遠藤 寛明(えんどう ひろあき、1986年〈昭和61年〉11… 遠藤 寛明(えんどう ひろあき、1986年〈昭和61年〉11月21日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。 山形県議会議員(2期)などを歴任した。父は、東京オリンピック・パラリンピック担当大臣、自由民主党総務会長、衆議院議員(10期)などを務めた遠藤利明。 山形県上山市出身。上山市立南小学校、日本大学山形中学校、日本大学山形高等学校を経て、日本大学経済学部を卒業。慶應義塾大学大学院修士課程修了。その後、戦略国際問題研究所(CSIS)やパナソニック株式会社での勤務、遠藤利明衆議院議員秘書を経て、2019年(平成31年)、山形県議会議員選挙に出馬し初当選。山形県議会議員を2期務め、農林水産常任委員会委員長、厚生環境常任委員会委員長、建設常任委員会委員長、産業人材確保・生産性向上対策特別委員会委員長、広報広聴委員会委員長などを歴任。
嵐 正人(あらし まさと、1982年〈昭和57年〉4月29日… 嵐 正人(あらし まさと、1982年〈昭和57年〉4月29日 - )は日本の政治家。山形県西置賜郡飯豊町長(1期)。 飯豊町萩生生まれ。2001年(平成13年)3月、山形県立長井高等学校卒業。卒業後は飯豊町役場職員に採用。2024年(令和6年)3月に退職。 2024年(令和6年)10月27日投開票の飯豊町町長選挙において、前副町長との一騎打ちを制して初当選を果たした。 ※当日有権者数:5,416人 最終投票率:82.68%(前回比:-pts) 同年11月7日に就任した。
柴田 正人(しばた まさと、1979年(昭和54年)5月5日… 柴田 正人(しばた まさと、1979年(昭和54年)5月5日 - )は、日本の政治家。山形県南陽市長就任予定者。元山形県議会議員(3期)。 山形県南陽市宮内生まれ。山形県立米沢興譲館高等学校、大東文化大学法学部政治学科卒業後、自由民主党本部に就職。2012年12月より鈴木憲和衆議院議員公設第一秘書を務める。2015年の山形県議会議員選挙南陽市選挙区で初当選し、県議を3期務める。 2026年5月27日、県議を辞職。6月5日に南陽市長選挙への立候補を表明した。7月5日に市長選挙が告示されたが、柴田以外に立候補の届け出がなく、無投票で初当選した。
加藤 鮎子(かとう あゆこ、本名:角田鮎子、1979年〈昭和… 加藤 鮎子(かとう あゆこ、本名:角田鮎子、1979年〈昭和54年〉4月19日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(5期)。同党国土交通部会長。 内閣府特命担当大臣(こども政策、少子化対策、若者活躍、男女共同参画、孤独・孤立対策)、女性活躍担当大臣、共生社会担当大臣、国土交通大臣政務官(第1次岸田内閣・第2次岸田内閣)、環境大臣政務官兼内閣府大臣政務官(第4次安倍第2次改造内閣)、自由民主党副幹事長、同党山形県支部連合会会長などを歴任。父は内閣官房長官や自由民主党幹事長を務めた加藤紘一。 山形県鶴岡市生まれ(現住所は鶴岡市大東町)。「鮎子」という名の由来は「故郷の魚であること」「故郷に帰ってくるように」との意味が込められている。
庄司 中(しょうじ あたる、1977年12月31日 - )は… 庄司 中(しょうじ あたる、1977年12月31日 - )は日本の政治家、実業家。山形県大石田町長(1期)。いげたや庄司醸造社長。 山形県大石田町出身。 いげたや庄司醸造の5代目主人で後に大石田町長も務めた庄司喜與太の長男として生まれる。 平成2年大石田町立大石田小学校卒、平成5年大石田町立大石田第一中学校卒、平成8年3月山形県立山形東高等学校卒、平成12年3月千葉大学園芸学部生物生産科学科を卒業した。 いげたや庄司醸造を継ぎ、6代目主人となる。楽天市場や横浜高島屋などの催事にも出店。 2023年任期満了に伴う11月5日投開票の大石田町長選挙に出馬。山形県知事の吉村美栄子の応援を受け2,232票を獲得し、現職の村岡藤弥を167票差で破り初当選した。
皆川 治(みなかわ おさむ、1974年(昭和49年)10月3… 皆川 治(みなかわ おさむ、1974年(昭和49年)10月3日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚。元山形県鶴岡市長(2期)。 山形県鶴岡市生まれ。鶴岡市立大泉小学校、鶴岡市立鶴岡第一中学校、山形県立鶴岡南高等学校卒業。1997年(平成9年)3月、宇都宮大学農学部卒業。同年4月、農林水産省に入省。内閣官房IT担当室、在シカゴ日本国総領事館などに配属された経験を持つ。 農林水産副大臣秘書官であった2011年(平成23年)3月11日、義父の葬儀のために滞在していた宮城県石巻市で被災。この時の体験を本にまとめ、同年12月に出版した。 2014年(平成26年)、農林水産省を退職。同年5月から2017年(平成29年)3月まで東北公益文科大学の特任講師を務めた。
原田 和広(はらだ まさひろ、1973年〈昭和48年〉4月5… 原田 和広(はらだ まさひろ、1973年〈昭和48年〉4月5日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(1期)、山形県議会議員(1期)を歴任。 山形県山形市出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、1998年にロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院政治学部修了。2000年、ケンブリッジ大学大学院国際関係学部修了。2002年、両親と共に、職業訓練などを行う株式会社セラフィムを山形市で起ち上げ、代表取締役となる。 鹿野道彦元農林水産大臣が立ち上げた「愛山塾」の塾生を経て、2014年の第47回衆議院議員総選挙山形1区に鹿野の後継として民主党から立候補したが、自由民主党現職の遠藤利明に大差で敗れた。当初原田は翌年の山形県議会議員選挙への立候補を目指していたが、急な解散で衆院選に立候補する形となり、原田の選対顧問に就任した鹿野も「この時期の解散は考えていなかった」と準備不足を認めた。
和嶋 未希(わじま みき、1972年5月30日 - )は、日… 和嶋 未希(わじま みき、1972年5月30日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)、山形県議会議員(2期)を務めた。 山形県酒田市大宮生まれ。生家は農家。酒田市立亀城小学校、酒田市立第三中学校、山形県立酒田東高等学校、日本大学芸術学部放送学科卒業。酒田市立第三中学校在校時には生徒会長を務めた。1995年、地元・酒田市の企画制作会社に入社し、2002年まで勤務した。 2003年4月、山形県議会議員選挙の酒田市選挙区(現在の酒田市・飽海郡選挙区)から民主党公認で出馬し、初当選した。初当選時は山形県議会で唯一の女性議員であった。2007年の県議選で再選。二期連続のトップ当選を果たす。2009年、山形県議を辞職。
吉田 晴美(よしだ はるみ、1972年〈昭和47年〉1月1日… 吉田 晴美(よしだ はるみ、1972年〈昭和47年〉1月1日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(2期)、立憲民主党代表代行を歴任した。 山形県西村山郡河北町にて出生。生家は八百屋。身長170cm。山形県立山形北高等学校卒業。1995年3月、立教大学文学部文学科日本文学専修卒業。シンガポール航空に客室乗務員として勤務。結婚し、出産。アメリカ系ベンチャーキャピタルの金融企業に転職。 2002年9月、イギリスのバーミンガム大学経営大学院に留学。2003年12月、経営学修士(MBA)を取得。KPMGヘルスケアジャパンに経営コンサルタントとして勤務。 2011年4月の千葉県議会議員選挙・市川市選挙区(定数6)に民主党は現職の鈴木真志のほか、吉田、新人の井桁幹人の計3人を擁立したが、いずれも落選した。
斉藤 淳(さいとう じゅん、1969年5月29日 - )は、… 斉藤 淳(さいとう じゅん、1969年5月29日 - )は、日本の教育者、政治学者、元衆議院議員。元イェール大学政治学科助教授。イェール大学Ph.D。
竹詰 仁(たけづめ ひとし、1969年2月6日 - )は、日… 竹詰 仁(たけづめ ひとし、1969年2月6日 - )は、日本の政治家、外交官、労働組合役員。国民民主党所属の参議院議員(1期)。 山形県山辺町生まれ、東京都出身。現在も東京都在住。1991年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、東京電力に入社。2000年より東京電力労働組合本店総支部執行委員、本店総支部書記長を歴任し、2003年より同中央特別執行委員、全国電力関連産業労働組合総連合(電力総連)社会産業政策局部長を務めた。2005年に外務省へ出向し、在タイ日本国大使館一等書記官を務めた。2008年より連合本部生活福祉局次長・国際局長・経済政策局長を歴任し、2015年に関東電力総連事務局長、東京電力労働組合副書記長、2016年に東京電力労働組合中央書記長、2019年に東京電力労働組合中央執行委員長、関東電力総連会長、電力総連副会長をそれぞれ務めた。
白岩 孝夫(しらいわ たかお、1969年(昭和44年)1月2… 白岩 孝夫(しらいわ たかお、1969年(昭和44年)1月29日 - )は、日本の政治家。山形県南陽市長(3期)。元・南陽市議会議員(1期)。 山形県南陽市出身。山形県立長井高等学校卒業。1992年(平成4年)3月、東北学院大学文学部卒業。税理士事務所に15年間勤務し、その後6年間新聞販売店に務める。2012年(平成24年)3月18日告示、3月25日投票の南陽市議会議員選挙に出馬し、無投票で初当選。 2014年(平成26年)4月、市議を辞職。同年7月13日に行われた南陽市長選挙に無所属(自由民主党・公明党推薦)で出馬し、現職の塩田秀雄を破り初当選。7月30日、市長就任。 2018年(平成30年)、無投票により再選。
佐藤 聡(さとう さとし、1968年5月18日- )は、日本… 佐藤 聡(さとう さとし、1968年5月18日- )は、日本の政治家。山形県鶴岡市長(1期)。山形県議会議員(2期)、鶴岡市議会議員(3期)を務めた。 山形県鶴岡市出身。西郷小学校、西郷中学校、山形県立鶴岡南高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。 1991年、日本航空に入社、東京空港支店(羽田空港)旅客部旅客業務部、関西国際空港、北京支店、本社空港本部空港業務部で勤務。2005年4月、日本航空インターナショナルを退職し、同年5月、鶴岡にUターンし父が創業した山形総販(金属建具工事会社)に入社。 2005年10月の鶴岡市議会議員選挙で初当選し、2009年10月に再選、2013年10月に3選。
斎藤 真朗(齋藤 真朗、さいとう まさあき、1966年11月… 斎藤 真朗(齋藤 真朗、さいとう まさあき、1966年11月30日 - )は、日本の政治家。山形県寒河江市長(1期)。 上山市生まれ。1985年、山形県立山形南高等学校卒業。1989年、新潟大学法学部卒業。同年、山形県職員となる。2018年、病院事業局県立病院課副主幹、2020年、庄内総合支庁総務課連携支援室長、2022年、環境エネルギー部みどり自然課長を歴任し、2023年4月、寒河江市副市長となった。2024年11月1日、副市長を退任。 同年の寒河江市長選挙に無所属で立候補して、いずれも新人の元市議会議長と元農水省職員の2人を破って初当選を果たした。 ※当日有権者数:32,952人 最終投票率:55.55%(前回比:-pts) 2025年1月20日に市長に就任した。
山科 朝則(やましな とものり、1966年8月1日 - )は… 山科 朝則(やましな とものり、1966年8月1日 - )は、日本の政治家。山形県新庄市長(1期)。元山形県議会議員(3期)。 山形県新庄市出身。日本大学農獣医学部食品経済学科卒業。 青果会社役員を経て、2007年に山形県議会議員選挙に立候補するが、落選。2011年の山形県議会議員選挙で初当選し、3期務める。 2015年6月よりJA新庄市会長を務める。2017年の山形県知事選挙では、非自民勢力が支援する現職の吉村美栄子を支援したため、当時所属していた自民党会派を離脱した。2018年6月には、全国農業者農政運動組織連盟が実施した、翌年の第25回参議院議員通常選挙の組織内候補を選ぶ予備選挙に立候補したが、現職の山田俊男に敗れた。
鈴木 敬一(すずき けいいち、1965年8月18日- )は、… 鈴木 敬一(すずき けいいち、1965年8月18日- )は、日本の政治家。山形県東根市長(1期)。 山形県東根市出身。1989年に同市の職員となり、生涯学習課長、商工観光課長、交流推進課長、総合政策課長、議会事務局長、健康福祉部長を経て、2025年4月から副市長を務める。2026年3月、退任を表明した土田正剛市長の後継として市長選挙に立候補する意向を固め、副市長を退職。 その後土田が4月16日に在職中に急死したため、市長選挙は5月末に行われることとなり、5月2日に鈴木が行った事務所開きには鈴木憲和農林水産大臣のほか、自民党•非自民の地方議員らが出席した。5月24日に市長選挙が告示されたが、鈴木以外に立候補の届け出がなく、無投票で当選が決まった。
阿部 寿一(あべ じゅいち、1959年〈昭和34年〉8月17… 阿部 寿一(あべ じゅいち、1959年〈昭和34年〉8月17日 - )は、日本の政治家、建設官僚。衆議院議員(1期)、山形県酒田市長(4期)を歴任した。 山形県酒田市生まれ。山形県立酒田東高等学校、東京大学法学部を卒業し、建設省に入省。本省勤務の他、鳥取県や総理府への出向を経験し、1998年11月に大臣官房人事課長補佐で建設省を退官。 1999年4月、酒田市長選挙に無所属で出馬・初当選し、続く2003年4月の酒田市長選挙で再選される。2005年11月には新設合併した新制酒田市長選挙に出馬し、初代市長に就任。2009年11月の酒田市長選挙に出馬し2選(旧酒田市時代と併せて4期)。 2012年、自由民主党は第46回衆議院議員総選挙に向け、山形3区の現職加藤紘一を公認。
芳賀 道也(はが みちや、1958年〈昭和33年〉3月2日 … 芳賀 道也(はが みちや、1958年〈昭和33年〉3月2日 - )は、日本の政治家、アナウンサー。国民民主党所属の参議院議員(2期)、参議院行政監視委員長。 父は高校教師で歌人でもあった芳賀秀次郎。 山形県山形市生まれ。山形大学附属小学校、山形大学附属中学校、山形県立長井高等学校、日本大学文理学部社会学科卒業。大学在学中は文理学部落語研究会に所属。1980年、山形放送にアナウンサーとして入社。ズームイン!!朝!、ズームイン!!SUPERの山形担当キャスターを8年間担当。 2019年3月1日、山形市内で記者会見を開き、同年の第25回参議院議員通常選挙に山形県選挙区から無所属で立候補する意向を表明した。
齋藤 弘(さいとう ひろし、1957年(昭和32年)10月1… 齋藤 弘(さいとう ひろし、1957年(昭和32年)10月18日 - )は、日本の政治家。前山形県知事(1期)。国際教養大学国際教養学部グローバル・ビジネス課程客員教授。斎藤 弘とも。 日本銀行を経て、山形銀行の総合企画副部長や監査副部長などを歴任。その後、2005年1月の山形県知事選挙に地元選出の衆議院議員である加藤紘一の支援を受け出馬する。 1993年、現職の板垣清一郎の任期途中の辞職で行われた知事選挙で、加藤は近藤鉄雄や岸宏一が推す副知事の高橋和雄の出馬に対抗し、土田正剛を推したが敗れた。2005年の選挙で4選を目指す高橋は共産党を除く県議会全会派から支持を取り付け、県内市町村長の多くも支持し、地元財界、マスコミ、県職員労働組合などからも支持を受け、オール与党体制で当時は現職の高橋当選が確実視されていた。
新関 茂(にいぜき しげる、1957年(昭和32年)4月9日… 新関 茂(にいぜき しげる、1957年(昭和32年)4月9日 - )は、日本の政治家。山形県天童市長(1期)。 山形県天童市山口に生まれる。天童市立第二中学校、山形県立山形東高等学校を経て、岩手大学農学部卒業。卒業後は天童市役所に入る。市役所では市長公室長、政策調整監などを歴任、2014年(平成16年)に天童市副市長に就任。 2024年(令和6年)8月、天童市長の山本信治が次期市長選に出馬しないと表明。副市長の新関は11月24日告示、12月1日投票の天童市長選挙に立候補することを表明。市長選挙には元市議も立候補を表明し、16年ぶりの選挙戦となった。選挙は元市議を破り、当選した。 ※当日有権者数:50,127人 最終投票率:53.14%(前回比:pts) 2024年12月1日投開票の市長選挙における選挙公報において、①モンテディオ山形の新スタジアムを活用した若者が集まりやすいまちづくり、②小中学校給食費の完全無償化等の実施、③新たな工業団地の整備、④高齢化社会に対応した公共交通網の再構築、⑤新たな防災センターの整備や住宅地の整備促進などを掲げた。
結城 裕(ゆうき ひろし、1956年10月26日 - )は日… 結城 裕(ゆうき ひろし、1956年10月26日 - )は日本の政治家。山形県尾花沢市長(1期)。 山形県尾花沢市出身。山形県立楯岡高等学校(現・山形県立東桜学館中学校・高等学校)卒業。東洋大学法学部(2部)卒業。1977年1月、防衛庁に入庁した。2017年3月、防衛装備庁電子装備研究所総務課長で定年退職した。その後は、都内民間企業を経て、同年11月に帰郷した。 2018年1月23日、尾花沢市長選挙に無所属で立候補することを表明した。同年7月15日、自由民主党山形県連と公明党山形県本部から推薦を受けたものの、民進党山形県連、日本共産党山形県委員会、社会民主党山形県連から推薦を受けた菅根光雄に226票差で破れた。
阿部 光利(あべ みつとし、1956年6月14日 - )は、… 阿部 光利(あべ みつとし、1956年6月14日 - )は、日本の政治家。台東区議会議員を務めた(2期)。また、松尾明弘衆議院議員(当時)の公設第一秘書を務めた。元フジテレビリポーター。地方政治ジャーナリスト。山形県鶴岡市出身。 国士舘大学政経学部経営学科卒業。 フジテレビ『TIME3』(1988年 - 1993年)専属リポーターとして、本格的なテレビ出演を開始。同番組のリポーターの公募に、当時約1600人の応募者の中から合格した[要出典]。その後、同局の『タイムアングル』、『おはよう!ナイスデイ』、『ナイスデイ』、『とくダネ!』、『2時のホント』などの情報番組でリポーターとして活動。『2時のホント』番組終了をきっかけに転職。
内谷 重治(うちや しげはる、1956年(昭和31年)1月2… 内谷 重治(うちや しげはる、1956年(昭和31年)1月22日 - )は、日本の政治家。山形県長井市長(5期)。元・長井市議会議員(2期)。 山形県長井市今泉出身。長井市立豊田小学校、長井市立豊田中学校、山形県立長井高等学校卒業。1979年(昭和54年)3月、立教大学経済学部卒業。同年4月、長井市役所に入庁。長井市役所商工觀光課勤務、1990年(平成2年)、市役所を退職し上京、コンサルティング会社や出版社などに勤務。長井市に戻り建設会社に勤めたのち、1999年(平成11年)4月の長井市議会議員選挙に出馬し初当選。2003年(平成15年)、2期目の当選。 2006年(平成18年)11月19日に行われた長井市長選挙に無所属で出馬。
井上 薫(いのうえ かおる、1955年(昭和30年)5月28… 井上 薫(いのうえ かおる、1955年(昭和30年)5月28日 - )は、日本の政治家。 山形県最上郡真室川町生まれ。真室川町長を3期(2005年 - 2017年)務めた。 ※当日有権者数:6,941人 最終投票率:80.13%(前回比:-5.02pts)
森谷 俊雄(もりや としお、1954年7月4日 - )は、日… 森谷 俊雄(もりや としお、1954年7月4日 - )は、日本の政治家、地方公務員。山形県環境エネルギー部長や、モンテディオ山形代表取締役社長を経て、河北町長。 山形県西村山郡河北町出身。山形県立寒河江高等学校を経て、1978年東北大学法学部卒業、山形県入庁。2004年最上総合支庁企画振興課長。2006年人事課長。2009年総務部次長。2011年企画振興部長。2012年環境エネルギー部長。2015年公益財団法人山形県産業技術振興機構専務理事。 同年から株式会社モンテディオ山形代表取締役社長を務めたが、2018年にJ1リーグ昇格に向け後任を外部招請する意向を示して途中退任した。2019年吉村美栄子山形県知事の河北後援会などの推薦を受け、無投票で河北町長に当選した。
丸山 至(まるやま いたる、1954年(昭和29年)3月7日… 丸山 至(まるやま いたる、1954年(昭和29年)3月7日 - )は、日本の政治家。元酒田市長(2期)。 山形県酒田市に生まれる。 山形県立酒田東高等学校 - 山形大学人文学部を経て1977年、行政職員として酒田市に採用される。 キャリアを積みながら昇任した丸山は、商工港湾課、企画調整課、水道部管理課で課長に就任、その後は健康福祉部で地域医療調整監、財務部長、総務部長を歴任した。 また、庄内地域の自治体が共同で設立した「公設民営」の私立東北公益文科大学の創設にも関わりを持つ。 2012年12月、58歳だった丸山は酒田市を定年前に退職し、新たに特別職として副市長に任命される。 副市長として在任中、病気療養で職務を離れた前市長本間正巳の職務代理者として、市政の舵取り役を任された。
安部 三十郎(あべ さんじゅうろう、1953年(昭和28年)… 安部 三十郎(あべ さんじゅうろう、1953年(昭和28年)9月21日 - )は、日本の政治家。行政書士。勲等は旭日小綬章。元山形県米沢市長(3期)。 山形県東置賜郡上郷村出身(上郷村は安部が生まれて2年後の1955年に米沢市に編入された)。米沢市立上郷小学校、米沢市立上郷中学校、山形県立米沢興譲館高等学校卒業。早稲田大学法学部卒業後、福島大学大学院地域政策専攻に進む。会社員を経て市長選に立候補する。自治体職員や市議などの経験はなかったが、保守志向の強い住民が多い同地域に草の根運動の選挙スタイルを持ちこみ、市内全戸の訪問や、朝晩の街頭演説などで知名度を上げていった。 3度目の挑戦の末、2003年(平成15年)に第33代米沢市長に初当選した。
山尾 順紀(やまお じゅんき、1952年(昭和27年)8月3… 山尾 順紀(やまお じゅんき、1952年(昭和27年)8月30日 - )は、日本の政治家、僧侶。元山形県新庄市長(4期)、元新庄市議会議員(2期)。 山形県新庄市の真言宗智山派の円満寺に生まれる。新庄市立沼田小学校、新庄市立明倫中学校、山形県立新庄北高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、大正大学仏教学部卒業。同年4月、新庄市役所に入庁。1998年(平成10年)12月31日、同市役所を退職。 1999年(平成11年)5月、新庄市議会議員に就任。2003年(平成15年)、再選。同年12月、円満寺の住職となる。 2007年(平成19年)8月9日、新庄市長の高橋榮一郎が膵腫瘍のため任期中に死去。これに伴って9月30日に行われた市長選挙に出馬し、前副市長の八鍬長一を破り初当選を果たした(山尾:12,460票、八鍬:10,491票)。
菅根 光雄(すがね みつお、1951年(昭和26年)6月1日… 菅根 光雄(すがね みつお、1951年(昭和26年)6月1日 - )は、日本の政治家。元山形県尾花沢市長(1期)、元尾花沢市議会議員(6期)。 山形県新庄市生まれ。父親の仕事の関係で中学2年の時に尾花沢市に移り住んだ。尾花沢市立尾花沢中学校、山形県立楯岡高等学校、法政大学法学部法律学科卒業。1975年(昭和50年)から学習塾を経営。 1995年(平成7年)、尾花沢市議会議員に初当選。2011年(平成23年)8月4日から3年間、議長を務めた。2015年(平成27年)、6期目の当選を果たす。 2018年(平成30年)3月30日、任期満了に伴う尾花沢市長選挙に立候補する意向を表明。同年7月15日に行われた市長選に国民民主党・日本共産党・社民党の推薦を受けて立候補。
吉村 美栄子(よしむら みえこ、1951年5月18日 - )… 吉村 美栄子(よしむら みえこ、1951年5月18日 - )は、日本の政治家。山形県知事(公選第17・18・19・20・21代)。無所属。 山形県西村山郡大江町沢口に生まれる。旧姓は鈴木。山形県立山形西高等学校を経て、お茶の水女子大学に進学。大学では教育心理学を専攻。卒業後の1974年4月、リクルート入社。 1976年結婚、翌1977年退社。夫の母親が病気となり夫は司法試験を受けるために東京に残り、吉村は1978年長女を連れて山形に帰郷。義父母と同居しながら子育てに専念。46歳の時に夫が病死。以後社会復帰し、山形市総合学習センターで非常勤教育相談員として勤務。1998年県の教育委員に就任。その後、総合政策審議会、入札監視委員会など多くの委員を担った。
佐藤 誠七(さとう せいしち、1950年〈昭和25年〉10月… 佐藤 誠七(さとう せいしち、1950年〈昭和25年〉10月27日 - )は、日本の政治家、白鷹町長、行政書士。
中川 勝(なかがわ まさる、1950年(昭和25年)7月7日… 中川 勝(なかがわ まさる、1950年(昭和25年)7月7日 - )は、日本の政治家。山形県米沢市長(2期)。元山形県議会議員(3期)、元米沢市議会議員(5期)。 山形県米沢市出身。山形県立米沢商業高等学校卒業。 1983年4月の米沢市議会議員選挙で初当選。1997年3月には市議会議長に就任した。5期20年務めたのち、2003年4月の山形県議会議員選挙に自由民主党公認で出馬し初当選。 2015年11月22日に行われた米沢市長選挙に「産業振興会社の設立と、国からの副市長招請」を公約に掲げて出馬。現職の安部三十郎との接戦を制し初当選した。勝因として、2013年に新文化複合施設(新図書館)を建設中に巨大な地下残存物が見つかり撤去に巨額の費用を要したことや、市の財政収支が2014年度決算で3年連続実質赤字となったことなど、現職にとって負い目となる要素が多かったことが指摘される。
遠藤 利明(えんどう としあき、1950年〈昭和25年〉1月… 遠藤 利明(えんどう としあき、1950年〈昭和25年〉1月17日 - )は、日本の政治家。日本スポーツ協会会長(第16代)。 東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会担当大臣(第3次安倍内閣・第3次安倍第1次改造内閣)、文部科学副大臣(第1次安倍内閣)、建設政務次官(小渕内閣・小渕第1次改造内閣)、衆議院青少年問題に関する特別委員長、同農林水産委員長、衆議院議員(10期)、自由民主党総務会長(第60代)、同選挙対策委員長(第9代)、同2020年オリンピック・パラリンピック東京大会実施本部長、同政務調査会長代理、同教育再生実行本部長、同国際局長、同幹事長代理、同スポーツ立国調査会長、同財務委員長、同中央政治大学院学院長、山形県議会議員(2期)を歴任した。
元木 洋介(もとき ようすけ、1948年〈昭和23年〉4月1… 元木 洋介(もとき ようすけ、1948年〈昭和23年〉4月1日 - )は日本の政治家。元山形県最上郡鮭川村長(5期)。 新庄北高等学校農業科卒業。鮭川村商工会長や全国商工会青年部連合会副会長を歴任。1999年に鮭川村議会議員に初当選し、鮭川村議会総務常任委員長などを務めた。 2006年(平成18年)に鮭川村長に初当選、平成22年に再選、平成26年に三選、平成30年に四選、令和4年に五選。 2026年(令和8年)3月22日投開票の鮭川村村長で、元村役場職員かつ元村議会議員の西野桂一と一騎打ちとなり、落選した。 ※当日有権者数:3,112人 最終投票率:79.98%(前回比:-0.46pts)
山本 信治(やまもと しんじ、1947年(昭和22年)7月1… 山本 信治(やまもと しんじ、1947年(昭和22年)7月17日 - )は、日本の政治家。元山形県天童市長(4期)。 山形県立山形南高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月、日本大学経済学部経済学科卒業。同年4月、株式会社ダスキンに入社。1972年(昭和47年)4月、株式会社山本製作所に入社。1979年(昭和54年)4月、株式会社山本産業に入社。 2008年(平成20年)11月、遠藤登天童市長が健康上の理由により12月25日付で辞職することを発表。12月21日に行われた天童市長選挙に無所属(自民党・公明党推薦)で出馬。海鋒孝志県議との一騎討ちを制し初当選(山本:17,544票、海鋒:16,323票)。
本間 正巳(ほんま まさみ、1947年(昭和22年)3月8日… 本間 正巳(ほんま まさみ、1947年(昭和22年)3月8日 - 2015年(平成27年)7月20日)は、日本の政治家。山形県酒田市長(1期)。 山形県酒田市生まれ。1970年の東北学院大学卒業後に山形県庁に入庁し、総務部長などを歴任。2007年、山形県企業振興公社理事長に就任。 2009年、酒田市の副市長に就任。2012年、同市市長阿部寿一が辞職し第46回衆議院議員総選挙に立候補したのに伴い行われた市長選挙に立候補し、初当選を果たす。 2014年5月、咽頭癌の除去手術のため宮城県名取市の宮城県立がんセンターに入院し、その後山形市の病院で投薬と放射線手術を受けた。入院する際には、市議会議長に日付を空欄にした状態の辞表を事前に提出していた。
横戸 長兵衛(よこと ちょうべえ、1947年(昭和22年)1… 横戸 長兵衛(よこと ちょうべえ、1947年(昭和22年)1月23日 - )は、日本の政治家。元山形県上山市長(4期)、元上山市議会議員(4期)。 山形県南村山郡山元村(現上山市)出身。山形県立上山農業高校(現上山明新館高校)卒業。1991年(平成3年)5月、上山市議会議員に初当選。2001年(平成13年)5月、議長に就任。議長を2期4年務めた。2006年(平成18年)12月、市議を辞職。 2007年(平成19年)2月4日に行われた上山市長選挙に自民党・公明党の推薦を得て出馬。元市議の枝松直樹ら3人の候補者との戦いを制し初当選した(横戸長兵衛9,144票、枝松直樹6,117票、奥村博3,785票、門間徹2,274票)。
加藤 国洋(加藤 國洋、かとう くにひろ、1946年(昭和2… 加藤 国洋(加藤 國洋、かとう くにひろ、1946年(昭和21年)12月17日 - 2024年 (令和6年) 6月2日)は、日本の政治家。元山形県尾花沢市長(2期)、元山形県議会議員(3期)、元尾花沢市議会議員。 山形県尾花沢市出身。日本大学法学部法律学科卒業。1970年(昭和45年)4月、殖産相互銀行(現・きらやか銀行)に就職。1988年(昭和63年)9月、同行を退社。1989年(平成元年)4月、株式会社佐藤商会取締役に就任。 1991年(平成3年)7月、尾花沢市議会議員に就任。何期市議を務めたかは不明。 1999年(平成11年)4月の山形県議会議員選挙に初当選。計3期、県議を務めた。県議時代は自由民主党に所属した。
佐藤 清(さとう きよし、1944年(昭和19年)7月21日… 佐藤 清(さとう きよし、1944年(昭和19年)7月21日 - )は、日本の政治家。元山形県村山市長(2期)、元村山市議会議員(6期)。 山形市立商業高等学校卒業。1983年、村山市議会議員に初当選(日本社会党、のち社会民主党)。村山市議を6期務める。2005年、当時の村山市長菊池汪夫が市職員採用を巡る受託収賄容疑で逮捕された。同年の市長選挙に立候補し、初当選する。2009年に元村山市職員の志布隆夫らを破って再選。2013年の市長選では再び立候補した志布に敗れた。
土田 正剛(つちだ せいごう、1943年(昭和18年)10月… 土田 正剛(つちだ せいごう、1943年(昭和18年)10月25日 - 2026年(令和8年)4月16日)は、日本の政治家。山形県東根市長(7期、在任中死去)。元・山形県議会議員(4期)。 山形県東根市出身。山形県立山形東高等学校卒業。1967年(昭和42年)3月、慶應義塾大学法学部卒業。1969年(昭和44年)5月、衆議院議員松沢雄蔵の秘書となる。1974年(昭和49年)12月、国務大臣となった松沢の秘書官となる。 1979年(昭和54年)4月30日、山形県議会議員に就任。4期連続当選。県議時代は自由民主党に所属し、同党山形県連組織委員長、政調会長、幹事長などを務めた。 1993年(平成5年)2月14日に行われた山形県知事選挙に加藤紘一や近岡理一郎など自民党主流派の支援、さらに公明党、民社党、スポーツ平和党の推薦を得て立候補するも落選。
金子 善次郎(かねこ ぜんじろう、1943年(昭和18年)9… 金子 善次郎(かねこ ぜんじろう、1943年(昭和18年)9月24日 - )は、日本の自治官僚、政治家。自治省大臣官房審議官を最後に退官後、衆議院議員となり国土交通大臣政務官、厚生労働大臣政務官を歴任。旭日重光章受章。 山形県川西町出身。山形県立米沢興譲館高等学校を経て、1966年に一橋大学法学部を卒業(田上穣治ゼミナール)後、自治省(現・総務省)に入省。 1968年から外務省に出向し、北米第一課での勤務を経て、在シカゴ日本国総領事館領事を務め、1974年に自治省へ復帰。1976年から静岡県に出向し、静岡県商工企画課長や静岡県工業課長を務め、1982年からは埼玉県に出向し、同年に埼玉県労働部次長、1984年に埼玉県生活福祉部長、1986年には埼玉県企画財政部長へ就任した。
阿部 正俊(あべ まさとし、1942年11月4日 - 202… 阿部 正俊(あべ まさとし、1942年11月4日 - 2020年10月25日)は、日本の厚生官僚、政治家。 厚生省老人保健福祉局長を経て、自由民主党参議院議員(2期)を務めた。 山形県北村山郡小田島村(現東根市)出身。山形県立山形東高等学校を経て、東北大学法学部を卒業。 左目を5歳の時に事故で失い、左耳も高校生の時に聞こえなくなった。大学時代、障害者施設の花壇作りや農家に泊まり込んで農作業を手伝うワークキャンプに打ち込み、活動を通じ、社会福祉の整備が手付かずになっていると痛感する。 1966年4月、国の社会福祉の仕組みを築くために厚生省に入省。1978年12月、橋本龍太郎厚生大臣秘書官事務取扱。
鹿野 道彦(かの みちひこ、1942年〈昭和17年〉1月24… 鹿野 道彦(かの みちひこ、1942年〈昭和17年〉1月24日 - 2021年〈令和3年〉10月21日)は、日本の政治家。位階は正三位。 衆議院議員(11期)、衆議院運輸委員長、農林水産大臣(第14・51・52代)、総務庁長官(第12代)、運輸政務次官、新党みらい代表、国民の声代表、民政党幹事長、民主党国会対策委員長、常任幹事会議長、副代表、自由民主党青年局長、総務局長などを歴任した。父は衆議院議員を5期務めた鹿野彦吉。 民主党内では珍しい、自民党清和政策研究会出身。自民党時代は「清和会のプリンス」と呼ばれ47歳で初入閣するなど、将来の総裁候補として期待されていた。離党後も新党みらい・国民の声で代表を務め、新進党・民主党でも党首(代表)候補としてたびたび名前が挙がった。
岸 宏一(きし こういち、1940年(昭和15年)6月3日 … 岸 宏一(きし こういち、1940年(昭和15年)6月3日 - 2017年(平成29年)10月16日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(3期) 。位階は従三位。旭日重光章。 参議院厚生労働委員長・政治開発援助等に関する特別委員長・予算委員長、厚生労働副大臣(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、総務大臣政務官(第1次小泉第1次改造内閣)、山形県最上郡金山町長(7期)、金山町議会議員(1期)を務めた。 山形県最上郡金山町の山林地主である岸家の一族に生まれる。1964年に早稲田大学政治経済学部卒業。大学卒業後、金山中学校助教諭や町教育委員会の事務嘱託を務めた。 1967年(昭和42年)、故郷・金山町の町議会議員に初当選する。
舩山 龍二(ふなやま りゅうじ、1940年2月6日 - )は… 舩山 龍二(ふなやま りゅうじ、1940年2月6日 - )は、日本の実業家、JTB元代表取締役会長、元社長、立教大学観光学部元教授、日本ワーキング・ホリデー協会元会長、公益財団法人日本交通公社評議員。 1940年2月6日、山形県山形市生まれ。山形東高卒業。1962年3月、東京教育大学(現・筑波大学)理学部卒業。同年4月、日本交通公社(現JTB)入社。 国際旅行事業からその経歴をスタートさせ、海外旅行のルック販売部販売課長、国内旅行のエース課長などを歴任。経営企画室長、取締役九州営業本部長、常務人事部長などを経て1996年に代表取締役社長就任。2002年から代表取締役会長を務めた。 JTB会長と兼任して立教大学観光学部教授を務め、ツーリズム産業の発展のために後進の育成を行うとともに、日本旅行業協会(JATA)では副会長、海外旅行委員長などの要職を務め、初の大使が誕生したスロバキアには旅行会社5社とJALの協力を得て初のチャーター便を飛ばすなどの活動を行った。
遠藤 武彦(えんどう たけひこ、1938年10月5日 - 2… 遠藤 武彦(えんどう たけひこ、1938年10月5日 - 2019年12月27日)は、日本の政治家。位階は従三位。 衆議院議員(6期)、農林水産大臣(第44代)、山形県議会議員、置賜農業共済組合組合長理事、山形県農業共済組合連合会会長理事、社団法人全国農業共済協会理事などを歴任した。愛称はエンタケ。 山形県米沢市出身。父は米沢市議会議長、山形県議をつとめ、山形農政に強い影響力を持っていた遠藤清海。現在の山形県立米沢興譲館高等学校を卒業後、1961年に中央大学文学部を卒業し、帰郷。県指導主事、米沢市農業協同組合理事などを務めた後、山形県議会議員(3期)を経て、1986年、第38回衆議院議員総選挙で衆議院議員に初当選。
寺内 弘子(てらうち ひろこ、1936年〈昭和11年〉4月9… 寺内 弘子(てらうち ひろこ、1936年〈昭和11年〉4月9日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属。参議院議員(1期)を歴任。 山形県山形市出身。1953年山形市立第二中学校卒。生長の家に入り、国会議員秘書や生長の家政治連合本部婦人青少年問題対策部長などを務める。1983年の第13回参議院議員通常選挙で比例区から自民党公認で立候補したが落選。1986年に藤井裕久の衆院選出馬に伴い繰り上げ当選した。1988年竹下改造内閣で沖縄開発政務次官に就任。翌1989年の宇野内閣でも留任した。同年の第15回参議院議員通常選挙で落選。1993年の第40回衆議院議員総選挙で埼玉5区から無所属で出馬したが落選した。
阿部 孝義(あべ こうぎ、1936年 - )は、日本の政治家… 阿部 孝義(あべ こうぎ、1936年 - )は、日本の政治家。山形県大石田町教育委員会教育長、同町長(3期)を歴任。 大石田町出身。1959年。駒澤大学文学部歴史学科卒業。町職員となる。教育委員会教育長の時、文化財の保護に努める登録文化財制度を大石田町が東北北海道で初めて、全国では京都府と京都市、横浜市に次いで4番目に採用することに尽力。助役を歴任した。 2002年12月に町長に初当選。 2006年12月に再選(2期目)。2006および2007年、山形県市町村職員研修協議会副会長。かおり風景100選「大石田町そばの里」推進協議会会長などを歴任。 2010年12月に再選(3期目)。 2011年9月25日、受託収賄の疑いで逮捕された。
須藤 美也子(すとう みやこ、1935年1月28日 - 20… 須藤 美也子(すとう みやこ、1935年1月28日 - 2018年8月11日)は、日本の政治家。日本共産党参議院議員(1期)。同党山形県委員会委員長。 山形県鶴岡市出身。山形県立鶴岡南高等学校卒業後、電電公社職員となる。 1975年の第11回統一地方選挙で山形県議会議員となり、1980年第36回衆議院議員総選挙および1983年第37回衆議院議員総選挙で旧山形2区から立候補したが落選。1989年第15回参議院議員通常選挙からは参議院比例区へ鞍替えするも落選。1995年第17回参議院議員通常選挙では比例区で初当選し、1期務めた。この間、党では中央委員、農・漁民局長を歴任している。2000年から2004年まで党山形県委員会委員長。
高橋 幸翁(たかはし さちお、正確には髙橋 幸翁、1934年… 高橋 幸翁(たかはし さちお、正確には髙橋 幸翁、1934年(昭和9年)2月26日 - 2015年(平成27年)3月30日)は、日本の政治家。山形県米沢市長(5期)。2004年旭日中綬章受章。 1934年(昭和9年)、米沢市内の元細工町(当時)の高橋宮蔵・マサの長男として誕生する。 1959年(昭和34年)、米沢市議会議員に当選する。以来3期連続当選し、1971年(昭和46年)まで議員を務める。次いで1975年(昭和50年)に山形県議会議員に当選(米沢市選挙区)、1979年(昭和54年)まで議員を務める。1983年(昭和58年)の米沢市長選挙に出馬し、現職候補を僅差で破って初当選し、第28代米沢市長に就任する。