内野 海斗(うちの かいと、2004年7月28日 - )は、… 内野 海斗(うちの かいと、2004年7月28日 - )は、福岡県福岡市博多区出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 福岡市立東月隈小学校時代から「月隈スピードボーイズ」で軟式野球を始め、福岡市立席田中学校では「福岡スーパースターズ」に捕手として在籍し、ポニー・リーグの日本代表に選出され、第36回PONYアジアパシフィックゾーンチャンンピオンシップトーナメントで優勝を果たす。2019 PONYワールドシリーズ U-16COLTでは西村瑠伊斗とバッテリーを組み3位となる。 高校は広島県東広島市の武田高等学校に進学。3年生の夏は第104回全国高等学校野球選手権広島大会3回戦、対尾道高校戦において、7回終了まで0対0の投手戦の中、8回に無死満塁のピンチを迎え、適時打などで3失点を喫し3対1で敗れた。
白濱 快起(しらはま かいき、2004年7月5日 - )は、… 白濱 快起(しらはま かいき、2004年7月5日 - )は、広島県呉市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学6年時から身長が180cmと恵まれた体格であった。 2022年ドラフト会議で育成2位で千葉ロッテマリーンズに指名され、入団。背番号は128。入団会見では「支配下選手になるためにどんな技術を磨き、どういうアピールをしていきたいのか」という質問をぶつけた際、「体も全然できていなくて、体も細いので体づくりをこの1年間やっていきたい。角度のある真っ直ぐが自分の売り、この先伸ばしていけたらなと思います」としていた。 常時140キロ中盤の速球、切れのある変化球をもつ本格派右腕として嘱望されたが、プロでは2年目はイースタンでわずか2試合登板に終わり、2024年10月に戦力外通告を受けた。
花田 侑樹(はなだ ゆうき、2003年6月25日 - )は、… 花田 侑樹(はなだ ゆうき、2003年6月25日 - )は、広島県山県郡北広島町出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 北広島町立八重東小学校1年の時に千代田ファイターズで野球を始め、6年時には広島東洋カープジュニアチームに選出され、NPB12球団ジュニアトーナメントに出場した。北広島町立千代田中学校ではヤングリーグの府中広島'2000ヤングに所属し、3年時にジャイアンツカップに出場している。花田と同じ2021年度の巨人ドラフト5位・岡田悠希は同クラブの先輩。 地元の北広島町に所在する広島新庄高等学校に進学。1年秋から一塁手としてレギュラーとなり、2年秋からはエースで4番となった。
宗山 塁(むねやま るい、2003年2月27日 - )は、広… 宗山 塁(むねやま るい、2003年2月27日 - )は、広島県三次市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 小学1年生の時に野球を始め、小学6年生の時に広島東洋カープジュニアに選出される。中学時代は軟式の高陽スカイバンズでプレー。高校は広陵高校に進学した。広陵高校では1年生の夏からベンチ入りを果たし、その夏に背番号17、2年生の春に背番号6で、それぞれ甲子園に出場した。 広陵では1年生の秋に明治神宮野球大会に出場し、チーム自体は初戦で星稜の奥川恭伸に抑え込まれコールド負けとなったが、自身は2安打を放つ。同学年に自身と同じ2024年のドラフト会議でプロ入りした渡部聖弥がおり、寮でも同部屋であった。
西 純矢(にし じゅんや、2001年9月13日 - )は、広… 西 純矢(にし じゅんや、2001年9月13日 - )は、広島県廿日市市出身のプロ野球選手(投手→外野手・育成選手)。右投右打。阪神タイガース所属。 広島市立鈴が峰小学校2年時に「鈴が峰レッズ」に入団し野球を始め、廿日市市立阿品台中学時代は「ヤングひろしま」に所属。3年時には「NOMOジャパン」に選出された。 創志学園高校では1年春からベンチ入りし、2年春からエース。2年夏の岡山大会では準決勝の倉敷商戦で引地秀一郎との投げ合いを完封で制すなどの活躍で、チームを甲子園大会出場へ導いた。甲子園では、川原陸擁する創成館との初戦で16奪三振の完封勝利を挙げ注目を集めるも2回戦で敗退。3年時は、春夏ともに甲子園大会出場はならなかった一方でU-18代表に選出され、投手としてチーム最多の4試合・13回1/3の登板で防御率1.35の成績を残した。
石原 勇輝(いしはら ゆうき、2001年8月30日 - )は… 石原 勇輝(いしはら ゆうき、2001年8月30日 - )は、広島県呉市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 呉市立川尻小学校1年生の時に川尻ヤングパワーズスポーツ少年団で野球を始め、6年生時は広島東洋カープジュニアでプレーした。呉市立川尻中学校在学時は硬式野球のクラブチームである府中広島2000ヤングでプレーした。 広陵高等学校に進学し、2年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会では背番号15でベンチ入り。同年秋の中国大会では米子東との決勝で2回途中から救援登板して7回無失点と好投し、勝利に貢献した。3年春の第91回選抜高等学校野球大会では、東邦との2回戦に救援登板するも3失点し、チームも大敗した。
谷岡 楓太(たにおか ふうた、2001年8月29日 - )は… 谷岡 楓太(たにおか ふうた、2001年8月29日 - )は、広島県広島市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 広島市立日浦中学校時代は、軟式のクラブチーム安シニアに所属。 高校は東広島市にある武田高等学校に進学。同校は部活校ではなく大学進学に力を入れている進学校のため平日の練習時間は50分程度と短い。野球部は全国大会への出場もなく、スポーツ推薦の部員がいない、練習場も他の運動部と共用するなど制約が大きいなか四国アイランドリーグplusなどでプロ経験のある監督の岡嵜雄介のもと独自のトレーニングを積んでいった。高校入学当時のストレートの最速は125km/hほどだったのが、最終的には最速152km/hまでアップした。
福田 真啓(ふくだ まさひろ、2001年7月11日 - )は… 福田 真啓(ふくだ まさひろ、2001年7月11日 - )は、広島県福山市出身の日本の元プロ野球選手(投手)。 高校時代は広島県福山市の英数学館高校でプレー。元広島東洋カープ投手で同校野球部の非常勤コーチでもある北別府学の指導により成長し、150 km/hに迫る速球と切れ味のあるスライダーを武器にした。 高校卒業後は東海大学にスポーツAO入試で合格し、進学し、首都大学野球に加盟する硬式野球部でプレー。しかし、一時チームが活動休止に陥り、野球をプレーする環境を求めて大学中退を決断する。 大学中退後、2021年1月26日に四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスへの入団が発表された。 2022年5月31日の対福岡ソフトバンクホークス三軍戦で、徳島球団は継投によるノーヒットノーランを達成したが、福田はその試合で6回表に3番手で登板し、1イニングを無失点で抑えている。
岡田 悠希(おかだ ゆうき、2000年1月19日 - )は、… 岡田 悠希(おかだ ゆうき、2000年1月19日 - )は、愛知県犬山市生まれ、広島県東広島市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 東広島市立八本松小学校1年生の時に軟式野球を始め、安芸リトルを経て東広島市立八本松中学校では硬式野球のクラブチームである府中広島2000に所属した。岡田と同じ2021年度の巨人ドラフト7位・花田侑樹は同クラブの後輩。 龍谷大学付属平安高等学校に進学し、1年春からベンチ入り。同年秋からレギュラーに定着した。2年春の第88回選抜高等学校野球大会に出場し、ベスト4に進出。明徳義塾との1回戦で本塁打を放った。しかし、同年秋の新チーム結成時は練習や生活の態度に問題があったとしてベンチを外され、京都府大会一次予選ではボールボーイであった。
中村 奨成(なかむら しょうせい、1999年6月6日 - )… 中村 奨成(なかむら しょうせい、1999年6月6日 - )は、広島県廿日市市出身のプロ野球選手(外野手、捕手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 3歳の時に両親が離婚してからは、広島東洋カープの熱狂的なファンである実母の下で育った。 小学校1年時から、少年野球クラブの「大野友星」で軟式野球をスタート。3年時から捕手に転向すると、フルスイングでフライを打つという指導方針の下で、5年時から俊足と長打で頭角を現した。廿日市市立大野東中学校時代には、軟式野球のチームの「大野シニアベースボールクラブ」のメンバーとして、3年時に広島県大会で準々決勝進出を経験した。 地元の広陵高校へ進学してからは、1年春の広島県大会で、背番号「20」ながら正捕手の座を確保。
村川 凪(むらかわ なぎ、1998年6月26日 - )は、広… 村川 凪(むらかわ なぎ、1998年6月26日 - )は、広島県福山市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。NPBでは育成選手であった。 福山市立東中学校時代は軟式野球部に所属。如水館高校では1年春からベンチ入りも、3年夏の県大会決勝で堀瑞輝率いる広島新庄に敗れ、甲子園出場はなかった。 四日市大学では、三重学生野球リーグで1度のベストナイン、3度の盗塁王に輝いた。 卒業後はトライアウトを経て四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスに入団。2021年は63試合に出場、成功率.800という正確性を兼ね備えて40盗塁を記録し、盗塁王となった。 2021年10月11日に行われたNPBドラフト会議にて、横浜DeNAベイスターズから育成選手ドラフト1位指名を受け、11月21日に支度金300万円、年俸340万円で仮契約を結んだ。
宮森 智志(みやもり さとし、1998年5月28日 - )は… 宮森 智志(みやもり さとし、1998年5月28日 - )は、広島県呉市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 呉市立内海小学校1年の時に軟式野球の安浦アニマルズで野球を始め、呉市立安浦中学校では軟式野球部に所属。 広島県立呉商業高等学校ではエースとなるも、3年夏の広島県大会は2回戦で西条農業に敗れ、甲子園出場経験はなし。 流通経済大学でも目立った実績はなく、4年時の2020年にはプロ志望届を提出したが、ドラフト会議での指名はなく、1年後のドラフト会議での指名を目指して四国アイランドリーグplusの合同トライアウトを受験。11月9日に高知ファイティングドッグスから特別合格選手として発表され入団した。
堀 瑞輝(ほり みずき、1998年5月10日 - )は、広島… 堀 瑞輝(ほり みずき、1998年5月10日 - )は、広島県呉市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学校2年生の時に軟式野球を始め、呉市立昭和中学校で軟式野球部で投手兼外野手としてプレー。広島新庄高校では1年生の夏からベンチ入りし、2年生の夏に、チーム初の甲子園に出場する。3年生の夏にも甲子園で登板する。3年生の秋には、第11回 BFA U-18アジア選手権大会で日本代表のエースとして、チームは優勝する。いわて国体ではストレートで自己最速の150km/hを記録した。 2016年10月20日に行われたドラフト会議では、北海道日本ハムファイターズから1位指名を受け、契約金7000万円、年俸750万円(金額は推定)で入団した。
奈良木 陸(ならき りく、1998年4月16日 - )は、広… 奈良木 陸(ならき りく、1998年4月16日 - )は、広島県府中市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)。プロでは育成選手だった。 府中市立第一中学校では軟式野球部に所属し県大会に優勝。 広島県立府中高等学校では甲子園出場はなく、3年夏の県大会は3回戦敗退。 筑波大学理工学群社会工学類に一般受験で現役合格し野球部に入部。首都大学リーグ戦では主にリリーフとして登板。3年までの登板数はわずか5試合であり目立たなかったが、4年時に自己最速の151km/hを記録し、8月に行われた巨人三軍とのプロアマ交流戦で1回を無失点に抑えるなど、急速にレベルアップしドラフト候補に浮上した。 2020年10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツより育成ドラフト9位で指名を受け、11月28日に支度金300万円、年俸400万円(推定)で仮契約を結んだ。
梅林 優貴(うめばやし ゆうき、1998年3月14日 - )… 梅林 優貴(うめばやし ゆうき、1998年3月14日 - )は、広島県広島市安佐北区出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 広島市立亀山南小学校5年から野球をはじめる。高校は広島県立高陽東高等学校に入学するが高校時代は甲子園出場はなく、3年時の夏の広島地方大会8強が最高成績だった。高校卒業後は中国地区大学野球連盟に加盟している広島文化学園大学(当時2部リーグ)に進学する。大学時代も注目選手ではなく、4年の春時点でもスカウトが見に来ていないほどであったが、JFE西日本の河野竜生の視察に来ていた北海道日本ハムファイターズの加藤竜人スカウトの目に留まる。4年秋にはサイクル安打の達成だけでなく、首位打者を獲得しリーグMVPに選ばれ、広島文化学園大学を初の1部昇格に導く。
吉川 雄大(よしかわ かずき、1996年12月12日 - )… 吉川 雄大(よしかわ かずき、1996年12月12日 - )は、広島県安芸郡府中町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 広陵高等学校では3年春からエースとなり、同学年の太田光とバッテリーを組んで同年夏の第96回全国高等学校野球選手権大会に出場した。三重との1回戦で先発し、一時勝ち越しとなる本塁打を放つなど投打に活躍したが、2点リードの9回裏に同点に追い付かれ、延長11回裏に押し出し四球を与えサヨナラ負けを喫した。 東海大学に進学し、4年間でリーグ戦通算16試合に登板した。 その後JFE西日本に入社。1年目から都市対抗野球大会に登板した。 2021年10月11日に行われたドラフト会議にて、東北楽天ゴールデンイーグルスから7位指名を受け、11月16日に契約金2500万円、年俸700万円で仮契約した。
山岡 泰輔(やまおか たいすけ、1995年9月22日 - )… 山岡 泰輔(やまおか たいすけ、1995年9月22日 - )は、広島県広島市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。
田口 麗斗(たぐち かずと、1995年9月14日 - )は、… 田口 麗斗(たぐち かずと、1995年9月14日 - )は、広島県広島市佐伯区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 2歳から五日市観音少年野球クラブで野球を始め、カープJrでNPB12球団ジュニアトーナメントに出場した。五日市観音中学校では、「五日市観音シニア」(軟式)に在籍し、エースとして県大会出場。広島新庄高等学校では1年生からベンチ入り、高校3年時の2013年全国高等学校野球選手権広島大会決勝にて広島県瀬戸内高等学校と対戦し、山岡泰輔と投手戦を演じ、延長15回を無失点完投。規定による引き分けで、決着は2日後の再試合(2013年7月30日)で、9回1失点完投と奮闘したが敗戦した。
畝 章真(うね たかまさ、1995年9月9日 - )は、広島… 畝 章真(うね たかまさ、1995年9月9日 - )は、広島県広島市安佐北区出身の元プロ野球選手(投手)・コーチ。右投右打。NPBでは育成選手であった。 父は広島東洋カープの選手で、引退後はコーチを務める畝龍実。 幼少期は母方の祖父の影響でゴルフをプレー。小学3年生からソフトボールを始めて三塁を守り、中学時代は軟式野球部で遊撃手だった。 広島新庄高校時代は田口麗斗とチームメイトで、二塁手としてプレー。しかし、両膝を手術した影響で公式戦でベンチ入りすることはなかった。3年生夏の広島大会決勝での田口と瀬戸内高・山岡泰輔の延長15回を投げ切って引き分け再試合となった投手戦もスタンドから眺め、「彼らはレベルが違うと思いました」と感想を漏らしている。
奥浪 鏡(おくなみ きょう、1995年8月29日 - )は、… 奥浪 鏡(おくなみ きょう、1995年8月29日 - )は、広島県呉市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 呉東リトルリーグで野球を始めると、呉市立広中央中学校時代は広島ジャガーボーイズに所属。全国大会に出場したほか、硬球を使用した3年時の対外試合ではMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)左翼席場外のネットに当たる本塁打(推定飛距離150m)を放った。 創志学園高校への進学後は、春夏ともに甲子園球場での全国大会に出場できなかったが対外試合で通算71本塁打を記録し、「岡山の李大浩」と呼ばれていた。3年生の春には、済美高校との練習試合で2年生の安樂智大から2打席連続本塁打を放っている。
山本 雅士(やまもと まさし、1994年11月3日 - )は… 山本 雅士(やまもと まさし、1994年11月3日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(投手)。
宇佐美 塁大(うさみ るいた、1994年10月24日 - )… 宇佐美 塁大(うさみ るいた、1994年10月24日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(外野手)。
山本 力仁 (やまもと りきと、1994年10月5日 - )… 山本 力仁 (やまもと りきと、1994年10月5日 - )は、日本のプロ野球審判員。審判員袖番号は52。 広島県立高陽東高等学校からNPBアンパイアスクールを経て2016年1月1日に日本野球機構審判部に入局。 (記録は2025年シーズン終了時点)
坂本 光士郎(さかもと こうしろう、1994年9月9日 - … 坂本 光士郎(さかもと こうしろう、1994年9月9日 - )は、広島県三次市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 小学1年生で野球を始め、三次市立十日市中学校では軟式野球部に所属。如水館高校では2年夏に甲子園へ出場し、背番号11の控え投手として登板した。ただ、2年秋に新チームとなっても3番手投手であり、高校時代の最速は135km/hであった。 日本文理大学へ進学し、遠投でひたすら肩を鍛えると、最速145km/hまで上昇。また、進学後に習得したカットボールとツーシームとの相乗効果もあり、4年春からチームのエースとなった。4年時はリーグ戦にて、2季連続でMVPを獲得。6月の全日本大学野球選手権と11月の明治神宮大会の出場に貢献した。
今井 金太(いまい きんた、1994年6月19日 - )は、… 今井 金太(いまい きんた、1994年6月19日 - )は、広島県広島市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学6年時に、広島東洋カープジュニアチームの一員として第2回NPB12球団ジュニアトーナメントに出場した。 広島市立国泰寺中学校時代は広島ジャガーズに所属。3年夏にNOMOジャパンに選出され、米国遠征を経験した。 広島国際学院高等学校では、1年秋に中国大会ベスト8進出。安来高を5安打13奪三振1失点の完投で、8年ぶりの初戦突破を達成。続く創志学園高戦でも6安打13奪三振2失点完投と好投を披露するも敗戦。3年時の夏は、初戦となる広島県予選2回戦の海田高戦で自己最多となる18奪三振を記録するが、準々決勝で宇佐美塁大擁する県立広島工業高に打ち込まれ12安打8四死球の乱調で8失点完投負けを喫した。
畠 世周(はたけ せいしゅう、1994年5月31日 - )は… 畠 世周(はたけ せいしゅう、1994年5月31日 - )は、広島県呉市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。阪神タイガース所属。 呉市立川尻中学校の軟式野球部から近大福山高等学校に進学した。入学時の球速は133km/hであったが、3年時には142km/hを計測するまで成長した。チームのエースを務めた3年次は広島県ベスト16の成績を残した。4回戦の広島新庄高等学校戦では後に巨人でチームメイトとなる田口麗斗(田口は当時2年生)と対戦。田口が先発で7回1安打無失点と好投したのに対し、リリーフした畠は2回を7失点と力を出せず、チームも0-12で敗退した。 近畿大学に進学し、大学通算46試合に登板、13勝13敗、防御率2.03、216奪三振を記録。
川本 祐輔(かわもと ゆうすけ、1993年9月30日 - )… 川本 祐輔(かわもと ゆうすけ、1993年9月30日 - )は、広島県尾道市出身の社会人野球選手 (投手)。 尾道市立高須小学校2年次より野球を始める。 尾道市立高西中学校在学時には尾道シニアに所属。 地元の尾道高等学校に進学。2年秋に広島県大会優勝、中国大会8強を達成。 高校卒業後は東都大学野球連盟の亜細亜大学に進学。リーグ戦には3年春より登板。全国大会には3年春の選手権大会、4年秋の明治神宮野球大会に出場し、神宮大会では優勝も経験している。 大学卒業後は社会人野球のJR東海に入社。それまでのスリークォーターからサイドに転向。3年目には都市対抗野球大会にも出場。
石田 健大(いしだ けんた、1993年3月1日 - )は、横… 石田 健大(いしだ けんた、1993年3月1日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属する広島市南区出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。
有原 航平(ありはら こうへい、1992年8月11日 - )… 有原 航平(ありはら こうへい、1992年8月11日 - )は、広島県広島市佐伯区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 NPBでは2015年から2020年まで日本ハムに在籍し、2016年のパシフィック・リーグ優勝と日本シリーズ優勝に貢献、2019年にはパ・リーグ最多勝利のタイトルを獲得した。MLB挑戦を経て2023年からは福岡ソフトバンクホークスでプレーし、2024年・2025年には2年連続でパ・リーグ最多勝を獲得してチームのリーグ連覇に貢献、2026年から日本ハムに復帰する。 彩が丘小学校2年生の時に「河内少年野球クラブ」に入団、当時から投手を務めた。三和中学校では軟式野球部に所属した。
薮田 和樹(やぶた かずき、1992年8月7日 - )は、広… 薮田 和樹(やぶた かずき、1992年8月7日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(投手)。
和田 凌太(わだ りょうた、1992年7月20日 - )は、… 和田 凌太(わだ りょうた、1992年7月20日 - )は、広島県呉市出身の元プロ野球選手(内野手・育成選手)。
江村 直也(えむら なおや、1992年5月6日 - )は、千… 江村 直也(えむら なおや、1992年5月6日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(捕手)。
高野 圭佑(たかの けいすけ、1991年12月28日 - )… 高野 圭佑(たかの けいすけ、1991年12月28日 - )は、広島県呉市出身の野球選手。元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学校から軟式野球を始め、中学時代は1年時のみ呉昭和シニアに所属もそれ以降は退団。広島県立呉工業高等学校では、県大会2回戦が最高で甲子園出場はなかった。 四国学院大学では1年秋からリーグ戦に出場。3、4年春にベストナイン、最多勝3回、最多奪三振1回。2年から3年連続で大学選手権で登板し、3、4年時は先発したがいずれも初戦敗退。大学卒業後、西日本旅客鉄道に入社。なお、同期入社に杉本裕太郎がいた。同社在籍時は硬式野球部における活動の傍ら、広島地区に導入された新型電車227系の愛称名制定にも携わっていた。
森原 康平(もりはら こうへい、1991年12月26日 - … 森原 康平(もりはら こうへい、1991年12月26日 - )は、広島県福山市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 野球好きの祖父の影響で軟式野球を始める。本人は6歳だった1998年時点では、まだ野球に興味はなく、地元・広島に本拠地(広島市民球場)を置く広島東洋カープにも興味はなく、水泳と陸上を掛け持ちし始めていた時期だったと語っている。その後、カープのファンになり、また小学6年生のころに自身の最大の親友が野球を始めたことに影響され、自身も野球を始めた。小学生時代は中条少年野球クラブ、中学校への在籍中は軟式のクラブチーム「神辺レッズ」で捕手としてプレー。中学2年時に「神辺レッズ」の監督だった三原新二郎の勧めで投手に転向した。
山下 峻(やました しゅん、1991年8月19日 - )は、… 山下 峻(やました しゅん、1991年8月19日 - )は、広島県安芸郡府中町出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 府中南小学校4年生の時にソフトボールを始め、投手として府中南ソフトボールクラブに在籍。6年時には、チームを広島県大会の3位に導いた。緑ヶ丘中学校への進学後に、安芸イーグルスで野球をスタート。しかし、1年生夏に小児がん(白血病)と診断された(詳細後述)。 卒業後は広島国際学院高校へ進学。前述の病気のブランクで入学当初は球速90km/h程度だったが、練習や肉体改造に取り組んだ末、3年生夏の選手権広島大会で、背番号10ながら全試合で先発投手に起用。しかし、準々決勝で如水館高校に敗れた。
上本 崇司(うえもと たかし、1990年8月22日 - )は… 上本 崇司(うえもと たかし、1990年8月22日 - )は、広島県福山市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。 実兄は阪神タイガースでプレーした上本博紀。 兄である博紀の影響を受け、小学校1年の時から「松永ソフトボールクラブ」にてソフトボールを始める。福山市立大成館中学校時代は地域の軟式野球クラブ・松永ヤンキースに所属し、3年時に西日本大会準優勝。1年秋から遊撃手、2年秋から捕手で大田泰示とバッテリーを組んでいた。 広陵高等学校では1年秋からレギュラー。遊撃手で2年春・夏、3年夏の3度甲子園に出場し2年時に1学年上の野村祐輔・小林誠司・土生翔平らと共に選抜ではベスト8。全国選手権では決勝で敗れ準優勝となった。
大田 泰示(おおた たいし、1990年6月9日 - )は、広… 大田 泰示(おおた たいし、1990年6月9日 - )は、広島県三次市出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。
樋口 賢(ひぐち けん、1989年12月2日 - )は、広島… 樋口 賢(ひぐち けん、1989年12月2日 - )は、広島県竹原市出身の元プロ野球選手(投手)。
土生 翔平(はぶ しょうへい、1989年8月16日 - )は… 土生 翔平(はぶ しょうへい、1989年8月16日 - )は、広島県尾道市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投左打。 尾道市立美木中学校時代は尾道シニア(リトルシニア)でプレイ。広陵高等学校3年時は主将を務め、三塁手のレギュラーとして第79回選抜高等学校野球大会でベスト8まで進んだ。第89回全国高等学校野球選手権大会では準決勝の常葉菊川戦で主戦の田中健二朗から先制のソロホームランを放つなど活躍し、エースの野村祐輔、小林誠司、1学年後輩の上本崇司らと共にチームを準優勝に導いた。 高校卒業後は、早稲田大学に進学。外野手にコンバートされ、2年時の春からレギュラーに定着すると、4季連続で打率3割以上を記録し、3年時の秋には首位打者を獲得した。
延江 大輔(のぶえ だいすけ、1989年2月3日 - )は、… 延江 大輔(のぶえ だいすけ、1989年2月3日 - )は、広島県呉市出身の元プロ野球選手(投手)。
小林 寛(こばやし ひろし、1989年1月21日 - )は、… 小林 寛(こばやし ひろし、1989年1月21日 - )は、広島県福山市出身の元プロ野球選手(投手)。2018年シーズンからは、社会人野球のJFE西日本硬式野球部でプレーを続けた。 広島県福山市立西深津小学校2年時にソフトボールを始めた。大阪府内への転居を経て、大阪市立生魂小学校3年生の時から天王寺リトル、堺市立浜寺小学校6年生の時に浜寺ボーイズでプレー。堺市立浜寺南中学校への進学後は、高石ボーイズに所属した。 島根県の江の川高校に進学後は、2年生の春からベンチ登録。2年生の夏に控え投手として第87回全国高等学校野球選手権大会で甲子園出場を果たすと、初戦(1回戦)の静清工業高校戦に救援で登板した。
中元 勇作(なかもと ゆうさく、1988年12月12日 - … 中元 勇作(なかもと ゆうさく、1988年12月12日 - )は、広島県竹原市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 近畿大学工学部に進学すると、4年秋に3完封6勝、防御率0.35の成績を残し、MVP、投手ベストナインの2冠を獲得する。大学卒業後、伯和ビクトリーズに入社。 2014年のドラフト会議で、東京ヤクルトスワローズから5位指名を受けて入団。 2015年5月1日に一軍初昇格が予定されたが、怪我のため昇格は見送られた。また、7月7日のイースタンリーグ対楽天戦では、チーム内で怪我人等が相次ぎ、野手が不足したため投手登録ながら代走として出場している。 2016年10月1日、戦力外通告を受け引退した。
柳田 悠岐(やなぎた ゆうき、1988年10月9日 - )は… 柳田 悠岐(やなぎた ゆうき、1988年10月9日 - )は、広島県広島市安佐南区出身のプロ野球選手(外野手)。福岡ソフトバンクホークス所属。愛称は「ギータ」。
原 大輝(はら だいき、1988年6月2日 - )は、広島県… 原 大輝(はら だいき、1988年6月2日 - )は、広島県安芸郡海田町出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 広島国際学院高では投手兼捕手を務め、2年夏に8強進出を達成した。3年夏は主戦として活躍したが、広島市立広島工業高等学校に7回コールド0対8で敗れ、広島県大会3回戦敗退。2回戦広島県立広島井口高等学校戦では11回1失点完投勝利、打者としても9回2死から同点適時打を記録している。 広島県大会準々決勝が最高成績。甲子園出場実績はなし。 北海道東海大学(現・東海大学北海道キャンパス)進学後は3年春に大学選手権を経験。 6番捕手で先発出場するも2打数ノーヒット、九州国際大学に1対3で敗れ初戦突破ならず。
永川 光浩 (ながかわ みつひろ、1987年11月2日 - … 永川 光浩 (ながかわ みつひろ、1987年11月2日 - )は、広島県三次市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。実兄は元プロ野球選手で広島東洋カープでの同僚でもあった永川勝浩。 小学校3年時から野球を始める。ポジションは兄と同じ投手。広島県立三次高等学校ではエース投手だったが、肘の故障によって3年生夏は控えとなり抑え投手として登板。県大会の決勝戦で敗れ、甲子園には出場できなかった。龍谷大学進学後は2年生の秋からベンチ入りしたが肘の故障が多発し、リーグ戦初登板は4年生の春だった。 2009年ドラフト会議において広島東洋カープから育成1巡目で指名され、入団。 2012年3月27日、同シーズンは徳島インディゴソックス(四国アイランドリーグplus)に派遣されることが発表された。
海田 智行(かいだ ともゆき、1987年9月2日 - )は、… 海田 智行(かいだ ともゆき、1987年9月2日 - )は、広島県三原市出身の元プロ野球選手(投手)、野球解説者、野球指導者。左投左打。 広島県立賀茂高等学校時代は、エースとなった2年時の秋季中国地区高等学校野球大会出場を果たす。3年時の夏は、広島県予選ベスト8で敗退。 高校卒業後は駒澤大学に進学。野球部では1年時の春からリーグ戦に登板。秋には、増井浩俊に次ぐ2番手投手として2勝を挙げ、リーグ2位となる防御率2.01の好成績を残す。2年時からエースとなり、春は13試合中10試合に登板し5勝を挙げた。リーグ戦後、第36回日米大学野球選手権大会の日本代表に選出され、左の中継ぎとして登板し優勝に貢献した。
松下 建太(まつした けんた、1987年8月17日 - )は… 松下 建太(まつした けんた、1987年8月17日 - )は、広島県広島市東区出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
村上 祐基(むらかみ ゆうき、1987年7月24日 - )は… 村上 祐基(むらかみ ゆうき、1987年7月24日 - )は、広島県福山市の元プロ野球選手(内野手)、野球指導者。 小学時代に福山市立幕山小学校の「幕山少年野球クラブ」で野球を始める。 中学時代は福山市の軟式野球チーム「東朋ライオンズ」に所属していた。 如水館高校時代の3年時には第77回選抜高校野球大会に9番セカンドとして学校史上初となる出場を果たし、初戦で東筑紫学園高校に5対4で勝利したが、2回戦となる羽黒高校戦では2対8と打ちこまれ敗れた。 高校卒業後は立正大学に進学し、大学4年時には第40回明治神宮野球大会優勝。 立正大学卒業後は四国アイランドリーグの高知ファイティングドッグスに入団した。
江村 将也(えむら まさや、1987年7月5日 - )は、広… 江村 将也(えむら まさや、1987年7月5日 - )は、広島県福山市出身の元プロ野球選手(投手、左投左打)・コーチ。実弟は千葉ロッテマリーンズコーチの江村直也。 福山市立常金中学校から栃木県の佐野日大高に進み、3年時の夏は背番号1を背負うも登板機会はなく、チームは栃木県予選2回戦で國學院栃木高に敗退した。甲子園出場経験はなし。1学年下に澤村拓一、2学年下に金伏ウーゴがいる。 日本大学に進学すると東都大学野球連盟に加盟する野球部に入部する。3年時の秋からリーグ戦に登板。同期に十亀剣がいる。 大学卒業後は、広島の社会人野球・ワイテックに入団。1年目の2010年から公式戦に登板し、3年目の2012年、第83回都市対抗野球大会に伯和ビクトリーズの補強選手として出場。
上本 博紀(うえもと ひろき、1986年7月4日 - )は、… 上本 博紀(うえもと ひろき、1986年7月4日 - )は、広島県福山市出身の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、コーチ。 広島東洋カープでプレーした上本崇司は実弟。阪神選手時代の2014年から2017年まで選手会長を務めた。 福山市立松永小学校4年生の時に「松永ソフトボールクラブ」にてソフトボールを始めた。中学生時代には、地元の軟式野球のクラブチーム「松永ヤンキース」に所属。1年生の秋から「1番・二塁手」としてスタメンに定着すると、3年時には年間約60試合のリーグ戦で122個の盗塁を記録した。 広陵高等学校への進学後は、甲子園球場で開かれる春夏の全国大会に、1年夏から3年春まで4季連続で出場。