河野 真太郎(こうの しんたろう、1974年〈昭和49年〉 … 河野 真太郎(こうの しんたろう、1974年〈昭和49年〉 - )は、日本の英文学者。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門は20世紀イギリスの文化と社会。 1974年(昭和49年)、山口県生まれ。山口県立山口高等学校を卒業する。1998年(平成10年)一橋大学法学部卒業、2005年(平成17年)東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得満期退学。2012年(平成24年)には学位論文「田舎者の英文学 二〇世紀イギリスの「文化」とその地政学」を提出し、一橋大学を授与機関として博士(学術)を取得する。 2005年(平成17年)4月より、京都ノートルダム女子大学人間文化学部英語英文学科専任講師を務める。
長野 徹(ながの とおる、1962年 - )は、日本のイタリ… 長野 徹(ながの とおる、1962年 - )は、日本のイタリア文学者、翻訳家。東京大学助教。 山口県生まれ。山口県立宇部高等学校卒、1986年東京大学文学部イタリア文学科卒、1996年同大学院博士課程修了、「ディーノ・ブッツァーティの作品における<幻想>の主題と構造」で文学博士。1995年 - 1996年イタリア政府給費留学生としてパドヴァ大学文学部に学ぶ。1997年東大文学研究科南欧語南欧文学研究室助手、2007年助教。 2023年、ディーノ・ブッツァーティ『動物奇譚集』の翻訳により須賀敦子翻訳賞を受賞。
戎崎 俊一(えびすざき としかず 、1958年(昭和33年)… 戎崎 俊一(えびすざき としかず 、1958年(昭和33年)11月15日 - )は、日本の天文学者。独立行政法人理化学研究所主任研究員。専門は高エネルギー天文学。 東京大学大学院理学系研究科天文学専攻出身、杉本大一郎の門下生。GRAPEプロジェクトにおける、最大の功労者。現在は、シンラドーム、EUSO計画などで後進の育成などに当たる。ノーベル賞研究家。 もともとの専門は、東京大学教養学部の杉本大一郎教授の下で、理論天文学を修める。その後、任期付きの助手として、神戸大学理学部へ赴任。その後、東京大学教養学部基礎科学研究科が東京大学総合文化研究科への組織変更があり、そちらへ移った杉本大一郎教授に呼び戻されて、牧野淳一郎、泰地真弘人、伊藤智義らの指導教官として、GRAPE開発の中心人物。
後藤 康文(ごとう やすふみ、1958年4月30日 - )は… 後藤 康文(ごとう やすふみ、1958年4月30日 - )は、山口県生まれの国文学者。 北海道大学大学院文学研究科教授。博士(文学)。専門は『狭衣物語』『伊勢物語』『堤中納言物語』等の注釈的研究。 1977年 山口県立下関西高等学校卒業。 1982年 九州大学文学部卒業。1989年 同大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。1989年 同文学部助手。 1989年 宮崎大学教育学部助手。1991年 同講師。1993年 同助教授。 1994年 北海道大学文学部助教授。2001年 同大学院文学研究科教授。
福江 純(ふくえ じゅん、1956年2月3日 - )は、日本… 福江 純(ふくえ じゅん、1956年2月3日 - )は、日本の天文学者。大阪教育大学名誉教授。専門は相対論的宇宙流体力学。理学博士(京都大学)。 天文学者(本人は「天文楽者」を名乗ることもある)としてだけではなく熱心なSF、アニメファンとしても有名で、SFアニメやSF小説のアイデアを天文学の立場から考察した著書も多数ある。石原藤夫の主催する「ハードSF研究所」会員でもある。「ハードSF研究所」の広報に発表した〈ラーマに関する一連の考察〉により1992年SFファンジン大賞・研究部門を受賞。 宇部市立琴芝小学校、宇部市立上宇部中学校、山口県立宇部高等学校卒業。1978年3月、京都大学理学部宇宙物理学科卒業。
前田 雅之(まえだ まさゆき、1954年 - )は、日本の国… 前田 雅之(まえだ まさゆき、1954年 - )は、日本の国文学者。明星大学教授。中古・中世文学(説話・和歌・注釈)専攻。 山口県出身。1973年山口県立下関西高等学校卒、1979年早稲田大学教育学部国文科卒、1987年同大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程を単位取得退学。 東京女学館短期大学教授、東京家政学院大学人文学部教授、明星大学人文学部日本文化学科教授。明星大学名誉教授。 1990年早稲田大学国文学会賞(窪田空穂賞)を受賞。2000年「今昔物語集の世界構想」で、早稲田大学より文学博士の学位を取得。
井上 泰山(いのうえ たいざん、1952年 - )は、日本の… 井上 泰山(いのうえ たいざん、1952年 - )は、日本の中国文学者。関西大学文学部教授、専門は中国近世白話文学(古典戯曲・小説)。主要な業績は三国志演義関連の研究。また、イベリア半島に残る中国古典典籍の調査を行っている。 山口県下関市出身。山口県立豊浦高等学校卒業後、東京外国語大学外国語学部中国語学科卒業。同大学大学院修士課程修了後、関西大学大学院博士課程修了。明治学院大学助手、講師、助教授を経て、1986年関西大学助教授、教授。
宮内 俊介(みやうち としすけ、1950年 - 2001年7… 宮内 俊介(みやうち としすけ、1950年 - 2001年7月)は、日本の国文学者。田山花袋の研究家。 山口県萩市生まれ。慶應義塾大学国文科卒、同大学院博士課程単位取得満期退学。 1982年、熊本商科大学専任講師、1989年『田山花袋研究書誌』(桜楓社)を刊行、1992年、校名変更により熊本学園大学教授。51歳で逝去したが、その後、『田山花袋論攷』(双文社出版)、『田山花袋全作品解題』(同)が遺作として刊行された。
岡村 定矩(おかむら さだのり、1948年3月10日[要出典… 岡村 定矩(おかむら さだのり、1948年3月10日[要出典] - )は、日本の天文学者。法政大学理工学部教授。東京大学名誉教授。高瀬文志郎の弟子で、専門は銀河天文学、観測的宇宙論。山口県豊浦郡豊浦町(現下関市)[要出典]出身。
藤本 眞克(ふじもと まさかつ、1948年3月 - )は、日… 藤本 眞克(ふじもと まさかつ、1948年3月 - )は、日本の天文学者。国立天文台名誉教授。専門は、重力波天文学、宇宙計量学。海野和三郎の弟子で、理学博士である。 山口県山口市出身。1970年東京大学理学部卒業。1977年東大大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。論文の題は「かにパルサーからの重力波」。 東大宇宙線研究所研究員、東京天文台助手を経て、1986年東京天文台助教授となる。その間1978年 - 1979年ローマ大学客員研究員、1984年 - 1985年シュトゥットガルト大学客員研究員。 いずれの研究も高感度レーザー干渉計による重力波検出装置であるTAMA300を用いて行われている。
作花 一志(さっか かずゆき、1943年 - )は、日本の計… 作花 一志(さっか かずゆき、1943年 - )は、日本の計算天文学者、京都情報大学院大学教授。 山口県立宇部高等学校卒業。京都大学理学部に進み、宇宙物理学を学ぶ。専攻を決めたのは2年のときであったが、もともと天文学への関心は、少年期に読んだ野尻抱影の本に遡るものであった。1967年、京都大学理学部卒業。1974年、京都大学大学院博士課程修了(宇宙物理学専攻),理学博士。京都コンピュータ学院鴨川校校長を経て、京都情報大学院大学教授。日本天文教育普及研究会編集委員長(2004年 - )。NPO花山星空ネットワーク理事として天文普及活動を行っている(2007年 - )
高實 康稔(たかざね やすのり、1939年10月26日 - … 高實 康稔(たかざね やすのり、1939年10月26日 - 2017年4月7日)は、日本のフランス文学者。長崎大学名誉教授。強制動員真相究明ネットワーク呼びかけ人。 山口市出身。1969年、九州大学大学院文学研究科仏語仏文学専攻博士課程中退、長崎大学教養部講師赴任(フランス語)。1971年、フランス政府招聘研修員としてポー大学、グルノーブル大学(en:Grenoble Alps University)に留学の後、私費でパリ大学に延長留学し、翌1972年帰国。1993年、同教養部教授。1995年、「岡まさはる記念長崎平和資料館」を有志とともに設立。1997年、教養部改組に伴い環境科学部教授(異文化交流論)に就任。
益田 勝実(ますだ かつみ、男性、1923年〈大正12年〉6… 益田 勝実(ますだ かつみ、男性、1923年〈大正12年〉6月29日 - 2010年〈平成22年〉2月6日)は、日本の国文学者。古代文学専攻。元・法政大学文学部教授。 山口県下関市で、父繁蔵、母コフジの次男として生まれる。兄1人、姉3人の末っ子であった。 家の学問として漢文を教わるチャンスがあって、小学校の終わりごろから 『十八史略』や『日本外史』を読まされていた。旧制山口県立下関中学校時代には、西洋哲学を専攻したい夢があり3年の時から下関バプテスト教会の末崎富彌牧師にギリシャ語を習い始める。 1941年3月に下関中学校を卒業して、4月から下関市立養治国民学校助教として勤めながら、中等教員検定試験合格を目指す。
伊東 泰治(いとう やすはる、1922年4月18日 - 20… 伊東 泰治(いとう やすはる、1922年4月18日 - 2013年4月2日)は、日本のドイツ文学者。名古屋大学名誉教授。 1922年、山口県萩市で生まれた。1940年に山口県立山口中学校を卒業し、東京高等学校文科乙類に進んだ。1942年に卒業。京都帝国大学文学部ドイツ文学専攻に進み、1946年に卒業。 修了後は、三重県立医科大学予科教授に就いた。三重県立大学助教授、金沢大学法文学部助教授を経て、名古屋大学分校助教授に就いた。その後教養部助教授に配置換えとなり、教養部教授昇格。名古屋大学総合言語センター教授に配置換えとなり、同センター長を併任した。名古屋大学在職中、西ドイツ・アレクサンダー・フォン・フンボルト財団給費留学生として渡独し、ミュンヘン大学、ハイデルベルク大学、フライブルク大学に滞在して在外研究。
松田 武夫(まつだ たけお、1904年4月6日 - 1973… 松田 武夫(まつだ たけお、1904年4月6日 - 1973年10月11日)は、日本の国文学者・作家。 山口県岩国市出身。旧制第五高校(現・熊本大学)卒、1930年東京帝国大学文学部国文科卒。 1956年「金葉集の研究」で東京大学文学博士。1933年陸軍士官学校教授、1940年文部省図書監修官、1952年宇都宮大学教授。 1968年定年退官、専修大学教授。二松学舎大学教授。 勅撰和歌集を中心に平安時代の文学を研究した。創作もおこなった。
上田 敏雄(うえだ としお、1900年7月21日 - 198… 上田 敏雄(うえだ としお、1900年7月21日 - 1982年3月30日)は、日本の詩人、文学者。Toshio Ueda としても作品を発表した。アバンギャルディストとして青年期から晩年期にいたるまでユニークな詩と詩論を展開した。とくに昭和前期の超現実主義運動の輝ける旗手として注目された。日本における最初のシュルレアリスム宣言を発表したことでも知られる。芸術の自律的なメカニズムを認める立場から、カトリシズム・仏教思想等の外部からの概念導入なしに芸術世界の成立はないという立場に変化し、独自のネオ・シュルレアリスム詩観を提唱した。 1900年(明治33年)、山口県吉敷郡大道村(現:山口県防府市大道)にて生まれる。
斎藤 清衛(さいとう きよえ、1893年5月26日 - 19… 斎藤 清衛(さいとう きよえ、1893年5月26日 - 1981年3月4日)は、日本の国文学者。筆名・伎世江。 1893年、山口県熊毛郡で生まれた。徳山中学校、第三高等学校を経て、東京帝国大学国文科に進学。1918年に卒業。 大学卒業後は教諭となり、埼玉師範学校に勤務。次いで1920年より広島高等師範学校教授、1933年に退職し、欧米を訪ねた。1938年、学位論文『応永永享時代文芸意識の研究』を東京帝国大学に提出して文学博士号を取得。1940年、北京師範大学教授として中国に赴任。1942年、京城帝国大学教授に就いた。 1946年、広島文理科大学教授に就いた。1953年、旧・東京都立大学教授に転じた。
青木 正児(あおき まさる、旧字体: 靑木 正兒、1887年… 青木 正児(あおき まさる、旧字体: 靑木 正兒、1887年(明治20年)2月14日 - 1964年(昭和39年)12月2日)は、大正から昭和中期の中国学者・中国文学者。日本学士院会員。山口県下関市出身。字は「君雅」。号に「迷陽」があり、「迷陽先生」とも呼ばれた。 年譜は『青木正児全集』最終10巻末ほかに収録されている。 1887年(明治20年)2月14日、山口県下関市で漢方医・青木坦平の次男として生まれた。父・坦平には支那趣味があり、南画家を自宅に招いたり、妻や娘に琵琶など中国の楽器を習わせるなどしており、青木正児も幼少期より文学や美術を好んだ。1905年、山口県立豊浦中学校を卒業し、同年9月に第五高等学校第一部(現:熊本大学)に入学。