藤田知美(ふじた ともみ、1980年11月4日 - )は日本… 藤田知美(ふじた ともみ、1980年11月4日 - )は日本の弁護士。京都大学大学院法学研究科法曹養成専攻(法科大学院)非常勤講師、日本ライセンス協会副会長。 小学生の頃に法廷ドラマを見たことが法曹の世界を知るきっかけとなり、その後自分で弁護士や裁判官の仕事について本で調べ、興味を持った。「七人の女弁護士」(賀来千香子主演版)で女性が弁護士の資格を持ち、仕事している姿に刺激を受け、法曹を目指す。中学時代は高校受験直前の12月まで生徒会役員をしており、疲れていても時間がなくても、短時間で集中して勉強する習慣や、根性が身についたような気がしたという。1996年 香川県立高松高等学校に入学。中学・高校ではバスケットボール部に所属。
小早川 龍司(こばやかわ りゅうじ、1962年8月9日 - … 小早川 龍司(こばやかわ りゅうじ、1962年8月9日 - )は、日本の弁護士。香川大学大学院教授や、四国弁護士会連合会理事長を経て、日本弁護士連合会副会長。 香川県高松市生まれ。香川県立高松高等学校を経て、1985年中央大学法学部卒業。1988年検察官任官。東京地方検察庁検事、高知地方検察庁検事、神戸地方検察庁検事を経て、1993年香川県弁護士会弁護士、小早川法律事務所入所。2010年香川大学・愛媛大学連合法務研究科教授。2013年香川県弁護士会会長。2018年四国弁護士会連合会理事長。2019年日本弁護士連合会副会長。父も検事や弁護士を務めた。
岡 正晶(おか まさあき、1956年〈昭和31年〉2月2日 … 岡 正晶(おか まさあき、1956年〈昭和31年〉2月2日 - )は、日本の弁護士。最高裁判所判事。法務省法制審議会民法部会委員、第一東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長などを歴任。香川県綾歌郡国分寺町(現・高松市)出身。
宮崎 浩二(みやざき こうじ、1952年(昭和27年) - … 宮崎 浩二(みやざき こうじ、1952年(昭和27年) - )は、日本の弁護士。元日本弁護士連合会副会長。元日本調停協会連合会副理事長。 香川県三豊市出身。神戸大学法学部卒業。 1980年(昭和55年)弁護士開業。大阪の法律事務所で約2年勤務して以降、香川県に戻り民事訴訟を中心に活動する。長年、高齢者や障害者の支援に尽力している。 2011年(平成23年)4月から2012年(平成24年)3月まで日本弁護士連合会副会長を務めた。 2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災が発生。日本弁護士連合会副会長在任中は、全国の弁護士会をあげて取り組み、被災地の法律相談の対応を行った。
山之内 幸夫(やまのうち ゆきお、1946年〈昭和21年〉-… 山之内 幸夫(やまのうち ゆきお、1946年〈昭和21年〉- )は、日本の元弁護士。YouTuber。元大阪弁護士会所属。山口組の顧問弁護士だったことで知られる。 1946年、香川県小豆郡小豆島に生まれる。実家は小さな魚屋を営んでおりさほど裕福ではなかった。また、母親は読み書きもできなかったが、昼は魚屋、夜はふぐ鍋の屋台を切り盛りして生活費や学費を捻出していた。2歳のころより、大阪で幼少時代を過ごす。大阪府立成城工業高等学校卒業。 1970年、早稲田大学法学部を卒業。1972年、司法試験に合格。司法修習を終え、1975年、大阪弁護士会に登録。損害保険会社の顧問弁護士事務所に就職しており、交通事故関係の事件を主に担っていたことから、暴力団と当初は敵対する関係であったが、そのうち、1976年頃より暴力団関係者から逆に弁護を依頼されることが多くなる。
安西 愈(あんざい まさる、1938年10月19日 - )は… 安西 愈(あんざい まさる、1938年10月19日 - )は、日本の弁護士・元官僚。安西法律事務所所長。イカイほか企業顧問を多く務める。元・中央大学教授。香川県出身。専門は、労働法や社会保障法(特に労働保険法)。中央大学法学部通信教育課程出身の生え抜き法曹の一人 この他、東京基督教大学神学部兼任講師、中央労働災害防止協会参与会議長、法務省司法書士簡裁訴訟代理等能力認定考査委員、厚生労働省特定社会保険労務士紛争解決手続代理業務試験委員なども務めた
白井 美則(しらい よしのり、1922年1月1日 - 201… 白井 美則(しらい よしのり、1922年1月1日 - 2015年4月19日)は、日本の裁判官、弁護士。元高松高等裁判所長官。元四天王寺大学学長。 香川県三豊郡上高瀬村(現 三豊市高瀬町)出身。旧制香川県立三豊中学校、東京帝国大学法学部法律学科卒業。 1947年(昭和22年)高等文官試験司法科合格。1949年(昭和24年)高松地方裁判所判事補。1959年(昭和34年)大阪地方裁判所判事に任官。1974年(昭和49年)徳島地方裁判所・家庭裁判所所長、1976年(昭和51年)大阪高等裁判所総括判事、1978年(昭和53年)京都家庭裁判所所長、1980年(昭和55年)大阪家庭裁判所所長を歴任。 1977年(昭和52年)7月20日、大阪高等裁判所総括判事時に「固定資産価格決定取消等及び固定資産審査決定取消請求控訴事件」では、固定資産課税標準価格についての審査の申出に対してされた固定資産評価審査委員会の審査決定の取消しを求める訴えを、既に係属中の右価格について市長の決定の取消しを求める訴えに併合して提起したときは、前者の訴えの出訴期間の遵守につき、行政事件訴訟法20条を類推適用すべきであるとした。
稲田 陽一(いなだ よういち、1921年5月21日 - 20… 稲田 陽一(いなだ よういち、1921年5月21日 - 2006年5月20日)は、日本の法学者(憲法)・弁護士。岡山大学名誉教授。 香川県高松市出身。第六高等学校卒、1947年東京帝国大学法学部政治学科卒、香川大学経済学部助教授、岡山大学法学部助教授、教授を務め、1987年定年退官、名誉教授となり、高岡法科大学法学部教授を務めた。弁護士。
岡崎 耕三(おかざき こうぞう、1913年10月26日 - … 岡崎 耕三(おかざき こうぞう、1913年10月26日 - 1993年8月13日)は、日本の裁判官、弁護士。元日本弁護士連合会副会長。 香川県三豊郡和田村(現 観音寺市豊浜町)出身。旧制香川県立三豊中学校、日本大学専門部法律科卒業。 三豊中学卒業後、同郷の先輩の白川朋吉弁護士事務所に書生として勤務しながら法律の勉学に励み、1931年(昭和6年)普通文官試験合格。更に、1935年(昭和10年)日本大学専門部法律科卒業後、1940年(昭和15年)高等文官試験司法科合格。1942年(昭和17年)判事任官。大阪、神戸、姫路、岡山の各地方裁判所判事を歴任。 1947年(昭和22年)岡山県にて弁護士開業。1968年(昭和44年)4月から1969年(昭和45年)3月まで岡山弁護士会会長、1980年(昭和55年)4月から1981年(昭和56年)3月まで日本弁護士連合会副会長を務めた。
位野木 益雄(いのき ますお、1911年 <明治44年> 7… 位野木 益雄(いのき ますお、1911年 <明治44年> 7月2日 - 2000年 <平成12年> 2月15日)は、日本の裁判官、弁護士。 専門は、民事。主に行政事件を担当。元福岡高等裁判所長官。位階は正三位。 香川県三豊郡観音寺町(現 観音寺市観音寺町)出身。旧制香川県立三豊中学校、 旧制松山高等学校を経て、東京帝国大学法学部法律学科卒業。 1935年(昭和10年)東京帝国大学卒業。司法官試補を経て、1936年(昭和11年)判事任官。1937年(昭和12年)京都地方裁判所判事、大阪地方裁判所判事、1942年(昭和15年)東京民事地方裁判所判事を務める。 東京民事地方裁判所判事時に「労音入場税問題」では、入場税を支払えと全国に先駆けて判決したことで知られている。
矢野 伊吉(やの いきち、1911年5月11日 - 1983… 矢野 伊吉(やの いきち、1911年5月11日 - 1983年3月18日)は、日本の裁判官、弁護士。財田川事件弁護人。 香川県三豊郡和田村(現 観音寺市豊浜町)出身。旧制香川県立三豊中学校、経理事務講習所(東京商科大学内に設置)卒業。 経理事務講習所を卒業後、広島高等工業学校に就職。昼間は会計課職員として勤務しながら、夜は独学で法律の勉学に励み、1937年(昭和12年)高等文官試験司法科合格。1939年(昭和14年)朝鮮総督府平壌地方法院判事に任官。 1946年(昭和21年)釧路地方裁判所網走支部判事、1947年(昭和22年)松山地方裁判所西条支部判事、1953年(昭和28年)松山地方裁判所判事、1967年(昭和42年)高松地方裁判所丸亀支部長判事を務めた。
塩田 末平(しおた すえひら、1907年〈明治40年〉2月1… 塩田 末平(しおた すえひら、1907年〈明治40年〉2月10日 - 没年不明)は、日本の検察官、弁護士、公証人。元広島地方検察庁検事正。 香川県三豊郡仁尾村(現・三豊市仁尾町)出身。常三郎の二男。旧制香川県立三豊中学校、旧制第六高等学校を経て、東京帝国大学法学部卒業。 1929年(昭和4年)高等文官試験司法科合格。東京帝国大学卒業後、1930年(昭和5年)司法省入省。1931年(昭和6年)松山地方裁判所検事局検事に任官。岡山地方裁判所検事局検事、東京地方裁判所検事局検事に転任。 1941年(昭和16年)外務省に出向。上海領事館検察領事、南京領事館検察領事に就任。1945年(昭和20年)司法省に復帰。
田岡 嘉寿彦(たおか かずひこ、1894年7月27日 - 1… 田岡 嘉寿彦(たおか かずひこ、1894年7月27日 - 1985年7月21日)は、日本の弁護士・法学者。専門は私法学。大阪経済大学元理事長、同名誉教授。 1894年(明治27年)香川県三野郡上高瀬村(現 三豊市高瀬町)に生まれる。旧制香川県立三豊中学校、旧制第三高等学校を経て、1915年(大正4年)京都帝国大学法律科入学、1918年(大正7年)に卒業し司法官試補となる。1920年(大正9年)大阪地方裁判所判事に任官。1922年(大正11年)学界に転じ大分高等商業学校教授に就任、法律学を担当。翌1923年(大正12年)よりイギリス・ドイツに留学する。1929年(昭和4年)彦根高等商業学校に転任し民法、商法などを講じた。
今村 正美(いまむら まさみ / まさよし、1884年(明治… 今村 正美(いまむら まさみ / まさよし、1884年(明治17年)10月11日 - 1945年(昭和20年)2月22日)は、日本の検察官、内務・警察官僚、弁護士。官選滋賀県知事。 香川県丸亀市出身。今村信美の二男として出生。明治大学、日本大学の各法科を卒業。1905年11月、判事検事登用第1回試験に合格。1906年7月、司法官試補・和歌山区裁判所及同検事局事務修習となる。以後、大阪、岡山地方の各検事、山口県理事官、富山県警察部長、北海道庁警察部長、高知県書記官・内務部長、熊本県書記官・内務部長などを歴任。1927年5月、熊本県内務部長から滋賀県知事に就任(在任期間:昭和2年5月17日~昭和3年6月29日)。
遠山 正和(とうやま まさかず、1851年4月16日(嘉永4… 遠山 正和(とうやま まさかず、1851年4月16日(嘉永4年3月15日)- 1907年(明治40年)11月8日)は、明治期の弁護士、実業家、政治家。衆議院議員、香川県会議長、丸亀市会議長。 讃岐国那珂郡、のちの香川県丸亀市で、里正の家に生まれる。経史を修めた。 1873年(明治6年)香川県六大区一小区副小区長兼学務取締に就任。自由民権運動に加わった。1879年(明治12年)愛媛県会議員に選出された。1882年(明治15年)代言人(弁護士)となる。同年、自由党大会で警官と衝突して投獄された。1888年(明治21年)香川県が再置され、その後、香川県会議員に選出され、同常置委員も務めた。1894年(明治27年)4月、香川県会議長に就任し1895年(明治28年)10月まで在任した。