塚本 進(つかもと すすむ、1956年 - )は、日本の実業… 塚本 進(つかもと すすむ、1956年 - )は、日本の実業家。台湾国際角川書店総経理、KADOKAWA取締役。1980年に青山学院大学法学部を卒業後、東京出版販売(現在のトーハン)に入社する。1992年から1997年にかけて東京出版販売の台湾現地法人である台湾東販の総経理を務めた。1998年にアスミック・エースエンタテインメントに入社、1999年より台湾国際角川書店の総経理を務める。彼は台北市政府観光委員でもあり、日台の観光や交流への功績を認められ、2006年に台北市栄誉市民に選ばれた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中谷マリ(なかたに まり、1956年 - )は、日本の占星術… 中谷マリ(なかたに まり、1956年 - )は、日本の占星術師。東京都出身。 青山学院大学卒業後、編集プロダクションを経て、フリー記者として占い関連の特集などを手がける。鏡リュウジと共に西洋占星術の雑誌展開を行っている。英国占星術協会会員。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
堀真理子(ほり まりこ、1956年- )は、日本の英米文学者… 堀真理子(ほり まりこ、1956年- )は、日本の英米文学者、青山学院大学名誉教授。 東京生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業、同大学院文学研究科英米文学専攻博士課程単位取得済退学、ロンドン大学演劇学科M.A.取得・修了。1986年青山学院大学経済学部専任講師、90年助教授をへて、97年教授となる。2018年『改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』 演出家としてのベケット』で吉田秀和賞受賞。2025年青山学院大学定年退職、同年名誉教授の称号を得る。
宮本 佳代子(みやもと かよこ、1956年〈昭和31年〉 -… 宮本 佳代子(みやもと かよこ、1956年〈昭和31年〉 - )は、日本の経営コンサルタント、実業家。宮本アソシエイツ代表。神奈川県鎌倉市出身。エスエス製薬の元会長である泰道照山の孫娘、政治家で元内閣総理大臣の小泉純一郎の元妻、俳優の小泉孝太郎と政治家の小泉進次郎の母。青山学院大学経済学部卒。 神奈川県鎌倉市生まれ。1978年(昭和53年)、青山学院大学4年在学中に後の内閣総理大臣となる小泉純一郎とお見合いし結婚。純一郎との間に孝太郎・進次郎・佳長の3男をもうけた。1982年(昭和57年)、三男の佳長(翌年に出産)を妊娠中に夫の純一郎と離婚。 離婚後は三井不動産のグループ会社に勤務し経営コンサルタントとして活動。
遠藤 彰良(えんどう あきよし、1955年(昭和30年)10… 遠藤 彰良(えんどう あきよし、1955年(昭和30年)10月27日 - )は、日本の政治家。徳島県徳島市長(2期)。元四国放送アナウンサー・ラジオ局次長兼アナウンス部長。 徳島県名西郡石井町出身。石井町立高川原小学校卒業。石井町立石井中学校卒業。徳島県立城北高等学校卒業後、青山学院大学法学部へ進む。大学卒業後、1980年に四国放送へ入社。 大学在学中は落語研究会に所属。落語研究会の先輩に落語家の6代目三遊亭円楽、後輩にフリーアナウンサーで元読売テレビ放送執行役員待遇編成局エグゼクティブアナウンサーの森武史がいる。入社したその年に『あんたがたいしょう』がスタート、同番組のパーソナリティとなり、2008年の番組終了まで出演。
伊藤 比呂美(いとう ひろみ、1955年〈昭和30年〉9月1… 伊藤 比呂美(いとう ひろみ、1955年〈昭和30年〉9月13日 - )は、日本の詩人。 東京都板橋区出身。東京都立竹早高等学校、青山学院大学文学部日本文学科卒業。ポーランド文学者の西成彦は元夫。 1975年、大学在学中より新日本文学会の文学学校にて阿部岩夫に学ぶ。同年、詩人の岩崎迪子らと詩誌『らんだむ』を創刊。1976年から『現代詩手帖』に投稿をはじめる。1978年、第一詩集『草木の空』でデビューする。同年に第16回現代詩手帖賞を受賞。のちに詩をやめて小説に移行し、1999年『ラニーニャ』などで一定の評価を得るが、2005年『河原荒草』で、また詩に復帰し、2007年『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』を発表。
渡部 英美(わたなべ・ひでみ、男性、1955年9月12日 -… 渡部 英美(わたなべ・ひでみ、男性、1955年9月12日 - )は、日本放送協会(NHK)の元エグゼクティブアナウンサー。同協会放送総局・第28代アナウンス室長 跡見学園女子大学文学部コミュニケーション文化学科(日本語コミュニケーション文化論)教授 東京学芸大学附属大泉小学校、東京都立井草高等学校を経て、青山学院大学文学部日本文学科(江戸文学・文化)卒業後、1979年入局。中学・高校時代は放送部に所属していた。過去に舌等の3回切除を経験。 高校放送部の後輩に藤井暁(テレビ朝日)、田中裕二(爆笑問題)がいる。 東京アナウンス室時代
大嶺 満(おおみね みつる、1955年〈昭和30年〉8月31… 大嶺 満(おおみね みつる、1955年〈昭和30年〉8月31日 - )は、日本の実業家。沖縄電力会長、九州経済連合会副会長。沖縄県那覇市出身。 沖縄県那覇市出身。沖縄県立那覇高等学校を経て、1980年(昭和55年)青山学院大学経営学部卒、沖縄電力入社。経理部長や企画本部長などを歴任し、2009年(平成21年)に常務、2011年(平成23年)6月に副社長に昇格。2013年(平成25年)4月に社長就任。同社としては當眞嗣吉、石嶺伝一郎に続く3人目の生え抜き社長となる。2019年4月会長就任。 2019年九州経済連合会副会長。他に沖縄経済同友会代表幹事、沖縄県生産性本部会長、南西地域産業活性化センター会長、沖縄経済同友会特別幹事、内閣府沖縄振興審議会委員等を歴任。
岩渕 美智子(いわぶち みちこ、1955年8月4日 - )は… 岩渕 美智子(いわぶち みちこ、1955年8月4日 - )は、日本の政治学者。現在は東京都立大学(OU講座)講師。専門は、国際関係論・NPO論など。 東京都目黒区出身。青山学院大学卒業。石油会社や環境関連財団準備事務局に勤めたのち、米国ジョージタウン大学大学院で修士課程終了。東洋大学助教授・宮城県環境生活部次長などを経て現職。
李 泰栄(り たいえい、韓国名、朝: 이태영, イ・テヨン … 李 泰栄(り たいえい、韓国名、朝: 이태영, イ・テヨン 1955年7月11日 - )は日本のCMディレクター・演出家である。 東京都中央区出身。青山学院大学卒業。 東京・銀座で貿易会社を営む在日韓国人の子として生まれる。青山学院初等科からそのままエスカレーター式に大学に入学するも、当時は国籍差別の影響が大きく、就職口が少なかったため、同大学卒業間際に日本総天然色出身のCMディレクター、高杉治朗により設立されたCM制作プロダクション、CMランドにアルバイトとして入社する。 入社当初は制作部門に配属されると共に、上司の高杉から毎回のように説教されていたという。のちに高杉に企画部門への異動を懇願し、試験を受けて異動を果たすと共に地道な下積み期間を経て、1981年に独立し、CM企画オフィス「ももプラン」を設立。
茅野 裕城子(ちの ゆきこ、1955年7月6日 - )は、日… 茅野 裕城子(ちの ゆきこ、1955年7月6日 - )は、日本の小説家、日本ペンクラブ女性作家委員会副委員長。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
楠本 徹也(くすもと てつや、1955年5月15日 - )… 楠本 徹也(くすもと てつや、1955年5月15日 - )は、日本の言語学者。専門は、応用言語学、日本語学、日本語教育学。東京外国語大学名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
坂巻 明(さかまき あきら、1955年5月12日 - )は、… 坂巻 明(さかまき あきら、1955年5月12日 - )は、埼玉県草加市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 二松學舍大附高では1年夏から4番・一塁手としてチームを東京都大会決勝戦まで導くが、日大一高の保坂英二の前に敗戦。青山学院大学へ進学するが父の病により2年次に中退。実家の食料品店を手伝いながら、親戚の病院で臨床検査技師としても勤務した。1976年オフに周囲の人の勧めで、入団テストを受け合格。西井敏次とともにドラフト外で日本ハムファイターズに入団した。 入団直後は打撃投手としての役割が多かったが、1980年には2軍で8勝を挙げ、チームのイースタン・リーグ優勝に貢献。 その後もなかなか一軍出場の機会を得られず、1981年のオフには退団を申し出るが、球団に慰留され残留。
片山 宏行(かたやま ひろゆき、1955年5月11日 - )… 片山 宏行(かたやま ひろゆき、1955年5月11日 - )は、日本の国文学者。青山学院大学名誉教授。菊池寛研究の第一人者。 北海道生まれ。青山学院大学文学部卒業。1982年、同大学院博士課程中退。神戸山手女子短大で講師、1989年助教授。1991年、青山学院大学文学部助教授。2000年同教授。2024年同名誉教授。明治、大正、昭和の近代日本文学を専攻し、特に菊池寛を研究。2004年に高松市で菊池寛の短編小説などのゲラ刷りが発見された際や、2007年倉敷市で芥川龍之介の直筆原稿が発見された際にも、調査を担当している。また2017年、菊池寛の幻の原稿「妖妻記」(菊池寛記念館所蔵)の鑑定・作品の意義について明らかにした。
小堤 一明(こづつみ かずあき、1955年4月11日 - )… 小堤 一明(こづつみ かずあき、1955年4月11日 - )は、日本の映像作家、アニメーター、アニメーション監督、イラストレーター。 青山学院大学理工学部物理学科卒。日本アニメーション協会(JAA)会員。神奈川県横浜市出身。 「こづつみPON」 (こづつみポン)名義として活動することもある。 青山学院大学理工学部物理学科卒業後、月岡貞夫に師事し、アニメーションの道へ進む。東映動画のプロアニメーター育成のための「アニメーション講座」第1期生。 1980年から「小堤一明」名義で活動していたが、2008年頃以降、「こづつみPON」名義で活動。なお、名義は併用している時もある。 また、イラストレーターとしても活動しており、「のびのびノンちゃん」シリーズなどの絵本や『みんなのうた』テキスト表紙イラストを手がける。
長尾 章(ながお あきら、1955年2月23日 - )は、日… 長尾 章(ながお あきら、1955年2月23日 - )は、日本の実業家。株式会社ソルクシーズ共同創業者・代表取締役社長、株式会社エクスモーション取締役会長。 東京都出身。1978年青山学院大学理工学部物理学科卒業、中央コンピュータ入社。1983年中村正とシステムインテグレータのトータルシステムコンサルタント設立、取締役。1997年トータルシステムコンサルタント常務取締役。1998年エポックシステムと合併して誕生したソルクシーズの専務取締役に就任。2000年ソルクシーズ専務取締役事業本部長。2004年ソルクシーズ代表取締役専務。2005年ソルクシーズ代表取締役副社長。2006年からはソルクシーズ代表取締役社長として、M&Aやストックビジネスの強化などを進め、2008年からはエクスモーション代表取締役社長も兼務。
重光 昭夫(しげみつ あきお、1955年2月14日 - )は… 重光 昭夫(しげみつ あきお、1955年2月14日 - )は、日本の実業家。ロッテホールディングス代表取締役会長、韓国ロッテグループ会長、プロ野球球団千葉ロッテマリーンズオーナー・代表取締役、元大韓スキー協会会長。韓国名は辛 東彬(シン・ドンビン、しん とうひん、韓国語: 신동빈、英語: Dongbin Shin)。 在日韓国人二世で、ロッテホールディングス創業者名誉会長重光武雄の次男。松濤幼稚園、青山学院初等部、1977年青山学院大学経済学部卒業、コロンビア大学MBA修了。 東京都でロッテグループ初代会長・重光武雄と、日本人の母・初子の間に二人兄弟の次男として生まれた。小学校から高等部まで青山学院に通い、青山学院大学経済学部卒業、米国コロンビア大学経営大学院MBA課程修了。
渡辺 俊幸(わたなべ としゆき、1955年2月3日 - )は… 渡辺 俊幸(わたなべ としゆき、1955年2月3日 - )は、日本の作曲家、編曲家、指揮者、音楽プロデューサー。洗足学園音楽大学(音楽・音響デザインコース統括責任者)教授。父は同じく作曲家の渡辺宙明。血液型はA型。
角皆 優人(つのかい まさひと、1955年1月26日 - )… 角皆 優人(つのかい まさひと、1955年1月26日 - )は、日本のフリースタイルスキー選手(モーグル・エアリアル・アクロなど)・水泳選手、スキー指導者、作家。 群馬県高崎市出身。群馬県立高崎高等学校卒業、青山学院大学中退。 高校までは水泳選手として活動し、1972年200メートル個人メドレー群馬県優勝他。高校の同級生に指揮者 三澤洋史、政治家 下村博文がいる。 青山学院大学在学時代フリースタイルスキーに取り組み、学内にフリースタイルスキーチームを創設、初代部長を務める。 1978年~1986年、全日本フリースタイルスキー選手権大会総合優勝7回、種目別優勝35回(全日本フリースタイルスキー協会主催・全日本スキー連盟主催大会)。
佐藤 直子(さとう なおこ、1955年1月2日 - )は、東… 佐藤 直子(さとう なおこ、1955年1月2日 - )は、東京都千代田区出身の元女子プロテニス選手。元日本プロテニス協会理事長。東京国際大学特命教授・硬式テニス部監督。BS朝日放送番組審議会委員、日本スポーツ協会監事、日本スポーツ仲裁機構理事、公益財団法人日本テニス助成財団理事長。 2011年3月に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了。平田竹男教授のもとでトップスポーツビジネスを研究する。 主に1970年代後半から1980年代にかけて活躍した。主に全豪オープンで好成績を出し、1977年1月開催の大会でシングルスベスト8、1978年大会で女子ダブルス準優勝の記録を残した。 夫は、外交官の塩口哲朗。
菅谷 佳代(すがやかよ、1955年または1956年 -)は、… 菅谷 佳代(すがやかよ、1955年または1956年 -)は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表として世界卓球選手権で女子団体銅メダル。 栃木県立真岡女子高等学校在学時の1973年度、全国高等学校卓球選手権大会では高橋省子と出場した女子ダブルスで優勝。国民体育大会卓球競技では高校の部で高橋らとともに栃木県代表として優勝。 青山学院大学在学時の1975年度、全日本大学総合卓球選手権大会では高山徳子と出場した女子ダブルスで初優勝。全日本卓球選手権大会で高山と出場した女子ダブルス決勝で小野文子 / 鎌倉由美子組を2-0で下し優勝。 1976年度、大学選手権ではシングルスで初優勝。 1977年度、大学選手権ではシングルスで2連覇、塚本英子と出場した女子ダブルスで2度目の優勝。
佐久間 康夫(さくま やすお、1955年〈昭和30年〉 - … 佐久間 康夫(さくま やすお、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の英文学者、演劇学者、青山学院大学文学部教授。専門はイギリス演劇。シェイクスピアが専門。 東京都生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業、同大学大学院文学研究科修士課程修了、同研究科英米文学専攻博士課程単位取得済退学 。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
滝田 誠一郎(たきた せいいちろう、1955年 - )は日本… 滝田 誠一郎(たきた せいいちろう、1955年 - )は日本のノンフィクション作家・ジャーナリスト。前日本ペンクラブ理事(言論表現委員会委員長)。 東京都出身。青山学院大学卒業。 ビジネス世界を舞台にしたヒューマン・ドキュメンタリーを数多く手がける。
中村 桃子(なかむら ももこ、1955年- )は、日本の言語… 中村 桃子(なかむら ももこ、1955年- )は、日本の言語学者。関東学院大学教授。 東京都生まれ。1978年青山学院大学英米文学科卒、1981年上智大学大学院外国語学研究科言語学専攻博士課程前期修了。1987年関東学院大学専任講師、1991年助教授、1997年教授。 1992年-1994年カナダ、ブリティッシュコロンビア大学客員研究員。2007年『「女ことば」はつくられる』で第27回山川菊栄賞受賞。2011年「The ideology of Japanese women’s language: a historical discourse analysis」(日本語における女ことばのイデオロギー)でお茶の水女子大学博士(人文科学)。
松本 茂(まつもと しげる、1955年 - )は、コミュニケ… 松本 茂(まつもと しげる、1955年 - )は、コミュニケーション教育の専門家。とくに、日本語および英語によるディベート教育の普及活動、中学・高校における英語教育の改善、大学教育におけるコミュケーション関連プログラムの構築などに関しての経験豊富。2006年4月より立教大学経営学部国際経営学科教授。同学科バイリンガル・ビジネスリーダー・プログラム (BBL) 主査。また、2014年4月より同大学グローバル教育センター長も務めている。
五島 典昭(ごとう のりあき、1955年〈昭和30年〉 - … 五島 典昭(ごとう のりあき、1955年〈昭和30年〉 - )は、東京都出身の日本の神職。肥前福江藩五島家第35代当主。 東京都で一般的なサラリーマン家庭の次男として生まれる。 青山学院大学を卒業後は、近畿日本ツーリストに入社。東京本社の海外旅行担当課長などを歴任する。 31歳の時に母方の縁戚に当たる、福江藩五島家に養子入りをし、当主に就く。五島家は先代当主の盛輝が1945年9月2日に長崎への原爆投下の影響を受けて、40歳で亡くなって以来当主が不在であった。典昭の母が盛輝の夫人の12歳下の妹であったため、養子入りの話が決まったという。 2005年に49歳で近畿日本ツーリストを退職し、五島市に移住した。
河原井 正雄(かわらい まさお、1954年(昭和29年)7月… 河原井 正雄(かわらい まさお、1954年(昭和29年)7月26日 - )は、群馬県桐生市出身の元アマチュア野球選手、野球指導者。青山学院大学硬式野球部監督・大学野球日本代表監督等を歴任。 桐生市本町に生まれる。子どものころから稲川東一郎率いる群馬県立桐生高等学校硬式野球部に憧れ同校へ入学、1年生から中心選手として活躍する。投手として1972年夏の甲子園県大会を勝ち抜き、北関東大会準決勝に進出。足利工の石田真と投げ合うが9回サヨナラ負け、甲子園には出場できなかった。 1973年に卒業後、青山学院大学に進学し同大学硬式野球部に所属。東都大学野球リーグでは優勝に届かなかったが、同1973年春季リーグでは1年上のエース金沢真哉を擁し、深沢進(のち東芝)らとともに打線の中心となり活躍。
岡本 勝人(おかもと かつひと、1954年(昭和29年)7月… 岡本 勝人(おかもと かつひと、1954年(昭和29年)7月20日 - 2025年11月5日)は、日本の詩人、文芸評論家。 埼玉県小川町に生まれる。県立川越高等学校卒業後、青山学院大学法学部公法学科に進学。大学在学中に、西洋史の秀村欣二、文芸評論家の饗庭孝男、詩人の黒田三郎に出会う。また高校の同窓である作家の盛田隆二、水城昭彦と同人誌「積乱雲」を発行する。大学卒業後、学校法人大乗淑徳学園法人本部他に勤務。在職中に、加島祥造、北村太郎、疋田寛吉などの「荒地」の詩人に出会う。また、小田切進、清岡卓行、高橋英夫に親炙する。早稲田文学、三田文学に作品を寄稿。週刊読書人にて、書評を執筆。その他、詩と詩論に関する書評、古寺巡礼や白洲正子論、柳宗悦論を執筆し、今日に至る。
和田 博文(わだ ひろふみ、1954年4月2日 - )は、日… 和田 博文(わだ ひろふみ、1954年4月2日 - )は、日本の文化史・比較文化・日本近現代文学の研究者。東洋大学名誉教授。東京女子大学で副学長・比較文化研究所長・丸山眞男記念比較思想研究センター長を歴任。 神奈川県横浜市生まれ。1979年青山学院大学経済学部経済学科卒業、1982年神戸大学大学院文学研究科修士課程(国文学専攻)修了、1984年同文化学研究科博士課程(文化基礎論専攻)中退。同年に奈良大学文学部国文学科専任講師となり、助教授、教授に。その間の1994年にロンドン大学SOAS客員研究員。2002年に東洋大学文学部日本文学文化学科教授となる。2012年にパリ第7大学客員研究員、2015年に復旦大学大学院客員教授。
丹波 博幸(たんば ひろゆき、1954年2月11日 - )は… 丹波 博幸(たんば ひろゆき、1954年2月11日 - )は、日本の音楽プロデューサー・ギタリスト・作曲家・編曲家。東京都出身。血液型はO型。 1972年、荒井由実のサポートとして、東京音楽祭に参加。同年より、スタジオ・ワークを始める。 1973年、青山学院大学のクラスメイトと、バンド「ブーメラン」でワーナー・パイオニアよりシングル2枚リリース。以降はスタジオ・ミュージシャンとして活動。 現在は、ギタリストのほか、音楽プロデューサー・作曲家・編曲家などで数々のアーティストのスタジオワーク、ライブなどで活動中。自身のアンプラグド音楽ユニット「SHIRO」にて、宮原芽映、窪田晴男と共に活動中。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、音楽関係者(バンド等)に関連した書きかけの項目です。
谷川 治恵(たにかわ はるえ、1954年2月9日 - )は、… 谷川 治恵(たにかわ はるえ、1954年2月9日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士。2002年引退。女流棋士番号は10から2。女流棋士会会長(2001年 - 2003年、2007年 - 2009年)。日本将棋連盟非常勤理事(2011年5月-)。埼玉県出身。青山学院大学卒業。佐瀬勇次名誉九段門下。 現 司会・聞き手 室谷由紀 (2024 - )現 司会・聞き手 和田あき (2026 - ) (棋士番号の割り当てがない棋士 → 「template:日本将棋連盟引退棋士」参照) この項目は、将棋の棋士(女流棋士・アマチュアを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:ボードゲーム/プロジェクト:人物伝)。
草柳 文恵(くさやなぎ ふみえ、1954年1月26日 - 2… 草柳 文恵(くさやなぎ ふみえ、1954年1月26日 - 2008年9月9日)は日本の女性ニュースキャスター、エッセイストである。 父は戦後を代表するジャーナリスト・評論家の草柳大蔵。 神奈川県に生まれる。1974年、青山学院大学在学中に第18回ミス東京コンテスト第1位に選ばれ、その後は東京都の海外親善使節などを務めた。1976年の青山学院大学フランス文学科卒業後は、マスコミで活動した。 1978年、将棋棋士・真部一男と結婚するが、のちに離婚した。離婚後はテレビのリポーターや司会、エッセイストとして活動した。 2008年9月9日、東京都中央区の自宅マンションで自殺を図り病院に搬送されたが、後に死亡が確認された。
大塚 聖一(おおつか せいいち、1954年1月16日 - )… 大塚 聖一(おおつか せいいち、1954年1月16日 - )は、日本の外交官。駐レバノン特命全権大使を経て、駐カタール特命全権大使。東京都出身。
古田 真美(ふるた まみ、1954年- )は、世界遺産などの… 古田 真美(ふるた まみ、1954年- )は、世界遺産などの研究者。夫の古田陽久が設立したシンクタンクせとうち総合研究機構および世界遺産総合研究所の各事務局長を務めた(1998年現在[update]–)。 広島県呉市生まれ。広島県立呉三津田高等学校から青山学院大学に進学し文学部史学科を卒業する。1990年からシンクタンクせとうち総合研究機構の事務局長職につき、世界遺産総合研究所事務局長兼務(1998年–)。広島県景観審議会委員、広島県放置艇対策あり方検討会委員、NHK視聴者会議委員などを歴任する。世界の40か国約200箇所の世界遺産地を歴訪、世界遺産委員会に例年、オブザーバーとして出席してきた。
阪本 浩(さかもと ひろし、1954年 - )は、日本の西洋… 阪本 浩(さかもと ひろし、1954年 - )は、日本の西洋史学者、第19代青山学院大学学長。 宮城県仙台市生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業、東北大学大学院文学研究科西洋史学専攻博士課程退学。1985年より青山学院大学文学部史学科専任講師。助教授を経て、1999年より同大学教授となった。2016年より文学部長・大学院文学研究科長、2017年より副学長・青山スタンダード教育機構機構長、2018年より学校法人青山学院評議員。2019年より学長を務めている。 専門は古代ローマ史。西洋史研究会、日本西洋史学会、キリスト教史学会等に所属。
日暮 雅通(ひぐらし まさみち、1954年 - )は、日本の… 日暮 雅通(ひぐらし まさみち、1954年 - )は、日本の翻訳家。翻訳学校ユニカレッジ講師。筆名に「日暮まさみち」。日本推理作家協会会員、日本SF作家クラブ会員、日本文藝家協会会員。日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員。 千葉県千葉市出身。小学生の頃からホームズ物語のとりこになる。青山学院大学理工学部物理学科卒業。同大学の推理小説研究会に所属。 在学中にミステリーの翻訳をはじめ、著作権代理店、出版社など十年間の会社勤務の後に翻訳家として独立。ミステリー、SF、コンピュータ書など、幅広い分野の訳書がある。 2023年、『シャーロック・ホームズ・バイブル 永遠の名探偵をめぐる170年の物語』で第76回日本推理作家協会賞評論・研究部門を受賞。
古草 秀子(ふるくさ ひでこ、1954年- )は、日本の翻訳… 古草 秀子(ふるくさ ひでこ、1954年- )は、日本の翻訳家。 青山学院大学文学部卒業。ロンドン大学アジア・アフリカ研究院を経て、ロンドン大学経済学院大学院で国際政治学を専攻。
千代 正行(ちよ まさゆき、1954年 - )は、茨城県生ま… 千代 正行(ちよ まさゆき、1954年 - )は、茨城県生まれの日本のギタリスト、作曲家、編曲家。 息子はプロレーシングドライバーの千代勝正。 茨城県牛久市に生まれる。青山学院大学入学後19歳の時にみなみらんぼうと出会いバックバンドとして参加。大学中退後、23歳でみなみの『山口さんちのツトム君』などNHK「みんなのうた」の編曲を手がけるも、ギタリストを目指し25歳の時に渡米。帰国後は森田童子の編曲や多くのCM音楽の他、映画やアニメ、ドラマの作曲、編曲も手がけている。とくに編曲を手がけた森田の『たとえばぼくが死んだら』は1993年の映画『高校教師』の主題歌に起用されてリバイバルヒットを記録した。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。
上田 栄治(うえだ えいじ、1953年12月22日 - )は… 上田 栄治(うえだ えいじ、1953年12月22日 - )は、千葉県館山市出身の元サッカー選手(FW)、サッカー指導者(JFA 公認S級コーチ)。現在は日本サッカー協会特任理事、女子委員長を務めている。 薬園台高校から1972年に青山学院大学へ進学し、4年次の1975年には日本学生選抜に選出されて、ソウルで行われた日韓定期戦に出場。卒業後の1976年にフジタ工業へ入部するが、卒業前にも日本学生選抜メンバーとして世界大学サッカー大会(ウルグアイ)に出場。入部後はFWとしてプレーし、JSL通算88試合20得点を記録するなど、3度のJSL1部優勝(1977年, 1979年, 1981年)と2度の天皇杯制覇(1977年, 1979年)に貢献。
藤本 朝巳(ふじもと ともみ、男性、1953年9月18日 -… 藤本 朝巳(ふじもと ともみ、男性、1953年9月18日 - )は、日本の英米児童文学研究者、翻訳家。元フェリス女学院大学教授。 熊本県阿蘇郡高森町生まれ。 青山学院大学英米文学科卒業。1995年関東学院大学文学研究科修士課程英語英米文学専攻修了、1998年白百合女子大学大学院児童文学科博士課程単位取得退学。米国ポートランド州立大学留学。2007年度英国ケンブリッジ、Anglia Ruskin University, Department of English, 客員研究員、フェリス女学院大学文学部英語英米文学科教授。絵本学会、1999年10月~2003年9月、運営委員、2009年4月~2015年3月、理事(機関誌編集委員長)、2018年6月~、会長代理(及び機関誌編集委員長)、JBBY(日本国際児童図書評議会)理事、2005年、国際アンデルセン賞・画家賞 国内選考委員、日本イギリス児童文学会(1999年10月~2016年3月、理事、2001年10月~2003年10月、東日本支部長、2010年4月~2012年3月、事務局長)、日本児童文学学会(2011年10月~2015年3月、評議員)、伊藤忠記念財団子ども文庫助成事業(2007年4月~2013年3月、選考委員、2009年度~2013年3月、選考委員長)、日本基督教団出版局(2011年~2019年、信仰伝道企画委員会協力委員)などを歴任[要出典]。
大谷 卓男(おおたに たくお、1953年6月11日 - )は… 大谷 卓男(おおたに たくお、1953年6月11日 - )は、日本の企業家。勲等は旭日小綬章。テーオーシー社長。星製薬株式会社代表取締役。学校法人星薬科大学理事長。株式会社ハーフ・センチュリー・モア取締役。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
田島 寿一(たじま としかず、1953年(昭和28年)4月2… 田島 寿一(たじま としかず、1953年(昭和28年)4月22日 - )は、日本の企業家。現在、株式会社TASAKI社長である。 昭和28年4月22日に東京都に出生。昭和53年に大学を卒業し、ジャーディンマセソン&カンパニー(ジャパン)リミテッドに入社。グッチジャパン入社営業本部長などを務める。平成9年4月にクリスチャン・ディオールへと入社し、取締役営業本部長を務める。平成10年4月には、クリスチャン・ディオール代表取締役社長に就任。平成16年10月に、LVJグループ株式会社フェンディ ジャパン カンパニーの社長 兼 最高経営責任者(CEO)を務める。平成21年1月に田崎真珠(現・TASAKI)代表取締役社長に就任。
岡﨑 誠也(おかざき せいや、1953年(昭和28年)3月1… 岡﨑 誠也(おかざき せいや、1953年(昭和28年)3月17日 - )は、日本の政治家。元高知県高知市長(5期)。国民健康保険中央会会長。 高知県宿毛市出身。高知学芸高等学校卒業。1975年(昭和50年)3月、青山学院大学経済学部卒業。同年4月、高知市役所に入庁。 2003年(平成15年)10月、高知市役所産業振興部副部長・産業振興部産業政策課長事務取扱を最後に高知市役所を退職。松尾徹人の高知県知事選挙転出に伴って11月30日に行われた高知市長選挙に立候補。民主党・社民党の推薦と公明県本部の支持を受けて初当選した。 2004年(平成16年)、全国市長会副会長に就任。 2007年(平成19年)、自民党、民主党、公明党、社民党推薦で立候補し再選。
日下部 圭子(くさかべ けいこ、1953年1月8日 - )は… 日下部 圭子(くさかべ けいこ、1953年1月8日 - )は、日本の映画ディストリビューター、プロデューサーである。有限会社マコトヤ代表取締役。 青山学院高等部から青山学院大学を卒業。1986年フリーのパブリシストとして映画の仕事をはじめる。ワーナー・ブラザース作品を手がけつつ、インディーズ映画の大ヒット作(『追悼のざわめき』(監督:松井良彦/88年中野武蔵野ホール公開時)も生みだす。イタリアの鬼才ナンニ・モレッティ初期5作品、『バレット・バレエ』(1998年)から『KOTOKO』(2013年)までの塚本晋也監督・海獣シアター製作作品など国内配給。個性的な作品を企画(ときに製作出資)、劇場・テレビなどへの配給、宣伝等あらゆる側面から世に送りだす。
森 昌行(もり まさゆき、1953年1月7日 - )は、日本… 森 昌行(もり まさゆき、1953年1月7日 - )は、日本の実業家・芸能プロモーター。 オフィス北野(現・TAP)元代表取締役社長で、社長退任以降も同社取締役を務めた。 高校卒業まで鳥取県鳥取市で過ごす。鳥取県立鳥取西高等学校を経て、1976年に青山学院大学法学部を卒業。テレビ番組制作会社スーパープロデュースに入社し、ADやリサーチスタッフとして『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』(テレビ朝日)や『クイズ!!マガジン』(テレビ朝日)などの制作に携わる。 1980年に『クイズ!!マガジン』でADとしてビートたけしと出会うが、当時は単なる司会者とスタッフの関係だった。1981年に『アイドルパンチ』(テレビ朝日)でチーフAD、ディレクターを務め、主要なスタッフとして企画立案に参画するようになる。
海老原 靖芳(えびはら やすよし、1953年1月 - )は、… 海老原 靖芳(えびはら やすよし、1953年1月 - )は、日本の放送作家。 長崎県佐世保市生まれ。同市の大黒町市営第三住宅(後に大黒団地へ改築)で育つ。 朝鮮総督府鉄道局で勤務した世田谷出身の父は戦後、佐世保競輪場内で食堂「みよし乃」を経営した。 佐世保市立福石小学校2年生の時、父が14インチ白黒の中古を購入し、テレビが心(の)友となる。佐世保市立福石中学校3年生の時には、佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争を間近で体感する。 長崎県立佐世保南高等学校では部活動に入らず、友人とエレキバンドを組んでドラムを担当していた。雑誌『平凡パンチ』を読み続けた影響で東京に憧れる。 1971年に3校を受験し、現役で青山学院大学経済学部に合格して進学。
柏田 道夫(かしわだ みちお、1953年 - )は、日本の脚… 柏田 道夫(かしわだ みちお、1953年 - )は、日本の脚本家、シナリオ講師、小説家。 シナリオ・センターの講師も務める。青山学院大学文学部日本文学科卒業。 ストレス解消は映画観賞で、年間130〜150本の作品を映画館で観る。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
安田 亘宏(やすだ のぶひろ、1953年 - )は、日本の観… 安田 亘宏(やすだ のぶひろ、1953年 - )は、日本の観光学者。旅の創造研究所(旅創研)所長。 青山学院大学経済学部卒業、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。 1977年株式会社日本交通公社(現、株式会社JTB)に入社、2006年JTBグループ旅の販促研究所所長。2010年西武文理大学サービス経営学部教授(-2019)を経て現職。 東京福祉大学・東京立正短期大学・新潟青陵大学非常勤講師、JTBツーリズムビジネスカレッジ専門講師。 日本語教師、日本酒学講師・唎酒師。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
那須 真知子(なす まちこ、1952年10月5日 - )は、… 那須 真知子(なす まちこ、1952年10月5日 - )は、日本の脚本家。夫は映画監督の那須博之(2005年死別)。 福島県いわき市出身。福島県立磐城女子高等学校(現・福島県立磐城桜が丘高等学校)卒業、青山学院大学文学部卒業。中学生時代は短距離走の選手で、元々文学も映画も興味が無かったという。大学卒業後はOLになるも「身に合わなかった」ということで、母親が募集記事を見て勧めてくれたことによりシナリオ学校に入学。1977年、にっかつシナリオコンクールに応募した『横須賀男狩り 少女・悦楽』で脚本家デビューし、翌々年にはテレビドラマ『大都会 PARTIII』で一般作品に進出する。1985年、夫・博之とのコンビで手掛けた『ビー・バップ・ハイスクール』が大ヒットしシリーズ化。
橘 右橘(たちばな うきつ、本名:中村 泰士(なかむら やす… 橘 右橘(たちばな うきつ、本名:中村 泰士(なかむら やすひと)、1952年(昭和27年)8月27日 - )は橘流寄席文字・勘亭流文字・江戸文字書家。演芸プロデューサー・演芸評論家。 橘流寄席文字一門理事。有限会社大有企画代表取締役。荒川区登録無形文化財保持者。「駄句駄句会」同人、俳号は「粕利 」。篝火舎心亭の雑俳「つ花連」門下で篝火舎右橘として立机。 東京都台東区稲荷町生まれ。台東区立西町小学校卒業後、中学から大学まで青山学院に進学。鈴本演芸場六代目席亭の鈴木寧は高校・大学の同級生。大学では落語研究会に所属。落語研究会では三遊亭円楽(6代目)と一緒だった。 1971年大学入学後、寄席文字橘流の橘右近に師事。