酒井 亜樹(さかい あき、2001年9月19日 - )は、女… 酒井 亜樹(さかい あき、2001年9月19日 - )は、女子競輪選手、自転車競技選手。日本競輪選手会大阪支部所属、ホームバンクは岸和田競輪場。師匠はいない。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第128期生。2023年よりチーム楽天Kドリームス所属。 大阪府岸和田市出身。実兄は競輪選手の酒井拳蔵(109期)、義姉(拳蔵の妻)は同じくガールズケイリン選手の土屋珠里(110期)。 10歳の時、自転車競技大会に出場する兄・拳蔵を応援するため岸和田競輪場を訪れた際にBMX競技に出会い興味を持ち、自身もBMXを始める。岸和田市立産業高等学校3年生であった2019年7月、安芸高田市で行われた第36回全日本BMX選手権大会で優勝。
土生 敦弘(はぶ あつひろ、1999年2月8日 - )は、大… 土生 敦弘(はぶ あつひろ、1999年2月8日 - )は、大阪府堺市出身の競輪選手。日本競輪選手会大阪支部所属。日本競輪選手養成所第117期卒業。師匠は神田紘輔(100期)。 堺市立三原台中学校時代は鍛治舎巧が監督を務めていた硬式野球のオール枚方ボーイズに所属し、ジャイアンツカップ優勝など中学5冠を達成。オール枚方ボーイズ時代の同級生に九鬼隆平、松尾大河ら。 中学卒業後は、鍛冶舎が監督に就任した熊本県の秀岳館高等学校に進学したが、1年時に中退して大阪府の大阪偕星学園高等学校に転校した。2年夏は控えとして第97回全国高等学校野球選手権大会に出場。3年夏は「4番・中堅手」として甲子園出場を目指したが、大阪府大会5回戦で金光大阪に敗戦して甲子園出場はならなかった。
島田 優里(しまだ ゆり、1994年12月9日 - )は、大… 島田 優里(しまだ ゆり、1994年12月9日 - )は、大阪府泉大津市出身の女子競輪選手。日本競輪選手会長崎支部所属(当初は奈良支部所属)。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第108期生。師匠は中川武志(60期)。元女子競輪選手の島田伸二香(116期)は実妹。 小学校、中学校時代は柔道に打ち込んでいたが、大阪府立伯太高等学校時代は部活はせず、いわゆる帰宅部だった。ただ、テレビで観たガールズケイリン1期生に憧れ競輪選手を志した。 2013年12月20日、競輪学校第108回技能試験に合格。在校競走成績は12位(0勝)。 2015年7月10日、川崎競輪場でデビューし2着。初勝利は同年7月29日の小倉競輪場で挙げた。
吉川 美穂(よしかわ みほ、1993年1月15日 - )は、… 吉川 美穂(よしかわ みほ、1993年1月15日 - )は、大阪府泉南郡岬町出身の女子競輪選手、元自転車競技選手。競輪選手としては日本競輪選手会和歌山支部所属、ホームバンクは和歌山競輪場。日本競輪選手養成所(以下、養成所)第120期生。師匠は稲毛健太(97期)。 和歌山県立和歌山北高等学校出身。中高時代はソフトボール部に所属していたが、引退後の高校3年夏に自転車競技を始めた。ちょうどガールズケイリンが始まる直前であり、日本競輪学校(当時)では第1期生(102期)の募集が行われていた時期でもあったが、自転車競技を始めて間がなかったこと、周囲から「(受験は)時期尚早ではないか」と言われたこともあり、その当時は受験を見送った。
元砂 勇雪(もとすな ゆう、1991年11月1日 - )は、… 元砂 勇雪(もとすな ゆう、1991年11月1日 - )は、大阪府松原市出身の日本競輪選手会奈良支部所属の競輪選手。日本競輪学校(以下、競輪学校)第103期生。妹の七夕美は、競輪学校第108期生の女子競輪選手。師匠は武田和也(競輪学校第92期生)。
古性 優作(こしょう ゆうさく、1991年2月22日 - )… 古性 優作(こしょう ゆうさく、1991年2月22日 - )は、競輪選手、元自転車競技選手。日本競輪選手会大阪支部所属、ホームバンクは関西サイクルスポーツセンター。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第100期生。 自転車競技での実績としては、2006年から2008年にかけて3年連続で全日本BMX選手権大会に優勝するなどの業績を残している。 大阪市出身。BMX中心の日々ながら中学時代には、体力作りのためラグビー部に入っていた。清風高等学校卒業。 競輪における師匠はいないが、練習では郡山久二(2025年6月死去)の指導をA級時代から受けてきた。 2010年1月15日、競輪学校第100期生入学試験に適性試験で合格。
白井 美早子(しらい みさこ、1987年10月31日 - )… 白井 美早子(しらい みさこ、1987年10月31日 - )は、大阪府茨木市出身の元女子競輪選手。現役時代は日本競輪選手会大阪支部所属(当初は京都支部所属)、ホームバンクは岸和田競輪場。日本競輪学校第102期生。身長159.5cm、体重62.1kg。 中学時代から陸上競技に取り組み、大阪成蹊女子高等学校でも陸上部で活動していたが、びわこ成蹊スポーツ大学入学直前に右の足首のじん帯を断裂した影響により、同大学でも陸上を続けたものの、成績が思うように上がらなかった。大学3年のとき、2008年の北京オリンピック・ケイリン決勝で永井清史が銅メダルを獲得した中継をテレビで見たことがきっかけとなり、自転車競技への転身を決意した。
冨尾 享平(とみお きょうへい、1985年11月1日 - )… 冨尾 享平(とみお きょうへい、1985年11月1日 - )は、大阪府和泉市出身の競輪選手。日本競輪学校第101期生。元アメリカンフットボール選手(WR)。日本競輪選手会鹿児島支部(沖縄県登録)所属。師匠は乾準一(85期)。 大阪産業大学付属高校時代にクリスマスボウル(全国高校アメリカンフットボール選手権大会)で優勝を経験。近畿大学時代は2006年、2007年と日米連合オールスター戦のメンバーに名を連ねた。その後、オンワードオークスに加入したが、同チームが2008年度シーズン限りで廃部となったため、先に競輪選手となっていた里見恒平(99期)に倣って競輪に転身することになった。 競輪学校時代の在校競走成績は13位(8勝)。
小坂 知子(こさか ともこ、1985年10月13日 - )は… 小坂 知子(こさか ともこ、1985年10月13日 - )は、岐阜県高山市出身の女子競輪選手。日本競輪学校第104期生。
金田 洋世(かねだ ひろよ、女性、1985年7月2日 - )… 金田 洋世(かねだ ひろよ、女性、1985年7月2日 - )は、日本の元ビーチバレー選手、元女子競輪選手(日本競輪学校第106期生)。 大阪府大阪市出身。大阪府立大塚高等学校、大阪体育大学卒。小学4年からインドアでプレーした。 卒業後、2009年に開催されるトキめき新潟国体のために結成された上越マリンブリーズ結成に参加。2009年5月に開催されたビーチバレー・ワールドツアー大阪オープンに、菅山かおるとペアを組んで出場を果たす。同年10月の国体本戦で村上めぐみとペアを組み優勝した。 2010年シーズンには尾崎睦(競輪学校第108期)とペアを組み、同年8月に開催された国内女子最高峰の大会である全日本ビーチバレー女子選手権大会で優勝を果たした。
稲川 翔(いなかわ しょう、1985年2月20日 - )は、… 稲川 翔(いなかわ しょう、1985年2月20日 - )は、大阪府富田林市出身の競輪選手。日本競輪選手会大阪と自転車競技の両方で活動を行っていた。その後大阪経済大学に進学したが、同校に籍を置いたまま日本競輪学校に入学(後に大学を中退)。 2008年及び2009年には全日本プロ選手権自転車競技大会のBMX種目で優勝しており、同大会同種目の初代優勝者となっている。 2013年は地元で開催された第64回高松宮記念杯競輪 の決勝で6着となり、オールスター競輪の決勝でも4着に入る。 2014年には第65回高松宮記念杯競輪の決勝において、先行した脇本雄太の番手を守り通して優勝し、大阪勢では1963年の西地清一以来のタイトルホルダーとなった(特別競輪としては秩父宮妃賜杯競輪1969年制覇の中川茂一以来)。
島野りーみん(しまの りーみん、1982年4月12日 - )… 島野りーみん(しまの りーみん、1982年4月12日 - )は、女子プロボクサー、元女子競輪選手。大阪市出身。プロボクサーとしてはTEAM 10 COUNT所属。競輪時代は日本競輪選手会神奈川支部所属。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生(女子1期生)。師匠は遠澤健二(57期)。 本名は島野 麗敏(しまの りーみん)。競輪時代の選手登録名は旧姓である中山 麗敏(なかやま りーみん)、中国名は王 麗敏(ワン・リーミン)。 実家は御堂筋近くで中華料理店を営む。当初は中国国籍であったが、2001年に日本へ帰化し日本国籍を取得した。 大阪府立市岡高等学校 時代は砲丸投と円盤投に取り組み、高校総体への出場経験を持つ。
中山 麗敏(なかやま りーみん、1982年4月12日 - )… 中山 麗敏(なかやま りーみん、1982年4月12日 - )は、元女子競輪選手。大阪市出身。日本競輪学校第102期卒業。現役時は日本競輪選手会神奈川支部所属。師匠は遠澤健二(57期)。
中井 勇介(なかい ゆうすけ、1981年10月12日 - )… 中井 勇介(なかい ゆうすけ、1981年10月12日 - )は、大阪府出身の元アメリカンフットボール選手で、現在は競輪選手。 追手門学院高等学校でアメリカンフットボールをはじめる。ポジションはラインバッカー(LB)。法政大学トマホークス時代、2000年の甲子園ボウルで優勝を経験。その後、IBMビッグブルーに加入したが、2005年にオービックシーガルズに移籍。2009年のノートルダム・ジャパン・ボウルでは日本代表選手として出場した。 その後、同じくアメリカンフットボール出身の里見恒平(日本競輪学校第99期生)が競輪選手となった影響を受け、自身も競輪転向を決意。その後、鶴岡與之(81期)に師事し、競輪学校第100期適性試験に合格。
中村 由香里(なかむら ゆかり、1981年3月9日 - )は… 中村 由香里(なかむら ゆかり、1981年3月9日 - )は、大阪市出身の女子競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期(ガールズケイリン第1期)生。師匠は田谷勇(競輪学校第54期生)。弟子は石田典大(123期)。 1988年のソウルオリンピックの金メダリスト、フローレンス・ジョイナーに憧れ、小学4年生で陸上競技を始めた。 幼いころからプロスポーツ選手が夢であったが、当時は女性のプロスポーツが少なかったこともあり、進学した大阪教育大学では陸上競技を続けながら教員免許を取得、結局は大学卒業後陸上競技は辞めて小学校教員となる。そして教師生活の傍ら、シクロクロスを手始めとする自転車競技大会にも随時出場していた。
豊岡 英子(とよおか あやこ、1980年8月10日 - )は… 豊岡 英子(とよおか あやこ、1980年8月10日 - )は、日本の元自転車競技選手、女子競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第114期生。日本競輪選手会大阪支部所属。 ホームバンクは岸和田競輪場。師匠は渡邉泰夫(62期)。 大阪府吹田市出身。吹田市立山田東中学校、追手門学院高等学校を経て、神戸松蔭女子学院大学を中退し、大阪体育大学に再入学。大学時代はトライアスロン選手だったが、後に自転車競技に転向する。 チーム・パナソニックレディースに所属。全日本シクロクロス選手権大会において、2005年から2011年まで7連覇を達成。この他、ロードレースでは、2007年の全日本選手権・個人ロード2位、2008年の同大会・個人タイムトライアル3位の実績がある他、2007年の三笠宮杯ツール・ド・とうほくでは総合優勝を果たしている。
飯塚 朋子(いいづか ともこ、1979年5月22日 - )は… 飯塚 朋子(いいづか ともこ、1979年5月22日 - )は、元女子競輪選手、元マウンテンバイクレース(以下、MTB)のダウンヒル(以下、DHI)、フォークロス(以下、4X)選手。大阪市出身。現役時代は日本競輪選手会奈良支部所属(当初は大阪支部所属)、ホームバンクは関西サイクルスポーツセンター。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第102期生。師匠は吉川浩士(80期)。 関西鍼灸短期大学出身。 2003年よりMTB活動を開始。国内大会におけるDHI、4Xの両種目では日本トップクラスを維持し続けたが、一方で、日本人選手として初めて世界選手権自転車競技大会のDHIで銀メダルを獲得した末政実緒の存在が大きく立ちはだかり、全日本マウンテンバイク選手権大会では『万年2位』に甘んじた。
西谷 岳文(にしたに たかふみ、1979年1月17日 - )… 西谷 岳文(にしたに たかふみ、1979年1月17日 - )は元ショートトラックスピードスケート選手で、現在は競輪選手。日本競輪選手会京都支部所属。大阪府泉北郡忠岡町出身。
郡山 久二(こおりやま ひさじ、1964年7月29日 - 2… 郡山 久二(こおりやま ひさじ、1964年7月29日 - 2025年6月18日)は、大阪府大阪市出身の元競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第55期生。現役時は日本競輪選手会大阪支部に所属。 大阪府立城東工業高等学校を経て競輪学校に第55期生として入学。在学中に名誉教官の松本勝明から後の師匠となる山野憲一(長野・41期)を紹介され弟子となった。同期には鈴木誠、清家孝志らがおり、在校成績14位で卒業。1985年5月2日にホームバンクの岸和田競輪場でデビュー戦を迎え5着。初勝利は同年6月15日の川崎競輪場。 1989年、第42回日本選手権競輪(花月園競輪場)において、特別競輪(現在のGI)の決勝に初めて進出し8着。
中武 克雄(なかたけ かつお、1964年3月28日 - )は… 中武 克雄(なかたけ かつお、1964年3月28日 - )は、ボディビルダー、元競輪選手。競輪選手としては、現役時代は日本競輪選手会大阪支部所属、ホームバンクは関西サイクルスポーツセンター。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第57期生)。弟子は向井円(114期)。身長170.0cm、体重82.0kg。 同じく競輪選手の中武三四郎(競輪学校113期)は甥。 1964年3月28日、大阪府大阪市西成区天下茶屋に生まれる。大阪市立天下茶屋中学校時代に自転車に目覚め、天下茶屋の自転車屋「河原サイクル」の店主からコーチを受ける。当初は当時自転車部が強いことで有名だった大阪府立今宮工業高等学校(現・大阪府立今宮工科高等学校)を志望。
中川 茂一(なかがわ しげかず、1937年9月6日 - 20… 中川 茂一(なかがわ しげかず、1937年9月6日 - 2010年4月3日)は、大阪市西淀川区出身の元競輪選手。日本競輪選手会大阪支部に在籍していた。 日本競輪学校第79期生の中川大祐(1973年10月25日 - 2012年5月30日)は実子。 大阪商業高等学校出身。 日本競輪学校第14期生。同期に寺澤節男、松本秀人らがいる。 1960年8月19日、宇都宮競輪場でデビューし1着、及び同開催の完全優勝を記録。 1969年の秩父宮妃賜杯競輪(西武園競輪場)において優勝。なお、同大会の決勝戦は万車券決着となった。また中川のこの優勝から、45年後の2014年に稲川翔が高松宮記念杯競輪(宇都宮競輪場)で優勝するまで、GI相当大会で、大阪支部所属の選手が優勝することはなかった。
石田 雄彦(いしだ ゆうひこ、1934年(昭和9年)6月13… 石田 雄彦(いしだ ゆうひこ、1934年(昭和9年)6月13日 - 2015年(平成27年)11月7日)は、元競輪選手。現在の大阪府羽曳野市出身。現役時は日本競輪選手会大阪支部所属(デビュー当時は和歌山支部所属)。日本競輪選手養成所創設以前の期前選手で選手登録番号2410。 実子の石田裕紀(42期)も元競輪選手。 和歌山競輪場で登録試験を受け合格、1950年(昭和25年)1月31日に選手登録された。 初出走は1950年3月の西宮競輪場。以降岸和田競輪場をホームバンクとしながら和歌山支部所属として選手生活を送ったが、全盛期を過ぎてから大阪支部に移籍している。 石田は父親の勧めにより中学を卒業して競輪界入りしたが、当初は競輪に対する意欲はあまりなかったらしい。