深井 慎一郎(ふかい しんいちろう、1981年 - )は、日… 深井 慎一郎(ふかい しんいちろう、1981年 - )は、日本のジャーナリスト、TBSの報道局の記者。 京都府京都市出身。東山中学校・高等学校から関西学院大学文学部心理学科に進学。 2005年3月に同大学を卒業。同年4月、TBSに入社。同期は石井大貴、飯田和孝、嵯峨祥平、田中健太、宮本晴代。アナウンサーには青木裕子、新井麻希、岡村仁美がいる。 報道局政治部記者として、小泉首相の総理番・第一次安倍総理番、幹事長の番記者を経て、夕方の報道番組『Nスタ』や情報制作局制作の『情報7daysニュースキャスター』のディレクターを担当。 退任後は再び政治部に戻り、外務省、首相官邸クラブ・与党平河キャップを担当。
小澤 一郎(おざわ いちろう、1977年9月1日 - )は、… 小澤 一郎(おざわ いちろう、1977年9月1日 - )は、京都市出身のサッカージャーナリスト、サッカー解説者。主にスペインのサッカーを扱っている。 平安高等学校(現・龍谷大学付属平安高等学校)を経て、早稲田大学教育学部教育学科教育学専修を卒業。サラリーマン生活を経験後、2004年にスペインへ渡り、バレンシアCFの練習に参加。その模様を発信したブログが注目され、2005年からスポーツライターの活動を本格的に開始した。ブログにはスペインのサッカーについての分析・レポートを掲載していた。2010年 帰国。 (2023年3月現在) この項目は、スポーツ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル スポーツ/プロジェクト スポーツ人物伝)。
鵜飼 秀徳(うかい ひでのり/しゅうとく、1974年 - )… 鵜飼 秀徳(うかい ひでのり/しゅうとく、1974年 - )は、日本のジャーナリスト、作家、浄土宗僧侶である。京都市の正覚寺住職であり、一般社団法人良いお寺研究会の代表理事を務める。大正大学招聘教授、東京農業大学・佛教大学非常勤講師。公益財団法人全日本仏教会時局問題検討委員(学識経験者)、公益財団法人日本宗教連盟不活動法人対策委員(学識経験者)。 1974年、京都・嵯峨の正覚寺に生まれる。京都府立北嵯峨高校から成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科に進学。同大卒業後、新卒で報知新聞社に入社。一貫して社会部記者を務める。小泉純一郎政権下では政治取材も経験した。 2005年に日経BP社に移籍。月刊誌「日経おとなのOFF」や、経済誌「日経ビジネス」記者等を経て、2018年に独立。
河崎 環(かわさき たまき、1973年9月13日 - )は日… 河崎 環(かわさき たまき、1973年9月13日 - )は日本のジャーナリスト、コラムニスト、コメンテーター。 立教大学社会学部兼任講師。東京メトロポリタンテレビジョン株式会社放送番組審議会委員。 京都府京都市出身、神奈川県育ち。 桜蔭中学校・高等学校を経て、父親の転勤で大阪へ転校。 慶應義塾大学総合政策学部卒業。1993年度ハーバード・サマースクール修了。 大学の研究者になることを志し、ニューヨーク大学ビジネススクールの合格も手にしていたが、22歳で学生結婚ののち、子育てに従事。家族の海外駐在に帯同して欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、テレビ・ラジオなどに寄稿・出演多数。
坊 恵一(ぼう けいいち、1967年3月16日 - )は、日… 坊 恵一(ぼう けいいち、1967年3月16日 - )は、日本のディレクター・プロデューサー・ジャーナリスト。 NHK報道局編集主幹・報道番組センター長を務める。 洛南高等学校を経て、東北大学文学部卒業。91年日本放送協会入局後、東京ニュースセンターでサタデースポーツ担当 その後札幌放送局、報道局おはよう日本、ニュースウォッチ9、クローズアップ現代などで報道番組ディレクターとしてニュース、報道番組、特集番組制作に関わる。9.11の際にはワシントンD.C.より放送。北海道拓殖銀行の破綻、積丹半島の豊浜トンネル崩落事故、日韓共同開催のサッカーワールドカップ、北京オリンピック放送においてはメインディレクター。
田中 宏明(たなか ひろあき、1966年11月21日 - )… 田中 宏明(たなか ひろあき、1966年11月21日 - )は、日本のアナウンサー、アメリカ在住のジャーナリスト。京都府長岡京市出身。洛南高等学校、東京大学文学部社会心理学科卒業。 1990年4月にTBSへアナウンサー26期生として入社。同期には有村美香や岩井健浩、渡辺真理、山口敬之、植田博樹、磯山晶がいる。 主にスポーツ中継を担当。元WBA(世界ボクシング協会)Jr.バンタム級(現スーパーフライ級)チャンピオンになった鬼塚勝也(当時・協栄所属)の世界戦リポーターや、元WBAJr.ライト級(現スーパーフェザー級)、同ライト級チャンピオンとなった畑山隆則、また元WBAミドル級チャンピオン竹原慎二の、東洋太平洋チャンピオン時代のタイトルマッチの実況を数多くこなした。
奥田 祥子(おくだ しょうこ、1966年9月 - )は、日本… 奥田 祥子(おくだ しょうこ、1966年9月 - )は、日本のジャーナリスト。近畿大学教授。 京都府京都市出身。ニューヨーク大学文理大学院修士課程修了、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程単位取得。博士(政策・メディア) 1994年ニューヨーク大学大学院修了後、京都新聞社入社。1998年読売新聞社に転職。読売ウィークリー編集部、文化部などに在籍後、介護離職。2017年4月より近畿大学教授を務める。専門社会調査士。日本文藝家協会会員。専門は労働・福祉政策、ジェンダー論。シニア人材戦力化の課題、介護離職問題、男性の育休取得や女性の管理職登用の課題、労働問題の医療化、SDGs等を研究。20数年にわたり、同じ取材対象者に継続的にインタビューを行う。
村上 晃一(むらかみ こういち、1965年3月1日 - )は… 村上 晃一(むらかみ こういち、1965年3月1日 - )は、日本の編集者、ライター、コラムニスト、ラグビー解説者、ラグビージャーナリスト。京都府京都市生まれ。現役時代のラグビーポジションは、センター(CTB)、フルバック(FB)。 10歳からラグビーを始めた。 鴨沂高校卒業後、大阪体育大学に入学する。大阪体育大学時代、副将を務めた。 1986年度(1987年1月18日)、西日本学生代表となり、第41回東西学生対抗試合にフルバックで出場した。 大阪体育大学卒業後、1987年4月、ベースボール・マガジン社に入社して『ラグビーマガジン』編集部に勤務。1990年6月には同誌編集長に就任し、1997年2月まで編集長を務めた。
瀧津 孝(たきつ こう、1962年1月29日 - )は、日本… 瀧津 孝(たきつ こう、1962年1月29日 - )は、日本の小説家、ジャーナリスト、日本史激動期(戦国・幕末・第二次世界大戦等)研究家。 株式会社雲水舎代表取締役。本名、亘 孝夫(わたり たかお)。 京都府京都市出身。京都府立鴨沂高等学校、立命館大学法学部卒業。 1984年、読売新聞大阪本社に記者職で入社。1997年に退社し、フリージャーナリストへ転身。1998年に家庭用コンピューターゲーム専門の無料総合情報紙「GAMEゆーゆー(現ジャパニメイト)」を創刊し、ローカルメディアとしてのビジネスモデルしかなかったフリーペーパーを、日本で初めて同一紙面のまま全国流通させることに成功。月刊約40万部(公称部数)を国内全域の主要家電量販店や総合スーパーのゲーム売り場などで配布し、2013年まで発行人兼編集長を務めた。
榊 淳司(さかき あつし、1962年〈昭和37年〉 - )は… 榊 淳司(さかき あつし、1962年〈昭和37年〉 - )は住宅ジャーナリスト。京都府京都市出身。本名は、千原俊彦。1980年代後半のバブル期以降、四半世紀以上に渡ってマンション分譲を中心に不動産業界に関わり、主に広告媒体の仕事を経験する。一般ユーザーを対象に住宅購入セミナーを開催するほか、新聞や雑誌に記事を定期的に寄稿、ブログやメルマガで不動産業界の実態を解説している。
中村 貴子(なかむら たかこ、1961年〈昭和36年〉9月2… 中村 貴子(なかむら たかこ、1961年〈昭和36年〉9月25日 - )は、京都府京都市出身の日本の歌手、ラジオパーソナリティ、音楽ジャーナリスト。 1977年、同志社女子高等学校在学中に中学校の同窓生5人の女性で結成した「San Antonio Lady's」で歌手デビュー。当初はインディーズで活動していた。1982年3月に嵯峨美術短期大学ビジュアルデザイン科を卒業。1983年に宇崎竜童から新ユニット名「ラブ・ポーション」を寄贈され、バンド名をSan Antonio Lady'sから改名。同年にメジャーデビューを果たし、1986年に大阪で行われたコンサートを最後にバンドを解散する。 ラブ・ポーションでの活動当時、関西テレビの深夜番組『エンドレスナイト』に第2期エンドレスギャルズとして出演しており、番組中数回ラブ・ポーションとしても出演した。
小川 一(おがわ はじめ、1958年 - )は日本のジャーナ… 小川 一(おがわ はじめ、1958年 - )は日本のジャーナリスト。2015年6月から毎日新聞社取締役。2015年3月から日本新聞協会編集委員会代表幹事。 京都市生まれ。京都大学教育学部卒業。 1981年に毎日新聞社に入社し、社会部に18年在籍した。同社横浜支局長、社会部長、販売局次長、コンテンツ事業本部次長、「教育と新聞」推進本部長、執行役員東京本社編集編成局長を歴任。毎日新聞の電子新聞サービス「デジタル毎日」責任者。土門拳賞第33回選考委員。 家族は妻と2男。趣味は剣道。 2017年9月6日に「山尾志桜里氏の幹事長交代。週刊誌が彼女の不倫疑惑を報じるよう」、「こういうスキャンダルで政治や政局が動くのは残念」と嘆いた。
木俣 正剛(きまた せいごう、1955年(昭和30年)3月7… 木俣 正剛(きまた せいごう、1955年(昭和30年)3月7日 - )は、日本の編集者、ジャーナリスト。文藝春秋常務取締役を歴任後、岐阜女子大学教授、副学長・理事を経て、大阪キリスト教短期大学客員教授・OCC教育テック上席研究員を務める。 京都市生まれ。父は京都市会議長をつとめた木俣秋水。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。文藝春秋入社。『週刊文春』、月刊『文藝春秋』各編集長、第二出版局長などをへて常務取締役。2018年退社後、危機管理会社リスクヘッジ取締役。同年9月より岐阜女子大学教授、副学長・理事。専門はマスメディア論、日本語文章表現の基礎。現在は、大阪キリスト教短期大学のA保育やICT教育の実験授業のメディア宣伝担当。
永田 雅一(ながた まさかず、1954年(昭和29年) - … 永田 雅一(ながた まさかず、1954年(昭和29年) - )は静岡県出身の海洋動物学者・海洋ジャーナリスト。東京水産大学(現・東京海洋大学)卒業。様々な海洋調査・研究に参加し、海洋ドキュメンタリー番組の企画やリポート活動、海洋専門誌への執筆活動などを行う。
影山 日出夫(かげやま ひでお、1953年9月17日 - 2… 影山 日出夫(かげやま ひでお、1953年9月17日 - 2010年8月12日)は、日本のジャーナリスト。 日本放送協会(以下、NHK)政治部副部長、NHK解説委員、同副委員長などを歴任した。 京都府京都市出身で、京都教育大学附属京都小学校、同中学校、京都教育大学教育学部附属高等学校を経て、早稲田大学政治経済学部で内田満に学ぶ。 大学卒業後の1976年(昭和51年)にNHKへ入局して福岡放送局を経て、1982年に政治部記者となり内閣総理大臣官邸と自由民主党をそれぞれ担当した。 政治部副部長、『おはよう日本』編集責任者を務めたのち、2000年に解説委員となった。解説委員室では政治を担当し、『あすを読む』で解説、『日曜討論』の司会、2008年から解説副委員長などを務めた。
春名 幹男(はるな みきお、1946年(昭和21年)10月1… 春名 幹男(はるな みきお、1946年(昭和21年)10月14日 - )は、日本の国際ジャーナリスト。共同通信社記者、共同通信社論説副委員長、特別編集委員で退社、名古屋大学大学院教授・特任教授、早稲田大学大学員客員教授を歴任。 京都府京都市生まれ。1969年、大阪外国語大学(現大阪大学)ドイツ語学科卒業後の4月、共同通信社に入社。 1971年まで大阪支社社会部、1971年から京都支局、1974年から本社外信部へ異動。1979年から外信部ニューヨーク支局特派員となり、1984年に帰国。その後、再び渡米し1987年からワシントン特派員となり、1990年に帰国。1993年から再び渡米し、ワシントン支局長。
岡本 健一(おかもと けんいち、1937年12月3日 - )… 岡本 健一(おかもと けんいち、1937年12月3日 - )は、日本のジャーナリスト・考古学者。京都府京都市生まれ。 1961年京都大学文学部史学科国史専攻卒、毎日新聞社入社。1962年高松塚古墳発掘で被葬者の推定を行う。京都支局・社会部・学芸部に勤務。学芸部副部長、1982年部長・1985年論説委員兼編集委員、1991年論説副委員長、特別編集委員、1999年客員編集委員。1999年京都学園大学人間文化学部教授。2008年定年退職。1979年“稲荷山鉄剣銘発見”のスクープと一連の解説で日本新聞協会賞グランプリ、1999年長年の公正な文化財報道と啓発的な著作で藤森栄一賞(長野県考古学会賞)。
吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、… 吉田 曠二(よしだ ひろじ、1937年4月15日 - )は、日本のジャーナリスト、歴史家。 京都市生まれ。1963年同志社大学大学院法学研究科修士課程修了。1964年朝日新聞大阪本社入社。入社後も大学院時代の師田畑忍に師事し、日本近現代史研究を継続。1997年定年退職、名城大学非常勤講師となり外交史、政治史の講義を担当。
日下部 吉彦(くさかべ よしひこ、1927年11月16日- … 日下部 吉彦(くさかべ よしひこ、1927年11月16日- 2017年12月30日)は、日本の音楽評論家、ジャーナリスト、合唱指揮者。京都府京都市生まれ。元朝日放送解説委員で同局のニュース番組『たいむ6』初代キャスターを務めた。 音楽評論家として関西を中心としたクラシック音楽の評論・講義、演奏会の企画・司会進行、合唱にまつわる客演指揮・コンクール審査・執筆などの活動も展開。
仲 晃(なか あきら、1926年- )は、日本のジャーナリス… 仲 晃(なか あきら、1926年- )は、日本のジャーナリスト、国際政治学者。桜美林大学名誉教授。 京都府舞鶴市生まれ。第三高等学校 (旧制)を経て、1951年東京大学法学部卒業、共同通信社入社。ワシントン特派員、ジュネーヴ支局長、ワシントン支局長を経て、1983年論説副委員長。1962年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。1989年から桜美林大学国際学部教授。1997年に定年退職後、桜美林大学名誉教授。
木村 象雷(きむら しょうらい、1908年(明治41年)2月… 木村 象雷(きむら しょうらい、1908年(明治41年)2月7日 - 1986年(昭和61年)1月26日)は、昭和時代の競泳選手、スポーツジャーナリスト。選手としては1928年アムステルダムオリンピックに出場。ジャーナリストとしては第二次世界大戦をまたいでオリンピック5大会の取材に当たり、『サンケイスポーツ』の創刊に携わった。 岡山県美作地方(現在の勝田郡勝央町)出身。おじに文学者の木村毅がいる。 京都市の同志社中学(現在の同志社中学校・高等学校)に学ぶ。水泳は大日本武徳会遊泳部(のちの京都踏水会)で習得したという。 早稲田大学に入学。大学在学中、1928年アムステルダムオリンピックに競泳日本代表として男子100m背泳ぎに出場したが予選落ちに終わった。
吉川 末次郎(よしかわ すえじろう、1892年(明治25年)… 吉川 末次郎(よしかわ すえじろう、1892年(明治25年)12月1日 - 1976年(昭和51年)11月20日)は、大正末から昭和期のジャーナリスト、社会運動家、政治家、法学者。参議院議員(1期)。次男は元東映プロデューサー吉川進。 京都府京都市出身。吉川利兵衛の養子となる。京都薬学校(現京都薬科大学)卒を経て、1918年(大正7年)同志社大学政治科を卒業した。1920年(大正9年)から1922年(大正11年)にかけて欧米に留学し、コロンビア大学政経部大学院などで学んだ。ロイター通信記者、日米時報主筆、帝都復興院嘱託、東京市政調査会研究員などを務め、社会運動に従事した。 1926年(大正15年)社会民衆党創立に加わり、1927年(昭和2年)京都支部創立に伴い支部長に就任。