高木 利弥(たかぎ としや、1992年11月25日 - )は… 高木 利弥(たかぎ としや、1992年11月25日 - )は、東京都世田谷区出身の元プロサッカー選手。サッカー指導者・YouTuber。現役時代のポジションはディフェンダー(左サイドバック)。 父は、元サッカー日本代表の高木琢也。兄弟は妹が1人いる。 広島県で生まれ、1998年に父・琢也の移籍によって東京都へ転居。2005年、FC東京U-15深川に加入。同期に武藤嘉紀、上形洋介、松藤正伸ら(武藤は世田谷区立桜丘中学校の同級生でもある)。2007年にはU-15高円宮杯で全国3位に入賞するも、高木自身は小柄で線が細かったこともあって主力としての働きが出来ず、U-18への昇格を果たせなかった。2008年に進学した帝京高校では1年時から主力に据えられ、技巧派のレフティーとして中盤でプレー。
桑島 良汰(くわじま りょうた、1992年9月5日 - )は… 桑島 良汰(くわじま りょうた、1992年9月5日 - )は、和歌山県出身のサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)・ミッドフィルダー(MF)。 帝京高校、大阪学院大学を経て、2015年よりFC大阪へ加入。 2016年、FC今治へ完全移籍で加入した。2020年、FC今治を退団。 2021年より奈良クラブに移籍。 2024年8月、ヴィアティン三重に期限付き移籍。 2024年12月3日、奈良、三重共に契約満了を、翌2025年1月18日にアルテリーヴォ和歌山への加入が発表された。
田中 輝希(たなか てるき、1992年8月26日 - )は、… 田中 輝希(たなか てるき、1992年8月26日 - )は、東京都出身のサッカー選手。登録ポジションはフォワード。 三菱養和SCユース所属時代の2010年2月に名古屋グランパスのキャンプに練習生として参加。首脳陣から評価を得て、2011年に名古屋に入団。2013年には第5節・柏レイソル戦でスタメンに抜擢されると、セットプレーからヘディングで自身Jリーグ初ゴールを記録。次の試合でもゴールを決める活躍を見せるも、その後は徐々に出場機会は減少した。同年オフにJ2・大分トリニータに期限付き移籍。尚、名古屋時代はMF登録だったが、大分では登録ポジションはFWとなっていた。 2015年、名古屋へ復帰。同年シーズン終了後、契約満了のため退団。
南部 健造(なんぶ けんぞう、1992年8月22日 - )は… 南部 健造(なんぶ けんぞう、1992年8月22日 - )は、東京都八王子市出身のサッカー選手。ポジションはFW、DF。 小学校1年生から西八王子SCでプレー。6年生で八王子市の選抜チームに選出され全国大会に出場すると、東京ヴェルディのユースから声がかかり同クラブのジュニアユースに入団。 ユース時代はサッカーに専念するためチームと連携のあったウィザス高等学校(現・第一学院高等学校)に転入。 ジュニアユース、ユース時代は小林祐希と同期。 その後中京大学に進学し4年次にはキャプテンを務める。 大学卒業後は当時J3のカターレ富山に加入。その後はJFLのブリオベッカ浦安で2年、FC大阪で1年プレー、この間はサッカースクールの指導などで生計を立てていた。
角田 陸哉(すみだ りくや、1992年8月18日 - )は、… 角田 陸哉(すみだ りくや、1992年8月18日 - )は、東京都八王子市出身のサッカー選手。JFL・東京武蔵野シティFC所属。ポジションは、ミッドフィールダー。
後藤 京介(ごとう きょうすけ、1992年7月29日 - )… 後藤 京介(ごとう きょうすけ、1992年7月29日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)、ミッドフィールダー(MF)。 三菱養和SCユース出身。専修大学卒業後の2015年2月、トライアウトを経て、モンテネグロ1部リーグのFKモグレンへ加入。2015-16シーズンからは、FKイスクラ・ダニロヴグラードでプレーした。 2017年より、Y.S.C.C.横浜へ移籍加入。 2019年、ヴァンフォーレ甲府への完全移籍が発表された。同年7月にザスパクサツ群馬への期限付き移籍を発表。 2020年1月7日、いわてグルージャ盛岡に期限付き移籍により加入すると発表された。12月15日、盛岡への移籍期間が満了となり、同時に甲府からの退団も発表された。
仲川 輝人(なかがわ てるひと、1992年7月27日 - )… 仲川 輝人(なかがわ てるひと、1992年7月27日 - )は、神奈川県川崎市川崎区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC東京所属。ポジションはフォワード(ウインガー、センターフォワード)、ミッドフィールダー(サイドハーフ)。元日本代表。 2019年のJ1リーグの得点王(15得点)、MVP受賞者。 川崎フロンターレのアカデミー出身。トップチーム昇格は果たせず、2011年に専修大学に進学。2013年、3年次に関東大学1部リーグ得点王を獲得。ユニバーシアード代表にも選出されるなど大学No.1とも評されていたが、2014年10月19日、試合中に右膝前十字靭帯および内側側副靱帯断裂、右膝半月板損傷という大けがを負う。
渋谷 亮(しぶや りょう、1992年7月25日 - )は、東… 渋谷 亮(しぶや りょう、1992年7月25日 - )は、東京都世田谷区出身のサッカー選手。ポジションはポジションはミッドフィールダー(MF)。
廣木 雄磨(ひろき ゆうま、1992年7月23日 - )は、… 廣木 雄磨(ひろき ゆうま、1992年7月23日 - )は、東京都昭島市出身の元プロサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。 兄の影響で小学1年生時からサッカーを始める。2005年よりFC東京の下部組織に加入。守備的ポジションへと配されるようになり、高い身体能力を誇るサイドバック(SB)として定位置を確保。守備能力の高さからセンターバック(CB)でも起用され、2008年のクラブユース選手権及び2009年のJユースカップを制した。同期は佐々木陽次、武藤嘉紀、江口貴俊、松藤正伸、三浦龍輝ら。2010年にはトップチームに2種登録されている。世代別日本代表ではU-16アジア選手権に全試合フル出場するなど、不動の左SBとして 定着していた。
武藤 嘉紀(むとう よしのり、1992年7月15日 - )は… 武藤 嘉紀(むとう よしのり、1992年7月15日 - )は、東京都世田谷区出身のサッカー選手。ブンデスリーガ・1.FSVマインツ05所属。日本代表。ポジションはミッドフィールダー、フォワード。慶應義塾大学経済学部卒業。
菊野 太紀(きくの たいき、1992年7月7日 - )は、東… 菊野 太紀(きくの たいき、1992年7月7日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションはMF。
平石 直人(ひらいし なおと、1992年6月23日 - )は… 平石 直人(ひらいし なおと、1992年6月23日 - )は、神奈川県出身のサッカー選手。 酒匂SSSでサッカーをはじめ、横浜Jrユース新子安をへて帝京高校でプレー。その後東洋大学へ進学。 2015年、FC町田ゼルビア に加入。2015年シーズン終了後、町田ゼルビアを退団。 2016年、藤枝MYFCに完全移籍。チームメイトとなった佐々木雅人は東洋大学サッカー部の同期。 2018年よりブラウブリッツ秋田に完全移籍。同年11月24日、ブラウブリッツ秋田は契約期間の満了と来季の契約更新を行わないことを発表。同年12月12日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。 2018年12月、SC相模原への完全移籍が発表された。
加部 未蘭(かべ みらん、1992年6月18日 - )は、東… 加部 未蘭(かべ みらん、1992年6月18日 - )は、東京都小平市出身のフットサル選手・サッカー選手。サッカー選手としてのポジションはフォワード(FW)。 FC東京の下部組織で本格的にFWとしてプレー。山梨学院大学付属高校で2年生時の第88回全国高校選手権で優勝を経験。3年生時の第89回大会では白崎凌兵とのコンビでチームを牽引。3得点を挙げてベスト8入りし、優秀選手に選出された。 2011年、前年に特別指定選手となっていたヴァンフォーレ甲府へ入団。クリスティアン・ヴィエリが好んだ背番号32を自ら希望した。 2012年、ギラヴァンツ北九州へ期限付き移籍。2013年、契約満了に伴い甲府・北九州を退団、同年4月からの福岡大学への進学が発表された。
江口 貴俊(えぐち たかとし、1992年5月9日 - )は、… 江口 貴俊(えぐち たかとし、1992年5月9日 - )は、東京都西東京市出身の元サッカー選手。ポジションは主にミッドフィールダー(MF)。 兄の影響で小学校1年生時にサッカーを始める。 2005年よりFC東京の下部組織へ加入。ボランチや右サイドハーフに入り、正確なキックと献身的プレーでチームを支えた。同期は武藤嘉紀、佐々木陽次、加部未蘭ら。2011年、立命館大学産業社会学部へ進学しサッカー部に所属。主に右サイドハーフに配され豊富な運動量で攻守に奔走した。 2015年、JFL・ヴェルスパ大分へ加入。1試合にベンチ入りするも、出場機会は得られず同年末に退団。 2016年、トライアルを経てモンテネグロ2部・FKイェゼロへ加入。
松藤 正伸(まつふじ まさのぶ、1992年4月27日 - )… 松藤 正伸(まつふじ まさのぶ、1992年4月27日 - )は、東京都練馬区出身 の元サッカー選手。ポジションは主にディフェンダー(DF)。 同じ小学校で3学年上の加藤淳也がFC東京の下部組織に加入したことをきっかけに、2005年から自身も同クラブに加入。守備的なポジションへ配されるようになった。2009年には1期上の平出涼と共にCBで起用され、長身FWにも競り負けない強さと的確なカバーリングを武器に同年のJユースカップで優勝。2010年には武藤嘉紀、江口貴俊、佐々木陽次、廣木雄磨ら同期からの推薦を受け 主将を務めた。また、トップチームに2種登録されている。 2011年、明治大学に進学しサッカー部に所属。
近藤 貴司(こんどう たかし、1992年4月26日 - )は… 近藤 貴司(こんどう たかし、1992年4月26日 - )は、東京都出身のプロサッカー選手。Jリーグ・AC長野パルセイロ所属。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。 三菱養和SCユースを経て、早稲田大学へ進学。下級生時から出場機会を獲得し、2年次には全日本大学サッカー選手権(インカレ)優勝を経験した。 2015年より、愛媛FCへ加入。 2020年、大宮アルディージャへ完全移籍。 2021年、愛媛FCへ期限付き移籍で復帰した。2022年に完全移籍。 2023年よりAC長野パルセイロへ完全移籍。
小林 祐希(こばやし ゆうき、1992年4月24日 - )は… 小林 祐希(こばやし ゆうき、1992年4月24日 - )は、東京都東村山市出身 のプロサッカー選手。シンガポールプレミアリーグ・BGタンピネス・ローバースFC所属。ポジションはミッドフィールダー。元日本代表。 Kリーグ時代の登録名は小林(ハングル: 코바야시)。 東京ヴェルディ下部組織出身。各年代の代表に選出され、2010年には2種登録選手としてJ2で4試合に出場した。また、東京都サッカートーナメントで優勝し、ヴェルディユースとして第90回天皇杯全日本サッカー選手権大会にも出場していた 2011年からトップチームに昇格するとすぐにスタメンとして起用され、1年目からリーグ戦34試合に出場。2012年から背番号を10に変更すると共に、クラブ史上最年少となる19歳での主将就任が発表された。
川島 將(かわしま のぶゆき、1992年2月4日 - )は、… 川島 將(かわしま のぶゆき、1992年2月4日 - )は、東京都出身のサッカー選手。ポジションはDF。 学生時代はJリーグの下部組織ではなく、地域のスポーツ少年団や学校の部活動でプレー。東京国際大学を卒業した2014年に当時JFLだった栃木ウーヴァFCに加入 するも、1年で退団。 翌2015年はJリーグ・ザスパクサツ群馬に加入したが、当初はアマチュア契約 で、プロになったのは翌2016年であった。プロ昇格後の同年7月、藤枝MYFCに移籍。当初は群馬からの期限付き移籍扱い で、翌年完全移籍した。 2018年、DFの大量離脱に苦しんでいたギラヴァンツ北九州へ完全移籍で加入した。シーズン終了後、契約満了により退団。
都並 優太(つなみ ゆうた、1992年1月20日 - )は、… 都並 優太(つなみ ゆうた、1992年1月20日 - )は、東京都出身のプロサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 父はサッカー指導者、元日本代表の都並敏史。 元日本代表の都並敏史の次男。中学校入学と同時に東京ヴェルディ1969ジュニアユースへ入団。高校2年時に父と同じ左サイドバックへMFから転向した。ヴェルディユースからのトップチーム昇格はかなわず、関西大学へ進学。4年時は主将としてチームを牽引した。 2014年にAC長野パルセイロへアマチュア契約で入団。後にプロ契約に移行して2018年シーズンまで在籍。 2018年11月28日、AC長野パルセイロは契約期間の満了を発表。 2019年に奈良クラブへ移籍。
藤吉 皆二朗(ふじよし かいじろう、1992年1月11日 -… 藤吉 皆二朗(ふじよし かいじろう、1992年1月11日 - )は、東京都出身のサッカー選手。ポジションはGK。
稲垣 祥(いながき しょう、1991年12月25日 - )は… 稲垣 祥(いながき しょう、1991年12月25日 - )は、東京都練馬区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・名古屋グランパス所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)。元日本代表。 4歳の時にサッカーを始める。2004年、中学進学に併せて同年新設のFC東京U-15むさしへ加入。2006年には同期の重松健太郎、碓井鉄平、梅内和磨とともに高円宮杯U-15で全国準優勝。山口隆文監督や天野賢一コーチの下で体格差をカバーする動き出し・ボールタッチを学んだが、主力に食い込むことはできなかった。 U-18への昇格を果たせず、2007年に帝京高等学校へ進学。高校入学後に身長を伸ばし、2年時よりボランチに配される機会が増えていった。
阿部 正紀(あべ まさのり、1991年12月25日 - )は… 阿部 正紀(あべ まさのり、1991年12月25日 - )は、東京都国分寺市出身のサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー(DF)。 大成高校を経て、サッカー部の強化を進める東京国際大学へ進学。高校時代はまったく無名な選手であったが、元日本代表の前田秀樹の目に留まり1年生ながらレギュラーとして活躍。関東大学サッカーリーグ戦2部に昇格した4年生からは主将を務め、堅守速攻型のチームの中心選手として活躍。リーグ優勝及び1部昇格に貢献し、ベストイレブンを受賞した。 2014年に、FC岐阜へ入団。新人ながら開幕スタメンを掴み、リーグ戦37試合に出場した。178センチとCBとしては小柄な部類に入るが、アグレッシブな守備をし、タックル数はリーグ2位、成功率も82.9%と極めて高い数字を残した。
沓掛 勇太(くつかけ ゆうた、1991年11月12日 - )… 沓掛 勇太(くつかけ ゆうた、1991年11月12日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー、ミッドフィールダー。 ジェフユナイテッド千葉の下部組織出身。U-18では3年時に主将を務めた。 関西学院大学を経て、2014年より藤枝MYFCへ入団。 2016年よりアスルクラロ沼津に完全移籍。 2018年12月5日、アスルクラロ沼津は契約期間の満了を発表。同年12月12日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場したが移籍先は決定せず、2019年1月、現役引退が発表された。
碓井 鉄平(うすい てっぺい、1991年11月3日 - )は… 碓井 鉄平(うすい てっぺい、1991年11月3日 - )は、東京都出身の元サッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。駒澤大学法学部卒。 5歳の時に 父親や兄の影響でサッカーを始める。小学4年生まで地元のサッカー少年団に所属し、5年生から東京ヴェルディのジュニアに所属。中学時代にはFC東京U-15むさしに所属し、同期の稲垣祥、梅内和磨、重松健太郎と共に2006年の高円宮杯U-15で全国準優勝。 2007年、高校サッカー選手権への憧れから、山梨学院大付属高校へ進学。2009年度の選手権ではキャプテンとしてチームを牽引し、チームを初出場・初優勝へ導いた。準決勝 及び決勝戦で連続ゴールを決める 活躍で大会優秀選手も受賞。
高橋 祥平(たかはし しょうへい、1991年(平成3年)10… 高橋 祥平(たかはし しょうへい、1991年(平成3年)10月27日 - )は、東京都出身のサッカー選手。ポジションはセンターバック。Jリーグ1部(J1)・ジュビロ磐田所属。
皆川 佑介(みながわ ゆうすけ、1991年10月9日 - )… 皆川 佑介(みながわ ゆうすけ、1991年10月9日 - )は、東京都立川市生まれ、埼玉県所沢市出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード(センターフォワード)。元日本代表。 兄の影響で新座市の幼稚園時代からサッカーを始める。 1999年小学2年から埼玉県所沢市へ転居する。所沢サッカークラブジュニア、所沢ジュニアユース出身。金子昌広は所沢JYの1年先輩であり、親戚でもある。当時はサイドバックでプレーしていた。 2007年、群馬県のサッカー強豪校・前橋育英高校へ越境入学。2年先輩に青木拓矢・廣瀬智靖、1年先輩に六平光成・佐藤穣、同期に中美慶哉、1年後輩に小島秀仁、2年後輩に横山翔平。入学当初は様々なポジションを経験し、2008年高校2年の頃から本格的にFWを始める。
北脇 健慈(きたわき けんじ、1991年9月15日 - )は… 北脇 健慈(きたわき けんじ、1991年9月15日 - )は、東京都出身のプロサッカー選手。ポジションはフォワード。 兄は元サッカー選手の北脇里規。 東京都多摩市出身で日本人の父親とベネズエラ人の母親を持つハーフ。ジュニアからユースまで東京ヴェルディの下部組織でプレー。その後は進学した日本体育大学ではライン裏への抜け出しを武器に活躍した。 卒業後は古巣の東京ヴェルディへ入団。 2015年7月にFC鈴鹿ランポーレへ期限付き移籍。2015年11月、東京ヴェルディに復帰したが、2016年シーズンをもって契約満了のため東京ヴェルディを退団。 2017年、Y.S.C.C.横浜へ完全移籍。 2019年、ブラウブリッツ秋田に移籍。
島崎 恭平(しまざき きょうへい、1991年9月4日 - )… 島崎 恭平(しまざき きょうへい、1991年9月4日 - )は、東京都多摩市出身の元サッカー選手。ポジションは、ゴールキーパー(GK)。 ヴェルディS.S.調布ジュニアユース出身で、流通経済大学付属柏高校を経て桐蔭横浜大学へ進学。3年時、守護神としてチーム史上初となる1部昇格の立役者となり、4年時は主将を務めた。また、在学中の2012年6月、横浜FCに特別指定選手として登録された。 2014年より、FC町田ゼルビアへ入団。 2017年、東海1部リーグのFC刈谷に完全移籍した。 2018年、東京武蔵野シティFCに完全移籍 したが、その年に現役を引退した。
八塚 利朗(やつづか としろう、1991年9月4日 - )は… 八塚 利朗(やつづか としろう、1991年9月4日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはDF。 小学校1年生の時に先輩からの誘いによってサッカーを始め、東京ヴェルディ1969の下部組織に在籍しながら東京都立神代高等学校を経て、明治大学に進学した。 オーストリアに語学留学し、2013-14シーズンに同国4部(ドイツ語版)のドイチュランツベルガーSC(ドイツ語版)に加入しレギュラーとなった。2014-15シーズンにはチームメイトの伊藤健史と共に、同国2部のエアステリーガに所属するカプフェンベルガーSVに移籍。同シーズン第1節のLASKリンツ戦でプロ初出場となった。 2016年1月には3部、レギオナルリーガ(ドイツ語版)のSCリッツィング(ドイツ語版)に移籍。
徳武 正之(とくたけ まさゆき、1991年8月18日 - )… 徳武 正之(とくたけ まさゆき、1991年8月18日 - )は、東京都小平市出身のサッカー選手。FCマルヤス岡崎所属。登録ポジションはディフェンダー。 帝京高校を経て、浜松大学(現常葉大学)へ進学してサッカー部に入部。3年時から2年間主将を務めた。 2014年より、大学で同期の小野寺建人と共にツエーゲン金沢へ入団。 2016年、アスルクラロ沼津に完全移籍。 2021年、6年在籍した沼津を退団。 2022年、FCマルヤス岡崎へ加入した。 2018年10月9日、同年9月25日に一般女性と結婚していたことを報告した。2019年2月28日、同年1月8日に第一子となる長女が誕生したことを報告した。
藤澤 真凛(ふじさわ まりん、1991年8月14日 - )は… 藤澤 真凛(ふじさわ まりん、1991年8月14日 - )は、東京都青梅市出身のビーチサッカー選手。元女子サッカー選手(DF、MF)。 東京都青梅市の地元クラブ「青梅新町FC」でサッカーを始めた。日テレ・メニーナを経て十文字高校のチームに入団。全日本高等学校女子サッカー選手権大会では2年連続で3位の結果を残し、高校3年の時にはチームの主将を務めた。 2010年に日本体育大学女子サッカー部に入団。2011年、2012年には全日本大学女子サッカー選手権大会で2連覇を果たし、当時2部に相当したチャレンジリーグでは46試合に出場した。 2014年に同リーグに属する福岡J・アンクラスに入団、49試合に出場し3得点を記録、2年目にはチームの主将も務めた。
野村 政孝(のむら まさたか、1991年6月29日 - )は… 野村 政孝(のむら まさたか、1991年6月29日 - )は、東京都世田谷区出身の元サッカー選手。ポジションは、ゴールキーパー。 俳優、歌手の野村将希は実父、俳優の野村祐希は実弟。 俳優・歌手の野村将希の長男として東京都世田谷区で生まれた。父親が「柘植の飛猿」役を務める水戸黄門に、少年時代の飛猿役(野村正孝名)で出演したことがある。(第25部 第14話 「飛猿が恋をした・岡山」 : 1997年3月31日放送) 小学校3年でサッカーを始めた。2010年、日本学園高校から駒澤大学へ進学。大学入学後は、垂直跳び80センチ、握力80キロなど、父親譲りの抜群の身体能力を生かしきれず、ゴールキーパーの3、4番手どまりでレギュラー獲得には至らなかった。
井村 雄大(いむら ゆうだい、1991年6月25日 - )は… 井村 雄大(いむら ゆうだい、1991年6月25日 - )は、東京都武蔵野市出身のサッカー選手。ポジションはMF。 2014年、順天堂大学卒業後、横河武蔵野FC(現 東京武蔵野シティFC)に入団。ルーキーながらリーグ戦9試合に出場し、4得点を記録。その後、2015年1月より、プロ・コンバインを経てアメリカ合衆国とカナダによって構成されるプロサッカーリーグであるユナイテッドサッカーリーグのリッチモンド・キッカーズに移籍2016年シーズンはリーグ戦28試合に出場し10得点とチームの主軸として活躍。プレーオフ1試合出場。カップ戦1試合出場1得点。2018年通算記録90試合15得点。(2018年9月20日現在) 2020年よりYokohama Hardysに入団。
梅内 和磨(うめない かずま、1991年6月21日 - )は… 梅内 和磨(うめない かずま、1991年6月21日 - )は、東京都清瀬市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード(FW)及びミッドフィールダー(MF)。明治大学政治経済学部卒。 兄の影響でサッカーを始める。2004年よりFC東京の下部組織へ加入。U-18では左サイドハーフ(SH)に配され、左SBの阿部巧と連携し強力なサイドアタックを展開した。2010年に明治大学へ進学し、サッカー部に所属。神川明彦監督の下、SHやウイング(WG)に配され、激しいチェイシングと要所での得点力 でチームに貢献した。 2014年より、FC東京U-18在籍時にも指導を受けた有馬賢二が監督を務めるY.S.C.C.横浜へ加入。
中垣内 優太(なかがいと ゆうた、1991年6月3日 - )… 中垣内 優太(なかがいと ゆうた、1991年6月3日 - )は、東京都世田谷区出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 バディSCの二学年先輩に丸山祐市と奥埜博亮、一学年後輩に武藤嘉紀がいる。 2004年に三菱養和SCジュニアユースに加入。2007年に三菱養和SCユースに昇格。2009年のJFAプリンスリーグU-18関東2位。U-18高円宮杯で全国3位。ユースでは加藤大、玉城峻吾などが同期。 2010年から東京農業大学国際食料情報学部に進学し、サッカー部に入部。4年時の2013年には主将として関東大学リーグ2部を戦う。2014年1月にフィリピン・ユナイテッド・フットボールリーグ (フィリピン)所属のMAJ FC(マニラオールジャパン、後にJPボルテスFCに改名)と契約。
阿部 巧(あべ たくみ、1991年5月26日 - )は、東京… 阿部 巧(あべ たくみ、1991年5月26日 - )は、東京都大田区出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(左サイドバック)、ミッドフィールダー(左ウイングバック)。 大田区立矢口東小学校1年生(6歳)の時にサッカーを始める。同6年次に東京U-12に選出される。その後、FC東京と横浜FMのU-15チームのセレクションを受けたのち、FC東京U-15深川への入団を決める。2007年にFC東京U-18に昇格。それまではFWやトップ下など攻撃的な位置でプレーしていたが、U-18昇格後は倉又寿雄監督により左サイドバック(SB)へとコンバートされた。U-18での1年目からトップのサテライトリーグに抜擢され出場し、その試合後にトップチーム監督(当時)の原博実が「今日はユースの子(阿部)が一番良かったね」と述べるなど、そのプレー振りが高く評価された。
奥山 武宰士(おくやま むさし、1991年5月15日 - )… 奥山 武宰士(おくやま むさし、1991年5月15日 - )は、東京都八丈町出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 八丈島で酒造会社を営む家に生まれた。小学5年生になった2002年、島に赴任してきたコーチの影響もあり、柏レイソル下部組織のセレクションに応募して合格。翌年母親と共に島を離れ、柏市内へ移り住んだ。中学3年時の2005年には、チームのヨーロッパ遠征で訪れたヴェルダー・ブレーメンユースへの入団を目指したが、ブレーメンの日本人学校閉校によって実現しなかった。同年の日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会では3位に入ったが、エコノミークラス症候群発症等のコンディション悪化もあって柏ユース昇格は見送られた。
加藤 大(かとう まさる、1991年5月7日 - )は、福岡… 加藤 大(かとう まさる、1991年5月7日 - )は、福岡県出身のプロサッカー選手。Jリーグ・栃木シティFC所属。ポジションはMF。 三菱養和SCユース時代から各年代別日本代表に選出され、2010年にJ1・アルビレックス新潟に入団。J1第22節ガンバ大阪戦でスタメンに起用されてプロデビューを果たし、2011年より高卒2年目ながらも背番号をそれまで三菱養和時代の先輩であった木暮郁哉が付けていた13番に変更したが、この年は出場機会に恵まれず、新潟入団後の2年間ではリーグ戦計6試合に出場するに留まった。 2012年より、新潟からJ2の愛媛FCに期限付き移籍。シーズン途中からFWの位置にコンバートされ、J2第39節FC町田ゼルビア戦でプロ初ゴールを含む2得点を挙げた。
山崎 直之(やまざき なおゆき、1991年5月5日 - )は… 山崎 直之(やまざき なおゆき、1991年5月5日 - )は、東京都西東京市出身のサッカー選手。ポジションは主にミッドフィールダー(MF)。
松下 純土(まつした じゅんと、1991年5月3日 - )は… 松下 純土(まつした じゅんと、1991年5月3日 - )は、東京都小金井市出身の元サッカー選手。 中学時代は三菱養和SC調布Jrユースに所属。ユースへの昇格はできず、文武両道を掲げる國學院大學久我山高校へ進学。2年時には全国高校選手権に出場。高校卒業後は文武両道の継続を目標に慶應義塾大学総合政策学部 へ進学。ソッカー部では2年時に関東大学選抜Aに選出され、3・4年時には全日本大学選抜に選出される。また4年時に主将を務めた。 2014年、松本山雅FCへ加入。同年9月、FC町田ゼルビアへ期限付き移籍。 2016年11月10日に2016年シーズン限りでの現役引退を表明した。
玉城 峻吾(たましろ しゅんご、1991年4月25日 - )… 玉城 峻吾(たましろ しゅんご、1991年4月25日 - )は、東京都足立区出身のプロサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー(MF)。関東サッカーリーグ1部・南葛SC所属。 三菱養和SCユースに所属していた2009年にU-18日本代表候補に選出された。2010年、筑波大学へ進学して風間八宏監督の下でプレーし、3年生からは背番号10を背負った。 2015年、ツエーゲン金沢へ加入。2016年シーズン終了後、契約満了で退団した。 2017年、FC今治へ完全移籍で加入した。 2021年、FC今治を退団。同年12月10日、フクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに出場した。 2022年、南葛SCに移籍。
野上 結貴(のがみ ゆうき、1991年4月20日 - )は、… 野上 結貴(のがみ ゆうき、1991年4月20日 - )は、東京都杉並区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・名古屋グランパス所属。ポジションはディフェンダー(DF)。 通っていた若杉小学校のサッカースクールが校庭で練習する様子を見てサッカーに興味を持、1年生か2年生の頃にサッカーを始める。サッカーと同時に野球もしており、サッカーでは当時はFWなどでプレーしていた。 天沼中学校に進学時には、スクールのコーチの勧めでFC東京の下部組織のテストを受けるが最終選考で落ち、自宅から通える距離にあったワセダクラブForza'02に所属した。 高校進学時にはForza'02のコーチの勧めもあり、自宅からも近かった保善高等学校に進学。
三竿 雄斗(みさお ゆうと、1991年4月16日 - )は、… 三竿 雄斗(みさお ゆうと、1991年4月16日 - )は、東京都武蔵野市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・大分トリニータ所属。ポジションはディフェンダー(左サイドバック)。 東京都武蔵野市で生まれ育つも、5歳の時に親の転勤でカナダのトロントで10歳までの5年間を過ごす。 帰国後、横河武蔵野FCの下部組織で、ジュニア・ジュアユースに所属したのち、 セレクションを経て、東京ヴェルディユースに入団。国学院久我山高校に在学するも、サッカー部ではなく、ヴェルディユースに所属した。 ユースからプロへの昇格が見送られると、一般試験を受験し早稲田大学に入学。サッカー部にも一般セレクションを受験し入団する。 早稲田大学では2年次から左サイドバックのレギュラーに定着。
重松 健太郎(しげまつ けんたろう、1991年4月15日 -… 重松 健太郎(しげまつ けんたろう、1991年4月15日 - )は、東京都中野区出身のサッカー選手。ポジションは主にフォワード(FW)。 小学校1年生の時に、当時ジュビロ磐田の黄金期を支えていたFW中山雅史に憧れサッカークラブに入団。当初は守備の選手だった。のちにFC東京サッカースクール深川に参加し、攻撃的MFにコンバート。中学入学時(2004年)に新規設立された「FC東京U-15むさし」に第1期選手として入団すると自らFWに立候補し、このU-15時代に初めてFWの選手となった。U-18昇格後は、1学年上のFW山村佑樹、岩渕良太らとの熾烈なポジション争いの中、2008年の日本クラブユース選手権で得点王に輝いた。
窪田 良(くぼた りょう 、1991年4月8日 - )は、東… 窪田 良(くぼた りょう 、1991年4月8日 - )は、東京都出身のサッカー選手。北信越フットボールリーグ・富山新庄クラブ所属。ポジションはミッドフィールダー。 4歳の時に兄の影響でサッカーを始め、その後ヴェルディの下部組織に入る。ユース同期に高木俊幸がいる。 2010年に阪南大学に進学し、ボランチとして活躍、キャプテンを任された。ユニバーシアード代表にも選ばれゲームキャプテンを任されることもあった。 在学中から練習参加していた徳島ヴォルティスに2014年に加入した。 2016年シーズンはカターレ富山へ期限付き移籍、ボランチの主力として28試合に出場(全30試合)、Jリーグ初得点も挙げた。翌2017年に完全移籍へ移行。
渡辺 亮太(わたなべ りょうた、1991年3月11日 - )… 渡辺 亮太(わたなべ りょうた、1991年3月11日 - )は、東京都出身のプロサッカー選手。ポジションは、フォワード。 高校時代は無名だったが、日本体育大学の1年時に、布啓一郎が監督を務めるU-18日本代表候補に抜擢された。しかし怪我のため合宿に合流はかなわず、代表に定着することはできなかった。3年時にレギュラーに定着し、チームの関東大学サッカーリーグ戦1部昇格に貢献。自身は2部のベストイレブンに選ばれた。 2013年より、愛媛FCへ入団。 2016年より、AC長野パルセイロへ期限付き移籍。 2017年、J3に昇格したアスルクラロ沼津に完全移籍した。2017年12月26日藤枝MYFCに移籍
六平 光成(むさか みつなり、1991年1月16日 - )は… 六平 光成(むさか みつなり、1991年1月16日 - )は、東京都西東京市出身の元プロサッカー選手。サッカー指導者。ポジションは主にミッドフィールダー(MF)。 通園していた幼稚園に訪れた有吉朋樹(元フットサル日本代表)の影響でサッカーを始める。中学時代はFC東京の下部組織に所属し、三田啓貴、藤原広太朗、山崎侑輝、岩渕良太、山村佑樹、井上亮太、宮澤勇樹と共にプレー。U-15深川からU-18への昇格を果たせず、前橋育英高等学校へ進学。高校3年時には2008年度の全国高校サッカー選手権でベスト4まで進出すると共に大会優秀選手にも選出され、さらにはU-18日本代表候補にも選ばれた。高校卒業後はJリーグクラブからのオファーを断り中央大学へ進学。
牧野 悟(まきの さとる、1990年11月25日 - )は、… 牧野 悟(まきの さとる、1990年11月25日 - )は、東京都出身のプロサッカー選手。ポジションは、フォワード。
船田 麻友(ふなだ まゆ、1990年11月9日 - )は、東… 船田 麻友(ふなだ まゆ、1990年11月9日 - )は、東京都出身の女子サッカー選手。INAC神戸レオネッサ所属。ポジションはゴールキーパー。 志茂FCでサッカーを始め、東京成徳大学中および東京成徳大学高女子サッカー部でのプレーを経て2007年よりジェフユナイテッド市原・千葉レディースU-18に加入。同年よりトップチームでも選手登録され、2008年にはリーグ戦16試合に出場した。 2009年、高校を卒業しジェフ千葉Lトップチームに昇格、同時に東洋大学ライフデザイン学部健康スポーツ学科に在学。 2014年1月18日、ちふれASエルフェン埼玉への移籍が発表された。 2017年2月1日、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースに復帰することが発表された。
石野 秀多(いしの しゅうた、1990年10月27日 - )… 石野 秀多(いしの しゅうた、1990年10月27日 - )は、東京都出身のサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 東京農業大学を卒業後、練習生を経て2013年10月より藤枝MYFCへ入団。公式戦出場はなく、シーズン終了後に退団。2014年、HBO東京に移籍。2016年5月13日、モンゴル・リーグのエルチムに移籍。