佐藤 にいな(さとう にいな、2006年10月15日 - )… 佐藤 にいな(さとう にいな、2006年10月15日 - )は、岩手県盛岡市出身の女子サッカー選手。マイナビ仙台レディース所属。ポジションはミッドフィールダー。 中学時代よりマイナビ仙台レディースの下部組織に6年間所属して、ユースチーム在籍時の2024年8月に、トップチームに登録された。 2024年9月3日、2025年2月からトップチーム昇格することが内定。同年10月9日、2024-25 WEリーグカップのアルビレックス新潟レディース戦でデビューした。 2025年2月、マイナビ仙台レディースに正式加入。
下田 栄祐(しもだ よしひろ、2004年5月5日 - )は、… 下田 栄祐(しもだ よしひろ、2004年5月5日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・栃木シティ所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 2022年9月19日、2023年シーズンよりトップチームに昇格することが発表された。 2022年12月13日、J2に所属するいわきFCへ育成型期限付き移籍することが発表された。なお、移籍期間は2年間(2023年2月1日から2025年1月31日)。また、この移籍は両チームの提携による移籍。いわきFCは「2年間の移籍期間で選手の成長を最大限に後押しすることで、若手選手育成の新しいモデルとなることを目指す」と公式サイトを通じて発表している。
中村 涼(なかむら りょう、2002年7月20日 - )は、… 中村 涼(なかむら りょう、2002年7月20日 - )は、岩手県出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 Jリーグ・藤枝MYFC所属。 札幌大学3年の2023年7月に2025年からの藤枝MYFCへの加入を発表。2024年8月に2024年の藤枝MYFCの特別指定選手として選手登録された。 2025年3月9日の明治安田J2リーグヴァンフォーレ甲府戦でJリーグ初出場し、この試合の後半アディッショナルタイムでJリーグ初得点も記録した。
清水 敦貴(しみず あつき、2000年7月10日 - )は、… 清水 敦貴(しみず あつき、2000年7月10日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロサッカー選手。鎌倉インターナショナルFC所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 グルージャ盛岡(現・いわてグルージャ盛岡)のアカデミー出身。2018年6月、トップチームに2種登録された。 2019年より、トップチームへ昇格。同アカデミー史上初めてのトップチーム昇格となった。同年6月25日、盛岡市内で交通事故(玉突き事故)を起こしてクラブから厳重注意処分を受けた。 2020年3月、盛岡がパートナーシップ協定を結んでいるカナダのヴィクトリア・ハイランダーズFCへ期限付き移籍。8月にいわてグルージャ盛岡に復帰。 2021年、ブランデュー弘前FCに育成型期限付き移籍。
牧野 裕夢(まきの ひろむ、1998年〈平成10年〉4月11… 牧野 裕夢(まきの ひろむ、1998年〈平成10年〉4月11日 - )は、日本のサッカー選手・俳優。岩手県釜石市出身、埼玉県育ち。男性。身長182cm。体重80kg。おひつじ座。寅年。スリーサイズ B:100cm/W:78cm/H:95cm。靴サイズ27.5cm。血液型A型。声域テノール、音域low G〜mid F。青森山田高等学校(サッカー特待生)卒業。城西大学経営学部卒業。 2021年04月01日より、芸能事務所Dreave's(ドリーヴス)所属。サッカー選手から俳優に転向。 サッカー選手としての所属は、柏レイソル→グランデFC→青森山田高等学校サッカー部→城西大学サッカー部と変遷。 特技はサッカー。
谷村 海那(たにむら かいな、1998年〈平成10年〉3月5… 谷村 海那(たにむら かいな、1998年〈平成10年〉3月5日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・横浜F・マリノス所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 実兄はサッカー選手の谷村憲一。 花巻東高等学校から国士舘大学に進学し、高校までのストライカーからボランチにポジションを変更。当時は大型ボランチとして活躍。4年次には9アシストを記録し関東大学サッカー2部でアシストランキング2位となったが、Jクラブからのオファーは届かなかった。2020年、唯一オファーのあった当時JFLのいわきFCに加入。いわきでの1シーズン目途中でストライカーのポジションに再転向した。 いわきで十分な活躍ができず、ベンチ外になることもあり、2022シーズンから食生活の見直しなどフィジカル面の強化に努め、攻守でハードワークのできる選手へと成長。
田中 勘太(たなか かんた、1998年1月3日 - )は、岩… 田中 勘太(たなか かんた、1998年1月3日 - )は、岩手県大船渡市出身のプロサッカー選手。中国サッカーリーグ・福山シティFC所属。ポジションは、ゴールキーパー(GK)。 ベガルタ仙台のアカデミー出身。2015年7月、トップチームに2種登録された。2016年シーズン開幕当初のベガルタ仙台は、GK2人が負傷離脱した事情があり3月に2種登録され、びわこ成蹊スポーツ大学入学後の4月からは特別指定選手として仙台に再登録された。2017年も、8月に特別指定選手として仙台に登録された。 2020年より、カターレ富山へ加入した。2021年12月6日、契約満了による退団が発表された。2021年12月9日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場。
岩渕 弘人(いわぶち ひろと、1997年9月17日 - )は… 岩渕 弘人(いわぶち ひろと、1997年9月17日 - )は、岩手県一関市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・ベガルタ仙台所属。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。 仙台大学サッカー部出身。同期に松尾佑介がいた。 2020年、当時JFL所属のいわきFCに加入。 2022年6月4日のJ3第11節Y.S.C.C.横浜戦で自身プロ初、いわきFCとしてもJリーグ入会後初となるハットトリックを達成し、2022年6月度のJ3月間MVPを受賞した。同年10月30日の試合中に負傷し、右前十字靱帯と外側半月板損傷により全治約半年と診断された。 2023年6月24日のJ2第22節の大宮アルディージャ戦で復帰、J2初ゴールを決めると、以降4試合連続ゴールを記録。
菊池 流帆(きくち りゅうほ、1996年12月9日 - )は… 菊池 流帆(きくち りゅうほ、1996年12月9日 - )は、岩手県釜石市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC町田ゼルビア所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 7歳からサッカーを始めたが、釜石市立釜石中学校 2年の時に東日本大震災に遭遇。自身や学校に直接の被害はなかったものの、小学校時代の地区選抜チームのコーチを亡くし、練習グラウンドに仮設住宅が建ち並ぶ状況にサッカーを断念しかけるが、横浜FCが釜石市で開いたサッカー教室で三浦知良と一緒にプレーしたことや、同じく被災地を訪問したラモス瑠偉・名波浩・福西崇史らの姿に元気づけられ、再びサッカー選手への道を歩み始める。 その年に見た第88回全国高等学校サッカー選手権大会決勝で山梨学院高校と対戦した青森山田高校の存在を知り、特待生を決めるセレクションを受けに行くも不合格。
鈴木 一朗(すずき いちろう、1995年8月1日 - )は、… 鈴木 一朗(すずき いちろう、1995年8月1日 - )は、岩手県盛岡市出身のサッカー選手。関東サッカーリーグ・東邦チタニウムサッカー部所属。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 名前は野球好きの祖父がイチロー(鈴木一朗)にあやかって名付けた。 小学1年生から厨川ファイターズで野球を始め、当時のポジションは投手。右投右打だったがイチロー同様に左打に挑戦させられるなど祖父からの期待が強く、名前ゆえのプレッシャーもあり、逃げ出すかのように小学5年生のときサッカーに転向。グルージャ盛岡ジュニアに所属した。 富士大学在学中の2016年6月、特別指定選手に承認され、グルージャ盛岡に選手登録。同年7月3日のJ3第15節ガイナーレ鳥取戦でJリーグ初出場した。
谷村 憲一(たにむら けんいち、1995年〈平成7年〉1月2… 谷村 憲一(たにむら けんいち、1995年〈平成7年〉1月26日 - )は、岩手県盛岡市出身のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 実弟はJリーグ・横浜F・マリノス所属のサッカー選手の谷村海那。 小学2年生の時に見前FCでサッカーを始める。グルージャ盛岡ジュニアユースを経て盛岡商業高校に入学。高校では入学直後からベンチ入りし、1年秋からレギュラーとして現ベガルタ仙台の藤村慶太とダブルボランチを組んだ。3年時には背番号10を背負い、同校の東北高校選手権優勝に貢献。 谷村がレギュラーを獲得した1年秋からモンテディオ山形スタッフがマークを始め、2012年5月に山形の練習に招待した際には奥野僚右監督を一目ぼれさせ、「ぜひ獲得してほしい」と言わしめた。
久保 海都(くぼ かいと、1993年11月5日 - )は、岩… 久保 海都(くぼ かいと、1993年11月5日 - )は、岩手県盛岡市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(DF)。 盛岡商業高校3年時に選手権に出場。その後は関東学院大学に進学した。 2016年に地元であるグルージャ盛岡に入団した。2018年シーズン終了後、現役引退を表明。
藤村 慶太(ふじむら けいた、1993年9月2日 - )は、… 藤村 慶太(ふじむら けいた、1993年9月2日 - )は、岩手県盛岡市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・鹿児島ユナイテッドFC所属。ポジションはミッドフィールダー(MF) 元プロ野球選手でNPB・広島東洋カープに在籍していた高橋樹也は従兄弟にあたる。 小学2年生の時にFC手代森でサッカーを始める。中学3年時には全日本ユースフットサル大会で準優勝。盛岡商業高校では1年時からレギュラーとして活躍。高校選手権県予選では1、2年時いずれも決勝戦のPK戦で失敗し、準優勝に終わる。3年時には主将を務める。選手権県予選決勝の遠野戦では後半19分のPKを決め、7-1で勝利。県決勝戦での最多得点・点差勝利記録を更新し、全国初優勝した5年前の85回大会以来の出場を決めた。
赤塚 京介(あかつか きょうすけ、1991年6月9日 - )… 赤塚 京介(あかつか きょうすけ、1991年6月9日 - )は、岩手県出身の元サッカー選手。ポジションはFW。
林 勇介(はやし ゆうすけ、1990年1月23日 - )は、… 林 勇介(はやし ゆうすけ、1990年1月23日 - )は、岩手県盛岡市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 岩手県立盛岡商業高等学校では1年生でレギュラーに定着し、2年の2006年には全国高校サッカー選手権で優勝し、優秀選手に選ばれている。翌2007年には日本高校選抜に選ばれ、全国高校サッカー選手権の岩手県大会決勝でも自らゴールを決めたが、遠野高校にPK戦の末敗れた。 2008年より浦和レッズに入団。この年は公式戦の出場、ベンチ入りは無かった。左サイドの攻撃的なポジションでのプレーを得意とするが、浦和在籍時にはボランチや左サイドバックとしてテストされたこともある。 2009年3月7日、開幕戦の対鹿島戦で初の公式戦ベンチ入り。
藤嶋 洸(ふじしま ひかる、1989年4月5日 - )は、岩… 藤嶋 洸(ふじしま ひかる、1989年4月5日 - )は、岩手県八幡平市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー(MF)。 遠野高校3年時に、レギュラーとして選手権に出場。2試合連続ゴールを上げ第86回全国高等学校サッカー選手権大会ベスト8入りに貢献し大会優秀選手にも選出された。 その後は日本体育大学体育学部に進学。2012年、地元グルージャ盛岡に入団した。 2015年より、JFLのヴァンラーレ八戸 に移籍も、その年に退団。
橋場 貴之(はしば たかゆき、1988年4月8日 - )は、… 橋場 貴之(はしば たかゆき、1988年4月8日 - )は、岩手県久慈市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。
山形 雄介(やまがた ゆうすけ、1986年7月14日 - )… 山形 雄介(やまがた ゆうすけ、1986年7月14日 - )は、岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち の元サッカー選手。ポジションはDF。 2008年に湘南ベルマーレに入団内定していたが、取り消されたためベガルタ仙台の入団テストを受けるも 不合格となり、2009年の開幕直前に佐川印刷SCへの入部が決まった。この年はすぐにレギュラーに定着した。 しかし2010年はわずか3試合の出場に止まり、同年限りで佐川印刷を退団した。 2011年に当時関東サッカーリーグ2部のSC相模原に完全移籍した。しかし左ひざ靭帯の怪我により、出番のないままチームを戦力外通告となった。2012年は座間市に在住し浪人生活を送り、アルバイトをしながら相模原麻溝公園でトレーニングを続けた。
福士 徳文(ふくし のりふみ、1986年6月17日 - )は… 福士 徳文(ふくし のりふみ、1986年6月17日 - )は岩手県盛岡市出身の元サッカー選手。ポジションはFW。
千葉 裕也(ちば ゆうや、1986年4月30日 - )は、岩… 千葉 裕也(ちば ゆうや、1986年4月30日 - )は、岩手県出身のフットサル選手、サッカー選手。 岩手県立遠野高等学校ではサッカー部に所属。高校卒業後グルージャ盛岡に入団し、DFやMFとしてプレーした。2007年にはグルージャ盛岡を退団し、サッカーからフットサルに転向。Fリーグのステラミーゴいわて花巻に入団。2009年にはU-24フットサル日本代表候補に選ばれている。 2011年にはステラミーゴいわて花巻を退団し、サッカー競技に復帰。盛岡ゼブラに入団した。 体格を活かした空中戦を得意とする。 現役の時の背番号は27だったが本来は29(にく)がよかった。
倉沢 飛輝(くらさわ たかき、1985年11月4日 - )は… 倉沢 飛輝(くらさわ たかき、1985年11月4日 - )は、岩手県盛岡市出身のフットサル選手、サッカー選手。 岩手県立遠野高等学校ではサッカー部に所属。 2011年、東北フットサルリーグ1部アトレチコ郡山からステラミーゴいわて花巻に移籍。2011-12シーズン第24節府中アスレティックフットボールクラブ戦でFリーグデビューを果たした。
山本 脩斗(やまもと しゅうと、1985年6月1日 - )は… 山本 脩斗(やまもと しゅうと、1985年6月1日 - )は、岩手県盛岡市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー(左右のサイドバック)。元日本代表。 高校時代は岩手の盛岡商業高校で、2年生から背番号「10」を背負いレギュラーとして選手権に出場した。早稲田大学では、2006年に北京オリンピック日本代表候補にも選出されている。[要出典]2008年シーズンよりJリーグのジュビロ磐田に加入することが内定していたが、入団前のメディカルチェックにおいて、原発性左鎖骨下静脈血栓症(ページェット・シュレッター症候群)であることが判明。ジュビロと業務委託契約を締結し、完治後の正式契約を目指して治療に専念した。
松田 賢太(まつだ けんた、1984年8月22日 - )は、… 松田 賢太(まつだ けんた、1984年8月22日 - )は、岩手県大船渡市出身の元サッカー選手。ポジションは、MF。 盛岡商業高校3年時に、レギュラーとして第81回全国高等学校サッカー選手権大会に出場。八戸大学(現・八戸学院大学)を経て、2007年にグルージャ盛岡へ入団した。 2013年は主将として第37回全国地域サッカーリーグ決勝大会優勝及び2014年のJ3リーグ入会の原動力となった。 2016年はオーバートレーニング症候群を発症して戦線を離脱。同年をもって現役を引退。翌年からはグルージャのフロントスタッフとして強化・プロモーション担当やスクールコーチ、U-18コーチを歴任。2020年3月をもってグルージャを退団、同年4月からは盛岡市に発足したジュニアサッカースクール「FC AOBA」の監督を務めている。
高橋 臣徳(たかはし たかのり、1984年8月21日 - )… 高橋 臣徳(たかはし たかのり、1984年8月21日 - )は、岩手県北上市出身のサッカー選手。ポジションはDF。TDK親和会サッカー部所属。
下屋敷 恒太郎(したやしき こうたろう、1982年6月6日 … 下屋敷 恒太郎(したやしき こうたろう、1982年6月6日 - )は、岩手県出身のサッカー選手。サッカー指導者。ポジションはDF。
飯尾 一慶(いいお かずのり、1982年2月23日 - )は… 飯尾 一慶(いいお かずのり、1982年2月23日 - )は、岩手県二戸市出身の元サッカー選手。ポジションはFW、MF。 1999年に読売ユースからヴェルディ川崎(東京ヴェルディ)トップチームに昇格。2000年には26試合に出場、4得点を挙げた。しかしその後なかなか出場機会に恵まれず、レンタル移籍と復帰を繰り返していた。2007年、レンタル先のアビスパ福岡からヴェルディに復帰し、主力選手としてプレイしていた。 2013年シーズンはキャプテンに就任した。 2014年、ジュニアユース時代から所属していた東京ヴェルディを退団し、横浜FCへ完全移籍。 2016年、高原直泰が立ち上げた沖縄SVに移籍。 2018年1月、現役引退が発表された。
中田 洋介(なかた ようすけ、1981年9月15日 - )は… 中田 洋介(なかた ようすけ、1981年9月15日 - )は、岩手県大船渡市出身の元サッカー選手、サッカー指導者、高校教諭。ポジションはディフェンダー、もしくはミッドフィールダー。 岩手県大船渡市に生まれ、小学3年生の時に地元の大船渡三陸FCに入団しサッカーを始める。 1997年に岩手県立大船渡高等学校入学。小笠原満男は高校時代の2学年先輩にあたる。3年次に地元岩手で開かれた高校総体にチームのキャプテンとして出場した。第78回全国高等学校サッカー選手権大会にも出場したが1回戦で中山元気、高松大樹擁する多々良学園に敗れた。 高校卒業後は、駒澤大学へ進学。1年先輩の巻誠一郎や深井正樹、同学年の橋本早十らと供に数多くの大学タイトルを獲得。
照井 篤(てるい あつし、1980年7月19日 – )は、岩… 照井 篤(てるい あつし、1980年7月19日 – )は、岩手県出身の元サッカー選手。ポジションはDF。 国士舘大学から湘南ベルマーレに加入し、FCホリコシ、栃木SCを経て2009年に地元・岩手県のFCガンジュ岩手に加入。サッカー選手としてプレーする傍らでサッカー指導者としても活動していたが、2010年より将来のJリーグ参加を目指すヴァンラーレ八戸へ移籍。2013年限りで現役を引退。2014年からは、ヴァンラーレU-15のコーチ、2017年よりヴァンラーレ八戸のトップチームのコーチを務めている。
大谷 哲也(おおたに てつや、1980年6月2日 - )は、… 大谷 哲也(おおたに てつや、1980年6月2日 - )は、岩手県出身のサッカー選手。ポジションはMF。
小笠原 満男(おがさわら みつお、1979年4月5日 - )… 小笠原 満男(おがさわら みつお、1979年4月5日 - )は、岩手県盛岡市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー(MF)。元日本代表。2009年シーズンJリーグ最優秀選手賞受賞。 岩手県盛岡市に生まれ、地元の太田東サッカー少年団に入団しサッカーを始める。6年生の時に第15回全日本少年サッカー大会にチームのキャプテンとして出場している。 1995年、斎藤重信監督率いる岩手県立大船渡高等学校に進学し、斎藤の家で下宿生活を送る。“東北のファンタジスタ”と言われ天才派選手 として注目され、U-16日本代表に初招集されてからは年代別日本代表に選出される。 1997年、第76回全国高等学校サッカー選手権大会に出場し、ベスト16進出の原動力となり大会優秀選手に選出された。
斉藤 乙(さいとう きのと、1976年7月8日 - )は、岩… 斉藤 乙(さいとう きのと、1976年7月8日 - )は、岩手県出身の元サッカー選手。ポジションはMF、DF。 ドイツのTSVグリュンヴァルト時代には優秀選手に2度選出された。帰国後、水戸ホーリーホックなどに在籍した後、2007年からは地元のFCガンジュ岩手でコーチ兼任としてプレイしていた。2014年1月、現役を引退した。
佐藤 大実(さとう おおみ、1975年12月22日 - )は… 佐藤 大実(さとう おおみ、1975年12月22日 - )は、岩手県紫波郡紫波町出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード・ミッドフィールダー。 紫波町立紫波第一中学校、読売クラブユース(藤沢商高)を経て、1994年から1997年まで日本電装/デンソーに所属。1998年にサガン鳥栖へ移籍して2005年まで在籍。2006年はグルージャ盛岡に所属した。
鳴尾 直軌(なるお なおき、1974年10月5日 - )は、… 鳴尾 直軌(なるお なおき、1974年10月5日 - )は、岩手県下閉伊郡岩泉町出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 大学卒業後、JFLに属していたモンテディオ山形でキャリアをスタートさせる。1998年に所属していたソニー仙台FCでの活躍が認められ、1999年にJ2(当時)・アルビレックス新潟へ移籍した。新潟ではエースストライカーとして活躍し、2000年には2度のハットトリックを含む17得点を挙げた。2001年にジュビロ磐田へ移籍するが、中山雅史や奥大介、前田遼一といった主力選手から定位置を奪うことは出来ず、2002年6月にサンフレッチェ広島へ期限付き移籍した。2003年にサガン鳥栖へ移籍して、2004年に現役引退。
今野 章(こんの あきら、1974年9月12日 - )は、日… 今野 章(こんの あきら、1974年9月12日 - )は、日本の元プロサッカー選手、現指導者。選手時代のポジションはミッドフィールダー。 高校は地元の大船渡高校に進学。大学は国士舘大学へ進学。2年次からレギュラーを獲得しチームの攻撃の中心として活躍した。1997年にジュビロ磐田へ入団。同じポジションには当時日本代表だった名波浩、藤田俊哉、奥大介などがいたために、控えに甘んじる日々が続き、右サイドバックなどにも挑戦したが、レギュラー獲得とまではいかなかった。 2000年に川崎フロンターレへ移籍。主にトップ下として出場機会も増え、2003年にはチームのゲームキャプテンを務めるなど長年にわたり中心選手としてチームを支えた。
佐々木 仁(ささき ひとし、1973年7月9日 - )は、岩… 佐々木 仁(ささき ひとし、1973年7月9日 - )は、岩手県盛岡市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはGK。 2005年から2016年までNPO法人湘南ルベントスポーツクラブJrユース.Jrにて後進の指導にあたる。 2017年はINAC神戸レオネッサのGKコーチとして1年間指導した。 2018年、ラインメール青森FCのGKコーチに就任。 2020年12月2日、青森のGKコーチを退任した。
菊池 直喜(きくち なおき、1973年7月3日 - )は、岩… 菊池 直喜(きくち なおき、1973年7月3日 - )は、岩手県遠野市出身の元サッカー選手でサッカー指導者。
菊池 利三(きくち としみ、1973年6月17日 - )は、… 菊池 利三(きくち としみ、1973年6月17日 - )は、岩手県遠野市出身の、元サッカー選手。サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー(サイドバック、センターバック)、ミッドフィールダー(守備的MF、左サイドハーフ)。 サッカー指導者の菊池新吉は実兄。 遠野市立遠野中学校を卒業後に岩手県立遠野高等学校に入学。高校2年時に第69回全国高等学校サッカー選手権大会に出場している。高校卒業後、ヴェルディ川崎(現:東京ヴェルディ1969)に入団。1995年にリーグ戦初出場。1996年にU-23日本代表に選出された。その後、複数のクラブに期限付き移籍した後、古巣の東京Vに戻るが、2002年に戦力外通告を受けて引退した。
根子 達也(ねこ たつや、1972年9月25日 - )は、岩… 根子 達也(ねこ たつや、1972年9月25日 - )は、岩手県花巻市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはDF、FW。 盛岡商業高等学校から東北電力サッカー部(現ベガルタ仙台)に入部。Jリーグ参入を目指し、ブランメル仙台となってからも中心選手として活躍した。ベガルタ仙台がジャパンフットボールリーグに在籍していた時代を支えた選手のひとりである。 1999年には横浜FCに移籍し、ブランメル仙台でチームメイトだったピエール・リトバルスキー監督の下でプレーした。2005年には地元の岩手に戻り、グルージャ盛岡に入団した。2006年からは母校の盛岡商業高等学校でコーチなどをしながら盛岡ゼブラに所属している。
千葉 恵二(ちば けいじ、1971年6月19日 - )は、岩… 千葉 恵二(ちば けいじ、1971年6月19日 - )は、岩手県出身の元プロサッカー選手。ポジションはGK。
平 聡(たいら さとし、1970年7月16日 - )は、岩手… 平 聡(たいら さとし、1970年7月16日 - )は、岩手県花巻市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード。 花巻中時代から注目を集め、東北の名将・斎藤重信の誘いで、盛岡商高に入学(当初は同県のライバル校・遠野高進学を希望していた)。 全国高校サッカー選手権では、1年生だった第65回で国見高(同大会準優勝)からゴールを奪うなど、早くからエース級の活躍をみせた。3年生のとき第67回でベスト8まで進出したが、準々決勝で藤田俊哉、三浦文丈、山田隆裕など後に日本代表となる選手たちをそろえた清水市立商高(同大会優勝、現静岡市立清水桜が丘高)に0-0と善戦したが、PK戦は1-3で敗退(最後にPKを外したのは平だった)。
菊池 忍(きくち しのぶ、1970年7月7日 - )は、岩手… 菊池 忍(きくち しのぶ、1970年7月7日 - )は、岩手県水沢市(現奥州市)出身のサッカー指導者。
藤原 寿徳(ふじわら ひさのり、1970年4月26日 - )… 藤原 寿徳(ふじわら ひさのり、1970年4月26日 - )は、岩手県出身のサッカー指導者である。 1995年、鹿島アントラーズのGKコーチに就任。ユースのGKコーチも兼任して、後にワールドカップ日本代表にも選出された曽ヶ端準などのプロ選手を輩出した。1998年から2008年まで日本サッカー協会のGK育成プロジェクトコーチとして若年層の指導にも当たっていた。 2009年、13年間コーチを務めた鹿島を退団し、京都サンガF.C.のGKコーチに就任。2010年、シーズン終盤に正GKの座を掴んだ守田達弥を育成した手腕を買われて慰留されるも、チームのJ2降格、監督交代に伴い退任した。 2011年、ロンドンオリンピックを目指すU-22日本代表のGKコーチに就任した。
奥友 敏朗(おくとも としあき 1969年8月13日 - )… 奥友 敏朗(おくとも としあき 1969年8月13日 - )は、岩手県出身の元サッカー選手。
菊池 新吉(きくち しんきち、1967年4月12日 - )は… 菊池 新吉(きくち しんきち、1967年4月12日 - )は、岩手県遠野市出身の元サッカー選手、指導者。現役時代のポジションはゴールキーパー。サッカー指導者の菊池利三は実弟。 後述のように育った環境はお世辞にもいいとは言い難いものだったが、読売サッカークラブ入団後は藤川孝幸を抑えてレギュラーを獲得。Jリーグではヴェルディ川崎で三浦知良、武田修宏、ラモス瑠偉、北澤豪、ルイス・カルロス・ペレイラ、柱谷哲二、都並敏史等と共にスタメンの座を不動のものにする。Jリーグ開幕後は、地元・遠野で「菊池新せんべい」なるものが発売されたほどであった。 1993年にはシーズン15完封のJ1記録(2014年に浦和レッズの西川周作が抜かれるまでトップだった)、1stステージ2位と2ndステージ制覇と初代王座、1994年にはJリーグベストイレブン・日本代表にも選出され2年連続チャンピオンに貢献している。
岩渕 弘幹(いわぶち ひろもと、1966年7月3日 - )は… 岩渕 弘幹(いわぶち ひろもと、1966年7月3日 - )は、岩手県出身の元サッカー選手。現在は、川崎フロンターレ育成普及担当で専修大学サッカー部のコーチ。日本サッカー協会公認 S級ライセンス保持者。 岩手県立遠野高等学校から川崎フロンターレの前身チームである富士通サッカー部に入団。1995年に引退し、翌年より富士通サッカー部のコーチに就任。以降、川崎フロンターレのコーチ、ユース監督などを務めた。 2019年4月までは川崎フロンターレ育成普及担当・スクールグループ長・兼普及活動グループ長を務めながら専修大学サッカー部のコーチもしていたが、2019年4月より山梨学院大学サッカー部監督に就任した
五十嵐 和也(いがらし かずや、1965年10月24日 - … 五十嵐 和也(いがらし かずや、1965年10月24日 - )は岩手県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF(センターバック、右サイドバック)。 岩手県立遠野高校を卒業後、1984年に古河電工に入団。2年目の1985年にレギュラーの座を掴み、同シーズンの日本サッカーリーグ(JSL)優勝に貢献。1986-1987シーズンには日本のクラブとして初のアジア制覇となったアジアクラブ選手権のタイトルを獲得する。 1992年にJリーグが発足した後も古河電工の後身クラブであるジェフユナイテッド市原でプレーし、94年はレギュラーだった。1996年までプレー。ジェフ退団後は、当時関東リーグ所属の横河電機に移籍し、1999年より日本フットボールリーグ昇格、2000年シーズンで現役を退いた。
吉田 暢(よしだ とおる、1965年5月17日 - )は、岩… 吉田 暢(よしだ とおる、1965年5月17日 - )は、岩手県紫波郡紫波町出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 現役時代はサイドバックとして古河電工/ジェフユナイテッド市原(現:ジェフユナイテッド市原・千葉)、ブランメル仙台(現:ベガルタ仙台)でプレーし、1997年に現役を引退。 1998年よりソニー仙台FCのコーチに就任。2001年からソニー仙台FCの監督に就任。2005年にJFA 公認S級コーチライセンスを取得。 2006年から2011年までグルージャ盛岡の監督を6年間務め、東北社会人サッカーリーグ1部で優勝4回、準優勝2回の成績を残した。2012年、グルージャ盛岡の育成・普及スタッフ代表統括に就任。
中村 司(なかむら つかさ、1965年 - )は、日本のサッ… 中村 司(なかむら つかさ、1965年 - )は、日本のサッカー選手、指導者。 1965年生まれ。岩手県岩手郡岩手町で生まれ育ち、沼宮内中学校から盛岡商業高校に進学して頭角を現し、日本ユース代表、第61回全国高校サッカー選手権大会で優秀選手に選出された。 高校卒業後、日立製作所サッカー部に入団したが、家庭の事情により引退し帰省した。 仕事の傍ら地元のサッカークラブや国体の選手として活躍し、現役引退後は2002年から2021年まで盛岡商業高校サッカー部のコーチを務めた。息子は藤枝順心高校監督の中村翔、娘はサンフレッチェ広島レジーナの中村楓。 2002年から2008年まで柏レイソル盛岡のコーチを務め、2009年にRENUOVENS OGASA FOOTBALLCLUBの代表となり指導にあたる。
三浦 俊也(みうら としや、1963年7月16日-)は、岩手… 三浦 俊也(みうら としや、1963年7月16日-)は、岩手県釜石市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。 岩手県立釜石南高校(現・岩手県立釜石高等学校)を卒業後、1982年に駒澤大学へ入学し、サッカー部に所属したが控え選手だった。大学卒業後は地元の養護学校の教諭をしながら東北社会人サッカーリーグの盛岡ゼブラや新日鐵釜石サッカー部で選手としてプレーしていた。 その後、指導者になるという夢を捨てきれずに、1991年にドイツにコーチ留学した。ケルン体育大学で5年半に渡ってコーチ理論を学び、ドイツA級(日本のA級に互等)ライセンスを取得した。また、この時期にドイツ語を習得した。 日本に戻った直後の1996年にはS級ライセンスを通訳兼任で受講し、ライセンスを取得。
瀬田 龍彦(せた たつひこ、1952年1月15日 - )は、… 瀬田 龍彦(せた たつひこ、1952年1月15日 - )は、岩手県盛岡市出身の元サッカー選手。ポジションはGK。瀬田貴仁、瀬田達弘はともに息子。 JSLでは日立製作所に所属し、通算164試合に出場。その間、JSL、天皇杯など数々の優勝に輝き、1972年、1976年のベストイレブンを獲得。現役終盤からはコーチも兼任していた。 日本代表としては1974年、1978年のワールドカップアジア予選に出場。モントリオールオリンピックアジア予選ではレギュラーとして全試合に出場した。 現在はテレビ中継解説者、サッカー指導員を務めている。1998年にS級コーチングライセンスを取得。2005年には沖縄県の国体女子成年チームの特別コーチを務めた。