大熊 紀妙(おおくま きさ、2004年3月7日 - )は、日… 大熊 紀妙(おおくま きさ、2004年3月7日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 淑徳SC高等部を経て、2022年、岐阜協立大学に進学。しかし、Vリーグへの意識が強く、2年時の2023-24シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するPFUブルーキャッツに入団した。大学は3年へ進級せず、休学している。同シーズン、V1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。
大友 萌加(おおとも もか、2002年4月24日 - )は、… 大友 萌加(おおとも もか、2002年4月24日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 埼玉県出身。小学2年でバレーボールを始める。 中学時代は全国都道府県対抗中学大会(JOCカップ)に埼玉県代表の主将として出場。 春日部共栄高等学校では、1年生時の2018年、第12回女子U17アジア選手権代表に選出され、優勝を経験した。3年生時の2021年には第73回全日本高等学校選手権(春高バレー)に出場した。 国士舘大学在学中の2024年、V・サマーリーグ東部大会に東日本大学選抜の選手として出場。同年12月6日、SVリーグの群馬グリーンウイングスの内定選手として発表された。同月10日に追加登録選手として公示され、28日のデンソーエアリービーズ戦でデビューとなった。
清田 萌(きよた もえ、2001年12月25日 - )は、日… 清田 萌(きよた もえ、2001年12月25日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 埼玉県上尾市出身。小学2年生のとき、父の影響を受け自身もバレーボールを始めた。 2019-20シーズン、ヴィクトリーナ姫路の内定選手となった。内定選手として、V・チャレンジマッチのV1・V2入替戦に出場し、チームはV1残留を果たした。 2021年2月7日、予定されていたホームゲーム(公式戦)が対戦相手であるPFUブルーキャッツの出場辞退により中止になったため、その代替として開催されたヴィクトリーナ姫路の全選手が出場する「エキシビジョンマッチ(紅白戦)」に「ヴィックチーム」で出場。 2022-23シーズンをもってヴィクトリーナ姫路を退団し、GSS東京サンビームズに移籍した。
権田 寛奈(ごんだ ひろな、2001年1月11日 - )は、… 権田 寛奈(ごんだ ひろな、2001年1月11日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 埼玉県戸田市出身。友達に誘われて中学1年生からバレーボールを始める。 細田学園高等学校を経て、2018/19シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する埼玉上尾メディックスの内定選手となった。 2019年、高校卒業後に、埼玉上尾メディックスに入団した。2021/22シーズンにV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2023年、第71回黒鷲旗大会で埼玉上尾の準優勝に貢献し、ベスト6を受賞した。 コロナ禍の影響で自身の成人式が中止となったが、祖母に振袖の姿を見てもらうことで親孝行ができ、チームメイトからも祝ってもらい、いい思い出になったと話している。
川口 柊人(かわぐち しゅうと、2000年8月9日 - )は… 川口 柊人(かわぐち しゅうと、2000年8月9日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 埼玉県さいたま市出身。テレビ中継で試合を観たのがきっかけで興味を持ち、小学3年生からバレーボールを始めた。 2016年、駿台学園高等学校に進学。同年、第71回国民体育大会(岩手国体)の男子少年の部に出場し優勝。 2019年、日本体育大学に進学。2年次の2020年、全日本大学選手権大会(全日本インカレ)で準優勝。3時年の2021年、秋季関東大学バレーボール1部リーグで優勝を果たした。4年次の2022年は、春季関東大学バレーボール1部リーグでベストブロッカー賞を受賞。全日本インカレで4強となった。 2022-23、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するJTサンダーズ広島の内定選手となった。
吉田 あゆみ(よしだ あゆみ、2000年8月7日 - )は、… 吉田 あゆみ(よしだ あゆみ、2000年8月7日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 埼玉県所沢市出身。3人姉妹の三女。小学3年生のとき、母の影響を受け自身もバレーボールを始めた。宮城県大崎市古川(旧・古川市)にあるバレーボールの強豪古川学園高等学校に進学。 2018年2月24-25日に渡って大阪府の守口市民体育館で開催される第15回2018全日本ジュニアオールスタードリームマッチ女子にSTARチームメンバーとして選出された。 2018年6月10-17日に渡ってベトナムのバクニンで行われる第19回アジアジュニア女子選手権大会の代表メンバー12名に選出された。全6試合中5試合にスターティングメンバーとして出場し、主にサーブ・アタックで存在感を発揮。
細沼 綾(ほそぬま あや、2000年5月25日 - )は、日… 細沼 綾(ほそぬま あや、2000年5月25日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 埼玉県さいたま市出身。2人兄妹の長女。小学4年生の頃に誘われたのがきっかけでバレーボールを始める。 中学2年生のときには『長身選手発掘育成合宿』に参加。 2019年2月にKUROBEアクアフェアリーズへ入団内定。株式会社中西電気所属。 2021年7月16日、2021-22シーズンのチームユニフォーム刷新に伴い、細沼の背番号が「14」から「10」に変更された。 2022年5月31日をもって移籍希望でKUROBEアクアフェアリーズを退団した。同年、PFUブルーキャッツに移籍した。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り。
阿部 大樹(あべ だいき、2000年2月16日 - )は、日… 阿部 大樹(あべ だいき、2000年2月16日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 埼玉県川口市出身。姉の影響で小学1年生の頃からバレーボールを始める。 埼玉栄高等学校を経て、2018年、筑波大学に進学。2019年、全日本大学選手権大会(全日本インカレ)で準優勝。4年生となる2021年、秋季関東大学1部リーグでベストセッター賞を受賞。同年、V.LEAGUE DIVISION1 MEN(V1男子)に所属するJTサンダーズ広島の内定選手となった。 2022年、大学卒業後に、JTサンダーズ広島に入団した。2022年10月22日、入団1シーズン目となる2022-23 V.LEAGUE DIVISION1 MENの開幕戦、VC長野トライデンツ戦でスタメンに抜擢され、Vリーグデビューを果たした。
山中 宏予(やまなか ひろよ、1999年11月11日 - )… 山中 宏予(やまなか ひろよ、1999年11月11日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 埼玉県和光市出身。12歳の頃、友人に誘われてたのをきっかけにバレーボールを始める。 細田学園高等学校、青山学院大学を経て、2022年1月、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する埼玉上尾メディックスの内定選手になる。2022年4月、同チームに正式入団。 2022年、日本代表登録メンバーに選出された。同年8月、AVCカップに出場してチームの優勝に貢献し、自身もベストミドルブロッカーを受賞した。埼玉上尾公式サイトを通して、受賞を自信につなげリーグ戦に向けて頑張るとコメントした。
小野寺 夏希(おのでら なつき、1999年6月16日 - )… 小野寺 夏希(おのでら なつき、1999年6月16日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 埼玉県所沢市出身。3人姉妹の次女。7歳のとき、友人に誘われてバレーボールを始めた。 2017/18シーズン、V・チャレンジリーグI(当時の2部リーグ)に所属する岡山シーガルズの内定選手となった。内定選手としてV・チャレンジリーグIに出場し、Vリーグデビューを果たした。 2018年、高校卒業後に、岡山シーガルズに入団した。同年、岡山は新生V.LEAGUEで1部のV.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)所属となった。2018-19シーズン、V1女子の試合に出場し、V1デビューを果たした。
入澤 まい(いりさわ まい、1999年6月2日 - )は、日… 入澤 まい(いりさわ まい、1999年6月2日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 埼玉県三郷市出身。実父は192cm、実母は170cmの高身長。また実父は高校時代バレーボールの選手で、実母もママさんバレー経験者というバレーボールDNAを持ち、両親に勧められて小学2年からバレーボールを始めた。小学校6年生時には170cmに到達。高校卒業までに188cmまで伸びた。その恵まれた身長から期待を受け、注目選手としてバレー界に存在が広まっていった。 三郷市立彦糸中学校在校中の2014年(中学3年時)には、全日本中学選抜チームのメンバーに選出される。同年の第28回全国都道府県対抗中学大会には埼玉選抜のメンバーとなり、ベスト8に食い込む健闘をみせてオリンピック有望選手に選出された。
石黒 聖也(いしぐろ せいや、1999年2月12日 - )は… 石黒 聖也(いしぐろ せいや、1999年2月12日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 埼玉県入間市出身。 高校で入る部活を考えていた時、友達に誘われたことがきっかけでバレーボールを始める。 所沢西高等学校に進学し、中央学院大学では関東大学リーグやインカレでプレー。 2020年、V.LEAGUE DIVISION2 MEN(V2男子)に所属する東京ヴェルディに加入。 2024-25シーズンはチームキャプテンを務める。
山口 珠李(やまぐち しゅり、1998年9月2日 - )は、… 山口 珠李(やまぐち しゅり、1998年9月2日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 埼玉県行田市出身。「高身長がコンプレックスにならないように」と小学2年次からバレーボールを始めた。下北沢成徳高等学校に進学した当時はセンタープレーヤーとして、インターハイ優勝、春高二連覇に貢献。2017年の春高では優秀選手賞を獲得した。 一方、2014年には全日本ユース代表となり、タイのナコンラチャシマで開催された第10回アジアユース選手権に優勝。翌年の世界ユース選手権にも出場した。2016年からはジュニア代表となり、7月のアジアジュニア選手権で準優勝。翌2017年7月に開催された第19回世界ジュニア選手権でも銅メダル獲得に貢献した。
中野 竜(なかの りゅう、1998年8月28日 - )は、日… 中野 竜(なかの りゅう、1998年8月28日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 埼玉県川口市出身。親の影響で小学4年生からバレーボールを始める。 創造学園高等学校(現・松本国際高等学校)、中央大学を経て、2020/21シーズン、V.LEAGUE DIVISION2 MEN(V2男子)に所属する埼玉アザレアの内定選手となった。内定選手としてV2の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2021年、大学卒業後に、埼玉アザレアに入団した。1シーズンプレーし、もっと成長したい気持ちを持ち、チームを退団した。 2022年、V1男子に所属するVC長野トライデンツに入団した。入団1シーズン目の2022-23シーズン、V1の試合に出場しV1デビューを果たした。
小野寺 友香(おのでら ゆか、1997年3月22日 - )は… 小野寺 友香(おのでら ゆか、1997年3月22日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 埼玉県春日部市出身。3人姉妹の長女。小学3年生のとき、背が高かったことと友人に誘われたことをきっかけにバレーボールを始めた。 2015年、日立リヴァーレへ入団。 2019年7月17日、日立リヴァーレの2019-20新体制が発表。小野寺は副キャプテンに就任した。 2021年5月20日、日立リヴァーレ公式サイトにて退部と現役引退が発表された。 2021年5月22日、同月20日に引退を発表した小野寺と佐藤美弥、芳賀舞波、堀井有蘭らを送り出すべく、日立リヴァーレ内で引退試合が行われた。試合の模様はネット配信されたほか、4名の職場の同僚やOGも駆け付け、関係者らで最後にプレーする姿の見届けた。
間橋 香織(まばし かおり、1996年11月18日 - )は… 間橋 香織(まばし かおり、1996年11月18日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 埼玉県岩槻市出身。2人姉妹の次女。小学1年のとき、両親の影響を受け自身もバレーボールを始めた。 2011年12月、さいたま市立柏陽中学校在学中に全国都道府県対抗中学バレーボール大会の埼玉県代表選手に選出されている。 春日部共栄高校に進学。3年次には主将を務め、全日本バレーボール高等学校選手権大会、インターハイに出場した。ジュニア代表として2014年7月に台湾で開催されたアジアジュニア選手権で銀メダルを獲得し、自身もベストオポジット賞を受賞した。 2015年4月、日立リヴァーレに入団。同年5月のアジア選手権、同年9月の世界ジュニア選手権では日本代表に選出された。
澤田 由佳(さわだ ゆか、1996年8月14日 - )は、日… 澤田 由佳(さわだ ゆか、1996年8月14日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 埼玉県ふじみ野市出身。2人姉弟の長女。小学5年生のとき、先生の勧めを受けたこと、そして「アタックNo.1」を見たことをきっかけにバレーボールを始めた。 2018年12月26日、NECレッドロケッツ公式サイトにて入団内定が発表された。同期入団は古谷ちなみ。 2021年6月24日、チームの2021-22シーズン新体制が発表。澤田は柳田光綺と共に副キャプテンに就任。 2022-23シーズン、V1女子でチームの優勝に貢献し、自身もベスト6を受賞した。 2023年、2022-23シーズン終了をもって現役を引退し、コンシェルジュの役職でマネジメントスタッフに就任。
佐川 奈美(さがわ なみ、1995年8月1日 - )は、日本… 佐川 奈美(さがわ なみ、1995年8月1日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 埼玉県川口市出身。上青木中を経て共栄学園高に進学。2年次にはアジアジュニアの日本代表として、第16回アジアジュニア選手権に出場した。3年次の春高バレーではエースとしてチームを牽引し、3位へ導いた。 2014年2月、VプレミアリーグのNECレッドロケッツへの入団が内定。同年5月の第63回黒鷲旗大会でデビューした。 2017年、Vリーグ機構の移籍公示リストでレッドロケッツ退団が公表された。 Vプレミアリーグレギュラーラウンドにおける個人成績は下記の通り。
高橋 頌(たかはし しょう、1995年1月2日 - )は、日… 高橋 頌(たかはし しょう、1995年1月2日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 埼玉県さいたま市出身。家族の影響で小学1年からバレーボールを始める。 春日部共栄高校卒業後、大東文化大学外国語学部英語学科に進学。在学中からチャレンジリーグの埼玉アザレアでプレーした。 2019年に海外挑戦のため埼玉アザレアを退団。ヨーロッパのクラブとの契約が決まっていたが白紙となったため、オファーのあったモンゴルのアルタインバルスで12月までプレーした。 2020年にレフスキ・ソフィア(英語版)の練習生を経てポーランド2部リーグのLUKポリテクニカ・ルブリン(英語版)に加入したが、新型コロナの影響でシーズン途中に中止となり帰国した。
佐藤 望実(さとう のぞみ、1994年9月14日 - )は、… 佐藤 望実(さとう のぞみ、1994年9月14日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 埼玉県松伏町出身。家族の影響で中学2年生からバレーボールを始めた。 花咲徳栄高等学校、中央学院大学を経て、2016/17シーズン、V・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部リーグ)に所属するFC東京の内定選手となった。 2017年、大学卒業後に、FC東京に入団した。入団1シーズン目となる2017/18シーズンにV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2022年、2021-22シーズン終了をもって現役を引退した。
冨田 直人(とみた なおと、1994年5月10日 - )は、… 冨田 直人(とみた なおと、1994年5月10日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 埼玉県ふじみ野市出身。兄の影響で10歳からバレーボールを始める。 東亜学園高等学校、専修大学を経て、2016/17シーズン、V・プレミアリーグ(当時の1部リーグ)に所属するFC東京の内定選手となった。内定選手としてV・プレミアリーグの試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 2017年、大学卒業後に、FC東京に入団した。 2020年、2019/20シーズン終了をもって現役引退し、アシスタントコーチに就任した。 2021年、2020/21シーズン終了をもってFC東京を退団し、出身県のチームでV.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する埼玉上尾メディックスのコーチに就任した。
栗山 英之(くりやま ひでゆき、1993年7月15日 - )… 栗山 英之(くりやま ひでゆき、1993年7月15日 - )は、日本の元男子プロバレーボール選手である。 埼玉県所沢市出身。13歳の頃、妹の影響を受けて友達と一緒にバレーボールを始める。 東亜学園高等学校、東海大学を経て、2015年12月に、FC東京の内定選手となる。2016年入団。 2016/17、2017/18、2020/21シーズンにスパイク賞を受賞している。 2021/22シーズンにチームの主将を務めた。 チーム全体移籍となり2022-23シーズンより東京グレートベアーズに在籍。 2023-24シーズンより、東京グレートベアーズでの背番号が8から6に変更となった(8は移籍加入した柳田将洋が着用)。
田村 愛美(たむら めぐみ、1993年7月10日 - )は、… 田村 愛美(たむら めぐみ、1993年7月10日 - )は、日本の元女子バレーボール選手である。 埼玉県川口市出身。友人に誘われて小学2年生の頃からバレーボールを始めた。 春日部共栄高等学校、東京女子体育大学を経て、2015-16シーズン、設立されたばかりでV・チャレンジリーグII(3部相当)に参入するプレステージ・インターナショナルアランマーレ(現:アランマーレ秋田庄内)の内定選手となった。 2016年、大学卒業後に、アランマーレに入団した。チームは2023年に当時の1部リーグであるV.LEAGUE DIVISION1に昇格した。 2024-25シーズン、SVリーグの試合に出場した。 2026年、2025-26シーズンをもって現役を引退した。
小宮 雄一郎(こみや ゆういちろう、1992年11月16日 … 小宮 雄一郎(こみや ゆういちろう、1992年11月16日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 埼玉県新座市出身。高校の監督に誘われてバレーボールを始める。 西武学園文理高等学校、日本体育大学を経て、2014年、V・プレミアリーグ(当時1部リーグ)に所属する東レアローズの内定選手となった。 2015年、大学を卒業して東レに入団。そして、その年に、日本代表登録メンバーに選出された。 一方、東レの方では、激しいポジション争いで出場に恵まれなかった。その中でも、ムードメーカーとして存在感を出した。 2018年にV1リーグのパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)に移籍。 2022年5月12日、日本代表登録メンバーに追加で選出されたと発表された。
八子 大輔(やこ だいすけ、1988年10月7日 - )は、… 八子 大輔(やこ だいすけ、1988年10月7日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 埼玉県越谷市出身。小学生当時はサッカー少年だったが、実母と実兄の勧めで中学1年次からバレーボールを始めた。埼玉県立深谷高等学校のエースとして、2005年インターハイ制覇、2005年-2006年春高バレー連覇に貢献。 2007年春に進学した東海大学では1年生からレギュラーを獲得、2009年に東海大学バレーボール部シーズン5冠達成を経験し、全日本インカレでサーブ賞を受賞した。 アジアジュニア代表、世界ジュニア代表を経て、大学3年生の時に全日本代表に初選出。2009年ワールドグランドチャンピオンズカップでA代表デビューを果たし、銅メダルを獲得した。
安田 衣里(やすだ えり、1988年4月7日-)は、日本のプ… 安田 衣里(やすだ えり、1988年4月7日-)は、日本のプロビーチバレーボール選手、実業家。 埼玉県熊谷市出身。中学生のころからバレーボールに親しみ、「ジュニアオリンピックカップ」に出場する実績がある。春日部共栄高等学校に進学するも、けがにより選手活動を断念。その後、2013年にミス日本コンテストに出場し、グランプリ決定大会のファイナリストに選ばれる。また、同時にミス・アースジャパンコンテストにも出場し、やはりファイナリストに選ばれた。同年11月22日 - 12月1日に行われた東京モーターショーでは、テスラモーターズブースのコンパニオンを務めた。 2013年にアルゼンチンへの取材の際、ビーチバレーボールの試合を観戦し、「もう一度バレーボールをしてみたい。
杉崎 大和(すぎさき やまと、1986年12月19日 - )… 杉崎 大和(すぎさき やまと、1986年12月19日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 埼玉県蓮田市出身。中学2年次よりバレーボールを始める。東洋大学を経て、2009年にVチャレンジリーグ(当時)のFC東京に入部。東洋大学時代はアタッカーだったが、FC東京ではセッターとして登録された。 2013年5月7日にFC東京を退団。同月、地域クラブチームの千葉県選抜バレーボールチーム(千葉ZELVA)に参加。 2015年に退団。以降は社会人チームのライフバル千葉でプレー。2020年に千葉ZELVAに復帰。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Pバレーボール/PJバレーボール)。
金子 美里(かねこ みさと、1986年11月7日 - )は、… 金子 美里(かねこ みさと、1986年11月7日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 埼玉県越谷市出身。中学校1年生の時にバレーボールを始める。共栄学園高校時代は、インターハイ準優勝・国体3位・春高バレーベスト4を経験し、学生選抜東西対抗戦に出場した。 2005年、武富士バンブーに入団。2009年の廃部後は実業団でのプレー実績はない。
米山 達也(よねやま たつや、1986年9月23日 - )は… 米山 達也(よねやま たつや、1986年9月23日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 埼玉県比企郡嵐山町出身。実兄米山裕太の影響で小学1年次からバレーボールを始めた。坂戸西高から日本体育大学に進学し卒業。インカレでは東海大学を倒して2連覇(2007年・2008年)に貢献した。 2008年、サントリーサンバーズに入団。2009年、全日本代表の登録メンバーに初選出された。 実兄の米山裕太もバレーボール選手(東レアローズ所属)。 2019年に現役引退し、事務局スタッフに就任。 2021年にはコーチに就任した。
石橋 健(いしばし けん、1985年6月14日 - )は、日… 石橋 健(いしばし けん、1985年6月14日 - )は、日本の男子バレーボール選手。 埼玉県秩父市出身。中学まではサッカーをしており、埼玉県立深谷高等学校入学後からバレーボールを始める。2つ上に石島雄介、小川旭、金丸晃大ら。2001年1年次から試合出場を果たし、同年のインターハイ優勝、2002年2年次にはインターハイ準優勝、春高バレーおよび国体3位入賞に貢献した。 2004年、順天堂大学へ進学。同年から3年連続で全日本インカレに出場し同年には3位入賞。。 2008年、JTサンダーズへ入団した。同期に井上俊輔。2012/13シーズンは久保義人監督に評価されレギュラーとして活躍した。2014年に退団し、JTでの社業に就いた。
柿木 秀人(かきのき しゅうと、1984年12月16日 - … 柿木 秀人(かきのき しゅうと、1984年12月16日 - )は日本の男子バレーボール選手。埼玉県越谷市出身。ポジションはオポジット。VチャレンジリーグIIの 近畿クラブスフィーダ所属。愛称はカッキー。
米山 裕太(よねやま ゆうた、1984年8月29日 - )は… 米山 裕太(よねやま ゆうた、1984年8月29日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 埼玉県比企郡嵐山町出身。菅谷小学1年(嵐山ガッツジュニア)の時にバレーボールを始める。坂戸西高から大学バレーボール界の伝統校である日本体育大学に進学し卒業。大学4年生の時にキャプテンを務め活躍しインカレ第4位。その後、2007年東レアローズに入団。2012年から2015年まで東レアローズの主将を務めた。 第57回(2008年)黒鷲旗選抜大会では、ベスト6に選ばれた。 2009年、日本代表に初選出され、2010年、イタリアで行われた世界選手権に出場。 第60回(2011年)黒鷲旗選抜大会で優勝。黒鷲賞(最高殊勲選手)とベスト6に選ばれる。
金子 隆行(かねこ たかゆき、1984年8月27日 - )は… 金子 隆行(かねこ たかゆき、1984年8月27日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、ポジションはアウトサイドヒッター。現指導者。 埼玉県さいたま市出身。実姉の影響で、和土小学2年(岩槻ジュニアクラブ)よりバレーボールを始める。深谷高校から東海大学へ進学し、2005年ユニバーシアード準優勝などを経験。2005年ワールドリーグの出場登録者候補になったが代表入りできなかった。 大学卒業後の2007年4月にNECブルーロケッツに入団。5月の第56回黒鷲旗大会優勝に貢献し、若鷲賞(最優秀新人賞)受賞とベスト6に選出された。 2009年5月のNECの無期限休部に伴い、8月にサントリーサンバーズに移籍。
金丸 晃大(かなまる あきとも、1984年3月4日 - )は… 金丸 晃大(かなまる あきとも、1984年3月4日 - )は、日本の元男子バレーボール選手である。 埼玉県さいたま市出身。中1の頃、兄の影響を受けてバレーボールを始める。 埼玉県立深谷高等学校、亜細亜大学を経て、2006年、V・チャレンジリーグ(当時Vリーグの2部リーグ)に所属していたジェイテクトSTINGSに入団。 V・チャレンジリーグでは3度のブロック賞を受賞した。2014年にチームがV・プレミアリーグ(当時Vリーグの1部リーグ、現在のV.LEAGUE DIVISION1に相当)に昇格。 2019-20シーズン、2019年11月10日の堺ブレイザーズ戦でVリーグ通算230試合出場達成となったため、Vリーグ栄誉賞を受賞した。
石島 雄介(いしじま ゆうすけ、1984年1月9日 - )は… 石島 雄介(いしじま ゆうすけ、1984年1月9日 - )は、日本の元男子インドアバレーボール選手、現ビーチバレーボール選手。 埼玉県北葛飾郡松伏町出身。中学1年よりバレーボールを始める。深谷高校へ入学し、第32回春の高校バレーで優勝した。 筑波大学では主将を務め、2005年に大学四冠に貢献した。大学3年までのポジションはセンターであった。 2005年12月、第12回Vリーグの途中から内定選手としてVプレミアリーグの堺ブレイザーズ(現・日本製鉄堺ブレイザーズ)でプレイし、優勝に貢献し新人賞を受賞した。 2006年、夏に行われたワールドリーグで全日本代表に選ばれ、9月には海外派遣という形で、ブラジルのサンパウロ・ウィザード・タウバテーに期限付き移籍した。
小川 旭(おがわ あきら、1983年9月5日 - )は、日本… 小川 旭(おがわ あきら、1983年9月5日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 埼玉県さいたま市出身。さいたま市立七里中学校1年時からバレーボールを始める。このころの同級生に金丸晃大がいる。その後埼玉県立深谷高等学校へ進学、同級の金丸や石島雄介と共に数々の栄冠に輝き、2001年3年生時には春高バレー・インターハイ・国体と3冠達成した。 2002年、順天堂大学へ進学。2004年には全日本インカレ猛打賞受賞。2005年にはユニバーシアード代表に選ばれインスブルック大会に出場し準優勝。 2006年、JTサンダーズへ加入。同期に中山大祐。2008年、ゴードン・メイフォースによエースに抜擢される。
金丸 将大(かなまる まさとも、1982年11月10日 - … 金丸 将大(かなまる まさとも、1982年11月10日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。埼玉県さいたま市出身。ポジションはオポジット。Vチャレンジリーグの警視庁フォートファイターズに所属していた。 亜細亜大学を卒業後、2005年、東レアローズに入団した。2008年に現役生活3年で引退した。 2009年警視庁フォートファイターズに入団し、現役復帰。2016年まで在籍した。 ジェイテクトSTINGSに所属していた金丸晃大は実弟である。
田中 弓貴(たなか ゆき、旧姓:菅原、1981年8月19日 … 田中 弓貴(たなか ゆき、旧姓:菅原、1981年8月19日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 埼玉県川口市出身。小学校5年生よりバレーボールを始める。春日部共栄高校、久光製薬を経て、2002年、茂原アルカスに移籍。茂原では主にリベロとして活躍した。 2006年、茂原廃部に伴い日立佐和リヴァーレへ移籍。ユーティリティープレイヤーとして活躍したが、2008年、KUROBEアクアフェアリーズに移籍した。 2008年9月、第1回アジアカップ女子大会の全日本代表メンバーにリベロとして招集された。 2009年よりKUROBEアクアフェアリーズの主将を務める。2011/12 Vチャレンジリーグにおいてリーグ3位入賞に貢献し、サーブレシーブ賞のタイトルを獲得した。
掛川 厚志(かけがわ あつし、1980年3月14日 - )は… 掛川 厚志(かけがわ あつし、1980年3月14日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 現在は埼玉県の昌平高等学校の体育教師、同校バレー部監督。 埼玉県春日部市出身。日本体育大学卒業後、2002年にVリーグの東レアローズに入団。チームのリベロとして活躍したのち、2008-2009年Vプレミアリーグを最後に現役引退し、2012年3月まで東レのコーチとして指導者を務めた。同年4月からは埼玉県の昌平高等学校の体育教師としてバレー部の顧問も務めており、2016年の春高バレー埼玉県予選で準優勝に同校を導いた。その後、4年の月日を経て2020年の春高バレー埼玉県予選ではコロナ禍で大会の開催が危ぶまれていたが、決勝まで駒を進め正智深谷高校に3-2で勝利し見事初優勝に導いた。
山本 太二(やまもと たいじ、1979年1月6日 - )は、… 山本 太二(やまもと たいじ、1979年1月6日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、現指導者。 埼玉県さいたま市出身。中学入学後サッカー部に入部するも、バレー部監督に誘われて美園中学2年よりバレーボールを始める。 深谷高校時代はセッターとして活躍し、春の高校バレーで優勝を経験した。大学では主にアタッカーを務めた。 2001年に東レアローズに入団。2005年全日本代表に選出され、ワールドリーグに出場した。 2009年5月現役を引退し、チームスタッフとなった。2014年6月よりコーチ就任。その後シニアマネージャーを務め、2025年から再びコーチを務める。
鈴木 洋美(すずき ひろみ、1978年11月14日 - )は… 鈴木 洋美(すずき ひろみ、1978年11月14日 - )は、日本の元プロビーチバレー選手、元インドアバレーボール全日本代表選手。 埼玉県熊谷市出身。父・母・姉がバレーボールをしていた影響で、小学校4年生から始める。中学校時代に身長は180cmを超え、春日部共栄高校時代は、世界ユース選手権日本代表に選ばれ優勝に貢献した。 1997年にイトーヨーカドーに入社。1998年、全日本代表初選出。同年世界選手権に出場したが、怪我のため出番はほとんど無かった。1999年ワールドカップでは開幕からサーブ、スパイクに活躍し、日本快進撃の立役者となり「シンデレラガール」と呼ばれた。 2001年にイトーヨーカドーの廃部に伴い武富士へ移籍。
濱野 礼奈(はまの れな、1976年7月19日 - )は、日… 濱野 礼奈(はまの れな、1976年7月19日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、現指導者。 父は住友軽金属男子排球団の中心選手として活躍した濱野光之(後に順天堂大学男子バレーボール部監督)、母は元カネボウの苗代裕子というバレーボール一家に生まれた。母の実家(熊本県水俣市)で誕生し、埼玉県越谷市で育つ。人呼んで「バレーの申し子」。小学時代は硬式テニスに打ち込んだが、中学1年次にバレーボールに転向し、1991年に出場した全国都道府県対抗中学大会で埼玉県チームの一員として3位入賞を果たすと、一躍脚光を浴びた。 高校は國學院大學栃木高等学校に進学すると、1993年の春高準優勝やインターハイ優勝、国体優勝などに大きく貢献し、國學院栃木の一時代を築いた。
畠山 亜希子(はたけやま あきこ、1974年12月1日 - … 畠山 亜希子(はたけやま あきこ、1974年12月1日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者である。 1989年にさわやか杯(全国都道府県対抗中学バレーボール大会)に出場しオリンピック有望選手に選出された。 市立川越商業高校(現・市立川越高等学校)では全国大会に出場。1学年下には田中姿子がいる。 嘉悦女子短期大学卒業後、南ミシシッピ大学(英語版)に留学。その後テンプル大学に編入し、1997年のNCAA女子選手権初出場に貢献した。 1999年にテンプル大学を卒業し、プロバレーボール選手として各国でプレー。2002年には1シーズンのみアメリカに存在したプロバレーボールリーグのUSPV(英語版)でプレーした。
小林 敦(こばやし あつし、1974年3月10日 - )は、… 小林 敦(こばやし あつし、1974年3月10日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 埼玉県深谷市出身。深谷市立大寄小学校でサッカーを始め、深谷市立深谷中学校でバレーボールを始める。 深谷高校から筑波大学へ進学し、大学卒業後の1996年にVリーグの東レアローズに入団。1998年の第4回Vリーグでスパイク賞を受賞した。東レでは2000年から5年間キャプテンを務め、2005年の東レ悲願のリーグ初優勝に貢献した。 2002年、全日本に選出され、2002年世界選手権、2003年ワールドカップに出場。2004年アテネオリンピック世界最終予選では全日本キャプテンを務めた。 2006年の第55回黒鷲旗大会の優勝を最後に現役引退。
神田 千絵(かんだ ちえ、1971年4月12日 - )は、日… 神田 千絵(かんだ ちえ、1971年4月12日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。 埼玉県南埼玉郡白岡町(現:白岡市)出身。中学校時代は地元篠津中学校においてソフトボール部に所属しポジションは投手。県大会に出場。長身を活かした投球が注目された。 高校1年生よりバレーボールを始める。高校卒業後、東芝に入社。1998年全日本代表初選出。同年世界選手権に出場した。1999年東芝休部に伴い、クラブチームとなったシーガルズへ移籍。2009-10シーズンは、プレミアリーグ女子最年長選手であった。 2008年4月、Vリーグ出場試合が234試合となり、2007年にリーグ40回大会を記念し創設された『Vリーグ特別表彰制度』の表彰基準を達成したため、長期活躍選手として特別表彰された。
福田 記代子(ふくだ きよこ、現姓:小柳、1970年8月4日… 福田 記代子(ふくだ きよこ、現姓:小柳、1970年8月4日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 埼玉県川口市出身。八王子実践高校を卒業後、1989年日立に入社。高い跳躍力とパワフルなスパイクを武器に、1989年・1991年ワールドカップ、1990年世界選手権、バルセロナ五輪に出場し長年日本のエースとして活躍した。 2001年日立廃部に伴い現役引退。退社後、母校八王子実践高校でコーチを務めた。現在は結婚して、小学生からママさんバレーまで、様々な人を対象にバレーボール講師を務めている。
石原 昭久(いしはら あきひさ、1966年2月10日 - )… 石原 昭久(いしはら あきひさ、1966年2月10日 - )は、日本のバレーボール指導者。 埼玉県新座市出身。練馬区立大泉学園中学校、関東高(現・聖徳学園高)、東海大学を経る。 1990年にイトーヨーカドープリオールのコーチに就任。1995年にはペルー共和国のユース代表監督に就任。 2000年にイトーヨーカドーの監督に就任し、第49回黒鷲旗大会準優勝に導く。2001年の武富士バンブーへの全体移籍後も監督を続投し、Vリーグで上位争い・優勝争いに導く。2009年5月に廃部となるまで監督を務める。 2009年7月1日にJTマーヴェラスの監督に就任し、2010/11Vプレミアリーグ初優勝に導く。2013年5月退任。
小高 笑子(おだか えみこ、1962年12月14日 - )は… 小高 笑子(おだか えみこ、1962年12月14日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。1984年ロサンゼルスオリンピックバレーボール女子銅メダリスト。
篠崎 洋子(しのざき ようこ、現姓:田村、1945年1月29… 篠崎 洋子(しのざき ようこ、現姓:田村、1945年1月29日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。1964年東京オリンピックバレーボール女子金メダリスト。 埼玉県大宮市(現さいたま市)出身。東京オリンピックメンバー選考会では、日紡貝塚のサブメンバーであることが評価されてメンバー入りが決定した。
稲山 壬子(いなやま じんし、1912年3月29日 - 19… 稲山 壬子(いなやま じんし、1912年3月29日 - 1996年4月18日)は、日本のバレーボール指導者。 埼玉県南埼玉郡宮代町出身。日本体育会体操学校(後の日本体育大学)を経て、1933年に東京千代田学園バレーボール部監督。1943年に久喜高等女学校(現久喜高校)バレーボール部監督に就任し、全国大会優勝4回を達成。同校をバレーボール名門校に導いた。 1962年に1964年東京オリンピック強化コーチに就任。同大会での金メダル獲得に陰ながら貢献した。 1969年に東京三洋電機バレー部監督に就任し、チームを日本リーグ昇格まで導いた。全く無名の新人だった前田悦智子を「三年以内に全日本のエースにする」と宣言し育成した。