永山 由高(ながやま よしたか、1983年〈昭和58年〉7月… 永山 由高(ながやま よしたか、1983年〈昭和58年〉7月6日 - )は、日本の政治家。鹿児島県日置市長(2期)。 鹿児島県日置郡伊集院町(現・日置市)に生まれる。5歳のときに同郡東市来町に転居。東市来町立鶴丸小学校、東市来町立東市来中学校(現・日置市立東市来中学校)、鹿児島県立鶴丸高等学校卒業。2006年(平成18年)3月、九州大学法学部法政策学科卒業。同年4月、日本政策投資銀行入行。 2009年(平成21年)、帰郷し鹿児島市にてNPO活動に従事。2011年(平成23年)7月6日、「一般社団法人鹿児島天文館総合研究所Ten-Lab」を鹿児島市に設立。 2011年(平成23年)10月、南日本放送のMBCラジオ Radio Burn のコメンテーターに就任 2016年(平成28年)4月、株式会社ecommit 取締役経営戦略部長 就任 2018年(平成30年)7月、日本エアギター選手権 2018 で全国第2位 2019年(平成31年)4月、鹿児島県エアギター協会設立・会長就任 2020年(令和2年)7月7日、移住ドラフト会議を運営する「九州地域間連携推進機構株式会社」を田鹿倫基と鹿児島市に設立し代表取締役に就任。
村田 享子(むらた きょうこ、1983年5月16日 - )は… 村田 享子(むらた きょうこ、1983年5月16日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の参議院議員(1期)。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島大学教育学部附属小学校、鹿児島大学教育学部附属中学校、鹿児島県立鶴丸高校卒業。2007年東京大学法学部卒業、派遣会社員やイタリアへの語学留学を経て、学士入学した早稲田大学文化構想学部を2011年に卒業。 2011年より柳田稔参議院議員の公設秘書を10年間務める。2014年には民主党広島県第7区総支部長に就任し、同年の第47回衆議院議員総選挙に立候補するも次点で落選。 2021年2月、日本基幹産業労働組合連合会(基幹労連)が翌年夏の第26回参議院議員通常選挙に村田を同労連代表の候補者として擁立すると決定。
山之内 毅(やまのうち つよし、1981年12月16日 - … 山之内 毅(やまのうち つよし、1981年12月16日 - )は、日本の元政治家、神職。衆議院議員(1期)、日本維新の会鹿児島県総支部代表などを務めた。 鹿児島県鹿児島市出身。姶良市蒲生町に鎮座する、蒲生八幡神社の家系に生まれる。1994年に西伊敷小学校、1997年に緑丘中学校、2000年に鹿児島玉龍高校、2004年に青山学院大学法学部をそれぞれ卒業。2004年から株式会社山善に勤務した後、家業である蒲生八幡神社を継ぐため鹿児島に帰り、2006年から蒲生八幡神社・禰宜、山之内司法書士事務所勤務。 2012年3月に維新政治塾に入塾し(1期生)、政治家の道を志す。2012年12月、第46回衆議院議員総選挙で日本維新の会公認で鹿児島1区から出馬、比例九州ブロックで比例復活し、初当選。
下鶴 隆央(しもづる たかお、1980年〈昭和55年〉4月4… 下鶴 隆央(しもづる たかお、1980年〈昭和55年〉4月4日 - )は、日本の政治家。鹿児島県鹿児島市長(2期)。 鹿児島県鹿児島市の谷山地区に生まれた。父親は自動車工場を営んでいた。鹿児島市立和田小学校、ラ・サール中学校・高等学校卒業。2004年(平成16年)3月、東京大学法学部卒業。同年4月、コンサルティング会社のアビームコンサルティングに就職。東京大学公共政策大学院に入学し、会社を退職。 2007年(平成19年)、鹿児島県議会議員選挙に鹿児島市・鹿児島郡選挙区(当時の定数19)から無所属で立候補したが、候補者24人中23位で落選。 2011年(平成23年)、鹿児島県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。
宮路 拓馬(みやじ たくま、1979年12月6日 - )は、… 宮路 拓馬(みやじ たくま、1979年12月6日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(5期)。衆議院環境委員長。 外務副大臣、内閣府大臣政務官、総務大臣政務官、自由民主党国会対策副委員長などを歴任。 鹿児島県加世田市(現:南さつま市)に生まれる。加世田聖母幼稚園を経て加世田市立加世田小学校に入学。転校して鹿児島市立桜丘東小学校を卒業。鹿児島中学校(現:鹿児島修学館中学校)、鹿児島県立鶴丸高等学校を経て、東京大学に入学。専門課程では法学部に進学し、法律・政治学を学ぶ。卒業後は総務省に入省し、自治行政局市町村課に配属。奈良県財政課、消防庁、広島市財政課長、内閣官房参事官補佐、総務省大臣官房秘書課補佐等を務めた。
安田 壮平(やすだ そうへい、1979年〈昭和54年〉5月8… 安田 壮平(やすだ そうへい、1979年〈昭和54年〉5月8日 - )は、日本の政治家。鹿児島県奄美市長(2期)、元奄美市議会議員(3期)。 鹿児島県名瀬市(現・奄美市)出身。鹿児島県立鶴丸高等学校を経て2002年(平成14年)3月、東京大学法学部卒業。同年、東京コンサルティングに入社。翌年退職する。2004年(平成16年)松下政経塾入塾。その後帰郷し、地元の特定非営利活動法人に入る。 2011年(平成23年)、奄美市議会議員選挙に立候補して初当選。その後3期務める。 2021年(令和3年)3月、3期目途中で市議を辞職。同年11月に行われた奄美市長選挙に立候補し、元県議を破って初当選した。
郷原 拓男(ごうはら たくお、1977年8月23日 - )は… 郷原 拓男(ごうはら たくお、1977年8月23日 - )は、日本の政治家。鹿児島県鹿屋市長(1期)、元鹿児島県議会議員(3期)。 鹿児島県鹿屋市郷之原町生まれ。1996年、鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。2002年、大阪大学経済学部を卒業し、日本航空に入社。2006年に退社し帰郷。保育園などを運営する家業に携わる傍ら、鹿児島大学大学院農学研究科修士課程に入り、2009年に修了する。2011年の鹿児島県議会議員に立候補するが落選。2015年の県議選で当選し(自民党公認)、県議を3期務める。 2025年6月、2026年2月に任期満了を迎える鹿屋市長選挙に立候補することを表明。2025年10月15日付で県議会議員辞職。
中重 真一(なかしげ しんいち、1977年〈昭和52年〉3月… 中重 真一(なかしげ しんいち、1977年〈昭和52年〉3月28日 - )は、日本の政治家。鹿児島県霧島市長(3期)。元鹿児島県議会議員(2期)、霧島市議会議員(2期)。 鹿児島県霧島市出身。鹿児島県立加治木高等学校、早稲田大学法学部卒業。 霧島市議会議員を経て、2007年(平成19年)4月の鹿児島県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。2011年(平成23年)、再選。 2013年(平成25年)11月17日に行われた霧島市長選挙に立候補するも落選。投票率は62.28%。 2017年(平成29年)11月19日に行われた霧島市長選挙に再挑戦し、現職の前田終止との一騎打ちを制し初当選を果たした(中重:29,455票、前田:28,892票)。
大久保 三代(おおくぼ みよ、現姓:加納、1976年(昭和5… 大久保 三代(おおくぼ みよ、現姓:加納、1976年(昭和51年)7月27日 - )は、日本の元政治家。衆議院議員を1期務めた。 社会福祉士・精神保健福祉士・保育士の資格を持つ。厚生労働省老人保健健康増進等事業において主任研究員として主に介護福祉分野での研究業績がある。 鹿児島県鹿児島市出身。7人家族。祖父母の代から、離島や中山間地といった僻地医療に取り組む家庭で育った。1983年、父親が鹿児島県下甑島に移住。 東京女子大学卒業後、家業の診療所を手伝う中、当時大分県知事を務めていた平松守彦の著書「グローバルに考えて、ローカルに行動せよ」を読み、「何もないということは、今からなんでも作れるってことなんだ」と悟り大分県臼杵市へ移住、地域おこしグループに入り活動を始める。
米丸 麻希子(よねまる まきこ 1975年〈昭和50年〉5月… 米丸 麻希子(よねまる まきこ 1975年〈昭和50年〉5月1日 - )は、日本の政治家、鹿児島県姶良市長(1期)。元鹿児島県議会議員(2期)。 鹿児島県姶良市出身。鹿児島純心女子中学校・高等学校、亜細亜大学経営学部卒業。 東京都のブランドコンサルティング会社シー・アイ・エーで働き、その後、ブライトン・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)取得。2007年に姶良市にUターンし、家業である葬儀社と旅行会社の役員を務める。 12歳の時マーガレット・サッチャーの「争いもなく幸せに生きていける様にするのが政治です。」という言葉に触れ政治家への志が芽生える。2019年鹿児島県議会議員選挙で姶良市区から立候補し、初当選。
宇都 隆史(うと たかし、1974年〈昭和49年〉11月12… 宇都 隆史(うと たかし、1974年〈昭和49年〉11月12日 - )は、日本の政治家。参政党政調会長補佐。元参議院議員(2期)。 外務副大臣(菅義偉内閣)、参議院外交防衛委員会委員長(第192回国会、第193回国会)、外務大臣政務官(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、航空自衛官(最終階級:1等空尉)を歴任。 鹿児島県鹿児島市出身。出生地は同県曽於郡大隅町(後に曽於市)旧岩川町地域で、幼少期は奄美群島の大島郡徳之島町で育つ。1987年(昭和62年)鹿児島市立原良小学校卒業、1990年(平成2年)鹿児島市立城西中学校卒業、1993年(平成5年)鹿児島県立鶴丸高等学校卒業。 防衛大学校理工学部に41期生として入学するが、日本国憲法の単位を落としたことが原因で、一年留年する。
保岡 宏武(やすおか ひろたけ、1973年〈昭和48年〉5月… 保岡 宏武(やすおか ひろたけ、1973年〈昭和48年〉5月6日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(2期)。本名は保岡 広武。 父は第69代・第80代法務大臣の保岡興治。祖父に元衆議院議員の保岡武久と元和泊町長の武田恵喜光。 鹿児島県名瀬市(現・奄美市)生まれ。名瀬市立奄美小学校、私立池田学園池田中学校(1期生)、県立錦江湾高等学校理数科(20期生)、青山学院大学法学部卒業。 広告関連会社社員を経て、2000年に帰鹿し、鹿児島大学大学院農学研究科焼酎学専攻を修了。父・保岡興治衆議院議員の公設第一秘書を務め、鹿児島事務所長を歴任。 2017年10月8日、父・興治が膵臓がんにより療養生活に入ることを理由に当初予定していた第48回衆議院議員総選挙への立候補を断念することを発表。
徳田 毅(とくだ たけし、1971年〈昭和46年〉5月30日… 徳田 毅(とくだ たけし、1971年〈昭和46年〉5月30日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(3期)。株式会社徳洲会代表取締役。国土交通大臣政務官兼復興大臣政務官(第2次安倍内閣)、自由連合代表などを歴任。 医療法人徳洲会創設者で衆議院議員や自由連合代表を務めた徳田虎雄は父。徳洲会副理事長で薬剤師の徳田秀子は母。 鹿児島県名瀬市(現・奄美市)に生まれる。大阪教育大学附属平野小学校、名瀬市立金久中学校を経て、鹿児島高等学校を卒業。1991年4月に帝京大学法学部法律学科に入学したが5年在学して中退。2005年4月、帝京大学法学部に再入学するが、2007年に再び中退した[要出典]。 1995年から父・徳田虎雄の個人事務所に私設秘書として勤務する。
塩田 康一(しおた こういち、1965年〈昭和40年〉10月… 塩田 康一(しおた こういち、1965年〈昭和40年〉10月15日 - )は、日本の経産官僚、政治家。鹿児島県知事(公選第20-21代)。無所属。 鹿児島市生まれ。伊仙町立伊仙小学校、鹿児島市立草牟田小学校、ラ・サール中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。1988年(昭和63年)通商産業省(現・経済産業省)に入省し、人吉税務署長、在イタリア日本国大使館一等書記官、経済産業政策局地域経済産業政策課長、内閣府地方創生推進室次長、大臣官房審議官(産業保安担当)を務めた。2018年(平成30年)6月20日、九州経済産業局長に就任。2019年(令和元年)12月21日付けで経済産業省を退官。 三反園県政への懸念や不満を耳にするようになったとし、経済界や県人会関係者からも背中を押され、鹿児島県知事選挙への立候補を決意。
新田 敏郎(しんでん としろう、1965年10月10日 - … 新田 敏郎(しんでん としろう、1965年10月10日 - )は、日本の政治家。錦江町長(1期)。 鹿児島県肝属郡大根占町(現錦江町)馬場山之口出身。1984年(昭和59年)3月鹿児島県立南大隅高等学校卒業。1985年(昭和60年)5月大根占町役場入職。2005年(平成17年)3月22日の自治体合併により錦江町職員。2016年(平成28年)4月から総務課長(選挙管理委員会事務局長兼任)、2018年(平成30年)8月から政策企画課長。2021年(令和3年)3月錦江町役場退職。2021年(令和3年)12月錦江町長に就任。 庭、畑で土と触れ合いながら、作物の成長を思い描くこと。高校野球観戦。小学校4年生からソフトボール少年団、中学、高校と野球部に所属。
旭道山 和泰(きょくどうざん かずやす、1964年10月14… 旭道山 和泰(きょくどうざん かずやす、1964年10月14日 - )は、鹿児島県大島郡徳之島町出身(東京都世田谷区三軒茶屋生まれ)で大島部屋に所属した元大相撲力士、元政治家、タレント、実業家。新進党→新党平和→無所属の元衆議院議員(1期)。本名は波田 和泰(はた かずやす)。血液型はO型。実弟は、三役格行司の木村寿之介、元五等呼出の松男(2023年現在でも現役の十両呼出とは別人)。2015年に帝拳ジムよりプロボクサーデビューした波田大和は甥(寿之介の次男)に当たる。 1964年10月14日に東京の三軒茶屋の小児科病院で長男として生まれる。未熟児として生まれ、黄疸・小児喘息が出ていて、交換輸血を3回した。
湯元 敏浩(ゆもと よしひろ 1964年〈昭和39年〉5月1… 湯元 敏浩(ゆもと よしひろ 1964年〈昭和39年〉5月19日 - )は、日本の政治家、鹿児島県姶良市長(2期)。日本テレビで政治記者、コンプライアンス推進室考査部考査担当部長、情報カルチャー局担当部長などを務め、情報・報道番組のプロデューサーを担当した。 鹿児島県姶良市生まれ。鹿児島市立東谷山小学校、鹿児島大学教育学部附属中学校、鹿児島県立鶴丸高等学校卒業。1988年3月、早稲田大学法学部卒業。 大学卒業後、日本テレビへ入社。 同期入社の小栗泉と共に報道局に配属され政治記者として活躍。アナウンサーでは同期入社に福澤朗、村山喜彦、関谷亜矢子、永井美奈子もいた。 番組ディレクターを経て番組プロデューサーに就く。
竹田 正博(たけだ まさひろ、1962年〈昭和37年〉12月… 竹田 正博(たけだ まさひろ、1962年〈昭和37年〉12月24日- )は、日本の政治家。鹿児島県曽於市長(1期)。 鹿児島県曽於郡末吉町(現・曽於市)出身。1981年、鹿児島県立岩川高等学校卒業後、鹿児島鉄道管理局入職。1988年、末吉町役場入庁。曽於市経済課長、農林振興課長、商工観光課長、農政課長などを務める。2025年7月20日投開票の曽於市長選挙に立候補し、現職の五位塚剛を破り初当選した。
村岡 隆明(むらおか たかあき、1962年〈昭和37年〉12… 村岡 隆明(むらおか たかあき、1962年〈昭和37年〉12月5日 - )は、日本の政治家。元宮崎県えびの市長(4期)、元えびの市議会議員(3期)。 鹿児島県姶良郡吉松町(現:湧水町)出身。鹿児島県立出水高等学校卒業。1985年(昭和60年)3月、近畿大学理工学部卒業。ビークルアドバタイジング社に入社。 1999年(平成11年)11月3日、えびの市議会議員に就任。以後市議を3期務める。 2009年(平成21年)6月20日、えびの市長の宮崎道公が、市の発注の土木事業で入札前に予定価格を地元業者に漏らしたとして、競売入札妨害容疑の疑いで逮捕された。宮崎は9月17日付で辞職。これに伴って10月12日に行われた市長選挙に出馬し、元市職員の候補者を破り初当選を果たした。
川内 博史(かわうち ひろし、1961年11月2日 - )は… 川内 博史(かわうち ひろし、1961年11月2日 - )は、日本の政治家。 衆議院議員(8期)、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、衆議院国土交通委員長、衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員長、衆議院文部科学委員長、ガソリン値下げ隊隊長、民主党本部常任幹事、旧立憲民主党常任幹事会議長などを歴任。 鹿児島県鹿児島市原良町生まれ。ラ・サール中学校・高等学校、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。大学在学中は雄弁会に所属。卒業後、大和銀行に就職。1988年、株式会社大月ホテル取締役に就任。 1993年の第40回衆議院議員総選挙に旧鹿児島1区から当時国民的人気の高かった日本新党公認で立候補したが、当選ラインには遠く及ばず落選(9人中8位・定数4)となった。
横峯 良郎(よこみね よしろう、1960年(昭和35年)3月… 横峯 良郎(よこみね よしろう、1960年(昭和35年)3月15日 - )は、日本の実業家、ゴルフキャディー、ラジオパーソナリティ、政治家。プロゴルファーの横峯瑠依(長女)、横峯さくら(三女)の父。通称「横峯パパ」「さくらパパ」(「瑠依パパ」と呼ばれることもある)。参議院議員を1期務めた。 鹿児島県鹿屋市出身。 鹿児島県立串良商業高等学校卒業後は大阪のスーパーマーケットに就職。鮮魚部門で働くも退職し、鹿児島に帰郷。20歳の時に、大阪にいた頃から交際していた3歳年上の女性と結婚。3児をもうける。 兄の経営する保育園勤務などを経て、弁当屋のチェーン店に勤め独立。弁当屋を始め、10店舗まで拡大する。 プライベートゴルフ場を造成、この際に数千万の借金を抱えたが横峯姉妹の賞金から返済している。
藤井 信吾(ふじい しんご、1959年12月25日 - )は… 藤井 信吾(ふじい しんご、1959年12月25日 - )は、日本の政治家。前茨城県取手市長(4期)。 鹿児島県鹿児島市に生まれる。鹿児島県立鶴丸高等学校卒業。東京大学法学部第3類(政治コース)卒業後、第一生命保険に20年間勤務した。 2003年(平成15年)4月の取手市長選挙に立候補するも落選。同選挙においては新人の塚本光男が初当選し、現職の大橋幸雄も落選した。 2007年(平成19年)4月の取手市長選挙に再挑戦し、現職の塚本光男(公明党推薦)との一騎打ちを制し初当選した。4月27日、市長就任。 2019年(平成31年)、元市議の竹原大蔵を破り4選。 2023年(令和5年)、次期市長選挙への不出馬を表明した。
椎木 伸一(しいのき しんいち、1959年〈昭和34年〉4月… 椎木 伸一(しいのき しんいち、1959年〈昭和34年〉4月27日 - )は、日本の政治家。鹿児島県出水市長(3期)。 鹿児島県出水市出身。 1978年(昭和53年)4月、鹿児島県庁に入庁。1982年(昭和57年)3月、鹿児島県立短期大学二部商経科卒業。 2010年(平成22年)7月、出水市副市長に就任。2017年(平成29年)8月、鹿児島県庁を退職。 2018年(平成30年)4月8日告示・4月15日投票の出水市長選挙に立候補し、無投票により初当選。同月23日に第2代出水市長となる。 2022年(令和4年)4月17日投開票の市長選で新人1人を破って再選を果たした。 ※当日有権者数:42,490人 最終投票率:57.17%(前回比:-pts) 元市議会議長との争いになったが、これを破って3選を果たした。
竹原 信一(たけはら しんいち、1959年〈昭和34年〉3月… 竹原 信一(たけはら しんいち、1959年〈昭和34年〉3月7日 - )は、日本の政治家、元航空自衛官。鹿児島県阿久根市議会議員(4期)。前阿久根市長(2期)。最終階級は2等空尉。 1977年、鹿児島県立出水高等学校を卒業。総理府防衛庁入庁(防衛大学校入校)、1983年卒業(第27期。同期に佐藤正久)。航空自衛隊に幹部候補生として任官するも、1988年に二等空尉で退官。帰郷して父親の経営する建設会社である株式会社三笠興産に就職する。一時期は同社の代表取締役を務めた。 2005年、阿久根市議会議員選挙に出馬し、初当選。 2008年8月31日投開票の阿久根市長選挙に、阿久根市議会議員を辞職して立候補して初当選。
小里 泰弘(おざと やすひろ、1958年〈昭和33年〉9月2… 小里 泰弘(おざと やすひろ、1958年〈昭和33年〉9月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(7期)。 農林水産大臣(第70代)、内閣総理大臣補佐官、農林水産副大臣、環境副大臣兼内閣府副大臣、農林水産大臣政務官、衆議院災害対策特別委員長、衆議院財務金融委員長、衆議院農林水産委員長、自由民主党副幹事長、同党国土交通部会長、同党地方組織・議員総局長、同党経済成長戦略本部長、同党選挙対策筆頭副委員長を歴任した。 父は総務庁長官や労働大臣、北海道開発庁長官、沖縄開発庁長官を歴任した小里貞利。 鹿児島県姶良郡霧島町(現:霧島市)生まれ。鹿児島県立鶴丸高等学校、慶應義塾大学法学部法律学科を卒業し、野村証券に入社。
三反園 訓(みたぞの さとし、1958年〈昭和33年〉2月1… 三反園 訓(みたぞの さとし、1958年〈昭和33年〉2月13日 - )は、日本のジャーナリスト、政治家。自由民主党所属の衆議院議員(3期)、財務大臣政務官。 早稲田大学教育学部卒業後、テレビ朝日に入社し、政治記者やコメンテーターを務めた。テレビ朝日退社後は鹿児島県知事(第19代)を務めた。 鹿児島県指宿市生まれ。鹿児島県立指宿高等学校、早稲田大学教育学部卒業。1980年、全国朝日放送(2003年、テレビ朝日に改名)に入社し、政治部に配属。日本社会党担当を皮切りに首相官邸や自由民主党を担当し、自民党担当時代は金丸信や安倍晋太郎の番記者を務めた。その後は首相官邸や自民党、大蔵省や外務省、防衛庁担当のキャップを歴任し、その後はテレビ朝日コメンテーター(解説委員)に就任。
網屋 信介(あみや しんすけ、1957年10月3日 - )は… 網屋 信介(あみや しんすけ、1957年10月3日 - )は、日本の政治家、実業家。元アジア開発キャピタル代表取締役社長、元衆議院議員、元メリルリンチ日本証券取締副会長兼投資銀行本部会長、財務大臣政務官(野田第3次改造内閣)、政府税制調査会事務局長などを務めた。 鹿児島県鹿屋市生まれ。鹿児島県立鹿屋高等学校を経て、一橋大学法学部卒業。1981年、山一證券に入社。1985年山一インターナショナル(ロンドン)に出向後、1986年にモルガン・スタンレー・インターナショナル・リミテッド(現モルガン・スタンレー証券)に入社後、1992年エス・ジーウォーバーグ証券(現UBS 証券)に転職。 1993年、鹿屋市長選挙に無所属で出馬したが、元鹿屋市助役の浅井隼人に敗れ、落選。
木場 一昭(こば かずあき、1957年5月26日 - )は、… 木場 一昭(こば かずあき、1957年5月26日 - )は、日本の政治家。鹿児島県錦江町長(1期)。 鹿児島県肝属郡生まれ。1976年(昭和51年)3月、鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、明治大学法学部卒業。同年6月、大根占町役場に入庁。 2005年(平成17年)3月22日、大根占町は田代町と合併して錦江町が発足する。錦江町役場に勤務。2011年(平成23年)4月、鹿児島県カヌー協会副会長に就任。 2017年(平成29年)8月、錦江町役場を退職。同年11月26日に行われた錦江町長選挙に立候補し、現職の楠元忠洋をわずか5票差で破り初当選を果たした。12月20日、町長就任。※当日有権者数:6,772人 最終投票率:77.79%(前回比:pts) 2021年11月28日投開票の町長選で再選を目指すが、元町職員の新田敏郎に敗れ落選。
園田 修光(そのだ しゅうこう、1957年3月13日 - )… 園田 修光(そのだ しゅうこう、1957年3月13日 - )は、日本の政治家。公益社団法人全国老人福祉施設協議会常任理事。参議院議員(1期)、衆議院議員(1期)、鹿児島県議会議員(2期)等を務めた。 鹿児島県鹿児島市生まれ。同市平川出身。鹿児島県立錦江湾高等学校、日本大学法学部卒業。 幼稚園経営を経て、1987年、鹿児島県議会議員に当選し、1993年まで2期務めた。鹿児島県県議会議員在職中、1987年4月自民党鹿児島県連広報委員長、1995年5月自民党鹿児島県連青年局長に就任。また、ウォーターフロント開発問題議員研究会代表、九州新幹線建設促進協力会委員、県国土利用計画地方審議委員など地域活性化のための要職を歴任。
田中 良二(たなか りょうじ、1956年〈昭和31年〉10月… 田中 良二(たなか りょうじ、1956年〈昭和31年〉10月22日 - )は、日本の政治家。鹿児島県薩摩川内市長(2期)。元鹿児島県議会議員(4期)。 鹿児島県薩摩郡下東郷村大字田海(のちの川内市田海町、現・薩摩川内市田海町)生まれ。川内市立八幡小学校(現・薩摩川内市立八幡小学校)、川内市立下東郷中学校(現・薩摩川内市立平成中学校)、鹿児島県立川内高等学校卒業。1974年(昭和49年)4月、九州大学文学部哲学科に入学。在学中は空手部の主将を務めた。1978年(昭和53年)3月、同大学卒業。同年4月、川内市役所に入庁。 市町村合併対策課長、合併協議会事務局長などを務め、2004年(平成16年)10月12日、川内市は樋脇町、入来町、東郷町、祁答院町、里村、上甑村、下甑村、鹿島村と合併し、薩摩川内市が誕生した。
本坊 輝雄(ほんぼう てるお、1955年〈昭和30年〉10月… 本坊 輝雄(ほんぼう てるお、1955年〈昭和30年〉10月13日 - )は、日本の政治家。鹿児島県南さつま市長(5期)。元鹿児島県議会議員(5期)。元加世田市議会議員(3期)。 鹿児島県加世田市津貫(現・南さつま市加世田津貫)出身。生家はみかん農家。1974年(昭和49年)3月、鹿児島県立加世田農業高等学校(現・鹿児島県立加世田常潤高等学校)卒業。1975年(昭和50年)3月、農林水産省常緑果樹農業研修所を修了。同年4月、加世田市農業協同組合に就職。1977年(昭和52年)12月、同組合を退職。 1982年(昭和57年)7月、加世田市議会議員に就任。計3回当選。 1991年(平成3年)4月、鹿児島県議会議員(加世田市選挙区)に就任。
小磯 善彦(こいそ よしひこ、1955年3月6日 - )は、… 小磯 善彦(こいそ よしひこ、1955年3月6日 - )は、日本の政治家。公明党所属の東京都議会議員。東京都議会副議長。
柳田 稔(やなぎだ みのる、1954年〈昭和29年〉11月6… 柳田 稔(やなぎだ みのる、1954年〈昭和29年〉11月6日 ‐ )は、日本の政治家。基幹労連組合員。 法務大臣(第84代)、拉致問題担当大臣、参議院議員(4期)、衆議院議員(2期)、民主党幹事長代理、民主党参議院幹事長、民主党広島県連代表、国民民主党両院議員総会長、参議院財政金融委員長、参議院厚生労働委員長、参議院予算委員長等を歴任。血液型はA型。 鹿児島県鹿児島市出身。本籍は広島県福山市。鹿児島県立鶴丸高等学校を経て、1973年に東京大学教養学部理科I類に入学する(岩崎学生寮に在籍)が自主退学し、寿司屋で5年間修行を積んだ。1981年に東京大学工学部船舶工学科へ再入学し、1983年3月に卒業。
川野 純治(かわの じゅんじ、1954年〈昭和29年〉9月2… 川野 純治(かわの じゅんじ、1954年〈昭和29年〉9月22日 - )は、日本の政治家、社会運動家。かつて存在した沖縄解放同盟準備会メンバー、一坪反戦地主会北部ブロック幹部(事務局次長)、ヘリ基地反対協議会元事務局次長、一般財団法人わびあいの里理事、前沖縄県名護市議会議員(3期)。 1975年、沖縄解放同盟準備会のメンバーとして、沖縄を訪問した皇太子明仁親王・皇太子妃美智子(現、上皇・上皇后)の車列に対し、ガラス瓶やスパナや石などを投げつける、白銀病院事件を起こし逮捕され、懲役1年6ヶ月の実刑判決を受け服役した。 その後は、社会民主党の推薦・公認を受け、名護市議会議員に当選し、3期議員として活動したが、2022年の市議選で落選した。
五位塚 剛(ごいつか つよし、1954年(昭和29年)6月3… 五位塚 剛(ごいつか つよし、1954年(昭和29年)6月30日 - )は、日本の政治家。鹿児島県曽於市長(3期)、曽於市議会議員、末吉町議会議員などを歴任した。 鹿児島県曽於市出身。末吉町立光神小学校、末吉町立諏訪中学校卒業。1973年(昭和48年)3月、宮崎県立都城工業高等学校機械科卒業。同年4月、電気設備会社に就職。1976年(昭和51年)9月、空調設備会社に転職。1983年(昭和58年)6月、同社を退社。1984年(昭和59年)1月、有限会社五位塚冷暖房サービスを開業。 1987年(昭和62年)7月、末吉町議会議員に就任。計4回当選。 2005年(平成17年)7月1日、末吉町は財部町、大隅町と合併し、曽於市となり消滅。
塗木 弘幸(ぬるき ひろゆき、1953年〈昭和28年〉7月2… 塗木 弘幸(ぬるき ひろゆき、1953年〈昭和28年〉7月2日 - )は、日本の政治家。鹿児島県南九州市長(3期)。 鹿児島県川辺郡知覧町(現・南九州市の一部)出身。1972年(昭和47年)3月、鹿児島県立甲南高等学校卒業。 2007年(平成19年)4月、知覧町議会議員選挙において無投票で初当選。同年12月1日、川辺町・知覧町・頴娃町が合併して南九州市が発足。これに伴って行われた南九州市議会議員選挙に出馬し当選。2011年(平成23年)、2期目の当選。 2015年(平成27年)12月13日に行われた南九州市長選挙は、知覧町出身の塗木、川辺町出身で前市議長の森田隆志、頴娃町出身で前市議の蓮子幹夫の新人3名の争いとなった。
八板 俊輔(やいた しゅんすけ、1953年〈昭和28年〉6月… 八板 俊輔(やいた しゅんすけ、1953年〈昭和28年〉6月30日 - )は、日本の政治家、新聞記者。鹿児島県西之表市長(3期)。 鹿児島県西之表町(現・西之表市)生まれ。西之表市立榕城小学校、西之表市立榕城中学校卒業。1972年(昭和47年)3月、鹿児島県立鶴丸高等学校卒業。1977年(昭和52年)3月、早稲田大学政治経済学部卒業。同年4月、朝日新聞社に入社。2012年(平成24年)6月、同社を退職。 2015年(平成27年)10月、ルポルタージュ『馬毛島漂流』を上梓。 2017年(平成29年)3月の西之表市長選の再選挙で初当選した。 2017年1月29日執行。市域の無人島・馬毛島で政府が検討する米軍空母艦載機による陸上空母離着陸訓練(FCLP)の受け入れにつき、八板は反対を訴え立候補。
中西 茂(なかにし しげる、1953年〈昭和28年〉5月1日… 中西 茂(なかにし しげる、1953年〈昭和28年〉5月1日 - )は、日本の政治家。元鹿児島県鹿屋市長(3期)。 鹿児島県鹿屋市出身。1972年(昭和47年)3月、鹿児島県立鹿屋高等学校卒業。1976年(昭和51年)3月、九州大学経済学部卒業。同年4月、鹿児島県庁へ入庁。2011年(平成23年)4月、同庁の農政部長に就任。 2013年(平成25年)8月9日、翌年の鹿屋市長選挙への立候補を視野に入れ、鹿児島県庁を退職。 2014年(平成26年)1月19日に行われた鹿屋市長選挙に無所属で出馬。自由民主党の推薦を受けた現職の嶋田芳博市長との一騎討ちを制し初当選した。2月5日、市長就任。選挙の結果は以下のとおり。
福留 泰蔵(ふくとめ たいぞう、1953年4月25日 - )… 福留 泰蔵(ふくとめ たいぞう、1953年4月25日 - )は、日本の政治家。公明党所属。衆議院議員(2期)。
笹山 義弘(ささやま よしひろ、1952年(昭和27年)10… 笹山 義弘(ささやま よしひろ、1952年(昭和27年)10月10日 - )は、日本の政治家。鹿児島県姶良市長(2期)、加治木町長(1期)、加治木町議会議員(1期)などを歴任した。 鹿児島県姶良郡加治木町(現姶良市)で生まれ育つ。1971年(昭和46年)3月、鹿児島県立加治木高等学校卒業。1972年(昭和47年)9月、大阪電気通信大学工学部中退。1973年(昭和48年)4月、山口眼鏡株式会社に就職。その後有限会社時計メガネのササヤマに移り、1994年(平成6年)9月に同社の代表取締役に就任。 1999年(平成11年)5月から2002年(平成14年)6月まで加治木町議会議員を務めた。2006年(平成18年)12月、加治木町長に就任。
竹田 泰典(たけだ やすのり、1951年〈昭和26年〉11月… 竹田 泰典(たけだ やすのり、1951年〈昭和26年〉11月5日 - )は、日本の政治家。鹿児島県龍郷町長(2期)。 鹿児島県大島郡龍郷町瀬留出身。鹿児島県立大島工業高等学校卒業後、1972年(昭和47年)、龍郷町役場へ入庁し、総務課長、産業振興課長などを歴任。また、2009年11月から2013年11月まで副町長を務めた。 2017年(平成29年)8月3日、現職の徳田康光の任期満了に伴う龍郷町長選挙への出馬を表明。「目配り、気配り、心配り」をスローガンとした行政の推進、町民1人1人と会う姿勢が功を奏して、現職の徳田を破って初当選。※当日有権者数:4,816人 最終投票率:89.41%(前回比:1.35pts) 同年11月10日、龍郷町長に就任。
宮路 高光(みやじ たかみつ、1950年(昭和25年)11月… 宮路 高光(みやじ たかみつ、1950年(昭和25年)11月22日 - )は日本の政治家。伊集院町長(4期)、日置市長(4期)を歴任した。 1950年11月22日、現在の鹿児島県日置市伊集院町飯牟礼に生まれる。鹿児島県立伊集院高等学校卒業(高校21期、後年同窓会長)。宮崎大学農学部卒業。1975年、伊集院町役場に入所した。1992年、現職が引退して新人4人が立候補した伊集院町長選挙で初当選を果たし、同年10月22日に就任した。1996年、無投票で再選を果たした。2000年、無投票で3選を果たした。2004年、4選を果たした。 日置郡の4町が合併して発足した日置市長選挙に立候補して、2005年5月29日、元鹿児島県議会議員の新人を破って初当選を果たした。
濱田 健一(はまだ けんいち、1950年7月21日 - )は… 濱田 健一(はまだ けんいち、1950年7月21日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、社会民主党政策審議会長(第4代)を歴任。 鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島三育小学校、鹿児島市立甲東中学校、鹿児島県立鹿児島中央高等学校を経て、1969年4月に鹿児島大学教育学部入学。1974年3月に鹿児島大学教育学部を卒業し、小学校教師を経て1993年の第40回衆議院議員総選挙で旧鹿児島2区より村山喜一の後継者として日本社会党公認で出馬し、初当選。1996年の第41回衆議院議員総選挙では鹿児島4区より社会民主党公認で出馬し、自由民主党公認の小里貞利に敗れるも比例九州ブロックで復活し再選。その間、社民党政策審議会長等を歴任。
皆吉 稲生(みなよし いなお、1950年7月9日 - )は、… 皆吉 稲生(みなよし いなお、1950年7月9日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。 鹿児島県鹿児島市原良町出身。鹿児島県立鶴丸高等学校、立命館大学経済学部卒業。鹿児島市役所に入り、鹿児島市職労委員長、連合鹿児島副会長を歴任。 当初は社会民主党に所属していたが、2004年、民主党に移籍。同年7月11日の第20回参議院議員通常選挙に鹿児島県選挙区から出馬したが落選。2007年7月29日の第21回参議院議員通常選挙でも引き続き鹿児島県選挙区より出馬したが、自由民主党公認の加治屋義人に2,664票の僅差で敗れ落選した。 その後、病気のため引退を表明した元衆議院議員・浜田健一の後任として、2009年の衆院選で鹿児島4区から出馬することを表明した。
豊留 悦男(とよどめ えつお、1950年(昭和25年)6月1… 豊留 悦男(とよどめ えつお、1950年(昭和25年)6月17日 - )は、日本の政治家、教員。元鹿児島県指宿市長(3期)。 1963年に指宿市立柳田小学校、1966年に指宿市立北指宿中学校、1969年に鹿児島県立甲南高等学校をそれぞれ卒業。1973年3月、鹿児島大学教育学部卒業。同年4月、鹿児島県の教職員となる。喜入町立瀬々串小学校教頭(1996年就任)、出水市立米ノ津東小学校校長(2002年就任)、指宿市教育委員会学校教育課長(2005年就任)、鹿児島市立大龍小学校校長(2009年就任)などを歴任。 2010年(平成22年)2月7日に行われた指宿市長選挙に無所属で出馬。田原迫要市長の応援を受けた元県議の松元一広、元市議の東伸行、社会福祉法人理事長の徳永勝憲ら3候補との争いを制し初当選を果たす(豊留:10,088票、松元:7,316票、東:6,544票、徳永:3,858票)。
湯川 一行(ゆかわ かずゆき、1949年8月15日 - 2… 湯川 一行(ゆかわ かずゆき、1949年8月15日 - 2025年4月4日)は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(1期)。 1949年鹿児島県生まれ、出水市出身。日本大学法学部卒業。1973年自由民主党鹿児島県連職員となる。2005年自民党鹿児島県連事務局長就任。 2012年、第46回衆議院議員総選挙で比例九州ブロック単独38位で立候補し初当選。2014年、第47回衆議院議員総選挙の比例九州ブロック単独36位で落選。落選後、自民党鹿児島県連事務局長に復帰。2017年第48回衆議院議員総選挙で比例九州ブロック単独32位で落選。2019年県連事務局を退職。 2025年4月4日午後、誤嚥性肺炎のため出水市内の病院で死去した。
下平 晴行(しもひら すみゆき、1949年〈昭和24年〉1月… 下平 晴行(しもひら すみゆき、1949年〈昭和24年〉1月12日 - )は、日本の政治家、行政書士。鹿児島県志布志市長(3期)。元志布志市議会議員(2期)。 鹿児島県志布志市生まれ。鹿児島県立有明高等学校卒業。1972年(昭和47年)、志布志町役場に入庁。商工水產課長、住民生活課長。2005年(平成17年)、志布志町役場を退職。 2006年(平成18年)1月1日、志布志町・松山町・有明町は合併し志布志市が発足。同年の志布志市議会議員選挙に立候補し初当選。2010年(平成22年)、再選。 2014年(平成26年)2月2日に行われた志布志市長選挙に立候補するも落選。選挙の結果は以下のとおり。※当日有権者数:27,154人 最終投票率:75.15%(前回比:-5.42pts) 2018年(平成30年)1月28日に行われた市長選に再挑戦し現職の本田修一を破り初当選を果たした。
嶋田 芳博(しまだ よしひろ、1948年(昭和23年)8月1… 嶋田 芳博(しまだ よしひろ、1948年(昭和23年)8月1日 - )は、日本の政治家。元鹿児島県鹿屋市長(1期)。 鹿児島県鹿屋市出身。1964年鹿屋市立鹿屋中学校卒業、1967年鹿児島県立鹿屋高等学校卒業、1971年水産大学校卒業。鹿屋青年会議所理事長、鹿屋ロータリークラブ会長などを歴任し、2010年の鹿屋市長選挙に立候補し、当選する。2014年の市長選挙に立候補し、再選を目指したが、元鹿児島県職員の中西茂に敗れた。
本田 修一(ほんだ しゅういち、1948年(昭和23年)5月… 本田 修一(ほんだ しゅういち、1948年(昭和23年)5月23日 - )は、日本の政治家。元鹿児島県志布志市長(3期)、元有明町長(1期)。 鹿児島県志布志市出身。ラ・サール高等学校卒業。中央大学法学部中退。帰省後、養豚業を営むかたわら、地域おこし団体「有明べぶんこ村」を立ち上げる。 2003年(平成15年)、有明町長選挙に立候補し初当選した。 2006年(平成18年)1月1日、有明町は志布志町、松山町と合併し消滅。志布志市発足に伴って行われた市長選挙に立候補し初当選。4期目を狙う2018年(平成30年)の市長選で、元市議の下平晴行に敗れ落選。 2006年(平成18年)2月12日執行。元志布志町長の慶田泰輔、元尚志館高等学校長の林敬二郎らを破り初当選した。
伊藤 祐一郎(いとう ゆういちろう、1947年11月17日 … 伊藤 祐一郎(いとう ゆういちろう、1947年11月17日 - )は、日本の自治・総務官僚、政治家。元鹿児島県知事(3期)。総務省大臣官房総括審議官を歴任。 銀行員である父親の仕事の関係により阿久根市・鹿児島市などで育った。ラ・サール高等学校を経て、東京大学法学部卒業。最後の総理府地方分権推進委員会事務局次長であり、省庁再編後には初代の総務省大臣官房審議官を務めた。後に民主党代表を務めた小沢一郎が自治大臣の際には大臣秘書官も務めている。 2004年に鹿児島県知事選挙に立候補。保守分裂の激しい中、元鹿児島県議会議長や元兵庫県副知事らを破って初当選。2008年再選。2012年に3選。 2013年5月に利用が低迷する鹿児島空港の上海便の航空路線維持のため県職員らの上海派遣研修事業を発表したが、批判が起こった。