金森 博雄(かなもり ひろお、1936年10月17日 - )… 金森 博雄(かなもり ひろお、1936年10月17日 - )は、日本の地震学者・地球科学者。カリフォルニア工科大学名誉教授、東京大学理学博士。父は第1次吉田内閣の憲法担当国務大臣、国立国会図書館初代館長の金森徳次郎、兄は経済評論家の金森久雄。 地震発生の物理や、地震を引き起こすテクトニクスを専門としている。 1960年代以前に環太平洋地域で発生した複数の巨大地震の地震波を解析し、それらがプレートの沈み込みに起因することを実証した。また地震の各種パラメータが地震の大きさに応じてどう変化するかをまとめると共に、地震の大きさを表す手法を改良し1977年にモーメント・マグニチュードを考案した。津波の規模の研究を行い、地震の規模と対比して津波の規模が特異的に大きな地震を1972年に津波地震と定義した。
飯吉 厚夫(いいよし あつお、1936年9月17日 - )は… 飯吉 厚夫(いいよし あつお、1936年9月17日 - )は、日本の工学者。京都大学名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。核融合科学研究所名誉教授。未来エネルギー研究協会名誉会長。工学博士(慶應義塾大学)。専門分野はプラズマ理工学、核融合科学。 学校法人中部大学第4代理事長、中部大学第2代総長・第3代学長。中部ESD拠点(RCE中部)代表。核融合科学研究所初代所長。 プラズマ・核融合学会会長、IEA・ステラレータ執行委員会委員長、文部科学省科学技術・学術審議会委員、国立大学法人評価委員会委員、財団法人かすがい市民文化財団理事長等を歴任。主な著書に『ビッグプロジェクト-その成功と失敗の研究-』(2008年 新潮新書)など。
村上 陽一郎(むらかみ よういちろう、1936年9月9日 -… 村上 陽一郎(むらかみ よういちろう、1936年9月9日 - )は、日本の科学史家・科学哲学者、東京大学・国際基督教大学名誉教授。
奥富 敬之(おくとみ たかゆき、1936年9月2日 - 20… 奥富 敬之(おくとみ たかゆき、1936年9月2日 - 2008年7月7日)は、日本の歴史学者、日本医科大学名誉教授。日本中世史・日本医学史専攻。 東京生まれ。1961年早稲田大学教育学部卒業、1971年同大学大学院文学研究科博士課程修了(国史)。同年、日本医科大学歴史学教室専任講師、日本医科大学助教授、1986年教授、2002年定年退職、名誉教授。 この他、1986年~2002年早稲田大学教育学部兼任講師や2008年早稲田大学エクステンションセンター講師なども務めた。苗字に関する著書もあり、苗字や名前の歴史学についての専門家でもある。 日本中世の武士を専門に研究、清和源氏、北条氏、鎌倉幕府、源平争乱、姓氏などについての一般向け書物を多数執筆し、大河ドラマ『北条時宗』(2001年)、『義経』(2005年)などで時代考証、監修を行った。
大熊 幹章(おおくま もとあき、1936年8月16日 - )… 大熊 幹章(おおくま もとあき、1936年8月16日 - )は、日本の林学者、農学博士。東京大学名誉教授。専門は林産学、生物資源科学。日本学術会議会員(第16期)。 東京出身。1960年東京大学農学部林産学科卒業。東京大学大学院を修了後、1987年東京大学農学部教授(- 1997年)。東京大学名誉教授として定年退官後、1997年九州大学農学部教授(- 2000年)となる。その後、宮崎県林務部顧問として、宮崎県木材利用技術センターの設立に携わり、2001年同センター所長に就任する。また、2005年から独立行政法人森林総合研究所理事長を務めた(- 2007年) 1966年 東京大学 農学博士。論文の題は「合板の機械的性質に関する研究」。
廣部 千恵子(ひろべ ちえこ、1936年8月16日 - )は… 廣部 千恵子(ひろべ ちえこ、1936年8月16日 - )は、日本の薬学者(薬系化学・創薬科学・宗教学)。学位は博士(医学)(東邦大学・2001年)。旧姓は水島(みずしま)。姓の「廣」は「広」の旧字体のため、新字体で広部 千恵子(ひろべ ちえこ)とも表記される。 ノートルダム大学助手を経て、中島国際特許事務所化学部に勤務し、清泉女子大学人間科学課程教授、清泉女子大学文学部教授、清泉女子大学人文科学研究所教授などを歴任した。 薬系化学、創薬科学を専攻する薬学者である。聖書と植物学に関する研究や漢方の研究などで知られている。ノートルダム大学を経て中島国際特許事務所に勤務し、のちに清泉女子大学で教鞭を執った。
小久保 晴行(こくぼ はるゆき、1936年(昭和11年)7月… 小久保 晴行(こくぼ はるゆき、1936年(昭和11年)7月20日 - 2025年10月7日[要出典])は、日本の著作家、洋画家、歌人、評論家、経営学博士。 公益財団法人 えどがわボランティアセンター理事長、一般財団法人 国際江戸川文化福祉財団理事長、社会福祉法人 つばき土の会理事長。株式会社トーヨー会長、株式会社エフ・イー・アイ会長。江戸川区文化会会長、江戸川区美術会会長、江戸川区芸能文化協会会長、江戸川区福祉ボランティア団体協議会会長、江戸川区友好団体連絡会会長、江戸川明るい社会づくりの会会長、江戸川第九を歌う会会長、江戸川区ドッジボール協会会長、八代目橘家円蔵一門を励ます会会長。江戸川区短歌連盟顧問、江戸川区都市計画審議会委員、江戸川区民生委員推薦会委員。
西大立目 永(にしおおたちめ ひさし、1936年7月10日 … 西大立目 永(にしおおたちめ ひさし、1936年7月10日 - 2002年12月16日)は、東京都武蔵野市出身のアマチュア野球選手、審判員、早稲田大学名誉教授。
市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 20… 市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 2019年1月6日)は、フランス文学者、日欧交渉史研究者、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院博士課程修了。1966-1970年フランスのモンペリエ大学に留学。早稲田大学文学部教授。2002年に定年後は、学習院女子大学非常勤講師。慶應義塾大学特別招聘教授、マドリッド・アウトノマ大学客員教授を歴任。2016年春、瑞宝中綬章受勲。2019年1月6日、肺炎のため死去。82歳没。叙従五位。 百科全書・18世紀啓蒙思想を中心とするフランス思想・文学および比較文化専攻。
清水 義明(しみず よしあき、1936年2月27日 - 20… 清水 義明(しみず よしあき、1936年2月27日 - 2021年2月20日 )は、日本の美術史学者。プリンストン大学名誉教授。専門は美術史・考古学で、日本美術史の第一人者。 1936年、東京都生まれ。 成蹊高校よりアメリカ合衆国ニューハンプシャー州・セントポールズ校へ留学し、同校卒業。 1963年、ハーバード大学卒業。1968年、カンザス大学大学院より修士号取得(中国絵画研究専攻)。1971年、プリンストン大学大学院より修士号取得(日本美術・考古学専攻)。1974年、 プリンストン大学大学院より博士号取得(日本美術・考古学専攻)。 1974年から1975年までプリンストン大学・美術史考古学科講師、1975年から1979年にカリフォルニア大学バークレー校・美術史科助教授を経て準教授、1979年から1984年までスミソニアン研究所・フリーア美術館の日本美術担当キュレーター、1984年から1992年までプリンストン大学・美術史考古学科教授を務め、1992年2月より、プリンストン大学・美術史考古学科マーカンド名誉教授となった。
吉田 康彦 (よしだ やすひこ、1936年2月4日 - )は… 吉田 康彦 (よしだ やすひこ、1936年2月4日 - )は、日本の国際問題評論家、元埼玉大学教授。大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員教授。
福島 章(ふくしま あきら、1936年1月29日 - 202… 福島 章(ふくしま あきら、1936年1月29日 - 2022年8月1日)は、日本の医学者・精神科医。専門は、犯罪精神医学・病跡学。上智大学名誉教授。 1936年、東京生まれ。東京都立大学附属高等学校を卒業。東京大学医学部を卒業し、同大学大学院医学系研究科精神医学専攻に進んだ。1968年、博士課程を修了し、学位論文『窃盗累犯の精神医学的研究 意志欠如精神病質者の犯罪学および性格学への一寄与』で医学博士の学位を取得。 卒業後は府中刑務所医師として勤務した。後に東京医科歯科大学助教授、上智大学文学部教授となった。2001年に上智大学を定年退任し、名誉教授となった。学界では、日本病跡学会名誉会長をつとめた。
甘利 俊一(あまり しゅんいち、1936年1月3日 - )は… 甘利 俊一(あまり しゅんいち、1936年1月3日 - )は、日本の工学者(数理工学)、神経科学者。勲等は文化勲章。学位は工学博士(東京大学、1963年)。東京大学名誉教授、国立研究開発法人理化学研究所栄誉研究員、帝京大学先端総合研究機構 特任教授、文化功労者。 数理神経科学を専攻し、学習理論、自己組織化理論、連想記憶、統計神経力学、神経場理論などを研究し、数理脳科学の基礎を確立した。また,微分幾何学の観点から情報学、情報理論の研究に取り組み、情報幾何学の創始者として知られている。九州大学、東京大学、理化学研究所に勤務した。 東京府東京市目黒区碑文谷生まれ。父は海軍の研究員であった。幼少期には、山梨や栃木への疎開を経験した。
長尾 高明(ながお たかあき、1936年 - 2008年2月… 長尾 高明(ながお たかあき、1936年 - 2008年2月26日)は、日本の国文学者・国語教育学者。 東京出身。東京教育大学文学部卒業。宇都宮大学教育学部助教授、教授、2002年定年退官、名誉教授、文教大学教授。
佐藤 孝吉(さとう たかよし、1935年12月7日 - )は… 佐藤 孝吉(さとう たかよし、1935年12月7日 - )は、日本テレビ顧問、エグゼクティブディレクター、大正大学招聘教授、サイバー大学客員教授。東京府出身。 立教高等学校(現・立教新座高等学校)から一橋大学社会学部を経て、1959年に日本テレビに入社。当初はドラマ班に配属され「ダイヤル110番」などを演出。1965年の「ビートルズ日本公演」も担当。 その後バラエティ班に異動、娯楽ドキュメンタリーの分野で才能を開花させる。最大のヒット作は『アメリカ横断ウルトラクイズ』。彼によるとこの番組は単なるクイズ番組の枠を超えて人間ドキュメンタリー番組までに発展していったと言う。また、徳光和夫を目標、そして鑑として見習って来た福留功男を鍛え直した逸話がある。
松前 仰(まつまえ あおぐ、1935年8月11日 - 200… 松前 仰(まつまえ あおぐ、1935年8月11日 - 2006年6月5日)は、政治家・工学者。工学博士。位階は従四位。 専門は海洋工学。元日本社会党衆議院議員(4期)。東海大学創立者・松前重義の三男。日本対外文化協会常務理事を務めた。 東京都武蔵野市出身。早稲田大学理工学部電子通信学科卒業。1957年、NHKに入局。放送技術研究に従事、実験用放送衛星やビデオテープ自動編集方式などの開発に取り組み、のち主任研究員。その後、宇宙開発事業団主任研究員としてアメリカにて人工衛星開発にも従事。1976年に早稲田大学にて論題「VTR自動編集方式の研究」で工学博士受く。1982年に退局して東海大学教授に就任。
清水 礼子(しみず れいこ、禮子、1935年7月19日 - … 清水 礼子(しみず れいこ、禮子、1935年7月19日 - 2006年3月4日)は、日本の哲学者、哲学史研究者、青山学院大学文学部名誉教授。社会学者・評論活動で著名だった清水幾太郎の長女。子に、明治大学教授の清水真木。 1960年に東京大学文学部を卒業。1966年同大学院博士課程を単位取得満期退学。1977年「スピノザ研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。女子栄養大学を経て、1970年に青山学院大学専任講師、助教授、教授を経て同大名誉教授。日本哲学会などの学会に所属した。墓所は八王子市高尾霊園。
洗 建(あらい けん、1935年6月23日 -)は、京城出身… 洗 建(あらい けん、1935年6月23日 -)は、京城出身の日本の宗教学者。駒澤大学名誉教授。専門は宗教と法制度。元文化庁宗務課専門員。 宗教学の立場からの法制度研究を開始し、同分野の第一人者として、国会や各裁判所より参考人として意見を求められている。 1935年、京城生まれ。1954年に東京都立日比谷高等学校卒業後、早稲田大学教育学部国語国文学科に入学。1959年に同卒業後、同大学院文学研究科国文学専攻修士課程に進む。1962年に修了後、東京大学文学部宗教学宗教史学科に学士編入。1964年に同大学院修士課程に進み、脇本平也、柳川啓一に師事、1970年に博士課程を満期退学。 1970年に東京大学助手となり、1974年から文化庁宗務課専門職員に転じ。
柳澤 信夫(やなぎさわ のぶお、1935年6月22日 - )… 柳澤 信夫(やなぎさわ のぶお、1935年6月22日 - )は日本の医学者、医師、医学博士。信州大学名誉教授。東京工科大学名誉教授。専門は神経学。日本学術会議会員(第17期)。 東京府出身。1960年に東京大学医学部卒業後、同大学大学院を修了する。1965年に東京大学医学部附属病院神経内科の助手となる。同年3月、東京大学医学博士。論文の題は 「Thalamic influences on the gamma motor system(視床外腹側核刺激のガンマ運動系に及ぼす影響)」。1969年にハーバード大学霊長類研究所生理学部門へ留学する。その後、1980年に信州大学教授となり、1993年に信州大学医学部附属病院院長に就任する。
柏原 啓一(かしわばら けいいち、1935年5月1日 - )… 柏原 啓一(かしわばら けいいち、1935年5月1日 - )は、日本の哲学研究者、東北大学名誉教授。俳人として柏原眠雨。 東京生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院哲学科博士課程中退。1972年、東北大学助教授、教授。1998年、定年退官、名誉教授。放送大学教授、客員教授。2007年、退職。眠雨の号をもつ俳人で、仙台を拠点に俳誌『きたごち』を主催する。2000年、宮城県芸術選奨受賞。2014年、瑞宝中綬章受章。2015年、句集『夕雲雀』で第55回俳人協会賞受賞。
太田 勝洪(おおた かつひろ、1935年4月28日 - 20… 太田 勝洪(おおた かつひろ、1935年4月28日 - 2004年3月27日)は、日本の歴史学者、国際政治学者。元法政大学教授。専門は中国史、国際政治学。 1935年に東京都で生まれる。東京都立大学附属高等学校を卒業後、東京大学文学部東洋史学科へ入学した。その後、同大学院国際関係論専門課程博士課程を修了する。1965年に国立国会図書館の調査及び立法考査局外務課へ勤め、現代中国に関する研究を行う。1973年に法政大学法学部政治学科助教授となり、1978年に教授に昇格する。1993~98年に中国研究所理事長として活動した。また、大連外語学院訪問教授、東京女子大学非常勤講師などを務めたほか、逝去時まで日本現代中国学会理事であった。
野村 純一 (のむら じゅんいち、1935年3月10日 - … 野村 純一 (のむら じゅんいち、1935年3月10日 - 2007年6月20日)は、日本の民俗学者・文化人類学者・国文学者。学位は、文学博士(論文博士・1985年)(学位論文「昔話伝承の研究」)。國學院大學名誉教授。2000年紫綬褒章受章。正五位瑞宝中綬章。 東京都出身。岩倉高等学校教諭、國學院大學兼任講師を経て、1966年専任講師。助教授を経て、1981年國學院大學文学部日本文学科教授。國學院大學図書館長も兼任し、國學院大學名誉教授。日本民俗学会理事、日本口承文芸学会会長、日本昔話学会理事など。2000年紫綬褒章受章。 いち早く、口裂け女を、民俗学・口承文芸の見地から研究し、日本における怪談研究、都市伝説研究の先駆けとなった。
城戸 毅(きど たけし、1935年(昭和10年)2月4日 -… 城戸 毅(きど たけし、1935年(昭和10年)2月4日 - )は、西洋史学者、東京大学名誉教授。 東京出身。1958年(昭和33年)、東京大学文学部西洋史学科を卒業。東京大学大学院人文科学研究科西洋史学に進学後イギリスに留学。1966年(昭和41年)にロンドン大学にて歴史学博士号を取得し、東京大学博士課程を単位取得満期退学。
藤岡 貞彦(ふじおか さだひこ、1935年2月1日 - )は… 藤岡 貞彦(ふじおか さだひこ、1935年2月1日 - )は、日本の教育学者。東京都出身。専門は社会教育学、公害教育論、環境教育論。一橋大学名誉教授。 1953年茨城県立水戸第一高等学校卒業。1954年東京大学教養学部文科2類入学、1959年東京大学教育学部卒業、1964年東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。 1965年東京大学教育学部助手、1970年一橋大学社会学部助教授、1978年一橋大学社会学部教授、1989年から1991年まで一橋大学社会学部長。1998年一橋大学を停年退官し一橋大学名誉教授の称号を受ける。同年帝京平成大学情報学部教授。2004年から2010年まで学校法人湘南学園の第8代学園長を務めた。
坂間 勇(さかま いさむ、1935年1月1日 - 2008年… 坂間 勇(さかま いさむ、1935年1月1日 - 2008年8月8日)は、日本の物理学者。元茨城大学助教授、駿台予備学校、駿優予備学校 物理科講師。 東京都渋谷に父:坂間小三郎、母:(中村)清子の二男として生まれる。父方の祖父:坂間小四郎は千葉県いすみ市万木の出身。父方の祖母:(柳原)べんは麻布出身の一人娘。父:小三郎は小四郎の長男で金融業。母清子は新潟県柏崎市の出身で、母方の先祖中村家は代々庄屋を営んでいた。母の実兄:中村忠雄は、一校、東京帝国大学卒業、農工大教授であった。甥の金子宗生が桜丘町に住んでいる。東京都立戸山高等学校を経て、1957年東京工業大学理学部物理学科卒、1959年同大学院修士課程修了(専攻分野は、素粒子・原子核)。
隅野 隆徳(すみの たかのり、1935年 - )は、日本の法… 隅野 隆徳(すみの たかのり、1935年 - )は、日本の法学者(憲法学)。専修大学名誉教授。 東京府に生まれる。戦時中に集団疎開を経験した後に、1958年に東京大学法学部第二類卒業。1963年に同大学院博士課程を中退した。同年に専修大学法学部講師に就任、1968年に助教授、1975年に教授となり、法学部長などを歴任した。専修大学に42年間勤務し、主に憲法学の研究・教育に従事した。2005年に同大学名誉教授。 九条の会など護憲を主張する論客としての市民活動もあり、共産党推薦で参議院憲法調査会公述人として出席している。国民投票法や教育基本法改正、有事法制などに批判的である。憲法改悪阻止各界連絡会議代表幹事などを務め、共同声明での政治的意思表明をすることも多い。
田川 建三(たがわ けんぞう、1935年 - )は、日本の新… 田川 建三(たがわ けんぞう、1935年 - )は、日本の新約聖書学者、著述家。大阪女子大学名誉教授。宗教批判を通じて現代批判を試みた著作でも知られる。「神を信じないクリスチャン」を名乗る。
稲本 洋之助(いなもと ようのすけ、1935年 - 2018… 稲本 洋之助(いなもと ようのすけ、1935年 - 2018年6月1日)は、日本の法学者。専門は民法。野田良之門下。東京大学名誉教授。弁護士。東京生まれ。 学部生時代のゼミの指導教官は稲本が所属していたセツルメント法相部の指導教授でもあった来栖三郎。来栖は社会科学研究所への進路を稲本に勧めはしなかったが、セツルメントにおいて漁業権と関連した難題が生じた際、渡辺洋三・潮見俊隆といった当時の社会科学研究所所属の高名な学者を紹介することで、社会科学研究所助手採用の道筋をつける役割を果たした。 法社会学者の立場から平成4年の借地借家法改正に伴う定期借地権制度の創設・理論のベースを構築し、定期借地権推進協議会の名誉会長を務めた。
内沼 幸雄(うちぬま ゆきお、1935年(昭和10年) - … 内沼 幸雄(うちぬま ゆきお、1935年(昭和10年) - )は、日本の医学者、精神科医。専門は精神病理学。帝京大学名誉教授。医学博士。
斎藤 和明(さいとう かずあき、1935年 - 2008年6… 斎藤 和明(さいとう かずあき、1935年 - 2008年6月21日)は、日本の英文学者、国際基督教大学名誉教授。 東京生まれ。国際基督教大学大学院教育学研究科修士課程修了。同大学助教授、準教授を経て、1980年、教授(英米文学・日本文化)。1996年、副学長。2000年、明星学苑理事長。
眞崎 知生(まさき ともお、1934年10月26日 - )は… 眞崎 知生(まさき ともお、1934年10月26日 - )は、日本の薬理学者。医学博士。筑波大学名誉教授。京都大学名誉教授。文化功労者。東京都出身。
副田 義也(そえだ よしや、1934年10月17日 - 20… 副田 義也(そえだ よしや、1934年10月17日 - 2021年10月8日)は、日本の社会学者・漫画評論家。筑波大学名誉教授。 東京生まれ。父は牧師・副田正義(1906年-2004年、青山学院神学部卒業)。 1953年、東京都立新宿高等学校卒業。1957年、東京大学文学部社会学科卒業。1959年、同大学院社会科学研究科修士課程修了。1995年、「生活保護制度の社会史」で東京大学より博士(社会学)の学位を取得。1959-1966 日本社会事業大学 嘱託・助手・講師・助教授。1966-1977 東京女子大学助教授・教授。1977-1998 筑波大学 教授 1995年、副学長。1998-2010 金城学院大学教授。
高野 哲夫(たかの てつお、1934年10月1日 - 198… 高野 哲夫(たかの てつお、1934年10月1日 - 1985年3月23日)は、日本の薬学者、薬害問題の運動家。 山形県生まれ。大連、東京で育つ。東京都立小石川高等学校卒、1959年京都大学医学部薬学科卒、64年同大学院薬学研究科博士課程満期退学。1981年「戦後薬害問題の研究」で北海道大学薬学博士。関西医科大学助手、立命館大学、京都府立医科大学講師を務めた。スモン、サリドマイドなど薬害問題にとりくむが、子供の頃のカリエスが33歳で再発し、病と戦いつつ50歳で死去した。反戦平和運動にも挺身。妻は高野恵美子(1938年京都府生まれ、旧姓森本。1962年神戸薬科大学卒業。会社勤務を経て1964年国立京都病院検査技師。
鈴木 健次(すずき けんじ、1934年9月5日 - )は、日… 鈴木 健次(すずき けんじ、1934年9月5日 - )は、日本のジャーナリスト・アメリカ学者。大正大学名誉教授。 東京生まれ。父は音楽家の鈴木次男。湘南学園中学校、神奈川県立湘南高等学校、東京大学教養学部卒業。日本放送協会入局、教養番組部副部長、NHKスペシャル番組部主管、家庭番組部担当部長。1990年依願退職、大正大学文学部教授。2005年退任、名誉教授。 ノーベル化学賞受賞者の根岸英一は湘南高校の同級で、義弟にあたる。 森ビル代表取締役社長・会長などを歴任した実業家の森稔は中学・高校・大学の同級生。
戸田 禎佑(とだ ていすけ、1934年9月 - 2024年5… 戸田 禎佑(とだ ていすけ、1934年9月 - 2024年5月19日)は、日本の東洋美術史家、東京大学名誉教授。 千葉県出身。1953年東京都立両国高等学校卒、1957年東京大学文学部美術史卒、日本テレビ入社、同年退社。1959年大学院入学、1962年修士課程修了、博士課程中退、東京国立文化財研究所所員。 1971年東京大学東洋文化研究所専任講師、1972年助教授、1980-82年文献センター助教授併任、京都大学人文科学研究所助教授併任、早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学、明治大学、名古屋大学、東北大学、神戸大学、岡山大学、九州大学、東京芸術大学、お茶の水女子大学、千葉大学非常勤講師併任。1982年東京国立文化財研究所教授、1988年文献センター教授併任、1992年文学部美術史学科教授、1995年定年退官。
竹内 敬人(たけうち よしと、1934年〈昭和9年〉8月28… 竹内 敬人(たけうち よしと、1934年〈昭和9年〉8月28日 -2024年〈令和6年〉3月31日 )は、日本の化学者。東京大学名誉教授、神奈川大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立小山台高等学校卒、1960年東京大学教養学部教養学科卒業。1962年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了。1967年理学博士。1962年東大教養学部助教授、1984年教授、1995年定年退官、名誉教授、神奈川大学教授、2005年退任、名誉教授。
田隅 本生(たすみ もとお、1934年7月7日 - 2012… 田隅 本生(たすみ もとお、1934年7月7日 - 2012年5月21日)は、日本の動物学者。 当初ネズミの歯の発生学を研究対象としていたが、脊椎動物の進化を中心とする動物学の専門書の翻訳出版等で活躍した。 1934年(昭和9年)7月7日、兵庫県に生まれる。1947年(昭和22年)4月、西宮市立甲東小学校卒業、西宮市立甲東中学校入学。1950年(昭和25年)4月、灘高等学校入学。父親の転勤にともない、1951年(昭和26年)9月、都立戸山高等学校編入学。その後、2つの大学を中退して京都大学理学部に入学。1959年(昭和34年)、同大学理学部動物学科卒業(在学中、専攻を地質学から動物学に変える)。
福井 文雅(ふくい ふみまさ/ぶんが、1934年6月6日- … 福井 文雅(ふくい ふみまさ/ぶんが、1934年6月6日- 2017年5月4日)は、日本の仏教学者および中国学者、僧侶(天台宗勧学で権大僧正)。栃木県日光市、日光山輪王寺内にある唯心院住職、早稲田大学名誉教授。 父の福井康順と、弟の福井重雅も、共に東洋学者であり、天台宗僧侶。
井口 樹生(いぐち たつお、1934年5月8日 - 2000… 井口 樹生(いぐち たつお、1934年5月8日 - 2000年1月18日)は、国文学・民俗学者。
佐藤 欣子(さとう きんこ、1934年4月26日 - 200… 佐藤 欣子(さとう きんこ、1934年4月26日 - 2008年12月24日)は、日本の弁護士、法学者、評論家、秀明大学元教授。東京生まれ。旧姓斎藤。夫は政治学者の佐藤誠三郎、息子は評論家の佐藤健志。 父駒之助は郵政省に勤め、杉並郵便局長、鶴見郵便局長などを務めた。1948年母ツネ子が死去。欣子は、 東京地方検察庁、横浜地方検察庁を経て東京高等検察庁勤務。ハーバード大学研究員、国連アジア犯罪防止研修所次長、内閣総理大臣官房参事官、1981年退官し弁護士となる。
木山 英雄(きやま ひでお、1934年4月20日 - )は、… 木山 英雄(きやま ひでお、1934年4月20日 - )は、日本の中国文学者、一橋大学名誉教授。東京市荒川区日暮里生まれ。東京都立上野高等学校卒。1957年、東京大学文学部中国文学科卒。1960年、同大学院修士課程修了、同助手。1966年埼玉大学教養部講師、1967年助教授。1969年一橋大学商学部助教授、1977年教授、1981年一橋大学社会学部教授。1991年から1993年まで社会学部長。1998年定年退官、名誉教授、神奈川大学外国語学部教授、2005年同退職。近現代中国文学、特に周作人が専門。指導学生に加藤栄など。
風祭 元(かざまつり はじめ、1934年3月31日 - 20… 風祭 元(かざまつり はじめ、1934年3月31日 - 2017年8月24日)は、日本の医学者、精神科医。帝京大学名誉教授。
原 康夫(はら やすお、1934年3月30日 - 2024年… 原 康夫(はら やすお、1934年3月30日 - 2024年2月13日)は日本の理論物理学者、理学博士。筑波大学名誉教授。専門は素粒子理論、科学教育。 1934年に神奈川県鎌倉市で生まれる。東京都立大学附属高等学校を経て、1957年に東京大学理学部物理学科卒業、1962年に東京大学大学院数物系研究科博士課程を修了する。同年に東京教育大学理学部助手、1966年から助教授を経て、1975年に筑波大学物理学系教授となる。1992年に筑波大学副学長に就任する。1997年に定年退職し名誉教授となった後に、2004年まで帝京平成大学情報学部教授を務めた。 この間、カリフォルニア工科大学、シカゴ大学、プリンストン高等研究所、トリエステ国際理論物理学センターなどの研究員、2004年から工学院大学CPDセンター客員教授を歴任した。
杉山 明子(すぎやま めいこ、1934年2月23日 - 20… 杉山 明子(すぎやま めいこ、1934年2月23日 - 2023年6月8日)は、日本の社会学者(社会調査)・統計学者である。神奈川県出身。 父は工学者の堀義路。祖父は実業家・聖職者の堀卯三郎。実業家の堀義人は甥。政治学者の秋野豊は従弟。政治学者の潮田江次は従叔父。 北海道生まれ。1957年に津田塾大学学芸学部数学科を卒業後、同年NHKに入局。同・放送世論調査所(現・放送文化研究所)主任研究員を経て、1988年より東京女子大学現代文化学部教授。日本行動計量学会理事長(2000 - 2006年)、社会調査士資格認定機構(現、社会調査協会)副機構長(2003 - 2007年)等を歴任。実業家でグロービス経営大学院大学学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナーの堀義人は甥。
柴岡 弘郎(しばおか ひろお、1934年1月26日 - 20… 柴岡 弘郎(しばおか ひろお、1934年1月26日 - 2018年3月31日)は、日本の生物学者。理学博士。大阪大学名誉教授。東京都出身。 大阪大学名誉教授(理学部)。元JSPP(日本植物生理学会)サイエンスアドバイザー。兄は青山学院大名誉教授の数学者、柴岡泰光。 都立十三中学校(現在の東京都立豊多摩高校)に在学中、所属していた生物部の指導教官に、「ヒマワリって本当に廻るのでしょうか。」と訪ねたところ、「僕は廻ると思っているんだが、どうだキミ一つ見てみんか。」と諭され実験を行う。このことがきっかけで、生物学を志すようになった。 植物細胞が細長く成長する分子機構の解明に取り組み、植物ホルモンであるジベレリンがセルロース繊維の方向を制御することで、重要に関与していることを明らかにした。
杉浦 博(すぎうら ひろし、1934年1月19日 - 202… 杉浦 博(すぎうら ひろし、1934年1月19日 - 2024年12月21日)は、ドイツ文学者、東京大学名誉教授。リルケなどの詩が専門。 東京出身。東京都立西高等学校を経て、1957年東京大学独文科卒、1959年同大学院修士課程修了。一橋大学助教授を経て、1967年東京大学教養学部助教授、1985年教授、1994年定年退官、名誉教授。
桜井 靖久(さくらい やすひさ、1934年1月13日 - 2… 桜井 靖久(さくらい やすひさ、1934年1月13日 - 2011年1月12日)は日本の医師、医学者。東京女子医科大学名誉教授。専門は医用生体工学、生体材料学。 1934年に東京府で生まれる。1958年に東京大学医学部を卒業する。1959年から東京大学第二外科勤務、アラビア石油カフジ鉱山業所医師を経て、1965年に東京大学医用電子研究施設助手となる。1971年-1973年に同助教授の後に、1974年より東京女子医科大学教授に就任する。1976年から同大学医用工学研究施設長を務める。1999年に東京女子医科大学名誉教授・顧問となり、2001年-2004年には早稲田大学客員教授を歴任した。 専門分野として医用材料、薬物送達システム、未来医学などを研究し、東京女子医科大学教授岡野光夫等と共に特許も多数取得している。
山口 岳志(やまぐち たかし、1934年1月13日 - 19… 山口 岳志(やまぐち たかし、1934年1月13日 - 1993年4月5日)は、日本の地理学者、東京大学教養学部教授。都市地理学と北アメリカ地域研究を専攻し、地理学における計量革命の初期段階にあったアメリカ合衆国やカナダなどにおける研究動向を日本の学界に紹介するとともに、日本における応用研究にも取り組み、主成分分析を用いた都市機能分類などで先駆的業績を挙げた。 福岡県生まれ。1952年、東京都立立川高等学校卒業。1958年、東京大学理学部地学科地理学課程卒業。同年、第1回カナダ政府留学生としてトロント大学大学院に留学、修士(MA)取得後、1960年からペンシルベニア州立大学大学院博士課程に学ぶ。
土肥 博至(どひ ひろし、1934年 - )は、日本の建築家… 土肥 博至(どひ ひろし、1934年 - )は、日本の建築家、都市計画家、アーバンデザイナー、芸術工学者。工学博士。元神戸芸術工科大学学長。専門は環境デザイン、建築デザイン。筑波大学名誉教授。東京都出身。 1934年に東京都で生まれる。東京大学工学部建築学科を経て、同大学院数物系研究科へ進学する。その後、日本住宅公団に就職し、若林時郎,小林篤夫,東京大学高山研の土田旭,大村虔一らと高蔵寺ニュータウン計画、若林、南條道昌らと、筑波研究学園都市の計画、設計、建設を担当した。1971年に東京教育大学助教授となり、筑波大学のキャンパスデザインを行った。1976年に筑波大学芸術学部(後に芸術系)の教授となり都市計画・建築計画、園芸学・造園学、農業土木学・農村計画学などの研究を行う。
野崎 守英(のざき もりひで、1934年(昭和9年) - )… 野崎 守英(のざき もりひで、1934年(昭和9年) - )は、日本の哲学者、中央大学文学部哲学科名誉教授、専攻は日本思想史、倫理学。 東京生まれ。東京大学文学部倫理学科卒業。吉本隆明にも関心を持ち論考がある。