中村 哲郎(なかむら てつろう、1942年11月23日 - … 中村 哲郎(なかむら てつろう、1942年11月23日 - )は、歌舞伎を中心とした演劇研究者、評論家。 山梨県甲府市の温泉旅館で生まれ育った。山梨県立甲府第一高等学校卒、早稲田大学文学部に学び、郡司正勝に師事。国立劇場(1967年開場)に勤務したが数年で退職を経て、中学1年でやみつきになった歌舞伎を軸に半世紀を超えた観劇歴で、演劇研究・執筆活動を行う。 1983年『西洋人の歌舞伎発見』で芸術選奨文部大臣新人賞、2007年『歌舞伎の近代 作家と作品』で日本演劇学会河竹賞・AICT演劇評論賞、2012年『花とフォルムと 転換する時代の歌舞伎評論』で芸術選奨文部科学大臣賞をそれぞれ受賞。2021年、『評話集 勘三郎の死 劇場群像と舞台回想』で第72回読売文学賞を受賞。
横森 巧(よこもり たくみ、1942年7月27日 - )は、… 横森 巧(よこもり たくみ、1942年7月27日 - )は、山梨県東山梨郡勝沼町(現・山梨県甲州市)出身の元サッカー選手および現サッカー指導者・解説者。 山梨県立日川高等学校在学中よりサッカーを始め、日本体育大学入学後もサッカー部に入部した。大学卒業後は高校教諭となり、1968年に(昭和43年)山梨県立谷村工業高等学校に赴任してサッカー部の監督に就任し、関東大会に出場した。その傍ら甲府サッカークラブで1973年 (昭和48年)6月までプレーして主将も務めた。 現役を引退した1973年(昭和48年)より山梨県立韮崎高等学校に赴任となり、サッカー部の監督に就任。1975年(昭和50年)に全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会で優勝した。
堀内 勝(ほりうち まさる、1942年6月21日 - )は、… 堀内 勝(ほりうち まさる、1942年6月21日 - )は、日本のアラブ文学者、元中部大学教授。専門は言語人類学、アラブ・イスラム世界の地域研究・民族誌。 山梨県甲府市生まれ。東京外国語大学アラビア語科卒業。カイロ・アメリカン大学大学院課程修了、同大学フェローとなる。1983年1月中部工業大学産業経済研究所教授に就任。1984年4月中部大学(前述大学が改称)国際関係学部教授。1986年『ラクダの文化誌』でサントリー学芸賞受賞。2013年3月に中部大学を定年退職、同年4月に名誉教授となった。 『夜の旅人 研究ブログ』 本人運営ブログ。アラブ世界における星ごよみに関する研究やアラブ文化にまつわる論考など。
横内 正明(よこうち しょうめい、1942年〈昭和17年〉3… 横内 正明(よこうち しょうめい、1942年〈昭和17年〉3月2日 - 2020年〈令和2年〉4月21日)は、日本の政治家、建設官僚。山梨県知事(公選第16・17代)。衆議院議員(3期)、法務副大臣(第1次小泉内閣)を務めた。 都留文科大学前理事長。父は元山梨県韮崎市長の横内要。弟は元山梨県韮崎市長の横内公明。 山梨県韮崎市生まれ。山梨県立韮崎高等学校、東京大学法学部卒業。1964年、建設省(現国土交通省)に入省した。1990年、建設大臣官房審議官に就任。1993年、建設省を退官。 1993年の第40回衆議院議員総選挙に、金丸信元自由民主党副総裁の地盤を引き継いで山梨県全県区から無所属で立候補し、初当選を果たした(金丸は前年、東京佐川急便事件により衆院議員を辞職)。
今村 都南雄(いまむら つなお、1941年10月10日 - … 今村 都南雄(いまむら つなお、1941年10月10日 - )は、日本の政治学者。 専門は行政学・地方自治論。主に組織論のアプローチに基づいた研究を行う。 山梨県甲府市生まれ。1960年、埼玉県立熊谷高等学校卒業。1965年、中央大学法学部法律学科卒業。1967年、国際基督教大学大学院行政学研究科修了。1967年、中央大学法学部助手。1971年、中央大学法学部助教授。1978年、中央大学法学部教授。1981年、中央大学大学院法学研究科教授。2005年、中央大学公共政策大学院教授。2010年、中央大学名誉教授。山梨学院大学法学部教授・山梨学院大学大学院社会科学研究科長。2002-2004年度日本行政学会理事長。
井上 善夫(いのうえ よしお、1941年9月27日 - 20… 井上 善夫(いのうえ よしお、1941年9月27日 - 2019年12月31日)は、山梨県上野原市出身のプロ野球選手(投手)。 日大二高では2年生でエースとなり、1958年秋の東京地区大会決勝に進む。日大三高の千原陽三郎と投げ合い1-0で完封、翌1959年の春の選抜への出場を決める。選抜では、1回戦でこの大会準優勝の県岐阜商に0-9で大敗。県岐阜商には高木守道がいた。同年の夏の選手権にも出場。準々決勝に進出するが、東北高の嶺岸征男、波山次郎両投手の継投の前に2-3で惜敗。8月末からは全日本高校選抜の一員として石黒和弘、朝井茂治らとアメリカ西海岸・ハワイ遠征を果たす。秋の東京国体では決勝で平安高の藤野隆司に投げ勝ち、初優勝を飾った。
柴辻 俊六(しばつじ しゅんろく、1941年9月10日 - … 柴辻 俊六(しばつじ しゅんろく、1941年9月10日 - 2022年5月21日 )は、日本の歴史学者・古文書学者・図書館員。元早稲田大学図書館司書。専門は日本の戦国時代史。 1941年、山梨県中巨摩郡竜王村(現甲斐市、旧竜王町)に生まれる。農家・斎藤家の次男。1957年に竜王村立竜王中学校、1960年に山梨県立甲府第一高等学校、1964年に早稲田大学教育学部を卒業。卒業論文において山梨県郷土史を題材とし、郷土史家の赤岡重樹の教示を受け「村落形成と水利潅漑」(主査、熊谷幸次郎)として発表する。同大学院文学研究科史学専修修士課程に入学すると荻野三七彦から古文書学の指導を受け、山梨県に現存する古文書を採集し『新編甲州古文書』として編纂する。
町田 東(まちだ あずま、1941年9月7日 - )は、日本… 町田 東(まちだ あずま、1941年9月7日 - )は、日本の経営者。永谷園社長を務めた。山梨県出身。 1960年に山梨学院大学附属高等学校を卒業し、同年に永谷園本舗に入社。1990年に取締役に就任し、1994年に常務、1996年に専務、2002年に副社長を経て、2008年6月に社長に就任。2012年4月に副会長に就任。なお、同社では初の創業者親族外の社長就任となった。
備仲 臣道(びんなか しげみち、1941年3月21日 - )… 備仲 臣道(びんなか しげみち、1941年3月21日 - )は、日本の著述家・在野史家。日朝関係史に造詣が深い。
山田 康夫(やまだ やすお、1941年2月15日 - 199… 山田 康夫(やまだ やすお、1941年2月15日 - 1990年3月5日)は元NHKチーフアナウンサー。 山梨県甲府市出身。中央大学法学部を卒業後、1963年に入局。同期に森本毅郎(のちにフリー)、加賀美幸子などがいる。佐世保、北九州、名古屋などの支局を転任し、1964年11月場所から大相撲の実況中継を晩年まで担当した。 当時のNHKアナウンサーとしてはややテンションが高いアナウンスであったが、念入りな下調べに基づいて実況に差し挟まれる情報の正確さや、放送中の機転や気配りで、大相撲実況中継の名アナウンサーとして角界からの信頼も厚かった。昭和最後の場所となった1988年11月場所千秋楽、千代の富士が大乃国に敗れ、連勝が53でストップした取組も実況していた。
桑原 耕司(くわばら こうじ、1941年 - )は、日本の実… 桑原 耕司(くわばら こうじ、1941年 - )は、日本の実業家。昭和63年9月株式会社希望社を設立。現在、代表取締役会長。 建築主の側に立ち、建築主と一体となって建築を行うサービス『JCM(日本型コンストラクション・マネジメント)』を提唱。2003〜2009年長野県 公共工事 入札等検討委員会委員。「建築基準法再改正を実現する会」発起人の一人。
橋本 勝磨(はしもと かつまろ、1940年12月14日 - … 橋本 勝磨(はしもと かつまろ、1940年12月14日 - 2014年5月20日)は、山梨県出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。
島田 紀夫(しまだ のりお、1940年12月11日 - )は… 島田 紀夫(しまだ のりお、1940年12月11日 - )は、日本の美術評論家。実践女子大学名誉教授。ブリヂストン美術館館長。 山梨県甲府市生まれ。 東北大学理学部卒、1965年同文学部美学美術史学科卒、1967年同大学院修士課程修了。石橋財団ブリヂストン美術館学芸課長、実践女子大学教授。2000年山梨県立美術館館長兼務。2006年ブリヂストン美術館館長。2008年実践女子大退職、名誉教授。
辻 一幸(つじ かずゆき / いっこう、1940年(昭和15… 辻 一幸(つじ かずゆき / いっこう、1940年(昭和15年)10月2日 - )は日本の政治家。元山梨県早川町長(11期)。 1940年(昭和15年)早川町生まれ。甲府北中学校、甲府第一高等学校を経て、1964年(昭和39年)青山学院大学経済学部を卒業した。早川町で運送業を営む。 1980年(昭和55年)の早川町長選挙で初当選した。 一幸は1980年の町長就任以降、1992年と2012年の2回のみ選挙戦を行っており、他の9回は全て無投票での当選である。退任時点で当選回数と就任年数は全国最多だった。 2023年12月6日、定例の町議会で、「春ごろから体調不良が続いている」と述べ、2024年11月15日の任期満了を以ての退任を表明した。
坂本 孝(さかもと たかし、1940年〈昭和15年〉5月4日… 坂本 孝(さかもと たかし、1940年〈昭和15年〉5月4日 - 2022年〈令和4年〉1月26日)は、日本の実業家。 山梨県甲府市出身。ブックオフコーポレーション創業者(同社代表取締役社長→会長を歴任)。その後、俺の株式会社を創業し、同社名誉会長。 経営哲学などにおいて、京セラ創始者の稲盛和夫の影響を多大に受けている実業家のひとり。稲盛の提唱する「6つの精進」などを経営理念に取り入れている。 大学時代は慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団と慶應義塾大学落語研究会に所属。
大野 晃(おおの あきら、1940年5月 - )は日本の社会… 大野 晃(おおの あきら、1940年5月 - )は日本の社会学者、旭川大学経済学部経営経済学科教授。高知大学名誉教授。研究分野は、環境社会学、地域社会学。山梨県出身。
岡部 うた子(おかべ うたこ、1940年1月1日 - )は、… 岡部 うた子(おかべ うたこ、1940年1月1日 - )は、日本の翻訳家。 山梨県都留市生まれ。駒澤大学文学部英文科卒業。神奈川県横浜市の高校教諭となる。主に児童書の翻訳を手掛けた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
高野 二郎(たかの じろう、1940年 - )は、日本の化学… 高野 二郎(たかの じろう、1940年 - )は、日本の化学者。理学博士。 専門は有機化学、環境化学、大学教育。東海大学理学部長、学長室長、副学長、学長などを歴任し、副総長を務める。 山梨県出身。東海大学生え抜きの学長。 山梨県立甲府第一高等学校卒業。1964年 東海大学工学部卒業。 2003年10月~2007年9月 学長職1期目の就任。2007年10月 学長代理に就任。2009年10月 学長職2期目の就任。 2012年 学校法人東海大学副総長に就任。2014年9月 学長職任期満了。 2014年10月 学校法人東海大学理事職に就任。
大谷 哲夫(おおたに てつお、1939年8月22日 - )は… 大谷 哲夫(おおたに てつお、1939年8月22日 - )は、日本の仏教学者、曹洞宗の僧侶。駒澤大学学長・総長、都留文科大学理事長、東北福祉大学学長、曹洞宗総合研究センター所長、北京大学客員教授、国際(日中)禅文化交流協会会長などを歴任。市ヶ谷の長泰寺住職。東京都出身。 新宿区生まれ 。1958年3月、山梨県立都留高等学校卒業。1963年3月、早稲田大学第一文学部哲学科東洋哲学専修卒業。1965年3月、早稲田大学大学院文学研究科東洋哲学専攻修了。1969年3月、駒澤大学大学院人文科学研究科博士課程仏教学専攻満期退学、4月に曹洞宗宗学研究所研究員。1977年4月、駒澤大学北海道教養部専任講師(岩見沢駒澤短期大学兼任講師)。
渡辺 利夫(わたなべ としお、1939年6月22日 - )は… 渡辺 利夫(わたなべ としお、1939年6月22日 - )は、日本の経済学者。学位は、経済学博士。東京工業大学名誉教授、拓殖大学名誉教授、公益財団法人オイスカ会長。日本李登輝友の会会長。一般社団法人高齢者活躍支援協議会会長。専門は開発経済学と現在アジア経済論。山梨県甲府市生まれ。
長田 幸雄(おさだ ゆきお、1939年2月24日 - )は、… 長田 幸雄(おさだ ゆきお、1939年2月24日 - )は、山梨県富士吉田市出身の元プロ野球選手(外野手)・解説者。
笠井 一彦(かさい かずひこ、 (1938-12-28) 1… 笠井 一彦(かさい かずひこ、 (1938-12-28) 1938年12月28日(87歳) - )は、東京生まれの俳優。山田洋次、黒澤明等の映画やテレビドラマで名脇役として活躍、中でも『男はつらいよ』では「タコ社長」が経営する朝日印刷の中村として第15作から第48作まで好演。 山梨県立都留高等学校卒。血液型はAB型。身長164cm。体重65kg。趣味はダイビング。 『青年座公演』主な出演作・役名
萩原 千秋(はぎわら ちあき、1938年12月1日 - 20… 萩原 千秋(はぎわら ちあき、1938年12月1日 - 2018年10月5日)は、山梨県出身のプロ野球選手、(外野手)。 日川高校から駒澤大学へ進学。当時の東都大学野球リーグは、専大、日大の二強時代で、在学中の優勝はならず、2位2回にとどまる。1959年春季リーグ、1960年春季リーグでベストナイン(外野手)に選出された。 1961年に東映本社入社と同時に東映フライヤーズへ入団。右足骨折で2年間を棒に振るが、1963年には一軍に定着。同年は毒島章一の長期欠場もあり、7月以降は右翼手として40試合に先発出場を果たす。東映には張本勲、白仁天、毒島といった実力者がおり、その後もレギュラーには届かなかったが、控え外野手や代打要員として長く活躍した。
藤原 忠彦(ふじわら ただひこ、1938年〈昭和13年〉11… 藤原 忠彦(ふじわら ただひこ、1938年〈昭和13年〉11月22日 - )は、日本の政治家。元長野県川上村長(8期)、元全国町村会長(4期)。 1938年(昭和13年)11月22日、長野県南佐久郡川上村で出生。 長野県臼田高等学校中退。農業に従事したのち、1961年(昭和36年)、大型トラクターの運転手として川上村の臨時職員に採用。その2年後の1963年(昭和38年)に正規職員として採用され、議会事務局長、企画課長などを歴任。 1988年(昭和63年)、川上村長選挙に出馬し、初当選。同年2月26日、川上村長に就任。 川上村長として独自の行政サービス実現に邁進し、専用カードで24時間利用できるシステムを構築した「24時間図書館」の運用、高原野菜のための土壌開発・新種開発・機械化・ブランド創り・海外輸出、レタスの市況や気象などを伝えるケーブルテレビ局の開設、地元産カラマツを活用した中学校の建設、赤字だった民間バス路線をスクールバスの車両と運転手を活用して村営化し、黒字に転換するなど、先進的な取り組みを展開した。
渡邉 玉枝(わたなべ たまえ、1938年11月12日 - )… 渡邉 玉枝(わたなべ たまえ、1938年11月12日 - )は、日本の登山家。富士河口湖町名誉町民。 山梨県富士河口湖町出身。家業の農業を手伝いながら、定時制高校に通う。都留短期大学(現都留文科大学)卒業後、神奈川県の職員(地方公務員)となる。神奈川県庁山岳会に入会し、登山を本格的に始め、1977年、マッキンリーに登頂。これは一般的なルートより難易度の高いバリエーションルートといわれる「南壁アメリカン・ダイレクトルート」の女性初登攀であった。 8,000メートル級の山4座のほか、モンブラン、キリマンジャロ、アコンカグアなどの登山歴をもつ。県庁勤務を経て県立高校事務長に就任。 田部井淳子に誘われ、50歳以上のメンバーで8000m級の山に挑戦しようという会「シルバータートル」に参加し、1991年52歳で初めての8000m峰チョ・オユーの登頂に成功する。
初鹿 勇(はつしか いさむ、1938年8月26日 - 202… 初鹿 勇(はつしか いさむ、1938年8月26日 - 2024年11月4日)は、山梨県出身の日本のアマチュア野球選手(外野手)、高校野球指導者。 山梨県出身。地元の巨摩高校卒業後は、東都大学野球連盟所属の駒澤大学に進学。大学卒業後は、社会人野球の電電関東に入社し、俊足巧打の外野手として活躍。 選手としての現役引退後は高校野球の指導者として活動を始める。地元・山梨の塩山商業高校の監督を28年務める。当時は無名だった同校を1976年夏開催の第58回全国高等学校野球選手権大会へと導き、春夏通じて初の甲子園出場を果たした。 1996年に同じ県内の私立・日本航空高校の監督に就任。当時は山梨県大会においても1勝から2勝程度のチームではあったが精度の高いノックや選手のスカウティング活動に力を入れ、就任3年目の1998年春開催の第70回選抜高等学校野球大会に同校を春夏通じて初の甲子園出場に導き、1勝を上げている。
井尻 千男(いじり かずお、1938年8月2日 - 2015… 井尻 千男(いじり かずお、1938年8月2日 - 2015年6月3日)は、日本の評論家、コラムニスト。拓殖大学名誉教授、拓殖大学日本文化研究所顧問(前所長)。新しい歴史教科書をつくる会顧問。 山梨県出身。立教大学文学部日本文学科卒業後、日本経済新聞社入社。文化部に勤務し、読書面のコラム『とじ糸』 『活字のうちそと』などのコラムを25年間執筆し、コラムニストとして活動。 1982年7月、月刊誌『Voice』誌上において、佐々木敦というペンネームでコラム「ベストセラー最前線」の執筆を開始。連載は1991年3月に『流行の言説・不易の思想―ベストセラー書評社会学』、1996年4月に『読書の醍醐味―ベストセラーで読み解く世紀末』としてまとめられている。
平野 忠彦(ひらの ただひこ、1938年3月5日 - 201… 平野 忠彦(ひらの ただひこ、1938年3月5日 - 2014年6月13日)は日本の俳優、オペラ歌手。山梨県甲府市出身。
平野 幸久(ひらの ゆきひさ、1938年2月25日 - )は… 平野 幸久(ひらの ゆきひさ、1938年2月25日 - )は、日本の経営者。中部国際空港社長、会長を務めた。山梨県甲府市出身。 1961年に東京大学工学部を卒業し、同年にトヨタ自動車工業に入社。1990年9月に取締役に就任し、1996年6月に関東自動車工業副社長、1997年6月に同社社長を歴任し、1998年4月には中部国際空港社長に就任。2007年6月に会長に就任。 2012年4月に旭日中綬章を受章。
井上 幸彦(いのうえ ゆきひこ、1937年(昭和12年)11… 井上 幸彦(いのうえ ゆきひこ、1937年(昭和12年)11月4日 - )は、日本の警察官僚。第80代警視総監。オウム真理教事件の捜査で名を馳せる。日韓合同開催ワールドカップなど国内の重要イベントでは警備を通して危機管理強化に貢献した。退官後、政治家への転身を目指し、2003年(平成15年)2月2日に行われた山梨県知事選挙に立候補したが、山本栄彦甲府市長に敗れて約46,000票差で落選した。栄典は瑞宝重光章。 1995年、突如発生した地下鉄サリン事件に見舞われ、警視庁は日本犯罪史上最悪のテロ事件に対応する使命を急遽担うこととなる。一般市民を狙った無差別化学テロという未曾有の凶悪犯罪に対し、井上自身も時の警視総監として警視庁の陣頭指揮を執る立場となった。
八代 英太(やしろ えいた、1937年〈昭和12年〉6月2日… 八代 英太(やしろ えいた、1937年〈昭和12年〉6月2日 - )は、日本の政治家、元アナウンサー、タレント、大学教授である。本名は前島 英三郎(まえじま えいざぶろう)。 郵政大臣(第65・66代)、参議院議員(3期)、衆議院議員(3期)を歴任。 山梨県東八代郡八代町(現:笛吹市)に生まれる。山梨県立石和高等学校(現:笛吹高等学校)卒業後、1957年 ラジオ山梨(1961年から山梨放送)にアナウンサーとして入社。1968年より日本テレビ『お昼のワイドショー』に中山千夏と共に司会者として加入。 1973年6月3日 愛知県刈谷市の市民会館で行われた畠山みどりの歌謡ショーの司会として出演。ものまねを始めようとマイクから後ずさりした際、せり舞台の穴(奈落)に転落。
保坂 司(ほさか つかさ、1937年3月3日 - 2018年… 保坂 司(ほさか つかさ、1937年3月3日 - 2018年1月21日)は、山梨県甲府市出身の元サッカー選手、サッカー指導者、政治家。 積翠寺温泉(甲府市)の旅館「古湯坊 坐忘庵」の保坂家の22代目であり、サッカーは山梨県立甲府第一高校の3年次より始めた。当初はウィングであったが、その後にGKにポジションを変更し、同年の第9回国民体育大会では準優勝を経験した。進学した明治大学でもサッカー部に所属、1年次よりスタメンに定着した。 大学卒業後は古河電工サッカー部に入部。古河では実業団初となる天皇杯獲得に貢献した。 1960年11月6日の韓国代表戦で日本代表として初出場。1964年の東京五輪でもレギュラーと目されていたが、大会直前の遠征で手を骨折してしまい、横山謙三にポジションを譲る事になった。
柏木 昭男(かしわぎ あきお、1937年 - 1992年1月… 柏木 昭男(かしわぎ あきお、1937年 - 1992年1月3日)は「The Warrior(戦士)」又は「Whale(鯨)」の呼び名で知られる、東京に拠点を置いた不動産投資家である。ラスベガスとアトランティックシティのカジノにて莫大な金銭をギャンブルに費やしたことで知られている。 1937年、山梨県富士吉田市で、宮大工である父の下に生まれる。中学卒業後は農業や富士山の強力などの職業に就いたのち、1969年に不動産業・貸金業の「柏木商事」を設立する。 柏木の経営手法は、カジノに連れていかれ、「カネがないならいくらでも貸すぞ」と迫り、借りたら最後、土地を取られてしまうという強引かつ暴力的なものであり、周囲の評判は決して良くなかった。
松澤 友久(まつざわ ともひさ、1936年9月15日 - )… 松澤 友久(まつざわ ともひさ、1936年9月15日 - )は、日本のラグビー指導者。山梨県出身。 日川高校卒業後、日本体育大学に入る。 日本体育大学卒業後、川崎の高校教師を経て1971年、相模台工業高校のラグビー部監督に就任。監督として在籍期間中花園1度の優勝、2度の準優勝に貢献。なお総監督を務めた1994年も花園連覇した。 監督退任後は山梨学院大学の監督就任。関東大学ラグビーリーグ戦グループ1部初昇格に貢献。相模原市ラグビーフットボール協会の会長を務めた。
輿石 東(こしいし あずま、1936年〈昭和11年〉5月14… 輿石 東(こしいし あずま、1936年〈昭和11年〉5月14日 - ) は、日本の政治家。 参議院副議長(第30代)、参議院議員(3期)、衆議院議員(2期)、参議院国土交通委員長、旧立憲民主党山梨県連合最高顧問、民主党参議院議員会長、民主党幹事長(第12代)、民主党幹事長職務代行、民主党代表代行、民主党参議院幹事長、民主党参議院国会対策委員長を歴任した。 山梨県韮崎市出身。山梨県立韮崎高等学校卒業。在学時には柔道部に所属。都留市立都留短期大学(現:都留文科大学)初等教育科卒業。在学時には、小学校教員免許取得を目指して勉強しながら空手や相撲などのスポーツにも取り組む。後に都留文科大学同窓会長や同窓会顧問をつとめる。
藤巻 義麿(ふじまき よしまろ、1936年(昭和11年)1月… 藤巻 義麿(ふじまき よしまろ、1936年(昭和11年)1月28日 - )は、日本の政治家。元山梨県甲斐市長(1期)。旭日小綬章受章。 山梨県立甲府第一高等学校卒。竜王町議会議員、同町長を経て、2004年に竜王町は合併により甲斐市となり、合併後の市長選挙に立候補し、無投票で当選した。甲斐市長は1期務め、2008年の市長選挙にには出馬しなかった。2009年秋の叙勲で旭日小綬章を受章。
大石 正彦(おおいし まさひこ、1936年1月11日 - )… 大石 正彦(おおいし まさひこ、1936年1月11日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手(投手)右投げ右打ち。1960年大洋V1戦士の一人。
西室 泰三(にしむろ たいぞう、1935年(昭和10年)12… 西室 泰三(にしむろ たいぞう、1935年(昭和10年)12月19日 - )は、日本の実業家。東芝名誉顧問。
深沢 秋男(ふかさわ あきお、1935年11月17日 - 2… 深沢 秋男(ふかさわ あきお、1935年11月17日 - 2021年1月15日)は、日本の国文学者。専門は仮名草子、特に如儡子『可笑記』。また『井関隆子日記』を再発見した功績でも知られる。 山梨県身延町生まれ。身延高等学校を経て、1962年法政大学文学部日本文学科卒。同年、桃源社編集部に就職。1969年誠文堂新光社事典部に転職。1983年昭和女子大学専任講師、1987年同助教授、1994年同教授。2005年定年退職、2008年同大学名誉教授。 鹿島則文旧蔵の桜山文庫、鈴木重嶺旧蔵の翠園文庫を昭和女子大学図書館に収めるにあたり尽力した。
西村 一孔(にしむら かずのり、1935年10月11日 - … 西村 一孔(にしむら かずのり、1935年10月11日 - 1999年3月1日)は、山梨県北都留郡富浜村(現・大月市富浜町)のプロ野球選手(投手)。愛称は、名前を音読みした「いっこう」。また、「西村一」とも書かれる。この愛称及び表記は、1955年シーズンに、同姓の西村孜(にしむら つとむ)投手が阪神に在籍していたためである。 初年度の華々しい活躍と、翌年以降の故障による選手生命の途絶から、阪神タイガースファンや関係者の間で『1年で散った伝説の剛腕投手』として語られる選手である。 山梨県北都留郡富浜村(現・大月市富浜町)の出身。山梨県立都留高等学校では、2年次に1952年の夏の甲子園に捕手兼控え投手として出場した。
山本 栄彦(やまもと たかひこ、1935年〈昭和10年〉9月… 山本 栄彦(やまもと たかひこ、1935年〈昭和10年〉9月6日 - 2023年〈令和5年〉4月9日)は、日本の政治家。第58代山梨県知事(2003年2月 - 2007年2月)、第33-35代山梨県甲府市長(1991年4月 - 2002年12月)。 明治大学経営学部を卒業。県経営者協会勤務の後、家業の旅館業を継ぐ(後述)。 伯父の山本達雄は元甲府市長で、自身も1991年4月に市民グループの公募に応じる形で甲府市長選挙に立候補。自民党の支援も得て初当選を果たし3期11年務める。この間、山梨県市長会長(1994年11月 - 1996年6月、2002年6月 - 2002年12月)・全国市長会副会長(1995年1月 - 1995年6月)・全国首長連携交流会会長(1997年4月 - 1999年5月)を歴任した。
市川 治彦(いちかわ はるひこ、1935年7月30日 - )… 市川 治彦(いちかわ はるひこ、1935年7月30日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手。
大村 智(おおむら さとし、1935年(昭和10年)7月12… 大村 智(おおむら さとし、1935年(昭和10年)7月12日 - )は、日本の化学者(天然物化学)。北里大学特別栄誉教授、東京理科大学特別栄誉博士、薬学博士(東京大学)、理学博士(東京理科大学)。2015年ノーベル生理学・医学賞受賞。 土壌に生息する微生物がつくる化学物質の中から役に立つものを探し出す研究を45年以上行い、微生物の大規模な培養や有機化合物の特性評価を行う独自の方法を確立した。これまでに大村の研究グループは微生物が作る500近い新しい化合物を発見し、そのうち20種以上が医薬、動物薬、農薬、研究用の試薬として実用化されている。1974年、静岡県の土壌から新種の放線菌を発見し、この放線菌が作り出す成分を元に米製薬メルクがアベルメクチンとその化合物イベルメクチンを開発した。
ヨネヤマ ママコ(1935年3月15日 - 2023年9月2… ヨネヤマ ママコ(1935年3月15日 - 2023年9月20日)は、日本のパントマイミスト、振付師、女優、モデル。本名は米山ママコ(よねやま ままこ)。米山 曼舞子(よねやま ままこ)名義での映画出演もある。 1958年 俳優座劇場、 劇団人間座・現代舞台芸術協会合同公演
ヨネヤマママコ(よねやま ままこ、1935年3月15日 - … ヨネヤマママコ(よねやま ままこ、1935年3月15日 - )は、日本の舞踏家、振付師、パントマイマー。本名は、米山 ママコ(よねやま ままこ)。米山 曼舞子(よねやま ままこ)名義での映画出演もある。
雨宮 眞也(あめみや まさや、1935年1月7日 - 202… 雨宮 眞也(あめみや まさや、1935年1月7日 - 2022年3月18日)は、日本の弁護士、法学者。駒澤大学名誉教授。同大学学長、中国遼寧大学名誉教授など歴任。 山梨市出身。1953年、山梨県立日川高等学校卒業。同年山梨中央銀行入行。1956年 中央大学法学部法律学科に入学。在学中の1959年に司法試験合格。1960年、中央大学卒業。1962年、弁護士登録(東京弁護士会14期)。 1969年、駒澤大学法学部講師。助教授を経て1974年、法学部教授に就任。 1983年、日本比較法研究所客員研究員。駒澤大学法学部長、1994より副学長。 1998年~2002年、駒澤大学学長。2001年から2009年まで日本ディスクロージャー研究学会会長。
中島 真人(中嶋 眞人、なかじま まひと、1935年 <昭和… 中島 真人(中嶋 眞人、なかじま まひと、1935年 <昭和10年> 1月1日 - 2008年 <平成20年> 5月18日)は、日本の政治家。参議院議員(2期)、山梨県議会議長、山梨県議会議員(3期)を務めた。位階は正四位。旭日重光章。 山梨県甲府市出身。山梨県立韮崎高等学校、拓殖大学商学部卒業。大学卒業後、山梨県立高等学校の教諭となる。1979年の山梨県議会議員選挙に立候補し初当選。3期務めた。在職中、1993年12月15日から1994年9月29日まで議長を務めた。1995年の第17回参議院議員通常選挙で山梨県選挙区から自由民主党公認候補として立候補し、現職の磯村修(民主改革連合)や新進党の赤池誠章らを破り初当選。
日向隆(ひなた たかし、1934年11月16日 - 2019… 日向隆(ひなた たかし、1934年11月16日 - 2019年2月8日)は日本の大蔵官僚。国税庁次長、東京国税局長、さわやか信用金庫初代理事長などを歴任。血液型はB型。 山梨県北巨摩郡出身(父母も山梨県)。山梨県立日川高等学校、東京大学法学部卒業。1959年 大蔵省入省(主税局調査課)。1965年7月 三原税務署長。1983年6月 国税庁長官官房総務課長。1984年6月27日 広島国税局長。1985年6月 国税庁調査査察部長。1987年6月25日 国税庁次長。1988年6月15日 東京国税局長。1989年6月23日 退官。同年7月 国民金融公庫理事。1991年7月 証券投資信託協会副会長兼専務理事。
清水 湛(しみず あつし、1934年(昭和9年)9月24日 … 清水 湛(しみず あつし、1934年(昭和9年)9月24日 - 2024年11月13日)は、日本の裁判官。弁護士(笠井総合法律事務所)。位階は正三位。元広島高等裁判所長官。山梨県出身。
矢頭 高雄(やとう たかお、1934年6月25日 - 200… 矢頭 高雄(やとう たかお、1934年6月25日 - 2003年3月9日)は、日本のプロ野球選手(外野手、三塁手)。 山梨県大月市出身。都留高校では、1952年の夏の甲子園にエースとして出場。この時にバッテリーを組んだのは、1歳年下で、後に投手として大阪タイガースに入団し、新人王になった西村一孔であった。この甲子園では、1回戦で豊田泰光を擁する水戸商に敗れた。 高校卒業後は立教大学へ進学し野手へ転向。東京六大学野球リーグでは1953年春季リーグで優勝を経験するが、その後は明大、早大に圧倒され優勝には届かなかった。4年生時には主将を務めた。大学同期に東実、堀本律雄、1年下に長嶋茂雄、杉浦忠らがいる。