井林 章(いばやし あきら、1990年9月5日 - )は、広… 井林 章(いばやし あきら、1990年9月5日 - )は、広島県東広島市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・カマタマーレ讃岐所属。ポジションはDF。 サンフレッチェ広島の提携スクールであるサンフレッチェびんご出身。当時の同期に岡本知剛がいる。 2006年、地元強豪校広島県立広島皆実高等学校へ進学する。1年先輩に増田卓也がいる。高校3年時にCBとしてレギュラーを掴み、第87回全国高等学校サッカー選手権大会優勝、決勝ではCBとして松岡と共に大迫勇也のマークを担当、大会優秀選手の一人としても選ばれている。 2009年、関西学院大学へ進学する。2012年に東京ヴェルディに特別指定選手として登録された。同年度関西学生選抜に選ばれている。
岡本 知剛(おかもと ともたか、1990年6月29日 - )… 岡本 知剛(おかもと ともたか、1990年6月29日 - )は、広島県尾道市出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。並木学院高等学校卒業。 フェニックス尾道SC時代に島卓視にスカウトされ、サンフレッチェ広島の提携スクールであるサンフレッチェびんごジュニアユースに入団した。同期に井林章。中学2年ではFWとして活躍し、JFAストライカーキャンプのメンバーに選ばれたことがある。その後はボランチとしてプレー、中学3年から広島ユースに早期昇格している。同級生に原裕太郎。高校1年からボランチとしてレギュラーをつかみ、2006年Jユースカップ優勝、2007年高円宮杯準優勝に貢献した。 また年代別代表にはU-15から選出され、2006年には城福浩率いるU-17代表に選出され、ボランチのレギュラーとしてAFC U-17選手権2006および2007 FIFA U-17ワールドカップに出場。
松岡 祐介(まつおか ゆうすけ、1990年5月8日 - )は… 松岡 祐介(まつおか ゆうすけ、1990年5月8日 - )は、広島県出身のサッカー選手。ポジションはDF。
瀬川 和樹(せがわ かずき、1990年4月25日 - )は、… 瀬川 和樹(せがわ かずき、1990年4月25日 - )は、広島県三次市出身のプロサッカー選手。ポジションは、ディフェンダー。 盈進高校を経て、国士舘大学へ進学。2011年からは2年連続でデンソーカップチャレンジサッカーの関東大学選抜Bのメンバーに選出された。 2013年より、ザスパクサツ群馬に入団。同年4月28日、第11節の徳島戦でJリーグ初得点を記録した。 2015年、モンテディオ山形に移籍。石崎監督時代はわずか2試合の出場にとどまるも、2017年に木山隆之が監督に就任すると主力選手として活躍し、フリーキックなどのプレースキッカーを任された。 2018年よりレノファ山口FCに完全移籍。当初は4バックでの左SBを任されていたが、シーズン中盤以降は鳥養祐矢にレギュラーを奪われるなどしたが、3バックにシステム変更して以降は左WBとしてレギュラーに復帰。
原 裕太郎(はら ゆうたろう、1990年4月23日 - )は… 原 裕太郎(はら ゆうたろう、1990年4月23日 - )は、島根県簸川郡斐川町(現出雲市)出身の元プロサッカー選手(GK)、サッカー指導者。 小学2年生からサッカーを始める。荘原小SSS時代にGKとして全日本少年フットサル大会出場を果たしている。 その後サンフレッチェくにびきジュニアユースに所属、公式戦ではGKとしてプレーしていたが、この時期の練習ではほとんどMFとしてプレーしていた。2005年中学3年時から同級生の岡本知剛とともに広島ユースに早期昇格する。中山雄登は広島ユースの1年後輩にあたる。広島県立吉田高等学校に入学、高校2年の夏ごろから兼田亜季重を押しのけ正GKとしてレギュラーをつかみ、2007年日本クラブユース選手権3位、高円宮杯準優勝などに貢献した。
兼田 亜季重(かねだ あきしげ、1990年2月26日 - )… 兼田 亜季重(かねだ あきしげ、1990年2月26日 - )は、広島県福山市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはゴールキーパー。 広島県福山市の少年チームを経て2002年、サンフレッチェ広島ジュニアユースに入団する。同級生に横竹翔がいる。2003年、ナイキプレミアカップジャパン優勝に貢献、決勝戦はPK戦となったが1本止めて勝利に貢献している。それにより出場権を得たマンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップでは最終戦である順位決定戦1試合のみ出場している。 2005年、広島ユースに昇格。同級生に横竹・内田健太・篠原聖・中野裕太。2006年高校2年時途中、1学年上で正GKを務めていた金山隼樹が怪我により欠場したことからレギュラーを掴み、Jユースカップ優勝に貢献した。
高畑 志帆(こうはた しほ、1989年11月12日 - )は… 高畑 志帆(こうはた しほ、1989年11月12日 - )は、広島県出身の女子サッカー選手。浦和レッズレディース所属。ポジションはディフェンダー。
福場 也実(ふくば なりみ、1989年10月20日 - )は… 福場 也実(ふくば なりみ、1989年10月20日 - )は、元TASAKIペルーレFC所属の女子サッカー選手。広島県出身。ポジションはミッドフィールダー。山陽女学園高等部卒。 中学生時代は地元クラブチーム、青崎サッカークラブ HANAKOでプレー。在籍中にU-15広島県選抜チームに参加し、全日本女子ユース (U-15)サッカー選手権大会に出場した。その後山陽女学園高等部に進学し、サッカー部に所属。全日本高等学校女子サッカー選手権大会に出場した。 2008年、田崎真珠に就職と同時にTASAKIペルーレFCに入団。しかし同年でチームの休部が決まり、シーズン終了時に引退が発表された。
内田 健太(うちだ けんた、1989年10月2日 - )は、… 内田 健太(うちだ けんた、1989年10月2日 - )は、三重県三重郡楠町 (現:四日市市) 出身の元プロサッカー選手。広島県立吉田高等学校卒業。 四日市FCから2005年にスカウトされてサンフレッチェ広島ユースに入団、同級生に横竹翔、篠原聖、中野裕太、兼田亜季重。トップ下や攻撃的なMFの選手であったがボランチにコンバート、高校3年生時にレギュラーを獲得すると急成長し中心選手として活躍、高円宮杯決勝進出に貢献した。 2008年にトップ昇格、同期は横竹、篠原、丸谷拓也、清水航平。トップではユース時代の本職である中盤中央の他、左サイドとしても期待されたが、広島の中盤は層が厚く、またサイドでは不動のレギュラーである服部公太の厚い壁に阻まれ、1年目は出場ゼロに終わった。
中野 裕太(なかの ゆうた、1989年8月30日 - )は愛… 中野 裕太(なかの ゆうた、1989年8月30日 - )は愛知県出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード(FW)。 9歳からサッカーを始め、知多SCからサンフレッチェ広島ユースに入団。1年次の途中からレギュラーを掴み平繁龍一、横竹翔といった選手たちとFWの位置でプレーした。 2008年、横浜FCに入団。2010年3月よりファジアーノ岡山に期限付き移籍し、8月、ファジアーノ岡山ネクストへ登録変更された。 2011年よりファジアーノ岡山に完全移籍。7月にシンガポール・Sリーグ所属のゲイラン・ユナイテッドに期限付き移籍した。2012年、ファジアーノ岡山に復帰。7月、再びファジアーノ岡山ネクストへ登録変更された。
横竹 翔(よこたけ つばさ、1989年8月30日 - )は、… 横竹 翔(よこたけ つばさ、1989年8月30日 - )は、日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者。広島県広島市東区出身。広島県立吉田高等学校卒業。 平繁龍一以来2人目となる、サンフレッチェ広島ジュニア、ジュニアユース、ユースを経てトップチームに昇格した生え抜きプレーヤー。小学生チームのコーチを務める父の影響もあり、子どものころからサッカー一筋。小学1年生のころにサンフレッチェ府中サッカースクールに参加したのが縁。 ジュニア時代から平繁と2トップを組み活躍。2000年にはDF・GK登録で全日本少年サッカー大会出場。全日本少年フットサル大会には2年連続で出場し2000年準優勝に貢献、2001年には大会優秀選手に選ばれる。
高田 健吾(たかた けんご、1989年8月24日 - )は、… 高田 健吾(たかた けんご、1989年8月24日 - )は、広島県出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)。
増田 卓也(ますだ たくや、1989年〈平成元年〉6月29日… 増田 卓也(ますだ たくや、1989年〈平成元年〉6月29日 - )は、広島県広島市安佐北区出身 の元プロサッカー選手。ポジションはゴールキーパー。 幼稚園時代からサッカーを始める。GKはこの頃から経験していたが、中学生まではフィールドプレーヤーであった。広島高陽フットボールクラブの4つ上に田坂祐介、3つ上に髙柳一誠、2つ上に森重真人、2つ下に中山雄登、4つ下に渡大生がいた。中学生時代はピジョンFCでプレー。 2005年、強豪の広島県立広島皆実高等学校へ進学。この頃から本格的にGKとしてプレーを始めた。2年生から正GKに定着し、高校サッカー選手権では第85回大会・第86回大会と2年連続でベスト8進出に貢献している。
三村 真(みむら まこと、1989年3月30日 - )は、広… 三村 真(みむら まこと、1989年3月30日 - )は、広島県広島市出身の元サッカー選手。中国リーグ・福山シティFC所属。ポジションは、MF。 山陽高校から拓殖大学を経て2011年、「チームに勢いを感じた」ファジアーノ岡山へ加入。同年はネクスト所属となる。2012年は左股関節肉離れの怪我もあり、ネクストに登録されたが、10試合9得点の活躍を見せ、7月にトップチームへ登録変更され、11試合に出場した。 2020年11月30日、契約満了による退団が発表された。 2021年1月23日にJ3に昇格したテゲバジャーロ宮崎に移籍。 2022年11月15日、テゲバジャーロ宮崎は契約期間の満了と来季に向けた契約更新を行わないことを発表。
代 健司(だい けんじ、1989年3月27日 - )は、広島… 代 健司(だい けんじ、1989年3月27日 - )は、広島県広島市出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダー。 広島市立大芝小学校でサッカーを始め、中学年代は名門広島大河FCでプレーする。 その後広島県立広島観音高等学校へ進学。高校3年ではキャプテンを務め、選手だけでゲームプランを決める観音独特のやり方の中で中心人物として活躍、同校のインターハイ初優勝に貢献した。 大学は福岡大学へ進学する。同期に永井謙佑。同校の2009年総理大臣杯初制覇および2009年インカレ準優勝に貢献した。大学4年では福岡大でキャプテンを務め、2010年デンソーチャレンジカップ九州選抜メンバーに選ばれている。
永井 謙佑(ながい けんすけ、1989年3月5日 - )は、… 永井 謙佑(ながい けんすけ、1989年3月5日 - )は、広島県福山市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・名古屋グランパス所属。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。元日本代表。 父親の仕事の都合で3歳の頃から家族とともにブラジル・イパチンガに移住。兄の影響を受け、近所の道端にて裸足で現地の子供達とストリートサッカーをしており、ポルトガル語も喋れたという。 8歳の時に帰国。福岡県北九州市八幡西区の中学校を卒業後、兄と同じく九州国際大学付属高等学校に進学。入学時には小柄だったが在学中に「背が伸びて急に脚が速くなった」と抜群の脚力と得点力が開花。杉山公一監督の下、3年時に第85回全国高等学校サッカー選手権大会に出場し、強豪・富山第一高等学校相手に2得点を挙げて1回戦を突破するも、2回戦では桐光学園高等学校に0-1で敗退。
野田 明弘(のだ あきひろ、1988年9月5日 -)は、長崎… 野田 明弘(のだ あきひろ、1988年9月5日 -)は、長崎県出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。 諫早市立西諫早小でサッカーを始め、中学年代は長崎レインボーSCに所属、中学3年生のときに布啓一郎が率いるU-15日本代表に選ばれている。。 高校年代はサンフレッチェ広島ユースに所属。同期に平繁龍一、遊佐克美、金山隼樹。森山佳郎や沢田謙太郎から指導を受ける。高校1年時にU-16日本代表に選ばれる。高校2年生からボランチや右サイドバックとして試合出場を重ね、同年の高円宮杯ベスト4に貢献。高校3年では右SBのレギュラーとして、中心選手として同年のJユースカップ優勝に貢献した。
藤澤 典隆(ふじさわ のりたか、1988年8月23日 - )… 藤澤 典隆(ふじさわ のりたか、1988年8月23日 - )は、京都府出身(育ちは三重県桑名市)の元プロサッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー、ディフェンダー。 サンフレッチェ広島ユース出身。関西大学では4年時に主将を務めてチームを牽引し、全日本大学サッカー選手権大会優勝のタイトル獲得に貢献した。 2012年、SAGAWA SHIGA FCへ入団したが、チームの活動停止に伴い1年で退団。 2013年1月、ドイツへ渡りオーバーリーガ(5部リーグ)のSCヴィクトリア06グリースハイム(英語版)へ加入した。しかしビザの発給遅れ等の影響で、公式戦出場はなく同年5月に退団、帰国した。 2014年、セレクションを経てJ3リーグに参戦するFC琉球へ移籍加入。
平繁 龍一(ひらしげ りゅういち、1988年6月15日 - … 平繁 龍一(ひらしげ りゅういち、1988年6月15日 - )は、広島県東広島市(旧賀茂郡黒瀬町)出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW。広島県立吉田高等学校卒業。 サンフレッチェ広島初のジュニアから昇格したJリーガーである。 小学校3年生からサンフレッチェ府中サッカースクールに加入。横竹翔と共にFWとして活躍しすぐに才能を見出される。このころの同期に酒井貴政がいる。ジュニアIIからジュニアを経て、4年生の時にはすでにジュニアユースの練習に参加、2000年には全日本少年サッカー大会出場、全日本少年フットサル大会準優勝に貢献し大会優秀選手に選ばれる。2003年にはマンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップ出場している。
酒井 貴政(さかい たかまさ、1988年5月18日 - )は… 酒井 貴政(さかい たかまさ、1988年5月18日 - )は、広島県呉市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。ポジションはMF。
内藤 圭佑(ないとう けいすけ、1987年8月11日 - )… 内藤 圭佑(ないとう けいすけ、1987年8月11日 - )は、広島県広島市出身のサッカー選手。ポジションはGK。 広島・広陵高校の出身の選手としては初のJリーガーとなる。同級生にはプロ野球選手の藤川俊介がいる。 2008年に国士舘大学が天皇杯で4回戦進出した際のメンバーである(4回戦の鹿島アントラーズ戦はリザーブメンバー)。大学では柏好文と同期。 卒業後はカターレ富山に入団。2010年途中に安間貴義監督が就任すると起用され、第31節の札幌戦で初出場したが、ゴールエリアから大きく蹴り出す際に、詰めて来た相手FW内村圭宏に当ててしまい失点するという苦いデビューとなった。翌第32節の北九州戦で初勝利を経験。
森重 真人(もりしげ まさと、1987年5月21日 - )は… 森重 真人(もりしげ まさと、1987年5月21日 - )は、広島県広島市安佐北区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・FC東京所属。ポジションはミッドフィールダー(ディフェンシブハーフ)、ディフェンダー(センターバック)。元日本代表。 広島市西区三篠町生まれ。3人兄弟の次男。兄の影響により、8歳(小学校3年生)の時にサッカーを始める。当時は肩まで伸びた長髪をなびかせて周囲の目を引き、「三篠のロン毛」と呼ばれた。三篠小学校4年の時、同市安佐北区口田に引越す。隣家は渡大生の実家だった。少年サッカーの強豪広島高陽FCに所属し全国大会に出場した。中学時にはサンフレッチェ広島ジュニアユースに所属。同期には槙野智章、左山晋平らがおり、当初はFWで槙野と2トップを組んでいたが、3年生になる頃、監督の月岡利明と上野展裕によって守備的MF(ボランチ)にコンバートされ主力として活躍した。
槙野 智章(まきの ともあき、1987年5月11日 - )は… 槙野 智章(まきの ともあき、1987年5月11日 - )は、広島県広島市西区出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者・解説者、タレント・YouTuber。現役時代のポジションはディフェンダー、フォワード。元日本代表。サッカー指導者。 サッカーファンでサッカーをプレーした父と、すでにサッカーを始めていた2人の兄の影響で、小学1年生からサッカーを始めた。草津小学校のサッカー少年団員は4年生以上であるため、隣町井口の井口明神小学校のサッカークラブに入団し、小学6年次にFWとしてフジパンカップ広島県大会で3位入賞した。 2000年にサンフレッチェ広島ジュニアユースに入団。同期には森重真人、左山晋平などがいる。
左山 晋平(さやま しんぺい、1987年5月4日 - )は、… 左山 晋平(さやま しんぺい、1987年5月4日 - )は、広島県広島市出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。
桒田 慎一朗(くわだ しんいちろう、1986年12月6日 -… 桒田 慎一朗(くわだ しんいちろう、1986年12月6日 - )は、日本の元プロサッカー選手、サッカー指導者。広島県福山市奈良津町出身。ポジションはミッドフィールダー。広島県立吉田高等学校卒業。 沼隈郡沼隈町(現・福山市)にある、ツネイシ・スポーツアクトが運営するバイエルン・ミュンヘン提携スクールのFCバイエルン・ツネイシ出身。桒田が在籍していた当時はサンフレッチェ広島の提携スクールで、名前は「サンフレッチェみろくの里ジュニアユース」であった。2期上に寄井憲がいる。このころはFWとして活躍していた。 2002年、広島ユースに昇格、同級生に前田俊介、佐藤昭大、髙萩洋次郎、髙柳一誠、森脇良太、藤井大輔、大屋翼、冨成慎司。
長谷川 博一(はせがわ ひろかず、1986年10月20日 -… 長谷川 博一(はせがわ ひろかず、1986年10月20日 - )は、広島県広島市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィルダー。 サンフレッチェ府中サッカースクール から、広島ジュニアユースへ昇格。ユースには昇格できずその後、広島観音高校へ入学、広島県内でもあまり強い高校ではなかった同校を強豪高にしたメンバーの一人である。2003年には高円宮杯初出場、翌2004年と連続出場を果たした。 その後、広島経済大学へ入学。2006年には広島県代表として天皇杯出場。2007年夏にサガン鳥栖と広島経済大が練習試合を組んだ際に、その活躍が目に留まりそのままチームの練習へ参加。2008年から特別指定選手として鳥栖へ登録。
佐藤 昭大(さとう あきひろ、1986年8月30日 - )は… 佐藤 昭大(さとう あきひろ、1986年8月30日 - )は、日本・三重県三重郡朝日町出身のサッカー指導者、元プロサッカー選手。ポジションはGK。 朝日中学校時代から地元三重県で八田直樹とともに将来を嘱望されており、地元の強豪・三重県立四日市中央工業高等学校から誘われたが、最終的にはサンフレッチェ広島ユースに入団。 2003年春にはトップチームのキャンプに髙萩洋次郎・前田俊介・髙柳一誠と共に招集され、その後2種登録選手になる。ユースでは同年夏ごろから正GKとして活躍、高円宮杯3位、Jユースカップ優勝などに貢献した。2004年も引き続き2種登録される。同年、トップチームの第2GKを務めていた林卓人が腰の手術を行いシーズン序盤を欠場したため、河原正治を押しのけ開幕戦に高校3年生ながらベンチ入りメンバーに抜擢され、その後リーグ戦7試合・リーグカップ3試合にベンチ入りした。
碇野 壱馬(いかりの かずま、1986年5月31日 - )は… 碇野 壱馬(いかりの かずま、1986年5月31日 - )は、広島県福山市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。 多々良学園高等学校(現・高川学園高等学校)出身。卒業後、大原スポーツ専門学校に進み、当時長野県社会人リーグに所属していた同専門学校の社会人チーム「大原学園JaSRA SC」にも参加。北信越チャレンジリーグを経て北信越リーグ2部でも2シーズンを戦った。 2008年、同じく北信越リーグ1部のAC長野パルセイロに入団するが、2シーズンで7試合の出場にとどまった。 2010年、当時中国リーグに所属していたレノファ山口FCに移籍。加入1年目から守備の要として2010年の中国リーグ優勝や2013年の日本フットボールリーグ (JFL) 昇格に貢献。
森脇 良太(もりわき りょうた、1986年4月6日 - )は… 森脇 良太(もりわき りょうた、1986年4月6日 - )は、広島県福山市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者・解説者。現役時代のポジションはディフェンダー、ミッドフィールダー。元日本代表。 小さい頃は野球少年で憧れの選手は広島東洋カープの山内泰幸だった。小学2年時に友人に誘われ、サッカーを始めた。1999年に地元福山市の隣町である尾道市のサンフレッチェびんごジュニアユースへ入団した。一期上に平石健太がいる。ジュニアユースではFWのポジションを担当しており、島卓視らから指導を受けた。 2002年にサンフレッチェ広島ユースへ昇格した。同期には前田俊介、佐藤昭大、髙萩洋次郎、髙柳一誠、桒田慎一朗、藤井大輔、大屋翼、冨成慎司らがいる。
坂口 遥(さかぐち よう、1986年2月20日 - )は、広… 坂口 遥(さかぐち よう、1986年2月20日 - )は、広島県尾道市出身のサッカー選手。中国サッカーリーグ・三菱水島FC所属。ポジションはディフェンダー。
田村 祐基(たむら ゆうき、1985年12月31日 - )は… 田村 祐基(たむら ゆうき、1985年12月31日 - )は、広島県広島市東区牛田出身の元サッカー選手。ポジションはFW。広島県立吉田高校卒業。 サンフレッチェ広島ジュニアユースからトップへ昇格した生え抜き選手としては初のプロ契約選手。 小学校2年時からサッカーを始める。広島ジュニアユース時代に中村重和や小野剛の指導を受けている。ユース時代の同級生に西山貴永、田坂祐介、前田和之。2003年日本クラブユース選手権初優勝、高円宮杯全日本ユース選手権3位、Jユースカップ優勝、天皇杯で水戸ホーリーホック相手に健闘するなど活躍、その中で田村は経験を積み一気に成長、トップ昇格にこぎつけた。 2004年、広島とプロ契約。
西山 貴永(にしやま たかひさ、1985年7月11日 - )… 西山 貴永(にしやま たかひさ、1985年7月11日 - )は、宮城県出身のサッカー選手。ポジションはFW、MF。 FCみやぎバルセロナから2001年にサンフレッチェ広島ユースに入団、同期に前田和之・田村祐基・田坂祐介ら。サイドアタッカーとして2003年の高校サッカー界では、日本クラブユース選手権初優勝、高円宮杯全日本ユース選手権3位、Jユースカップ優勝、天皇杯で水戸ホーリーホック相手に健闘するなど活躍した。 2004年に川崎フロンターレとプロ契約。その後、2007年に横浜FC、翌2008年にベガルタ仙台へいずれも期限付き移籍していたが、2009年から完全移籍に移行。しかし、その2009年も出場機会に恵まれず、リーグ戦わずか5試合の出場にとどまる。
田坂 祐介(たさか ゆうすけ、1985年7月8日 - )は、… 田坂 祐介(たさか ゆうすけ、1985年7月8日 - )は、広島県広島市出身 の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 広島高陽FC時代の一学年上に木村允彦、同期に横川・児玉、一学年下に髙柳一誠、二学年下に森重真人がいた。その後サンフレッチェ広島ジュニアユースへ入団、同期に前田和之・田村祐基、一学年上に沖本尚之ら。ジュニアユース時代に中村重和・小野剛らの指導を受けている。2001年に広島ユースに昇格、同期に児玉・前田・田村・西山貴永・馬屋原、一学年上に沖本尚之・木村龍朗らがいた。広島ユースは2003年の日本クラブユース選手権初優勝、高円宮杯全日本ユース選手権3位、Jユースカップ優勝、天皇杯ではJ2水戸ホーリーホック相手に健闘する。
平石 健太(ひらいし けんた、1985年6月26日 - )は… 平石 健太(ひらいし けんた、1985年6月26日 - )は、広島県尾道市出身の元サッカー選手、指導者。ポジションはDF(右サイドバック)。 サンフレッチェ広島の提携スクールであるサンフレッチェびんごジュニアユース出身、一期後輩に元日本代表DF森脇良太がいる。その後、如水館高校、福岡大学 と進学する。大学3年の時にデンソーチャレンジカップ九州学生選抜に選ばれている。 卒業後は山口県にある中国サッカーリーグのFC宇部ヤーマンに在籍。2010年1月に練習生として参加していたアビスパ福岡へ加入するも1年で退団。その後は母校福岡大学サッカー部でコーチをしている。 その後広島県瀬戸内高校の保健体育の教師となる。
市川 裕太(いちかわ ゆうた、1985年6月13日 - )は… 市川 裕太(いちかわ ゆうた、1985年6月13日 - )は、広島県呉市出身の元サッカー選手。
木村 允彦(きむら まさひこ、1984年10月1日 - )は… 木村 允彦(きむら まさひこ、1984年10月1日 - )は、広島県広島市出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー (CB、右SB)。ロングフィードとカバーリングに長けている。 10歳でサッカーを始める。小学生時代は広島高陽フットボールクラブに、中学生時代はセントラル吉島に所属した。2000年広島県立広島皆実高等学校に入学し、在学中に全国高等学校サッカー選手権大会出場を3年連続で経験した。 卒業後大阪府に渡り桃山学院大学に入学、サッカー部に所属して関西学生サッカーリーグ・関西学生サッカー選手権大会などに出場した。4年次には同部主将も務めた。 卒業後の2007年、当時JFL所属のFC岐阜に入団し、3試合に出場した。
木村 龍朗(きむら たつろう、1984年6月24日 - )は… 木村 龍朗(きむら たつろう、1984年6月24日 - )は、広島県広島市安佐南区出身の元サッカー選手。ポジションはFW、MF。 自身が通う幼稚園にサッカークラブがあったことから、そこでサッカーを始め、広島市立祇園小学校6年時にはミッドフィルダーとしてナショナルトレセンに選ばれている。その後、安芸FCジュニアユース、サンフレッチェ広島ユースへと入団する。広島ユース同期は、沖本尚之、寄井憲。木村孝洋・中村重和・森山佳郎から指導を受け、1年生のころからFWにコンバートされレギュラーとなり、3年生ではチームのエースとして活躍し、2002年Jリーグユース選手権大会準優勝に導く。 2003年、トップチームに昇格する。
寄井 憲(よりい けん、1984年4月26日 - )は、日本… 寄井 憲(よりい けん、1984年4月26日 - )は、日本の元サッカー選手。広島県尾道市出身。 2000年にサンフレッチェ広島ユースに入団。同級生に沖本尚之、木村龍朗、金澤慶一。高校1年の時にFWからDFへ転向。センターバックあるいはボランチとして、中心選手として活躍した。 その後、阪南大へ進学。大西容平は1年先輩にあたる。全日本大学選手権、総理大臣杯で活躍した。優勝経験こそないが、関西学生リーグ優秀選手賞、関西選抜などに選ばれた。 2007年、セレクションを受験後、練習生としてチームに帯同し、ヴァンフォーレ甲府に加入が決まったが、プロ入り後は怪我の多さに悩まされた。 2009年に松本山雅FCへ移籍するも、シーズン終了後退団。
井上 裕文(いのうえ ひろふみ、1984年4月5日 - )は… 井上 裕文(いのうえ ひろふみ、1984年4月5日 - )は、広島県広島市出身のサッカー選手。
小林 優希(こばやし ゆうすけ、1983年10月16日 - … 小林 優希(こばやし ゆうすけ、1983年10月16日 - )は、広島県広島市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションは、MF。 2012年7月10日、JFAの移籍リストから抹消され、現役引退。
田森 大己(たもり だいき、1983年8月5日 - )は、広… 田森 大己(たもり だいき、1983年8月5日 - )は、広島県庄原市出身の元プロサッカー選手、サッカー指導者。 1990年に庄原フットボールクラブ所属、後1996年にサンフレッチェ広島ジュニアユース、1999年に広島ユースへ昇格。主に中村重和から指導を受けた。同級生に宮本卓也。ユース時代はボランチとして活躍。2000年には全広島サッカー選手権大会初優勝に貢献し、天皇杯に出場している。 その後法政大学に進学し、ボランチとCBを務め、関東大学サッカーリーグ戦の準優勝に貢献する。 2005年にヴァンフォーレ甲府の練習生としてトレーニングに参加。2006年シーズンから甲府のメンバーとなる。豊富な運動量を武器にすばやいプレスをかける。
大杉 誠人(おおすぎ まさと、1983年2月2日 - )は、… 大杉 誠人(おおすぎ まさと、1983年2月2日 - )は、広島県出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 山陽高校から阪南大学を経て、2005年にJFLの佐川印刷SCに加入。MF登録ながらDFとしても起用された。2006年には佐川急便大阪SCに移籍しDFとしての登録となったが、負傷の影響によりリーグ戦初出場は8月にずれ込み、9試合の出場にとどまった。 2007年、佐川大阪が佐川急便東京SCと合併して発足した佐川急便SC(後のSAGAWA SHIGA FC)に加入したが、合併に伴う競争の激化により出場機会を失った。2008年には主にDFのバックアップとしてメンバー入りし、右サイドバックなどで先発出場も果たした。
神原 史(かんばら ふみ、1982年12月23日 - )は、… 神原 史(かんばら ふみ、1982年12月23日 - )は、広島県福山市出身の女子サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 2005年にTEPCOマリーゼに入団。第2節の伊賀フットボールクラブくノ一戦で後半途中から出場しリーグデビューを果たす。しかし第7節のTASAKIペルーレFC戦で左膝前十字靭帯を断裂。それから2年間はリハビリのため試合から遠ざかっていた。 2007年の日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)第8節・清水第八プレアデスとの試合で約2年1ヶ月ぶりに試合に復帰。リーグ終盤よりレギュラーとして試合に出場するようになった。
猿田 浩得(さるた ひろのり、1982年10月28日 - )… 猿田 浩得(さるた ひろのり、1982年10月28日 - )は、広島県大竹市出身の元サッカー選手。ポジションはフォワード、ミッドフィールダー。 ドリブラー。スピードで勝負するタイプのFW、攻撃的なMF。 タイにおける日本人サッカー選手の価値を上げた選手であり、彼の活躍によりタイ・プレミアリーグにおける日本人選手の需要が高まった。タイではキングと呼ばれていた。。愛媛FCにとっての日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)初得点を挙げた選手である。 実兄は2011年現在FC東京普及部コーチの猿田公章。 廿日市FC、フジタSS、山陽高等学校、拓殖大学出身。フジタSS時代の同期に柴村直弥、実兄の公章もフジタSS出身であり、沖野等から指導を受ける。
柴村 直弥(しばむら なおや、1982年9月11日 - )は… 柴村 直弥(しばむら なおや、1982年9月11日 - )は、広島県広島市出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー。 広島皆実高校時代(2年先輩に朝日大輔、1年先輩に瀬戸彬仁・秦賢二、同級生に堀健人ら)は、2年時に全国高校総体で同校初優勝に貢献。千葉県立八千代高等学校との決勝戦では試合を延長戦に持ち込む同点ゴールを決めている。試合は延長戦の末決着が着かず、3−3の引き分けで総体サッカー競技史上初めての両校優勝となり、日本一に輝く。森崎和幸・浩司兄弟・駒野友一らと広島県選抜のメンバーとして1999年熊本国体で全国3位。翌年2000年とやま国体では全国5位。同年全国高等学校サッカー選手権大会に出場するも、2回戦で東北高等学校に敗れる。
松浦 淳 (まつうら あつし、1982年1月10日 - )… 松浦 淳 (まつうら あつし、1982年1月10日 - ) は、広島県出身の元プロサッカー選手。ポジションはフォワード。 東京学芸大学卒業後、2004年に水戸ホーリーホックに入団。同年の5月19日にデビューし、2得点を挙げた。2004年シーズンの終わりに引退した。
秦 賢二(はだ けんじ、1981年6月27日 - )は、広島… 秦 賢二(はだ けんじ、1981年6月27日 - )は、広島県出身のサッカー選手。ポジションはMF。 広島皆実高(2年先輩に的場千尋、1年先輩に朝日大輔、同期に瀬戸彬仁、1年後輩に柴村直弥・堀健人ら)時代に、森崎和幸・浩司兄弟・駒野友一らと広島県選抜のメンバーとして1999年熊本国体3位。 2000年、名古屋グランパスエイトに入団。しかし出番に恵まれず2002年9月より水戸ホーリーホックへと期限付き移籍。翌年より完全移籍となり、水戸ではレギュラーポジションを獲得した。笠松での場内アナウンスでは「水戸のファ~ンタジスタ!」という呼称で有名。 2007年からFC琉球に移籍。2010年シーズン終了後にFC琉球を退団。
保手濱 理恵(ほてはま りえ、1981年6月5日 - )は、… 保手濱 理恵(ほてはま りえ、1981年6月5日 - )は、広島県出身の女子サッカー選手。ポジションは、ミッドフィールダー。 この項目は、サッカー選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:サッカー/PJサッカー選手/PJ女子サッカー)。
加藤 寿一(かとう としかず、1981年5月28日 - )は… 加藤 寿一(かとう としかず、1981年5月28日 - )は、広島県出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。 如水館高等学校から2000年にアビスパ福岡へ入団。その後ザスパ草津にレンタルされ、三菱自動車水島FCを経て、2006年からV・ファーレン長崎に移籍。2010年シーズン終了後に長崎を退団。2011年、三菱重工長崎サッカー部に移籍。2014年シーズン限りで現役引退した。
森﨑 和幸(もりさき かずゆき、1981年5月9日 - )は… 森﨑 和幸(もりさき かずゆき、1981年5月9日 - )は、広島県広島市安芸区出身の元プロサッカー選手。現役時代のポジションはミッドフィールダー。 現在はJリーグ・サンフレッチェ広島のクラブリレーションズマネージャーを務める。広島県立吉田高等学校卒業。 地元矢野小学校で弟である森崎浩司と共に小学2年からサッカーをはじめる。山出久男から指導を受け、攻撃的なMFとして活躍、小学6年時に森崎浩司と共に全日本少年サッカー大会に出場している。佐藤康之・皆本勝弘は矢野中学校の先輩。矢野中学校からサンフレッチェ広島ユースへ入団。同級生は、森崎浩司、駒野友一、久保田学。木村孝洋から指導を受けた。高校2年時よりボランチにコンバートされる。