井上 寛司(いのうえ ひろし、1941年7月4日 - )は、… 井上 寛司(いのうえ ひろし、1941年7月4日 - )は、日本の歴史学者、島根大学・大阪工業大学名誉教授。専攻は日本中世史。 京都府京都市生まれ。1966年大阪大学文学部史学科卒業。1968年に大阪大学大学院文学研究科博士課程を中退し、大阪大学文学部助手となる。1975年に島根大学に移り文理学部助教授、教授を経て、1997年定年退官、名誉教授。大阪工業大学情報科学部教授となり、2007年に退任、名誉教授となる。
村上 保壽(むらかみ やすとし、1941年3月4日 - )は… 村上 保壽(むらかみ やすとし、1941年3月4日 - )は、日本の倫理学者、仏教学者。博士(文学)(1995年、東北大学にて取得)。 京都府加佐郡で出生。綾部市出身。1965年東北大学文学部哲学科卒業、1967年同大学院文学研究科修士課程修了、東北大学助手、山口大学教養部助教授、1985年同大学教授。1990年高野山大学教授。総本山金剛峯寺執行・高野山真言宗教学部長を歴任。高野山大学名誉教授・高野山伝燈大阿闍梨。1995年「空海の世界と智の構造」で東北大学にて博士(文学)。元の専門はルソーなど。2022年、瑞宝中綬章受章。
松井 芳郎(まつい よしろう、1941年2月21日 - )は… 松井 芳郎(まつい よしろう、1941年2月21日 - )は、日本の法学者。名古屋大学名誉教授。専門は国際法。法学修士(京都大学)。京都府出身。元民主主義科学者協会法律部会理事。 指導教官は田畑茂二郎。 父親は京都大学経済学部教授を務めた松井清(国際貿易論)。
小林 武(こばやし たけし、1941年 - )は、法学者(法… 小林 武(こばやし たけし、1941年 - )は、法学者(法学博士)。京都市生まれ。立命館大学大学院法学研究科修了。憲法学、地方自治法、教育法学を専攻。 南山大学、愛知大学などで教鞭をとり、現在は沖縄大学客員教授。 全国革新懇(平和・民主・革新の日本をめざす全国の会)代表世話人を務める。 「養之如春」(これを養うこと春のごとし)を、学び始めるのに遅いということはない、そしてゆったりと進めようという意味だと解釈して、モットーにしている。 2020年11月瑞宝中綬章受章。 その他、論説、翻訳、判例研究など多数。
熊谷 英彦(くまがい ひでひこ、1940年10月 - )は、… 熊谷 英彦(くまがい ひでひこ、1940年10月 - )は、日本の農芸化学者(醗酵学・応用微生物学・酵素工学)。学位は農学博士(京都大学・1969年)。京都大学名誉教授、石川県立大学学長・名誉教授。 京都大学農学部教授、京都大学大学院生命科学研究科教授、社団法人日本農芸化学会会長(第54代)、石川県農業短期大学教授などを歴任した。 1940年生まれ。京都府京都市にて育った。地元の京都大学に進学し、農学部の農芸化学科に在籍した。1964年京都大学卒業。大学卒業後はそのまま大学院農学研究科農芸化学専攻に進学した。1969年に、京都大学大学院の博士課程を単位取得退学した。それから半年後の同年9月には、京都大学より農学博士の学位を取得している。
茨木 俊秀(いばらき としひで、1940年9月29日 - )… 茨木 俊秀(いばらき としひで、1940年9月29日 - )は、日本の計算機科学者。京都大学名誉教授。京都情報大学院大学名誉学長 。専門はアルゴリズム、計算複雑性、組合せ最適化。兵庫県出身。
上田 健二(うえだ けんじ、1940年9月21日 - 201… 上田 健二(うえだ けんじ、1940年9月21日 - 2010年2月3日)は、日本の法哲学者、刑法学者。 京都市生まれ。同志社大学法学部教授。ドイツのミュンヘンに留学し、グスタフ・ラートブルフの弟子であるアルトゥール・カウフマンに影響を受けた。ドイツの法哲学について造詣が深く、アルトゥール・カウフマン『法哲学』を代表とした数多くの訳業がある。 他にも『同志社法学』などに発表した訳業が数多く存在する。
田中 直隆(たなか なおたか、1940年1月8日 - )は、… 田中 直隆(たなか なおたか、1940年1月8日 - )は、日本の経営学者。 京都府京都市生まれ。別名・池ノ上直隆。1962年明治大学経営学部卒、1970年同大学院経営学研究科博士課程修了。その後「経営は実践である」という信念のもと、20種類以上の職種を経験。東京家政大学非常勤講師を兼務しながら経営者として15年実務に奮闘。事業を後継者に譲り、第一経済大学教授に就任。帝京大学経営研究科教授を経てコロンビア大学客員研究員。スタンフォード大学客員研究員を歴任。経営学博士。聖パウロ国際大学心霊治療学教授。心理相談員。
村上 敬一(むらかみ けいいち、1940年1月4日 - )は… 村上 敬一(むらかみ けいいち、1940年1月4日 - )は、日本の法学者。裁判官。同志社大学法科大学院教授。
森 三紀(もり みつとし、1940年 - )は日本の製図家・… 森 三紀(もり みつとし、1940年 - )は日本の製図家・地図学者、森図房代表・白蓮理事、立命館大学・奈良大学非常勤講師。滋賀県守山市在住。 京都府京都市出身。1963年に京都大学文学部を卒業し、サンケイ新聞編集局を務め、1967年に企業経営の調査・査定に従事。その後、1971年森図房で地図編集制作をはじめる。1975年から現在まで立命館大学非常勤講師を務め、1983年から2000年まで奈良女子大学非常勤講師をし、1985年から1999年まで京都大学非常勤講師を務める。その間の1985年に守山市手をつなぐ親の会2期会長を務める。1987年に社会福祉法人「もるどう会」10期監事を務め、2001年には「もりやま共同作業所」の運営協議会「慈光会」2期監事も務める。
阿満 利麿(あま としまろ、1939年12月20日 - )は… 阿満 利麿(あま としまろ、1939年12月20日 - )は、日本の宗教学者、明治学院大学名誉教授。専攻は宗教学、日本思想史。 京都市生まれで、生家は西本願寺の末寺であった。1962年京都大学教育学部卒業。 1962年4月にNHK入局。教養番組のチーフ・ディレクター等を経て、1987年4月明治学院大学国際学部新設に伴い国際学部教授として招聘。担当科目は「民族学(フォークロア)」、「仏教文化論」、「日本文化論」など。国際学部長、大学図書館長などを歴任した。2006年3月依願退職し名誉教授。 退職後は、同志とともに「連続無窮の会」を創設し、同人。浄土宗・真宗系の関係者によるシンポジウムや講演にも多く参加・関与している。
河原林 佑介(かわらばやし ゆうすけ、1939年〈昭和14年… 河原林 佑介(かわらばやし ゆうすけ、1939年〈昭和14年〉8月23日 - )は、日本の学者、実業家。 京都西陣に生まれ、同志社大学を中退し、カリフォルニア大学サンタバーバラ校を卒業。さらにカンザス大学大学院を卒業、学者としてそのまま米国に留まる。 パシフィック大学で語学の助教授/語学研究所所長として長年務めるが、後に多国籍企業に移り、ヨーロッパを拠点に世界を駆け巡るビジネスマンとなる。その後に独立をして、自らの企業グループを作り上げ、南米、ヨーロッパ、アジアなどに事業を広げ、実業家として成功する。 米国のランバス大学(英語版)(Lambuth University、現:メンフィス大学ランバス校)とウィリアム・ペン大学(英語版)(William Penn University)から国際ビジネスの名誉博士号を授与される。
杉田 繁治(すぎた しげはる、1939年5月23日 - )は… 杉田 繁治(すぎた しげはる、1939年5月23日 - )は、日本の民族学者。専攻はコンピューター民族学・比較文明学。国立民族学博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。公益財団法人鯉山保存会代表。
関 隆志(關 隆志、せき たかし、1939年(昭和14年)2… 関 隆志(關 隆志、せき たかし、1939年(昭和14年)2月16日 - 2023年3月16日)は、日本の古典考古学者。位階は従四位。大阪市立大学名誉教授。 京都府京都市生まれ。国際基督教大学(学士)、ドイツのルール大学ボーフム(Dr. Phil.)。幾何学様式時代からヘレニズム末までのギリシャ陶芸・建築・彫刻、及び、ローマ帝政期美術に関する古典考古学で、欧米を中心に活動する。1987年アテネ考古学協会Archaeological Society of Athens名誉会員。1991年『古典古代神話図像学事典』(Lexicon Iconographicum Mythologiae Classicae) 国際科学委員会委員。
中野 武宣(なかの たけのり、1938年10月26日 - )… 中野 武宣(なかの たけのり、1938年10月26日 - )は、日本の天文学者・宇宙物理学者。専門は、恒星および惑星の形成過程。理学博士(京都大学・1966年)。 京都府舞鶴市出身で、林忠四郎の弟子。
岩井 嘉男(いわい よしお、1938年1月24日 - 201… 岩井 嘉男(いわい よしお、1938年1月24日 - 2012年)は、日本の電気/電子物理工学・半導体工学者。工学博士(大阪大学)。電気学会関西支部2001協議員 。大阪大学工学部電気系同窓会澪電会元会員。 専門は、半導体工学・電気/電子物理工学。 京都市生まれ。1961年大阪工業大学工学部電気工学科卒業。1963年大阪大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程修了、のちに工学博士(大阪大学)。1969年大阪工業大学工学部電気工学科に講師として着任。その後、助教授・教授などを経て、2003年大阪工業大学退官。退官後は、同大学電気クラブ会長も務めた。2012年逝去。 大阪工業大学工学部電気工学科にて30年以上の長きに渡り教鞭を執り、特に半導体工学の研究・育成に貢献した。
上野 民夫(うえの たみお、1938年(昭和13年)1月19… 上野 民夫(うえの たみお、1938年(昭和13年)1月19日 ‐ 2018年(平成30年)9月17日)は、日本の化学者。専門は天然物有機化学。京都大学名誉教授。 京都市左京区岡崎に生まれる。父は開業医を営んでいた。京都府立鴨沂高等学校から京都大学農学部に進み、1962年に卒業。同大の大学院博士課程(農学研究科)を1967年3月に修了して、農学博士号を取得した。 1967年5月よりダルムシュタット工科大学(当時は西ドイツ)の有機化学研究所で研究員となる。1968年に帰国し、9月より京都大学農学部附属農薬研究施設、農薬化学生物学部門の助手に就任。以後、助教授(1979年4月)を経て、1992年6月に教授(農芸化学科生物調節化学講座)に昇格した。
藤田 久一(ふじた ひさかず、1937年(昭和12年)8月2… 藤田 久一(ふじた ひさかず、1937年(昭和12年)8月23日 - 2012年(平成24年)11月7日)は、日本の法学者。専門は国際法。学位は、法学博士(京都大学・論文博士・1985年3月)(学位論文「国際人道法」)。東京大学教授・神戸大学教授を経て、関西大学名誉教授。万国国際法学会正会員。京都府京都市出身。 国際人道法の大家であるが、核兵器規制や軍縮、戦争犯罪などに関する研究も多い。 指導教官は田畑茂二郎。学部生時代は加藤新平(法哲学)のゼミナリステンであった。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、… 吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、日本のジャーナリスト、歴史家。 京都市生まれ。1963年同志社大学大学院法学研究科修士課程修了。1964年朝日新聞大阪本社入社。入社後も大学院時代の師田畑忍に師事し、日本近現代史研究を継続。1997年定年退職、名城大学非常勤講師となり外交史、政治史の講義を担当。
馬場 伸也(ばんば のぶや、1937年3月25日 - 198… 馬場 伸也(ばんば のぶや、1937年3月25日 - 1989年10月6日)は、日本の政治学者、大阪大学法学部教授。専門は、国際政治学、カナダ研究、平和学、国際社会学。 京都府京都市生まれ。同志社大学法学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校から博士号(歴史学)取得。カナダ・マギル大学準教授、津田塾大学教授を経て、1982年から大阪大学で教鞭を執る。日本平和学会会長(1987年-1989年)、日本カナダ学会初代会長を務める。1989年、心不全のため死去。 日本の国際関係論に、国家というアクターを中心に考えない視座や文化というものの見方を導入した先駆者の一人として、今日でも評価されている。
杉本 大一郎(すぎもと だいいちろう、1937年3月18日 … 杉本 大一郎(すぎもと だいいちろう、1937年3月18日 - )は、日本の天文学者・宇宙物理学者。専門は恒星進化論。学位は、理学博士(京都大学)。東京大学名誉教授、放送大学名誉教授。2012年瑞宝中綬章受章。 京都府乙訓郡新神足村(現・長岡京市)出身。父は開業医。1955年、京都府立桂高等学校卒業。国語の担当教員は、後に国文学者となる清水好子だった。京都大学工学部電子工学科に進学するも2年次に転部し、1959年に京都大学理学部物理学科を卒業。京都大学大学院理学研究科に進学し、林忠四郎が教授を務める天体核研究室に入り林に師事する。1964年、京都大学大学院理学研究科原子核理学専攻博士課程を修了し、理学博士の学位を取得。
塩見昇(しおみ のぼる、1937年2月11日 - )は、日本… 塩見昇(しおみ のぼる、1937年2月11日 - )は、日本の図書館学者。専門は図書館情報学。大阪教育大学名誉教授。 京都府京都市出身。京都大学教育学部卒業。1960年大阪市立図書館司書、1971年大阪教育大学講師。同教授、同大学附属図書館長を歴任した。2002年定年退職、名誉教授、大谷女子大学教授。2007年退職。日本図書館協会理事長(2005年 - 2013年)、日本図書館研究会理事長。2016年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
家森 幸男(やもり ゆきお、1937年 - )は、日本の医学… 家森 幸男(やもり ゆきお、1937年 - )は、日本の医学者。医学博士。WHO循環器疾患専門委員、武庫川女子大学国際健康開発研究所長、ハーバード大学客員教授、京都大学名誉教授(予防栄養学)。病理学専攻。日本に「カスピ海ヨーグルト」を紹介したことで知られ、長寿に関する研究で知られる。 京都府出身。京都府立鴨沂高等学校を経て、1962年、京都大学医学部を卒業し、1967年に京都大学大学院医学研究科博士課程修了。島根医科大学教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授などを務めた。
家 正治(いえ まさじ、1937年(昭和12年) - )は、… 家 正治(いえ まさじ、1937年(昭和12年) - )は、日本の法学者。専門は国際法学。神戸市外国語大学名誉教授、姫路獨協大学名誉教授。京都府生まれ。 2017年1月28日に大阪市で開催された「新春 日朝友好芸術のつどい」実行委員会の実行委員長を務めた。 2017年4月14日には、北朝鮮の親善勲章第2級を受勲している。 2018年、埼玉大学名誉教授の鎌倉孝夫を団長、「福島朝鮮学校を支援する会」会長の住谷圭造を秘書長とする代表団の副団長として北朝鮮を訪問した。 2020年1月11日に沖縄県立博物館・美術館で開催された、北朝鮮の指導者金正恩の誕生日を祝賀するための「チュチェ思想新春セミナー」に、高良鉄美(参議院議員)、平良研一(沖縄大学名誉教授)、尾上健一(チュチェ思想国際研究所事務局長)らとともに参加し、みずからは講演を行った。
仲尾 宏(なかお ひろし、1936年8月27日 - 2023… 仲尾 宏(なかお ひろし、1936年8月27日 - 2023年1月1日)は、日朝関係史学者、京都造形芸術大学客員教授。一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター(KMJ)理事長。財団法人世界人権問題研究センター理事。龍谷大学安重根東洋平和研究センター客員研究員。前近代日朝関係史、朝鮮通信使を研究。 京都府京都市生まれ。1960年同志社大学法学部政治学科卒業。京都芸術短期大学・京都造形芸術大学教授、2007年京都造形芸術大学客員教授。 2002年京都市国際交流賞。2007年京都新聞学術文化大賞。 2023年1月1日、脳梗塞のため死去。86歳没。
松尾 稔(まつお みのる、1936年(昭和11年)7月4日 … 松尾 稔(まつお みのる、1936年(昭和11年)7月4日 - 2015年5月9日)は、日本の工学者。名古屋大学名誉教授、元総長。工学博士(京都大学)。専門は土質工学。京都市出身。 1960年京都大学工学部土木工学科卒業、1962年同大学院工学研究科修士課程修了、1964年京都大学講師、65年助教授。1969年「引揚力を受ける基礎と複合地盤の支持力に関する研究」で工学博士(京都大学)、1972年名古屋大学工学部助教授、1978年教授、1989年工学部長、1995年名古屋大学理工科学総合研究センター長、1998年名古屋大学総長、2004年退任、名誉教授、財団法人科学技術交流財団理事長、なごや環境大学(これは正式な大学ではない)学長、2004年6月中部電力株式会社社外監査役、2006年財団法人名古屋都市センター理事長。
真木 和美(まき かずみ、1936年1月27日 - 2008… 真木 和美(まき かずみ、1936年1月27日 - 2008年9月10日)は、日本の物理学者。専門は、超伝導・超流動・電荷密度波・スピン密度波などを含む凝縮系の理論物理学。ジョン・バーディーン賞受賞。超伝導分野の専門語「Maki-Tompson項」や「Makiパラメター」に名前を残している。外国に拠点をおいて世界的な研究を続けた数少ない日本人研究者の一人としても特筆される。音楽や絵画にも造詣が深かった。 真木和美は京都大学湯川研究室で素粒子論を学び、学位論文はその分野のものでありながら、のちの研究方向を示唆するものでもあった。そして、同研究室から米国に留学し帰国した恒藤敏彦から、超伝導分野に興味深い問題が山積していると告げられ、BCS理論に基づいた、超伝導に関する場の理論的アプローチを展開した。
倉戸 ヨシヤ(くらと ヨシヤ、1936年 - )は臨床心理学… 倉戸 ヨシヤ(くらと ヨシヤ、1936年 - )は臨床心理学者。クリスチャンの家系に生まれ、名前の「ヨシヤ」も聖書からとったものである。妻は倉戸由紀子であり、夫婦共に人間性心理学やゲシュタルト療法の研究に従事している。大阪市立大学名誉教授。 同志社高等学校を経て、1959年同志社大学文学部心理学専攻卒業、大阪社会事業短期大学助手。 "マサチューセッツ大学アマースト校"大学院教育学部カウンセリング専攻博士課程修了M.Ed.、Ed.D.サンフランシスコ州立大学専任講師・カウンセラー 日本心理臨床学会理事、同編集委員、同倫理委員、現在名誉会員、日本人間性心理学会理事長、大阪府臨床心理士会会長などを歴任した。
西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の… 西口 順子(にしぐち じゅんこ、1936年 - )は、日本の歴史学者、日本女性史研究者、相愛大学名誉教授。 京都市生まれ。1959年、京都女子大学文学部卒。相愛大学教授。2007年、定年退任、名誉教授。
薬師 義美(やくし よしみ、1936年 - )は、日本の地理… 薬師 義美(やくし よしみ、1936年 - )は、日本の地理学者、ヒマラヤ研究家。第1回ゲスナー賞(銀賞)、第1回秩父宮記念山岳賞を受賞。 富山県生まれ、京都市出身。立命館大学文学部地理学科卒業、同大学院文学研究科修士課程修了。大谷高等学校教諭を経て研究者となる。日本のヒマラヤ研究の第一人者として知られ、チベット山岳関係の著書、翻訳書を数多く手掛けている。 著書『新版ヒマラヤ文献目録』(白水社、1994年)で、第1回ゲスナー賞(銀賞)、第1回秩父宮記念山岳賞を受賞。
森 正夫(もり まさお、1935年12月11日 - )は、日… 森 正夫(もり まさお、1935年12月11日 - )は、日本の中国史学者、名古屋大学名誉教授。 京都府出身。京都府立洛北高等学校卒、1958年京都大学文学部東洋史学科卒、1963年同大学院博士課程単位取得退学。1989年「明代江南土地制度の研究」で文学博士。1963年名古屋大学文学部助手、1967年高知大学教育学部専任講師、1968年助教授、1970年名大文学部助教授を経て、1980年教授、1989-1991年文学部長を務め、1998年定年退官、名誉教授となる。1998-2001年愛知県立大学学長。明清史が専門。 2013年11月瑞宝中綬章受章。
槌田 劭(つちだ たかし、1935年11月27日 - )は、… 槌田 劭(つちだ たかし、1935年11月27日 - )は、日本の物理学者、アソシエーショニスト。専攻は金属物理学(特にレアアース)。 京都市生まれ。父は槌田龍太郎、兄は槌田敦。1958年 京都大学理学部化学科卒業。1963年アメリカピッツバーグ大学留学。1967年京都大学工学部助教授。1973年伊方原発訴訟に住民側証人として参加。炉心担当。1978年松山地方裁判所での敗訴後、科学技術そのものの社会でのあり方に疑問を持ち、1979年京都大学を辞職。1979年京都精華大学開学時に精華大教員に(美術学部)。 1973年使い捨て時代を考える会、1975年安全農産供給センターを設立。有機農業運動及び環境運動に深く関わる。
横井 清(よこい きよし、1935年10月31日 - 201… 横井 清(よこい きよし、1935年10月31日 - 2019年4月7日)は、日本中世史学者。 京都市生まれ。1958年立命館大学文学部卒、1962年同大学院文学研究科博士課程中退、京都市史編纂補助、1970年代花園大学文学部助教授、著述業の時代をへて、1980年代富山大学人文学部教授、1990年代桃山学院大学文学部教授。1989年『的と胞衣』で毎日出版文化賞受賞。中世民衆史を専攻し、差別、穢れなどの問題を実証的に論じた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
上杉 孝實(上杉 孝実、うえすぎ たかみち、1935年(昭和… 上杉 孝實(上杉 孝実、うえすぎ たかみち、1935年(昭和10年)9月15日 - )は、日本の教育学者、京都大学名誉教授。専攻は社会教育、教育社会学。 京都府宮津市生まれ。1959年京都大学教育学部卒業。61年同大学院教育学研究科修士課程修了、京都府立図書館勤務、62年大阪市教育委員会社会教育主事補、67年大阪府科学教育センター、69年姫路短期大学講師、1970年助教授、73年奈良女子大学助教授、78年京都大学教育学部助教授、87年教授、学部長、99年定年退官、名誉教授、龍谷大学教授、2006年畿央大学教育学部教授、学部長、2010年退職。世界人権問題研究センター客員研究員。
中谷 猛(なかたに たけし、1935年 - )は、日本の政治… 中谷 猛(なかたに たけし、1935年 - )は、日本の政治学者。専門は、フランス政治思想。立命館大学名誉教授。 京都市生まれ。同志社大学文学部卒業(1961年)。同大学院文学研究科修士課程、法学研究科博士課程修了。長崎総合科学大学、立命館大学で教鞭をとる。
上芝 功博(うえしば よしひろ、1935年 - )は、日本の… 上芝 功博(うえしば よしひろ、1935年 - )は、日本の心理学者。法務技官として、非行少年の診断・鑑別を担当。那覇、京都、神戸、大阪、東京少年鑑別所所長など歴任。退官後は、千葉大学教育学部教授、甲南大学大学院、龍谷大学にて講師として活躍。専門はロールシャッハ・テスト。
谷口 安平(たにぐち やすへい、1934年(昭和9年)12月… 谷口 安平(たにぐち やすへい、1934年(昭和9年)12月26日 - )は、日本の法学者。専門は民事訴訟法。京都大学名誉教授。弁護士、弁護士法人松尾綜合法律事務所客員弁護士。 京都府立鴨沂高校卒業、日本の司法試験は、京都大学法学部在学中に合格。その後、民法並びに民事訴訟法などを主な研究領域とした学者を目指し、海外のロースクールへ留学。 倒産法分野の研究においては、日本では権威的存在である。また、株式会社における総会決議の効力を争う訴訟について、その実質が会社という法人自身は紛争主体になっていない内部紛争であることに着目し、会社の被告適格性に疑問を呈した「コップの中の嵐」理論でも知られる。 民法学者谷口知平の次男。
萩 吉康(はぎ よしやす、1934年12月 - )は、日本の… 萩 吉康(はぎ よしやす、1934年12月 - )は、日本の教育学者・社会学者である。皇學館大学教授。専門は、児童教育・社会福祉学。 京都市出身。1956年、中部社会事業短期大学社会事業学科を卒業し、1959年まで同短期大学人間関係研究所助手をつとめるとともに、日本福祉大学社会福祉学部に編入学し、1961年卒業。日本福祉大学社会福祉学部助手となる。 1962年、社団法人岐阜精神病院サイキアトリック・ソーシャルワーカーに就任、1964年に三重県立幼稚園教員養成所専任講師となり、1976年、皇學館大学文学部講師、1980年同助教授、1989年同教授。2000年、皇學館大学社会福祉学部教授となり、2005年定年退職。
森谷 尅久(もりや かつひさ、1934年9月23日- 201… 森谷 尅久(もりや かつひさ、1934年9月23日- 2019年10月2日)は、日本史学者、武庫川女子大学名誉教授。 京都市出身。1957年立命館大学文学部卒、64年同大学院文学研究科修士課程修了。大津市史編纂委員、京都市史編纂所員、京都大学人文科学研究所講師、1982年京都市歴史資料館初代館長。武庫川女子大学教授、2005年定年、名誉教授。京都文化に関する著作多数。
梶野 啓(かじの ひろむ、1934年9月17日 - )は、ド… 梶野 啓(かじの ひろむ、1934年9月17日 - )は、ドイツ文学者、奈良女子大学名誉教授。筆名・梶野 玲王。京都市生まれ。 1958年京都大学文学部独文科卒、1960年同大学院修士課程修了、大阪工業大学教養部助手、1963年奈良女子大学文学部講師、69年助教授、85年教授。97年定年退官、名誉教授、四国学院大学教授。1962年日本ゲーテ協会会長賞受賞。1975-76年西ドイツ・ボン大学に学ぶ。
高坂 正堯(こうさか まさたか、1934年〈昭和9年〉5月8… 高坂 正堯(こうさか まさたか、1934年〈昭和9年〉5月8日 - 1996年〈平成8年〉5月15日)は、日本の国際政治学者、歴史家、思想家。京都大学(京大)法学部教授を長く務め、学んだのも京大であった。国際政治学や欧州外交史を専門とし、現実主義(リアリズム)の立場から理論や日本の針路についての発言を展開した。日本の国際政治学に大きな影響を与えたほか、論壇でも活躍した。主著に『古典外交の成熟と崩壊』『国際政治』『宰相吉田茂』『海洋国家日本の構想』など。 生まれも京都市で、哲学者高坂正顕の次男である。 高坂家の先祖は高坂弾正忠昌信と言われる(後述)。父の高坂正顕は西田幾多郎に学んだ京都学派の哲学者で、「近代の超克」を唱えた。
深見 茂(ふかみ しげる、1934年1月24日 - )は、ド… 深見 茂(ふかみ しげる、1934年1月24日 - )は、ドイツ文学者、大阪市立大学・滋賀県立大学名誉教授、祇園祭山鉾連合会理事長。 京都市生まれ。1958年大阪大学大学院独文科修士課程修了、同年6月大阪市立大学文学部助手、講師、助教授。1981年10月教授。1994年「ドイツ近代短篇小説の研究 -その歴史と本質」で大阪市大文学博士。1995年定年退官、名誉教授、滋賀県立大学国際教育センター教授。2004年退任、名誉教授。2012年11月、瑞宝中綬章受章。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
梅原 郁(うめはら かおる、男性、1934年1月1日 - 2… 梅原 郁(うめはら かおる、男性、1934年1月1日 - 2020年5月3日)は、日本の東洋史学者。京都大学名誉教授。専門は中国史、特に宋代史。 京都市生まれ。父は東洋考古学者の梅原末治。1957年京都大学文学部史学科東洋史学専修卒業。1962年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1966年神戸学院大学助教授、1969年京都大学人文科学研究所助教授、1981年同教授。1986年「宋代官僚制度研究」で文学博士の学位を取得。1997年定年退官、名誉教授、就実女子大学教授。2005年退職。就実大学では西嶋定生文庫の整備に尽力した。 宋代史を主要な研究分野とするが、元・明・清朝の法制史・制度史研究でも大きな成果がある。
古川 哲雄(ふるかわ てつお、1934年 - )は、日本の医… 古川 哲雄(ふるかわ てつお、1934年 - )は、日本の医師、医学者。専門は神経内科学。 1934年、兵庫県伊丹市に生まれる。滋賀県日野町立小、中学校卒、京都同志社高校卒。 1961年、東京大学医学部医学科を卒業する。1962年、東京大学医学部第3内科に入る。1967年、医学博士号を取得する。1968年、東京大学医学部脳研神経内科に入る。1969年から1971年、および1977年、ロサンゼルスのカリフォルニア大学に留学する。1975年から80年にかけて東京女子医科大学神経内科非常勤講師を併任していた。1978年、日本赤十字社医療センター神経内科部長となる。1980年から2002年まで、東京医科歯科大学医学部神経内科助教授、保健衛生学科教授を務める。
橋本 直樹(はしもと なおき、1934年 - )は、日本の農… 橋本 直樹(はしもと なおき、1934年 - )は、日本の農学博士、ビール醸造研究者、食に関する著述家・講師。 キリンビールの研究所長やビール工場長・常務、京都大学講師、帝京平成大学教授などを務め、2010年現在は食に関する講演などを行う。 京都市生まれ、1956年、京都大学農学部農芸化学科卒業。1971年農学博士号を取得し、入社したキリンビールでは醸造について研究し、研究所長・工場長を経て常務を務める。 キリンビール在職中1987年「ライトビールの創成~香味品質の設計技法の開発と応用」で日本農芸学会・農芸化学技術賞を受賞する。 2006年から2010年まで帝京平成大学教授を務める。2011年、日本醸造学会:功績賞受賞。
塚原 仲晃(つかはら なかあきら、1933年11月11日 -… 塚原 仲晃(つかはら なかあきら、1933年11月11日 - 1985年8月12日)は、日本の医学者・大脳生理学者・脳神経学者。大阪大学基礎工学部教授。医学博士。 京都府京都市生まれ。東京大学医学部卒業。1963年に東京大学より医学博士を授かる。博士論文の題は「A contribution of internuncial activity to motoneuronal discharges(前柱細胞発射にたいする介在細胞活動の関与について)」。 36歳で大阪大学教授に就任。シナプス、記憶に関する研究においては世界をリードしていたとの評価もある[誰によって?]。当時の日本を代表する脳神経学者の一人でもあった。
辻井 重男(つじい しげお、1933年9月13日 - )は、… 辻井 重男(つじい しげお、1933年9月13日 - )は、日本の情報工学者、東京工業大学名誉教授。
只木良也(ただき よしや、1933年6月13日 - )は、日… 只木良也(ただき よしや、1933年6月13日 - )は、日本の森林生態学者、名古屋大学名誉教授、京都府立林業大学校名誉校長、国民森林会議顧問。 京都市出身。1956年京都大学農学部林学科卒、61年同大学院博士課程修了、「数量的間伐に関する生態学的研究」で農学博士の学位を取得。四手井綱英に師事。61年農林省林業試験場、70年同調査部企画室長、73年同造林部造林第二研究室長、1978年信州大学理学部教授に転じ、1991年名古屋大学農学部教授、97年定年退官、名誉教授。プレック研究所生態研究センター長。国民森林会議顧問。86年読売農学賞を「森林生態系の物質生産構造及び環境保全機能に関する研究」で受賞。
大山 喬平(おおやま きょうへい、1933年5月7日 - )… 大山 喬平(おおやま きょうへい、1933年5月7日 - )は、日本の日本史学者。京都大学名誉教授。専門は中世農村史。 1933年、京都市生まれ。京都大学文学部国史学科に入学、赤松俊秀や林屋辰三郎に師事。また、大学同期生に、河音能平(大阪市立大学名誉教授)や安丸良夫(一橋大学名誉教授)がいた。1957年3月に同大学卒業。同大学大学院に進学、1962年3月京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。 1963年10月より名古屋市立大学専任講師。1964年4月、同大学経済学部助教授。1969年4月、大阪市立大学文学部助教授に転じた。1971年4月より京都大学文学部助教授を務めた。1981年7月、学位論文『日本中世農村史の研究』を京都大学より文学博士の学位を取得。
河合 秀和(かわい ひでかず、1933年4月28日 - )は… 河合 秀和(かわい ひでかず、1933年4月28日 - )は、日本の政治学者。学習院大学名誉教授。専門は比較政治、イギリス政治。 1933年、京都市生まれ。1952年京都府立鴨沂高等学校卒業。1956年に東京大学法学部を卒業した。1961年東京大学大学院社会科学研究科国際関係論専攻修了。1962年オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジに留学。1966年学習院大学法学部助教授。1970年学習院大学法学部教授をつとめた。2000年学習院大学東洋文化研究所長。2004年学習院大学を退任後に、中部大学国際関係学部特任教授として教鞭をとった。2008年3月末を以て、中部大学特任教授を退任。 この他に、1991年から1992年に放送大学客員教授。