一意 虎風(かずま とらかぜ、2001年11月12日 - )… 一意 虎風(かずま とらかぜ、2001年11月12日 - )は、大阪府大阪市港区出身で木瀬部屋所属の現役大相撲力士。本名は川渕 一意(かわぶち かずま)。身長185.0cm、体重199.0kg。2026年1月場所前計量時点で最重量関取である。最高位は東十両11枚目(2026年3月場所)。 錣山部屋に所属していた元幕下・川渕一誠は実兄で、プロボクサーの川渕一統は実弟。 大阪市立波除小学校2年時から東大阪相撲道場で相撲を始めて、元幕下・新花山(元大関・貴ノ花の一番弟子)の指導を受けた。小学校4年時に全日本小学生相撲優勝大会で優勝の実績を残している。中学校からは石川県に相撲留学し、金沢市立犀生中学校を経て金沢学院大学附属高等学校に進学。
輝 大士(かがやき たいし、1994年6月1日 - )は、石… 輝 大士(かがやき たいし、1994年6月1日 - )は、石川県七尾市出身で高田川部屋所属の現役大相撲力士。本名は達 綾哉(たつ りょうや)。身長192cm、体重171kg、血液型はO型。最高位は東前頭3枚目(2020年11月場所)。得意手は突き、押し。父方の遠縁は元横綱・輪島大士。目標とする力士は元関脇・若の里。 トラック運転手の父、兄1人と姉1人の3人きょうだいの末っ子として誕生した。生まれた頃には普通の体格だったが幼稚園時代には「これ以上大きくなったら、制服がなくなる」と言われ、既製の制服の最大サイズがきつくなっても着ているほどであった。七尾市立石崎小学校1年生の頃から相撲を始めており、同じ穴水少年相撲教室の門下生であった遠藤の4学年後輩にあたる。
豊山 亮太(ゆたかやま りょうた、1993年9月22日 - … 豊山 亮太(ゆたかやま りょうた、1993年9月22日 - )は、新潟県新潟市北区出身で、時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は小柳 亮太(おやなぎ りょうた)。身長185cm、体重178kg、血液型はO型。得意技は突き、押し。最高位は西前頭筆頭(2020年7月場所)。好物は肉類(特に焼肉)。 目標としていた力士は、同郷出身であり大学と部屋の先輩でもある元大関豊山勝男(14代時津風親方)。 相撲を始めたのは豊栄市立葛塚小学校1年生の時で、地元の豊栄相撲教室に通って相撲の稽古を積んだ。小学校時代には4年生でわんぱく相撲全国大会3位の実績がある。5年生のころから野球に転向。新潟市立光晴中学校には相撲部がなく野球部に所属し、都道府県大会に出場した経験がある。
加賀ノ花 麻衣(かがのはな まい、1992年5月10日 - … 加賀ノ花 麻衣(かがのはな まい、1992年5月10日 - )は、石川県加賀市出身で千賀ノ浦部屋に所属していた元大相撲力士。本名は川下 源二(かわした げんじ)。身長182cm、体重126kg、血液型はO型。最高位は東三段目51枚目(2010年7月場所)。
髙立 直哉(たかりゅう なおや、1992年3月18日 - )… 髙立 直哉(たかりゅう なおや、1992年3月18日 - )は、石川県金沢市出身で木瀬部屋に所属していた元大相撲力士。本名は髙木 立太(たかぎ りゅうた)。身長180cm、体重212kg、血液型はB型。最高位は西十両13枚目(2015年7月場所)。好物は魚、煮玉子。嫌いな食べ物はゆで卵。 Facebookを利用している。 幼少期から体は大きかったが、酷いアトピー性皮膚炎にも悩まされていた。「相撲をやればアトピーは治りますよ」と声をかけられたことで緑小学校1年次から地元の押野道場に通い始め、わんぱく相撲全国大会出場、全国小学生優勝大会優勝などの実績を残した。当時髙木少年に声をかけた山本実朗は後に恩師にもなるが、アトピーが治るという言葉には特に確証は無かったという。
髙立 直哉(たかりゅう なおや、1992年3月18日 - )… 髙立 直哉(たかりゅう なおや、1992年3月18日 - )は、石川県金沢市出身で木瀬部屋所属の現役大相撲力士。本名は髙木 立太(たかぎ りゅうた)。身長180cm、体重212kg、血液型はB型。最高位は西十両13枚目(2015年7月場所)。好物は魚、煮玉子。嫌いな食べ物はゆで卵。
舛ノ湖 大明(ますのうみ だいめい、1991年11月12日 … 舛ノ湖 大明(ますのうみ だいめい、1991年11月12日 - )は、石川県加賀市出身で千賀ノ浦部屋所属の元大相撲力士。身長180cm、体重145.4kg。本名は齊心大明(さいしん-)。最高位は西幕下6枚目(2014年11月場所)。金沢市立工業高等学校相撲部出身。 金沢市立工業高等学校時代には全国高校相撲選手権大会個人戦3位、全国選抜高校相撲弘前大会個人戦準優勝、高校選抜高知大会準優勝などの実績を残し、高校卒業直前に千賀ノ浦部屋に入門して2010年1月場所に初土俵を踏む。入門を決意した動機は部屋見学の際に当時まだ幕下だった舛ノ山から強い印象を受けたことであり、舛ノ湖は後に「ちゃんこを旨そうに食う男がいた。
遠藤 聖大(えんどう しょうた、1990年10月19日 - … 遠藤 聖大(えんどう しょうた、1990年10月19日 - )は、石川県鳳至郡(現・鳳珠郡)穴水町中居出身で、追手風部屋所属の現役大相撲力士。本名同じ。身長183cm、体重153kg、血液型AB型。得意手は左四つ、突き、押し。最高位は東前頭筆頭(2014年3月場所)。締め込みは、えんじ色のものと鮮やかな赤色のものの2本を持っている。
栃乃里 隆光(とちのさと たかみつ、1989年7月7日 - … 栃乃里 隆光(とちのさと たかみつ、1989年7月7日 - )は、石川県石川郡野々市町(現・野々市市)出身で春日野部屋に所属していた元大相撲力士。本名は矢鋪 光太郎(やしき こうたろう)。現役時代の体格は身長179cm、体重149kg、血液型はAB型。最高位は東幕下4枚目(2012年9月場所)。 金沢学院東高校相撲部出身。高校2年生となる2006年には全国高校相撲選手権大会で3位入賞を果たした。能登櫻は高校の先輩、遠藤は後輩にあたる。高校時代に春日野親方(元関脇・栃乃和歌)のスカウトを受け、高校卒業後の2008年3月場所に春日野部屋から初土俵を踏む。同期生には琴勇輝らがいる。前相撲を一番出世で終えると、番付に初めて名前が載った翌5月場所を7戦全勝の序ノ口優勝で終え、序二段も1場所で通過。
玉大輝 剛志(たまだいき つよし、1988年11月2日 - … 玉大輝 剛志(たまだいき つよし、1988年11月2日 - )は、石川県鳳珠郡能登町出身で片男波部屋に所属していた元大相撲力士。本名は久山 毅(ひさやま つよし)。現役時代の体格は身長180cm、体重129kg、血液型はO型。最高位は西幕下16枚目(2012年7月場所)。
能登東 攻柁(のとあずま こうた、1988年9月27日 - … 能登東 攻柁(のとあずま こうた、1988年9月27日 - )は、石川県鳳珠郡能登町出身で玉ノ井部屋所属の現役大相撲力士。本名は三瀬 功太(みせ こうた)。身長182cm、体重154kg、血液型はB型。最高位は西幕下40枚目(2012年5月場所)。
突光力 和樹(とっこうりき かずき、1986年2月17日 -… 突光力 和樹(とっこうりき かずき、1986年2月17日 - )は、石川県金沢市出身で荒汐部屋に所属していた元大相撲力士。本名は吉田 和樹(よしだ かずき)、愛称はヨシダ。現役時代の体格は身長175cm、体重110kg。最高位は西三段目62枚目(2015年9月場所)。好きなおでんの具はこんにゃく。部屋ホームページの記事では語尾に「じゃい!」を付けることがあった。 初恋は小学6年生の頃であり、これは2017年7月場所の報告で答えられた。金沢高校では柔道部に所属し、県大会で3位という記録を残している。高校卒業後は金沢福祉専門学校介護福祉学科に進み、卒業後は金沢市の特別養護老人ホーム「千木園」で介護福祉士として勤務していた。
能登櫻 和也(のとざくら かずや、1985年9月23日 - … 能登櫻 和也(のとざくら かずや、1985年9月23日 - )は、石川県鳳至郡能都町(現在の鳳珠郡能登町)出身で阿武松部屋に所属していた元大相撲力士。本名は島 和也(しま かずや)。現役時代の体格は身長177cm、体重137kg、血液型はO型。最高位は西幕下23枚目(2011年7月場所、2013年9月場所)。押し相撲を得意としていた。 能都町立能都中学校在学中に相撲を始める。金沢学院大学附属金沢東高校(現在の金沢学院大学附属高等学校)相撲部を経て角界入りし、2004年1月場所で初土俵を踏む。同期入門には嘉風、玉鷲らがいる。初めて序二段に上がった同年5月場所12日目、君島との6番相撲に二丁投げで敗れた際に負傷したため、13日目の竜聖戦(不戦敗)と翌場所を休場、序ノ口へ落ちる。
丹蔵 隆浩(たんぞう たかひろ、1984年5月5日 - )は… 丹蔵 隆浩(たんぞう たかひろ、1984年5月5日 - )は、石川県鳳珠郡能登町出身で阿武松部屋所属だった元大相撲力士。本名は寺下 隆浩(てらした たかひろ)。現役時代の体格は、身長189cm、体重151kg。最高位は西十両6枚目(2013年3月場所)。好物は魚介類。
猛十八 卓(たけとば たく、1984年3月11日 - )は、… 猛十八 卓(たけとば たく、1984年3月11日 - )は、石川県河北郡宇ノ気町(現在のかほく市)出身で、宮城野部屋所属の元大相撲力士。本名は有澤 卓利(ありさわ たくと)。身長171cm、体重118kg、血液型はA型。最高位は西三段目88枚目(2010年11月場所)。
駿馬 赤兎(しゅんば せきと、1981年12月18日 - )… 駿馬 赤兎(しゅんば せきと、1981年12月18日 - )は、石川県珠洲市出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は間垣部屋)に所属した元大相撲力士。本名は中板 秀二(なかいた しゅうじ)。現役時代の体格は身長165cm、体重103kg、血液型はA型。最高位は東幕下22枚目(2017年5月場所)。 実家は電器店。珠洲市立飯田小学校1年のときから相撲を始め、珠洲市立緑丘中学校・石川県立飯田高校でも相撲を続けた。杏林大学外国語学部中国語学科入学後は、自身の体格が当時の新弟子検査の合格基準を満たしていなかったため、相撲部には所属せず、一般の学生と共に学業に勤しんでいた。卒業後は、中国・江蘇省連雲港市の日本語学校の教師に内定していたが、大学在学中の2001年より第2新弟子検査が発足したことで、少年期の夢であった角界入門が再燃し、教師内定試験を蹴って入門を決意。
出島 武春(でじま たけはる、1974年3月21日 - 、本… 出島 武春(でじま たけはる、1974年3月21日 - 、本名同じ)は、武蔵川部屋所属の元大相撲力士。現役時代の最高位は東大関。現在は年寄・大鳴戸。
栃乃洋 泰一(とちのなだ たいいち、1974年2月26日 -… 栃乃洋 泰一(とちのなだ たいいち、1974年2月26日 - )は、石川県七尾市出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は後藤 泰一(ごとう たいいち)、愛称はタイチ。現役時代は身長187cm、体重165kg、血液型はO型。趣味は「読書」。得意手は左四つ、寄り、下手投げ、掬い投げ、突き落とし。最高位は東関脇(2001年5月場所)。現在は年寄・竹縄。 漁師の長男で、小学生の頃から相撲を始める。七尾商業高校(現・七尾東雲高校)を経て、拓殖大学3年生の時には全国学生相撲選手権大会で優勝して学生横綱に輝いた。拓殖大学相撲部監督の兄であり、中学校・高校・大学を通しての先輩である千賀ノ浦親方(元関脇・舛田山)を頼る形で春日野部屋へ入門し、1996年1月場所にて幕下付出で初土俵を踏んだ。
大倭 東洋(おおやまと とうよう、1971年1月21日 - … 大倭 東洋(おおやまと とうよう、1971年1月21日 - 2015年6月24日)は、石川県輪島市出身で入間川部屋に所属した元大相撲力士。本名は白崎 東洋(しろさき とうよう)。身長179cm、体重142kg。最高位は東十両12枚目(1994年1月場所)。得意技は突き、押し。 金沢高校から日本大学を経て元関脇栃司の入間川部屋に入門。1993年3月場所に同じ日大の大内とともに、幕下60枚目格付出で初土俵を踏んだ。幕下をわずか5場所で通過し1994年1月場所で新十両を果たす。師匠が部屋を興して最初の関取となった。しかし、5勝10敗と大きく負け越し1場所で幕下に陥落。更に、幕下落ちした場所の三番相撲(相手は琴龍)で腰を痛める。
大翔山 直樹(だいしょうやま なおき、1966年7月7日 -… 大翔山 直樹(だいしょうやま なおき、1966年7月7日 - )は、石川県鳳至郡(現在の鳳珠郡)穴水町出身で立浪部屋に所属した元大相撲力士。本名は山崎 直樹(やまざき なおき)。現役時代の体格は身長181cm、体重181kg。血液型B型。得意手は右四つ、寄り、下手投げ。最高位は東前頭2枚目(1991年7月場所)。現在は、年寄・追手風。追手風部屋師匠。 初代大翔山。金沢高等学校時代にはインターハイ準優勝、日本大学3年時にアマチュア横綱、4年時に学生横綱を獲得、各部屋の争奪戦となり一時は藤島部屋入りが決まりかけたが、同郷の中川親方(前2・清惠波)による引退後の身分保証が決め手となり、清惠波が部屋付きだった立浪部屋へ入門した。
琴白山 俊也(ことはくさん としや、1961年6月1日 - … 琴白山 俊也(ことはくさん としや、1961年6月1日 - )は、石川県小松市出身で佐渡ヶ嶽部屋に所属した元大相撲力士。本名は釜野 俊也(かまの としや)。身長183cm、体重131kg。得意手は右四つ、下手投げ。最高位は東十両4枚目(1990年9月場所)。血液型はO型。 小学生時はサッカー、中学時代は野球部に所属していた。中学卒業直前に後援会の人から佐渡ヶ嶽親方(元横綱・琴櫻)を紹介され勧誘された。高校に進学し野球部に所属したものの、以前佐渡ヶ嶽親方の話を聞き相撲に魅力を感じていたので1ヶ月ほどで高校を中退し、佐渡ヶ嶽部屋に入門。1977年5月場所に初土俵を踏んだ(同期に陣岳がいた)。体重がなかなか増えず、三段目、幕下で長く苦労した。
舛田山 靖仁(ますだやま やすひと、1951年4月10日 -… 舛田山 靖仁(ますだやま やすひと、1951年4月10日 - )は、石川県七尾市出身で春日野部屋に所属した元大相撲力士。本名は舛田 茂(ますだ しげる)。身長187cm、体重152kg。最高位は東関脇(1983年9月場所)。引退後は年寄・千賀ノ浦→常盤山→千賀ノ浦、血液型はO型。 小学校時代は野球もやっていたが、中学時代から本格的に相撲を始め、高校時代には全国高等学校相撲選手権大会で優勝して、高校横綱となる。拓殖大学に進学すると、全国学生相撲選手権大会で決勝に残るなど活躍した。同大学卒業時には地元の金沢市役所への就職が内定していたが、それを蹴って大学卒業と同時に一番初めに誘いのあった春日野部屋へ入門。
大車輪 松五郎(だいしゃりん まつごろう、1949年9月25… 大車輪 松五郎(だいしゃりん まつごろう、1949年9月25日 - )は、石川県小松市出身で時津風部屋に所属した元大相撲力士。本名は小坂 芳正(おさか よしまさ)。178cm、105kg。最高位は西十両6枚目。得意技は左四つ、寄り。 農家を営む実家に生まれ、丸の内中学校2年生の時に上京して入門し、上京するにあたって両国中学校に転校した。1964年5月場所に初土俵。1973年3月場所に新十両。その場所は8勝7敗と勝ち越すが、翌5月場所は3勝12敗と大きく負け越し、幕下へ陥落。幕下に陥落してからもしばらく低迷していたが、1977年3月場所に4年ぶりに十両に復帰する。復帰した場所は8勝7敗と新十両以来となる勝ち越しを決めるが、翌5月場所は3勝12敗と大きく負け越し、再度幕下へ陥落。
輪島 大士(わじま ひろし、1948年(昭和23年)1月11… 輪島 大士(わじま ひろし、1948年(昭和23年)1月11日 - 2018年(平成30年)10月8日)は、石川県七尾市出身で花籠部屋に所属した大相撲力士、第54代横綱、全日本プロレス所属の元プロレスラー、元タレント。 本名は輪島 博(わじま ひろし)。血液型はA型。大相撲時代は身長184cm、体重129kg。ニックネームは蔵前の星、黄金の左、現役引退後はワジー。 七尾市立石崎小学校3年から相撲を始め七尾市立香島中学校3年時の石川県中学生相撲大会で個人優勝。金沢高等学校では監督の家に下宿し1年時の山口国体で優勝。2年時には大鵬が二所ノ関部屋へ勧誘するべく実家まで訪れたこともある。日本大学文理学部に進み、日大相撲部では1968年(昭和43年)・1969年(昭和44年)の2年連続で学生横綱に輝くなど14個のタイトルを獲得した。
時葉山 敏夫(ときばやま としお、1944年5月5日 - 1… 時葉山 敏夫(ときばやま としお、1944年5月5日 - 1995年9月20日)は、石川県七尾市出身で時津風部屋に所属した大相撲力士。本名は春木 敏男(はるき としお)。最高位は東前頭2枚目(1968年9月場所)。現役時代の体格は180cm、131kg。得意手は左四つ、寄り、掬い投げ。 小学生時代から相撲を始め、七尾市立七尾東部中学校(当時東部中学校)では地元の大会で優勝するなど活躍した。中学3年生の時、立田川親方(元横綱・鏡里)の勧誘を受け、時津風部屋に入門。1959年9月場所で初土俵を踏んだ。当初の四股名は、本名と同じ「春木」。 1966年7月場所、22歳で十両に昇進し、これを機に「春木」から「時葉山」に改名。
天津風 征夫(あまつかぜ まさお、1937年12月1日 - … 天津風 征夫(あまつかぜ まさお、1937年12月1日 - 2013年4月30日)は、石川県鳳至郡門前町(現・同県輪島市)出身で時津風部屋に所属した大相撲力士。本名は宮永 征夫(みやなが ゆきお)。最高位は西前頭3枚目(1962年9月場所)。得意手は右四つ、寄り。現役時代の体格は179cm、124kg。 輪島高校定時制課程門前分校(現・門前高校)では、相撲部に所属し、2年生の時には県大会で個人優勝という実績を残した。この年(1954年)には、国民体育大会や全国高等学校総合体育大会相撲競技大会にも出場している。 1955年、時津風部屋の関係者からの勧誘を受けた。間も無く、高校を中退して同部屋へ入門し、同年5月場所で初土俵を踏んだ。
秀ノ花 宗市(ひでのはな そういち、1929年5月3日 - … 秀ノ花 宗市(ひでのはな そういち、1929年5月3日 - 没年不明)は、出羽海部屋に所属した元大相撲力士。本名は小門 宗一(こかど そういち)。現在の石川県輪島市出身。175cm、90kg。最高位は東十両6枚目。得意技は左四つ、寄り。 1950年1月場所に初土俵、1953年5月場所に十両昇進。十両を12場所務め、好成績を挙げることもあったが、膝などの負傷が多く、1956年9月場所に27歳で廃業した。肩幅が広く首も太い堅固な体格をしており、左四つからの攻めは強かったが、押し相撲でも強かった。
能登ノ山 竜三(のとのやま りゅうぞう、1928年5月5日 … 能登ノ山 竜三(のとのやま りゅうぞう、1928年5月5日 - 1971年7月20日)は、石川県珠洲郡(現在の珠洲市)出身で立浪部屋に所属した元大相撲力士。本名は出村 竜三(でむら りゅうぞう)。身長193cm、体重129kg。最高位は東十両13枚目(1950年1月場所)。得意技は左四つ、割り出し。引退後は世話人となり、立浪部屋で後進の育成に務めた。 1946年11月場所に18歳で初土俵。順調に出世して1950年1月場所に21歳で十両に昇進。しかし、2場所続けて5勝10敗と負け越して幕下に陥落。幕下陥落後は長い間低迷していたが、1956年頃から調子を戻し始めて、1957年3月場所に7年ぶりに十両に復帰した。
立田野 邦清(たつたの くにきよ、1918年4月14日 - … 立田野 邦清(たつたの くにきよ、1918年4月14日 - 1971年7月23日)は、石川県石川郡(現白山市)出身で立浪部屋に所属した大相撲力士。本名は窪川 清(くぼかわ きよし)。身長173cm、体重115kg。最高位は西前頭7枚目(1945年6月場所)。 出身地の白山市松任から「マットウさん」のあだ名で呼ばれた。右肩から当たって右を差し、そのまま出ていく取り口で、時に投げ技や捻りも見せたが基本は勝ち味の遅い"相撲好き"タイプ。羽黒山の土俵入りでは太刀持ちを務めた。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。
小枩山 貞造(こまつやま ていぞう、1913年3月11日 -… 小枩山 貞造(こまつやま ていぞう、1913年3月11日 - 1972年4月27日)は、石川県能美郡寺井野村小杉(現在の能美市小杉町)出身で井筒部屋に所属した大相撲力士。ただし、1944年に井筒親方が亡くなった後、双葉山相撲道場預かりになっていた。本名は竹田 貞造(たけだ ていぞう)。最高位は西前頭3枚目(1941年5月場所)。現役時代の体格は170cm、101kg。 得意手は右四つ、出し投げ、小股掬い、内掛け、肩透かし、櫓投げ。変わり身が速く、多彩な技を繰り出す取り口で人気が有った。 1941年1月場所4日目、西前頭14枚目の地位で東横綱男女ノ川を破っているが、これは大正時代に「金星」という相撲用語が見られるようになってからでは、長らく最も番付下位の力士による金星獲得の記録であった。
出羽ノ花 國市(でわのはな くにいち、1909年3月1日 -… 出羽ノ花 國市(でわのはな くにいち、1909年3月1日 - 1987年5月30日)は、元大相撲力士。位階は正五位。 石川県能美郡(現:石川県小松市)出身(出生地は東京都江東区)、出羽海部屋に所属した。本名は市川 國一(いちかわ くにいち)(旧姓:駒澤)。 1909年3月1日に東京府南葛飾郡大島町(現:東京都江東区大島)で肥料会社を営む家に生まれ、石川県能美郡(現:石川県小松市)で育つ。既に9歳で体重が60kgに達して怪童と話題になり、実家の得意先の世話で出羽ノ海部屋を紹介された。毎週土曜日には地元の巡査の迎えで部屋に行って関取と相撲を取らせてもらったり、出羽海によって遊びに連れて行ってもらったり、部屋に宿泊する時は豪華な文房具をお土産に貰ったりするなど可愛がられた。
七尾潟 直右エ門(ななおがた なおえもん、1905年3月11… 七尾潟 直右エ門(ななおがた なおえもん、1905年3月11日 - 1943年9月16日)は、現在の石川県七尾市出身で立浪部屋に所属した元大相撲力士。本名は浜田 兵吾。175cm、88kg。最高位は西十両筆頭。 1924年5月初土俵、1932年2月に春秋園事件の余波により、十両昇進。十両筆頭まで躍進したが、1933年5月に廃業した。
大ノ川 甚太郎(おおのかわ じんたろう、1880年10月25… 大ノ川 甚太郎(おおのかわ じんたろう、1880年10月25日 - 1917年1月20日)は、石川県河北郡(現:金沢市)出身の大相撲力士。本名は木越 甚太郎(きごし じんたろう)。 1880年10月25日に石川県で生まれる。 1901年5月に君ヶ濱部屋から初土俵を踏む。1905年5月場所で新十両昇進を果たし、2年後には新入幕を果たした。1912年1月場所、梅ヶ谷と引き分ける大健闘を果たし、好成績を収めて1912年5月場所では小結へ昇進し、上位陣との対戦で力を発揮していく。腕力が強く、両肩が力瘤で隆起していたことから「コブさん」の異名で親しまれた。1916年に師匠・君ヶ濱(志子ヶ嶽市五郎)が死去したことで、出羽海部屋へ転籍する。
鬼角 長治郎(おにかど ちょうじろう、1879年 - 没年不… 鬼角 長治郎(おにかど ちょうじろう、1879年 - 没年不明)は、現在の石川県加賀市出身で雷部屋に所属した力士。本名は北市 長次郎。最高位は東前頭12枚目。169cm、105kg。 1899年1月幕下付出で初土俵、1902年5月十両昇進。1906年1月、同期入門の浪ノ音健藏とともに新入幕(浪ノ音は序ノ口から)を果たす。しかし、大敗を喫し途中休場したうえ、翌場所も全休し十両に陥落。1907年5月限り廃業し、浪ノ音と明暗を分ける形となった。 この項目は、相撲に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ相撲)。
小松山 与三松(こまつやま よさまつ、慶応3年12月14日(… 小松山 与三松(こまつやま よさまつ、慶応3年12月14日(1868年1月8日) - 大正6年(1917年)5月17日)は、加賀国能美郡(現在の石川県小松市)出身で八角部屋に所属した大相撲力士。本名は本田 与三松(ほんだ よさまつ、旧姓:太田)。身長175cm、体重90kg。最高位は西前頭2枚目。養女の夫は元小結鶴ヶ濱(13代玉垣)。 1889年1月幕下附出しで初土俵。1893年1月十両昇進、1893年5月入幕。粘り強い足腰を生かして吊るか打っ棄る取り口。1897年5月横綱小錦を破り、1898年5月にも小錦と預かりの相撲をとる。朝汐に強く、1896年1月、1902年1月に引分、1901年1月、1903年1月に勝利している。
若湊 祐三郎(わかみなと すけさぶろう、1861年12月6日… 若湊 祐三郎(わかみなと すけさぶろう、1861年12月6日(文久元年11月5日) - 1920年9月21日)は、石川県能美郡(現小松市)出身で始め富士ヶ根部屋、伊勢ノ海部屋を経て高砂部屋に所属した大相撲力士。本名は村田 竹松(むらた たけまつ)一時期岡島姓を名乗ったことがある。最高位は関脇。現役時代の体格は169cm、90kg。得意手は突っ張り。 1888年に入幕。関脇を4場所、小結を6場所務めるなど、17年もの長きにわたり幕内上位を維持。小錦とは大相撲を展開して相撲場を札止めにする人気だった。1893年1月からは東方に回り、小錦、朝汐などと大戸平、大砲、鳳凰、荒岩などの強豪と対決した。1902年(明治35年)5月には40歳ながら当時大関であった2代目梅ヶ谷を倒す殊勲を挙げた。
雷電 震右エ門(らいでん しんえもん、1842年 - 188… 雷電 震右エ門(らいでん しんえもん、1842年 - 1884年11月16日)は、能登国羽咋郡(現在の石川県羽咋市)出身で千賀ノ浦部屋(入門時は阿武松部屋)に所属した大相撲力士。本名は和吉→楠 和助。現役時代の体格は身長177cm、体重125kg。得意手は突き、押し。最高位は大関。 史上最強と言われる雷電爲右エ門引退後、ただ一人雷電の四股名を名乗った人物である。彼以後、雷電の名を名乗る力士はおらず、止め名となっている。 文久2年(1862年)ごろ江戸に出て、3代阿武松(元松ヶ枝)のもとに入門したと伝わる。元治元年(1864年)4月場所に序ノ口から初土俵。四股名は初め「槇割」、のち「里神楽」から「北ノ浦」、「兜山」と次々替わるが実力は高く評価されており、まだ入幕もしていないのに姫路藩お抱え力士になったほどである。