菅原 隆拓(すがわら たかひろ、1964年8月5日 - 20… 菅原 隆拓(すがわら たかひろ、1964年8月5日 - 2020年11月20日)は、日本の防衛官僚。 宮城県桃生郡河南町(現・石巻市)出身。宮城県石巻高等学校を経て、東北大学法学部卒業。 2020年11月20日、東京都内の病院で死去。 岸信夫防衛大臣は、記者会見で菅原の功績をたたえるとともに、哀悼の意を表した。
宮城県:32人
菅原 隆拓(すがわら たかひろ、1964年8月5日 - 20… 菅原 隆拓(すがわら たかひろ、1964年8月5日 - 2020年11月20日)は、日本の防衛官僚。 宮城県桃生郡河南町(現・石巻市)出身。宮城県石巻高等学校を経て、東北大学法学部卒業。 2020年11月20日、東京都内の病院で死去。 岸信夫防衛大臣は、記者会見で菅原の功績をたたえるとともに、哀悼の意を表した。
芦立 訓(あしだて さとし、1960年(昭和35年)10月7… 芦立 訓(あしだて さとし、1960年(昭和35年)10月7日 - )は、日本の文部科学官僚。宮城県出身。2021年(令和3年)より、独立行政法人日本スポーツ振興センター理事長。 宮城県出身。宮城県仙台第一高等学校を経て、1985年(昭和60年)上智大学法学部法律学科卒業後、文部省(現・文部科学省)入省。2008年(平成20年)同省スポーツ・青少年局競技スポーツ課長、2012年(平成24年)同省高等教育局国立大学法人支援課長、2013年(平成25年)同省大臣官房総務課長、2014年(平成26年)同省大臣官房審議官(スポーツ・青少年局担当)、2015年(平成27年)内閣官房オリンピック・パラリンピック推進本部事務局総括調整統括官等を経て、2018年(平成30年)同省文部科学審議官(文教担当)に就任。
横山均(よこやま ひとし、1960年8月2日 - )は、日本… 横山均(よこやま ひとし、1960年8月2日 - )は、日本の総務官僚。内閣官房行政改革推進本部事務局長を経て、長崎県立大学教授、長崎県情報公開審査会会長、壱岐市政治倫理審査会会長、佐世保市上下水道経営検討委員会委員長。
若生 俊彦(わこう としひこ、1957年5月19日 - )は… 若生 俊彦(わこう としひこ、1957年5月19日 - )は、日本の総務官僚。元総務審議官。宮城県出身。 宮城県仙台第一高等学校を経て、1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し旧行政管理庁入庁。 内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)、総務省大臣官房審議官(行政管理局担当)、総務省行政管理局長、内閣官房内閣人事局人事政策統括官等を経て、2017年7月に総務省総務審議官(行政制度担当)。 2019年7月に退官。
菅原 郁郎(すがわら いくろう、1957年(昭和32年)3月… 菅原 郁郎(すがわら いくろう、1957年(昭和32年)3月6日-)は、日本の経済産業官僚。経済産業事務次官を経て、内閣官房参与、特定非営利活動法人ビュー・コミュニケーションズ理事長、トヨタ自動車取締役、日立製作所取締役、国立大学法人一橋大学理事、富士フイルムホールディングス取締役。 宮城県出身。父は若柳町長を務めた菅原郁夫。1975年(昭和50年)岩手県立一関第一高等学校、1981年(昭和56年)東京大学経済学部経済学科を卒業し、通商産業省に入省した(通産省大臣官房総務課に配属)。
蒲生 猛(がもう たけし、1956年5月25日 - )は、日… 蒲生 猛(がもう たけし、1956年5月25日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省交通管制部長や、国土交通省大阪航空局長を経て、初代北海道エアポート代表取締役社長や、北海道観光振興機構副会長を務めた。 宮城県仙台市出身。1981年北海道大学法学部卒業、運輸省入省。経済企画庁調整局経済協力第二課専門調査員、関東運輸局企画部地域交通企画課長、宮城県企画部空港·交通対策課長、宮城県企画部空港対策課長兼臨空都市整備推進室長、運輸省運輸政策局情報管理部情報企画課補佐官、海上保安庁総務部政務課補佐官、北海道運輸局自動車部長等を経て、1998年新東京国際空港公団企画室調査役兼空港づくり企画室主幹兼地域共生部共生業務室調査役兼共生企画室主幹。
平沼貞次(ひらぬま さだじ、1954年4月9日 - )は日本… 平沼貞次(ひらぬま さだじ、1954年4月9日 - )は日本の財務官僚。血液型はB型。国税不服審判所次長などを歴任。 宮城県仙台市出身(父は大阪府、母は北海道)。宮城県仙台第一高等学校、東京大学法学部卒業。1978年 大蔵省入省(理財局国有財産総括課)。1983年7月 相馬税務署長。1994年7月 関東財務局理財部長。1999年7月 沖縄開発庁振興局振興総務課長。2001年1月6日 内閣府沖縄振興局総務課長。2003年7月 国税庁長官官房企画課長。2004年7月2日 財務省大臣官房地方課長兼財務総合政策研究所次長。2006年7月28日 名古屋国税局長。2007年5月1日 預金保険機構総務部長兼RCC室長。
岩下 正(いわした ただし、1948年1月1日 - )は、日… 岩下 正(いわした ただし、1948年1月1日 - )は、日本の財務官僚、企業経営者。ローソン銀行代表取締役会長。 宮城県仙台市出身。血液型はB型。宮城県仙台第一高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。1970年に大蔵省入省(大臣官房秘書課)。1971年に大臣官房秘書課調査係長心得。1974年にイェール大学で経営学修士号を修得。同年7月 銀行局総務課企画係長。1975年7月 福知山税務署長。1993年6月 大臣官房調査企画課長兼財政金融研究所次長。1994年4月から1995年5月まで羽田孜、村山富市の下で内閣総理大臣秘書官(事務担当)。1999年7月8日に国際局次長、2002年7月9日に財務総合政策研究所長となる。
日下部 元雄(くさかべ もとお、1945年 - )は、日本の… 日下部 元雄(くさかべ もとお、1945年 - )は、日本の官僚。世界銀行の元副総裁。
守屋 武昌(もりや たけまさ、1944年〈昭和19年〉9月2… 守屋 武昌(もりや たけまさ、1944年〈昭和19年〉9月23日 - )は、日本の防衛官僚。宮城県塩竈市出身。東北大学法学部卒。1971年(昭和46年)、防衛庁入庁。1996年(平成8年)、内閣審議官として普天間問題に係わる。長官官房長・防衛局長を務めた後、2003年(平成15年)、防衛事務次官。2007年(平成19年)8月に防衛省を退職。のち、在任中の収賄などによって逮捕・起訴され、有罪判決(懲役2年6月の実刑・追徴金約1250万円)が確定した。 1944年(昭和19年)、宮城県塩竈市に生まれた。父親は戦前、帝国議会(戦後の国会)の衆院議員を務めた後、同市の初代市長に就いた守屋栄夫。武昌は父の栄夫が59歳のときの子で、親子ほども歳の離れた兄がいる。
剣持宣揚(けんもち のぶあき、1944年2月11日 - )は… 剣持宣揚(けんもち のぶあき、1944年2月11日 - )は日本の大蔵官僚。 東京都港区出身(父は群馬県、母は福島県)。宮城県仙台第一高等学校、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業。東大法学部第1類(私法コース)在学中に国家公務員上級甲種試験(法律)を合格。1966年 大蔵省入省(主計局総務課)。1967年4月 国際金融局国際機構課。1968年4月 国際金融局付(留学)。1970年7月 国際金融局総務課企画調整係長。1971年7月 高山税務署長。1988年6月 造幣局東京支局長。1989年6月 派遣職員(国際復興開発銀行)。1992年6月 国税不服審判所次長。1993年9月 大臣官房審議官(大臣官房担当)。
中名生 隆(なかのみょう たかし、1943年〈昭和18年〉 … 中名生 隆(なかのみょう たかし、1943年〈昭和18年〉 - )は、日本の経企官僚。元国民生活センター理事長、元経済企画事務次官。宮城県出身。 東京大学経済学部卒業後、経済企画庁に入庁。物価局審議官、国民生活局審議官を経て、1996年(平成8年)調査局長、1997年(平成9年)総合計画局長。1999年(平成11年)経済企画事務次官に就任。 2001年(平成13年)に退官し、連合総合生活開発研究所所長等を経て、2007年(平成19年)から国民生活センター理事長を務め、2010年に退任した。2020年より消費者教育支援センター理事長に就任した。 中名生の経済企画庁総合計画局計画官時代の部下に、日本専売公社から出向していた森永卓郎(現:経済アナリスト)がいた。
片山 正英(かたやま まさひで、1914年(大正3年)2月1… 片山 正英(かたやま まさひで、1914年(大正3年)2月17日 - 2005年(平成17年)3月22日)は、昭和期の農林官僚、政治家。参議院議員、林野庁長官。 宮城県仙台市出身。1939年(昭和14年)東京帝国大学農学部林学科を卒業した。 農林省に入省し、同山林局、林野庁、経済審議庁などで勤務。群馬県林務部長、林野庁業務部長などを歴任し、林野庁長官に1967年(昭和42年)9月から1970年(昭和45年)1月まで在任して退官した。 1971年(昭和46年)6月の第9回参議院議員通常選挙に全国区から自由民主党公認で出馬して初当選。なお、この選挙を通じて関係者19人が買収、文書違反の疑いで逮捕されている。
小野 栄(おの さかえ、1910年(明治43年)1月19日 … 小野 栄(おの さかえ、1910年(明治43年)1月19日 - 没年不明)は、昭和時代前期の台湾総督府官僚。陸軍司政官。 宮城県仙台市出身。1934年(昭和9年)3月、東京帝国大学法学部法律学科を卒業し、同年10月、高等試験行政科に合格。1937年(昭和12年)4月、台湾総督府交通局書記に任じ、鉄道部自動車課勤務、庶務課勤務、殖産局商工課勤務を経て、1939年(昭和14年)7月、台北州蘇澳郡守に就任した。その後、拓務事務官・殖産局、拓北局青年課勤務を経て、1942年(昭和17年)10月、陸軍司政官に任じた。
愛知 揆一(あいち きいち、1907年〈明治40年〉10月1… 愛知 揆一(あいち きいち、1907年〈明治40年〉10月10日 - 1973年〈昭和48年〉11月23日)は、日本の大蔵官僚、政治家。参議院議員から衆議院議員に転じ、内閣官房長官(第18・29代)や外務大臣(第92-93代)、大蔵大臣(第77代)などを歴任した。 東京市麹町区(現在の東京都千代田区)に、愛知敬一・祥夫妻の長男として生まれた。父・敬一は物理学者で、1911年に東北帝国大学理科大学物理学科の教授に就任したため、一家は仙台市へ移った。母・祥の実家も代々漢学者の系統という家柄で、一家を挙げての学者家庭だったという。 愛知は旧制宮城県第二中学校(現在の仙台第二高等学校)、旧制第二高等学校文科乙類を経て、東京帝国大学法学部政治学科に入学、1931年に卒業した。
鈴木 隆夫(すずき たかお、1904年2月27日 - 198… 鈴木 隆夫(すずき たかお、1904年2月27日 - 1980年12月16日)は、日本の官僚、国会職員。法学博士。第二次世界大戦後、55年体制の成立期において衆議院事務総長を務めた。その退職後は、第2代国立国会図書館長となり、また、味の素株式会社の経営に携わった。 宮城県伊具郡角田町(角田市の前身)の医師の家に生まれる。宮城県立白石中学校、旧制弘前高等学校を経て、東北帝国大学法文学部卒業。在学中、高等文官試験司法科(1929年)・行政科(1930年:首席と伝えられる)に合格した。1931年、内務省に入省して警視庁に配属されたが、同年、守衛副長として衆議院事務局に転じ、守衛(後の衛視)の教育に当たる。
前島 昇(1904年 - 不明)は、満洲国、晋北自治政府、蒙… 前島 昇(1904年 - 不明)は、満洲国、晋北自治政府、蒙古聯合自治政府の日本人官僚。 宮城県仙台市出身。家は仙台藩の儒学者の出であるという。第二高校に進学、独文科3年生の時に水泳部設置運動に関わる。東北帝国大学法文科に進学し、在学中は応援団長を務めた。1928年卒業後は長野県庁職員で、社会課社会事業主事補、農林主事であったが、満洲国に渡り、実業部農務司となる。間もなく吉林省磐石県参事官として宣撫工作に功を上げる。この際、匪賊との接触を断つべく、農民を一か所に強制移住させる「集団部落」構想を立案したとされ、500ページにわたる提言書を提出。阿城県副参事を経て、大同学院教授。 1937年10月15日、晋北自治政府が成立すると軍の依頼で最高顧問に就任。
竹谷 源太郎(たけや げんたろう、1901年(明治34年)2… 竹谷 源太郎(たけや げんたろう、1901年(明治34年)2月14日 - 1978年(昭和53年)9月12日)は、日本の政治家、内務官僚、弁護士。衆議院議員。 宮城県伊具郡角田町(現角田市)で呉服商・竹谷源平、いち夫妻の長男として生まれる。1918年、宮城県立角田中学校を卒業し、東京高等商業学校に入学したが、体操教官(陸軍中佐)の態度に反発し退学。同年、第一高等学校に編入し、1924年、東京帝国大学法学部法律学科(仏法)を卒業。卒業後はアメリカ合衆国でデパートメント・ストアの研究を希望していたが、友人が相談もなく手続きをした高等試験行政科試験を受けて1924年11月に合格。同年、内務省に入省し静岡県属となる。
早坂 冬男(はやさか ふゆお、1901年(明治34年)2月8… 早坂 冬男(はやさか ふゆお、1901年(明治34年)2月8日 - 1976年(昭和51年)6月10日)は、日本の内務官僚。最後の官選青森県知事。 宮城県加美郡小野田村出身。早坂伊勢松の二男として生まれる。宮城県仙台第二中学校、第二高等学校文科甲類を卒業。1925年11月、高等試験行政科試験に合格。1926年、東京帝国大学法学部英法科を卒業。内務省に入省し千葉県属となる。 以後、山形県、熊本県、新潟県、富山県、岐阜県などで勤務。さらに、大阪府工場課長を経て、1945年、北海道庁内務部長に就任。 1947年3月、青森県知事に就任。県議会議員選挙、知事選挙などを執行して同年4月に知事を退任。その後、公職追放となった。
成田 一郎(なりた いちろう、1894年〈明治27年〉12月… 成田 一郎(なりた いちろう、1894年〈明治27年〉12月22日 - 1959年〈昭和34年〉7月4日)は、日本の内務官僚、政治家。兵庫県知事(官選第28代)、石川県知事(官選第36代)、台湾総督府総務長官、参議院議員(1期)。 宮城県仙台市出身。成田喜十郎の長男として生まれる。広島高等師範学校を経て、1920年(大正9年)、京都帝国大学法学部を卒業。同年10月、高等試験行政科試験に合格。内務省に入り、埼玉県属となる。埼玉県児玉郡長、警視庁警視、内務省社会局事務官、社会局労働部労務課長、同庶務課長、資源局事務官などを歴任。 1936年(昭和11年)、内務書記官兼内務大臣秘書官となり、大臣官房人事課長、社会局労働部長、厚生省労働局長などを務める。
萱場 軍蔵(かやば ぐんぞう、1893年(明治26年)9月1… 萱場 軍蔵(かやば ぐんぞう、1893年(明治26年)9月11日 - 1979年(昭和54年)11月15日)は、日本の内務官僚。いわゆる内務三役(内務次官、内務省警保局長〈現在の警察庁長官に相当〉、警視総監)を全て経験した。 宮城県名取郡東多賀村(現・名取市)出身。私立東北中学校(現:東北高等学校)、第二高等学校、東京帝国大学法学部卒業。高等文官試験行政科に合格して内務省に入省。 1934年(昭和9年)、栃木県知事に就任。1936年(昭和11年)に二・二六事件が発生して警視庁上層部が更迭されると同年3月に警保局長に任じられた。1937年(昭和12年)、岡山県知事に就任。1939年(昭和14年)、警視総監に就任。
井川 忠雄(いかわ ただお、男性、1893年2月15日 – … 井川 忠雄(いかわ ただお、男性、1893年2月15日 – 1947年2月18日)は、日本の大蔵官僚、政治家。太平洋戦争開戦前、日米民間人交渉に携わった人物として知られる。 島根県出身。(旧制)仙台一中、一高、1917年東京帝国大学法科大学政治科を卒業後、大蔵省に入省。東京税務監督局兼理財局属。近衛文麿と近しく、近衛や後藤隆之助らが設立した「昭和研究会」の初期のメンバーでもあった。1936年、門司税関長を最後に退官し、産業組合中央金庫(現・農林中央金庫)理事となった。 1940年、ニューヨーク州のカトリック外国伝道協会のジェームズ・E・ウォルシュ、ドラウト両神父が井川のもとを訪れ、日米国交の調整問題について意見交換を行ったことを契機に、陸軍省の岩畔豪雄大佐とともに日米交渉を進め「日米諒解案」を作成するが、蚊帳の外に置かれていた松岡洋右外相の逆鱗に触れ、事実上握り潰された。
吉野 信次(よしの しんじ、1888年〈明治21年〉9月17… 吉野 信次(よしの しんじ、1888年〈明治21年〉9月17日 - 1971年〈昭和46年〉5月9日)は、日本の農商務・商工官僚、政治家。 商工大臣、運輸大臣、貴族院議員、参議院議員を歴任。大正デモクラシーを主導した政治学者吉野作造の弟。 宮城県志田郡大柿村(現大崎市古川)に綿屋を営む吉野年蔵、こう夫妻の三男として生まれた。吉野作造は長兄である。 旧制古川中学校(現・宮城県古川高等学校)、一高を経て、1913年(大正2年)東京帝国大学法科大学独法科を首席卒業(銀時計受領)し、農商務省に入省する。農商務大臣秘書官、1925年に農商務省が農林省と商工省に分離し、以後は商工省文書課長、工務局長を経て、1931年(昭和6年)商工次官。
竹内 健郎(たけうち たけろう、1888年(明治21年)7月… 竹内 健郎(たけうち たけろう、1888年(明治21年)7月9日 - 没年不詳)は、朝鮮総督府官僚。 宮城県仙台市出身。1914年(大正3年)、東京帝国大学法科大学法律科を卒業し、翌年に高等文官試験に合格。宮城県警部、京都府警視・中立売警察署長、警視庁警視・深川警察署(のち西平野警察署)長、同監察官を務めた。1918年(大正7年)、朝鮮総督府に移り、黄海道警察部長、平安北道警察部長、朝鮮総督府山林部林務課長、慶尚南道内務部長、京畿道内務部長、同警察部長、咸鏡北道知事を歴任した。 1936年(昭和11年)に退官した後は、富寧水力電気株式会社社長、朝鮮水産開発株式会社社長、朝鮮造船鉄工所株式会社社長を務めた。
三浦 篤(みうら あつし、1888年(明治21年)1月 - … 三浦 篤(みうら あつし、1888年(明治21年)1月 - 1973年(昭和48年)5月29日)は、宮内官僚。宮城県古川市長。位階は正三位。 宮城県出身。旧制宮城県立古川中学校(現在の宮城県古川高等学校)を経て、1913年(大正2年)に東京帝国大学法科大学政治科を卒業。帝室林野局事務官、内蔵寮主計課長・財務課長、大臣官房大膳課長、内蔵頭、帝室林野局長官を歴任した。 のち古川市長を務めた。
郡山 智(こおりやま さとし、1886年(明治19年)2月1… 郡山 智(こおりやま さとし、1886年(明治19年)2月10日 – 1955年(昭和30年)12月21日)は、日本の拓務官僚。南満州鉄道理事。 宮城県仙台市出身。宮城県立第一中学校、第二高等学校を経て、1911年(明治44年)に東京帝国大学法科大学政治科を卒業し、高等文官試験に合格。朝鮮総督府試補、同事務官、同書記官、同税関長、賞勲局書記官、拓殖局書記官、拓殖事務局書記官、東洋拓殖株式会社監理官、関東庁事務官、内閣拓殖局書記官、拓務省拓務局長を歴任した。 1934年(昭和9年)から1938年(昭和13年)まで南満州鉄道株式会社理事を務め、退任後は海外移住組合聯合会理事長に就任した。その他、南洋協会理事を務めた。
松村 松盛(まつむら まつもり、1886年(明治19年)1月… 松村 松盛(まつむら まつもり、1886年(明治19年)1月25日 - 1945年〈昭和20年〉10月)は、日本の内務官僚。朝鮮総督府官僚。 宮城県大崎市出身。1912年(明治45年)、東京帝国大学法科大学英法科を卒業し、高等文官試験に合格。和歌山県属、同那賀郡長、同理事官、福岡県理事官、同視学官を務めた。その後、朝鮮総督府に転じ、全羅北道警察部長、学務課長、外事課長、鉄道局理事、土地改良課長、殖産局長を歴任し、1931年(昭和6年)に退官した。 退官後は帝国軽金属統制株式会社取締役、野村生命保険株式会社監査役、太平洋石油株式会社顧問、東北更新会専務理事などを務めた。
守屋 栄夫(もりや えいふ、守屋 榮夫、明治17年(1884… 守屋 栄夫(もりや えいふ、守屋 榮夫、明治17年(1884年)11月8日 - 昭和48年(1973年)2月1日)は、日本の内務官僚、政治家、弁護士、歌人。衆議院議員、宮城県塩竈市長。宮城県平民。 元駐アフガニスタン公使守屋和郎の兄。元防衛事務次官守屋武昌の父。 明治17年(1884年)、宮城県遠田郡に生まれた。守屋徳郎の長男。宮城県古川高等学校卒業。二高を経て、 明治43年(1910年)東京帝国大学法科大学独法科を卒業。文官高等試験に合格。 内務省に入省。千葉、愛知各県理事官、内務監察官、内務省参事官、朝鮮総督府秘書官、同秘書課長、同庶務部長、内務省社会局社会部長を歴任。1925年(大正14年)3月、社会局第二部長を務めていた際に、第7回国際労働会議政府代表に前田多門とともに選出。
今村 武志(いまむら たけし、1880年(明治13年)11月… 今村 武志(いまむら たけし、1880年(明治13年)11月2日 - 1960年(昭和35年)8月21日)は、日本の官僚、政治家である。 戦前日本の統治における要職を歴任した後、戦時下および終戦直後の仙台市長を務めた。 1880年(明治13年)、宮城県宮城郡多賀城村(当時)に、農家の長男として生まれる。学歴は、宮城県中学校、第二高等学校を経て、東京帝国大学法科卒業。 1908年(明治41年)に大学卒業後は、高級官僚として朝鮮総督府に入り要職を歴任し、黄海道知事にも就任した。1931年(昭和6年)、内地に戻り、1932年の齋藤内閣発足とともに樺太庁長官となって、1938年まで務めた。退職後には、日本拓殖協会理事に就任した。
内田 隆(うちだ たかし、1879年(明治12年)3月30日… 内田 隆(うちだ たかし、1879年(明治12年)3月30日 - 1963年(昭和38年)7月11日)は、日本の台湾総督府・内務官僚、実業家。官選秋田県知事。旧姓・長田。 福島県出身。長田庄衛の二男として生まれた。福島県立安積中学校、宮城県立仙台第二中学校を経て、第二高等学校を卒業。1908年、東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業。東洋拓殖を経て、1911年、朝鮮総督府に入り農商工部属となる。同年11月、文官高等試験行政科試験に合格。内田家に夫婦養子となり改姓した。 以後、青島守備軍民政部事務官、台湾総督府事務官、同殖産局長などを歴任。 秋田県出身の川村竹治台湾総督に仕えたことがきっかけで、1931年12月、犬養内閣により秋田県知事に任じられた。
梅原 克彦 は、日本の官僚、政治家。日本保守党組織運動本部長… 梅原 克彦 は、日本の官僚、政治家。日本保守党組織運動本部長。2005年(平成17年)から2009年(平成21年)まで、仙台市長(第32期)を務めた。
畠山 学 (はたけやま まなぶ)は、日本の法務官僚。法務省西… 畠山 学 (はたけやま まなぶ)は、日本の法務官僚。法務省西日本入国管理センター所長や、法務省大阪入国管理局長、法務省東京入国管理局長を務めた。 宮城県仙台市出身。1976年東北大学法学部卒業、法務省入省。1989年外務省在ニューヨーク日本国総領事館領事部長。1996年法務省入国管理局入国審査課審査指導官。1997年法務省大臣官房秘書課国際室長。1999年法務省入国管理局難民認定室長。2001年法務省入国管理局参事官。 2003年法務省西日本入国管理センター所長。2007年から法務省入国管理局警備課長を務め、不法滞在外国人削減などに取り組んだ。 2008年法務省大阪入国管理局長。2011年法務省東京入国管理局長。