阿部 圭史(あべ けいし、1986年5月26日 - )は、日… 阿部 圭史(あべ けいし、1986年5月26日 - )は、日本の政治家、医師、元厚生労働官僚。日本維新の会所属の衆議院議員(2期)。 宮城県仙台市に生まれ、小中高校時代を岡山県で過ごす。岡山白陵中学校・高等学校卒業後、北海道大学医学部に進学し、2011年に卒業。 国立国際医療研究センターで初期研修医(脳神経外科専攻)を経たのち、2013年に厚生労働省に入省。 2016年から2年間、ジョージタウン大学外交大学院修士課程(国際政治・安全保障分野)に留学。 2019年から2年間、世界保健機関職員を務め、新型コロナウイルス感染症対策などに従事する。その後帰国し、コンサルティング会社の役員を務める。 2023年8月3日、次期衆院選兵庫2区に日本維新の会から落下傘候補として立候補すると表明。
牧野 俊一(まきの しゅんいち、1985年〈昭和60年〉8月… 牧野 俊一(まきの しゅんいち、1985年〈昭和60年〉8月13日 - )は、日本の政治家。参政党所属の衆議院議員(1期)。 1985年に京都府京都市に生まれ、2013年に北海道大学医学部医学科卒業。 鹿児島県内の病院で救急医として働くほか、2019年からは鹿児島大学医学部大学院にて、腫瘍溶解性ウイルスの開発研究研究に取り組んだ。2014年の御嶽山噴火の際には長野県DMATとして出動した。 2016年には、衛生科の予備自衛官となっている。また、山岳医でもある。 2022年に参政党に入党し、2025年7月20日投開票の第27回参議院議員通常選挙に参政党公認で鹿児島県選挙区から立候補したが、得票率23.77%を獲得したものの3位で落選した。
桜井 恒(さくらい ひさし、1983年〈昭和58年〉9月14… 桜井 恒(さくらい ひさし、1983年〈昭和58年〉9月14日 - )は、日本の政治家。北海道美唄市長(1期)。 北海道美唄市に生まれる。美唄市立西美唄小学校(現・美唄市立中央小学校)、美唄市立西美唄中学校(現・美唄市立美唄中学校)、北海道岩見沢東高等学校、北海道大学農学部卒業。 卒業後はジョンソン・エンド・ジョンソンに入社し、中部地方で営業職に従事する。その後、2012年に東京都内の医療関連の広告代理店に勤務した。2015年に北海道に戻り、江別市内の病院に勤務する。2022年12月に退職し、美唄市に移住。 2023年3月、同年6月に行われる美唄市長選挙への立候補を表明する。 同年6月4日、美唄市長選挙が告示され、自由民主党美唄支部の推薦を受けて立候補。
勝沼 栄明(かつぬま しげあき、1974年11月26日 - … 勝沼 栄明(かつぬま しげあき、1974年11月26日 - )は、日本の政治家、医師、元陸上自衛隊予備自衛官(予備一等陸尉)。自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。 自民党北海道連の主催するHOKKAIDO政治塾の第2期生である。 香川県高松市生まれ(現住所は宮城県石巻市中央一丁目)。私立聖光学院中学校・高等学校卒業。2000年北海道大学医学部医学科卒業後、北海道大学病院形成外科に入局した。専門は形成外科である。 2011年の第17回統一地方選挙において、北海道議会議員選挙に札幌市西区より自民党公認で立候補するが、落選。 2012年の第46回衆議院議員総選挙では、自民党の比例北海道ブロックの比例単独候補となった。
鶴間 秀典(つるま ひでのり、1974年〈昭和49年〉6月5… 鶴間 秀典(つるま ひでのり、1974年〈昭和49年〉6月5日 - )は、日本の政治家。北海道釧路市長(1期)。 北海道阿寒郡阿寒町(現在の釧路市)出身。阿寒町立阿寒湖小学校(現・釧路市立阿寒湖義務教育学校)、埼玉県川越市にある秀明中学校・高等学校を経て、北海道大学経済学部を卒業した。卒業後は新日本証券に入社する。その後、オーストラリアに渡り、酪農や果樹園、土木作業などに従事する。帰国後は株式会社吉田屋本店に勤務し、阿寒町でゲストハウスを開く。 阿寒町議会議員を1期務め、阿寒町は2005年(平成17年)に釧路市と合併し、合併特例法により、釧路市議会議員となる。2007年(平成19年)の釧路市議会議員選挙で阿寒選挙区から立候補し、当選。
津川 祥吾(つがわ しょうご、1972年1月25日 - )は… 津川 祥吾(つがわ しょうご、1972年1月25日 - )は、日本の実業家、元政治家、コメンテーター。民主党所属の元衆議院議員(3期)。 北海道札幌市出身。札幌市立もみじ台小学校、札幌市立もみじ台中学校、北海道札幌月寒高等学校、北海道大学経済学部経済学科卒業。 大学卒業後、日本国土開発に入社。名古屋支店に配属され静岡県内で現場事務を担当。在社中に民主党の衆議院選挙候補者公募に応募し合格。民主党衆議院選挙公募者公認第1号となる。 2000年、第42回衆議院議員総選挙において民主党から静岡2区に出馬。自由民主党の原田昇左右に敗れたが、重複立候補した比例東海ブロックで復活し、初当選した。2003年の第43回衆議院議員総選挙では原田昇左右の後継である原田令嗣に敗れ落選。
長谷川 岳(はせがわ がく、1971年2月16日 - )は、… 長谷川 岳(はせがわ がく、1971年2月16日 - )は、日本の政治家、起業家。自由民主党所属の参議院議員(3期)。 総務副大臣(第4次安倍第2次改造内閣)、総務大臣政務官(第2次安倍改造内閣・第3次安倍内閣)、参議院農林水産委員長、同財政金融委員長、同地方創生及びデジタル社会の形成等に関する特別委員長、自由民主党政務調査会会長代理、同参議院政策審議会長代理、同政務調査会副会長、同法務部会長、同水産部会長、同副幹事長、同北海道総合振興特別委員会幹事長、同水産総合調査会副会長、同参議院国会対策委員会副委員長などを歴任。 YOSAKOIソーラン祭り創始者で、YOSAKOIソーラン祭り組織委員会専務理事や株式会社yosanet取締役を務めた。
山本 進(やまもと すすむ、1966年〈昭和41年〉10月1… 山本 進(やまもと すすむ、1966年〈昭和41年〉10月17日 - )は、日本の政治家。東神楽町長(3期)。 高校教師の父と看護師の母の長男として弟子屈町で生まれる。1985年(昭和60年)3月、北海道旭川東高等学校卒業。1989年(平成元年)3月、北海道大学法学部を卒業し、同年4月に東神楽町役場に入庁する。 入庁後、企画振興課都市計画係長、総務課情報管理係長、総務企画課主幹、まちづくり推進課主幹などを歴任する。 長らく東神楽町職員として総務・企画に携わり、町長を支える立場であったが、先代の川野恵子町長と議会が対立したことや副町長が辞任したことなどを受けて、行政に対する危機感を感じ、東神楽町長選挙への出馬を決意する。
前田 一男(まえだ かずお、1966年〈昭和41年〉5月27… 前田 一男(まえだ かずお、1966年〈昭和41年〉5月27日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の北海道議会議員(1期)。 衆議院議員(2期)、北海道松前町長(2期)、自由民主党文部科学部会長代理などを歴任。 北海道松前郡松前町生まれ。上磯町立浜分小学校、上磯町立浜分中学校、北海道函館中部高等学校、北海道大学工学部卒業。1990年、伊藤忠商事に入社し3年間勤務する。1993年に北海道庁に入庁し、10年間勤務した。 2003年11月の第43回衆議院議員総選挙に北海道8区から無所属で出馬したが、自由民主党の佐藤健治、前田のいずれも民主党公認の金田誠一に敗れた。 2004年、松前町長が任期途中で急逝。
舟山 康江(ふなやま やすえ、1966年5月26日 - )は… 舟山 康江(ふなやま やすえ、1966年5月26日 - )は、日本の政治家、農林官僚。国民民主党所属の参議院議員(3期)、国民民主党参議院議員会長・両院議員総会長・山形県総支部連合会会長。参議院こども・子育て・若者活躍特別委員長。 農林水産大臣政務官(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、国民民主党政務調査会長、旧国民民主党参議院国会対策委員長、みどりの風共同代表、同政策調査会長、民主党副幹事長、参議院消費者問題に関する特別委員長などを歴任した。 埼玉県越谷市生まれ。旧姓は別府。1985年3月、埼玉県立浦和第一女子高等学校卒業。1年浪人したのち北海道大学に入学。学生時代は勉学より合気道に打ち込んだという。
志々田 浩太郎(ししだ こうたろう、1966年〈昭和41年〉… 志々田 浩太郎(ししだ こうたろう、1966年〈昭和41年〉5月26日 - )は、日本の政治家、郵政官僚。元東京都武蔵村山市長(2期)。桃源堂ホールディングス代表取締役。 東京都北多摩郡村山町(現武蔵村山市)生まれ。武蔵村山市立第三中学校、東京都立立川高等学校を経て、1991年北海道大学文学部卒業。北大卒業後、郵政省に入省し、通信政策局に配属される。1993年に郵政省を退官し、結党から間もない日本新党に入党。日本新党の政策綱領の作成に携わった。 1994年、27歳で武蔵村山市長選挙に無所属で立候補し、初当選。2023年4月に高島崚輔が26歳2か月で芦屋市長に当選するまで全国で史上最年少の市長だった。
横山 信一(よこやま しんいち、1959年〈昭和34年〉7月… 横山 信一(よこやま しんいち、1959年〈昭和34年〉7月21日 - )は、日本の政治家、水産学博士。公明党所属の参議院議員(3期)。 函館水産試験場科長、北海道議会議員(2期)、農林水産大臣政務官、復興副大臣、財務副大臣などを歴任した。 1959年7月21日、北海道帯広市に生まれる。1972年3月、石狩町立南線小学校を卒業。1975年3月、石狩町立花川中学校を卒業。1978年3月、北海道札幌北陵高等学校を卒業。1983年3月、北海道大学水産学部を卒業。 1990年3月、北海道大学大学院水産学研究科博士後期課程で単位取得。同年4月、北海道水産部に就職。同年8月、網走水産試験場に赴任。1992年3月、水産学博士号を取得。
倉成 淳(くらなり じゅん、1956年8月20日 - )は、… 倉成 淳(くらなり じゅん、1956年8月20日 - )は、日本の政治家。元岩手県奥州市市長(1期)。 岩手県水沢市(現・奥州市)出身。水沢市立姉体小学校(現・奥州市立姉体小学校)、水沢市立南中学校(現・奥州市立水沢南中学校)を経て、1975年岩手県立水沢高等学校卒業。卒業後は北海道大学農学部農芸学科に入学し、1979年に卒業。卒業後はカルピスに入社し、研究開発、生産、国際事業分野に従事し、国立予防衛生研究所などに研究生として出向した。2003年アメリカのカルピスの現地法人CALPIS USA INC.社長に就任する。2011年カルピス社発酵応用研究所長。2011年カルピス執行役員、2016年アサヒカルピスウエルネス常務取締役となる。
真下 紀子(ました のりこ、1956年8月7日 - )は、日… 真下 紀子(ました のりこ、1956年8月7日 - )は、日本の政治家。日本共産党所属の北海道議会議員。日本共産党北海道議会議員団代表。北海道中川郡豊頃町出身、北海道大学医学部附属看護学校卒業。
松野 哲(まつの さとる、1956年5月4日 - )は、日本… 松野 哲(まつの さとる、1956年5月4日 - )は、日本の政治家。北海道岩見沢市長(4期)。 北海道三笠市生まれ。北海道岩見沢東高等学校卒業。1981年3月、北海道大学法学部卒業。同年4月、岩見沢市役所に入所。 以後、岩見沢市役所企画調整課長、同市長室長、同ふるさとづくり推進室長、同学校教育課長、同観光物産課長、北海道岩見沢緑陵高等学校事務長、岩見沢市役所税務課長、同収納対策担当次長を歴任。 2012年夏、岩見沢市長の渡辺孝一は、次期衆院選に比例北海道ブロックから自由民主党単独1位で出馬することの内定を受ける。同年7月31日、渡辺は市長を辞任。同年同月、松野は収納対策担当次長を最後に岩見沢市役所を退職。
米沢 則寿(よねざわ のりひさ、1956年3月12日 - )… 米沢 則寿(よねざわ のりひさ、1956年3月12日 - )は、日本の政治家。北海道帯広市長(4期)。 北海道帯広市出身。帯広市立帯広第六中学校(現・帯広市立翔陽中学校)、北海道帯広柏葉高等学校、北海道大学法学部卒業。 1978年4月、石川島播磨重工業株式会社(現・株式会社IHI)に就職。1985年11月、日本合同ファイナンス株式会社(現・株式会社ジャフコ)に入社。1989年から6年間、ロンドンに駐在した。1995年6月、北海道ジャフコ株式会社の取締役社長に就任。2005年2月、ジャフココンサルティング株式会社の取締役社長に就任。 2010年4月18日執行。民主党と新党大地の推薦を受けて無所属で出馬。
秋元 克広(あきもと かつひろ、1956年(昭和31年)2月… 秋元 克広(あきもと かつひろ、1956年(昭和31年)2月2日 - )は、日本の政治家。北海道札幌市長(3期)。 北海道夕張市生まれ。北海道夕張北高等学校、北海道大学法学部(商法、経済法ゼミ)卒業。1979年(昭和54年)、札幌市役所に入庁。2004年(平成16年)企画調整局情報化推進部長、2008年(平成20年)南区長、2009年(平成21年)市長政策室長をそれぞれ務め、2012年(平成24年)に副市長に就任。 2014年(平成26年)9月1日、同市の経済人有志から2015年(平成27年)の札幌市長選挙(第18回統一地方選挙)への出馬要請を受け、9月5日、上田文雄市長に辞表を提出し、副市長を辞任した上で、9月16日に立候補する意向を表明した。
老松 博行(おいまつ ひろゆき、1955年(昭和30年)1月… 老松 博行(おいまつ ひろゆき、1955年(昭和30年)1月24日 - )は、日本の政治家。秋田県大仙市長(3期)。 秋田県大曲市川目(現・大仙市川目)に生まれる。大曲市立大曲中学校、秋田県立横手高等学校卒業。1977年(昭和52年)3月、北海道大学農学部卒業。4月に大曲市役所に入所。 2005年(平成17年)3月22日、大曲市は仙北郡6町1村(神岡町・西仙北町・中仙町・協和町・南外村・仙北町・太田町)と合併。大仙市が発足。2006年(平成18年)、大仙市役所総務部長に就任。2012年(平成24年)、副市長就任。 2017年(平成29年)2月上旬、栗林次美市長が健康上の理由により、次期市長選への不出馬を表明したため、副市長を辞任。
村松 二郎(むらまつ じろう、1954年6月30日 - )は… 村松 二郎(むらまつ じろう、1954年6月30日 - )は、日本の元政治家。新潟県十日町市中魚沼郡選挙区選出の元新潟県議会議員(自由民主党所属、6期)で第89代新潟県議会議長(2010年5月18日 - 2011年7月13日)を務めた。退任後は全国森林組合連合会会長を務めた。勲等は旭日中綬章。
佐田 玄一郎(さた げんいちろう、1952年〈昭和27年〉1… 佐田 玄一郎(さた げんいちろう、1952年〈昭和27年〉12月22日 - )は、日本の政治家、技術者。 衆議院議員(9期)、第1次安倍内閣の内閣府特命担当大臣(規制改革担当)、総務副大臣(第1次小泉内閣)、郵政政務次官(第2次森内閣)、文部政務次官(第2次橋本内閣)、大蔵政務次官(村山改造内閣)、衆議院議院運営委員長(第66・74代)、衆議院総務委員長などを歴任。 父は元佐田建設社長の佐田武夫。祖父は元参議院議員の佐田一郎。 群馬県前橋市生まれ。群馬県立前橋高等学校、北海道大学工学部卒業。大学では流体工学や材料力学などを学んだ。 1980年、鉄建建設に入社。同社ではシールド工法の技術者として、新幹線や地下鉄のトンネル工事などに携わった。
坂川 優(さかがわ まさる、1952年(昭和27年)10月2… 坂川 優(さかがわ まさる、1952年(昭和27年)10月28日 - 2008年(平成20年)2月2日)は、日本の政治家、実業家。福井県議会議員(通算5期)、福井県議会議長(第80代)、福井市長(2006年3月~2007年10月、在任1期)を歴任。 福井大学教育学部附属小学校、福井大学教育学部附属中学校、福井県立藤島高等学校卒業。北海道大学工学部土木工学科中退。越前観光開発代表取締役社長をつとめた。 1983年(昭和58年)、福井県議会議員選挙に初当選(以後、通算5期つとめる)。 1990年(平成2年)2月18日執行の第39回衆議院議員総選挙に福井県全県区から無所属で立候補するも、落選。 1998年(平成10年)、第80代福井県議会の議長に就任。
石橋 寛久(いしばし ひろひさ、1950年(昭和25年)6月… 石橋 寛久(いしばし ひろひさ、1950年(昭和25年)6月16日 - )は、日本の政治家。元愛媛県宇和島市長(新市と旧市あわせて5期)。元宇和島市議会議員(2期)。 弟は元愛媛FC総監督で愛光学園教諭の石橋智之。 愛媛県宇和島市栄町港出身。愛媛県立宇和島東高等学校卒業。1973年(昭和48年)3月、北海道大学農学部卒業。同年10月、兼松江商株式会社(現・兼松株式会社)に就職。 1995年(平成7年)、宇和島市議会議員選挙に出馬し、初当選。同市議は2期務める。 2001年(平成13年)1月、宇和島市長(旧市)選挙に出馬し、初当選。2005年(平成17年)1月の市長選で2期目の当選。同年2月、市長に就任。
主濱 了(しゅはま りょう、1950年(昭和25年)4月2日… 主濱 了(しゅはま りょう、1950年(昭和25年)4月2日 - )は、日本の政治家。新字体で主浜 了と表記されることもある。参議院議員(2期)、参議院農林水産委員長、総務大臣政務官、国民の生活が第一代表(第2代)、同参議院国会対策委員長、生活の党と山本太郎となかまたち副代表兼両院議員会長兼参議院会長、岩手県宮古市助役、岩手県庁農林水産部次長、岩手県滝沢市長(1期)などを歴任した。
桜井 道夫(さくらい みちお、1949年(昭和24年)11月… 桜井 道夫(さくらい みちお、1949年(昭和24年)11月8日 - )は、日本の政治家。元北海道美唄市長(2期)。お笑いコンビ「西麻布ヒルズ」の櫻井市長(本名:櫻井慎一朗)は長男。 北海道空知郡美唄町出身。北海道大学経済学部卒。1974年、美唄市役所に入る。財政、行政管理、総務の各課長、企画財政部長を経て、2004年の美唄市長選挙に立候補し、現職に5000票以上の差をつけ、初当選する。2008年の市長選挙でも新人候補に大差をつけて再選する。同年9月に長男の出演するお笑いライブに特別出演し、下着姿で親子漫才をしている画像が長男のブログに掲載されたところ市議会で追及され、陳謝する羽目に陥った。2期目途中の2010年に脳内出血を起こし、公務に支障を期したため、翌2011年に「療養に専念する」ため、市長を辞職した。
工藤 広(くどう ひろし、1949年10月15日 - )は、… 工藤 広(くどう ひろし、1949年10月15日 - )は、日本の政治家。北海道稚内市長(4期)。 北海道稚内市出身。北海道大学経済学部卒業。稚内市役所に入庁し企画調整部長、経済部長などを歴任した。2005年(平成17年)3月、稚内市助役に就任。2007年(平成19年)4月、稚内市副市長に就任。2010年(平成22年)12月、副市長を退職。 2011年(平成23年)4月24日に行われた稚内市長選に民主党と自由民主党の推薦を得て出馬。建設会社社長の長谷川伸一の猛攻をしりぞけ初当選した(工藤:11,942票、長谷川:11,726票)。投票率は75.80%だった。5月1日、市長就任。 2015年(平成27年)、無投票で再選。
高崎 裕子(たかさき ゆうこ、1948年11月6日 - )は… 高崎 裕子(たかさき ゆうこ、1948年11月6日 - )は、日本の政治家。国会議員経験者(参議院北海道選挙区から1期)。弁護士。ペンネームは「高崎ゆう子」としている。また、フェミニストとしても知られる。札幌弁護士会所属。 新潟県生まれ。北海道札幌旭丘高等学校卒業。1971年、北海道大学法学部卒業。1976年、司法試験に27歳で合格し、司法修習31期経て1979年に弁護士登録。北海道合同弁護士事務所勤務ののち、たかさき法律事務所を開設。弁護士業の傍ら、労働法制改悪に反対する懇談会世話人や泊・幌延直接請求の会代表委員などを経て、1989年、日本共産党新人として北海道選挙区から出馬し、第15回参議院議員通常選挙で初当選した。
倉嶋 清次(くらしま せいじ、1948年〈昭和23年〉6月1… 倉嶋 清次(くらしま せいじ、1948年〈昭和23年〉6月17日 - )は、日本の政治家。元山梨県笛吹市長(1期)。市民団体「市民連合やまなし」共同代表。 北海道旭川市出身。北海道大学農学部を経て1972年(昭和47年)に農水(現在の農林水産省)に入省。東海農政局企画調整室長、農林水産大臣官房情報化対策室長、九州農政局農政部長を歴任し、2000年(平成12年)に退職した。 2012年(平成24年)、笛吹市長選挙に出馬。多目的アリーナの建設白紙を訴え、2012年10月21日投開票の結果現職の荻野正直を破り当選した。選挙結果は以下の通り。※当日有権者数:57,141人 最終投票率:68.85%(前回比:-3.36pts) 2016年10月23日の市長選挙で再選を目指すも新人の山下政樹に敗れ落選。
鉢呂 吉雄(はちろ よしお、1948年〈昭和23年〉1月25… 鉢呂 吉雄(はちろ よしお、1948年〈昭和23年〉1月25日 - )は、日本の政治家。参議院議員(1期)、衆議院議員(7期)、経済産業大臣(15代)、民主党国会対策委員長(第9・15代)、大蔵政務次官(第1次橋本内閣)、参議院国家基本政策委員長、衆議院法務委員長、衆議院厚生労働委員長、衆議院農林水産委員長、衆議院石炭対策特別委員長などを歴任。 北海道樺戸郡新十津川町出身。新十津川町立上徳富小学校、新十津川町立上徳富中学校、北海道滝川高等学校卒業。1971年、北海道大学農学部農学科を卒業し、今金町農業協同組合に勤務。 1990年2月第39回衆議院議員総選挙に無所属で立候補(旧北海道3区)し初当選。
加藤 修一(かとう しゅういち、1947年9月28日 - )… 加藤 修一(かとう しゅういち、1947年9月28日 - )は、日本の政治家、小樽商科大学教授。 参議院議員(3期)、環境副大臣(第1次小泉第2次改造内閣、第2次小泉内閣)、公明党副幹事長などを歴任。
吉田 万三(よしだ まんぞう、1947年(昭和22年)9月1… 吉田 万三(よしだ まんぞう、1947年(昭和22年)9月19日 - )は、日本の政治家、社会運動家である。第5代東京都足立区長。歯科医師。 特定医療法人健和会蒲原歯科診療所長、全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)副会長、中央社会保障推進協議会(中央社保協)代表委員などを歴任。 東京都目黒区生まれ。東京都立大学附属高等学校、北海道大学歯学部卒業。高校時代に日本民主青年同盟に加盟した。北大歯学部卒業後、歯科医院勤務を経て、1979年に八丈町・八丈島で歯科医院を開業した。1983年、足立区で蒲原(かばら)歯科診療所を開業。訪問歯科医療を先駆的に取り組んだ。 1996年、無所属(日本共産党・新社会党推薦)で足立区長選挙に出馬。
山崎 摩耶(やまざき まや、1947年1月9日 - )は、日… 山崎 摩耶(やまざき まや、1947年1月9日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、国民民主党北海道連代表、日本看護協会理事などを務めた。 日本看護協会は旧来より、傘下の政治団体である日本看護連盟を通して自由民主党を支持する団体であり、協会の幹部を日本看護連盟の推薦候補・自民党の公認候補として国政に輩出している(参議院議員の清水嘉与子・南野知惠子、衆議院議員の阿部俊子・能勢和子など)。山崎は、これらの議員と異なり、日本看護連盟の推薦を受けておらず、個人としての立候補である。
中島 興世(なかじま こうせい、1946年8月3日 - )は… 中島 興世(なかじま こうせい、1946年8月3日 - )は、日本の元政治家。第6代恵庭市長(1期)、恵庭市議会議員(1期)を歴任した。 樺太生まれ。恵庭市立恵北中学校、北海道恵庭南高等学校、北海道大学法学部卒業。1977年、恵庭市役所に入所。恵庭RBパーク交流研修室長(出向)、職員課長、農政課長、北海道自治研修センター教授、図書館長などを歴任。図書館長だった2000年に東京都杉並区に次いでブックスタートを開始した。 2003年4月、恵庭市議会議員にトップ当選で就任。 2005年11月13日に行われた恵庭市長選挙に出馬。自由民主党の推薦を受けた現職の黒氏博実を破り初当選した(中島:18,146票、黒氏:13,971票)。
寺島 光一郎(てらしま こういちろう、1944年4月30日 … 寺島 光一郎(てらしま こういちろう、1944年4月30日 - )は、日本の政治家。元北海道乙部町長。 乙部町出身。北海道札幌南高等学校、北海道大学農学部卒業。その後農林省入庁。1983年5月、北海道乙部町長当選。以後、9期連続当選。2007年、全国町村会副会長就任。2期目以降の8回の当選はすべて無投票当選であり、個人の長期無投票当選としては元石川県根上町長の森茂喜(森喜朗の父)に次ぐ記録である。2019年の選挙には出馬せず、引退を表明。 2009年10月30日、鳩山由紀夫内閣下で総務省顧問に就任した。 後任町長となった寺島努とは、同姓だが血縁関係はない。
小原 豊明(おばら とよあき、1940年(昭和15年)9月1… 小原 豊明(おばら とよあき、1940年(昭和15年)9月19日 - )は、日本の政治家・元官僚。元二戸市長。 岩手県二戸市出身。1963年(昭和38年)北海道大学農学部卒。1963年(昭和38年)厚生省に入省。同省国立公園部レンジャーを経て、1978年(昭和53年)環境庁設立の参画に加わり、同庁大気保全局に入局。1988年同庁同局課長、1991年(平成3年)同庁同局国立公園課長を務めたのち退職。 1992年(平成4年)二戸市長選に出馬し、当時の現職市長國分保男との一騎討ちによる選挙戦を制し初当選を果たす。以来、2006年(平成18年)1月1日に浄法寺町との新設合併により新たな二戸市が誕生するまでの間に4期連続で当選(うち2回は無投票)し、合併直後の2006年1月29日の市長選でも対立候補の元県議であった工藤篤を破って当選し新市の初代市長となり、2010年(平成22年)1月に当時の副市長小保内敏幸に市長を譲り、勇退するまで旧二戸市時代も含め計5期約18年に渡り市長を務めた。
藤原 弘(ふじわら ひろし、1936年 <昭和11年> 11… 藤原 弘(ふじわら ひろし、1936年 <昭和11年> 11月16日 - 2009年 <平成21年> 6月6日)は、日本の政治家、元地方公務員。北海道根室市市長(1998年-2006年)。旭日小綬章受章者。位階は正六位。 埼玉県出身、埼玉県立熊谷高等学校卒、北海道大学水産学部卒。 1959年(昭和34年)- 北海道庁に入庁する。1980年(昭和55年)- 同庁後志支庁水産課長に就任する。 1985年(昭和60年)- 同庁水産部漁政課長就任にする。1988年(昭和63年)- 同庁水産部技監に就任する。 1989年(平成元年)- 同庁根室支庁長に就任する。1991年(平成3年)- 同庁水産部長に昇格する。
鰐淵 俊之 (わにぶち としゆき、1936年11月1日 - … 鰐淵 俊之 (わにぶち としゆき、1936年11月1日 - 2005年3月28日)は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)、元釧路市長(5期)。
小山 健一(こやま けんいち、1936年(昭和11年)7月4… 小山 健一(こやま けんいち、1936年(昭和11年)7月4日 - 2017年(平成29年)2月24日)は、日本の政治家、地方公務員。北海道北見市出身。1959年(昭和34年) 北海道大学農学部卒。北海道北見市長(1995年 - 1999年)。 1959年(昭和34年)北見市役所に入り、総務部総務課に配属。1985年(昭和60年)同市衛生部長。1987年(昭和62年)同市農務部長、1991年(平成3年)同市都市住宅部長に就任。北見市役所を退職し、1995年(平成7年)北見市長選挙に出馬し現職市長の久島正を破って初当選するも1999年(平成11年)に新人の神田孝次に敗れ落選した。2000年北海学園北見大学商学部客員教授(地方自治論、農業政策)。
堀 達也(ほり たつや、1935年11月22日 - )は、日… 堀 達也(ほり たつや、1935年11月22日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。1995年から北海道知事(公選第13・14代)2期8年務めた。北海学園元理事。札幌大学前理事長。北海道開拓記念館(現・北海道博物館)元館長。北海道スポーツ協会会長。 樺太敷香郡泊岸村出身。網走支庁遠軽町で育つ。1954年、遠軽高校卒業。1958年、北海道大学農学部林産学科を卒業し、北海道庁に入庁。初任地は網走支庁上渚滑林業指導事務所であった。 林務部、北海道大阪事務所、秘書課長、生活環境部次長、土木部次長、知事室長、北海道公営企業管理者、横路孝弘の下で副知事などの職を経て、1995年に北海道知事選に無所属(新進党・日本社会党・公明・民社協会推薦)で出馬し、伊東秀子を破って初当選する。
小山 邦武(こやま くにたけ、1935年(昭和10年)11月… 小山 邦武(こやま くにたけ、1935年(昭和10年)11月7日 - )は、日本の政治家、農学者、酪農家、起業家。専門は畜産学。長野県飯山市長(1990年-2002年)。 長野県小諸市出身。1959年(昭和34年)北海道大学農学部畜産学科卒。1959年(昭和34年)酪農学園大学酪農学部助手の後、アメリカのイリノイ大学大学院修士課程修了し修士号を取得。再び酪農学園大学に戻り、同酪農学部専任講師。1969年(昭和44年)農畜産業振興実践のため酪農学園大学を退職し、長野県飯山市藤沢地区に入植。同地区にあった実験農場を譲り受け、乳牛などの酪農経営を始める。 その後、酪農家をする傍ら、飯山市農業委員会会長や飯山市自然保護審議会会長などを務める。
上野 晃(うえの あきら、1934年12月20日 - )は、… 上野 晃(うえの あきら、1934年12月20日 - )は、日本の政治家。元北海道登別市長(5期)。 北海道小樽市出身。北海道小樽潮陵高等学校を経て、1957年北海道大学農学部卒業。1957年北海道庁に入庁。根室支庁産業課に勤務。1980年同庁後志支庁経済部長。1983年同庁農務部農政課長。その後、同庁胆振支庁長。 1988年7月21日、登別市長の中浜元三郎が、市役所で発生した汚職事件の責任をとるとして辞職。これに伴って8月28日に行われた登別市長選挙に選に立候補し初当選した。以後連続5期。 北海道市長会副会長や北海道市長会会長を歴任。2008年市の医療費助成事業で、市が委任払いした高額療養費約4500万円が回収困難となっている問題について、責任を取ること等を理由に引退した。
能勢 邦之(のせ くにゆき、1934年 - )は、日本の政治… 能勢 邦之(のせ くにゆき、1934年 - )は、日本の政治家・元官僚。北海道岩見沢市出身。北海道岩見沢西高等学校卒。北海道大学法学部卒。1959年同大学院法学研究科修士課程修了。北海道岩見沢市市長(1990年-2002年)。
斉藤 英二(齊藤、さいとう えいじ、1932年(昭和7年)1… 斉藤 英二(齊藤、さいとう えいじ、1932年(昭和7年)11月14日 - 2000年(平成12年)6月8日)は、日本の政治家・元地方公務員。北海道岩内郡岩内町出身。北海道大学法学部卒業。北海道石狩町町長(1994年-1996年)・北海道石狩市市長(1996年-1999年)。位階は正五位。勲四等瑞宝章。 北海道大学卒業後に、北海道庁に入庁。同庁住宅都市部長。北海道住宅管理公社理事長。恵庭リサーチ・ビジネス・パーク社長。1994年寺内靖治逮捕に伴い石狩町長選挙に出馬し、初当選。1996年市制に移行。1999年風邪で入院中転倒し背骨を骨折、悪化。任期半ばで市長辞任し、翌年、逝去。死没日付をもって正五位に叙され、勲四等瑞宝章を追贈された。
林 芳男(はやし よしお、1932年〈昭和7年〉6月15日 … 林 芳男(はやし よしお、1932年〈昭和7年〉6月15日 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道滝川市長(3期)。 砂川市出身。北海道大学農学部卒業。北海道日高支庁(現・日高振興局)長、林務部次長、林務部長を歴任した。1991年(平成3年)自民、社会、公明、民社の各党の推薦を受けて滝川市長選挙に立候補し、無投票で当選した。1995年(平成7年)にも当選した。 1999年(平成11年)の市長選は共産党推薦の新人との争いになったが、自民、民主、公明、自由の各党の推薦を受け立候補し、3選を果たした。 ※当日有権者数:-人 最終投票率:-%(前回比:-pts) 2003年(平成15年)4月26日に引退。
斉藤 節(さいとう まこと、1930年(昭和5年)11月3日… 斉藤 節(さいとう まこと、1930年(昭和5年)11月3日 - 2004年(平成16年)12月19日)は、日本の政治家・化学者。創価大学名誉教授。元衆議院議員(3期)。 北海道出身。1953年(昭和28年)北海道学芸大学(現在の北海道教育大学)卒。北海道大学大学院理学研究科修士課程修了。1958年(昭和33年)同大学院理学研究科博士課程中退。高等学校理科教諭、東北大学教養部助教授、富山大学教養部教授、創価大学工学部教授を経て、1983年(昭和58年)に東京都第11区より公明党公認で出馬。第37回衆議院議員総選挙で初当選。以後連続3期。内閣委員会委員などを務めた。1993年(平成5年)第40回衆議院議員総選挙には出馬せず、引退した。
桂 信雄(かつら のぶお、1930年10月18日[要出典] … 桂 信雄(かつら のぶお、1930年10月18日[要出典] - 2020年11月16日)は、日本の政治家。元札幌市長(在任1991年 - 2003年、3期)。 1931年(昭和6年)、北海道札幌市に生まれる。札幌市立山鼻小学校、北海道立札幌第二高等学校(現:北海道札幌西高等学校)卒業。北海道大学法経学部を卒業後、札幌市役所に就職。札幌市役所では、施設局市街地開発部長、総務局財政部長、北区長、企画調整局長、教育長を歴任。1983年6月、札幌市助役に着任。 1991年、自民党・社会党・公明党・民社党の推薦を得て、札幌市長選挙に立候補。共産党推薦候補などに大差をつけて当選。初の札幌生まれの市長となる。
高秀 秀信(たかひで ひでのぶ、1929年(昭和4年)8月1… 高秀 秀信(たかひで ひでのぶ、1929年(昭和4年)8月18日 - 2002年(平成14年)8月29日)は、日本の政治家、官僚。従三位勲一等瑞宝章。 横浜市長(第25・26・27代)、全国市長会会長(第24代)、水資源開発公団総裁、建設事務次官を歴任。 北海道夕張郡夕張町(現:夕張市)出身。北海道立夕張中学校から北海道大学工学部土木工学科を卒業後、1952年に建設省に入省。建設事務次官を経て、1986年には水資源開発公団の総裁に就任した。 1990年2月15日、横浜市長の細郷道一が任期中に病死。細郷の死去に伴い4月8日に行われた市長選に、自民党幹事長在任中の小沢一郎や自民党の派閥で当時最大最強の経世会会長金丸信の後押しを受けて立候補。
岩本 政光(いわもと まさみつ、1929年(昭和4年)4月1… 岩本 政光(いわもと まさみつ、1929年(昭和4年)4月15日 - 2014年(平成26年)7月5日)は、日本の実業家、政治家。参議院議員(自民党)。 北海道札幌郡豊平町石山(現札幌市南区石山)生まれ。北海中学校を経て北海道大学工学部土木科を卒業した。学生時代からスキーの製作を手がけ、そのまま実業界へと入る。1960年(昭和35年)にタクシー業の東洋交通を設立した。父・政一の選挙活動を手伝ううちに、政界を志すようになる。北海道議会議員を2期務めたのち、1980年(昭和55年)の第12回参議院議員通常選挙で自民党から立候補、初当選を果たし参議院議員を2期務めた。 1990年(平成2年)にクモ膜下出血で倒れた。
葉梨 信行(はなし のぶゆき、1928年12月16日 - )… 葉梨 信行(はなし のぶゆき、1928年12月16日 - )は、日本の政治家。元自由民主党衆議院議員。北海道大学大学院理学系研究科修士課程修了。東京都出身。父は衆議院議員を務めた葉梨新五郎。三女の夫は衆議院議員の葉梨康弘。
板谷 実(いたや みのる、1928年〈昭和3年〉8月23日 … 板谷 実(いたや みのる、1928年〈昭和3年〉8月23日 - 2011年〈平成23年〉11月30日)は、日本の政治家、実業家。北海道苫小牧市長を経て、北海道議会議員(5期)。 北海道苫小牧市出身。実家は「千鳥屋商店」(現・千鳥屋板谷商店)を営み、北海道苫小牧中学校(現北海道苫小牧東高等学校)、海軍兵学校(77期)を経て、1949年(昭和24年)北海道大学農学部農芸化学科を卒業。理学博士。 北大卒業後富士紡績に入社し東京本社科学研究所などに勤務、在京時の1959年(昭和34年)に結婚し3児をもうける。その後新富士エンジンや北海道炭礦汽船に出向の後1972年(昭和47年)に苫小牧へ戻り、岩倉組土建取締役常務を経て、1983年(昭和58年)苫小牧市長選挙で苫小牧市長に初当選するも、次の1987年(昭和62年)市長選挙で鳥越忠行に敗れた。
稲村 稔夫(いなむら としお、1928年(昭和3年)8月16… 稲村 稔夫(いなむら としお、1928年(昭和3年)8月16日 - 2000年(平成12年)3月12日)は、日本の教育者、政治家。参議院議員、新潟県三条市長。 東京都出身。1948年(昭和23年)北海道大学農林専門部を卒業。同年5月、北海道虻田郡倶知安町立倶知安中学校教諭、1950年(昭和25年)北海道歌志内高等学校教諭を歴任し、日本教職員組合でも活動した[要出典]。 その後、日本社会党本部書記に転じ、同党中央本部農民部副部長などを務め、沖縄返還要求運動、原水爆禁止運動、農民運動などを担当。1969年(昭和44年)父の出身地の三条市に移り、新潟県本部書記次長、日本農民組合新潟県連役員などに在任。