赤羽 学(あかばね まなぶ、あかはね まなぶ、1928年11… 赤羽 学(あかばね まなぶ、あかはね まなぶ、1928年11月30日 - 2021年4月6日[要出典])は、日本の国文学者。岡山大学名誉教授。 長野県松本市生まれ。1953年東北大学文学部国文科卒業、1957年同大学院修士課程修了。1972年「芭蕉俳諧の精神」で、文学博士(東北大学)の学位を取得。岡山大学法文学部助教授、文学部教授、1995年定年退官、名誉教授、安田女子大学教授。1971年文部大臣賞受賞。。 日本文学における伝誦過程、芭蕉を通して見られる日本文芸の理念および現代に及ぼした影響を研究する。 2009年4月瑞宝中綬章受章。 谷川健一が主宰した同人誌 青にエッセイを記載している。
早坂 祥三(はやさか しょうぞう、1928年11月17日 -… 早坂 祥三(はやさか しょうぞう、1928年11月17日 - 2007年12月26日)は、日本の地質学者・古生物学者、鹿児島大学第8代学長・名誉教授。理学博士。鹿児島湾(錦江湾)をはじめとする地域地質研究のほか、航海調査による南海洋での生物総合調査、オウムガイ研究などに寄与した。 日本統治時代の台湾出身。父は古生物学者・地質学者で台北帝国大学理農学部教授の早坂一郎(後に島根大学学長、日本地質学会会長)。 1949年旧制第二高等学校理科卒業。東北大学理学部地質学古生物学科を卒業し、1952年に東北大学助手となる。論文「愛知県渥美半島の地質学的並びに古生物学的研究」により、1961年3月17日に東北大学から理学博士の学位を授与される。
菅野 喜八郎(かんの きはちろう、1928年10月3日 - … 菅野 喜八郎(かんの きはちろう、1928年10月3日 - 2007年7月13日)は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(東北大学・1970年)(学位論文「憲法改正限界論についての若干の考察」)。東北大学名誉教授。宮城県仙台市生まれ。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
森泉 章(もりいずみ あきら、1928年9月24日 - 20… 森泉 章(もりいずみ あきら、1928年9月24日 - 2007年1月26日)は、日本の法学者。専門は民法・金融法・団体法・不動産法。学位は法学博士(東北大学・1966年)(学位論文『権利能力なき社団に関する研究』)。青山学院大学名誉教授。弁護士。中川善之助門下。 長野県小県郡丸子町(現上田市)生まれ。長野県立上田中学校などを経て、1951年に東北大学法学部を卒業する。 1954年静岡大学法経短期大学部助教授、1957年福島大学経済学部教授を務め、1968年青山学院大学法学部教授として民法の講義を長年していた。1979年学部長。その後、駿河台大学法学部教授、関東学院大学法科大学院教授を歴任し、生涯現役で教育・研究に従事した。
木田 元(きだ げん、1928年9月7日 - 2014年8月… 木田 元(きだ げん、1928年9月7日 - 2014年8月16日)は、日本の哲学者、翻訳家。専攻は西洋哲学史、現象学の研究。中央大学名誉教授。 モーリス・メルロー=ポンティ、エドムント・フッサール等の、20世紀ヨーロッパ思想で著名な哲学者の代表作を平易な日本語に訳した。ハイデガーの研究でも知られる。 新潟県新潟市生まれ、本籍地は山形県最上郡東小国村(現在は最上町)。 3歳のとき一家で満洲・新京に渡る。新京第一中学校(戦時体制のため4年で繰り上げ卒業)を経て、1945年(昭和20年)海軍兵学校に入学(78期)。同年8月6日、江田島で水泳の訓練中、原爆投下を広島市側の海岸で目撃。8月15日に日本が終戦を迎えると軍海軍兵学校では生徒たちに帰宅の指示が出たが、満州出身であったため本土にいる親戚もよくわからず困っていたところ、教官が自身の佐賀の実家へ行くよう指示してくれる(教官は兵学校での残務処理に残った)。
松谷 健二(まつたに けんじ、1928年8月12日 - 19… 松谷 健二(まつたに けんじ、1928年8月12日 - 1998年2月9日)は、日本のドイツ文学研究家、翻訳家、作家。元山形大学教授。 1928年、東京市(現大田区)に生まれ、幼少年時代をここで過ごす。東京外国語大学を経て1953年に東北大学文学部ドイツ文学科卒業。 1959年、初出版は『文学における彼岸表現の研究』内の論文「北歐の彼岸表象」。 1971年、「宇宙英雄ペリー・ローダン」シリーズの第1巻『スターダスト計画』が刊行される。1974年に山形大学を退職。 1998年、肝硬変のため山形県の病院で死去。享年69。
藤沢 友吉郎(ふじさわ ともよしろう、1928年7月26日 … 藤沢 友吉郎(ふじさわ ともよしろう、1928年7月26日 - )は、日本の経営者、薬学博士。藤沢薬品工業社長、会長を務めた。 大阪府大阪市出身。1953年に東北大学理学部化学科を卒業し、同年に藤沢薬品工業に入社。1970年11月に取締役に就任し、1972年11月に常務を経て、1976年6月に副社長に就任し、1978年1月には社長に昇格。1992年6月に会長に就任し、1998年6月に取締役相談役を経て、2005年4月からアステラス製薬相談役を務めた。 1993年11月に藍綬褒章を受章し、2002年11月に勲二等瑞宝章を受章。
正宗 悟(まさむね さとる、1928年7月4日 - 2003… 正宗 悟(まさむね さとる、1928年7月4日 - 2003年11月9日)は、日本出身のアメリカ合衆国の生化学者。マサチューセッツ工科大学名誉教授。専門は生化学。ロバート・バーグマンとともに正宗・バーグマン環化を発見した。 福岡市出身。旧制仙台第二中学校(現・宮城県仙台第二高等学校)を経て、1952年東北大学卒業。フルブライト奨学金でカリフォルニア大学バークレー校に留学し、1957年にPh.D.を取得。ウィスコンシン大学で博士研究員となった後、メロン工業所(現・カーネギーメロン大学)で研究員として勤務する。1964年アルバータ大学に移り、1967年に教授に昇進した。1978年にマサチューセッツ工科大学の教授となり、多くの有機化学者を育てた。
宮 次男(みや つぎお、1928年6月2日 - 1994年2… 宮 次男(みや つぎお、1928年6月2日 - 1994年2月20日)は、日本の美術史家。専門は日本中世絵画史。 三重県出身。東北大学文学部卒。東京国立博物館、東京国立文化財研究所勤務。1960年「醍醐寺五重塔の壁画」(共同研究)で学士院恩賜賞受賞。77年「金字宝塔曼陀羅の研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。東京国立文化財研究所情報資料部長、87年実践女子大学教授。
泉 久雄(いずみ ひさお、1928年4月14日 - 2017… 泉 久雄(いずみ ひさお、1928年4月14日 - 2017年4月29日)は、日本の法学者。専門は民法・家族法。専修大学名誉教授。法学博士(東北大学)。中川善之助門下。弟子に家永登(専修大学教授)、高橋敏(国士舘大学教授)、小野憲昭(北九州市立大学教授)、久々湊晴夫(北海学園大学教授)など。 宮城県伊具郡角田町出身。旧制山形高等学校卒業。1951年東北大学法学部卒業。東北大学法学部助手を経て、1954年専修大学法学部助教授。1961年専修大学法学部教授。1963年「相続人の責任に関する研究」にて東北大学にて法学博士受く。1972年(昭和47年)東京家庭裁判所参与。1983年(昭和58年)専修大学法学部長。
井関 正昭(いせき まさあき、1928年1月25日 - 20… 井関 正昭(いせき まさあき、1928年1月25日 - 2017年10月6日)は、日本の美術史家。東京都庭園美術館名誉館長。西洋・日本近代美術史専攻。 横浜市生まれ。1950年東北大学法文学部美学美術史学科卒。1956年、白柳美彦らの同人誌『カタルシス』に参加。国際文化振興会、1984年ローマ日本文化会館館長、在イタリア日本大使館公使、1988−1994年北海道立近代美術館館長。1989年−1997年明星大学日本文化学部生活芸術学科主任教授。1997年東京都庭園美術館館長。2016年同美術館名誉館長。 2009年秋、旭日小綬章受勲。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
川崎 健(かわさき つよし、1928年1月10日- 2016… 川崎 健(かわさき つよし、1928年1月10日- 2016年9月12日)は、日本の水産資源学者。東北大学名誉教授。専門は水産海洋学。農学博士(東北大学、1961年3月)。(社)東北建設協会漁業調査アドバイザー、気候影響・利用研究会顧問、日本科学者会議代表幹事、那珂川関係漁業協同組合協議会の設置した「那珂川の魚類・生態系影響評価委員会」委員長などを歴任。レジーム・シフト理論を発見、展開したことから「レジーム・シフトの父」と呼ばれる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鈴木 光男(すずき みつお、1928年1月1日 - 2022… 鈴木 光男(すずき みつお、1928年1月1日 - 2022年11月2日)は、日本の経済学者。専門はゲーム理論、日本の第一人者として中村健二郎ら有数の研究者を育てるとともに、『ゲーム理論入門』などの著書を残した。学位は、経済学博士(東北大学)。東京工業大学名誉教授。東京工業大学教授(工学部社会工学科、理学部情報科学科)、東京理科大学教授(工学部経営工学科、経営学部)を歴任。学徒勤労動員の著書でも知られる。瑞宝中綬章受章者(2013年)。 福島県石川郡石川町出身。3人の兄がいたが長兄と三兄は鈴木光男が生まれる前に夭逝し、次兄も鈴木が5歳の時亡くなっている。1943年4月、石川町立尋常小学校に入学する。
佐々木 欽三(ささき きんぞう、1928年 - )は、NHK… 佐々木 欽三(ささき きんぞう、1928年 - )は、NHKプロデューサー、広報事業局長。 宮城県大崎市生まれ。宮城県古川高等学校、東北大学文学部哲学科卒業。NHKに入局。 「新日本紀行」、「日本の素顔」など多くのドキュメンタリーを制作。とりわけ志賀直哉、三島由紀夫、荒木貞夫、スカルノなど、昭和史の人びととの接点が多かった。人事本部主幹、広報事業局長を務めた。
境 正一郎(さかい しょういちろう、1928年 - )は、日… 境 正一郎(さかい しょういちろう、1928年 - )は、日本の数学者。公益財団法人川井数理科学財団前理事長。専門は作用素環論。 1928年 栃木県鹿沼市生まれ。1953年 東北大学卒業、1961年 東北大学にて博士号を取得。1960年から1964年まで早稲田大学の教員を務めた後、ペンシルバニア大学に移り1966年から1979年まで教授の職にあった。また1997年に退職するまで日本大学文理学部教授を務めていた。退職後は東北大学理学部内にある数理科学振興のための公益財団法人川井数理科学財団の理事長を務めた。 主な業績は「作用素環論における微分論とその応用」である。「ノイマンが数学の一分野として確立した作用素環論は、荒木不二洋、境正一郎、竹崎正道、冨田稔など日本人の著しい活動とアラン・コンヌやヴォーン・ジョーンズらの研究によりさらに発展した」と言われている。
中村 晃(なかむら あきら、1928年 - )は、日本の歴史… 中村 晃(なかむら あきら、1928年 - )は、日本の歴史小説作家。山形県寒河江市生まれ。東北大学文学部哲学科卒業。山形市芸術文化協会理事。 1986年(昭和61年)直江兼続の軍略と生涯を描いた『大軍師直江山城守』にてデビュー。主に史実に取材した歴史小説を手掛ける。『量の次代』『諸行無常の歌』で青鷗賞準賞受賞。明治以降の政治家・軍人の生涯を描いた小説作品が多く、古典作品の現代語訳も手掛ける。 ※ 単行本の刊行順に記す。
中村 晃(なかむら あきら、1928年 - )は日本の歴史小… 中村 晃(なかむら あきら、1928年 - )は日本の歴史小説作家。山形県寒河江市生まれ。東北大学文学部卒業。
富田 虎男(とみた とらお、1928年 - 2016年6月1… 富田 虎男(とみた とらお、1928年 - 2016年6月11日)は、アメリカ史学者、立教大学名誉教授。 1952年東北大学文学部西洋史学科卒。1961年東京大学アメリカ研究センター助手、立教大学助教授、教授、1994年定年退任、名誉教授。 日本初のネイティブの公式英語教師で、聖公会会員でもあったラナルド・マクドナルドの研究を進め、その成果を1979年に『マクドナルド「日本回想記」―インディアンの見た幕末の日本―』として発刊した。その後、新しい資料を元に書き換え、1981年に補訂版、2012年に再訂版を発刊している。 マクドナルドを研究する「日本マクドナルド友の会」の会長も務め、マクドナルドが上陸した利尻島野塚岬にあるマクドナルド顕彰碑と彼を描いた小説「海の祭礼」の作者である吉村昭文学碑の建立を進め、1996年10月23日の除幕式では祝文を捧げた。
佐藤 昌一郎(さとう しょういちろう、1927年 <昭和2年… 佐藤 昌一郎(さとう しょういちろう、1927年 <昭和2年> 12月10日 - 2010年 <平成22年> 8月25日)は、日本の政治家。元山形県村山市長(5期)。位階は従四位。勲四等旭日小綬章。 山形県出身。1951年、東北大学農業経営学科卒。NHKに入り、報道部勤務を経て、宮崎、山形の各放送局長、中央研究所教授を務める。1980年の第12回参議院議員通常選挙において山形県選挙区から野党系候補として無所属で立候補したが落選した。1982年に村山市長選挙に立候補して初当選し、5期務めた。2010年死去。死没日付をもって従四位に叙された。
津田 淳(つだ じゅん、1927年11月4日 - )は、日本… 津田 淳(つだ じゅん、1927年11月4日 - )は、日本の哲学者、茨城大学名誉教授。 北海道生まれ。東北大学文学部哲学科卒、同大学院博士課程満期退学。茨城大学教育学部助教授、教授。91年定年退官、名誉教授、中央学院大学教授。キリスト教哲学を研究した。
松本 昌次(まつもと まさつぐ、1927年10月9日-201… 松本 昌次(まつもと まさつぐ、1927年10月9日-2019年1月15日)は、日本の編集者、出版者。 東京都生まれ。東北大学文学部英文科卒。高校教師等を経て1953年から83年まで未來社に勤務。83年、影書房を創業した。 2019年1月15日、腎臓がんのため、埼玉県狭山市の病院で死去。91歳没。 未來社で全7巻の『金日成著作集』(同刊行委員会編訳、1970〜1981)を刊行。日本語版の翻訳と編集は、朝鮮総連の刊行委員会によって行われ、未来社側は独自の編集権を放棄し、介入不可能だったという。当時、第1副議長だった金炳植が、日本の出版社から日本語版が出ることの意味を重んじて企画を持ち込んだ。この出版によって、経済的に苦しかった未來社は支えられたという。
金沢 規雄(かなざわ のりお、1927年9月15日 - )は… 金沢 規雄(かなざわ のりお、1927年9月15日 - )は、日本の国文学者、宮城教育大学名誉教授。 福島市生まれ。本籍・仙台市。海軍兵学校在学。1950年東北大学文学部国文科卒業。同大学院博士課程中退、宮城県第二女子高等学校教諭、宮城県仙台第一高等学校教諭、東北大学講師、宮城教育大学助教授、教授、図書館長をへて92年定年退官、名誉教授、山形女子短期大学教授。近世俳諧、特に『奥の細道』が専門。
島 桂次(しま けいじ、1927年8月30日 - 1996年… 島 桂次(しま けいじ、1927年8月30日 - 1996年6月23日)は、日本のジャーナリスト。第15代日本放送協会(NHK)会長、元NHK政治部記者。 栃木県上都賀郡足尾町(現在の日光市足尾町)出身。旧制宇都宮中学、旧制新潟高校を経て、海軍兵学校2年生の時に終戦。東北大学文学部美学科卒業後、1952年4月NHKに入局。初任地はNHK盛岡放送局。政治部記者となり池田勇人の総理番記者となり、その後、宏池会を担当。1973年、ニュースセンター次長となり、1973年9月に放送総局副総局長の堀四志男の指示の下、報道番組部長として、1974年4月『ニュースセンター9時』、1976年4月に『NHK特集』をスタートさせる。
横田 綾二(よこた りょうじ、1927年(昭和2年)7月14… 横田 綾二(よこた りょうじ、1927年(昭和2年)7月14日 - 2017年(平成29年)6月17日)は、日本共産党岩手県議会議員(6期) 。盛岡市議会議員(1期) 。位階は従五位。旭日小綬章。 岩手県岩手郡米内村(現在の盛岡市)に無産運動家の横田忠夫とチエ(のち岩手県議)の子に生まれる。一家はその後、盛岡市に移る。盛岡市立仁王小学校を経て、旧制盛岡中学(現在の岩手県立盛岡第一高等学校)に入る。在学中に父忠夫が死去する。盛岡中学を3年で中退。仙台市にある私立南光学園東北中学校(現在の東北高等学校)に編入し、同校を卒業する。卒業後は仙台工業専門学校(現在の東北大学工学部)に入る。在学中は日本社会党に入り、同校生徒自治会総合委員長、社会党宮城県連常任書記となる。
夏目 晴雄(なつめ はるお、1927年〈昭和2年〉7月10日… 夏目 晴雄(なつめ はるお、1927年〈昭和2年〉7月10日 - 2016年〈平成28年〉9月21日)は、日本の防衛官僚。防衛事務次官、防衛大学校長。 長野県出身。特別調達庁(後の防衛施設庁)を経て、防衛庁へ出向。防衛官僚としてベレンコ中尉亡命事件(ミグ25事件)、大韓航空機撃墜事件などの対処に当たる。 2008年(平成20年)10月31日に田母神俊雄航空幕僚長が更迭された際、新聞に『いつか来た道、歩き始めた』という記事を投稿。この中で「制服組が思い上がりとも思える自信過剰になってきた」、「制服を容易に政治に直轄させてはならない」などと述べて処分を肯定したほか、背広・制服組の統合に対し否定的見解を示した。
片野 達郎(かたの たつろう、1927年6月23日 - 20… 片野 達郎(かたの たつろう、1927年6月23日 - 2015年5月11日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(東北大学・1976年)(学位論文「平安・鎌倉時代における文芸と絵画の相関性の研究」)。東北大学名誉教授。 神奈川県鎌倉市小町出身。東北大学国文科卒、同大学院博士課程中退、東北大学教養部助教授、教授、1976年「平安・鎌倉時代における文芸と絵画の相関性の研究」で東北大学より文学博士の学位を取得。91年定年退官、名誉教授、いわき明星大学教授、2001年退職。中世和歌が専門。長男は片野道郎。
佐藤 誼(さとう よしみ、1927年5月28日 - 2021… 佐藤 誼(さとう よしみ、1927年5月28日 - 2021年3月2日)は、日本の政治家、教諭。山形県高校教職員組合執行委員長を経て、衆議院議員を3期務めた。1998年勲三等旭日中綬章受章。 山形県鶴岡市出身。山形師範学校、東北大学を卒業。山形県立鶴岡工業高等学校教諭、県高校教職員組合執行委員長等を歴任。1971年・1974年・1977年の参院選落選を経て、1979年の第35回衆議院選挙で旧山形2区から、安宅常彦の引退を受け日本社会党公認で立候補。トップ当選した自由民主党の加藤紘一に400票弱に迫る僅差で、初当選。以後当選3回。 旧山形2区は、1967年の第31回衆議院選挙以降、定数4議席を自由民主党と野党(日本社会党、社会民主連合)とで2議席ずつ分け合ってきたが、1986年の公職選挙法の部分改正による8増7減で減員区となった。
遠藤 進之助(えんどう しんのすけ、1927年5月24日 –… 遠藤 進之助(えんどう しんのすけ、1927年5月24日 – 1955年8月31日)は、日本の歴史家。 岩手県岩手郡寺田村(西根村、西根町を経て、現在の八幡平市)に生まれる。岩手師範学校本科に進学し、森嘉兵衛に学ぶ。1948年に同校を卒業し、東北大学法文学部に進学。古田良一、豊田武に師事し、日本史を専攻する。1951年に同大学を卒業し、大学院特別奨学生となり、1955年に東北大学文学部東北文化研究室員となる。幕末維新期の東北史を中心に、幕藩体制の成立と変質崩壊過程の研究に取り組むも、急逝した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
田邊 英蔵(たなべ えいぞう、1927年5月22日 - 20… 田邊 英蔵(たなべ えいぞう、1927年5月22日 - 2019年1月22日)は、日本の実業家。元後楽園スタヂアム(現・東京ドーム)副社長、熱海後楽園社長、文教大学国際学部教授。 父の田邊 宗英は帝国拳闘協会会長、株式会社後楽園スタヂアム(現・東京ドーム)第4代社長、日本ボクシングコミッション(JBC)初代コミッショナー。株式会社よみうりランド初代社長。新東宝社長。 1927年(昭和2年)東京で生まれる。東北大学卒業。スキューバダイビングの草分け的存在で、ダイビングへ行くための「母艦」として1963年、日本初のダイビング用ヨット「蒼竜」を建造。その活動の日々を「きゃびん夜話」としてヨット、モーターボートの専門誌「舵(KAZI)」に21年間連載。
板橋 興宗 (いたばし こうしゅう、1927年(昭和2年)5… 板橋 興宗 (いたばし こうしゅう、1927年(昭和2年)5月20日 - 2020年(令和2年)7月5日)は、日本の曹洞宗の僧侶。大本山總持寺貫首(獨住第二十三世、閑月即眞禅師、雲海興宗大和尚)、曹洞宗管長。總持寺祖院住職。大乗寺七十世。瑞洞院二十六世。御誕生寺三世中興。宮城県多賀城市出身。 1927年(昭和2年)、宮城県多賀城市の農家の長男に生まれる。海軍による買い上げに遭い、塩竈市に移住。旧制仙台第一中学校を経て1944年(昭和19年)に海軍兵学校76期舞鶴分校機関科に入校。敗戦後、栄養失調により肋膜炎で入院。退院後、仙台工業専門学校に入るも退学し、1949年(昭和24年)に新制東北大学文学部宗教学科に第1期生として進学、石津照璽に師事。
北 杜夫(きた もりお、本名:斎藤 宗吉〈さいとう そうきち… 北 杜夫(きた もりお、本名:斎藤 宗吉〈さいとう そうきち〉、1927年〈昭和2年〉5月1日 - 2011年〈平成23年〉10月24日)は、日本の小説家、エッセイスト、精神科医、医学博士。位階は従四位。 祖父は医師で政治家の斎藤紀一。父は紀一の養子で、歌人で医師の斎藤茂吉。兄はエッセイストで精神科医の斎藤茂太。娘はエッセイストの斎藤由香。 東北大学医学部を卒業。精神科医のかたわら、『文藝首都』に参加。水産庁調査船の船医の体験をユーモラスに描いた『どくとるマンボウ航海記』(1960年)で好評を得、以後「どくとるマンボウ」ものを次々に発表した。 『夜と霧の隅で』(1960年)で芥川賞を受賞。『楡家の人びと』(1964年)は、近代における最初の市民小説と高く評価された。
栗村 恒治(くりむら つねじ、1927年4月1日 - )は、… 栗村 恒治(くりむら つねじ、1927年4月1日 - )は、日本の経営者。澁澤倉庫社長を務めた。 福島県出身。1951年に東北大学経済学部を卒業し、同年に第一銀行に入行。オリエントファイナンス副社長を経て、1985年6月に澁澤倉庫副社長に就任し、1991年6月には社長に昇格。1995年6月に会長を経て、、1996年6月には顧問に就任。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
小田嶋 成和(おだしま しげよし、1927年3月18日 - … 小田嶋 成和(おだしま しげよし、1927年3月18日 - 1980年2月7日)は、日本の病理学者、専門は実験腫瘍学、特に化学物質による発がん研究。宮城県仙台市出身。倫理学者・白井成允の三男。 日本癌学会理事、日本病理学会評議員、日本食品衛生学会評議員、厚生省中央薬事審議会委員、食品衛生調査会委員などを歴任。
高松 和男(たかまつ かずお、1927年3月12日 - )は… 高松 和男(たかまつ かずお、1927年3月12日 - )は、日本の経営学者。 福島経済専門学校(1947年卒業、現・福島大学)を経て、1950年に東北大学経済学部(旧制)を卒業した。卒業後は、福島大学で講師を務めた後東北大学に移り、助教授を経て、教授に就任した。1962年「現代会計の原理 : 制度論的会計理論の展開」で東北大学から経済学博士の学位を取得した。1971年に初代創価大学学長となる。1984年に日本経営分析学会(現・日本経済会計学会)の初代会長に就任した。
坂野上 啓(さかのうえ けい、1927年2月16日 - 20… 坂野上 啓(さかのうえ けい、1927年2月16日 - 2007年9月21日)は、日本の経営者。中央信託銀行社長を務めた。 新潟県出身。1950年に東北大学法学部を卒業し、同年に東海銀行に入行。1962年6月に中央信託銀行に転じ、1975年11月に取締役に就任し、1978年12月に常務、1981年12月に専務、1985年6月に副社長を経て、1987年3月に社長に就任。1993年3月に会長に就任し、1995年6月に取締役相談役、1996年6月に相談役を経て、1999年6月から特別顧問を務めた。 2007年9月21日に脳出血のために死去。80歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
茂泉 昭男(しげいずみ てるお、1927年2月10日 - 2… 茂泉 昭男(しげいずみ てるお、1927年2月10日 - 2022年7月11日)は、日本の宗教学者。東北学院大学名誉教授。 新潟県出身。東北帝国大学文学部倫理学科卒業。1953年、東北学院大学助手、1955年、同大学講師、1958年、同大学助教授。62年論文「アウグスティヌスにおけるSYMBOLISM」で日本倫理学会・和辻哲郎賞受賞。1965年、東北学院大学教授となり、文学部基督教学科主任、大学図書館長を歴任。1986年「初期キリスト教神学における倫理と形成-アウグスティヌス研究」で東北大学文学博士。1994年定年退職、名誉教授。その後、嘱託教授を務めた。
滝沢 毅(滝澤、たきざわ たけし、1927年 <昭和2年> … 滝沢 毅(滝澤、たきざわ たけし、1927年 <昭和2年> 2月2日 - 2016年 <平成28年> 10月22日)は、日本の経営者。日本ゼオン社長、会長を務めた。位階は従四位。 神奈川県出身。1950年に東北大学経済学部を卒業し、同年に横浜ゴムに入社。1960年に日本ゼオンに転じ、1977年に取締役に就任し、1981年7月に常務、1984年11月に専務を経て、1987年6月には社長に就任。1993年6月に会長に就任し、1999年6月から相談役を務めた。 1991年11月に藍綬褒章を受章し、1998年11月に勲三等旭日中綬章を受章。 2016年10月22日舌がんのために死去。89歳没。死没日付をもって従四位に叙された。
白根 礼吉(しらね れいきち、1927年2月1日 - )は、… 白根 礼吉(しらね れいきち、1927年2月1日 - )は、日本の電気通信技術開発・研究者。 秋田県秋田市仲通町出身。1948年東北帝国大学理学部電気工学科を卒業。日本電信電話公社に入り、技術局調査役、データ通信本部普及開発部長、総括部長、副本部長などを経て、1975年電気通信科学財団理事長となる。1978年、郵政大臣表彰。多摩大学教授を務めた。
滝浦 静雄(たきうら しずお、1927年1月19日 - 20… 滝浦 静雄(たきうら しずお、1927年1月19日 - 2011年6月14日)は、日本の哲学者。東北大学名誉教授。 フランス及びイギリスの哲学を研究、メルロ=ポンティの翻訳を多く行った。 岩手県紫波郡紫波町出身。1951年、東北大学文学部哲学科卒業。1962年岩手大学助教授、1971年東北大学教授を経て、1985年東北大学文学部部長に就任。1989年定年退官、名誉教授。 その後岩手県立大学盛岡短期大学部学長、日本哲学会委員、日本現象学会委員などを務め、2005年秋に瑞宝中綬章受勲した。 2011年6月14日、胃癌のため宮城県仙台市内の病院で死去。84歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
寺田 文行(てらだ ふみゆき(ぶんこう)、1927年1月5日… 寺田 文行(てらだ ふみゆき(ぶんこう)、1927年1月5日 - 2016年3月3日)は、日本の数学者。早稲田大学名誉教授。静岡県出身。 東北帝国大学理学部数学科卒業。28歳で博士号を取得し、東北大学教養部助教授になる。1965年に早稲田大学理工学部数学科の教授に就任。数学科の主任も務めた。1991年、早稲田大学理工学部情報学科の設置に伴い情報学科の教授に就任。その傍ら代々木ゼミナール、C.A.P.特訓予備校(現・C.A.P.予備校 宮城県仙台市)などにも出講した。また、大学受験ラジオ講座講師も務めた。専門の数学書の他にも大学受験生向けの参考書「鉄則シリーズ」や、問題集を著した。 寺田の単項化定理を証明した。
岩脇 三良(いわわき さぶろう、1927年(昭和2年) - … 岩脇 三良(いわわき さぶろう、1927年(昭和2年) - )は、日本の心理学者。兵庫教育大学名誉教授。 高等学校在学中の1945年応召、1952年東北大学文学部心理学科卒、防衛大学校助教授、教授、中京大学教授、1972年「心理検査における回答の心理」で東北大学より文学博士の学位を取得。1980年兵庫教育大学教授、1992年定年退官、名誉教授、昭和女子大学生活機構研究科教授、同女性文化研究所長。
中名生 正昭(なかのみょう まさあき、1927年 - 202… 中名生 正昭(なかのみょう まさあき、1927年 - 2023年)は、日本の歴史家。 東北大学法学部卒業。読売新聞社経営計画委員会幹事会幹事代表、総合技術開発室長、編集委員を歴任、三菱重工業と提携し世界初のロボット輪転機RX、日立製作所と提携しニューメディア総合配信システムSUMMITの考案開発実用化に成功。東京読売サービス創立に参画、取締役企画制作本部長。日本マス・コミュニケーション学会会員。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
西山 良雄(にしやま よしお、1927年 - )は、日本の英… 西山 良雄(にしやま よしお、1927年 - )は、日本の英文学者、東北学院大学名誉教授。 宮城県石巻市出身。東北大学文学部英文科卒、同大学院博士課程中退、東北学院大学助教授、教授を務め、1998年定年、名誉教授。1991年「憂鬱の時代 文豪ジョン・ダンの軌跡」で東北学院大学文学博士。
板倉 勝高(いたくら かつたか、1926年11月13日 - … 板倉 勝高(いたくら かつたか、1926年11月13日 - 1994年1月10日)は、日本の経済地理学者。東北大学名誉教授。 東京生まれ。大名華族板倉氏の子孫。1952年東北大学経済学部卒、東京都立神代高等学校教諭。信州大学助教授。1967年「日本興業地域の形成」で東北大経済学博士。流通経済大学助教授、教授、1977年東北大理学部教授、1990年定年退官、信州短期大学教授。1994年1月10日、肝臓癌のため死去。 もっぱら地場産業を研究した。
栗原 康(くりはら やすし、1926年10月28日 - 20… 栗原 康(くりはら やすし、1926年10月28日 - 2005年12月7日)は、日本の生態学者。 静岡県出身。東北帝国大学理学部卒。東北大学理学部助教授、1961年「ミクロコスム構造の生物学的解析」で理学博士。1971年東北大教授。1989年定年退官、名誉教授。その後奥羽大学歯学部教授。2002年「生態系解析手法の研究とその環境保全への応用」で日本学士院エジンバラ公賞授賞。 2005年12月7日、肺癌のため死去。
廣中 俊雄(ひろなか としお、1926年10月23日 - 2… 廣中 俊雄(ひろなか としお、1926年10月23日 - 2014年2月24日)は、日本の法学者。広島県広島市出身。東北大学名誉教授。専門は民法、法社会学。ほか財産法、契約法。日本の公安警察も研究した。
浜田 晋(はまだ・すすむ 1926年10月23日 - 201… 浜田 晋(はまだ・すすむ 1926年10月23日 - 2010年12月20日)は、日本の精神科医。分裂病者と球遊びに関しての論文が注目された。市井の精神科医として評価され、著作も複数ある。
金子 才十郎(かねこ さいじゅうろう、1926年〈大正15年… 金子 才十郎(かねこ さいじゅうろう、1926年〈大正15年〉8月19日 - 2017年〈平成29年〉2月8日)は、日本の実業家。カネコ種苗株式会社代表取締役社長・会長・相談役、日本種苗協会会長、前橋商工会議所会頭、群馬県教育委員長などを務めた。3代目才十郎で、旧名は博(ひろし)。 祖父・初代金子才十郎は勢多郡南橘村上細井(現・前橋市上細井町)の農家に生まれ、1895年(明治28年)に農産物のタネの販売を始めた。父・2代才十郎(旧名・五郎)は初代才十郎の五男。太平洋戦争中に群馬県種苗統制株式会社の社長を務め、戦後の1947年(昭和22年)に、金子種苗店の営業基盤をもとにカネコ種苗株式会社を設立した。
阿部 宏(あべ ひろし、1926年8月18日 - 2014年… 阿部 宏(あべ ひろし、1926年8月18日 - 2014年12月26日)は、日本の英文学者。 宮城県仙台市生まれ。1951年東北大学文学部英文科卒、東北大学教養部助教授、文学部教授、1989年定年退官、名誉教授、いわき明星大学人文学部教授。1997年退職。長男は哲学者の阿部宏慈・山形大学教授。 2014年12月26日、肺炎のため死去。
古田 武彦(ふるた たけひこ、1926年(大正15年)8月8… 古田 武彦(ふるた たけひこ、1926年(大正15年)8月8日 - 2015年(平成27年)10月14日)は、日本の思想史学者・古代史研究家。専門は親鸞等の中世思想史だが、むしろ古代史研究において著名である。