小林 且弥(こばやし かつや、1981年12月10日 - )… 小林 且弥(こばやし かつや、1981年12月10日 - )は、日本の俳優、映画監督。山口県下関市出身。 最初はモデルクラブにいたが、高校を卒業して大学1年の時に一念発起して事務所(スタッフ・ポイント)に入る。 2001年春に「東京コレクション」でモデルとしてデビューし、2002年に『東京ぬけ道ガール』(日本テレビ)で俳優デビューを果たした。2016年には、4月4日スタートの『猫のひたいほどワイド』(テレビ神奈川)で火曜日MCを担当し、初めてMCに挑戦する。 2017年9月に所属事務所をスタッフ・ポイントからenchanteへと移籍。2021年3月2日に持病の変形性股関節症悪化の治療専念のために、芸能活動休止と5年間務めた『猫のひたいほどワイド』の火曜日MCを降板を発表した。
青池 良輔 (あおいけ りょうすけ、1972年 - )は日本… 青池 良輔 (あおいけ りょうすけ、1972年 - )は日本のアニメーター、クリエイティブディレクター、映画監督。山口県下関市出身。大阪芸術大学映像学科卒業。
田辺 誠一(たなべ せいいち、1969年〈昭和44年〉4月3… 田辺 誠一(たなべ せいいち、1969年〈昭和44年〉4月3日 - )は、日本の俳優、映画監督である。 東京都杉並区出身。enchanté所属。妻は女優の大塚寧々。 東京で生まれた後、4歳まで山口県吉敷郡小郡町(現在の山口市)で育ち、その後東京へ戻る。 18歳の時に第2回『メンズノンノ』専属モデルに選ばれモデルデビュー。応募者数5000人。以後は1994年までモデルとして活動し23歳の時に俳優デビュー。最初は深夜時間帯のテレビドラマが主だったが、次第に映画やテレビコマーシャルへの出演も多くなる。 1997年には当時16歳だった安達祐実主演の『ガラスの仮面』で速水真澄役を演じ、多くのファンの心を掴んだ。
酒井 充子(さかい あつこ、1969年 - )は、日本のドキ… 酒井 充子(さかい あつこ、1969年 - )は、日本のドキュメンタリー映画監督。 山口県周南市出身。周南市立熊毛中学校、山口県立徳山高等学校を経て、慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。エンジニアリング会社で営業職として3年間勤務した後、北海道新聞社の記者を経て、2000年からドキュメンタリー映画、劇映画の制作、宣伝に関わる一方で台湾取材を開始する。小林茂監督のドキュメンタリー映画『わたしの季節』(2004年)に取材スタッフとして参加し、台湾の日本語世代に取材した初監督作品『台湾人生』(2009年)でドキュメンタリー映画監督デビューした。 台湾の人々を映した『台湾人生』『台湾アイデンティティー』『台湾萬歳』は「台湾三部作」と呼ばれる。
グ・スーヨン(具 秀然、1961年1月3日 - )は、日本で… グ・スーヨン(具 秀然、1961年1月3日 - )は、日本で活動する韓国国籍のCMディレクター、映画監督、小説家、作詞家。 山口県下関市生まれの在日韓国人二世。株式会社デルタモンドから株式会社サン・アドに移り、26歳でディレクターデビュー。 1994年にGOO TV CAMPANY ltd.設立。 2001年に『ハードロマンチッカー』で小説家デビュー。 2003年の『偶然にも最悪な少年』で映画初監督。 長編映画3作目となる『ハードロマンチッカー』が2011年10月に第24回東京国際映画祭で上映され、同年11月に公開された。
庵野 秀明(、1960年〈昭和35年〉5月22日 - )は、… 庵野 秀明(、1960年〈昭和35年〉5月22日 - )は、日本のアニメ監督、アニメーター、脚本家、映画監督、プロデューサー。 山口県宇部市出身。株式会社カラー代表取締役社長、株式会社プロダクション・アイジー・株式会社でほぎゃらりー・POPOPO株式会社取締役、株式会社プロジェクトスタジオQ創作管理統括、特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構理事長。山口県立宇部高等学校卒業。大阪芸術大学芸術学部映像計画学科(現・映像学科)除籍。妻は漫画家の安野モヨコ。 別名義として、アニメーションを手がける際のあんの ひであきやアンノ ヒデアキ、作詞家としての空母そ・そ・そ・そ、樋口真嗣との作詞コンビHIDE&シンディー♡などがある。
佐々部 清(ささべ きよし、1958年1月8日 - 2020… 佐々部 清(ささべ きよし、1958年1月8日 - 2020年3月31日)は、日本の映画監督。山口県下関市出身。 山口県立豊浦高等学校、明治大学文学部演劇科を経て横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)卒業。1983年より映画およびテレビドラマの助監督となり、主に和泉聖治、降旗康男などの監督に師事した。映画現場デビューは、戸塚ヨットスクールを描いた青春ドラマ『スパルタの海』(1983年)だったが、公開前にスクール生の死亡事故が発生し、校長の戸塚宏が逮捕される事態となったため、お蔵入りとなってしまった。 2002年に『陽はまた昇る』で監督デビュー。以降、2003年『チルソクの夏』、2004年『半落ち』、2006年『カーテンコール』、2007年『夕凪の街 桜の国』、2011年『ツレがうつになりまして。
原 一男 (はら かずお、1945年6月8日 - )は日本の… 原 一男 (はら かずお、1945年6月8日 - )は日本の映画監督。疾走プロダクション所属。妻は疾走プロダクション代表の小林佐智子で、ほとんどの作品で共同作業を行っている。本名は小林一男。
小池 要之助(こいけ ようのすけ、1941年(昭和16年)1… 小池 要之助(こいけ ようのすけ、1941年(昭和16年)11月13日 - 2010年(平成22年)9月22日)は、日本の映画監督、脚本家。ミュージックシネマズジャパン顧問。山口県下関市出身。 山口県立豊浦高等学校から、上京して舞台芸術学院に進学、1962年(昭和37年)同校本科卒業。29歳で助監督となり、34歳の時にテレビドラマ『それ行け!カッチン』で監督デビューしている。以降、長年にわたってさまざまな映画やテレビドラマの監督、助監督を務めている。 『探偵物語』では、第19話および最終話である27話で監督を務めた。第19話の予告編のナレーションは、主演の松田優作が同郷出身ということで、本編の内容には一言も触れず小池の紹介に徹していた。
山田 洋次(やまだ ようじ、1931年〈昭和6年〉9月13日… 山田 洋次(やまだ ようじ、1931年〈昭和6年〉9月13日 - )は、日本の映画監督、脚本家、演出家。 大阪府豊中市出身。東京大学法学部卒業。川島雄三、野村芳太郎の助監督を経て1961年に『二階の他人』でデビュー。『男はつらいよ』シリーズなど人情劇を発表し、現役でキネマ旬報ベストテンに最多入賞した監督。紫綬褒章(1996年)、文化功労者(2004年)、日本芸術院会員(2008年)。文化勲章(2012年)受章。財団法人いわさきちひろ記念事業団理事長。関西大学大学院文学研究科および立命館大学映像学部の客員教授、文化学院の特別講師。日本映画監督協会会員。 妻は「平塚らいてうの記録映画を上映する会」副会長を務めた山田よし恵(1932年5月23日 - 2008年11月8日)。
井上 章(いのうえ あきら、1929年〈昭和4年〉 - 20… 井上 章(いのうえ あきら、1929年〈昭和4年〉 - 2017年9月30日)は、日本の映画美術監督、造形家。 東京都出身。子供の時に、米国RKOの特撮映画『キング・コング』を観て、夢に見るほど強烈な印象を受ける。しばらくして雑誌で『キング・コング』の紹介があり、スクリーン・プロセスの技法の特集を見て、映画の道を選ぶ。 1945年(昭和20年)、山口県萩中学校(現:山口県立萩高等学校)3年の折に日本の敗戦を経て、旧制山口高校で演劇の舞台装置を志す。1953年(昭和28年)、映画会社大映に入社。大映東京撮影所で、主に下河原友雄の美術助手を務める。1959年(昭和34年)、『氷壁』(増村保造監督)で美術助手。
丸山 誠治(まるやま せいじ、1912年6月15日 - 19… 丸山 誠治(まるやま せいじ、1912年6月15日 - 1989年11月22日)は日本の映画監督。男性映画を得意とする一方、司葉子のデビュー作を撮った監督としても知られる。代表作に『男ありて』『太平洋奇跡の作戦 キスカ』『日本海大海戦』など。