荒井 聰(あらい さとし、1946年〈昭和21年〉5月27日… 荒井 聰(あらい さとし、1946年〈昭和21年〉5月27日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚(農業土木技官)。立憲民主党所属。学校法人札幌慈恵学園理事長。報道等では荒井 聡の表記も用いられる。 衆議院議員(8期)、国家戦略担当大臣、内閣府特命担当大臣(経済財政政策、消費者及び食品安全)、内閣総理大臣補佐官(鳩山由紀夫内閣)、衆議院内閣委員長、衆議院災害対策特別委員長、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、議院決算行政監視委員長、民主党北海道総支部連合会代表、日本新党代表幹事(初代)、原子力問題調査特別委員会野党筆頭理事等を歴任。 札幌商業高等学校の教員等を経て学校法人札幌慈恵学園を創設した荒井龍雄は父。
椿原 紀昭(つばきばら のりあき、1946年4月22日 - … 椿原 紀昭(つばきばら のりあき、1946年4月22日 - )は、日本の政治家。元北海道夕張郡栗山町長(3期)。旭日双光章受章。現参議院議員、元衆議院議員の鈴木宗男とは親友。
佐々木 憲昭(ささき けんしょう、1945年11月11日 -… 佐々木 憲昭(ささき けんしょう、1945年11月11日 - )は日本の政治家。日本共産党に所属し、衆議院議員を6期務めた。
山中 燁子(やまなか あきこ、1945年11月6日 - )は… 山中 燁子(やまなか あきこ、1945年11月6日 - )は、日本の政治家、国際政治学教授。外務省世界津波の日特別大使。英国ケンブリッジ大学客員教授。自由民主党所属の元衆議院議員、元外務大臣政務官。旧姓野辺地(のべち)。北海道小樽市出身。夫は弁護士。
田岡 克介(たおか かつすけ、1945年10月11日 - )… 田岡 克介(たおか かつすけ、1945年10月11日 - )は、日本の政治家。北海道石狩市元市長(5期)。 北海道石狩郡石狩町(現石狩市)出身。北海高等学校卒業。1968年(昭和43年)3月、國學院大學文学部卒業。同年4月、石狩町役場に就職。1978年(昭和53年)4月、同町民生部課長。1980年(昭和55年)6月、同町総務部参事。途中、石狩湾新港管理組合課長に出向し、1995年(平成7年)に同町企画調整部長を経て、1996年(平成8年)3月、石狩町助役就任。1996年市制に移行後も、石狩市助役として斉藤英二市長を支えた。 斉藤市長が急病で倒れ辞職。1999年(平成11年)6月27日に行われた石狩市長選挙に出馬し、初当選。
高尾 弘明(たかお ひろあき、1945年2月9日 - 201… 高尾 弘明(たかお ひろあき、1945年2月9日 - 2015年7月21日)は、日本の政治家。元北海道赤平市長(3期)。 北海道赤平市出身。北海道赤平高等学校卒。赤平市役所に入り、財政課長、市民部長、収入役を務める。 2003年2月14日までに市民部長を辞任し、2月17日に正式に立候補を表明した。4月27日、初当選を果たした。※当日有権者数:13,176人 最終投票率:83.14%(前回比:-pts) 5月1日、正式に就任した。2007年4月15日、無投票で再選を果たした。2011年4月17日、無投票で3選を果たした。2014年12月18日、定例市議会で健康上の問題を理由に、2015年の市長選に立候補しない意向を表明した。
長谷川 俊輔(はせがわ しゅんすけ、1945年〈昭和20年〉… 長谷川 俊輔(はせがわ しゅんすけ、1945年〈昭和20年〉1月27日 - )は、日本の政治家。元北海道根室市長(3期)。 北海道根室郡根室町出身。1963年、北海道根室高等学校卒。根室市役所に入り、水産経済、企画振興、総務の各部長を経て、1998年に収入役、2002年に助役となり、2006年、根室市長選挙に立候補し、無投票で当選した。2010年の市長選挙でも無投票で再選した。2014年の市長選挙では新人候補に2000票余の差で当選した。この間、全国市長会水産都市協議会会長を務めた。2018年の市長選挙には不出馬を表明し、政界から引退した。
八田 信之(はった のぶゆき、1944年11月6日 - )は… 八田 信之(はった のぶゆき、1944年11月6日 - )は、日本の重量挙げ選手、政治家。メキシコオリンピック重量挙げライト級4位。1970年北海道新聞スポーツ賞受賞。1990年から北海道ウエイトリフティング協会会長代行、1992年から同会長。 札幌市の西区選出市会議員を4期務めたほか、1995年第17回参議院議員通常選挙で青年自由党の比例区名簿1位、2000年の第42回衆議院議員総選挙では北海道1区の自由党候補(重複立候補)として出馬したものの落選した。2011年の統一地方選挙の北海道議会議員選挙にて札幌市西区選挙区より無所属で出馬し、初当選を果たした。北海道議会では会派「フロンティア」に所属した。
池田 隆一(いけだ りゅういち、1944年11月1日 - )… 池田 隆一(いけだ りゅういち、1944年11月1日 - )は、日本の政治家。小樽市議会議員(1期)、衆議院議員(1期)、北海道議会議員(3期)を務めた。 北海道小樽市に生まれる。小樽市立手宮小学校、小樽市立末広中学校、北海道小樽桜陽高等学校、北海道教育大学札幌校を卒業後、小中学校で教師を24年間務めた。また、北海道教職員組合小樽支部役員を務めた。 1991年の統一地方選挙で小樽市議会議員選挙に立候補して当選。1993年に小林恒人衆議院議員の引退に伴い日本社会党公認で第40回衆議院議員総選挙に北海道教職員組合組織内候補として北海道第1区から立候補し、当時北海道知事だった横路孝弘からも全面的な支援を受けて初当選(同区で社会党現職伊東秀子や公明党新人長内順一や日本新党公認新党さきがけ推薦の新人荒井聰も横路の支援を受け当選)。
菅原 功一(すがわら こういち、1944年6月24日 - … 菅原 功一(すがわら こういち、1944年6月24日 - )は、日本の政治家(旭川市議、北海道議会議員、旭川市長)。また、ばんえい競馬を運営する北海道市営競馬組合の管理者も務めた。 北海道旭川市出身。北海道旭川商業高等学校卒。 旭川市議、北海道議会議員(自由民主党所属、当選2回)を経て1994年11月に実施された旭川市長選挙で初当選した。1998年には再選を、2002年には3選を果たしている。 主な功績に、旭山動物園の再生計画の推進(新施設建設)などがあるが、2002年に実施された旭川市長選挙では対立候補の元道議・東国幹に227票差まで詰め寄られる接戦となり、選挙後当時の助役が公職選挙法違反で逮捕されたり、金銭の貸借問題など数多くの疑惑を抱え、2004年にはリコール運動が起こった。
寺島 光一郎(てらしま こういちろう、1944年4月30日 … 寺島 光一郎(てらしま こういちろう、1944年4月30日 - )は、日本の政治家。元北海道乙部町長。 乙部町出身。北海道札幌南高等学校、北海道大学農学部卒業。その後農林省入庁。1983年5月、北海道乙部町長当選。以後、9期連続当選。2007年、全国町村会副会長就任。2期目以降の8回の当選はすべて無投票当選であり、個人の長期無投票当選としては元石川県根上町長の森茂喜(森喜朗の父)に次ぐ記録である。2019年の選挙には出馬せず、引退を表明。 2009年10月30日、鳩山由紀夫内閣下で総務省顧問に就任した。 後任町長となった寺島努とは、同姓だが血縁関係はない。
加賀谷 健(かがや けん、1943年10月23日 - 201… 加賀谷 健(かがや けん、1943年10月23日 - 2014年4月24日)は、日本の政治家。旧民主党に所属していた。 参議院議員(1期)、内閣府大臣政務官(野田第3次改造内閣)、総務大臣政務官(野田改造内閣)、千葉県議会議員(5期)などを歴任。 北海道苫小牧市生まれ。1962年に北海道苫小牧工業高等学校を卒業して東京電力千葉支店に入社。労働組合千葉支部書記長を務めた。その間に民社党入党。1987年には民社党より千葉県議会議員に初当選し、以後5期に渡って在任。 2007年7月の第21回参議院議員通常選挙で民主党公認候補として千葉県選挙区より立候補、初当選した。野田第1次改造内閣で総務大臣政務官、野田第3次改造内閣で内閣府大臣政務官を務めた。
高田 忠尚(たかだ ただなお、1943年〈昭和18年〉5月2… 高田 忠尚(たかだ ただなお、1943年〈昭和18年〉5月23日 - )は、日本の政治家。元北海道富良野市市長(3期)。 北海道富良野市出身。上川支庁農業学園修了。修了後、北海道青年団体協議会会長となり、農協に入る。農協では理事などを務める。 1994年(平成6年)4月24日の富良野市長選挙に立候補して、5期目を目指した滝口國一郎を抑えて初当選を果たした。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:88.26%(前回比:-pts) 1998年(平成10年)4月19日の選挙は、新人との争いになったが、これを破って再選を果たした。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:83.73%(前回比: 4.53pts) 富良野市長は3期務めた。
金田 英行(かねた えいこう、1942年(昭和17年)12月… 金田 英行(かねた えいこう、1942年(昭和17年)12月30日 - 2022年(令和4年)6月17日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)を務めた。 北海道旭川市出身。1966年 中央大学法学部を卒業後、国家公務員上級甲種試験合格者として北海道開発庁に入庁。 1982年 同庁長官秘書官、1989年 同庁調整官を最後に退官。1993年第40回衆議院議員総選挙において(1990年第39回衆議院議員総選挙では次点に終わった)旧北海道2区から自由民主党公認で立候補し、初当選。1995年8月村山改造内閣において北海道開発政務次官。 小選挙区比例代表並立制導入に伴い旧北海道7区にて1996年、2000年小選挙区勝利。
三井 辨雄(みつい わきお、1942年〈昭和17年〉11月2… 三井 辨雄(みつい わきお、1942年〈昭和17年〉11月24日 ‐ 2021年〈令和3年〉4月2日)は、日本の政治家、実業家、薬剤師。 衆議院議員(4期)、国土交通副大臣(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣)、厚生労働大臣(第15代)などを歴任し、青山会(樽床伸二グループ)代表世話人を務めた。報道等では新字体で三井 弁雄(みつい わきお)の表記も用いられる。 北海道札幌市生まれ。札幌市立柏中学校、北海高等学校、昭和薬科大学薬学部卒業。薬剤師免許を取得し、1967年登録。1975年、三井薬品株式会社を設立し、同社代表取締役に就任。その後医療法人交雄会の理事長に就任し、北海道内に3病院・2介護福祉施設を開設。
山口 幸太郎(やまぐち こうたろう、1942年(昭和17年)… 山口 幸太郎(やまぐち こうたろう、1942年(昭和17年)4月10日 - )は、日本の政治家。元北海道千歳市長(5期)。元北海道議会議員(3期)、元千歳市議会議員(2期)。
小平 忠正(こだいら ただまさ、1942年〈昭和17年〉3月… 小平 忠正(こだいら ただまさ、1942年〈昭和17年〉3月18日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(7期)、農林水産政務次官、衆議院逓信委員長、衆議院農林水産委員長、衆議院外務委員長、衆議院議院運営委員長(第72代)、東京電力福島原子力発電所事故に係る両議院の議院運営委員会の合同協議会会長(初代)、国家公安委員会委員長(第86代)、内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全担当)などを歴任。2015年旭日大綬章受章。 北海道空知郡岩見沢町(のちの北海道岩見沢市)にて生まれた。岩見沢市立幌向小学校、札幌市立柏中学校、北海道札幌南高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業した。慶應義塾大学卒業後、ワシントンD.C.のジョージタウン大学大学院への留学を経て、1969年に総合商社である東洋棉花(のちのトーメン、現在の豊田通商)に入社した。
桜庭 康喜(さくらば やすき、1942年3月17日 - )は… 桜庭 康喜(さくらば やすき、1942年3月17日 - )は、日本の政治家。現在、北・北海道国際文化交流協会代表。元北海道名寄市長(3期)。 北海道名寄市出身。名寄市立名寄南小学校、名寄市立名寄中学校、北海道名寄高等学校卒業。1962年3月、札幌短期大学卒業。同年4月、山崎証券に就職。1963年、同社を退社し、名寄市役所に入り、市職員労働組合書記長を務めた。 1971年、名寄市議会議員に日本社会党から立候補し初当選。以後連続4期当選。1983年同議会副議長を経て、1986年名寄市市長選出馬のために同党離党。革新系無所属として名寄市長に初当選、以後、連続3期にわたって市長を務めた。 1996年、民主党から北海道第7区で第41回衆議院議員総選挙に立候補するも落選。
泉谷 和美(いずみや かずみ、1941年(昭和16年)9月3… 泉谷 和美(いずみや かずみ、1941年(昭和16年)9月3日 - )は、日本の政治家。元北海道歌志内市長(2期)。旭日双光章受章。 北海道歌志内市出身。北海道歌志内高等学校卒業。1960年、歌志内市役所に入所。歌志内市石炭対策室主幹、産業振興課長、産炭地振興課長、企画振興課長などを経て、2000年に歌志内市助役に就任。 2004年の歌志内市長選挙で、河原敬の勇退に伴い立候補し、無投票で初当選を果たした。 2007年、市消防本部の職員が職権を乱用し、当直の職員に居酒屋まで送迎させた事件に関し、消防長を訓告処分に付した。 中空知広域市町村圏組合理事、社団法人北海道産炭地域振興センター理事などの要職を歴任した。
小川 公人(おがわ きみと、1941年(昭和16年)9月1日… 小川 公人(おがわ きみと、1941年(昭和16年)9月1日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道江別市出身。1960年(昭和35年)北海道江別高等学校卒業。北海道江別市長(1995年-2007年)。 1960年(昭和35年)江別市役所に入所。勤務した後、江別市役所を退職。1971年(昭和46年)江別市議会選挙に出馬し、初当選。以来、同市議会議員を6期務める。1995年(平成7年)に江別市長選挙に出馬し現職である岡英雄を破り、初当選。連続3期務め、2007年に勇退した。 市議会議員時代は、総務文教常任委員会委員、厚生常任委員長、総務文教常任委員長、建設常任委員、江別市議会副議長、厚生常任委員などを務めた。
寺内 靖治(てらうち せいじ、1941年8月24日 - )は… 寺内 靖治(てらうち せいじ、1941年8月24日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道石狩市出身。北海道石狩町(現・石狩市)長(1980年-1994年)。 北海道札幌西高等学校、明治大学経済学部卒業。寺内弓道具店役員、石狩町議会議員を経て、1980年に新自由クラブ単独推薦・無所属で石狩町長に当選。3回目の挑戦での初当選だった。選挙戦では新自由クラブの河野洋平代表代行や土谷享道連代表が応援に訪れた。また横路孝弘は高校の同級生であり、日本社会党代議士時代から応援に駆けつけていた。町長は連続5期務め、石狩新港の建設に手腕を発揮した。 1994年に収賄で逮捕、町長を辞任した。翌1995年7月、裁判所から有罪判決を受けた。
赤井 邦男(あかい くにお、1941年(昭和16年)7月14… 赤井 邦男(あかい くにお、1941年(昭和16年)7月14日 - )は、日本の政治家。元北海道紋別市長。 紋別市出身。旧北海道紋別高等学校卒業。石材店を経営する。 1977年(昭和52年)6月より紋別市議会議員に6期当選し、同議長を経て、1997年(平成9年)6月に紋別市長に当選した。 2005年(平成17年)まで2期務めた。
佐々木 肇(ささき はじめ、1941年5月7日 - )は、日… 佐々木 肇(ささき はじめ、1941年5月7日 - )は、日本の政治家。元北海道赤平市長(3期)。元札幌市議会議員(2期)。 北海道空知郡赤平村(のち赤平町、現・赤平市)出身。1960年、北海道赤平高等学校卒。市内で茶の販売を営む。1975年、33歳で赤平市長選挙に立候補し、現職の遠藤勝太郎を破って初当選する。1979年と1983年で再選。1987年に落選した。3回とも相手は元市議の親松貞義だった。その後、札幌市に移り、1991年の北海道議会議員選挙に東区から無所属で立候補したが落選した。1993年の札幌市議会議員補欠選挙に自民党公認で立候補して当選。1995年に再選。1999年に落選した。
武部 勤(たけべ つとむ、1941年〈昭和16年〉5月1日 … 武部 勤(たけべ つとむ、1941年〈昭和16年〉5月1日 - )は、日本の政治家。社団法人日米平和・文化交流協会理事。公益財団法人東亜総研代表理事。 農林水産大臣(第32代)、衆議院議員(8期)、衆議院議院運営委員長(第63代)、自由民主党幹事長(第39代)、公益財団法人全日本ボウリング協会会長を歴任した。 衆議院議員の武部新は長男。タレントの田丸麻紀は義理の娘(次男の妻)。 北海道斜里郡斜里町生まれ。父親は中華料理店主人。斜里町立斜里小学校、斜里町立斜里中学校、北海道斜里高等学校卒業後、早稲田大学第二法学部(夜学)に進学。その後、3年次に進級する際に第一学部に転部し、1964年に早稲田大学第一法学部を卒業する。
藤倉 肇(ふじくら はじめ、1941年〈昭和16年〉4月7日… 藤倉 肇(ふじくら はじめ、1941年〈昭和16年〉4月7日 - 2016年〈平成28年〉7月3日)は、日本の実業家、政治家。夕張市長(1期)、夕張市議会議員(1期)。北海道夕張市出身。 1941年に、夕張市高松二区で生まれる。夕張北高校卒業後、横浜ゴムで働きながら日本大学経済学部二部を卒業。その後、十勝ヨコハマタイヤ・北海道ヨコハマタイヤ販売の2社の社長を務める。特に北海道ヨコハマタイヤ販売社長在任時には、系列販売会社として全国最下位近くだった売上高を在任中にトップにまで引き上げた実績を持つ。前任市長の後藤健二とは高校の同級生である。 2007年4月22日実施の北海道夕張市市長選では、連合の支持を受け優勢が伝えられていたものの、羽柴秀吉に追い上げを許しており、危機感を抱いた陣営は、投票日の3日前に、表向きは自主投票であった公明党とその支持母体である創価学会に支援を要請。
山本 要(やまもと かなめ、1941年3月20日 - )は、… 山本 要(やまもと かなめ、1941年3月20日 - )は、日本の政治家。北海道樺戸郡浦臼町出身。北海道月形高等学校卒業。元北海道樺戸郡浦臼町長(1988年-2008年)。 浦臼町農民協議会副会長や浦臼町議会議員を経て、1988年(昭和63年)に浦臼町長選挙に出馬し当選。以後、5期20年町政を担う。 1991年(平成3年)ウラウス・リゾート開発公社への不正融資疑惑で話題となった。この後、同町の再開発事業を手掛けた。 『ふりーたいむ』(空知新聞社、2008年)
横路 孝弘(よこみち たかひろ、1941年〈昭和16年〉1月… 横路 孝弘(よこみち たかひろ、1941年〈昭和16年〉1月3日 - 2023年〈令和5年〉2月2日)は、日本の政治家、弁護士。 衆議院議員(通算12期)、北海道知事(公選第10・11・12代)、衆議院議長(第73代)、衆議院副議長(第63代)、民主党総務会長を歴任。父は元日本社会党衆議院議員の横路節雄。 北海道札幌市で次男として生まれる。父・節雄は教員で、後に日本社会党で北海道議会議員、衆議院議員を務めた。母・美喜は経済学者の野呂栄太郎の妹である。札幌市立二条小学校を卒業。中学生時代に交通事故に遭い療養生活を余儀なくされ、4年かけて16歳で札幌市立啓明中学校を卒業する。北海道札幌西高等学校に入学するが、1年生の2学期から東京都立九段高等学校に転校し、同校を卒業。
石井 郁子(いしい いくこ、1940年10月10日 - )は… 石井 郁子(いしい いくこ、1940年10月10日 - )は、日本の政治家・教育学者。日本共産党名誉役員。元衆議院議員(5期)、党中央委員会幹部会副委員長、常任幹部会委員、北京オリンピックを支援する議員の会メンバー。
山内 恵子(やまうち けいこ、1940年2月20日 - )は… 山内 恵子(やまうち けいこ、1940年2月20日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。社会民主党北海道連合代表。 北海道帯広市生まれ。北海道学芸大学(現・北海道教育大学)札幌分校卒業。小学校教諭を経て、北海道教職員組合女性部長、日教組女性部長等を歴任。 2000年に行われた第42回衆議院議員総選挙に社会民主党公認で比例北海道ブロックから出馬し、初当選を果たす。議員在任中は文部科学委員会等に所属。ジェンダーフリー運動賛同派として活動し「夫婦茶碗は差別表現」と発言した。2003年の第43回衆議院議員総選挙では民主党との選挙協力により北海道第11区から重複立候補するも小選挙区では中川昭一に敗れ、社会民主党が比例議席を得られなかったため落選。
松浦 忠(まつうら ただし、1940年1月24日 - )は日… 松浦 忠(まつうら ただし、1940年1月24日 - )は日本の政治家。札幌市議(9期)を務めた。 1940年1月24日、滝川市に生まれる。1956年、北海道滝川工業高等学校を卒業し、日本国有鉄道に入社。 1983年4月10日、札幌市議会議員選挙に白石区選挙区から日本社会党公認で立候補して、初当選。1989年11月4日、後述の不祥事により社会党を離党。1991年4月7日、3選を目指して市議選に無所属で立候補したが、落選。1995年4月9日、市議選に無所属で立候補して返り咲き。2019年4月7日、市議選で9選。しかし、同年6月21日、後述の議長選出時の議長席の占拠と議事妨害により除名処分を受けた。
鳥越 忠行(とりこし ただゆき、1939年11月4日 - 2… 鳥越 忠行(とりこし ただゆき、1939年11月4日 - 2024年2月22日)は、日本の政治家。元北海道苫小牧市長(4期)。 北海道勇払郡苫小牧町(現・苫小牧市)出身。北海道苫小牧東高等学校卒。苫小牧市役所に入り、1975年、苫小牧市議会議員に当選する。1983年の苫小牧市長選挙に革新系から立候補したが次点で落選した。1987年に現職を破って初当選。1991年から1999年まで連続で無投票当選。2003年の選挙では保守系で元苫小牧市議の桜井忠に敗れた。2006年の桜井忠の辞職による市長選挙に立候補したが、元衆議院議員の岩倉博文に敗れた。2013年、旭日小綬章受章。2024年2月22日、肝細胞がんのため死去した。
菊谷 勝利(きくや かつとし、1939年6月26日 - 20… 菊谷 勝利(きくや かつとし、1939年6月26日 - 2015年7月5日)は、日本の政治家。北海道砂川市長(3期)。 北海道増毛郡増毛町出身。1958年、北海道留萌高等学校卒。1961年、砂川市役所に入る。1971年、自治労砂川市職員労働組合特別執行委員となり、同年の砂川市議会議員選挙で当選する。砂川市議は1999年まで務め、この間、副議長と議長を歴任した。同年の砂川市長選挙に立候補し当選し、3期務める。2011年に市長を退任した。
上草 義輝(うえくさ よしてる、1939年6月11日 - )… 上草 義輝(うえくさ よしてる、1939年6月11日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(5期)。特定非営利活動法人農林漁業支援機構理事長。 北海道留萌郡小平町生まれ。留萌市立潮静小学校、札幌市立一条中学校、北海道札幌南高等学校を経て、早稲田大学政治政経学部経済学科卒業。大野伴睦、中川一郎の秘書を経て、1979年の第35回衆議院議員総選挙に自由民主党公認で北海道2区から立候補し、初当選(当選同期に佐藤信二・保利耕輔・畑英次郎・麻生太郎・小里貞利・岸田文武・白川勝彦・丹羽雄哉・亀井静香・吹田愰・宮下創平・亀井善之・船田元など)。以後、連続5期。 当選後は自由革新同友会に属したが、中川の死後、中曽根派に移籍(中曽根派の代替わり後は渡辺派に所属)。
能登 芳昭(のと よしあき、1939年〈昭和14年〉4月24… 能登 芳昭(のと よしあき、1939年〈昭和14年〉4月24日 - 2022年〈令和4年〉2月7日)は、日本の政治家。元北海道富良野市長(3期)。位階は従五位。 北海道富良野市出身。北海道富良野高等学校卒業。富良野市役所に入庁。1994年(平成6年)6月、収入役に就任。1998年(平成10年)、助役に就任。2002年(平成14年)、辞職。 2003年(平成15年)4月、富良野市議会議員に初当選。 2006年(平成18年)4月23日に行われた富良野市長選挙に自民党富良野沿線ブロックの推薦を受けて立候補。連合富良野の推薦を受けた元市議の佐々木雅夫を破り初当選を果たした。5月15日、市長就任。 2010年(平成22年)、前回戦った佐々木雅夫を破り再選。
山田 勝麿(やまだ かつまろ、1939年2月11日 - )は… 山田 勝麿(やまだ かつまろ、1939年2月11日 - )は、日本の政治家。元北海道小樽市長(3期)。 小樽市出身。後に砂川市に移る。砂川南高等学校を卒業後、1960年に小樽市役所に入る。1962年に小樽商科大学短期大学部を、1966年に日本大学経済学部(通信教育部)を卒業。教育委員会社会教育部長、学校教育部長、小樽市役所経済部長、総務部長、収入役を歴任する。 1999年の小樽市長選挙に、新谷昌明の後継として立候補して当選。2003年の選挙で再選。2007年の選挙でも三選した。北海道市長会副会長などを務めた。2011年に市長を退任した。
伊達 忠一(だて ちゅういち、1939年〈昭和14年〉1月2… 伊達 忠一(だて ちゅういち、1939年〈昭和14年〉1月20日 - )は、日本の政治家。札幌臨床検査センター代表取締役会長。 参議院議員(3期)、参議院議長(第31代)、国土交通大臣政務官(第2次小泉改造内閣)、内閣府副大臣(第2次安倍内閣)、自由民主党幹事長代理、自由民主党参議院国会対策委員長、自由民主党参議院幹事長などを務めた。 北海道生まれ。芦別市出身とも上士幌町出身とも言われる。北海道芦別高等学校卒業。北海道立衛生検査技師養成所卒業。臨床検査技師。1963年4月から札幌医科大学付属病院検査部に勤務し、1965年9月に札幌臨床検査センター株式会社を設立した。 1983年4月、芦別市から北海道議会議員に初当選。
田苅子 進(たかりこ すすむ、1938年〈昭和13年〉4月5… 田苅子 進(たかりこ すすむ、1938年〈昭和13年〉4月5日 - 2022年〈令和4年〉1月17日)は、日本の政治家。元北海道士別市長。 北海道上川郡士別町(現士別市)出身。北海道名寄農業高等学校卒業。1959年(昭和34年)3月、北海道自治講習所を修了後、士別市役所に奉職する。総務部税務課、総務部財政課長、総務部企画財政課長、市立士別総合病院事務局長、士別市教育委員、士別市教育委員会教育長を経て、1998年(平成10年)5月、士別市長に就任した。2009年の市長選に出馬せず退任した。2010年、旭日小綬章受章。 2022年(令和4年)1月17日7時52分、肺炎のため死去。83歳没。死没日をもって従五位に叙された。
河野 順吉(かわの じゅんきち、1938年3月30日 - )… 河野 順吉(かわの じゅんきち、1938年3月30日 - )は、日本の政治家。元北海道深川市長(4期)。 北海道雨竜郡深川町(現・深川市)出身。北海道一已農業高等学校(のち北海道深川農業高等学校、現・北海道深川東高等学校)卒。1967年、深川市議会議員に初当選し、7期連続当選し、この間に副議長も務めた。1994年に深川市長選挙に立候補し当選し、4期務める。この間、北海道市長会副会長、北海道高速道路建設促進期成会副会長、道央圏地域整備展開構想推進協議会会長、(財)北海道地域活動振興協会理事長を歴任した。2006年、4回目の当選直後、深川官製談合事件が起こり、収賄罪で逮捕され、市長を辞職、加重収賄罪に問われた。
中川 義雄(なかがわ よしお、1938年〈昭和13年〉3月1… 中川 義雄(なかがわ よしお、1938年〈昭和13年〉3月14日 - )は、日本の政治家。 参議院議員(2期)、北海道議会議員(5期)、北海道議会議長(第20代)、法務大臣政務官、内閣府副大臣、たちあがれ日本参議院幹事長(初代)、日本会議北海道本部会長などを歴任した。 北海道広尾郡広尾町に中川文蔵・セイの子として生まれた。1957年(昭和32年)、北海道帯広三条高等学校卒業。1960年(昭和35年)、神奈川大学工学部を中退し広尾町役場に就職する。1962年(昭和37年)、北海道庁に転職する。 1978年(昭和53年)退職後、1979年(昭和54年)に北海道議会議員選挙に出馬し、初当選する。以後5期連続務める。
小林 恒人(こばやし つねと、1938年1月22日 - 20… 小林 恒人(こばやし つねと、1938年1月22日 - 2020年2月18日)は、日本の政治家。衆議院議員(4期)。従四位。 川西農業高校卒業後、国鉄釧路鉄道管理局に入局。のち国労札幌地方本部副委員長を務め、本籍地および住民票を小樽市に移した。 島本虎三の勇退に伴い、1979年10月の第35回衆議院議員総選挙で日本社会党公認で北海道1区から立候補したが落選。翌1980年6月の第36回衆議院議員総選挙で初当選を果たした。得票数は同じ北海道1区で立候補した社会党の現職、横路孝弘を上回った。1983年12月第37回衆議院議員総選挙、1986年7月第38回衆議院議員総選挙、1990年2月第39回衆議院議員総選挙でも再選された。
島 多慶志(しま たけし、1937年12月14日 - )は、… 島 多慶志(しま たけし、1937年12月14日 - )は、日本の政治家。元北海道名寄市長(4期)。 北海道上川郡名寄町(現・名寄市)出身。北海道名寄北高等学校卒。名寄市役所に入り、名寄市立総合病院管理課長、総務部長などを経て、助役となる。1996年、名寄市長桜庭康喜の衆議院議員総選挙出馬による辞職に伴う名寄市長選挙に立候補し、無投票で当選する。2000年の市長選挙でも無投票で再選。2004年の市長選挙でも無投票で三選した。2006年に名寄市は風連町と合併して新・名寄市が誕生する。新市施行による市長選挙に立候補し、新人候補を破って当選した。2010年に市長を退任した。
大場 脩(おおば おさむ、1937年5月26日 - )は、日… 大場 脩(おおば おさむ、1937年5月26日 - )は、日本の政治家。元北海道網走市長(3期)。旭日小綬章。 北海道常呂郡常呂町(現・北見市)出身。北海道網走南ヶ丘高等学校卒。高校卒業後、札幌国税局に入り、紋別、網走の各税務署で働いたのち、網走市役所に入る。財政課長、経済、総務の各部長を経て、助役となる。1997年に網走市役所を退職、翌1998年の網走市長選挙に立候補して新人3人の争いを制した。2002年は無投票で再選。2006年の市長選挙も無投票で三選した。市長は2010年まで務め、退任した。2011年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。
信田 邦雄 (のぶた くにお、1937年3月10日 - ) … 信田 邦雄 (のぶた くにお、1937年3月10日 - ) は、日本の政治家、元参議院議員(当選1回)。北海道北見市出身。 北海道北見仁頃高等学校卒業。北海学園大学経済学部2部中退。北見市で農業を営む。1994年(平成6年)北海道農民連盟本部書記長、北見市農協理事、1997年(平成9年)北海道農民連盟委員長を経て1998年の第18回参議院議員通常選挙に民主党公認で比例区より出馬するが、落選。その後、2002年に今井澄の死去により繰り上げ当選する。 2004年の参院選では再び比例区より出馬するが、26名中20位で次点となり落選。この選挙に際し、北見地区農民連盟の幹部らが買収を行ったとして公職選挙法違反で起訴され、2005年4月27日に東京高等裁判所より連座制の適用を受け、参議院比例区からの5年間の立候補禁止とされた。
鰐淵 俊之 (わにぶち としゆき、1936年11月1日 - … 鰐淵 俊之 (わにぶち としゆき、1936年11月1日 - 2005年3月28日)は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)、元釧路市長(5期)。
北 良治(きた りょうじ、1936年10月12日 - 202… 北 良治(きた りょうじ、1936年10月12日 - 2021年10月27日)は、日本の政治家。北海道奈井江町長(8期)。 父は奈井江村長や衆議院議員を務めた北勝太郎。兄に衆議院議員を務めた北二郎や北海道開発庁長官・開発庁長官を務めた北修二がいる。 北海道空知郡奈井江村出身。1954年野幌機農高等学校卒業。農機具メーカー勤務を経て、1967年に奈井江町議に初当選し、以後連続5期務めた。1979年に奈井江町議会副議長、1983年に奈井江町議会議長を務めた後、1986年奈井江町長選に立候補し初当選。8期32年務めた。この他、空知町村会監事や空知町村会会長、北海道町村会理事、全国町村会理事なども務めた。
井上 博司(いのうえ ひろし、1936年(昭和11年)9月7… 井上 博司(いのうえ ひろし、1936年(昭和11年)9月7日 - 2019年(令和元年)9月17日)は、日本の政治家。北海道函館市長(2期)。位階は正六位。旭日小綬章。 北海道函館市出身。北海道函館西高等学校卒業後、1955年函館市役所に入る。商工観光、企画、市民の各部長を経て、助役となる。1999年、当時の函館市長木戸浦隆一が病気のため辞職。これに伴う市長選挙に立候補して当選した。2003年に再選。2007年の市長選では3選を目指したが、元助役の西尾正範に敗れた。2019年春の叙勲で旭日小綬章を受章。同年9月死去。死没日付をもって正六位に叙された。
小山 健一(こやま けんいち、1936年(昭和11年)7月4… 小山 健一(こやま けんいち、1936年(昭和11年)7月4日 - 2017年(平成29年)2月24日)は、日本の政治家、地方公務員。北海道北見市出身。1959年(昭和34年) 北海道大学農学部卒。北海道北見市長(1995年 - 1999年)。 1959年(昭和34年)北見市役所に入り、総務部総務課に配属。1985年(昭和60年)同市衛生部長。1987年(昭和62年)同市農務部長、1991年(平成3年)同市都市住宅部長に就任。北見市役所を退職し、1995年(平成7年)北見市長選挙に出馬し現職市長の久島正を破って初当選するも1999年(平成11年)に新人の神田孝次に敗れ落選した。2000年北海学園北見大学商学部客員教授(地方自治論、農業政策)。
堀 達也(ほり たつや、1935年11月22日 - )は、日… 堀 達也(ほり たつや、1935年11月22日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。1995年から北海道知事(公選第13・14代)2期8年務めた。北海学園元理事。札幌大学前理事長。北海道開拓記念館(現・北海道博物館)元館長。北海道スポーツ協会会長。 樺太敷香郡泊岸村出身。網走支庁遠軽町で育つ。1954年、遠軽高校卒業。1958年、北海道大学農学部林産学科を卒業し、北海道庁に入庁。初任地は網走支庁上渚滑林業指導事務所であった。 林務部、北海道大阪事務所、秘書課長、生活環境部次長、土木部次長、知事室長、北海道公営企業管理者、横路孝弘の下で副知事などの職を経て、1995年に北海道知事選に無所属(新進党・日本社会党・公明・民社協会推薦)で出馬し、伊東秀子を破って初当選する。
新宮 正志(しんぐう まさし、1935年11月14日 - 2… 新宮 正志(しんぐう まさし、1935年11月14日 - 2020年10月17日)は、日本の政治家。北海道室蘭市長(4期)。 北海道旭川市出身。1958年、専修大学商経学部卒。同年、室蘭市役所に入り、環境衛生、市民福祉、財政、総務の各部長を経て、1990年に収入役となる。1995年、室蘭市長選挙に立候補して初当選、以来、連続4期務める。2011年に室蘭市長を退任。2020年に死去した。
小林 和男(こばやし かずお、1935年〈昭和10年〉10月… 小林 和男(こばやし かずお、1935年〈昭和10年〉10月30日 - 2018年〈平成30年〉1月26日)は、日本の政治家、地方公務員、教育者。北海道乙部町出身。北海道学芸大学旭川分校卒業。北海道三笠市市長(3期)。 8人兄弟の5番目として生まれる。大学卒業後、小中学校教諭、三笠市立博物館副館長を経て、1987年三笠市議会議員に当選。その後の市議選で落選し、1999年7月三笠市教育長に就任。市教育長を辞職して、2003年三笠市長選に立候補し初当選。2011年3期目当選。市長在職中は全国市長会理事も務めていた。2015年任期満了で市長を退任。 退任後は、後任の西城賢策市長の発案により、三笠市の特産品などをPRする目的で新設した特命大使第1号に任命された。