髙橋 恒一(たかはし こういち、1944年 - )は、日本の… 髙橋 恒一(たかはし こういち、1944年 - )は、日本の外交官。法務大臣官房審議官、外務省国際社会協力部長、駐チェコ共和国特命全権大使、外務省研修所長等を経て、日本チェコ友好協会会長。 東京都立北園高等学校を経て、昭和43年度外務公務員採用上級試験合格。1969年国際基督教大学教養学部卒業、外務省入省。 外務省経済協力局政策課企画官兼外務公務員採用第Ⅰ種試験委員(ドイツ語)等を経て、1985年外務省経済協力局国際機構課長。 1987年在カナダ日本国大使館参事官。1990年在タイ日本国大使館参事官。1992年在ドイツ日本国大使館参事官。1996年在ベルリン日本国総領事館総領事。 1997年東京都外務長。
小河 陽(おがわ あきら、1944年 - )は、日本の神学者… 小河 陽(おがわ あきら、1944年 - )は、日本の神学者。立教大学名誉教授、関東学院前院長。 岡山県生まれ、大阪市出身。1967年国際基督教大学人文科学科卒業。1970年東京大学大学院人文科学研究科西洋古典学博士課程中退。1970-1973年東京大学教養学部助手。1971-1975年フランス・ストラスブール大学プロテスタント神学部大学院課程在籍、宗教学で博士の学位を取得。1975-1988年スウェーデンのウプサラ大学、ニューヨークのユニオン神学校に留学。1989年弘前学院大学文学部教授。1991年立教大学文学部教授、2010年定年、名誉教授、関東学院大学経済学部教授、2014年関東学院院長。
四日谷 敬子(しかや たかこ、1944年 - )は、日本の哲… 四日谷 敬子(しかや たかこ、1944年 - )は、日本の哲学者。京都大学名誉教授。 横浜生まれ。1968年国際基督教大学哲学科卒業。1974年京都大学大学院文学研究科単位取得満期退学、74-76年DAAD(ドイツ学術交流会)奨学金により西独ボッフム大学哲学科およびヘーゲル・アルヒーフに留学。76-78年京大文学部研修員、京大教養部助教授、93年京都大学総合人間学部教授、96年「存在・思惟・個体性 -ドイツ観念論とヘーゲル論理学」で京大文学博士。99年10月から2000年1月DAADの再招待により、ドイツ・ヴッパータール大学に研究滞在。2003年京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2008年定年退任、名誉教授。
山口 光(やまぐち こう、1944年 - )は、日本のジャー… 山口 光(やまぐち こう、1944年 - )は、日本のジャーナリスト。共同通信社顧問。岩手県水沢市(現・奥州市)に生まれる。 1963年岩手県立水沢高等学校、1967年国際基督教大学を卒業後、1968年共同通信社に入社し、サイゴン(現ホーチミン)・バンコク・ニューヨーク支局を経て、編集局外信部次長、ジュネーブ支局長、総務局次長、1988年長野オリンピックメディア責任者、2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会スポークスマン、共同通信国際局長、業務顧問、企画経営室顧問などを歴任し、現在共同通信社社長室顧問。
柴田 都志子(しばた としこ、1943年11月23日 - )… 柴田 都志子(しばた としこ、1943年11月23日 - )は、日本の翻訳家。 東京生まれ。1967年国際基督教大学教養学部卒業後、筑摩書房勤務を経て、フランスに留学。1969年から1978年まで約9年間フランスに滞在。帰国後サイマル出版会勤務を経て、フリーランスの翻訳家となる(フランス語・英語原書の翻訳)。
蔭山 武人(かげやま たけと、1943年10月22日 - 2… 蔭山 武人(かげやま たけと、1943年10月22日 - 2016年12月16日 )は、元NHKエグゼクティブアナウンサー、元広島経済大学教授。享年73歳。
今野 雄二(こんの ゆうじ、1943年10月5日 - 201… 今野 雄二(こんの ゆうじ、1943年10月5日 - 2010年7月27日)は、日本の映画・音楽評論家、翻訳家、小説家。 北海道室蘭市生まれ。国際基督教大学教養学部語学科卒業後、平凡出版(後のマガジンハウス)に入社。『平凡パンチ』『an・an』編集部を経て、評論家として独立。音楽評論家としては、ミッシェル・ポルナレフ、ロキシーミュージック、10ccなど、多数のレコードのライナーノーツを担当した。 日本テレビの深夜番組『11PM』に出演して映画紹介や流行のサブカルを紹介するコーナーを受け持ち、司会の愛川欽也から「コンちゃん」と呼ばれ、そのニックネームで知られるようになった。 1970年代にはその他に当時の若者向け番組『リブ・ヤング!』や『チャンネル泥棒!快感ギャグ番組!空飛ぶモンティ・パイソン』などに司会者として出演した。
松岡 佑子(まつおか ゆうこ、1943年9月10日 - )は… 松岡 佑子(まつおか ゆうこ、1943年9月10日 - )は、日本の英語通訳で翻訳家・実業家。出版社の静山社社長。福島県原町市(現・南相馬市)出身。ミドルネームはハリス。 ファンタジー小説「ハリー・ポッターシリーズ」の日本語版の翻訳者として知られる。 グループ会社とした出版芸術社の代表取締役もつとめる。 1998年、夫である松岡幸雄の死去に伴い、静山社の社長に就任した。しかし、静山社を引き継いだものの出版について知識のない松岡は、通訳の仕事を続けながら「どんな本」を出すべきか暗中模索の日々を送っていた。 同年、ロンドンに住む昔からの友人であるダン&アリソン夫妻のもとを訪れた際、「語学力を生かして、翻訳本を出したいと思っているんだけど、何か面白い本はないかしら?」と尋ねたところ、ダンが「それならこの本だ! 子どものいるイギリス人で、これを読んでいない親はいないって言われている。
櫻井 万里子(さくらい まりこ、1943年7月26日 - )… 櫻井 万里子(さくらい まりこ、1943年7月26日 - )は、日本の歴史学者。専門は古代ギリシア史。学位は、博士(文学)(東京大学・論文博士・1999年)(学位論文「古代ギリシア社会史研究」)。東京大学名誉教授。ロンドン大学キングズ・カレッジ客員教授。 単著の『古代ギリシアの女たち』や『ソクラテスの隣人たち』で、女性やメトイコイ(在留外国人)をテーマとした動機として、スタンフォード大学の客員研究員としてカリフォルニアに住んだ際のカルチャーショックをあげている。 日本学術会議第20期、第21期会員、第22期連携会員
村瀬 信也(むらせ しんや 1943年4月4日 - )は、日… 村瀬 信也(むらせ しんや 1943年4月4日 - )は、日本の法学者。専門は、国際法・国際経済法・国際環境法。学位は、法学博士(東京大学・課程博士・1972年)。上智大学名誉教授。2009年以来2022年まで、国際連合の国際法委員会の委員を務める 経済産業省産業構造審議会地球環境部会「温暖化に関する将来枠組み検討専門委員会(2003年 - 2005年) 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)委員(2004年 - 2007年) 安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の有識者委員(2007-08年、2013-14年) 『流れ星を待ちながら』(東信堂、2005年)(筆名:滝村洸) 『幻影の嘉例吉(かりゆし)』(信山社、2016年)(筆名:黒内彪吾) 『禁断の赤ワイン』(東京図書出版、2021年10月)(筆名:黒内彪吾) 英語版 Environs of International Law (s-murase blog)
村瀬 信也(むらせ しんや 1943年4月4日 - )は、日… 村瀬 信也(むらせ しんや 1943年4月4日 - )は、日本の法学者。専門は、国際法・国際経済法・国際環境法。学位は、法学博士(東京大学・課程博士・1972年)。上智大学名誉教授。2009年以来2022年まで、国際連合の国際法委員会の委員を務める 経済産業省産業構造審議会地球環境部会「温暖化に関する将来枠組み検討専門委員会(2003年 - 2005年) 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)委員(2004年 - 2007年) 安倍晋三首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の有識者委員(2007-08年、2013-14年) 『流れ星を待ちながら』(東信堂、2005年)(筆名:滝村洸) 『幻影の嘉例吉(かりゆし)』(信山社、2016年)(筆名:黒内彪吾) 『禁断の赤ワイン』(東京図書出版、2021年10月)(筆名:黒内彪吾) 英語版 Environs of International Law (s-murase blog) この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
八田 達夫(はった たつお、1943年3月23日 - )は、… 八田 達夫(はった たつお、1943年3月23日 - )は、日本の経済学者。専門は、応用ミクロ経済学・公共経済学・都市経済学・法と経済学など。アジア成長研究所理事長。大阪大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授、東京財団政策研究所名誉研究員。 大阪大学社会経済研究所所長、アジア成長研究所所長・経済同友会政策分析センター所長・政策研究大学院大学学長・経済産業研究所ファカルティフェロー・電力・ガス取引監視等委員会委員長を歴任。Ph.D.(ジョンズ・ホプキンス大学、1973年)。北九州市小倉北区出身。
佐藤 尚子(さとう ひさこ、1943年3月3日 - 2009… 佐藤 尚子(さとう ひさこ、1943年3月3日 - 2009年4月7日)は、日本の教育学者。 福島県生まれ。1965年東京学芸大学卒、小学校教員をへて1972年国際基督教大学大学院に入り、88年「二十世紀前半の中国におけるキリスト教学校とナショナリズム 高等教育を中心にして」で教育学博士。活水女子短期大学助教授、大分大学教育学部教授、1997年広島大学教育学部教授、2006年定年退官、名誉教授、神戸山手大学教授。アジア教育学会会長。
長井 鞠子(ながい まりこ、1943年 - )は、日本の通訳… 長井 鞠子(ながい まりこ、1943年 - )は、日本の通訳者、会議通訳者。株式会社サイマル・インターナショナルの顧問。主要国首脳会議(サミット)をはじめとする、多くの国際会議やシンポジウムの同時通訳で活躍している。 宮城県仙台市生まれ。宮城学院中学校・高等学校卒業。国際基督教大学卒業。 小学1年の時、音楽教室のスズキ・メソードで、ヴァイオリンを始める。高校在学中、AFS生として奨学金でアメリカ合衆国に留学している。 大学2年生だった1964年、東京オリンピックで通訳を経験する。1967年、日本初の同時通訳エージェントであったサイマル・インターナショナルの専属通訳者になる。以降、日本の会議通訳者の草分け的存在として活躍する。
長谷川 祐弘(はせがわ すけひろ、1942年11月28日 -… 長谷川 祐弘(はせがわ すけひろ、1942年11月28日 - )は、特定非営利活動法人 日本国際平和構築協会 理事長、国際関係開発論博士。日本人として二人目の国連事務総長特別代表、元法政大学法学部教授。 法政大学教授、国際連合大学客員教授 を務めた後、現在はジョゼ・ラモス=ホルタ東ティモール民主共和国元大統領・総理大臣特別顧問、日本国際連合協会理事、地球憲章アジア太平洋日本委員会理事、国連システム学術評議会(ACUNS) 東アジア連絡事務所長、特定非営利活動法人 日本国際平和構築協会 理事長。 1966年ミシガン大学政治学部卒業、1968年国際基督教大学大学院修士課程(国際行政学)修了、1974年ワシントン大学で博士号(国際関係開発論)取得。
秋山 豊寛(あきやま とよひろ、1942年(昭和17年)6月… 秋山 豊寛(あきやま とよひろ、1942年(昭和17年)6月22日 - )は、日本のジャーナリスト、ソビエト連邦第3級宇宙飛行士、京都造形芸術大学芸術学部教授。元TBS記者・ワシントン支局長。
有馬 利男(ありま としお、1942年5月31日 - )は、… 有馬 利男(ありま としお、1942年5月31日 - )は、日本の実業家。富士ゼロックス(現:富士フイルムビジネスイノベーション)代表取締役社長や、ジャパン・プラットフォーム共同代表理事、りそなホールディングス取締役指名委員会委員長、キリンホールディングス取締役、富士重工業(現:SUBARU)取締役などを歴任した。 鹿児島県鹿児島市出身。ラ・サール高等学校卒業後、1年間の大学受験浪人生活を経て、京都大学にも合格したが国際基督教大学に進学する。1967年に大学を卒業し、富士ゼロックス入社。2002年から富士ゼロックス代表取締役社長を務めた。2006年富士フイルムホールディングス取締役。2007年富士ゼロックス取締役相談役。
ジュリアン・ヴィクター・コシュマン(Julian Victo… ジュリアン・ヴィクター・コシュマン(Julian Victor Koschmann、1942年 - )は、アメリカの歴史学者、専門は、日本思想史。 1942年生まれ。国際基督教大学で学び、1965年に卒業。上智大学大学院に進み、1971年に修士号を取得。1980年、シカゴ大学で博士号を取得した。現在、コーネル大学歴史学部教授。
近藤 邦夫(こんどう くにお、1942年 - )は、日本の心… 近藤 邦夫(こんどう くにお、1942年 - )は、日本の心理学者。東京大学名誉教授。 東京生まれ。1965年国際基督教大学教養学部社会科学科卒業。1968年東京大学大学院教育学研究科教育心理学修了。1969年同博士課程中退、助手。1975年順天堂大学体育学部専任講師。1977年千葉大学教育学部専任講師。1978年同助教授。1985年東京大学教育学部教育心理学科助教授。1994年同教授。2002年退官、東京大学名誉教授。専門は臨床心理学。
岡本 英雄(おかもと ひでお、1942年/1943年 - 2… 岡本 英雄(おかもと ひでお、1942年/1943年 - 2010年9月11日)は、日本の社会学者。上智大学教授として在職中に死亡、後に名誉教授の称号を追贈された。主な研究テーマは、職業意識など職業に関する社会学的研究。 神奈川県藤沢市出身。 1965年に国際基督教大学教養学部を卒業、その後、東京大学社会学研究科に進み、1969年まで在籍していた。 その後、上智大学文学部の教員となり、助教授を経て、1989年に教授に昇任し、さらに2005年に開設された総合人間科学部へ移った。上智大学総合人間科学部社会学科在職中に急逝した。
佐藤 英夫(さとう ひでお、1942年 - 2001年5月1… 佐藤 英夫(さとう ひでお、1942年 - 2001年5月1日)は、日本の政治学者。元筑波大学社会工学系教授。専門は、国際関係論、対外政策論、日米関係。 群馬県生まれ。国際基督教大学卒業。シカゴ大学で学び、1976年博士号取得(政治学)。ブルッキングス研究所研究員、イェール大学政治学部助教授、準教授を経て、1982年から筑波大学社会工学系教授。同大学国際関係学類第三代学類長などを歴任。日本国際政治学会理事長、国際連合大学学長上級顧問を歴任。
山本 光伸(やまもと みつのぶ、1941年〈昭和16年〉12… 山本 光伸(やまもと みつのぶ、1941年〈昭和16年〉12月 - )は、日本の翻訳家。北海道当別町在住。別筆名に三木学。 インターカレッジ札幌顧問、(株)柏艪舎代表取締役、文芸翻訳検定協会代表理事。筆名・三木学。 東京都武蔵野市出身。父親は海軍軍人だった。中学1年のときから剣道を始める。 国際基督教大学教養学部歴史学科卒業。大学には剣道部がなかったため、空手部に所属した。河出書房に入社するが、半年後会社が倒産、以後文芸翻訳の道に入る。『ゴッドファーザー』、『トップガン』のノベライズをはじめハードボイルド小説の翻訳が多い。30代からの20年間ほどは鎌倉市で剣道道場を経営して生計を立てた。 三島由紀夫の「楯の会」への入会を9歳年下の従弟で当時神奈川大学生だったT(田村司)に勧め、楯の会一周年記念パレードに招待されて参加し、会員たちとも親交を持っていた。
浅井 和子(あさい かずこ、1941年7月20日 - )は、… 浅井 和子(あさい かずこ、1941年7月20日 - )は、日本の弁護士、外交官。民間人初の駐ガーナ兼シエラレオネ兼リベリア特命全権大使や、アフリカ協会顧問、土佐高校理事等を務めた。 東京都に生まれ、高知県で育つ。旧姓中谷。中谷貞頼元衆議院議員は父。中谷元元防衛大臣は甥。土佐高等学校を経て、1964年国際基督教大学卒業した翌年に結婚、3人の子供と授かり、家庭と両立しつつ、並行して弁護士の資格を取り、1972年第一東京弁護士会弁護士登録。2000年ブラッドフォード大学平和研究大学院修了、修士。司法研修所の同期からの要請で、2002年から民間人としては初となる駐ガーナ兼シエラレオネ兼リベリア特命全権大使を務めた。
横尾 和子(よこお かずこ、1941年4月14日 - )は、… 横尾 和子(よこお かずこ、1941年4月14日 - )は、日本の厚生官僚。第26代社会保険庁長官、元最高裁判所判事(在任期間:2001年12月19日 - 2008年9月10日、日本で歴代2人目の女性最高裁判事)。 東京都出身。東京学芸大学附属高等学校を経て、国際基督教大学在学中に福祉施設でアルバイトをした際に予算が少ないことを感じたことをきっかけに厚生省に関心を持ち、国家公務員採用上級試験を受験して合格する。大学卒業後の1964年、旧厚生省に入省。なお、この年(1964年)に入省した女性の上級職採用者は、労働省の松原亘子(のち女性初の事務次官)、通産省の伊藤よし子(のち蒲よし子、夭折)ら数えるほどだった。
田口 俊明(たぐち としあき、1941年4月 - )は、日本… 田口 俊明(たぐち としあき、1941年4月 - )は、日本の実業家。トヨタ自動車専務取締役、トヨタモーターノースアメリカ(TMA)社長を歴任。
木村 博江(きむら ひろえ、1941年3月27日 - )は、… 木村 博江(きむら ひろえ、1941年3月27日 - )は、日本の翻訳家。 東京出身。国際基督教大学卒業。エールフランス勤務、草思社勤務、編集者を経て、はじめ音楽関係の翻訳をするが、のち動物もの、恋愛論などノンフィクションや推理小説に領域を広げる。『なぜ美人ばかりが得をするのか』(ナンシー・エトコフ、草思社、2000年)はベストセラーになった。また、前野 律名義でジャズ関係の本のほか、ロマンチックサスペンスものや、幼児教育関係の本の翻訳も手がけている。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
大宅 映子(おおや えいこ、本名:枝廣 映子、1941年(昭… 大宅 映子(おおや えいこ、本名:枝廣 映子、1941年(昭和16年)2月23日 - )は、日本のジャーナリスト、評論家、コメンテーター。 ジャーナリスト大宅壮一の三女。兄は詩人・大宅歩。芸能事務所ホリプロがマネジメントしている。 株式会社大宅映子事務所代表取締役、公益財団法人大宅壮一文庫理事長。(母・大宅昌から引き継いだ。) CNNj放送番組審議会委員、AXNエンタテインメント放送番組審議会委員、西武ホールディングス社外取締役、日本年金機構理事、公益財団法人日本国際フォーラム評議員、日本ゴルフ改革会議議長。元日本インフォメーションシステムズ (NIS) 代表取締役、元株式会社髙島屋社外取締役、元資生堂社外監査役。
栗山 富夫(くりやま とみお、1941年〈昭和16年〉2月2… 栗山 富夫(くりやま とみお、1941年〈昭和16年〉2月20日 - 2025年〈令和7年〉6月18日)は、日本の映画監督・脚本家。 茨城県鹿島郡旭村(現・鉾田市)または東京都生まれ。茨城県立鉾田第一高等学校、国際基督教大学社会科学科卒業後の1965年、松竹に入社する。助監督を経て、『いとしのラハイナ』で監督に昇進する。1985年、『祝辞』で芸術選奨新人賞を受賞する。『釣りバカ日誌』の作者により映画化第一作の監督に指名。その後も監督を担当し、計11作を手がけ、国民的映画に育て上げた。 2025年6月18日、悪性リンパ腫のため死去。84歳没。
平野 次郎(ひらの じろう、1940年(昭和15年)12月1… 平野 次郎(ひらの じろう、1940年(昭和15年)12月19日 - )は、日本のジャーナリスト、学者である。日本放送協会(NHK)解説委員、記者を経て、学習院女子大学特別専任教授。
池 央耿(いけ ひろあき、1940年9月3日 - 2023年… 池 央耿(いけ ひろあき、1940年9月3日 - 2023年10月27日)は、日本の英文翻訳家。日本文芸家協会会員。東京都大田区生まれ、国際基督教大学出身。 1964年、国際基督教大学教養学部人文科学科卒。同年、産業技術映画協会の制作部に勤務。1965年にいったんフリーになった後、1966年から1972年に岩波映画製作所演出部に所属。 以後、フリーの翻訳家となる。その訳業は英米のノンフィクション、エッセイ、推理小説、サスペンス、冒険小説、SF、ファンタジー、児童文学など多岐にわたる。 映画『E.T.』ノベライズ、ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』、ロバート・フルガム(英語版)『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』、ピーター・メイル『南仏プロヴァンスの12ヶ月』などの訳書がベストセラーになった。
石塚 雅彦(いしづか まさひこ、1940年 - )は、日本の… 石塚 雅彦(いしづか まさひこ、1940年 - )は、日本のジャーナリスト、翻訳家。 東京生まれ。1963年国際基督教大学教養学部社会科学科卒業、日本経済新聞入社。1970年コロンビア大学ジャーナリズムスクール卒業。1976年から1980年香港支局長、1983年から1988年The Nikkei Weekly(英文日経)編集長、1990年から2000年論説委員。2000年から2004年フォーリン・プレスセンター専務理事。英国首相の回想記を度々訳した。
小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は… 小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は、日本の映画評論家、漫画評論家、海外コミック翻訳家、海外コミック・アニメーション研究家。東京都世田谷区出身。 アメリカンコミックス紹介で、KOSEIというペンネームを使っていたことがある。 日本における海外コミックの翻訳出版および研究、紹介の第一人者。元NHK職員。日本マンガ学会理事をへて3代目会長。日本漫画家協会会員(参与)。 熱気球パイロットのライセンスを持っており、日本気球連盟会員。 父は漫画家の小野佐世男。 東京市世田谷区代田[要出典]に生まれるが、自宅が空襲にあい、埼玉県指扇(さしおうぎ)の母方の親戚宅[要出典]に疎開する。戦中にインドネシアに渡っていた父の小野佐世男が1946年5月末に帰国し、世田谷・北沢の父の姉の家に家族で転居する。
野本 和幸(のもと かずゆき、1939年8月28日 - )は… 野本 和幸(のもと かずゆき、1939年8月28日 - )は、日本の哲学研究者。東京都立大学・創価大学名誉教授。 東京生まれ。国際基督教大学卒業、京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1988年「フレーゲの言語哲学」で京都大学より文学博士の学位を取得。茨城大学教養部講師、助教授、北海道大学教授、東京都立大学教授、2001年定年退官、名誉教授、創価大学教授、2010年退任、名誉教授。 2014年、『フレーゲ哲学の全貌』で、第26回和辻哲郎文化賞学術部門を受賞。
中村 健之介(なかむら けんのすけ、1939年6月24日 -… 中村 健之介(なかむら けんのすけ、1939年6月24日 - 2022年9月22日)は、日本のロシア文学研究者。北海道大学名誉教授。新潟県三条市出身。 国際基督教大学教養学部卒業、東京大学大学院比較文学比較文化博士課程中退、北海道大学助教授、教授を経て1995年より東京大学教養学部教授、2000年定年退官後は大妻女子大学比較文化学部教授、2010年定年退任。 もっぱらドストエフスキー研究に専念してきたが、近年は宣教師ニコライ・カサートキンとその周辺の研究で業績を挙げた。2007年、『宣教師ニコライの全日記』(監訳)で日本翻訳出版文化賞受賞。明治大学教授(英語圏文学)の中村和恵は長女。 2022年9月22日午前4時2分、肺炎のため兵庫県の病院で死去。
小山 修三(こやま しゅうぞう、1939年3月24日 - )… 小山 修三(こやま しゅうぞう、1939年3月24日 - )は、日本の文化人類学者・考古学者。専門は、民族学(オーストラリア・アボリジニ)、考古学(縄文時代)。国立民族学博物館名誉教授。
横田 耕一(よこた こういち、1939年(昭和14年)2月1… 横田 耕一(よこた こういち、1939年(昭和14年)2月17日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。九州大学名誉教授。流通経済大学特例教授。高知県出身。クリスチャン。芦部信喜門下。 全国憲法研究会運営委員、憲法理論研究会運営委員、日本学術会議公法学研究連絡委員会委員、福岡県婦人問題懇話会委員、春日市個人情報保護審議会副会長等を歴任。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
関 隆志(關 隆志、せき たかし、1939年(昭和14年)2… 関 隆志(關 隆志、せき たかし、1939年(昭和14年)2月16日 - 2023年3月16日)は、日本の古典考古学者。位階は従四位。大阪市立大学名誉教授。 京都府京都市生まれ。国際基督教大学(学士)、ドイツのルール大学ボーフム(Dr. Phil.)。幾何学様式時代からヘレニズム末までのギリシャ陶芸・建築・彫刻、及び、ローマ帝政期美術に関する古典考古学で、欧米を中心に活動する。1987年アテネ考古学協会Archaeological Society of Athens名誉会員。1991年『古典古代神話図像学事典』(Lexicon Iconographicum Mythologiae Classicae) 国際科学委員会委員。
田中 恭子(たなか きょうこ、1939年1月30日 - 20… 田中 恭子(たなか きょうこ、1939年1月30日 - 2007年9月4日)は、日本の国際政治学者。 岡山県倉敷市出身。1961年国際基督教大学卒、67年同大学院行政学研究科博士課程満期退学。1972年オーストラリア国立大学で博士号取得、1973-82年シンガポール大学助教授として日本語を教える。中部大学国際関係学部助教授、静岡県立大学教授、1998年南山大学教授。2002年『国家と移民 東南アジア華人世界の変容』でアジア・太平洋賞特別賞受賞。
大塚 信一(おおつか のぶかず、1939年 - )は岩波書店… 大塚 信一(おおつか のぶかず、1939年 - )は岩波書店元社長。
岡野 昌雄(おかの まさお、1939年 - )は、日本の哲学… 岡野 昌雄(おかの まさお、1939年 - )は、日本の哲学者、国際基督教大学名誉教授。専門は西洋古代中世哲学。 東京生まれ。国際基督教大学卒。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。1968年国際基督教大学に着任。専任講師、助教授、準教授、教授を歴任。1996年「アウグスティヌス『告白』研究」で京大文学博士。2003年退任、名誉教授、2011年までフェリス女学院学院長。
並木 翠(なみき みどり、並木 みどりあるいはなみき みどり… 並木 翠(なみき みどり、並木 みどりあるいはなみき みどりとも、1939年(昭和14年) - )は、異文化理解・国際理解教育専門家。 中国・天津生まれ。1962年3月、国際基督教大学学科卒業後、結婚。同年10月から日本テレビ放送網がスタートする、子供向けの教育番組「ロンパールーム」の日本版を立ち上げるにあたり行った先生役(司会者)を決めるオーディションに参加。「英語が堪能な子供好きな人」が応募の対象であり、500人もの応募者から先生役に選ばれる。並木は世界各地の「ロンパールーム」の先生役とともに、「ロンパールーム」の本家であるアメリカ合衆国・ニューヨークで数週間の番組研修を受け、正式に司会者としての活動を開始する。
小西 正捷(こにし まさとし、1938年〈昭和13年〉12月… 小西 正捷(こにし まさとし、1938年〈昭和13年〉12月16日 - 2020年〈令和2年〉9月28日)は、日本の民俗学者、考古学者。立教大学名誉教授。専攻は南インドの民俗学、考古学。古代インダス文明および民間信仰、儀礼、造形、芸能を研究。 1938年、東京都生まれ。1961年、国際基督教大学教養学部人文学科を卒業し、その後インドに留学し、カルカッタ大学大学院修士課程にて考古学を学んだ。東京大学大学院文学研究科に進み、1970年に博士後期課程(社会学研究文化人類学専攻)を単位取得退学。 1971年、法政大学助教授に就いた。1983年、教授昇格。1984年より立教大学教授。2003年に立教大学を定年退職し、名誉教授となった。
川島 重成(かわしま しげなり、1938年12月 - )は、… 川島 重成(かわしま しげなり、1938年12月 - )は、日本の西洋古典学者。国際基督教大学名誉教授。 1938年、京都府で生まれた。国際基督教大学教養学部で学び、1961年に卒業。東京大学大学院に進学し西洋古典学を専攻、1963年に修士課程を修了。 同年に、東京大学教養学部助手に採用、1965年から1967年まで内村鑑三奨学生としてアマースト大学に留学。1967年から翌68年までは在アテネ・アメリカ西洋古典学研究所に留学。1969年、国際基督教大学講師、助教授、準教授を経て教授に就いた。2000年、大妻女子大学比較文化学部教授に転じた。2011年に大妻女子大学を退職した。
神田 啓治(かんだ けいじ、1938年4月6日 - ) は、… 神田 啓治(かんだ けいじ、1938年4月6日 - ) は、日本の原子力工学者。京都大学名誉教授。電力中央研究所名誉研究顧問。フランス共和国国家功労勲章受章。内閣総理大臣賞等受賞。 山口生まれ。1961年国際基督教大学教養学部卒業。1966年東京工業大学大学院工学研究科原子核工学専攻博士課程修了、工学博士。京都大学原子炉実験所助手、京都大学原子炉実験所講師、京都大学原子炉実験所助教授、京都大学原子炉実験所教授を経て、2002年停年退官、京都大学名誉教授。武蔵工業大学教授、エネルギー政策研究所長、電力中央研究所名誉研究顧問、国際中性子捕捉療法学会会長、新長期計画策定会議委員、国際中性子ラジオグラフィ会長、国際ガンの中性子療法学会会長、原子力委員会専門委員、原子力安全委員会専門委員等も歴任。
片岡 しのぶ(かたおか しのぶ、1938年〈昭和13年〉3月… 片岡 しのぶ(かたおか しのぶ、1938年〈昭和13年〉3月11日 - )は、日本の翻訳家。英語のノンフィクション、ミステリー、児童文学などを翻訳する。 和歌山県生まれ、岩手県育ち。国際基督教大学教養学部卒。翻訳工房パディントン&コンパニイを夫の金利光と共同主宰。
奥田 暁子(おくだ あきこ、1938年〈昭和13年〉 - )… 奥田 暁子(おくだ あきこ、1938年〈昭和13年〉 - )は、日本の女性史研究家、翻訳家。 国際基督教大学教養学部卒業。大妻女子大学短期大学部非常勤講師、恵泉女学園大学非常勤講師、聖心女子大学非常勤講師など。 日本近代女性史、フェミニズム、パレスティナ問題、エコロジーなどの分野で著述、翻訳を行う。
松行 康夫(まつゆき やすお、1937年10月1日 - )は… 松行 康夫(まつゆき やすお、1937年10月1日 - )は、日本の経営学者。学術博士(慶應義塾大学・論文博士・1985年)。東洋大学名誉教授。 福岡県北九州市出身。1962年電気通信大学通信経営学科卒、1967年国際基督教大学大学院修士課程修了、1985年「地域計量経済モデルによる地方自治経営制御政策に関する研究 近郊都市としての三鷹市の事例研究」で学術博士(慶應義塾大学)の学位を取得。1967年国際基督教大学助手、1969年東京農工大学講師、1970年助教授、1990年教授、1991年東洋大学経営学部教授。2008年定年、名誉教授。
下山田 裕彦(しもやまだ やすひこ、1937年8月19日- … 下山田 裕彦(しもやまだ やすひこ、1937年8月19日- )は、日本の教育学者。静岡大学名誉教授。 国際基督教大学教育学科卒、東京教育大学大学院博士課程満期退学、白梅学園短期大学講師、1973年静岡大学教育学部助教授、1982年教授、静岡大学教育学部附属養護学校長、国立音楽大学教授。
早川 嘉春(はやかわ よしはる、1937年1月5日 - 20… 早川 嘉春(はやかわ よしはる、1937年1月5日 - 2021年11月16日)は、日本の朝鮮語・英語学者、フェリス女学院大学名誉教授。 1961年に国際基督教大学を卒業後、ソウル大学大学院に学ぶ。1974年に韓国の民青学連事件で、事件を取材していたジャーナリストの太刀川正樹の通訳を務め、内乱扇動罪などで懲役20年の重刑を宣告されたが、のちに釈放される。和光大学助教授、フェリス女学院大学教授を務めた。2005年に定年退任し、名誉教授に就任した。NHK「アンニョンハシムニカ・ハングル講座」の講師を務めた。 2021年11月16日、腎不全のため死去した。84歳没。
小沢 浩(こざわ ひろし、1937年 - )は、日本の宗教史… 小沢 浩(こざわ ひろし、1937年 - )は、日本の宗教史学者。専攻、近代日本民衆宗教史。 国際基督教大学教養学部人文科学科卒。東京教育大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。富山医科薬科大学助教授を経て、1989年富山大学人文学部教授となり、副学長等を歴任、2001年2月、過去に入試ミスがありそれを隠蔽してきた事実を知って当時の学長に調査と事実の公表を迫るが受け入れられず、折からの学長選に立候補、当選して着任後直ちに事件を公表、多数の犠牲者に対する謝罪と補償問題を解決し、同年11月1日付で辞職。のちに著書『ザ学長』を刊行して事件の詳細を明らかにした。