藤田 ひかる(ふじた ひかる、1990年4月25日 - )は… 藤田 ひかる(ふじた ひかる、1990年4月25日 - )は、日本の政治家、外交官。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。 神奈川県横浜市出身。信州で生まれ育った父と宮崎県出身の母のもとに生まれる。祖父母は中条村(現長野市中条)の中山間地域に住んで稲作とタバコ栽培に従事していたため、夏休みや冬休みは信州で過ごし、稲刈り等農作業の手伝いもした。 2014年に一橋大学社会学部を卒業。国家公務員採用総合職試験に合格し、同年外務省入省。大学時代は東南アジア、アフリカ、旧ユーゴスラビア諸国への一人旅や、ベトナム社会主義共和国の貧困地区での教育ボランティア、マレーシアやタイ王国での事業支援活動に従事した。 外務省に入省後は、中東アフリカ局アフリカ部アフリカ第二課や、北米局北米第二課、バラク・オバマの広島訪問準備チームに配属され、約10年間、経済外交、安全保障政策の立案等に取り組んだ。
金子 道仁(かねこ みちひと、1970年2月20日 - )は… 金子 道仁(かねこ みちひと、1970年2月20日 - )は、日本の政治家、牧師、元外交官。日本維新の会所属の参議院議員(1期)。日本維新の会国会議員団参議院政策審議会長、兵庫維新の会代表。兄はスポーツライターの金子達仁。 横浜市磯子区出身、2023年時点では兵庫県川辺郡猪名川町在住。 栄光学園中学校・高等学校を経て1992年3月に東京大学法学部を卒業。大学在学中に実家が教会の、後に妻となる人物と出会い、クリスチャンの洗礼を受ける。 在学中に外交官試験I種に合格し、1992年から1998年まで外務省条約局法規課、在スペイン日本大使館などで勤務した。 リバイバル聖書神学校の通信教育で神学を学び、1998年11月より妻の実家である猪名川町の宗教法人グッド・サマリタン・チャーチの牧師を務め、2000年4月より光の子どもクリスチャンスクール(フリースクール)の副校長、2010年より社会福祉法人グッド・サマリタン理事長、2013年より単位通信制高等学校の相生学院高等学校猪名川校の校長をそれぞれ務める。
中込 正志(なかごめ まさし 1966年11月3日 - )は… 中込 正志(なかごめ まさし 1966年11月3日 - )は、日本の外交官。 神奈川県川崎市出身。 神奈川県立多摩高等学校、一橋大学法学部卒業(平成元年3月)。 岸田文雄首相が外務大臣時代に秘書官を務め、岸田政権が発足した際にも内閣総理大臣秘書官に就任した。10カ月にわたって内閣総理大臣秘書官を務めたのち、2022年8月より欧州局長に就任した。中込秘書官のこの人事に関して、磯崎仁彦内閣官房副長官が令和4年7月26日の記者会見で「適材適所の観点から行った人事だと承知している」と発言した。
赤堀 毅(あかほり たけし、1966年(昭和41年)8月25… 赤堀 毅(あかほり たけし、1966年(昭和41年)8月25日 - )は、日本の外交官。 東京都生まれ。小1から小6までベネズエラの首都カラカスで過ごす。栄光学園中学校・高等学校卒業。東京大学在学中、模擬国連活動に参加(1987年及び1988年の全米模擬国連大会(ニューヨーク)に参加)。東京大学法学部卒業後、1989年外務省。1992年フランス国立行政学院卒業(Promotion Condorcet。国際行政修士)。フランス国立東洋言語文化学院国際関係博士前期コース(DHEI)履修。在フランス日本国大使館二等書記官、外務省条約局法規課首席事務官、外務省北米局北米第一課首席事務官、在アメリカ合衆国日本国大使館参事官などを経て、2007年外務省アジア大洋州局北東アジア課日韓経済室長兼朝鮮半島政策調整官。
髙杉 優弘(たかすぎ まさひろ、1964年12月14日 - … 髙杉 優弘(たかすぎ まさひろ、1964年12月14日 - )は、日本の外交官。 神奈川県川崎市出身。聖光学院高等学校、一橋大学法学部卒業。1988年外務省入省(中南米局)。国際協力機構に出向して総務部長を務めるなどしたのち、2021年からコロンビア国駐箚特命全権大使。2025年特命全権大使(アフリカ開発会議(TICAD)担当兼アフリカの角地域関連担当、国連安保理改革担当、安保理非常任理事国選挙担当)。
山﨑 和之(やまざき かずゆき、1960年〈昭和35年〉11… 山﨑 和之(やまざき かずゆき、1960年〈昭和35年〉11月7日 - )は、日本の外交官。外務省官房長を経て、2017年(平成29年)7月14日から外務審議官(経済担当)。2019年(令和元年)11月11日から在ジュネーブ日本政府代表部大使。2023年(令和5年)10月24日から国連大使。 東京都出身。桐蔭学園高等学校を経て、1982年10月外務公務員採用上級試験に合格する。1983年一橋大学経済学部経済学科(荒憲治郎ゼミ)を卒業して、外務省に入省した。 1984年-1986年英語研修(米国スワースモア大学留学)。1986年-1989年在米国大使館。経済局国際機関第一課、アジア局を経て1997年OECD代表部一等書記官。
秋葉 剛男(あきば たけお、1958年〈昭和33年〉12月1… 秋葉 剛男(あきば たけお、1958年〈昭和33年〉12月19日 - )は、日本の外交官。 外務省総合外交政策局長、外務審議官(政務担当)、外務事務次官、国家安全保障局長(第3代)、内閣特別顧問等を歴任した。 神奈川県出身。栄光学園中学校・高等学校卒業。1981年(昭和56年)10月東京大学法学部第2類(公法コース)在学中に外務公務員採用上級試験に合格する。 1982年(昭和57年)同大学卒業後、外務省に入省。英語研修(フレッチャー法律外交大学院)、国際法課長、中国・モンゴル課長を経て、2012年(平成24年)北米局兼アジア大洋州局審議官、2014年(平成26年)国際法局長、2015年(平成27年)総合外交政策局長を経て、2016年(平成28年)6月7日から外務審議官(政務担当)。
永塚 誠一(ながつか せいいち、1958年〈昭和33年〉2月… 永塚 誠一(ながつか せいいち、1958年〈昭和33年〉2月6日 - )は、日本の経済産業官僚・外交官・自動車産業経営者。国際協力機構(JICA)理事、経済産業省製造産業局自動車課長、近畿経済産業局長 、商務情報政策局長を最後に退官し、2014年より日本自動車工業会の副会長・専務理事を10年にわたり歴任。現在は三菱ふそうトラック・バスの代表取締役会長、シャープ取締役及びタクマ取締役。 神奈川県出身。神奈川県立横須賀高等学校を経て、1976年(昭和51年)に東京大学経済学部を卒業し、通商産業省(現経済産業省)に入省。後に米国ブラウン大学経済学大学院にて修士号取得。
新井 辰夫(あらい たつお、1956年 - )は、日本の外交… 新井 辰夫(あらい たつお、1956年 - )は、日本の外交官。駐ジブチ特命全権大使を経て、駐セネガル特命全権大使。 神奈川県横浜市生まれ。1982年東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業、外務省入省。文化交流部人物交流課長、儀典統括官、経済産業省産業技術環境局参事官、岐阜県国際交流センター副理事長、モントリオール総領事等を経て、2015年から駐ジブチ特命全権大使を務め、2017年には2億円を供与額とする無償資金協力の書簡交換を行った。2017年外務省大臣官房付。2018年駐セネガル特命全権大使。2022年3月、退官。 この項目は、外交官に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ政治)。
廣木 重之(ひろき しげゆき、広木 重之、1955年5月22… 廣木 重之(ひろき しげゆき、広木 重之、1955年5月22日 - )は、日本の外交官。外務省儀典長を経て、駐スウェーデン特命全権大使。2022年退官。 東京都出身。神奈川県立湘南高等学校を経て、1979年に一橋大学法学部を卒業し、外務省入省。1980年から1982年までオックスフォード大学留学。オックスフォード大学留学同期に奥克彦(イラク日本人外交官射殺事件で殉職)がいる。 2009年から駐アフガニスタン特命全権大使。2010年には43億5500万円の無償資金協力「アフガニスタン平和・再統合プログラム」の書簡を交換。資金協力によって建設された1校目の高校の完成記念式典にワルダク教育大臣などと出席。
奥田 紀宏(おくだ のりひろ、1953年〈昭和28年〉8月1… 奥田 紀宏(おくだ のりひろ、1953年〈昭和28年〉8月19日 - )は、日本の外交官。 神奈川県出身。栄光学園中学校・高等学校を経て、1974年(昭和49年)東京大学法学部在学中に外務公務員採用上級試験に合格した。翌1975年(昭和50年)東大法学部第二類を卒業し、外務省に入省、アラビア語研修を受けたアラビスト。
重枝 豊英(しげえだ とよえい、1952年8月1日 - )は… 重枝 豊英(しげえだ とよえい、1952年8月1日 - )は、日本の外交官。フランクフルト総領事や、ホノルル総領事を経て、第3代駐リトアニア特命全権大使を務めた。2019年退官。 鹿児島県出身。神奈川県立湘南高等学校を経て、1977年中央大学法学部卒業。1981年外務省入省。オーストリア、スイス、エジプトでの大使館勤務、大臣官房査察室長、通産省生活産業局関連産業課長、経済産業省大臣官房参事官(環境担当)、領事移住部旅券課長を経て、2004年在ウィーン国際機関日本政府代表部参事官。同公使や、フランクフルト総領事、ホノルル総領事を経て、2015年から駐リトアニア特命全権大使を務め、2017年には所得に対する租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための日本国とリトアニア共和国との間の条約(日・リトアニア租税条約)の署名を行った。
大野 郁彦(おおの いくひこ、1952年2月28日 - )は… 大野 郁彦(おおの いくひこ、1952年2月28日 - )は、日本の外交官。外務省日韓交流室長や、デンバー総領事を経て、高山市海外戦略顧問。 神奈川県横浜市生まれ。東京造形大学造形学部卒業。筑波大学大学院芸術研究科修士課程修了。ソウル大学校大学院考古美術史学研究科博士課程修了。ソウル市の国立現代美術館客員研究員を務めたのち、1991年外務省入省。在大韓民国日本国大使館、在ホノルル日本国総領事館での勤務や、外務省アジア太洋州局北東アジア課上席専門官、在ロシア日本国大使館参事官(領事部長)、外務省アジア大洋州局北東アジア課地域調整官兼日韓交流室長を経て、2011年からデンバー総領事を務めた。2015年に退任し、高山市海外戦略顧問に就任。
小松 一郎(こまつ いちろう、1951年3月8日 - 201… 小松 一郎(こまつ いちろう、1951年3月8日 - 2014年6月23日)は、日本の外交官。 長く国際法関係を担当し、外務省欧州局長、国際法局長、駐フランス特命全権大使、内閣法制局長官を歴任。 フランス共和国レジオンドヌール勲章コマンドゥール、正三位、瑞宝大綬章を受章。 兵庫県出身。銀行員の父の仕事の関係で中学2年から神奈川県に移り、聖光学院中学校・高等学校に入学。外務公務員I種試験(=外交官採用試験)合格を機に一橋大学法学部を3年で中退、1972年に外務省に入省。 松本純(自由民主党衆議院議員、内閣府特命担当大臣)や武智健二(イー・アクセス株式会社執行役員副社長、元総務省自治行政局長)、大口清一(元国土交通審議官)は高校の同級生。
天野 之弥(あまの ゆきや、1947年〈昭和22年〉5月9日… 天野 之弥(あまの ゆきや、1947年〈昭和22年〉5月9日 - 2019年〈令和元年〉7月18日)は、日本の外交官。位階は従三位。勲等は勲一等。 在ウィーン国際機関日本政府代表部大使、国際原子力機関事務局長(第5代)等を歴任した。 神奈川県湯河原町出身、横須賀市で育つ。 栄光学園中学校・高等学校を経て、1966年東京大学理科二類に入学し理学部生物化学科への進学を予定していたが、1968年に東京大学文科一類へ再入学する。1972年東京大学法学部卒業。 1972年に外務省入省。フランス語研修(在フランス)、在ベルギー大使館、在米国大使館、国際連合局科学課長、マルセイユ総領事、総合外交政策局軍縮不拡散・科学部長などを経て、2005年から在ウィーン国際機関日本政府代表部大使を務めた。
高須 幸雄(たかす ゆきお、1946年(昭和21年)8月29… 高須 幸雄(たかす ゆきお、1946年(昭和21年)8月29日 - )は、日本の外交官、国際公務員。2012年から2017年まで国際連合事務次長(管理局長)。 2007年から2010年まで国連大使。 東京大学法学部第二類中退、1969年外務省に入省する。オックスフォード大学留学。 1981年国際連合日本代表部参事官としてニューヨークに赴任する。1988年本省に戻り欧亜局西欧第二課長。1989年国際連合局国連政策課長。1992年インドネシア公使。1993年国連事務次長補・行政管理局財務官。1997年国連日本代表部大使。2000年総合外交政策局国際社会協力部長。2001年在ウィーン国際機関日本政府代表部特命全権大使。
近藤 誠一(こんどう せいいち、1946年3月24日 - )… 近藤 誠一(こんどう せいいち、1946年3月24日 - )は、日本の外交官。第20代文化庁長官。国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)大使、デンマーク駐箚特命全権大使を歴任。退官後は、近藤文化・外交研究所を設立し、JXホールディングス取締役、カゴメ取締役、パソナグループ取締役、長野県文化振興事業団理事長、東京都交響楽団理事長、東京大学政策ビジョン研究センター特任教授、東京芸術大学客員教授、公益財団法人京都市芸術文化協会理事長などに就任。神奈川県生まれ。夫人との間に一女がいる。
國枝 昌樹(くにえだ まさき、1946年 - )は、日本の外… 國枝 昌樹(くにえだ まさき、1946年 - )は、日本の外交官。ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部公使などを経て、駐カメルーン特命全権大使、駐シリア特命全権大使を務めた。 神奈川県出身。栄光学園中学校・高等学校を経て、1970年に一橋大学経済学部を卒業し、外務省入省。フランス語研修のためフランスに留学。妻は留学中にパリで知り合ったスイス人。後年、かつて妻の実家の近くに祖父母夫婦が居住しており、神学者カール・バルトを通じて交友関係にあったことが、祖父から指導を受けたことがある神学者滝沢克己からの手紙で判明した。なお妻の祖父はバルトとの約束で、2人で娘に同じ名前を付け、さらに妻にも同じ名前を付けたという。
岡本 行夫(おかもと ゆきお、1945年〈昭和20年〉11月… 岡本 行夫(おかもと ゆきお、1945年〈昭和20年〉11月23日 - 2020年〈令和2年〉4月24日)は、日本の外交評論家、実業家、外交官。産経新聞「正論」メンバー。 内閣総理大臣補佐官(イラク担当・沖縄担当)、内閣官房参与、内閣総理大臣外交顧問等を経て、マサチューセッツ工科大学国際研究センターシニアフェロー、立命館大学客員教授、青山学院大学特別招聘教授。位階は正五位。 神奈川県生まれ。鎌倉市及び藤沢市で育つ。父親は農林省職員で、父親の仕事の関係で、中学時代2年間マレーシアの首都クアラルンプールに滞在した。 神奈川県立湘南高等学校を経て、1968年(昭和43年)に一橋大学経済学部を卒業し、外務省入省。
城所 卓雄(きどころ たくお、1945年 - )は日本の外交… 城所 卓雄(きどころ たくお、1945年 - )は日本の外交官。2009年3月から2011年11月までモンゴル駐箚特命全権大使。 神奈川県平塚市に生まれ、すぐに伊勢原市池端に移る。伊勢原市立伊勢原小学校、伊勢原市立伊勢原中学校、神奈川県立平塚高等学校、神奈川県立厚木高等学校を経て、1969年東京外国語大学外国語学部モンゴル語学科を卒業後、外務省に入省。文学士。名誉経済学博士、名誉外交学博士。 1971年からリーズ大学留学。1973年から新設の在モンゴル日本国大使館で三等書記官に就任。大使1名、参事官1名、三等書記官1名、専門調査員2名の5人体制であった。1976年まで在モンゴル日本国大使館同二等書記官。
安藤 裕康(あんどう ひろやす、1944年(昭和19年)11… 安藤 裕康(あんどう ひろやす、1944年(昭和19年)11月22日 - )は、日本の外交官。 外務省中東アフリカ局局長、イタリア駐箚特命全権大使、独立行政法人国際交流基金理事長などを歴任した。 1944年生まれ。神奈川県箱根町出身、県立小田原高校を卒業。大学時代にサンケイスカラシップで米国に一年間留学 1969年(昭和44年)8月に外務公務員上級試験に合格し、1970年(昭和45年)東京大学文学部卒業、外務省に入省した。 外務省本省にてアジア局南東アジア第二課長、大臣官房在外公館課長、大臣官房外務参事官、大臣官房審議官などを歴任した。2002年には、中東アフリカ局長に就任した。 在外公館では、在フィリピン大使館、在連合王国大使館参事官、在アメリカ合衆国大使館公使、在アメリカ合衆国大使館特命全権公使などを務めた。
田辺 敏明(たなべ としあき、1940年7月14日 - 20… 田辺 敏明(たなべ としあき、1940年7月14日 - 2002年1月20日)は、日本の外交官。シカゴ総領事や、地球環境問題担当特命全権大使、駐ノルウェー特命全権大使等を歴任した。 神奈川県横浜市出身。神奈川県立鶴見高等学校を経て、1962年一橋大学法学部卒業。国際連合日本政府代表部一等書記官、外務省経済協力局技術協力第二課長心得を経て、1978年外務省経済協力局技術協力第二課長。1980年外務省アジア局南東アジア第二課長。1981年在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部参事官。1985年在イラン日本国大使館参事官。 1987年外務大臣官房外務参事官兼大臣官房領事移住部。1989年外務大臣官房審議官兼大臣官房領事移住部。
佐藤 行雄(さとう ゆきお、1939年10月6日 - )は、… 佐藤 行雄(さとう ゆきお、1939年10月6日 - )は、日本の外交官。財団法人日本国際問題研究所副会長。公益財団法人日本国際フォーラム政策委員。
中村 順一(なかむら じゅんいち、1934年11月26日 -… 中村 順一(なかむら じゅんいち、1934年11月26日 - )は、日本の外交官。京都国際会館館長も務めた。神奈川県横浜市出身。長男は財務官僚の中村英正。岳父は大蔵官僚の山田義見。 1958年に東京大学法学部を卒業し、1960年にケンブリッジ大学大学院修士課程修了。 その後、外務省に入省し、在インドネシア公使、在シドニー総領事、国際協力事業団理事、外務省儀典長、ベルギー国駐箚特命全権大使などを歴任し、現在は外務省参与を務めている。 1998年から2008年までに京都国際会館館長を務めた。 平安女学院大学客員教授、京都外国語大学理事、国際京都学協会副理事長も兼任している。 著書に「日本の感性と東洋の叡智」(淡交社、2021年)などがある。
色摩 力夫(しかま りきを、1928年5月13日 - 202… 色摩 力夫(しかま りきを、1928年5月13日 - 2022年11月24日)は、日本の外交官。国家基本問題研究所客員研究員。浜松大学教授。 神奈川県横浜市生まれ。仙台陸軍幼年学校卒業、陸軍士官学校61期。東京大学文学部仏文学科卒業。 1954年、外務省入省、スペイン留学、国際連合局社会課長、アメリカ局中南米参事官、内閣官房インドシナ難民連絡調整会議事務局長、サン・パウロ総領事を経て、ホンジュラス大使、コロンビア大使、チリ大使を歴任。 1992年に退官し、浜松大学国際経済学部教授。2003年退職。 1998年、勲二等瑞宝章受章。
力石 健次郎(ちからいし けんじろう、1916年〈大正5年〉… 力石 健次郎(ちからいし けんじろう、1916年〈大正5年〉8月6日 - 1995年〈平成7年〉2月9日)は、日本の外交官。 愛媛県喜多郡大洲町(現:大洲市)出身。旧大洲藩士・力石八十綱の三男・力石敏三郎(海軍中佐)の次男として母マツ(海軍主計中将池辺安雄の妹)との間に横須賀市汐入で生を受ける。 敏三郎は力石雄一郎の弟にあたる。幼少期は海軍士官だった父の赴任先である朝鮮鎮海にも帯同している(妹 スミ子の出生地)。 父が本土に戻った後、一時期母マツの実家でもある熊本で暮らし熊本市立春日尋常小学校卒業~中学校入学となるが、その後横浜(神奈川区台町とも)に移り住み神奈川県立第一中学校に転校。 その後旧制第一高等学校を経て1940年(昭和15年)に東京帝国大学法学部政治学科を卒業。
岡崎 勝男(おかざき かつお、1897年(明治30年)7月1… 岡崎 勝男(おかざき かつお、1897年(明治30年)7月10日 - 1965年(昭和40年)10月10日)は、日本の政治家、外交官。内閣官房長官(第6代)、外務大臣(第72-74代)、衆議院議員(3期)。第二次世界大戦後、吉田茂によって推進された対米協調外交において重要な役割を担った人物。また陸上競技選手(中距離走・長距離走)としての経歴も持つ。 神奈川県横浜市生まれ。米屋を営む岡崎安之助の十男。23歳上の長兄に政治家で日米富士自転車を創業した岡崎久次郎がいる。 厚木中学(現神奈川県立厚木高等学校)、第一高等学校を経て、1922年東京帝国大学経済学部を卒業。 カルカッタ総領事、外務省調査官、情報局情報官を経て外務省調査局長となる(1945年6月)。
井上 庚二郎(いのうえ こうじろう、1890年(明治23年)… 井上 庚二郎(いのうえ こうじろう、1890年(明治23年)8月30日 - 1969年(昭和44年)11月13日)は、日本の外交官。駐ハンガリー公使。海軍司政長官。 井上喜代松の二男。神奈川県出身。1917年(大正6年)、東京帝国大学法科大学政治科を卒業し、外交官及領事官試験に合格した。外交官補、領事官補、イギリス大使館三等書記官、外務事務官・亜細亜局第三課勤務、廈門領事・台湾総督府事務官、ポーランド領事、シドニー総領事、外務書記官・商工書記官・通商局第一課長、ドイツ大使館参事官、外務省欧亜局長を歴任した。1939年(昭和14年)、駐ハンガリー公使に就任した。その後、外務省職員訓練所長を経て、1942年(昭和17年)から1944年10月まで海軍司政長官・ボルネオ民政部長官を務めた。
城守 茂美(じょうもり しげみ)は、日本の外交官。ミラノ総領… 城守 茂美(じょうもり しげみ)は、日本の外交官。ミラノ総領事、スロベニア駐箚特命全権大使などを歴任した。 外務省国際協力局政策課民間援助連携室長、儀典調整官、在ミラノ総領事を経て、スロベニア大使。