宇田川 瞬矢(うだがわ しゅんや、2003年7月29日 - … 宇田川 瞬矢(うだがわ しゅんや、2003年7月29日 - )は、埼玉県川越市出身の陸上競技選手。専門は障害物競走・長距離走。東京農業大学第三高校、青山学院大学総合文化政策学部・総合文化政策学科卒業。コモディイイダ駅伝部所属。 川越市立名細中学校を卒業後、東京農業大学第三高校に進学。進学後は陸上競技部に入部し、高校1年生時に関東地区高校駅伝において26分1秒12で36位という成績を記録した。さらに翌年には埼玉県高校駅伝において、25分13秒で3位に入るなど、成績を向上させる。しかし、高校3年生となった翌年は、埼玉県高校総体陸上(インターハイ埼玉県予選)で1500mで1位に輝き、その後の関東高校陸上競技会北関東ブロックでも同じ種目で1位を獲得する。
青柿 響(あおがき ひびき、2002年3月20日 - )は、… 青柿 響(あおがき ひびき、2002年3月20日 - )は、日本の陸上競技選手。埼玉県飯能市出身。富士通陸上競技部所属。専門種目は長距離走。 飯能市立加治中学校、聖望学園高等学校、駒澤大学文学部卒業。 2020年12月5日に行われた第282回日本体育大学長距離競技会の10000mで28分20秒42の自己ベストを記録したが三大駅伝の出走はなかった。 2021年11月7日の第53回全日本大学駅伝で2区に出走し、三大駅伝初出場を果たす。1区・佐藤条二から1位で襷を受けたが、区間10位と苦戦し7位に後退(なお、駒澤大は2連覇を達成)。 2022年1月の第98回箱根駅伝では10区に出場し、9区・山野力から4位で襷を受ける。
白鳥 哲汰(しらとり てった、2001年〈平成13年〉8月2… 白鳥 哲汰(しらとり てった、2001年〈平成13年〉8月24日 - )は、日本の陸上競技選手。埼玉県春日部市出身。駒澤大学経済学部卒業。トヨタ紡織陸上競技部所属。専門種目は長距離走。 春日部市立豊野中学校、埼玉栄高校、駒澤大学出身。 中学3年次の全日本中学校陸上競技選手権男子3000mでは3位に入った。 全国都道府県対抗男子駅伝では埼玉チームの一員として中学生区間の2区出走し、8分44秒で区間11位。 2018年の全国高等学校駅伝競走大会では2年次に花の1区へ出走すると、井川龍人や佐藤一世らといった強力なライバル達に競り勝ち、2年生ながら区間賞を獲得した。 3年次も1区に出走したが、調子が上がらず区間16位にとどまった。
伊地知 賢造(いじち けんぞう、2001年8月23日 - )… 伊地知 賢造(いじち けんぞう、2001年8月23日 - )は、日本の陸上競技選手。埼玉県鶴ヶ島市出身。國學院大學人間開発学部卒業。ヤクルト陸上競技部に所属し、専門種目は長距離走。 鶴ヶ島市立藤中学校、埼玉県立松山高等学校、國學院大學卒業。
鈴木 碧斗(すずき あおと、2001年5月30日 - )は、… 鈴木 碧斗(すずき あおと、2001年5月30日 - )は、日本の陸上競技選手である。 埼玉県さいたま市で育ち、東洋大学法学部企業法学科に学ぶ。 2021年6月、デンカチャレンジ400mで45秒94をマークする。 2021年7月2日、東京オリンピック代表内定が発表された。 2021年8月の東京オリンピックでは男子マイルリレーに出場。予選2組で第4走者を務めた。日本は組で5着、予選総合10位(3分00秒76)という成績(日本タイ記録)を残した。 2021年9月、日本学生陸上競技対校選手権大会100mで10秒33の好記録で優勝。 2021年10月、東洋大学校友会長特別賞を授与された。
小林 香菜(こばやし かな、2001年4月4日 - )は、日… 小林 香菜(こばやし かな、2001年4月4日 - )は、日本の陸上競技選手、長距離走。 医師の父と薬剤師の母のもと、3姉妹の末っ子として群馬県前橋市で生まれる。前橋市立岩神小学校、前橋市立第三中学校、早稲田大学本庄高等学院、早稲田大学法学部卒業。 中学1年時は水泳部に所属。駅伝練習などをきっかけに2年時から陸上部へ転部した。3年時には、3000mでジュニアオリンピック陸上競技大会に出場したほか、皇后盃全国都道府県対抗女子駅伝競走大会の群馬県代表に選出され8区に出走した。 高校進学後、自転車走行中の転倒による膝の裂傷と急いで階段を降りた際に足首を捻っての靭帯損傷で、2度にわたって松葉杖生活が必要な大きな怪我に見舞われた影響などから結果を残せなかった。
荻久保 寛也(おぎくぼ ともや、1997年12月11日 - … 荻久保 寛也(おぎくぼ ともや、1997年12月11日 - )は、埼玉県川口市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。埼玉県立三郷工業技術高等学校、城西大学卒業。ひらまつ病院所属。 ヤクルト陸上競技部所属から、2023年4月1日から医療法人ひらまつ病院にプロ契約で所属。 埼玉県立三郷工業技術高等学校を卒業し、城西大学経営学部に入学。 城西大学では1年時から箱根駅伝予選会に出場するなど、期待の新人として頭角を現す。しかし思うような走りはできず、1年目を終える。2年目は関東インカレ1500mに出場。第94回箱根駅伝では10区を任され学生駅伝デビュー。区間9位の走りでチームのシード権獲得に貢献。着々と自己記録を伸ばすが、目立った活躍は無く2年目を終える。
青木 涼真(あおき りょうま、1997年6月16日 - )は… 青木 涼真(あおき りょうま、1997年6月16日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走・3000mSC。埼玉県久喜市出身。久喜市立鷲宮東中学校、埼玉県立春日部高等学校、法政大学生命科学部環境応用化学科卒業。本田技研工業(Honda陸上競技部)所属。 法政大学在学時代は箱根駅伝に4年連続で出場。2年次に出場した第94回東京箱根間往復大学駅伝競走(2018年)で初めて5区を任されて9人抜きで区間賞を獲得し、2019年の箱根駅伝では7人抜きで区間3位、2020年の箱根駅伝では2人を抜いて区間4位と快走を見せた。 2021年6月26日、長居陸上競技場(ヤンマースタジアム長居)で行われた日本選手権3000mSCにおいて、8分20秒70の自己新記録(当時)をマークし、3位入賞。
小笹 椋(こざさ りょう、1996年11月4日 - )は、日… 小笹 椋(こざさ りょう、1996年11月4日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。埼玉県三芳町出身。埼玉栄高等学校、東洋大学経済学部出身。小森コーポレーションに所属していた。 全国高校駅伝には3年連続出場。全て3区を任され、3年時には区間6位の走りを見せた。都道府県対抗駅伝でも5区区間2位の好走を見せる。 東洋大学に進学後、同学年の山本修二と共に1年時から頭角を表す。第92回箱根駅伝では4区を担当するも区間6位に終わり、チームも総合2位。2年時の第48回全日本大学駅伝では4区区間9位と振るわず、第93回箱根駅伝では7区区間7位。3年時の第49回全日本大学駅伝では7区区間8位、第94回箱根駅伝では10区で区間賞を獲得する快走を見せるも、チームは総合2位に終わった。
小山 直城(こやま なおき、1996年5月12日 - )は、… 小山 直城(こやま なおき、1996年5月12日 - )は、日本の陸上競技選手。本田技研工業陸上競技部に所属し、専門種目は長距離走。 埼玉県日高市出身。日高市立高麗川中学校から埼玉県立松山高校に進むと、同校3年時の全国都道府県対抗男子駅伝では4区区間賞に輝く。東京農業大学では、関東インカレで1年時に2部5000mで5位入賞。4年時(2018年)は2部10000mで5位(日本人2位)、5000mで日本人トップ(全体2位)という成績を残す一方で、チームとしては箱根駅伝に出場する機会は無く、2年時の第93回大会(2017年)で関東学生連合の一員として4区を走行し10位相当の成績を残すのみであった。 卒業後は本田技研工業に入社すると、陸上競技部ではニューイヤー駅伝で頭角を現し、第66回大会(2022年)には3区で9人抜きを演じて初優勝に貢献、次の第67回大会(2023年)ではエース区間の4区を任され、トップと25秒差の3位から12秒差のトップを奪う快走を見せ、チームの連覇に貢献した。
竹下 和輝(たけした かずき、1995年9月17日 - )は… 竹下 和輝(たけした かずき、1995年9月17日 - )は、埼玉県東松山市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。東京農業大学第三高校、東洋大学卒業。自衛隊体育学校所属。身長161cm、体重49kg。
土井 杏南(どい あんな、1995年8月24日 - )は、日… 土井 杏南(どい あんな、1995年8月24日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。100Mの日本高校記録保持者、元日本中学記録保持者。 1995年8月24日、東京都生まれ、陸上競技は小学校5年生から始めた。小学1年時には運動会で2位に20mの差をつけてゴールした。きっかけは4年生の時に全国小学生陸上競技交流大会をテレビで目にし、出場したいと考えたことだったという。小学校6年時に長居陸上競技場で開催された第23回全国小学生陸上競技交流大会に出場し、6年生女子100m走で13秒08のタイムで2位に入っている。しかし、1位との差が0秒02だったことでさらに陸上競技に力を入れることになる。 埼玉県朝霞市立朝霞第一中学校2年時に出場した第36回全日本中学校陸上競技選手権大会の女子100mで11秒89のタイムを出して優勝、400mリレー(4×100mリレー)でも朝霞第一中学校チームのアンカーを務め、47秒30の中学新記録で優勝した。
小早川 健 (こばやかわ たける、1995年8月18日 - … 小早川 健 (こばやかわ たける、1995年8月18日 - ) は、埼玉県坂戸市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。武蔵越生高校、東洋大学経済学部卒業。 この項目は、陸上選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:陸上競技/PJ陸上競技)。
池畠 旭佳瑠(いけはた ひかる、1994年8月31日 - )… 池畠 旭佳瑠(いけはた ひかる、1994年8月31日 - )は、日本の陸上選手。三段跳を専門とする。 聖望学園高等学校、東海大学を卒業し、駿大AC所属。
口町 亮(くちまち りょう、1994年7月11日 - )は日… 口町 亮(くちまち りょう、1994年7月11日 - )は日本の陸上競技選手。専門は長距離走。埼玉県川口市出身。川口市立川口高等学校卒業。東洋大学法学部卒業、スバルに所属。(2017年4月~競技の方は継続)
勝山 眸美(かつやま ひとみ、1994年(平成6年)5月21… 勝山 眸美(かつやま ひとみ、1994年(平成6年)5月21日 - )は、日本のハンマー投選手。埼玉県出身。 埼玉県立進修館高校から筑波大学に進み、筑波大学陸上競技部に入部。2017年には、第22回アジア陸上競技選手権大会で銅メダルを獲得し、第101回日本陸上競技選手権大会では金メダルを獲得した。また2018年には、第102回日本陸上競技選手権大会で金メダルを獲得し、2018年アジア競技大会では銅メダルを獲得した。オリエントコーポレーション所属。
髙橋 裕太(たかはし ゆうた、1993年4月4日 - )は、… 髙橋 裕太(たかはし ゆうた、1993年4月4日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。武蔵越生高等学校、帝京大学卒業。大塚製薬所属。 東洋大学卒の設楽啓太(コニカミノルタ所属)・設楽悠太(HONDA所属)兄弟は武蔵越生高等学校の2学年先輩である。2009年に全国高校駅伝に出場した際には、高橋は2区を担当し、1区設楽啓太からタスキを受け、3区設楽悠太に襷をつないだ。 高校卒業後、帝京大学に進学。2015年3月1日、第18回日本学生ハーフマラソン選手権大会兼第28回ユニバーシアード競技大会(2015/光州)日本代表選手選考競技会で1時間2分13秒の記録で3位入賞し、同年夏のユニバーシアードハーフマラソン代表に内定。
川内 鴻輝(かわうち こうき、1992年9月8日 - )は、… 川内 鴻輝(かわうち こうき、1992年9月8日 - )は、日本の政治家、陸上競技選手。埼玉県久喜市議会議員(2期)。専門競技は長距離走・マラソン。株式会社K・Kスポーツ代表。川内三兄弟の三男で、長兄・川内優輝と、次兄・川内鮮輝の実弟。 実兄二人の影響で2歳から走り始め、花咲徳栄高等学校を経て、高崎経済大学地域政策学部へ進学。大学卒業後はモンテローザに就職。陸上部に所属していたが、2017年3月限りで廃部。 廃部をきっかけに株式会社K・Kスポーツを設立し、代表を務める。 2018年4月22日に行われた久喜市議会議員選挙に無所属で立候補し、6,309票を獲得し初当選。2期目の2022年では投票数4,015票で再選を果たす。
山﨑 謙吾(やまさき けんご、1992年7月30日 - )は… 山﨑 謙吾(やまさき けんご、1992年7月30日 - )は、茨城県出身の陸上競技選手。専門は400mで46秒00の自己ベストを持つ。2013年モスクワ世界選手権男子4×400mリレーの日本代表。 茨城県出身。血液型はAB型。北茨城市立中郷第一小学校、北茨城市立中郷中学校、埼玉栄高等学校、日本大学(文理学部体育学科)卒業。モンテローザを経て、現在はヤマダ電機所属。 小中学校時代はサッカー部に所属。中学校時代に校内の陸上大会400mで優勝すると、市の大会、県北の大会、県の大会でも優勝。全日中の参加標準記録(52秒14)を切ることはできなかったが、関東大会に出場して5位入賞を果たした。全国の舞台はジュニアオリンピックで経験(予選敗退)。
設楽 悠太(したら ゆうた、1991年12月18日 - )は… 設楽 悠太(したら ゆうた、1991年12月18日 - )は、日本の陸上競技選手で、専門種目は駅伝、長距離走、マラソン。 埼玉県大里郡寄居町出身。武蔵越生高等学校、東洋大学経済学部卒業。 同じく西日本鉄道に所属する設楽啓太は双子(二卵性双生児)の兄。マラソン、ハーフマラソンの元日本記録保持者。 小学校6年の時に兄の影響を受け、陸上を始める。 宝物は仲間で、好きな女性タレントは小島瑠璃子で、その他にももいろクローバーZの玉井詩織の大ファンでもある。 右利きだが、左利きの兄・啓太の影響を受け腕時計は右にしている。 双子の他に2歳上の姉がいる。 中学時代には兄・啓太と共にチームを初の全国中学校駅伝大会出場へと導いた。
設楽 啓太(したら けいた、1991年12月18日 - )は… 設楽 啓太(したら けいた、1991年12月18日 - )は、日本の陸上競技選手。埼玉県大里郡寄居町出身。武蔵越生高等学校、東洋大学経済学部経済学科卒業。ロジスティード陸上部を経て西日本鉄道所属。 双子(二卵性双生児)であり、同じ東洋大学陸上競技部出身で同じ西日本鉄道に所属する設楽悠太は実弟にあたる。 小学校6年の時に陸上を始める。 弟とは大学まで、また移籍して西日本鉄道で同じチームで活躍。 1年生ながら出場した全日本大学駅伝では1区を走り42分42秒と歴代5位の高タイムで区間賞を獲得し、2区の柏原竜二に繋いだがチームは3位になった 2012年1月に開催された第88回東京箱根間往復大学駅伝競走で第2区を走る。
服部 翔大(はっとり しょうた、1991年10月28日 - … 服部 翔大(はっとり しょうた、1991年10月28日 - )は、日本の陸上競技選手。埼玉栄高校、日本体育大学卒業。大学卒業後はHonda、日立物流所属を経て、立正大学陸上競技部プレイングコーチに就任。2024年より同大学陸上競技部監督を務める。 中学3年時に全日本中学校陸上競技選手権大会に800m、1500mの2種目で出場。800mでは表彰台まであと0.01秒差の4位に入った。 高校駅伝の強豪埼玉栄高校出身。全国都道府県対抗男子駅伝競走大会では2年次、3年次と2年連続埼玉県チームの1区を走り区間賞を獲得した。 高校卒業後は日本体育大学に進学。入学年度に開催された第87回東京箱根間往復大学駅伝競走では3区を走り区間2位の成績を残すなど初年度から主力として活躍する。
岡田 久美子(おかだ くみこ、1991年10月17日 - )… 岡田 久美子(おかだ くみこ、1991年10月17日 - )は、日本の元競歩選手。埼玉県上尾市出身。立教大学社会学部卒業後、富士通に所属していた。 大迫傑、飯塚翔太らと同じ学年で「プラチナ世代」の1人に数えられる。 上尾市立東中学校時代には中長距離を専門とし、全中にも出場。熊谷女子高校に進学すると、「世界を目指せる」と当時の顧問の勧めで競歩を始めた。当時の同級生に2016年リオデジャネイロオリンピック自転車競技代表の塚越さくらがいる。インターハイでは2008年、2009年に3000m競歩を連覇し、立教大学に進学すると、日本インカレで10000m競歩を4連覇した。 卒業後はビックカメラに入社し、2015年に日本選手権で優勝し、世界選手権の代表に選ばれ25位だった。
髙宮 なつ美(たかみや なつみ、1991年(平成3年)8月2… 髙宮 なつ美(たかみや なつみ、1991年(平成3年)8月22日 - )は、日本の元近代五種競技選手である。旧姓は朝長(ともなが)。 1991年8月22日、埼玉県狭山市生まれ。埼玉県立川越南高等学校卒業。 学生時代は競泳や陸上競技などに取り組んでいた。 2011年、警察官だった両親の背中を追って、高校卒業後に警視庁警察学校に入校。 在学中に1500メートル走で女子歴代1位の4分55秒を記録したことから、近代五種部にスカウトされた。2012年に真剣に近代五種のトレーニングを始めた。 2014年には日本代表チームに選ばれた。また、この年第54回近代五種全日本選手権大会にて優勝を果たした。 競技歴4年で2016年リオデジャネイロオリンピックに出場し、近代五種競技では日本選手として過去最高の13位になった。
新井 涼平(あらい りょうへい、1991年6月23日 - )… 新井 涼平(あらい りょうへい、1991年6月23日 - )は、日本の元陸上競技選手。 専門種目はやり投。2014年仁川アジア大会銀メダリスト。現在日本歴代2位の記録を持っている。 埼玉県秩父郡長瀞町出身。長瀞町立長瀞中学校・埼玉県立皆野高等学校・国士舘大学卒業。スズキアスリートクラブ所属。身長183cm。体重96kg。 小学時代はソフトボール、中学時代は野球に打ち込んでいた。 2007年に皆野高校へ進学。グランドホッケー部に入部したが、数ヶ月後に退部。同年9月2日、テレビ放送で見た2007年世界選手権男子やり投金メダルのテロ・ピトカマキの投擲に影響を受け、2学期が始まると陸上競技部へ入部。入部した当初は短距離走や走幅跳にも取り組んでいた。
岩田 裕子(いわた ゆうこ、1991年5月2日 - )は、静… 岩田 裕子(いわた ゆうこ、1991年5月2日 - )は、静岡県出身の元陸上競技選手。血液型A型。 2010年埼玉栄高校から、大東文化大学に進学。同年創部の陸上競技部(女子長距離)主将を4年間務め、2014年資生堂に入社。資生堂ランニングクラブに所属する。2016年3月に引退。
川内 鮮輝(かわうち よしき、1990年11月8日 - )は… 川内 鮮輝(かわうち よしき、1990年11月8日 - )は、埼玉県久喜市の地方公務員、及び陸上競技選手で、専門競技は長距離走・マラソン・ウルトラマラソン。川内三兄弟の次男で、兄は川内優輝、弟は川内鴻輝。 4歳からランニングを始める。兄と同じく埼玉県立春日部東高等学校を卒業し、國學院大學経済学部へ進学。大学4年生の時に箱根駅伝のメンバー入りをするも、補欠で本戦出場は叶わなかった。大学卒業後は共立印刷に営業職として入社。 主な実績に、2017年四万十川ウルトラマラソン優勝、隠岐の島ウルトラマラソン優勝、柴又100km優勝、2016年田沢湖マラソン優勝、隠岐の島ウルトラマラソン優勝、2013年古河はなももマラソン優勝など。
大室 秀樹(おおむろ ひでき、1990年7月25日 - )は… 大室 秀樹(おおむろ ひでき、1990年7月25日 - )は、埼玉県出身の陸上競技選手。専門はハードル。110mハードルで13秒48、200mハードルで22秒80(元アジア最高記録)の自己ベストを持つ。2017年ロンドン世界選手権男子110mハードルの日本代表。 吉見町立吉見中学校、埼玉県立松山高等学校、筑波大学卒業。筑波大学大学院修了。大塚製薬所属。 小学生の時にモーリス・グリーンの影響で陸上競技を始め、中学生になってから110mハードルを始めた。中学時代は3年生の時に2005年ジュニアオリンピック110mハードルで表彰台(3位)に上った。 地元埼玉県で開催された2008年インターハイ110mハードルを高校歴代4位(当時)の14秒05(+0.4)で制すると、10月の日本ジュニア選手権110mハードルも高校歴代3位(当時)の14秒01で制して高校2冠を達成した。
今野 美穂 (いまの みほ、1990年1月25日 - )は、… 今野 美穂 (いまの みほ、1990年1月25日 - )は、埼玉県出身の、日本の元陸上競技選手。第19回アジア陸上競技選手権大会女子棒高跳日本代表。身長165.0 cm、体重69 kg。 中学時代は器械体操に打ち込んだ。進学先の埼玉県立草加高等学校 に器械体操部がなく止むを得ず新体操部に所属したが馴染めずにいたところ、顧問にスカウトされて陸上部に転部。最初はポールを持っただけで筋肉痛になっていたが、翌年には県の新人大会で優勝。保育士の資格取得の目標もあり、同校卒業後、聖学院大学人間福祉学部児童学科に進学し、以降、本格的に棒高跳に打ち込むようになった。大学時代の日本学生陸上競技対校選手権大会は、2011年の第79回大会で2位に入るなど、4年連続入賞する成績を残した。
髙橋 萌木子(たかはし ももこ、1988年11月16日 - … 髙橋 萌木子(たかはし ももこ、1988年11月16日 - )は、日本の元陸上競技選手で、専門は短距離。 埼玉県三郷市出身。三郷市立早稲田中学校在籍時はソフトボール部に所属しつつ陸上競技をやっていた。全日本中学校選手権は200mで優勝。当時はまだ陸上競技に本腰を入れておらず、「ソフトボール選手が全日本中学選手権だけ出てきて勝ってしまった」と噂になるほど[誰によって?]の出来事だった[リンク切れ]。 ストライド型の走りが特徴で、男子選手並みのストライドで走る。また、後半で一気にスピードを増すというレース展開が多く、いわゆる「後半追い込み型」の選手である。一方でスタートに課題を残しており、色々とスタートの仕方を試すも改善できず、2008年の冬からはジャマイカ式のスタートを取り入れるなど試行錯誤した。
田子 雅(たご みやび、1988年7月15日 - )は、埼玉… 田子 雅(たご みやび、1988年7月15日 - )は、埼玉県さいたま市出身の元陸上競技選手。専門はハードル。400mハードルの自己ベストは日本歴代4位の55秒99。2010年広州アジア大会の日本代表。 埼玉県さいたま市出身。血液型はA型。 幼稚園から中学3年生まではクラシック・バレエを習っていた。陸上競技は友人に誘われたのがきっかけで中学から開始。中学時代は全日本中学校選手権の出場を逃し(追い風参考記録でなら参加標準記録を超えていた)、県総体200mの6位が最高成績となった。 埼玉県立久喜高等学校に進学してからはロングスプリントに転向すると、高校2年時の秋から本格的に400mハードルを取り組み始めた。
中代唯(なかだい ゆい、1987年12月28日 - )は、埼… 中代唯(なかだい ゆい、1987年12月28日 - )は、埼玉県出身の陸上選手。川口市立川口南中学校から埼玉栄高等学校へ進み、実業団のヤマダ電機で競技を続けていた。小柄でかわいらしい外見だが大きなランニングフォームで走る。
川内 優輝(かわうち ゆうき、1987年3月5日 - )は、… 川内 優輝(かわうち ゆうき、1987年3月5日 - )は、日本の陸上競技選手。 専門競技は、主に中距離走・長距離走・マラソン等。埼玉陸上競技協会に所属していたが、後に埼玉県庁走友会が陸協登録をして「埼玉県庁」の名称で所属。それまでは地方公務員かつ非実業団の「市民ランナー」としての活躍が世間の注目を集めていたが、2019年3月限りで埼玉県庁・公務員を退職し、同年4月からはあいおいニッセイ同和損害保険と所属契約を結びプロランナーに転向した。 男子マラソン種目の主な実績に、2017年世界陸上ロンドン大会9位、2011年世界陸上大邱大会17位、2013年世界陸上モスクワ大会18位、2019年世界陸上ドーハ大会29位、2014年仁川アジア競技大会銅メダリスト、2013年別府大分毎日マラソン優勝、2018年ボストンマラソン優勝、防府読売マラソン5回優勝(2012年・2014年・2017年・2018年・2023年) など。
藤光 謙司(ふじみつ けんじ、1986年5月1日 - )は、… 藤光 謙司(ふじみつ けんじ、1986年5月1日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。埼玉県浦和市(現:さいたま市)出身。三室小学校、三室中学校、市立浦和高校、日本大学卒業。300mの元日本記録保持者。マネジメント契約先は藤光謙司個人事務所。 三室中学校3年時の2001年に、参加標準記録ピッタリで全日中の100mと200mに初出場を果たすも、両種目で予選敗退に終わる。 さいたま市立浦和高校2年だった2003年に世界ユース選手権日本代表に選出され、200mとメドレーリレーに出場した。200mは準決勝で敗退したが、メドレーリレーでは2走を務めて銅メダルを獲得した。 日本大学2年だった2006年に関東インカレの200mで20秒46を記録するなどしていたが、日本選手権で好成績を上げることができず、大学時代はオリンピックや世界選手権の出場経験はなかった(2007年のアジア選手権に出場経験があり、200mで優勝している)。
山本 浩之(やまもと ひろゆき、1986年4月30日 - )… 山本 浩之(やまもと ひろゆき、1986年4月30日 - )は、日本の元陸上競技選手、現指導者。専門は長距離走・マラソン。埼玉県出身。埼玉県立川口北高等学校、東洋大学卒業。コニカミノルタに所属していた。現在は東洋大学附属牛久高等学校陸上競技部監督。 高校時代はサッカー部に所属し、サッカー部を引退した高校3年生の5月から本格的に走り始めた。これは箱根駅伝で活躍した選手の中では非常に遅い陸上競技デビューと言える。大学時代には東洋大学陸上競技部の一員として駅伝などで活躍。最高学年4年生として迎えた第85回東京箱根間往復大学駅伝競走ではエース区間である2区を担当し、3区を走った同学年のエース大西智也(元旭化成)や、後に4年連続5区で区間賞を獲得することになるスーパールーキー柏原竜二(元富士通)らとともに東洋大学史上初の総合優勝を手繰り寄せた。
大利 久美(おおとし くみ、1985年7月29日 - )は、… 大利 久美(おおとし くみ、1985年7月29日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は競歩。 1985年7月29日、埼玉県出身。西武学園文理中学校・高等学校を経て日本女子体育大学卒業。 西武学園文理中学校時代はスポーツすら何もせず、本人曰く「帰宅部」だったが、西武学園文理高等学校に進学後、友人と「何か青春しよう」と語り合い、部活をやることを決意して入ったのが陸上競技部であった。 陸上競技を始めた時は中距離選手だったが、競歩をやっていた部の先輩のモノマネをやったところ、実にサマになっていた為、陸上部の仲間から「競歩をやってみたら」と言われて転向。転向当初は先輩や他校の指導者からもアドバイスを貰うなどしてレースに出るうちに記録も伸びるようになった。
大橋 祐二(おおはし ゆうじ、1983年9月5日 - )は、… 大橋 祐二(おおはし ゆうじ、1983年9月5日 - )は、日本の陸上競技選手。専門はハードルで、110mハードルの自己ベストは13秒55。県立浦和高校時代に高校生初の13秒台をマークした元高校記録保持者である。 埼玉県出身。さいたま市立大久保中学校、埼玉県立浦和高等学校、筑波大学卒業。ミズノ入社(ミズノ在籍中に筑波大学大学院修士課程修了)。ミズノ、帝京平成大学を経て、現在は日本女子体育大学の健康スポーツ学科にスポーツ方法学(陸上競技)准教授として在籍。 中学時代に110mハードルを始め、3年時には全日本中学校選手権で8位という成績を残した。 高校時代には110mハードルで14秒77(+1.5)の高1最高記録(当時)、14秒30(+0.7)の高2歴代2位(当時)の14秒30をマークすると、3年時の2001年インターハイ110mハードル決勝において13秒98(-0.1)の高校記録(当時)を樹立。
尾熊 栄輔(おぐま えいすけ、1983年3月30日 - )は… 尾熊 栄輔(おぐま えいすけ、1983年3月30日 - )は、日本の元陸上競技(マラソン)選手。 埼玉県川口市出身の元陸上選手。 埼玉栄高等学校、日本体育大学卒業。NTT西日本陸上競技部に所属していた。埼玉県川口市出身。身長168cm 、48kg。 高校から陸上競技を始め、埼玉栄高等学校、日本体育大学へ進学し、活躍。 大学卒業後はNTT西日本陸上部に所属し、2008年3月に引退した。 現國學院大学陸上部所属の尾熊迅斗の父親 2000年岐阜総体 5000m 予選3組 14位 15分11秒69 全国高等学校駅伝競走大会 第50回4位(4区区間3位23分57秒)、第51回9位(3区区間4位24分45秒)) 全国都道府県対抗駅伝大会 埼玉県代表 第5回10位(4区区間31位15分13秒)第6回3位(5区区間7位25分20秒) 2000年済州島国際マラソン2位 第33回全日本大学駅伝予選会 3組 19位 30分31秒92 第78回東京箱根間往復大学駅伝予選会 2位 個人全体31位 1時間1分2秒 (全大学1学年1位) 大阪実業団駅伝競走大会 (59回3位(4区区間3位9分48秒)60回3位(5区区間3位9分57秒))
佐藤 真太郎(さとう しんたろう、1980年8月20日 - … 佐藤 真太郎(さとう しんたろう、1980年8月20日 - )は、日本のオリンピック選手、ボブスレー選手、陸上競技選手。埼玉県鶴ヶ島市出身。早稲田大学人間科学部卒業、筑波大学大学院修了。 ソチオリンピックボブスレー競技日本代表。陸上競技の成績は埼玉国体100m優勝、日本選手権リレー4×100mリレー優勝2回。 当初は長距離の選手で、鶴ヶ島市立藤中学校1年の時に駅伝の県大会で10位に入る。2年時からロングスプリンターになり、全日中400mで準決勝進出、ジュニアオリンピックC400mで2位という成績を残し、3年時には全日中400mを制覇して全国タイトルを獲得した。 松山高校に進学し、1年時に国体少年B400mで6位、3年の時にインターハイ400mで準決勝進出、国体少年A400mで4位、日本ジュニア選手権400mで7位という成績を残した。
千葉 佳裕(ちば よしひろ、1979年4月29日 - )は、… 千葉 佳裕(ちば よしひろ、1979年4月29日 - )は、日本の男子陸上競技選手。専門はハードル走で、400mハードルの自己ベストは日本歴代8位の48秒65、300mハードルでは35秒54のアジア最高記録保持者。現在は城西大学経営情報学部の助教授で、同大学陸上部の監督を務める。妻は400mハードル日本記録保持者の久保倉里美。 埼玉栄高校時代にインターハイの400mハードルで準決勝まで進出。 順天堂大学の4年時に、関東インカレの400mハードルで日本歴代5位(当時)の記録となる48秒65をマーク。 大学卒業後は富士通に入社。 2006年、大阪グランプリの400mハードルでセカンドベスト及び5年ぶりの48秒台となる48秒83をマーク。
石田 智子(いしだ ともこ、1977年5月12日 - )は、… 石田 智子(いしだ ともこ、1977年5月12日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門は短距離走。埼玉県新座市出身。新座市立第六中学校、埼玉県立伊奈学園総合高等学校、埼玉大学教育学部卒業。長谷川体育施設所属。4×100mリレーの元日本記録保持者。 石田は地元の国立大学である埼玉大学の出身である。強豪選手が有力私大に集中する状況の中で、石田の存在は、群馬大学出身の磯貝美奈子や島根大学出身の荒井悦加らと並ぶ稀有な存在であるといえる[要出典]。2012年10月の国体をもって23年間の競技生活に終止符を打った。
金子 朋未(かねこ ともみ、1976年5月20日 - )は、… 金子 朋未(かねこ ともみ、1976年5月20日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離。 元100m日本中学記録保持者、元400mリレー日本ジュニア記録保持者。 埼玉県大宮市(現さいたま市)出身。 1991年8月21日、第18回全日本中学校陸上競技選手権大会で100mに出場し、11秒79の日本中学新記録(当時)を樹立。 1992年9月20日、世界ジュニア選手権で、日本選抜チームの一員として400mリレーを走り、伊藤佳奈恵、柿沼和恵、庄司奈実、金子とバトンをつなぎ、44秒90で当時の日本ジュニア新記録を樹立した。 1994年10月30日、11秒66の日本高校歴代2位、日本ジュニア歴代2位をマークした。
大島 めぐみ(おおしま めぐみ、旧姓:田中、1975年9月4… 大島 めぐみ(おおしま めぐみ、旧姓:田中、1975年9月4日 - )は、埼玉県熊谷市出身の日本女子陸上競技選手(プロランナー)及び指導者。専門は長距離走・マラソン。旧姓は田中。 主な実績に、2000年シドニーオリンピック・2004年アテネオリンピック各女子長距離走・日本代表。1999年世界陸上セビリア大会・2003年世界陸上パリ大会各女子長距離走、2005年世界陸上ヘルシンキ大会女子マラソン日本代表など。 1991年4月、埼玉栄高等学校に入学、同陸上競技部に在籍。1学年上に柿沼和恵が、2学年上に徳田由美子、鈴木真紀らがいた。同高校2年時、鳩山高校に敗れ全国高校駅伝大会に出場はならなかった。3年時も鳩山高校に敗れたが北関東地区代表に選出され、全国高校駅伝大会に出場しチームは総合4位。
柿沼 和恵(かきぬま かずえ、1974年6月16日 - )は… 柿沼 和恵(かきぬま かずえ、1974年6月16日 - )は、埼玉県大里郡寄居町出身の陸上競技選手(短距離種目)。女子200m、400m元日本記録保持者。 寄居町立城南中学校、埼玉栄高校、中央大学を経て、1997年にミズノに入社。主にロングスプリントで活躍し、この種目で長く日本を牽引していった[要出典]。埼玉栄高時代には堤文子(元あさひ銀行)が2学年上におり、1学年下には大島めぐみ(旧姓田中、あさひ銀行→しまむら)がいた。1学年上の徳田由美子(現ドリームコーチング)や鈴木真紀(元ノーリツ)らは同じ中大の出身になる。 1990年、国体少年B100mで優勝し11秒87をマーク。1991年、インターハイ100m、200m優勝。
小林 正幹(こばやし まさもと、1973年3月16日 - )… 小林 正幹(こばやし まさもと、1973年3月16日 - )は、埼玉県出身の日本の陸上競技選手。専門は長距離種目。埼玉県立松山高等学校→早稲田大学→エスビー食品→SUBARU。身長170cm、体重55kg。 埼玉県立松山高等学校時代にインターハイ1500mにおいて3分51秒02で優勝。 早稲田大学競走部時代は東京箱根間往復大学駅伝競走大会に1年(1992年)から出場し4区(21.0km)を、区間8位の1時間05分58秒で駆け抜けた。2年時(1993年)の箱根駅伝では、3区(21.5km)を1時間04分13秒で区間賞、箱根駅伝、早稲田大学が7年ぶりの往路優勝、8年ぶり12回目の総合優勝に貢献した。
鈴木 真紀(すずき まき、本名・大曽根真紀。1973年-)は… 鈴木 真紀(すずき まき、本名・大曽根真紀。1973年-)は埼玉県三芳町出身の陸上選手。専門は中距離走。 三芳町立藤久保中学校時代、浅賀一恵の指導の下、女子800mで2分09秒9の中学日本記録を樹立。日本の女子中学生として初めて2分10秒の壁を破る。 1989年に埼玉栄高校進学後、高知インターハイで1年生ながら800mで2位。1990年、2年時の仙台インターハイでは、藤久保中学時代及び後の中央大学のチームメイトである2年徳田由美子と、前年度の女子800m覇者である3年堤文子、そして鈴木の埼玉栄女子800mトリオでそれぞれ金・銀・銅のメダル独占を果たす。同1990年、福岡とびうめ国体では、1500mで4分19秒12の高校日本記録(現:埼玉県記録)を樹立。
川嶋 伸次(かわしま しんじ、1966年6月4日 - )は、… 川嶋 伸次(かわしま しんじ、1966年6月4日 - )は、日本の元陸上競技・マラソン選手。現在は主に指導者として活動中。旭化成陸上部コーチ。2000年シドニー五輪男子マラソン日本代表で、元東洋大学陸上競技部監督(2002年1月 - 2008年12月)。埼玉県出身。埼玉県立飯能高等学校、日本体育大学卒業。柔道二段を持つ。 1982年4月、埼玉県立飯能高等学校に入学。飯能高校の1学年上に、高1で横浜インターハイ5000m 5位、高2で鹿児島インターハイ5000m 優勝、高3で名古屋インターハイ5000m 2位とインターハイ5000mで3年連続入賞した牧野典彰(飯能高校⇒明治大学⇒旭化成)が存在した。
倉林 俊彰(くらばやし としあき、1966年4月29日 - … 倉林 俊彰(くらばやし としあき、1966年4月29日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。埼玉県鳩ヶ谷市出身。順天堂大学体育学部卒業。 浦和実業学園高等学校、順天堂大学出身。 箱根駅伝には4年連続で出場。4回の出場全てで総合優勝を果たした。また、4年時の第65回大会では4区を走り、区間賞を獲得している。 大学卒業後はNECに就職したが、自己流の練習がしたいと思うようになり、1992年にYKKに移籍した。 1994年の第48回福岡国際マラソンで日本選手トップの5位に入り、世界陸上イエテボリのマラソン日本代表に選ばれたが、本戦では41位だった。 2001年に現役を引退した。 2001年に松下通信女子陸上競技部(現:パナソニック)のコーチに就任すると、2007年には監督に昇格した。
葭原 滋男(よしはら しげお、1962年11月23日 - )… 葭原 滋男(よしはら しげお、1962年11月23日 - )は、パラリンピックの陸上競技及び自転車競技のメダリスト。埼玉県鶴ヶ島市出身(出生:東京都杉並区)。 埼玉県鶴ヶ島町立(現:市立)第2小学校、鶴ヶ島町(現:市)立中学校、埼玉県立小川高等学校、学校法人神田外語学院卒業。 10歳の頃に網膜色素変性症が発覚、22歳の時に、障害者認定、40歳過ぎから白杖を使用し始め、現在は光覚弁(光が見える程度)の残存視力あり。 株式会社泰運紹介で1年間の勤務後、国立身体障碍者リハビリテーションセンターで、あん摩・マッサージ・指圧師、鍼師、灸師の免許を取得。 その後、東京都職員として28年間勤務、参天製薬株式会社を経て、現在は株式会社mitsukiに勤務。
秋元 恵美(あきもと えみ、1956年7月19日 - )は、… 秋元 恵美(あきもと えみ、1956年7月19日 - )は、日本の元陸上競技選手。専門分野はハードル競走。アジア陸上競技選手権大会において1979年から1983年までの間に100メートル (m)ハードルでいずれも大会新記録による3連覇を達成した。1982年アジア競技大会では、ハードルと400mリレーで2個の金メダルを獲得している。日本陸上競技選手権大会では6度優勝した。 このほか、1983年世界陸上競技選手権大会では日本代表、IAAF陸上ワールドカップ(1979年・1981年)ではアジア代表として、それぞれ出場歴がある。 現役時代の後半には、結婚に伴い佐々木 恵美(ささき えみ)の名前で競技会に出場した。