工藤 教孝(くどう のりたか、1973年(昭和48年) - … 工藤 教孝(くどう のりたか、1973年(昭和48年) - )は、日本の経済学者。専門はマクロ経済学、金融論。Ph.D.(ニューヨーク州立大学、2000年)。名古屋大学大学院経済学研究科教授。
山口県:14人
工藤 教孝(くどう のりたか、1973年(昭和48年) - … 工藤 教孝(くどう のりたか、1973年(昭和48年) - )は、日本の経済学者。専門はマクロ経済学、金融論。Ph.D.(ニューヨーク州立大学、2000年)。名古屋大学大学院経済学研究科教授。
三隅 隆司(みすみ たかし、1962年 - )は、日本の経済… 三隅 隆司(みすみ たかし、1962年 - )は、日本の経済学者。専攻は金融論。一橋大学副学長等を経て、第2代長野県立大学学長、一橋大学名誉教授。 山口県下関市出身。山口県立下関西高等学校を経て、1985年一橋大学商学部卒業。矢野康治財務事務次官は高校・大学の同期。1987年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了、1990年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。金融論の花輪俊哉ゼミに所属し、大学院時代には当時学部生だった三木谷浩史楽天会長とも交流を持った。 1990年一橋大学商学部専任講師。同助教授、ミシガン大学経営大学院客員研究員、三井生命保険ファイナンシャル・リサーチ・センター客員研究員を経て、2004年一橋大学大学院商学研究科教授。
北川 浩(きたがわ ひろし、1960年3月18日 - )は、… 北川 浩(きたがわ ひろし、1960年3月18日 - )は、日本の経済学者。専門は、貨幣論・金融論。成蹊大学元学長。 1960年、山口県生まれ。山口県立岩国高等学校を経て、1979年一橋大学経済学部に入学する。1984年に同大学を卒業し、同大学大学院に進む。1986年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、1989年博士後期課程単位取得満期退学。指導教官は寺西重郎。 1989年より成蹊大学経済学部専任講師に就く。1992年、成蹊大学経済学部助教授に昇格。1999年、成蹊大学経済学部教授に昇格。2004年より成蹊大学学長補佐。2006年から成蹊大学キャリア支援センター所長を務め、丸の内ビジネス研修を立ち上げる。
菰田 文男(こもだ ふみお、1948年10月5日 - )は、… 菰田 文男(こもだ ふみお、1948年10月5日 - )は、日本の経済学者。埼玉大学名誉教授。1990年、経済学博士(九州大学)。 山口県下関市生まれ。1978年九州大学大学院経済学研究科博士課程満期退学、1990年「国際技術移転の理論」で経済学博士(九州大学)。山口大学助教授、埼玉大学経済学部助教授、同教授を歴任。2014年に定年退職し、同大学名誉教授となり、埼玉学園大学教授に就任。
須田 美矢子(すだ みやこ、1948年(昭和23年)5月15… 須田 美矢子(すだ みやこ、1948年(昭和23年)5月15日 - )は、日本の経済学者。専門は、国際金融論。日本銀行政策委員会委員(2001年~2011年)を歴任。 山口県出身。東京都立西高等学校、東京大学教養学部卒業。東京大学大学院経済学研究科後期博士課程単位取得退学。専修大学経済学部助教授・教授(1982年~1990年)、1990年4月から学習院大学経済学部教授となる。2001年4月に篠塚英子の後任として日本銀行政策委員会委員に就任、2011年3月に同委員を退任。その後甲南大学特別客員教授を務め、現在はキヤノングローバル戦略研究所特別顧問を務める。 日銀時代は金融緩和の強化・拡大決定の際に、バブルの温床に繋がるリスクや財政ファイナンスとの誤解を招きかねないリスクを理由として、しばしば反対票を投じたため、いわゆる「タカ派」として知られた。
藤田 昌久(ふじた まさひさ、1943年7月21日 - )は… 藤田 昌久(ふじた まさひさ、1943年7月21日 - )は、日本の経済学者。独立行政法人経済産業研究所所長。京都大学名誉教授。専門は都市経済学、空間経済学。 1943年、山口県に生まれる。京都大学工学部を卒業し、ペンシルベニア大学でウォルター・アイザードに地域科学(英語版)を学ぶ。1972年に同大学よりPh.D. (in Regional Science) を取得。 ポール・クルーグマンらとの共同研究により、アイザードの地域科学論を経済学に応用することで行った空間経済学の構築と発展へ多大な貢献を行った。
杉本 昭七(すぎもと しょうしち、1932年10月8日 -2… 杉本 昭七(すぎもと しょうしち、1932年10月8日 -2022年2月11日 )は、日本の経済学者、京都大学名誉教授。 山口市出身。1961年京都大学大学院経済学研究科博士課程満期退学、79年「現代帝国主義の基本構造」で経済学博士。京都大学経済研究所助教授、教授、88-90年所長を務める。95年定年退官、名誉教授、阪南大学教授。門下に有賀敏之がいる。
湯浅 赳男(ゆあさ たけお、1930年7月4日 - 2019… 湯浅 赳男(ゆあさ たけお、1930年7月4日 - 2019年8月4日)は、日本の経済学者、新潟大学名誉教授。比較文明史、環境経済学、経済人類学、コミュニティ論など。 山口県岩国市生まれ。1953年東京大学文学部仏文学科卒業、サラリーマンとなるが約9年後に大学院に入り、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。新潟大学人文学部助教授、経済学部教授。96年定年退官、名誉教授、常磐大学コミュニティ振興学部教授を経て客員教授。 2016年4月に瑞宝中綬章を受章した。 [増補新版]『世界史の想像力-文明の歴史人類学をめざして』/新評論1996
安部 一成(あべ かずなり、1927年2月11日 - 201… 安部 一成(あべ かずなり、1927年2月11日 - 2011年10月25日)は、日本の経済学者。専門は地域経済論、地域産業論。山口大学名誉教授。 イタリアの経済学者パオロ・シロス=ラビーニ(it:Paolo Sylos Labini)を日本に紹介した初めての人物である[要出典]。 山口県下関市生まれ。1951年神戸経済大学卒業、山口大学経済学部助教授。1967年同教授。1967年、経済学博士「現代経済成長論」(神戸大学)。1974年 - 1980年山口大学経済学部長。1986年中国文化賞受賞。1990年山口大学を定年退官、同年5月名誉教授。 1990年〜1995年、西南学院大学経済学部教授。1995年〜2000年、東亜大学学長。
玉野井 芳郎(たまのい よしろう、1918年1月23日 - … 玉野井 芳郎(たまのい よしろう、1918年1月23日 - 1985年10月18日)は、日本の経済学者。経済学博士(東北大学・1960年)。東京大学名誉教授。正四位、勲三等旭日中綬章。 弟に発生学の専門家、千葉大学名誉教授の玉野井逸朗がいる。 経済学者大河内一男の弟子の一人。 専攻は経済理論、経済学史。後期にはエコロジーや反近代主義に関心を移し、カール・ポランニーやイヴァン・イリイチを日本に紹介した。 著作集全4巻がある。 1984年、小出昭一郎、槌田敦、河宮信郎、室田武、藤田祐幸らとエントロピー学会を設立している。エントロピー読本に村上陽一郎、武谷三男、鶴見和子、廣松渉、伏見康治、宇井純、野坂昭如らの著名人が執筆しているのは玉野井芳郎の影響力が貢献している。
新川 士郎(しんかわ しろう、1910年-1994年)は、日… 新川 士郎(しんかわ しろう、1910年-1994年)は、日本の経済学者。専門は社会政策。経済学博士。北海道大学名誉教授。元北海道大学学長代理。山口県下関市出身。恩師は井藤半禰。
末永 茂喜(すえなが しげき、1908年5月5日 - 197… 末永 茂喜(すえなが しげき、1908年5月5日 - 1977年1月22日)は、日本の経済学者。東北大学名誉教授。おもに古典派経済学を研究した。 山口県萩市出身。1931年東北帝国大学法文学部卒。東北帝大副手、1940年助教授、1941年退官、参謀本部調査事務嘱託、中央物価統制協力会議調査部長、総理府統計局経済部長、1950年東北大学経済学部教授。1952年「リカアドウの貨幣論」で経済学博士。経済学部長。1972年定年退官、名誉教授。財団法人・東北経済調査協会理事。
河田 嗣郎(かわた しろう、1883年〈明治16年〉4月22… 河田 嗣郎(かわた しろう、1883年〈明治16年〉4月22日 - 1942年〈昭和17年〉5月21日)は、日本の経済学者。京都帝国大学経済学部教授を経て、大阪商科大学(現:大阪市立大学)初代学長。 山口県玖珂郡に地主・河田正輔の長男として生まれる。旧制山口中学・旧制山口高校(旧旧山高)を経て京都帝国大学法科大学を卒業、「恩賜の銀時計」を授与される。 卒業後国民新聞に入社するがすぐに京都帝大に戻って講師・助教授となり、欧米への留学後教授に昇進した。京大での経済学部独立に際しては同学部教授となり、社会政策学・農政学などを担当、学部長も務めた。同郷の出身で中学・高校でともに学び、京大法科・経済学部では同僚となった河上肇とは家族ぐるみの親交を結んだ。
河上 肇(かわかみ はじめ、1879年(明治12年)10月2… 河上 肇(かわかみ はじめ、1879年(明治12年)10月20日 - 1946年(昭和21年)1月30日)は、日本の経済学者。 京都帝国大学でマルクス経済学の研究を行っていたが、教授の職を辞し、共産主義の実践活動に入る。日本共産党の党員となったため検挙され、獄中生活を送る。カール・マルクス『資本論』の翻訳(第一巻の一部のみ翻訳)やコミンテルン32年テーゼの翻訳のほか、ベストセラー『貧乏物語』の他に、『第二貧乏物語』『資本論入門』の著作がある。死後に刊行された『自叙伝』は広く読まれた。名文家であり、漢詩もよく知られている。福田徳三とは終生のライバルであった。 山口県玖珂郡岩国町(現在の岩国市)に旧岩国藩士の家に生まれる。