清水 優陸(しみず ゆうり、2006年10月26日 - )は… 清水 優陸(しみず ゆうり、2006年10月26日 - )は、茨城県ひたちなか市出身の、日本の柔道選手。階級は63kg級。組み手は右組み。 美乃浜学園中学3年の時に全国中学校柔道大会63㎏級で2位になった。佐賀商業高校へ進学すると、1年の時に全国高校選手権で優勝した。2年の時には金鷲旗の決勝で敬愛高校を破って優勝した。インターハイでは個人戦と団体戦で2冠を達成した。世界カデでは決勝でブラジルのソピア・カマラを体落で破って優勝した。団体戦では準々決勝のブラジル戦でカマラに技ありで敗れるもチームは勝利したが、準決勝のフランス戦では勝利を収めながらチームは敗れて3位にとどまった。全国高校選手権の個人戦で2位、団体戦では3位だった。
もっと読む
荒川 朋花(あらかわ ともか、2000年10月9日 - )は… 荒川 朋花(あらかわ ともか、2000年10月9日 - )は、茨城県出身の、日本の柔道家である。階級は48kg級。身長151cm。血液型はA型。組み手は左組み。得意技は肩車、巴投、背負投。 柔道は5歳の時につくば中央柔道塾で始めた。谷田部東中学から牛久高校に進むと、3年の時にインターハイの48㎏級で3位、全日本ジュニアでは2位となった。2019年に東京学芸大学へ進学すると、1年の時にアジアオセアニアジュニア選手権で優勝した。3年の時から2年連続で学生体重別で5位になった。4年の時には講道館杯でも5位となった。2023年からミキハウスの所属になった。4月の体重別では伏兵ながら決勝まで進むと、世界ジュニアチャンピオンである東海大学3年の吉岡光にヘッドダイブの反則勝ちを収めて、シニアの全国大会初優勝を飾った。
もっと読む
野上 廉太郎(のがみ れんたろう、1998年5月23日 - … 野上 廉太郎(のがみ れんたろう、1998年5月23日 - )は、茨城県つくば市出身の、日本の柔道家。階級は73kg級。身長178 cm。組み手は左組み。得意技は大外刈。 ケンカっ早い性格だったことから、小学校1年の時に父親に土浦市体育協会に連れられて柔道を始めた。なお、父親は柔道経験がなかったものの、家でもよく一緒に練習した。吾妻中学へ進むも、柔道部がなかったので元世界チャンピオンの岡田弘隆が主宰するつくばユナイテッドで稽古を積んだ。3年の時には団体戦に出場するため桜中学へ転向した。全国中学校柔道大会の団体戦には出場できなかったが、個人戦66kg級に出場を果たすも初戦で敗れた。つくば秀英高校1年の時に全国高校選手権73kg級の3回戦で敗れた。
もっと読む
エドゥアルド・ユウジ・サントス(Eduardo Yudy S… エドゥアルド・ユウジ・サントス(Eduardo Yudy Santos 1994年10月25日- )はブラジルの柔道選手。茨城県下妻市出身。階級は81kg級。 日系人の祖母が住む茨城県へブラジルから移ってきた両親の下に生まれた。下妻東部中学3年の時に全国中学校柔道大会73kg級に出場したが3回戦で敗れた。明野高校2年の時にはインターハイ81kg級に出場したが初戦で敗れ、全国高校選手権でも2回戦で敗れた。3年の時にはインターハイの準々決勝で大牟田高校3年の佐藤正大に技ありで敗れて5位だった。2013年には国際武道大学へ進学すると、1年の時に学生体重別の2回戦で東海大学3年の渡邉勇人に敗れた。一方、ブラジル国籍だったため全日本ジュニアに出場きなかったことがきっかけとなり、19歳の時にブラジルに渡って現地で代表を目指すことになった。
もっと読む
粟野 靖浩(あわの やすひろ、1988年9月27日 - )は… 粟野 靖浩(あわの やすひろ、1988年9月27日 - )は、茨城県下妻市出身の、日本の柔道家である。階級は73kg級。身長168cm。得意技は背負投。 5歳の時に柔道を始める。桐蔭学園高時代は大きな実績を残していないが、筑波大学1年の時の講道館杯で優勝を果たした。その後国際大会でも一定の活躍をして、2010年のワールドマスターズでは、地元の世界チャンピオンである王己春を大外刈で破って、王の連勝記録を53で止めた。9月に東京で開催された世界選手権では、準々決勝で大学の先輩である秋本啓之に敗れるが、その後勝ち上がって3位となった。2011年には了徳寺学園所属となった。昨年に続く世界選手権代表にはなれなかったがユニバーシアード代表となった。
もっと読む
石川 裕紀(いしかわ ひろのり、1988年7月26日 - )… 石川 裕紀(いしかわ ひろのり、1988年7月26日 - )は、日本の柔道家。茨城県結城市出身。階級は60kg級。身長168cm。段位は三段。組み手は左組み。血液型はB型。得意技は一本背負投。 柔道は5歳の時に誠練館で始めた。結城東中学3年の時には全国中学校柔道大会55kg級で3位となった。白鷗大足利高校に進学すると、2年の時にはインターハイ60kg級で優勝した。全日本ジュニアとアジアジュニアでは3位だった。3年のインターハイでは3回戦で敗れて2連覇はならなかった。2007年には東海大学に進学するが、3年まではこれといった活躍が見られなかったものの、4年の時に学生体重別の決勝で日体大3年の山本浩史を得意の一本背負投で破り優勝を飾った。
もっと読む
渡邉 美奈(わたなべ みな、1985年9月16日 - )は、… 渡邉 美奈(わたなべ みな、1985年9月16日 - )は、茨城県水戸市出身の、日本人の女子柔道選手である。階級は70キロ及び78キロ級。身長162cm。得意技は一本背負投、袖釣込腰。組み手は右組み。段位は参段。血液型はB型。 柔道は9歳の時に茨城武道館で始めた。緑岡中学から土浦日大高校へ進むと、高校選手権70キロ級で2連覇を果たして頭角を現した。なお、高校時代の同級生には2009年の48キロ級世界チャンピオン福見友子がいた。 高校卒業後、コマツに入社して国内外の大会で活躍するも、日本代表にまでは今一歩及ばなかったが、2009年ついに代表の座を手にして世界選手権(オランダ・ロッテルダム)70kg級で3位となった。
もっと読む
福見 友子(ふくみ ともこ、1985年6月26日 - )は、… 福見 友子(ふくみ ともこ、1985年6月26日 - )は、茨城県土浦市出身の日本の元柔道家(女子六段)、柔道指導者。現在はJR東日本女子柔道部コーチを務めている。現役時の階級は48キロ級。得意技は背負投、小内刈、寝技。組み手は左組み。段位は六段。血液型はB型。土浦市立大岩田小学校、土浦市立土浦第六中学校、[武秀館小坂道場]土浦日本大学高等学校、筑波大学卒業。筑波大学大学院修了。JR東日本社員。 2歳の時に父と死別し、8歳の時に柔道を始めた。福見の性格を「自分に厳しいが他人に優しく、人見知りが強い」と母は分析している。 4月、高校2年で出場した全日本選抜柔道体重別選手権大会48kg級の一回戦で、当時65連勝中、対日本人12年間無敗で怪我のため9ヶ月のブランク明けだった田村亮子と対戦し、大内刈りで効果を奪って勝利した。
もっと読む
本郷 光道(ほんごう あきのり、1984年9月4日 - )は… 本郷 光道(ほんごう あきのり、1984年9月4日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。100kg級の選手。身長は184 cm。組み手は左組み。得意技は大内刈。 柔道は父親及び3人の兄の影響で6歳の時に双葉柔道教室で始めた。兄の至道はインターハイ重量級、匡道は学生体重別100kg級でそれぞれ優勝している。愛宕中学から土浦日大高校を経て、2003年には中央大学へ進学すると、1年の時には優勝大会で3位、体重別団体では2位となった。2年の時には学生体重別100kg級の決勝で天理大学の穴井隆将に敗れて2位だった。3年の時には学生体重別決勝で再び穴井に敗れた。4年の時には 講道館杯で3位になった。また、スコットランドで2週間ほど柔道を指導した。
もっと読む
根﨑 裕子(ねさき ゆうこ、1982年2月8日 - )は、茨… 根﨑 裕子(ねさき ゆうこ、1982年2月8日 - )は、茨城県行方市出身の日本の柔道家。57 kg級で活躍した。身長166 cm。主に寝姿勢の状態から帯取返で相手を回転させて、そこから抑込技で仕留めるいわゆる「根﨑返し」という寝技で名を馳せた選手でもあった。 柔道は玉造中学に入学してから始めた。この時、指導者の小森哲から最初に習ったのが帯取返だった。3年の時には全国中学校柔道大会の56 kg級で3位になった。一方で、柔道以外に陸上競技にも取り組んで、全国中学校駅伝大会にも出場した。千葉県の市立柏高校に進むと、菊川慶一の指導の下で寝技をさらに研鑽していった。2年の時には金鷲旗で大活躍してチームの2位に貢献した。
もっと読む
根﨑 裕子(ねさき ゆうこ、1982年2月8日 - )は茨城… 根﨑 裕子(ねさき ゆうこ、1982年2月8日 - )は茨城県行方市出身の日本の柔道家。現役時代は57kg級の選手。身長166cm。主に寝姿勢の状態から帯取り返しで相手を回転させて、そこから抑込技で仕留める所謂「根﨑返し」からの寝技で名を馳せた選手でもあった。
もっと読む
中島 英里子(なかじま えりこ、1981年6月9日 - )は… 中島 英里子(なかじま えりこ、1981年6月9日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。現役時代は48kg級の選手。得意技は寝技。身長164cm。 小学校3年生の時に柔道を始めた。土浦第三中学2年の時には全国中学校柔道大会の48kg級で3位になると、3年の時には優勝を飾った。土浦日大高校2年の時には全日本ジュニアで2位になると、全国高校選手権では優勝した。3年の時には全国女子体重別で優勝を果たした。2000年に筑波大学へ進学すると、1年の時には全日本ジュニアと正力杯で優勝を飾った。続く世界ジュニアでは3位だったものの、世界学生では優勝を成し遂げた。2年の時には正力杯で2連覇を達成すると、全国女子体重別でも三井住友海上の真壁友枝を破って、2年ぶり2度目の優勝を飾った。
もっと読む
小松崎 弘子(こまつざき ひろこ、1981年3月2日 - )… 小松崎 弘子(こまつざき ひろこ、1981年3月2日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。78kg超級の選手。身長164cm。得意技は背負投。 柔道は6歳の時に始めた。土浦第四中学3年の時には全国中学校柔道大会の56kg超級で3位になった。千葉県の市立柏高校に進むと菊川慶一の指導の下でさらに力を付けて、2年の時には金鷲旗で3位、インターハイ団体戦では2位となった。全国高校選手権78kg超級では優勝を飾った。3年の時には金鷲旗で2位だったものの、インターハイの団体戦ではチームの初優勝に貢献した。全日本ジュニアでは2位となった。拓殖大学へ進むと、1年の時には全日本ジュニアの決勝で土浦日大高校3年の塚田真希に敗れて2位だった。
もっと読む
小野 卓志(おの たかし、1980年6月25日 - )は、茨… 小野 卓志(おの たかし、1980年6月25日 - )は、茨城県結城郡石下町(現・常総市)出身の柔道家。身長181cm。組み手は右組み。段位は六段。得意技は小外刈、内股。 弦巻中学校、桐蔭学園高等学校、筑波大学を経て学校法人了徳寺学園に就職した。2015年6月に了徳寺学園を退職すると、7月からは筑波大学の特任助教となった。 5歳の時に父親が指導者を務める石下町体育協会柔道部で柔道を始めた。アテネオリンピック100kg超級金メダリストである鈴木桂治とは同級生で、県内の大会などでは常に決勝を争っていた。小学校6年の時には全国少年柔道大会の団体戦で鈴木とともに活躍して2位、個人戦でも3位になった。 中学は上京して柔道私塾の講道学舎に入塾すると、弦巻中学に通うこととなった。
もっと読む
中谷 美保子(なかや みほこ、1978年8月12日 - )は… 中谷 美保子(なかや みほこ、1978年8月12日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。52kg級の選手。 大島中学3年の時に全国中学校柔道大会52kg級に出場するが、決勝トーナメント1回戦で敗れた。土浦日大高校2年の時に全国高校選手権の52kg級決勝で夙川学院高校2年の長谷川円に敗れるも2位になった。3年の時には世界ジュニア代表選考会で長谷川を破って優勝した。続く世界ジュニアでは寝技を中心に決勝まで勝ち上がると、ベルギーの選手との対戦では効果と有効を先取されるものの終盤に一本背負い投げで技ありを取って逆転勝ちでの優勝を飾った。なお、インターハイ団体戦には出場しなかったが、高校生ながらアトランタオリンピックに出場した中谷の同級生の一見理沙などの活躍によりチームも優勝した。
もっと読む
一見 理沙(かずみ りさ、1978年4月24日 - )は、茨… 一見 理沙(かずみ りさ、1978年4月24日 - )は、茨城県ひたちなか市出身の日本の柔道家。階級は63 kg級と66 kg級。身長167 cm。得意技は大外刈。 柔道は大島中学に入学してから始めた。3年の時には全国中学校柔道大会の56 kg超級で決勝まで進むも、夙川学院中学1年の薪谷翠に横四方固で敗れた。土浦日本大学高等学校に入学後、高校2年の時に全国女子体重別66 kg級で住友海上の木本奈美を判定で破って優勝したことにより、オリンピック代表候補として一躍脚光を浴びることになった。続く全国高等学校柔道選手権大会では決勝で旭川南高校2年の上野雅恵を腕挫十字固で破って優勝した。 3年の時には、選抜体重別の決勝で横浜そごうの松尾徳子を指導で破って優勝したことにより、高校生ながらアトランタオリンピック代表に選出された。
もっと読む
外岡 裕子(とのおか ゆうこ、1976年7月19日 - )は… 外岡 裕子(とのおか ゆうこ、1976年7月19日 - )は、茨城県出身の日本の柔道家。現役時代は72kg超級及び78kg級の選手。身長164cm。体重84kg。 柔道は明光中学に入学してから始めた。3年の時には全国中学校柔道大会56kg超級の準決勝で阿武教子と対戦するが、送襟絞で敗れて3位だった。土浦日大高校へ進むと、2年の全国高校選手権72kg超級決勝では柳川高校2年の阿武に注意で敗れた。3年の選抜体重別では準決勝で阿武に判定で敗れて3位だった。金鷲旗決勝の柳川高校戦では副将として大将の阿武と対戦するが、あと10秒守りきれば引き分けとなってチームが優勝するという場面で注意を与えられると、終了1秒前には内股で投げられた。
もっと読む
小見川 道大(おみがわ みちひろ、1975年12月19日 -… 小見川 道大(おみがわ みちひろ、1975年12月19日 - )は、日本の元男性総合格闘家、柔道家。茨城県出身。土浦日本大学高等学校、国際武道大学卒業。NEO JUDO ACADEMEY 小見川道場主宰。 小学校1年から柔道を始める。土浦日大高校では、同じ柔道部所属の桜井"マッハ"速人、レスリング部の宮田和幸と同級生であった。国際武道大学時代には野村忠宏、中村行成に勝利したこともある。同じ吉田道場所属だった中村和裕は大学の後輩にあたる。大学卒業後は、綜合警備保障で柔道を続けた。1998年2月、ハンガリー国際66kg級優勝、2002年1月、日本国際66kg級優勝、8月柔道ワールドカップ国別団体選手権大会で決勝戦では巴投で一本勝ちし金メダルを獲得。
もっと読む
瀧本 誠(たきもと まこと、1974年12月8日 - )は、… 瀧本 誠(たきもと まこと、1974年12月8日 - )は、日本の男性柔道家、総合格闘家。茨城県岩井市(現・坂東市)出身。柔道五段。2000年シドニーオリンピック柔道男子81kg級金メダリスト。 2000年シドニーオリンピックの際には、当時の柔道家では珍しい茶色に染めた髪、国歌斉唱時に手を胸に置く仕草などユニークなエピソードをマスコミに提供。「柔道界の異端児」とも評された。柔道家時代の得意技は、袖釣り込み腰、内股。 総合格闘技に転向・引退後、柔道指導者として活動している。 実家は青果店を経営。たまたま客に柔道の先生がいて誘われたのがきっかけで、6歳(小学1年)の時に柔道を始める。中学入学と同時に上京、講道学舎に入門(吉田善行、小斎武志、大山峻護らが同期)。
もっと読む
関根 英之(せきね ひでゆき、1967年4月19日 - 20… 関根 英之(せきね ひでゆき、1967年4月19日 - 2024年3月19日【訃報公表日】)は、茨城県の猿島郡・三和町(現・古河市)出身の日本の柔道家。現役時代は95kg超級の選手。身長190cm。体重125kg。 それまで野球に取り組んでいたが、三和町立三和中学校2年の時に体格の良さを見込まれて柔道を始めることになった。 栃木県の作新学院高校3年の時にはインターハイ重量級で3位となった。 東海大学に進むと、1年の時には全日本学生(無差別)で決勝まで勝ち進むが、明治大学の小川直也との史上初となる1年生対決に1-2の判定で敗れた。2年の時には学生優勝大会の優勝に貢献すると、新人体重別では優勝を飾った。
もっと読む
中村 均(なかむら ひとし、1950年12月6日 - )は、… 中村 均(なかむら ひとし、1950年12月6日 - )は、茨城県鉾田町出身の日本の柔道家。95kg級の選手。現役当時は身長190cm。体重94kg 柔道は鉾田北中学2年の時に始めた。実家が農家だったために水戸農業高校へ進んだ。入学当時は体重が70kgほどしかなかったがその後増えて、3年の時にはインターハイの重量級に出場を果たした。 国士舘大学に入学すると、3年の時には国際学生柔道選手権大会の軽重量級と団体戦で優勝を飾った。優勝大会では準決勝で明治大学と対戦して、先取点を取るもその後チームは逆転負けして3位だった。4年の時には優勝大会の決勝まで進んで再び明治大学と対戦するも、吉永浩二と引き分けに終わると、相手エースの上村春樹が一本勝ちしたことでチームは2位にとどまったが優秀選手に選ばれた。
もっと読む
岡野 功(おかの いさお、1944年(昭和19年)1月20日… 岡野 功(おかの いさお、1944年(昭和19年)1月20日 - )は、日本の柔道家、流通経済大学名誉教授。1964年(昭和39年)東京オリンピック柔道男子80kg級金メダリスト。身長170cm。体重80kg。 茨城県龍ケ崎市出身。福井英一の漫画『イガグリくん』に影響を受け中学から柔道を始める。茨城県立竜ヶ崎第一高等学校卒業。中央大学法学部に在学中の1964年(昭和39年)、東京オリンピックに中量級の日本代表として出場し、金メダルを獲得した。1965年(昭和40年)の世界選手権でもオール一本勝ちで優勝し、21歳で柔道中量級における世界のトップ選手となる。1972年の(昭和47年)全日本柔道選手権覇者でミュンヘンオリンピック中量級で金メダルを獲得した関根忍とは同学年のライバルであった。
もっと読む
関根 忍(せきね しのぶ、1943年9月20日 - 2018… 関根 忍(せきね しのぶ、1943年9月20日 - 2018年12月18日)は、日本の柔道家(9段)。茨城県東茨城郡大洗町出身。1972年ミュンヘンオリンピック柔道男子80kg級金メダリスト。身長173cm。1964年東京オリンピック80kg級金メダリストの岡野功とは同じ茨城県の出身で、同年齢のライバルでもあった。 茨城県立那珂湊第一高等学校から中央大学を経て警視庁に進み、左手をぐいと伸ばして肩越しに背中をつかむ変形の組み手で実力を伸ばした。 1972年には中量級の選手ながら全日本選手権で優勝した。さらに1972年ミュンヘンオリンピックの男子柔道中量級でも金メダルを獲得した。5回戦で韓国の呉勝立に敗れたが、呉が勝ち進んだため敗者復活で救われ勝ち上がり、決勝で呉と再戦。
もっと読む
菊池 揚二(きくち ようじ、1906年2月1日 - 1978… 菊池 揚二(きくち ようじ、1906年2月1日 - 1978年12月22日)は、日本の柔道家(講道館9段)。 中央大学在学中に戦前の東京学生柔道界の花形として活躍し、東京学生連合と警視庁との対抗試合や満州との対抗試合で名を馳せた。このほか昭和天覧試合や全日本選士権大会でも活躍し、戦後は指導者として警視庁や母校・中央大学の師範を歴任して多くの後進を指導。実父は菊池謙二郎、義父は講道館10段永岡秀一で、存命中は“最も毛並みの良い柔道家”との評を得ていた。 旧制第二高校校長等を務め硬骨な教育家として知られる菊池謙二郎の二男として、茨城県の水戸市に生まれた。当時、父が中国の上海市にて東亜同文書院の教授(実際は教授の上の現地責任者の教頭)を務めており、市内を流れる大河・揚子江の“揚”の字と、二男の“二”の字を取って“揚二”と名付けられたという。
もっと読む
小泉 軍治(こいずみ ぐんじ、Gunji Koizumi、1… 小泉 軍治(こいずみ ぐんじ、Gunji Koizumi、1885年7月8日 - 1965年4月15日)は、柔道をイギリスに紹介し、「イギリス柔道の父 (the Father of British Judo)」と称された日本の柔道家である。G.K.の愛称でも知られた。 イングランド、ヨーロッパで最初の柔道団体として、ロンドンに武道会を創設した。小泉はイギリス柔道協会の設立を助け、ヨーロッパ柔道連盟を創設した。最終段位は講道館8段であった。1965年、小泉が自殺と見られる死を遂げたことは、世界の柔道界に衝撃を与えた。 1885年7月8日に茨城県南部の駒塚村(現在の稲敷市の一部)に生まれた。当時、この地域は東京から50㎞ほど離れた農村であった。
もっと読む
塚田 真希 は、茨城県下妻市出身の女性柔道家。土浦日大高校を… 塚田 真希 は、茨城県下妻市出身の女性柔道家。土浦日大高校を経て東海大学卒業。綜合警備保障教育・訓練部所属。2004年アテネオリンピック柔道女子78kg超級金メダリスト。身長170cm。体重は125kg。血液型はA型。得意技は大外刈り。段位は四段。ニックネームはツマキ、つかちゃん。なお、63kg級でオリンピック2連覇を達成した谷本歩実からはマキティと呼ばれている。
もっと読む