前田 昌彦 (まえだ まさひこ、1969年2月10日 - )… 前田 昌彦 (まえだ まさひこ、1969年2月10日 - ) は、日本の自動車技術者。元トヨタ自動車取締役副社長で、最高技術責任者(CTO)を経て、アジア地域統括最高経営責任者(CEO)、トヨタ モーター アジア(TMA)CEO、トヨタ モーター アジア(タイ)(TMA(TH))の社長を兼務。 トヨタ自動車執行役員副社長兼Chief Technology Officer、トヨタZEVファクトリー本部長、クルマ開発センターセンター長、豊田自動織機取締役を歴任。 東京都生まれ。1994年東北大学大学院工学研究科修了、トヨタ自動車入社、第一パワートレーン設計部配属。直列6気筒エンジンの開発などに携わったのち、チーフエンジニア希望だったため2001年から製品企画部に異動し、トヨタIMVプロジェクトに参加した。
小林 正興(こばやし まさおき、1967年3月3日 - )は… 小林 正興(こばやし まさおき、1967年3月3日 - )は、日本の実業家、情報技術者。テックファーム創業者・元代表取締役社長。アバント元執行役員グループCIO&CTO。 東京都日野市出身。1985年桐朋高等学校卒業。1989年東北大学工学部原子核工学科卒業。1991年東京工業大学大学院理工学研究科原子核工学専攻修了。同年横河・ヒューレット・パッカードに入社し、半導体計測機器の研究開発に従事。1996年からハイパーネット技術部長を務め、インターネット広告システムを開発。 1997年にハイパーネットが破産すると、1998年にハイパーネットの同僚だった筒井雄一朗らとテックファームを設立し、取締役CTOに就任。
家城 淳(いえき あつし、1962年4月24日 - )は、日… 家城 淳(いえき あつし、1962年4月24日 - )は、日本の技術者、実業家、工学博士。 オークマ株式会社代表取締役社長。元公益社団法人精密工学会会長。 2001年、東北大学大学院工学研究科博士課程修了、博士(工学)。 1985年に大隈鉄工所(現オークマ)に入社後は、技術を担当し、人工知能を利用したファクトリーオートメーション(FA)システムの開発などに成功。 2012年、取締役技術本部副本部長兼可児技術部長に昇格。その後、取締役技術本部長に就任。 2015年、常務取締役技術本部長兼資材部長、日本機械学会生産加工・工作機械部門長。 2016年、常務取締役FAシステム本部長兼資材部長。 2017年、専務取締役FAシステム本部長兼資材部長。
小川 恭範(おがわ やすのり、1962年4月11日 - )は… 小川 恭範(おがわ やすのり、1962年4月11日 - )は、日本の技術者、実業家。元セイコーエプソン代表取締役社長。現会長。 愛知県名古屋市出身。愛知県立中村高等学校、東北大学工学部卒業。1988年東北大学大学院工学研究科修士課程修了、セイコーエプソン入社、研究開発本部配属。1993年からプロジェクター設計・開発に従事。2008年セイコーエプソンVI事業推進部長。同年セイコーエプソンVI企画設計部長。2017年セイコーエプソンビジュアルプロダクツ事業部長。2017年セイコーエプソン執行役員。2018年セイコーエプソン取締役執行役員。2018年セイコーエプソン技術開発本部長。2019年セイコーエプソン取締役常務執行役員 ウエアラブル・産業プロダクツ事業セグメント担当。
山口 聡(やまぐち さとし、1960年12月29日 - )は… 山口 聡(やまぐち さとし、1960年12月29日 - )は、日本の技術者、実業家。カゴメ代表取締役社長 。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校を経て、1983年東北大学農学部食糧化学科卒業、カゴメ入社。技術系で、品質管理や商品設計に携わり、2003年には業務用ビジネスユニット部長に就任。2010年執行役員業務用事業本部長。 2015年執行役員イノベーション本部長。2018年執行役員野菜事業本部長兼ベジタブル・ソリューション部長。2019年取締役常務執行役員に昇格。2020年から代表取締役社長を務め、収益力の強化を進めた。趣味はランニングで、東京マラソンに出場するなどした。
官野 厚(かんの あつし 1960年 - )は、日本のコンピ… 官野 厚(かんの あつし 1960年 - )は、日本のコンピューター技術者。ITIL 関連技術サービスの提供。 サン・マイクロシステムズ技術部長。オリーブネット株式会社代表取締役社長。 ITIL Foundation(2004), ITIL Manager(2005), ITIL Expert(2008),ITIL Intermediate (SOA, PPO, RCV, OSA, MALC)(2013)資格保有IRCA登録ITSMS審査員、IRCA登録ISMS審査員。 福島県白河市生まれ。東北大学理学部数学科卒業。卒業後、日本ディジタルイクイップメント、日本オラクル勤務を経て、サン・マイクロシステムズ時代にデータセンターの運用サービス認証プログラムに従事。
田中 耕一(たなか こういち、1959年〈昭和34年〉8月3… 田中 耕一(たなか こういち、1959年〈昭和34年〉8月3日 - )は、日本の化学者、技術者。ソフトレーザーによる質量分析技術の開発によりノーベル化学賞受賞。株式会社島津製作所シニアフェロー、田中耕一記念質量分析研究所所長、田中最先端研究所所長。東京大学医科学研究所客員教授などにも就任している。東北大学名誉博士。富山大学特任教授、富山県立大学特任教授。文化功労者、文化勲章受章者、日本学士院会員。 学位は工学士(東北大学・1983年)であり、学士で唯一のノーベル化学賞受賞者。ノーベル賞を受賞して以降も、血液一滴で病気の早期発見ができる技術の実用化に向けて活躍中である。 1959年(昭和34年)に富山県富山市に生まれる。
山村 明義(やまむら あきよし、1958年3月3日 - )は… 山村 明義(やまむら あきよし、1958年3月3日 - )は、日本の鉄道技術者、実業家。2017年6月 - 2025年6月にかけて東京地下鉄株式会社(東京メトロ)代表取締役社長を務めた。 茨城県新治郡八郷町(現・石岡市)生まれ。その後静岡県に転居。1976年静岡県立藤枝東高等学校卒業。1980年東北大学工学部土木工学科卒業。2007年筑波大学大学院ビジネス科学研究科(修士課程)修了。2019年千葉工業大学より博士(工学)の学位を取得。 東北大学工学部卒業後の1980年に、当時の帝都高速度交通営団に入団。元々土木技術が専門で、営団では地下鉄の土木工事・保線などを主に担当していた。後に技術畑を離れ、経営企画、秘書室などを経て、2004年に営団が民営化され東京地下鉄株式会社となった際に人事部に異動。
樋口 康二郎(ひぐち こうじろう、1957年10月26日 -… 樋口 康二郎(ひぐち こうじろう、1957年10月26日 - )は、日本の電気技術者、実業家。東北電力代表取締役会長、日本原子力発電取締役(非常勤)、電気事業連合会元副会長。福島県出身者としては初となる東北電力代表取締役社長を務めた。 福島県伊達郡国見町出身。福島県立福島高等学校を経て、1981年東北大学工学部通信工学科卒業、東北電力入社。2009年東北電力火力原子力本部火力部副部長。2011年東北電力原町火力発電所所長。2013年東北電力執行役員火力原子力本部火力部長。2016年東北電力常務取締役火力原子力本部副本部長。2018年東北電力取締役常務執行役員発電・販売カンパニー長代理原子力本部副本部長。
佐々木 直哉(ささき なおや、1957年10月6日 - )は… 佐々木 直哉(ささき なおや、1957年10月6日 - )は、日本の技術者、工学博士。日立製作所技師長、第96期日本機械学会会長、第13代日本計算工学会会長。 1982年東北大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了、日立製作所機械研究所入所。1995年「分子動力学シミュレーションを用いたマイクロトライボロジー現象解析に関する基礎研究」で東北大学博士(工学)。2002年日立製作所機械研究所高度設計シミュレーションセンタ長。日立製作所研究開発グループ日立研究所主管研究長を経て、2014年日立製作所研究開発グループ技師長、内閣府政策統括官(科学技術・イノベーション担当)付戦略的イノベーション創造プログラム革新的設計生産技術担当プログラムディレクター。
千葉 光太郎(ちば こうたろう、1957年5月30日 - )… 千葉 光太郎(ちば こうたろう、1957年5月30日 - )は、日本の技術者、実業家。ジャパン マリンユナイテッド代表取締役社長、日本造船工業会副会長。 宮城県仙台市生まれ。宮城県仙台第一高等学校を経て、1982年東北大学工学部機械工学科卒業、日本鋼管入社。杉田理之ナイス代表取締役社長は高校の剣道部の同期。日本鋼管では主に修繕部門を歩み、2002年ユニバーサル造船転籍。京浜事業所艦船建造部長、因島事業所艦船工作部長、舞鶴事業所艦船修理部長等を経て、2016年ジャパン マリンユナイテッド常務執行役員商船事業本部呉事業所長。2017年ジャパン マリンユナイテッド常務執行役員企画管理本部経営企画部長。
早坂 伸夫(はやさか のぶお、1955年8月7日 - )は、… 早坂 伸夫(はやさか のぶお、1955年8月7日 - )は、日本の技術者、実業家、工学博士。キオクシアホールディングス(旧・東芝メモリホールディングス)代表取締役社長兼キオクシア(旧・東芝メモリ)代表取締役社長。 福岡県出身。1984年東北大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。西澤潤一研究室出身。博士論文は「半導体のプラズマエッチングにおける反応機構」。 1984年東芝入社。2007年東芝セミコンダクター社メモリ事業部先端メモリ開発センター長。2013年東芝セミコンダクター&ストレージ社統括技師長兼半導体研究開発センター長。2014年東芝執行役常務ストレージ&デバイスソリューション社副社長。
三神 泉(みかみ いずみ、1955年(昭和30年)3月9日 … 三神 泉(みかみ いずみ、1955年(昭和30年)3月9日 - )は、日本の技術者。工学博士。すばる望遠鏡の研究段階である1988年から完成の2001年まで、13年以上をすばる望遠鏡の開発・建造に従事する。当時世界最大でだった有効口径8.2m主鏡の支持システムにおける261本の主鏡支持アクチュエータ駆動、副鏡駆動、望遠鏡構造駆動の制御系の干渉を避けるための制御アルゴリズム開発、接地境界層における風や内部発熱によるゆらぎを軽減するための楕円中型ドームの開発、熱変形を最小化する主鏡教材の最適配置アルゴリズム開発、主鏡蒸着装置のprwetting技術の開発等が技術的な貢献領域である。その他、1996年にハワイ島、マウナケア山頂で発生したドーム建造中の火災事故後の復旧においては、現地に駐在し、復旧工事と現地での訴訟対策の指揮を執る。
濵地 昭男(はまじ あきお、1954年7月13日 - )は、… 濵地 昭男(はまじ あきお、1954年7月13日 - )は、日本の技術者、実業家。三菱アルミニウム代表取締役社長や、日本アルミニウム協会会長を務めた。 和歌山県出身。1979年東北大学大学院工学研究科資源工学専攻修了、三菱鉱業セメント(現三菱マテリアル)入社。2007年執行役員。2010常務執行役員。2012年常務取締役。2015年取締役副社長。 2016年から三菱アルミニウム代表取締役社長及び日本アルミニウム協会会長を務めたが、品質データ不正事件で三菱アルミニウムが不正競争防止法違反により起訴されたことを受け2018年に引責辞任した。
志賀 重範(しが しげのり、1953年12月13日 - )は… 志賀 重範(しが しげのり、1953年12月13日 - )は、日本の技術者、実業家。東京都出身。東芝の原子力部門を統括する地位にあり、2016年6月より2017年2月まで同社の会長。元日本電機工業会会長。 1953年(昭和28年)12月13日、東京都に生まれる。1972年3月神奈川県立湘南高等学校卒業。1979年3月に東北大学大学院工学研究科原子核工学科修士課程を修了、同年4月に東芝に入社。原子力システム設計部長などを歴任し、2006年に電力システム社WEC統括事業部長兼ウェスチングハウス(WH社)上級副社長に就任。2008年より電力システム社副社長兼WH社上級副社長、2010年より電力システム社副社長兼WH社会長、2011年より執行役常務兼電力システム社副社長兼WH社上級副社長、2014年には電力システム社社長に就任した。
栁川 欽也(やながわ きんや、1952年(昭和27年)10月… 栁川 欽也(やながわ きんや、1952年(昭和27年)10月3日 - )は、日本の技術者、実業家。日本製鉄顧問。元日鉄日新製鋼代表取締役社長最高経営責任者。元日本鉄鋼協会副会長。 茨城県出身。1978年東北大学大学院工学研究科修了、住友金属工業入社。2005年住友金属工業鹿島製鉄所副所長。2007年住友金属工業常務執行役員。2011年住友金属工業専務執行役員。2012年住友金属工業取締役専務執行役員に昇格。同年新日鐵住金(現日本製鉄)常務取締役。2014年新日鐵住金代表取締役副社長、日本鉄鋼協会副会長。2016年新日鐵住金取締役兼日新製鋼取締役副社長。2017年から日新製鋼代表取締役社長、CEO(最高経営責任者)を務め、新日鐵住金の完全子会社化にあたり、相乗効果創出などを進めた。
小松 敏秀(こまつ としひで、1952年4月18日 - )は… 小松 敏秀(こまつ としひで、1952年4月18日 - )は、日本の情報技術者、実業家。日立製作所最高情報責任者や、日立ソリューションズ取締役副社長を経て、日本郵政代表執行役副社長・最高情報責任者。 1975年東北大学工学部通信工学科卒業、日立製作所入社、ソフトウェア工場配属。アプリケーション開発部門を担当し、1996年日立製作所情報システム事業部アプリケーションソフトウェア本部第一アプリケーションソフトウェア設計部長に就任。1999年日立製作所情報・通信グループ情報システム事業部金融第一システム本部副本部長。 2000年日立製作所金融・流通システムグループ金融システム事業部金融第二システム本部長。
吉川 直利(よしかわ なおとし、1951年8月23日 - )… 吉川 直利(よしかわ なおとし、1951年8月23日 - )は、日本の鉄道技術者・実業家。JR東海代表取締役副社長や、ジェイアールセントラルビル代表取締役社長、ジェイアール東海関西開発代表取締役社長を務めた。 新潟県生まれ、東京都を経て、1975年東北大学工学部卒業、日本国有鉄道入社。1986年名古屋鉄道管理局運転車両部運用車両課長。国鉄分割民営化時にたまたま名古屋鉄道管理局に所属していたことから、分割後は東海旅客鉄道に入社した。 1988年東海旅客鉄道新幹線鉄道事業本部運輸部運用課長。1989年同社新幹線鉄道事業本部運輸部輸送課長。1992年同社新幹線鉄道事業本部運輸営業部管理課長。 1993年同社関西支社運輸営業部長。
田中 孝雄(たなか たかお、1950年4月25日 - )は、… 田中 孝雄(たなか たかお、1950年4月25日 - )は、日本のエンジン技術者、実業家。三井E&Sホールディングス(現・三井E&S)代表取締役社長。 福島県いわき市出身。1973年東北大学工学部卒業、三井造船入社。玉野事業所でエンジン技術者として長年勤務した。2007年取締役に昇格。2009年から経営企画担当常務として中期経営計画の策定にあたった。2013年から20年ぶりとなる非造船部門出身の代表取締役社長を務め、船舶需要の低迷が続く中、事業の多角化を進めた。2018年から持株会社化して商号変更した三井E&Sホールディングス(現・三井E&S)の代表取締役社長を務めた。
小豆畑 茂(あずはた しげる、1949年11月21日 - )… 小豆畑 茂(あずはた しげる、1949年11月21日 - )は、日本の技術者、実業家、工学博士。日立製作所代表執行役副社長、日立グループ最高技術責任者、日本機械学会会長、日本工学教育協会会長、東京大学協創プラットフォーム開発取締役等を歴任した。専門は機械工学、教育工学。 1973年東北大学工学部機械工学科卒業。1975年、同学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程を修了すると日立製作所に入社する。電力・電機開発研究所長(2003年)を経て、日立研究所長(2005年)、地球戦略室長(2008年)を歴任し、2009年に日立製作所の執行役常務研究開発本部長の座につく。 2010年には、日立化成取締役として創業100周年に臨む。
中川 彰(なかがわ あきら、1947年3月18日 - )は、… 中川 彰(なかがわ あきら、1947年3月18日 - )は、日本の鉄道技術者、実業家。JR東海代表取締役副社長や、日本車輌製造代表取締役社長を務めた。 愛知県豊橋市出身。1965年、静岡県立静岡高等学校卒業。1969年、東北大学工学部卒業、日本国有鉄道入社。1987年、東海旅客鉄道入社。技術を担当し、1997年、東海旅客鉄道取締役新幹線鉄道事業本部浜松工場長に昇格。2002年、東海旅客鉄道常務取締役総合技術本部技術企画部長。2006年、東海旅客鉄道代表取締役副社長。2008年、日本車輌製造代表取締役副社長。2010年から日本車輌製造代表取締役社長を務め、JR依存からの脱却を進めるなどした。趣味は鉄道模型。
八重樫 正彦(やえがし まさひこ、1945年9月9日 - )… 八重樫 正彦(やえがし まさひこ、1945年9月9日 - )は日本の技術者、実業家。日揮株式会社代表取締役社長や、同社取締役副会長を務めた。 高知県出身、本籍は岩手県北上市。八重樫義雄・寿の長男。1964年東京都立青山高等学校を経て、1969年東北大学工学部土木工学科卒業、日揮入社。国際事業本部プロジェクト部長を経て、2000年取締役に昇格。2002年常務取締役。2004年専務取締役。2006年取締役副社長。2008年代表取締役副社長兼プロジェクト統括担当役員(CPO)。2009年から代表取締役社長兼最高執行責任者(COO)を務め、プラント建設事業以外の事業の開拓にあたった。2011年取締役副会長。
桂田 昌生(かつらだ まさみち、1945年7月20日 - )… 桂田 昌生(かつらだ まさみち、1945年7月20日 - )は、日本の技術者、実業家。東芝メディカルシステムズ代表取締役社長や、日本医療機器産業連合会副会長、保健医療福祉情報システム工業会会長、日本画像医療システム工業会会長などを歴任した。 北海道出身。1968年東北大学工学部卒業、東京芝浦電気入社。1990年東芝メディカルシステムズ・ヨーロッパ社副社長。1996年東芝アメリカメディカルシステム社社長。1999年東芝医用システム社社長。2001年東芝常務(医用システム社社長)、日本画像医療システム工業会会長。2003年東芝執行役常務(医用システム社社長)。同年東芝医用システム社を分社化して新設された東芝メディカルシステムズの代表取締役社長に就任。
原田 武彦(はらだ たけひこ、1944年〈昭和19年〉 - … 原田 武彦(はらだ たけひこ、1944年〈昭和19年〉 - )は、日本の自動車技術者、実業家。中央発條代表取締役社長や、八戸市八戸特派大使を務めた。 愛知県刈谷市生まれ。父は、豊田自動織機専務を務めた原田梅治。1968年東北大学工学部卒業、トヨタ自動車工業入社。機械部長、生産調査部主査、本社工務部長、國瑞汽車総経理、トヨタ自動車アジア本部アジア部主査、トヨタ自動車理事等を歴任し、2005年から中央発條代表取締役社長を務め、2007年には八戸市に中発テクノを設立。翌2008年八戸特派大使に任命された。2010年中央発條顧問。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
冨田 務(とみた つとむ、1943年10月14日 - )は、… 冨田 務(とみた つとむ、1943年10月14日 - )は、日本の自動車技術者。愛知県出身。愛知県立岡崎高等学校卒業、東北大学大学院工学研究科修了。 トヨタ・モータースポーツ(TMG、後のトヨタ・ガズー・レーシング・ヨーロッパ)会長、トヨタF1チーム代表、富士スピードウェイ代表取締役会長などを歴任した。
山内 康仁 (やまうち やすひと、1942年1月2日 - )… 山内 康仁 (やまうち やすひと、1942年1月2日 - )は、日本の技術者、実業家。アイシン精機代表取締役社長や、同社代表取締役副会長、日本鋳造工学会会長などを務めた。藍綬褒章受章。 愛知県出身。1968年東北大学大学院工学研究科修士課程修了、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社、鋳造担当に配属。1995年取締役。1999年常務取締役。2001年専務取締役。2005年からアイシン精機代表取締役社長を務めたが、2008年にリーマン・ショックが発生。2009年3月期には上場以来初の営業赤字となり、豊田幹司郎代表取締役会長の下で、アイシン精機代表取締役副会長に退いた。同年藍綬褒章受章。2011年アイシン精機相談役。
野嶋 孝(のじま たかし、1941年10月22日 - )は、… 野嶋 孝(のじま たかし、1941年10月22日 - )は、日本の電気技術者。中部電力代表取締役副社長や、ファインセラミックスセンター理事長、電気学会会長を務めた。 1964年東北大学工学部電気工学科卒業、中部電力入社。1993年中部電力支配人工務部長。1995年中部電力取締役工務部長。1997年中部電力取締役企画部長。1999年中部電力常務取締役技術開発本部長。2000年豊橋技術科学大学運営諮問会議委員。2001年中部電力代表取締役副社長。2003年ファインセラミックスセンター理事長、名古屋テレビ放送番組審議会委員。2005年電気学会会長代理。2006年電気学会会長。中部科学技術センター会長、グレーター・ナゴヤ・イニシアティブ協議会副会長なども務めた。
見城 尚志(けんじょう たかし、1940年 - )は、日本の… 見城 尚志(けんじょう たかし、1940年 - )は、日本の工学者、精密小型モーター開発のエンジニア。ニデックモーター基礎研究所名誉所長。ニデック技術顧問。工学博士(東北大学)。 1940年、静岡市に生まれる。1958年、静岡県立静岡高等学校卒業。1964年、東北大学大学院工学専攻科修士課程修了。同年、TEAC入社。磁気記録機器用精密小型モータの設計と研究を開始。1965年、職業訓練大学校常勤講師。1966年より学生の指導を始める。最初の学生の中に永守重信がいた。1970年、東北大学より交流モータの回転電気機械の電磁界理論で工学博士。1971年、職業訓練大学校助教授。1976年、ロンドンで開かれた世界最初の小型モータ学会に出席。
湯野川 孝夫(ゆのかわ よしお、1939年4月3日 - 20… 湯野川 孝夫(ゆのかわ よしお、1939年4月3日 - 2003年11月26日)は、日本の自動車技術者、実業家。元豊田工機代表取締役社長。 山形県米沢市出身。山形県立米沢興譲館高等学校を経て、1962年東北大学工学部機械工学科卒業。トヨタ自動車で開発に携わり、トヨタ自動車工業労働組副執行委員長等を経て、1992年には石坂芳男、白水宏典らとともに取締役に昇格した。豊田工機常務取締役、豊田工機代表取締役副社長を経て、2000年からは豊田工機代表取締役社長を務めていたが、2003年に出張先の東京都内のホテルで死亡しているのが発見され、覚王山日泰寺で社葬が行われた。
中西 宏幸(なかにし ひろゆき、1938年1月8日 - 20… 中西 宏幸(なかにし ひろゆき、1938年1月8日 - 2021年7月5日)は、日本の技術者、実業家、工学博士。三井化学代表取締役会長兼社長や、日本化学会会長などを務めた。 山口県出身。1957年静岡県立静岡高等学校卒業。1961年東北大学工学部卒業。1966年東北大学大学院工学研究科博士課程修了、工学博士。同年 三井石油化学工業(現三井化学)入社。本店経営計画室企画調整部長を経て、1991年取締役岩国大竹工場長に昇格。1993年常務取締役本店経営計画室長。1996年専務取締役本店経営計画室長。1997年代表取締役副社長。 1999年から三井化学代表取締役社長を務め、住友化学との経営統合交渉にあたるなどした。
川本 信彦(かわもと のぶひこ、1936年3月3日 - )は… 川本 信彦(かわもと のぶひこ、1936年3月3日 - )は、日本の自動車技術者。本田技研工業(ホンダ)の第4代社長。東京都出身。麻布高等学校から東北大学に進み、大学院精密工学科修了。 ホンダF1の草創期から携わってきた一人で、第2期ホンダF1時代には総責任者を務めた。また、ホンダ・レーシング・ディベロップメント(HRD)や、無限ホンダ(現:M-TEC)設立者の一人としても名を連ねている。 1963年に大学院を修了し本田技研工業に入社。入社理由は軽飛行機技術者応募広告を見て応募した。入社当初は後にホンダの3代目社長となる久米是志の助手として、ホンダ初の四輪市販車「型式:AS280(後の商品名;S500)」「型式:AK250(後の商品名;T360)」のエンジン開発に携わる。
大西 利美(おおにし としみ、1931年1月2日 - 201… 大西 利美(おおにし としみ、1931年1月2日 - 2011年4月3日)は、日本の自動車技術者。トヨタ自動車副社長や、愛知製鋼会長、日野自動車工業会長等を歴任した。藍綬褒章受章。 1953年東北大学工学部機械科卒業、トヨタ自動車工業入社。1975年トヨタ自動車工業生産技術企画室主査。1978年トヨタ自動車工業生産技術開発部長。1980年トヨタ自動車工業取締役に昇格。1984年トヨタ自動車取締役田原工場長。 1986年トヨタ自動車常務取締役元町工場長。1988年トヨタ自動車専務取締役。1992年トヨタ自動車取締役副社長。 退任後、愛知製鋼取締役会長、日野自動車工業取締役会長等を歴任した。1993年中部インダストリアル・エンジニアリング協会会長。
岡 久雄(おか ひさお、1925年6月29日 - )は、日本… 岡 久雄(おか ひさお、1925年6月29日 - )は、日本の電気技術者、工学博士。三菱電機代表取締役副社長や、新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長、日本オペレーションズ・リサーチ学会会長、電気学会会長、日本YMCA同盟委員長等を歴任した。 宮城県仙台市生まれ。1943年宮城県工業学校(現宮城県工業高等学校)電気工学科、1952年東北大学工学部電気工学科卒業、三菱電機入社。半導体デバイスの研究開発に従事し、1962年には東北大学工学博士の学位を取得。1972年北伊丹製作所電力半導体部長。1978年LSI開発センタセンタ長。1980年LSI研究所所長。1983年取締役LSI研究所所長。1985年常務取締役開発本部長。
楠 兼敬(くすのき かねよし、1923年7月12日 - 20… 楠 兼敬(くすのき かねよし、1923年7月12日 - 2020年9月16日 )は、日本の自動車技術者。トヨタ自動車取締役副社長や、日野自動車工業取締役会長、中部インダストリアル・エンジニアリング協会会長等を歴任した。 福岡県福岡市生まれ。1946年東北帝国大学工学部機械工学科卒業、トヨタ自動車工業入社。大野耐一に師事し、1972年トヨタ自動車工業取締役特殊部品製造企画室長に昇格。1975年トヨタ自動車工業取締役生産管理部長。1978年トヨタ自動車工業常務取締役衣浦工場長、生産管理部、安全環境部担当。1982年トヨタ自動車工業専務取締役生産関係部門統括。 1984年からトヨタ自動車取締役副社長として、生技生産部門を統括し、好川純一を生産調査室トップに起用するなどし、工場でのトヨタ生産方式の徹底を推し進めた。
緒方 研二(おがた けんじ、1917年 <大正6年> 11月… 緒方 研二(おがた けんじ、1917年 <大正6年> 11月21日 - 2009年 <平成21年> 10月31日) は、日本の技術者。日本電気 (NEC)副社長や、NECエンジニアリング社長、テレビジョン学会会長、電子通信学会会長などを歴任した。従四位、勲二等瑞宝章受章。父は緒方竹虎元副総理。岳父に名和武。 福岡県福岡市出身。東京府立第四中学校、第一高等学校を経て、伊藤庸二の勧めで、1941年東北帝国大学工学部電気工学科を卒業した。在学中大日本帝国海軍委託生となり、1942年海軍技術士官に任官して、横須賀海軍工廠に配属され、横須賀砲術学校に入校した。 タラワ島や、マキン島でレーダーサイトの整備にあたったのち、海軍技術研究所に転属する。
小秋元 隆輝(こあきもと たかてる、1913年9月14日 -… 小秋元 隆輝(こあきもと たかてる、1913年9月14日 - 2004年12月20日)は、日本光学工業(後のニコン)の技術者。電気露出計や光電素子を研究、カメラ用検査機器を開発して、高性能で安定した品質のニコン製品の供給を実現した。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
齋藤 尚一(さいとう しょういち、1908年6月1日 - 1… 齋藤 尚一(さいとう しょういち、1908年6月1日 - 1981年10月30日)は、日本の技術者、実業家。位階は正四位。勲等は勲二等。 トヨタ自動車工業株式会社会長(第3代)、社団法人自動車技術会会長(第9代)などを歴任した。 愛知県出身。1927年、旧制前橋中学校卒業。1931年、第八高等学校理科甲類卒業。1935年、東北帝国大学工学部機械工学科卒業、豊田自動織機自動車部入社。 創業期には数少なかった大学出身の技術者として、トヨタ自動車創業者豊田喜一郎の日本車生産構想を補佐し、日中戦争中、菅隆俊のもと、岩岡次郎、豊田英二と挙母工場(のちのトヨタ自動車本社工場)建設構想にあたった。第3代トヨタ自動車工業会長、第9代自動車技術会会長などを歴任。
小山悌(こやま やすし、1900年(明治33年) - 198… 小山悌(こやま やすし、1900年(明治33年) - 1982年(昭和57年)8月25日)は、日本の航空機・林業機器技術者、実業家。第二次世界大戦中は中島飛行機技師長・取締役、中島飛行機三鷹研究所長・黒沢尻製作所長(第1軍需工廠第21製造廠長)、戦後は岩手富士産業(中島の後身富士重工業系、現・イワフジ工業)取締役。 大日本帝国陸軍(陸軍航空部隊)の九七式戦闘機・一〇〇式重爆「呑龍」・一式戦闘機「隼」・二式戦闘機「鍾馗」・四式戦闘機「疾風」の設計主務者であり、戦前日本を代表する航空機技術者であった。 第二高等学校を経て、1922年(大正11年)4月に東北帝国大学工学部機械科進学。卒業後は理学部助手を務め、1925年(大正14年)12月に一年志願兵(学歴と財力を持つ者を対象に短期間の現役期間の後に予備役幹部に登用する制度、のちの幹部候補生制度)として帝国陸軍の電信部隊(在中野)に入営する。
八巻 芳夫(やまき よしお、1899年11月10日 - 19… 八巻 芳夫(やまき よしお、1899年11月10日 - 1990年)は、日本の土木技術者、都市計画家。仙台市の戦災復興都市計画に従事・尽力。 青葉通り、定禅寺通りのケヤキ並木道の設計者。丸森町出身。 東北帝国大学附属工学専門部/旧制仙台高等工業学校土木工学科卒業後、朝鮮総督府に勤務。総督府で地方出先の土木課長などを歴任。朝鮮時代に乱伐された山林をみて緑のない地方道は次々に並木を整備していったという。 1946年に帰国し、仙台市に勤務。仙台市戦災復興局建設部公営課長から後に建設局復興部長、建設局長を歴任。1959年からは仙台市技監。1966年に退職。その後土地区画整理審議会全国連合会などに関わる。
岩崎卓爾(いわさき たくじ、明治2年10月17日(1869年… 岩崎卓爾(いわさき たくじ、明治2年10月17日(1869年11月20日) - 昭和12年(1937年)5月18日)は日本の気象観測技術者。石垣島において気象観測を通じ台風の研究を行った一方、沖縄県八重山地方の生物や民俗、歴史に関する研究も行い、著書などを通じて、それまであまり世に知られていなかった同地を広く世に知らしめた。南方熊楠同様、当時としては珍しい地方に根を下ろした多面的文化人といえる。 号は糸数原主人、袋風荘(たいふうそう)主人、蝶仙、蝶翁。 明治2年10月17日(1869年11月20日)、仙台藩士の子として宮城県仙台市に生まれる。第二高等中学校(現 東北大学)へ入学するも在学中に気象技師を志し中退。
斎藤 馨(さいとう かおる)は、日本の技術者。本田技術研究所… 斎藤 馨(さいとう かおる)は、日本の技術者。本田技術研究所エグゼクティブ・チーフ・アドバイザー。極東の小さな町工場から本田宗一郎と共にマン島TTレース、1961年(昭和36年)優勝。宮城県遠田郡美里町出身。
小仲 美奈(こなか みな )は、宇宙工学エンジニア。専門は、… 小仲 美奈(こなか みな )は、宇宙工学エンジニア。専門は、熱設計・解析/偏光分光器/衛星間光通信。 千葉県生まれ。渋谷教育学園渋谷中学高等学校卒業、東北大学工学部早期卒業、同大学院工学研究科航空宇宙工学専攻修了。在学中にカリフォルニア大学、国際宇宙大学、ベルリン工科大学へ留学を行う。エンジニアとして人工衛星開発に携る。 研究は、惑星探査ローバー車輪の形状解析や、小型人工衛星の熱設計・解析、UV偏光分光器を搭載した小型人工衛星など。また、女性の研究者の育成についての活動もしている。留学先で取得した英語・フランス語を生かして、国際会議などにも参加している。 航空宇宙工学、光学設計 その他、小学校、中学校、高等学校、大学などで講演多数
撫佐 昭裕(むさ あきひろ)は日本の情報科学の研究者、技術者… 撫佐 昭裕(むさ あきひろ)は日本の情報科学の研究者、技術者である。 山形大学大学院理学研究科物理学専攻を修了し、1988年に日本電気(NEC)に入社。2006年4月から社会人ドクターとして東北大学大学院 情報科学研究科博士後期課程に入学し、2009年3月に修了して、博士(情報科学)を取得した。 2014年7月から東北大学サイバーサイエンスセンター客員教授を兼務。2018年にRTi-castを設立し、ファウンダー、COOに就任した。 2015年に世界初のリアルタイム津波浸水被害推計システムを日本電気の開発責任者として、東北大学、国際航業、株式会社エイツーと共同開発した。 2018年 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞 受賞 2019年 第1回日本オープンイノベーション大賞 総務大臣賞 受賞 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。