月1日 - )は、… 宮田 まゆみ(みやた まゆみ、1954年4月1日 - )は、東京都出身の笙奏者。国立音楽大学客員教授。 国立音楽大学音楽学部器楽学科ピアノ専攻卒業後、雅楽を学び、1979年より国立劇場の雅楽公演に出演。1983年より笙のリサイタルを行って注目を集め、1986年に芸術選奨新人賞を受賞。その後も、東洋の伝統楽器「笙」を国際的に広めるために活動している。 古典的な演奏の他に、オーケストラとの共演や、現代音楽にも取り組み、笙の音色を通じて、多彩な音楽表現を追求している。1998年の長野オリンピック開会式では「君が代」の演奏を行った。
林 真理子(はやし まりこ、1954年〈昭和29年〉4月1日… 林 真理子(はやし まりこ、1954年〈昭和29年〉4月1日 - )は、日本の小説家、エッセイストである。有限会社林真理子企画事務所代表取締役。日本文藝家協会理事長、日本ペンクラブ会員、学校法人日本大学理事長、株式会社GENDA社外取締役。166㎝。 山梨県山梨市出身。山梨県立日川高等学校、日本大学藝術学部文芸学科卒業。 コピーライターとして活動の後、作家として1982年(昭和57年)に出版したエッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が、処女作にしてベストセラーとなった。さらに1986年(昭和61年)には、『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞を受賞し、小説家としての地位を確立した。林の功績は、 1980年代以降において、「ねたみ・そねみ・しっとを解放」したことであるとも評される。
江頭 実(えがしら みのる、1954年〈昭和29年〉4月1日… 江頭 実(えがしら みのる、1954年〈昭和29年〉4月1日 - )は、日本の政治家、銀行員。熊本県菊池市長(4期)。 熊本県菊池郡隈府町(現菊池市隈府)に生まれる。1972年(昭和47年)3月、熊本県立菊池高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、九州大学経済学部卒業。同年4月、富士銀行に入社。ドイツ、ニューヨーク、ロンドン、スイスなど主に海外部門に従事した。スイス富士銀行社長やロンドン支店長を歴任した。 2009年(平成21年)1月、ソフトバンクに入社。2012年7月、同社を退職し千葉県市原市から帰郷。 2013年(平成25年)4月14日に行われた菊池市長選挙に出馬。元市議の北田彰、元市議の二ノ文伸元ら2候補を破り初当選した。
若林 秀樹(わかばやし ひでき、1954年(昭和29年)4月… 若林 秀樹(わかばやし ひでき、1954年(昭和29年)4月1日 -)は、財団法人日本国際フォーラム常勤参与。日本の政治家。前参議院議員。2001年7月の第19回参議院議員通常選挙に民主党から初当選し、2007年7月まで1期務めた。