成澤 優太(なりさわ ゆうた、1987年4月14日 - )は… 成澤 優太(なりさわ ゆうた、1987年4月14日 - )は、北海道釧路市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはゴーリー。アジアリーグアイスホッケーのレッドイーグルス北海道に所属。 北海道釧路工業高等学校から東洋大学へ進学。 2010-2011シーズンよりアジアリーグアイスホッケーの王子イーグルスへ入団。2011年1月18日のチャイナ・ドラゴン戦でデビューすると、その試合で完封し、ゲームベストプレイヤーに選ばれるなど、実力を発揮した。 2011-2012シーズンには日本代表に選出され、世界選手権デビューを果たす。 2012-2013シーズンは春名真仁と共に主戦GKとしてゴールを守るなど着実に成長を続けたが、その後は怪我や若手の台頭で苦悩の日々を過ごす。
金子 亮介(かねこ りょうすけ、1987年4月11日 - )… 金子 亮介(かねこ りょうすけ、1987年4月11日 - )は、東京都出身のアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。駒澤大学附属苫小牧高等学校、早稲田大学卒。 大学卒業後、2010-2011シーズンより高校時代からの同期である久慈修平と共に王子イーグルスへ入団。ルーキーのシーズンながら34試合終了時点で20ポイントを挙げるなど、チームに貢献している。
今城 和智(いまじょう かずとも、1987年3月11日 - … 今城 和智(いまじょう かずとも、1987年3月11日 - )は、北海道幕別町出身のアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。幕別町立幕別中学校、北海道清水高等学校、中央大学卒業。 2009年冬季ハルビンユニバーシアード代表。同年よりアジアリーグの東北フリーブレイズに入団。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
中奥 梓(なかおく あずさ、1985年5月17日 - )は、… 中奥 梓(なかおく あずさ、1985年5月17日 - )は、日本の女子アイスホッケー選手。ポジションはゴールテンダー。岩倉ペリグリン(現道路建設ペリグリン)、六花亭ベアーズ、加森観光ベアーズ(現釧路ベアーズ)を経てトヨタシグナス所属。 北海道苫小牧市生まれ。小学3年生の時、兄の影響でアイスホッケーを始める。小学5年生の時、ゴールキーパーに転向。中学進学と同時に岩倉ペリグリン(現道路建設ペリグリン)に入団したが、高校卒業まで控え選手だった。 高校卒業後、六花亭ベアーズ(2007年より加森観光ベアーズ。現釧路ベアーズ)の誘いを受けて移籍。アルバイト生活をしつつ、1年目よりレギュラーとして活躍し、全日本女子アイスホッケー選手権大会優勝にも貢献した。
足立 友里恵(あだち ゆりえ、1985年4月26日 - )は… 足立 友里恵(あだち ゆりえ、1985年4月26日 - )は、北海道札幌市豊平区出身の元女性アイスホッケー選手。ポジションはフォワード。立命館慶祥高等学校、早稲田大学スポーツ科学部卒業。SEIBUプリンセス ラビッツ(旧 コクドレディース)に所属していた。身長155cm。ベンヌ所属。現姓:河村。 小学生の時に兄の影響でアイスホッケーを始める。小学生時代は男子が圧倒的に多い中、チームのキャプテンを務めた。その後札幌市立羊丘中学校を経て立命館慶祥高等学校に進学後、2年生次にアイスホッケー女子日本代表に初選出される。札幌市内のクラブチームに所属した後、早稲田大学進学と同時にSEIBUプリンセス ラビッツに移籍。
青木 香奈枝(あおき かなえ、1985年2月20日 - )は… 青木 香奈枝(あおき かなえ、1985年2月20日 - )は、日本の女子アイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。CWHLのカルガリー・インフェルノ所属。 北海道苫小牧市出身。小学2年生のとき、苫小牧大成小学校同好会で競技を始めた。中学入学後、岩倉ペリグリン(現道路建設ペリグリン)に入団。駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業後は、苫小牧駒澤大学進学、アイスホッケー女子日本代表に選出されて、2004年女子アイスホッケー世界選手権(トップディヴィジョン)に出場。しかし、トリノオリンピック予選、バンクーバーオリンピック予選の日本代表からは落選。 2010年4月、チャレンジ・カップ・オブ・アジアで久方ぶりに代表復帰。
西脇 雅仁 (にしわき まさひと、 1984年10月6日 -… 西脇 雅仁 (にしわき まさひと、 1984年10月6日 - )は、北海道釧路市出身の元プロアイスホッケー選手。 釧路緑ヶ岡高校卒業後、早稲田大学へ進学。 2004年にアジアリーグアイスホッケーの日本製紙クレインズに入団した。 2007年にアジアリーグでクレインズが優勝。 また、2006年と2007年には、全日本アイスホッケー選手権大会で優勝する。 アジアリーグでの活躍により、ECHLのデイトン・ボンバーズに移籍するが、僅か1年で帰国。 古巣日本製紙クインズへ復帰。 2009年と2014年のアジアリーグ優勝、2010年、2011年、2012年と全日本選手権大会で優勝し3連覇を達成。 2015年9月26日のチャイナ・ドラゴン戦でアジアリーグ通算150ゴールを達成。
野中 絵美(のなか えみ、1984年8月21日 - )は、… 野中 絵美(のなか えみ、1984年8月21日 - )は、北海道苫小牧市出身の女子アイスホッケー選手である。加森観光ベアーズ所属。ポジションはディフェンス。右利き。 小学2年でアイスホッケーを始め、苫小牧工業高校在学中の2000年に世界選手権の日本代表に選ばれた。この大会に出場した世界各国の選手のうち最年少の15歳であった。その後も代表メンバーとして世界選手権・五輪予選・アジア大会出場を重ねる。 卒業後、岩倉ベリグリンを経て、六花亭ベアーズ(現加森観光ベアーズ)に所属した。 2003年女子アイスホッケー世界選手権ディビジョンI優勝時のメンバーである。 2004年8月、トリノオリンピック最終予選に向けた代表候補に選ばれている。
外崎 潤(とのさき じゅん、1984年1月9日 - )は、北… 外崎 潤(とのさき じゅん、1984年1月9日 - )は、北海道出身の元アイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。 札幌市立上野幌中学校、北海高等学校、明治大学を経て、2006-2007年シーズンに日本製紙クレインズへ入団。 “メンバープロフィール”. 日本製紙クレインズオフィシャルウェブサイト. 2012年2月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月15日閲覧。
百目木 政人(どめき まさと、1983年12月19日 - )… 百目木 政人(どめき まさと、1983年12月19日 - )は、北海道苫小牧市出身の元アイスホッケー選手。ポジションはフォワード。 苫小牧市立日新小学校、苫小牧市立緑陵中学校を経て、駒澤大学附属苫小牧高等学校卒業後に王子イーグルスへ入団。アイスホッケー日本代表に選出された。 2022-23シーズンでの引退を表明し、2023年3月5日レギュラーリーグ最終戦において引退セレモニーが行われ、21年間の選手生活を終えた。 引退後は、苫小牧市役所アイスホッケー部に加入。背番号7。
齊藤 哲也(さいとう てつや、1983年12月14日 - )… 齊藤 哲也(さいとう てつや、1983年12月14日 - )は、北海道釧路市出身のプロアイスホッケー選手、アイスホッケー指導者。ポジションはセンター。IJリーグの東京ワイルズに所属。 兄は齊藤毅(英語版)。 2002-03年シーズンから当時日本アイスホッケーリーグに加盟していた王子製紙アイスホッケー部に入団。 2003-2004シーズンからは王子がアジアリーグアイスホッケーへ加盟し、アジアリーグでプレーすることになった。 2007-08シーズンはシーズン途中の2007年1月から2月に開催された長春アジア競技大会のアイスホッケー日本代表に選出され、金メダルを獲得。 2012-13シーズンオフに退団した。
坂上 智子(さかがみ ともこ、1983年10月18日 - )… 坂上 智子(さかがみ ともこ、1983年10月18日 - )は、北海道苫小牧市出身の女子アイスホッケー選手である。ポジションはフォワード。三星ダイトーペリグリン所属。 9歳の時、アイスホッケーを始める。日本代表に選出されトリノ、バンクーバー両オリンピック予選を経験。2013年2月、スロバキア・ポプラトで行われたソチオリンピック予選にも出場。第1戦のノルウェー戦で決勝ゴールを決めるなど、オリンピック出場権獲得に貢献した。
田中 豪(たなか ごう、1983年10月6日 - )は、北海… 田中 豪(たなか ごう、1983年10月6日 - )は、北海道出身の元プロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。 6歳でアイスホッケーを始める。雪印ジュニア、北海高等学校を経て早稲田大学に進学。 2006年に大学を卒業し、アジアリーグアイスホッケーのSEIBUプリンス ラビッツに入団。 2008年の第75回全日本アイスホッケー選手権大会ではMVPを獲得。 2008-09シーズンを最後にチームが解散すると、ドイツ2部リーグのESVカウフボイレンへと移籍した。 2010年に帰国し、東北フリーブレイズに入団し、主将に就任。アジアリーグアイスホッケー2010-2011シーズンはレギュラーリーグ最多得点と最多ポイントのタイトルを獲得し、ベスト6と最優秀選手にも選出された。
河合 龍一(かわい りゅういち、1983年9月26日 - )… 河合 龍一(かわい りゅういち、1983年9月26日 - )は、北海道恵庭市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。IJリーグの東京ワイルズに所属。 2003年に当時のコクドに入団。 2009年のチーム解散に伴い、2009年からは東北フリーブレイズでプレー。 2011年からはHigh1でプレー。 2015年7月13日にH.C.栃木日光アイスバックスに入団した。 2016年6月1日に2016-17シーズンの契約に合意。 2017年6月5日に2017-18シーズンの契約に合意。 2019年4月5日に契約期間満了により退団。 2019年7月29日に9年ぶりに古巣東北フリーブレイズに復帰。
小林 弘典(こばやし ひろのり、1983年9月9日 - )は… 小林 弘典(こばやし ひろのり、1983年9月9日 - )は、北海道苫小牧市出身のアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。埼玉栄高校、早稲田大学卒業。 大学卒業後は渡米してモホーク・バレー・アイスキャッツに所属。2007-2008シーズンより日光アイスバックスにトライアウト入団。日光退団後は再び北米に渡り、バトル・クリーク・レボリューションに所属。 2012-2013シーズンはJアイス・ウエスト・リーグのクラブチーム、香川アイスフェローズに所属。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
佐藤 博史(さとう ひろし、1983年2月18日 - )は、… 佐藤 博史(さとう ひろし、1983年2月18日 - )は、北海道釧路市出身の元アイスホッケー選手。ポジションはフォワード。 釧路市立昭和小学校、釧路市立鳥取中学校、北海道釧路江南高等学校卒業。 2002年、日本製紙クレインズ入団。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
尾野 貴之(おの たかゆき、1983年2月11日- )は、北… 尾野 貴之(おの たかゆき、1983年2月11日- )は、北海道苫小牧市出身の元プロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンスマン。 東海大学卒業後、2005-2006シーズンから日光神戸アイスバックス(現:H.C.栃木日光アイスバックス)に入団し、4シーズンプレー。 その後、2009年4月に韓国のチームである安養ハルラ(現:HLアニャン)と2年契約を結んだ。同チームでプレーする日本人選手としては瀬高哲雄、佐藤正和。に続いて3人目、ディフェンスマンとしては初めての選手となった。 2011-2012シーズンからH.C.栃木日光アイスバックスへの復帰が決まった。4シーズンプレーした後、2015年5月に自身のFacebookで引退を発表。
久保 英恵(くぼ はなえ、1982年12月10日 - )は、… 久保 英恵(くぼ はなえ、1982年12月10日 - )は、北海道苫小牧市出身の女子アイスホッケー選手である。北海道苫小牧工業高等学校、浅井学園大学短期大学部(現・北翔大学短期大学部)卒業。ポジションはフォワード。岩倉ペリグリン(現・道路建設ペリグリン)、オークビルアイス(カナダ)を経てSEIBUプリンセス ラビッツ所属。日本代表選手として冬季オリンピック3大会(2014年ソチ、2018年平昌、2022年北京)に出場している。 兄の影響で4歳からアイスホッケーを続けてきた。小学生時には男子に混じって苫小牧市選抜チームの主力として活躍。 中学生時の1997年にアイスホッケー女子日本代表に初選出され、1998年長野オリンピック時は代表候補。
福藤 豊(ふくふじ ゆたか、1982年9月17日 - )は、… 福藤 豊(ふくふじ ゆたか、1982年9月17日 - )は、北海道釧路市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはゴールテンダー。アジアリーグアイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックス所属。 日本人初のNHL選手である。 小学3年でアイスホッケーを始め、釧路景雲中時代は全国優勝。東北高等学校に進み、U-18世界選手権・世界ジュニア選手権などに出場。3年時には高校生初の日本代表入り。 2001年にコクド(後のプリンスホテル/SEIBUプリンス ラビッツ)に入社。 2002-03年シーズンはイーストコースト・ホッケー・リーグ(ECHL)のシンシナティ・サイクロンズ(英語版)でプレーした。 2004年6月27日にNHLドラフト(英語版)8巡目(全体238位)でロサンゼルス・キングスから指名された。
小野 粧子(おの しょうこ、1981年9月5日 - )は、北… 小野 粧子(おの しょうこ、1981年9月5日 - )は、北海道旭川市出身の女子アイスホッケー選手。ポジションはフォワード。既婚で旧姓は二本柳粧子(にほんやなぎしょうこ)。 立命館慶祥高校、日本体育大学女子短期大学部体育学科卒業。所属チームはコクドレディースを経てフルタイムシステム御影グレッズに所属。勤務先は芽室町にある蕎麦屋「紀山」。アイスホッケー女子日本代表に選出されている。 2004年8月にはトリノオリンピック最終予選に向けた代表候補に選ばれている。2018年平昌オリンピック日本代表。 2009年に小野豊と結婚。それを機に清水町に移住した。 2018年9月14日、日本アイスホッケー連盟は、所属する女子アイスホッケーチームの御影グレッズで、中高生3人に対する指導によるパワーハラスメント行為があったとして、当時コーチだった豊に登録停止3年、選手兼コーチ(選手としては同年3月に引退)だった粧子に活動停止6カ月に処分が下された。
二本柳 粧子(にほんやなぎ しょうこ、1981年9月5日 -… 二本柳 粧子(にほんやなぎ しょうこ、1981年9月5日 - )は、北海道旭川市出身の女子アイスホッケー選手。ポジションはフォワード。既婚で現姓は小野粧子(おのしょうこ)。
飯村 喜則(いいむら よしのり、1981年8月4日 - )は… 飯村 喜則(いいむら よしのり、1981年8月4日 - )は、北海道帯広市出身のアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。帯広市立西小学校、帯広市立帯広第二中学校、白樺学園高等学校、明治大学卒業、A型。 2004年にHC日光アイスバックスへ入団。 2006年に日本製紙クレインズへ移籍。 2012年シーズン限りでクレインズを退部し、2013年シーズンからアイスバックスに復帰。 これまでユニバーシアードや長野カップ、アイスホッケー世界選手権の日本代表に選ばれている。 2015年シーズンを最後に引退。 引退後はアイスバックスのフロントスタッフからGM(ゼネラルマネージャー)に就任。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。
清川 和彦(きよかわ かずひこ、1981年7月28日 - )… 清川 和彦(きよかわ かずひこ、1981年7月28日 - )は、日本のアイスホッケー選手。北海道苫小牧市出身。ポジションは ゴールキーパー。白樺学園高等学校卒業。B型。 雪印→札幌ポラリス→日光神戸アイスバックス→王子製紙を経て、2008年日本製紙クレインズ入団。2014-2015シーズンより日光アイスバックスに9年ぶりに復帰。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
小原 大輔(おばら だいすけ、1981年6月4日 - )は、… 小原 大輔(おばら だいすけ、1981年6月4日 - )は、北海道釧路市出身のプロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。愛称は「バリ」。 釧路市立芦野小学校、釧路市立景雲中学校、駒澤大学附属苫小牧高等学校、早稲田大学卒業。 イーストコースト・ホッケー・リーグ(ECHL)、コクド(後にSEIBUプリンス ラビッツ)を経て、2009年に日本製紙クレインズに移籍。2011-2012シーズンより日本製紙クレインズキャプテンに就任。 2013-2014シーズン終了後に王子イーグルスへ移籍。 2020-2021シーズンより6シーズンぶりに古巣ひがし北海道クレインズに移籍。 2022-2023シーズンより東北フリーブレイズに移籍。
酒井 隆行(さかい たかゆき、1980年1月15日 - )は… 酒井 隆行(さかい たかゆき、1980年1月15日 - )は、北海道釧路市出身の元アイスホッケー選手。ポジションはフォワード。 釧路市立新川小学校、釧路市立景雲中学校、北海道釧路江南高等学校、早稲田大学卒業。2012年(平成24年)4月、現役引退を発表。 “メンバープロフィール”. 日本製紙クレインズオフィシャルウェブサイト. 2011年8月14日閲覧。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
土田 亜希(つちだ あき 1979年5月29日 - )は、北… 土田 亜希(つちだ あき 1979年5月29日 - )は、北海道釧路市出身のアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。 北海道釧路江南高等学校在学中、1998年の長野オリンピックのアイスホッケー女子日本代表に選ばれた。当時高校生で代表に選ばれたのは彼女と仲晶子の2人だけだった。1999年アジア冬季競技大会では銀メダルを獲得した。 2004年11月13日に行われたトリノオリンピック最終予選、ロシア戦では1ゴールをあげたが2-3で敗れオリンピック出場権獲得はならなかった。 2005年女子アイスホッケー世界選手権ディビジョンIのデンマーク戦ではゲームベストプレーヤーに選ばれた。 2006年3月の第25回全日本女子アイスホッケー選手権大会では六花亭ベアーズの優勝に貢献、最優秀選手に選ばれた。
伊藤 賢吾(いとう けんご、1978年12月4日 - )は、… 伊藤 賢吾(いとう けんご、1978年12月4日 - )は、北海道釧路市出身の元プロアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。 釧路工業高等学校を卒業後、1997年より日本製紙クレインズに入団。ルーキーイヤーである日本リーグ 97-98シーズンは高卒ルーキーながら39試合に出場。 5シーズン目となる2001-02シーズンには、40試合に出場し43ポイント(13ゴール、21アシスト)を記録し、チームメイトのジョエル・ディックらと共に、攻撃型DFとして活躍。 2003-04シーズンは一時期イーストコースト・ホッケー・リーグ(ECHL)のシャーロット・チェッカーズ(英語版)でプレーした。日本では日本リーグからアジアリーグへ移行し、日本製紙クレインズの初優勝、アジアリーグ初代王者に貢献。
北條大輔(ほうじょう だいすけ、1978年6月12日 - )… 北條大輔(ほうじょう だいすけ、1978年6月12日 - )は、北海道釧路市出身のアイスホッケー選手。
五十嵐 充子(いがらし みつこ、1977年8月21日 - )… 五十嵐 充子(いがらし みつこ、1977年8月21日 - )は、北海道苫小牧市出身のアイスホッケー選手。 兄の影響でアイスホッケーを始めた。1992年の全日本女子アイスホッケー選手権大会で最優秀新人賞を受賞、アイスホッケー女子日本代表として1996年アジア冬季競技大会で銀メダルを獲得した。 北海道苫小牧工業高等学校卒業後は岩倉ペリグリンに所属した。長野オリンピック日本代表にも選ばれた。 この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
菅原 宣宏(すがわら のぶひろ、1976年 - )は、北海道… 菅原 宣宏(すがわら のぶひろ、1976年 - )は、北海道出身の元アイスホッケー選手、アイスホッケー監督。ポジションはディフェンス。 駒澤大学附属苫小牧高等学校卒。王子製紙へ入団し2007-2008シーズンまでプレー。ブロックショットでピンチを防ぎ、闘志あふれるプレーでゴールを守る。 2019-2020シーズンより王子イーグルスに監督に就任し、ジャパンカップ優勝に導く。王子最後の、そしてレッドイーグルス北海道初代の監督である。
菊地 尚哉(きくち なおや、1975年8月23日 - )は、… 菊地 尚哉(きくち なおや、1975年8月23日 - )は、北海道釧路市出身の元アイスホッケー選手。ポジションはゴールキーパー。 1998年から2011年の間、日本のトップリーグ(日本アイスホッケーリーグ、アジアリーグアイスホッケー)でプレー。元日本代表。 愛国小学校でアイスホッケーを始めた。釧路景雲中、釧路緑ヶ丘高等学校(現・武修館高等学校)の時にはアイスホッケーU20世界選手権代表に選ばれた。また2年次にはインターハイにも出場している。法政大学へ進学。大学ナンバーワンGKとの評価を得て、1998年、日本リーグ所属の西武鉄道に入社。 当初の3シーズンは、長野オリンピックの日本代表GK、芋生ダスティの壁に阻まれわずか9分47秒の出場にとどまる。
鈴木 貴人(すずき たかひと、1975年8月17日 - )は… 鈴木 貴人(すずき たかひと、1975年8月17日 - )は、北海道苫小牧市出身の元プロアイスホッケー選手。ポジションはフォワード。元アイスホッケー日本代表主将。 6歳でアイスホッケーを始める。駒澤大学附属苫小牧高校3年生次の1994年1月に開催された全国高等学校アイスホッケー競技選手権大会では4試合で9ゴール、3アシストの活躍で優勝に貢献。1994年4月、東洋大学に進学。2年生次の大学リーグ戦で得点、アシスト、ポイントの3冠を獲得して優勝に貢献。日本学生氷上競技選手権大会でも優勝。3年次はカナダのオウガスターナ大学に留学。1997年にはアイスホッケー日本代表に選出され、11月に長野オリンピック日本代表選考のカナダキャンプに参加したが、練習試合で負傷したため、オリンピック日本代表には選出されなかった。
荒城 啓介(あらき けいすけ、1974年10月12日 - )… 荒城 啓介(あらき けいすけ、1974年10月12日 - )は、北海道苫小牧市出身のアイスホッケー選手・監督である。ポジションはフォワード。ライトハンド。O型。170cm、77kg。 苫小牧市立和光中学校、駒澤大学附属苫小牧高校から明治大学に進学した後、大学4年次にはインカレで決勝に進出したが、延長の末にペナルティショットをポストに当てて失敗し、チームは準優勝に終わった。1997年には古河電工アイスホッケー部に加入し、2シーズン目の第33回日本アイスホッケーリーグ(1998/99シーズン)で初ゴールをあげた。2001/02シーズンにはレギュラーとなったが、左膝靭帯を損傷したため、5試合の出場に終わった。
飯塚 祐司(いいづか ゆうじ、1974年5月17日 - )は… 飯塚 祐司(いいづか ゆうじ、1974年5月17日 - )は、日本の元アイスホッケー選手、アイスホッケー指導者。 現在、アイスホッケー女子日本代表監督。 北海道釧路市出身。北海道釧路工業高等学校卒業後に王子製紙に入社。アイスホッケー選手として日本リーグでプレー。 現役引退後に指導者に転身。2008年に男子U-20日本代表コーチを務め、その後にアイスホッケー女子日本代表監督に就任。2009年冬季ユニバーシアード(ハルビン/ 中国)及び2011年アジア冬季競技大会(アルマトイ&アスタナ/ カザフスタン)で女子日本代表を率い、アジア大会では準優勝を収めた。 女子日本代表を率いて冬季オリンピック出場を目指し、2010年バンクーバーオリンピック世界最終予選(上海/ 中国)に臨んだ際は、最終戦で中華人民共和国に0-2で敗れて出場権を逸した。
坂田 淳二(さかた じゅんじ、1974年5月10日 - )は… 坂田 淳二(さかた じゅんじ、1974年5月10日 - )は、北海道帯広市出身の元プロアイスホッケー選手、アイスホッケー指導者。ポジションはフォワード。引退後はクリエイティブアスリートとして活動中。ARIGATO HOCKEY CLUB チェアマン。 日本人初のヨーロッパでのプロ契約を結んだ選手。アジア人初となるチェコエクストラリーグでのプロ契約選手。 9歳で帯広大空アイスホッケー少年団に入団、アイスホッケーを始める。小学6年生のころに全北海道大会で優勝。中学3年時には全国大会で3位。白樺学園高等学校に進み、世界ジュニア選手権などに出場。卒業後、コクドに入団。入団1年目からレギュラーとして活躍し最優秀新人賞を受賞。
三浦 浩幸(みうら ひろゆき、1973年12月31日 - )… 三浦 浩幸(みうら ひろゆき、1973年12月31日 - )は、北海道釧路市出身の元アイスホッケー選手である。ポジションはディフェンダー。愛称はチャラ。 兄の三浦孝之(英語版、ドイツ語版)も元アイスホッケー選手であり、孝之の息子(浩幸からみて甥に当たる)三浦優希はアイスホッケー選手としてECHLのアイオワ・ハートランダーズ(英語版)(ミネソタ・ワイルド傘下)でプレーしている。 釧路緑ヶ岡高校を卒業後、コクドに入社。 1992年のNHLドラフト(英語版)全体260位でモントリオール・カナディアンズにドラフト指名された。日本人初のドラフト指名選手となった。 1998年には男子アイスホッケー日本代表として長野オリンピックに出場した。
春名 真仁(はるな まさひと、1973年7月16日 - )は… 春名 真仁(はるな まさひと、1973年7月16日 - )は、北海道釧路市出身の元アイスホッケー選手、アイスホッケー指導者。ポジションはゴールテンダー。 釧路市立鳥取西中学校から北海道釧路湖陵高等学校へ進学、3年次のインターハイでは準決勝にチームを導いた。早稲田大学を経て古河電工アイスホッケー部(現:H.C.栃木日光アイスバックス)に加入、コクド戦で日本リーグ初勝利をあげた。 1998年の長野オリンピックの日本代表候補に1997年6月20日選ばれたが、同年末に芋生ダスティの帰化が認められたためオリンピック代表には選ばれなかった。1999年アジア冬季競技大会ではカザフスタン戦で先発出場し引き分けに持ち込んでいる。
小田 由香(おだ ゆか、 1973年3月15日 - )は、日… 小田 由香(おだ ゆか、 1973年3月15日 - )は、日本のアイスホッケー選手。ポジションはゴールテンダー。北海道出身。 室蘭市出身。駒澤短期大学卒業。岩倉ペリグリンを引退した後、トヨタシグナスに加入した。 アイスホッケー女子日本代表として、1996年アジア冬季競技大会で銀メダル、1998年の長野オリンピックに出場した。1999年アジア冬季競技大会では銀メダルを獲得した。長野五輪には同じ短大出身の佐藤理絵、尾野聡美も選出された。 2003年2月の第22回全日本女子アイスホッケー選手権大会(A)ではベスト6に選ばれた。同年ラトビアで行われた女子アイスホッケー世界選手権ディビジョンIでは日本の守護神として5戦全勝に貢献した。
片山 立規(かたやま たつき、1973年1月26日 - )は… 片山 立規(かたやま たつき、1973年1月26日 - )は、北海道釧路市出身の元アイスホッケー選手である。ポジションはDF。レフトハンド。 釧路江南高からカナダのフォートサスカチュアン・トレーダースを経てコクドに入社。 ジュニア世代から日本代表に選ばれ、8度の世界選手権や長野オリンピックにも出場。コクドでもタイトル獲得に貢献。 引退後は日本大学のコーチを務める。 2005年、クラブチームの横浜ゴールデングリフィンズの旗揚げに参加。 2008年、SEIBUプリンス ラビッツのコーチに就任。
桜井 邦彦(さくらい くにひこ、1972年4月11日 - )… 桜井 邦彦(さくらい くにひこ、1972年4月11日 - )は、北海道苫小牧市出身の元アイスホッケー選手である。ポジションはフォワード。ライトハンド。 駒大苫小牧高では1988年インターハイ優勝を経験。1989年にはアジア大会代表にも選ばれ優勝に貢献。 卒業後、王子製紙に入団。長らくチームの中心選手として活躍しチームに多くのタイトルをもたらした。 第72回全日本選手権ではMVPに選ばれる。 代表としても世界選手権4度出場。長野オリンピックにも出場した。 2009年12月13日に日本リーグ、アジアリーグ最多出場となる604試合出場を達成。 2009-10シーズンを最後に引退。日本リーグ、アジアリーグ通算試合数は618試合まで伸ばした(2014年10月11日に高橋淳一に更新される)。
大津 英人(おおつ ひでと、1971年12月26日 - )は… 大津 英人(おおつ ひでと、1971年12月26日 - )は、栃木県日光市出身のアイスホッケー選手。ポジションはディフェンス。 長男はプロアイスホッケー選手の大津晃介。次男もプロアイスホッケー選手の大津夕聖。 釧路市立鳥取西小学校、釧路市立鳥取西中学校、北海道釧路工業高等学校出身。 1990年古河電工アイスホッケー部入部。1999年HC日光アイスバックス。2002年引退。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:スポーツ/PJ:スポーツ人物伝)。
中島谷 友二朗(なかじまや ゆうじろう、1971年2月16日… 中島谷 友二朗(なかじまや ゆうじろう、1971年2月16日 - )は、北海道釧路市出身の元アイスホッケー選手、アイスホッケー指導者、通訳、アイスホッケー解説者。ポジションはディフェンスマン。左利き。 アイスホッケー世界選手権に日本代表として5回出場している。180cm、83kg。 釧路市立北中学校からサスカチュワン州のノートルダム高校に進学した。高校卒業後はサスカチュワン・ミジェットAAAリーグの年間ベストDFに選ばれている。 日本アイスホッケーリーグでは1990年の第25回からコクドに所属しプレーした。 29歳となった2000年にはNHLのナッシュビル・プレデーターにトライアウト参加し、プレシーズンマッチにも出場した。
山中 武司(やまなか たけし、1971年1月30日 - )は… 山中 武司(やまなか たけし、1971年1月30日 - )は、北海道苫小牧市出身の元アイスホッケー選手、指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。右利き。 妻の宏美(旧姓:山本)は元スピードスケート選手で、1994年リレハンメルオリンピック・女子5000mの銅メダリスト。 兄たちの影響を受けてアイスホッケーを始め、苫小牧南高校在学中の1987年アジア・オセアニアジュニア大会準優勝を経験。 卒業後、王子製紙に入社し、アイスホッケー部に所属。主将も務め全日本選手権5連覇などに貢献。 日本代表としても1996年、1997年アイスホッケー世界選手権、長野オリンピックなどに出場した。 2002年に現役を引退し、会社に残り苫小牧工場に勤務する一方で苫小牧明倫中学校などで指導に当たった。
村上 裕幸(むらかみ ひろゆき、1971年1月14日-)は、… 村上 裕幸(むらかみ ひろゆき、1971年1月14日-)は、北海道苫小牧市出身の元アイスホッケー選手、監督。現役時代のポジションはセンターフォワード。血液型はO型。身長183cm。 小学校3年生よりクラブチームにてアイスホッケーを始める。 高校は北海道苫小牧東高等学校へ進学し、1年生からアイスホッケー部の主力選手として活躍し、主将も務めた。高校3年生の1989年にはU20日本代表に選出され、以後3年連続アイスホッケーU20世界選手権に出場した。 明治大学へ進学後は本格的に頭角を現し、関東大学リーグ得点王やMVP等数多くの賞を受賞した。2、4年生時にはユニバーシアード日本代表に選出され活躍した。主将を務めていた4年生時には、全日本選手権において日本リーグ(現アジアリーグ)の雪印を撃破する歴史的な試合も経験している。
桝川 浩司(ますかわ こうじ 1969年9月23日 - )は… 桝川 浩司(ますかわ こうじ 1969年9月23日 - )は、日本の元アイスホッケー選手。フォワード。右利き。 苫小牧市立明倫中学校、北海道苫小牧東高等学校から早稲田大学に進学、同期の小堀恭之、荒沢義寛と三羽烏と呼ばれ、3年次には24シーズンぶりにインカレを制した。大学卒業後は、王子製紙アイスホッケー部に入り活躍した。 アイスホッケー日本代表にも1996年2月、1997年6月、長野オリンピック代表候補、長野カップ2004などで選ばれている。 2005年、王子製紙を退団、2006年にヨコハマ ゴールデングリフィンズに入団している。
岩崎 伸一(いわさき しんいち、1968年8月21日 - )… 岩崎 伸一(いわさき しんいち、1968年8月21日 - )は、北海道栗山町出身の元アイスホッケー選手、監督。ポジションはゴールテンダー。178cm、85kg。 苫小牧市立沼ノ端中学校、苫小牧東高校から明治大学に進学、ユニバーシアードに2度出場した。1991年に国土計画(後にコクド)入社。正ゴーリーの座を射止めタイトル獲得に貢献。日本アイスホッケーリーグ3連覇、全日本アイスホッケー選手権3連覇に貢献した。 日本代表でも10年間活躍、長野オリンピックなどに出場した。 コクドが西武鉄道アイスホッケー部と合併したのに伴い、2003年引退。新生コクドでコーチとなる。 2005年、監督に就任。
杉沢 明人(すぎさわ あきひと、1967年7月20日 - )… 杉沢 明人(すぎさわ あきひと、1967年7月20日 - )は、北海道苫小牧市出身の元アイスホッケー選手である。ポジションはフォワード。170cm、64kg。ライトハンド。愛称は「スギ」。 元雪印のGK杉沢義人は実兄。 駒大苫小牧高から1986年に王子製紙に入社し、アイスホッケー部に所属。日本リーグ4連覇など王子黄金時代に活躍。 1998年の長野五輪では日本代表最初の得点を記録。正代表として9試合出場。 2000-2001年シーズンよりコーチ兼任となった。 2004年12月4日のゴールデンアムール戦で日本リーグ・アジアリーグ通算288得点目を記録し、本間貞樹のもつリーグ記録を更新した。 2004-05年シーズン後現役を引退、コーチ専任となった。
間野 直樹(まの なおき 1965年5月29日 - )は、北… 間野 直樹(まの なおき 1965年5月29日 - )は、北海道出身の元アイスホッケー選手。ポジションはゴールテンダー。 苫小牧市立弥生中学校から駒澤大学附属苫小牧高等学校を経て東洋大学に進学、大学時代には1987年1月インカレで初優勝している。大学卒業後は雪印アイスホッケー部に加入、13シーズン目の2000-2001シーズンには出番がなかったものの、チームは日本アイスホッケーリーグで準優勝した。 1998年の長野オリンピックの日本代表候補に1997年6月20日選ばれたが、同年末に芋生ダスティの帰化が認められたためオリンピック代表には選ばれなかった。
高木 英克(たかぎ ひでかつ、1965年生)は、北海道出身の… 高木 英克(たかぎ ひでかつ、1965年生)は、北海道出身の元アイスホッケー選手、監督。ポジションはディフェンス。 長年日本代表として活躍。引退後は監督を5季努めた。 駒澤大学附属苫小牧高等学校および明治大学卒。王子イーグルスへ入団。第22回日本リーグ新人賞。兄邦男(国土)との兄弟対決も話題に。
鈴木 宣夫(すずき のりお、1964年9月10日 - )は、… 鈴木 宣夫(すずき のりお、1964年9月10日 - )は、日本の元アイスホッケー選手。1980年代半ば〜1990年代半ばの日本アイスホッケー界で一時代を築いた。元日本アイスホッケー連盟理事兼強化副本部長。元アイスホッケー男子日本代表コーチ、関西大学アイスホッケー部コーチ。 父、兄たちの影響を受けてアイスホッケーを始める。北海道釧路工業高等学校在学中、インターハイで同校初優勝の原動力になった。世界ジュニア選手権などに出場。 高校卒業後は王子製紙に入社し、アイスホッケー部(現王子イーグルス)に所属。1年目から第4セットとして試合に出場し、2年目から頭角を表す。 リーグ4年目の第21回日本リーグで、史上最年少である21歳でリーグMVPを獲得。