水谷 正史(みずたに まさし、1941年6月15日 - 20… 水谷 正史(みずたに まさし、1941年6月15日 - 2008年4月10日)は、日本の実業家。株式会社メタルワン初代代表取締役社長。 1965年、上智大学外国語学部卒業。同年、日商岩井(現・双日)株式会社に入社。1993年に同社鉄鋼貿易部長、1994年に同社取締役、1998年に同社常務取締役に就任。2003年に三菱商事株式会社と日商岩井株式会社の鉄鋼製品事業部門の統合により設立された株式会社メタルワンの初代代表取締役社長に就任。COOを兼任。2008年4月10日、膵臓癌のため死去。66歳没。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
五野井隆史(ごのい たかし、1941年6月11日- )は、日… 五野井隆史(ごのい たかし、1941年6月11日- )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。キリシタン史を専門とする。北海道幌泉郡えりも町生まれ。長男は政治学者の五野井郁夫。 五野井貞蔵・ミチの四男として北海道に生まれる。1965年(昭和40年)上智大学文学部卒業。1971年(昭和46年)上智大学大学院文学研究科日本史学専攻博士課程単位取得満期退学。同年4月、東京大学史料編纂所に入る。1974年(昭和49年)2月より文部省在外研究員として2年間、ポルトガル・スペイン・イタリアに派遣される。1982年(昭和57年)4月、東京大学助教授。1987年(昭和62年)、学位論文「徳川初期キリシタン研究」により九州大学より文学博士の学位を取得。
宇多 文雄(うだ ふみお、1941年5月25日 - )は、日… 宇多 文雄(うだ ふみお、1941年5月25日 - )は、日本のロシア語学者、ロシア・ソ連研究者、上智大学名誉教授。 宇多五郎の次男として神奈川県に生まれる。1964年上智大学外国語学部ロシア語科卒。外務省勤務、在ソ連邦日本大使館勤務、1970年上智大学外国語学部専任講師、助教授、教授、90-93年外国語学部長。2000-2003年ロシア・東欧学会代表理事。2012年定年、名誉教授。サンクトペテルブルク文化大学名誉博士。息子の宇多賢治郎は山梨大学准教授(経済学)。
松谷 高顕(まつたに たかあき、1941年1月29日 - )… 松谷 高顕(まつたに たかあき、1941年1月29日 - )は、日本の実業家。東邦ホールディングス代表取締役会長や、日本医薬品卸業連合会会長を務めた。 1964年上智大学法学部卒業、東邦薬品入社。1974年取締役宇都宮支店長に昇格。1989年取締役営業本部長。1993年取締役副社長。1999年代表取締役社長。2005年東邦薬品代表取締役会長。2009年東邦ホールディングス代表取締役会長。2013年東邦ホールディングス取締役相談役。同年春の藍綬褒章受章。この間2001年から2009年まで、日本医薬品卸業連合会会長を4期8年務め、流通改善にあたった。
塩崎 弘明(しおざき ひろあき、1941年-)は日本の歴史学… 塩崎 弘明(しおざき ひろあき、1941年-)は日本の歴史学者。専門は西洋文化史、国際関係論。 長崎純心大学人文学部長、副学長。同名誉教授。 原朗によれば、塩崎は第二次世界大戦期の行政史に詳しい。 森山優によれば、1984年の『日英米戦争の岐路』など塩崎の一連の太平洋戦争に至る日・英・米の過程の研究は「研究史に新たな地平を開拓した」。 石井修は塩崎の著書『日本と国際連合』の書評で、「筆者の長年の研究の蓄積と豊かな学殖に裏打ちされた大変な労作」と述べた。
舟田 詠子(ふなだ えいこ、1941年 - )は、日本の食文… 舟田 詠子(ふなだ えいこ、1941年 - )は、日本の食文化研究家。専門はパンの文化史。 東京都生まれ。上智大学ドイツ文学科を卒業後、ドイツへ留学する。 1978年からパンの文化史を研究し、ウィーン民俗学博物館やマリア・ルカウ村をはじめとしてヨーロッパ各地でフィールドワークと文献研究を行う。2000年、千葉大学非常勤講師( - 2004年)。2001年、東海大学文学部非常勤講師( - 2010年)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
米澤 祥一郎(よねざわ しょういちろう、1940年12月4日… 米澤 祥一郎(よねざわ しょういちろう、1940年12月4日 - 2008年10月20日)は、日本の実業家。東京都出身。三井松島産業(現・三井松島ホールディングス)代表取締役社長。 東京都出身。上智大学経済学部卒業。1964年、東京貿易(現・東京貿易ホールディングス)株式会社に入社。同社鉄鋼・原料本部本部長補佐等を歴任。1996年、三井松島産業(現・三井松島ホールディングス)株式会社に入社。その後、同社理事・取締役・常務取締役・代表取締役常務取締役等を経て、2003年に同社代表取締役社長に就任。同社コンプライアンス委員長や経営企画委員長、内部統制委員長等を兼任。 2008年10月20日、胆管細胞癌のため死去、67歳。
高梨 敬一郎(たかなし けいいちろう、1940年9月28日 … 高梨 敬一郎(たかなし けいいちろう、1940年9月28日 - 2021年7月15日)は、元NHKアナウンサー。元関西国際大学教授。東京都出身。 上智大学文学部新聞学科卒業。 1963年(昭和38年)、NHK入局。 松山→福岡→静岡→仙台(1982年から)などを歴任。 NHKの報道アナウンサーとして公害問題に特に力を入れた取材を展開した。1995年のNHK大阪放送局勤務を最後に退職。その後関西国際大学・経営学部で教授に就任し、話し言葉についての講義を行うほか、各地で講演活動も行っていた。また、1996年から1997年には関西発ラジオ深夜便のアンカーも担当した。 学生時代からの趣味は、高校生の時に時刻表で高梨駅(魚沼線、1984年廃止)を見つけてそこに出かけて行ったのがきっかけで始めた鉄道旅行で、特に特急や急行を使わずに乗っていくのを好んだ。
高田 孝治(たかだ こうじ、1940年8月10日 - 201… 高田 孝治(たかだ こうじ、1940年8月10日 - 2015年6月25日)は、日本の実業家。讀賣テレビ放送株式会社元顧問・相談役・代表取締役会長・代表取締役社長。一般社団法人日本民間放送連盟元副会長。 東京都出身。1964年、上智大学経済学部経済学科を卒業後、株式会社読売新聞社へ入社。経済部・社会部記者を経てメディア戦略局長として、インターネット・テレビを通じた報道プログラム制作に携わった。 2002年4月1日に讀賣テレビ放送株式会社の専務取締役に迎えられ、2004年4月1日に讀賣テレビ放送代表取締役副社長。2005年6月22日より代表取締役社長を、2009年6月18日より代表取締役会長を、2011年6月17日より相談役を務めて、2012年6月22日より顧問。
百瀬文晃(ももせ ふみあき、1940年7月30日 - )は、… 百瀬文晃(ももせ ふみあき、1940年7月30日 - )は、日本のカトリック司祭、神学者、イエズス会士。カトリック長府教会主任司祭。元上智大学神学部教授・神学部長。 東京生まれ。1961年イエズス会入会。上智大学文学部哲学科卒、1967年同大学院修士課程修了。ドイツ(当時西ドイツ)のフランクフルト、チュービンゲン、ミュンヘンで神学研究。1970年フランクフルトで司祭叙階。1977年フランクフルト・聖ゲオルグ神学大学で神学博士号を取得。 帰国後、上智大学神学部助教授、教授、神学部長。退任後、フィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学神学部講師。
朝間 義隆(あさま よしたか、1940年6月29日 - )は… 朝間 義隆(あさま よしたか、1940年6月29日 - )は、日本の脚本家、映画監督。宮城県仙台市出身、神奈川県鎌倉市在住。山田洋次監督との共作で知られる。 1965年、上智大学文学部英文学科を卒業。 松竹大船撮影所演出助手室に入社。山田洋次に師事し、『男はつらいよ』シリーズや『遙かなる山の呼び声』、『同胞』など山田監督作品の脚本を共同で手がける。『幸福の黄色いハンカチ』では第1回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第51回キネマ旬報賞脚本賞受賞。 1979年、街で働く若者たちが第九交響曲を一緒に歌うまでのドラマを描いた『俺たちの交響楽』により監督デビュー。1980年に松竹を退社し、以後契約監督。1996年、フリーに。
青木 勝治(あおき かつじ、1940年1月1日 - 2011… 青木 勝治(あおき かつじ、1940年1月1日 - 2011年10月25日 )は、日本の弁護士(登録番号:14642、横浜弁護士会)。いちょう総合法律事務所所属だった。 神奈川県横浜市出身。上智大学法学部卒、上智大学大学院法学研究科修了。32歳の時に司法試験に合格し、1975年、弁護士として開業した。
西村 六善(にしむら むつよし、1940年- )は、日本の外… 西村 六善(にしむら むつよし、1940年- )は、日本の外交官。外務省欧亜局長を経て、経済協力開発機構(OECD)政府代表部特命全権大使、地球環境問題担当特命全権大使兼気候変動担当政府代表、内閣官房参与等を歴任した。 北海道札幌市生まれ。麗澤高等学校を経て、上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中に外務公務員試験に合格。1962年大学を中退し、外務省入省。条約局協定課長、報道課長、大臣官房総務課長を経て、1994年シカゴ総領事。1997年外務省欧亜局長。1999年からOECD日本政府代表部特命全権大使を務め、気候変動問題などを担当。2002年特命全権大使(アフガニスタン支援調整担当)。2003年駐メキシコ特命全権大使。
武田 勝弘(たけだ かつひろ、1939年11月17日 - 2… 武田 勝弘(たけだ かつひろ、1939年11月17日 - 2012年4月6日)は、元NHKアナウンサー。 東京都出身。上智大学文学部卒業後、1963年入局。アナウンサーとして各地方勤務から、アナウンス室副部長、NHKスペシャル番組部チーフプロデューサー(兼)・福岡放送局放送部副部長、アナウンス室次長、1991年編成局アナウンス室長。 退職後は船橋市でコーラスグループ”かたくりの会を主催した。
久山 宗彦(くやま むねひこ、1939年8月31日 - )は… 久山 宗彦(くやま むねひこ、1939年8月31日 - )は、日本の宗教学者、カトリック信徒。 京都府生まれ。1963年上智大学文学部ドイツ哲学科卒、1967年東北大学大学院宗教学博士課程満期退学。1969年国立音楽大学講師、1971年法政大学教養部助教授、1976-1978年カイロ大学文学部日本学科客員教授。1979年法政大学教授を経て、1983年星美学園短期大学理事、1997-2001年学長。カリタス女子短期大学学長も務めた。のち群馬医療福祉大学特任教授。元「イラクの子どもたちを救う会」代表。
佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 - 201… 佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 - 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。 北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。 1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会し、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現在の常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年、東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現在の東京純心大学)の教授になった。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの他大学でも教えていた。
植田 康夫(うえだ やすお、1939年8月26日 - 201… 植田 康夫(うえだ やすお、1939年8月26日 - 2018年4月8日)は、日本の編集者、ジャーナリスト、上智大学名誉教授。 出生地は広島県呉市宮原、出身地は島根県邑智郡邑智町。日本出版学会会長、日本マスコミ学会理事などを歴任。 1962年上智大学文学部新聞学科卒業、『週刊読書人』編集部に勤務。1982年「週刊読書人」編集長。1985年、読書人取締役。1980年より、母校である上智大学新聞学科で、非常勤講師をつとめる。 1967年、大宅壮一を塾長に、草柳大蔵や大森実らが行った「大宅壮一・東京マスコミ塾」開講一期生としてジャーナリズムを学ぶ。後年に大宅壮一文庫副理事長もつとめた。 1989年、読書人を退社、上智大学文学部新聞学科助教授。
宮村 武夫(みやむら たけお、1939年1月21日 - 20… 宮村 武夫(みやむら たけお、1939年1月21日 - 2019年8月16日)は、日本の牧師。新約聖書解釈学の権威。 東京府出身、日本クリスチャンカレッジ、ゴードン・コンウェル神学校、ハーバード大学神学部(新約聖書学)、上智大学神学部(組織神学)修了。寄居教会(当時:日本新約教団)にて牧会後、青梅キリスト教会(当時:日本新約教団)、首里福音教会にて牧会。沖縄聖書神学校校長、日本センド派遣会総主事、宇都宮キリスト集会牧師、名護チャペル協力宣教師、クリスチャントゥデイ編集長を務めた。 2019年8月16日、胃癌のため死去。80歳没。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。
相崎 由松(あいざき よしまつ、1939年 - 2025年1… 相崎 由松(あいざき よしまつ、1939年 - 2025年1月10日)は、日本の実業家。東京都出身。株式会社長野放送相談役・元代表取締役社長。株式会社産業経済新聞社元取締役副社長。旭日小綬章受章。 東京都出身。1962年、上智大学文学部新聞学科卒業。同年、株式会社産業経済新聞社に入社。1964年から1966年の間、アメリカに留学。同社の国際報道担当や取締役副社長等を歴任。その後、株式会社長野放送代表取締役社長に就任し、2017年には同社相談役に就任。2016年、旭日小綬章を受章。 2025年1月10日、病気のため埼玉県所沢市の自宅で死去した。85歳没。
青木 保(あおき たもつ、1938年10月30日 - )は、… 青木 保(あおき たもつ、1938年10月30日 - )は、日本の文化人類学者、元文化庁長官。大阪大学名誉教授、前国立新美術館館長。 1938年東京府生まれ。1962年上智大学文学部独文科卒業、東京大学教養学部入学。1964年東京大学教養学部卒業。1967年、同大学大学院社会学研究科文化人類学専攻修士課程修了。東京大学東洋文化研究所助手、立教大学文学部助教授を経て、大阪大学人間科学部教授。1994年に学位論文『儀礼の象徴論的研究:儀礼の基礎論を目指して』を大阪大学に提出して博士 (人間科学)の学位を取得。1996年、東京大学先端科学技術研究センター教授となった。1999年からは政策研究大学院大学教授、2005年からは法政大学企画・戦略本部特任教授、2006年からは早稲田大学 アジア研究機構アジア研究所 教授 。
森 一弘(もり かずひろ、1938年10月12日 - 202… 森 一弘(もり かずひろ、1938年10月12日 - 2023年9月2日)は、カトリック教会の司教。洗礼名は「パウロ」。 1938年10月12日、神奈川県横浜市で生まれる。「当時の平均的日本の家庭のように、神棚と仏壇が共存してい」る、両親共クリスチャンではない家庭であった。栄光学園高校在学中、カトリックの洗礼を受ける。受洗時には既に司祭への道を歩む覚悟を決めていた。1959年、男子カルメル修道会に入会。修道名は「神の母のパウロ」。1960年、上智大学文学部哲学科を卒業。1962年、ローマ・カルメル会国際神学院に留学。1967年3月、ローマで司祭に叙階された。1968年、同学院を修了、帰国。帰国後は東京都世田谷区の、現在の町名で上野毛にある男子カルメル会修道院で生活し、カトリック上野毛教会の司牧を務めた。
湯浅慎一(湯浅愼一、ゆあさ しんいち、1938年10月5日-… 湯浅慎一(湯浅愼一、ゆあさ しんいち、1938年10月5日- 2022年2月28日)は、日本の哲学者、京都府立医科大学名誉教授。 北海道生まれ。上智大学法学部卒業、同大学院文学研究科修士課程修了。ドイツ・ケルン大学法学部卒業(1969年法学博士)。ドイツ・ケルン大学哲学部卒業(1976年哲学博士)。信州大学教育学部助教授、京都府立医大学教授、2002年定年退官、名誉教授、大阪樟蔭女子大学教授を務めた。
原口 隆行(はらぐち たかゆき、1938年9月21日 - )… 原口 隆行(はらぐち たかゆき、1938年9月21日 - )は、日本の鉄道・旅行ライター。 東京生まれ。上智大学経済学部経済学科を卒業。その後凸版印刷のアイデンセンターとして一時勤めるが、1982年以降はフリーとなっている。「鉄道ジャーナル」・「旅と鉄道」などによく寄稿を行い、現在に至る。 元々は蒸気機関車専門のファンであったが、1975年の国鉄における全廃後は各方面に興味対象を広げた。1994年から約1年、JR東海の発行する年史『新幹線の30年-栄光の軌跡』(ISBN 4808305011)の編集に携わった後、新幹線には強い関心を抱くようになり、『新幹線がわかる事典』(ISBN 4534039158)などといった関連書籍をだすようになった。
田中 重弘(たなか しげひろ、1938年7月30日- )は… 田中 重弘(たなか しげひろ、1938年7月30日- )は、日本の文筆家、翻訳家。 和歌山県生まれ。和歌山県立和歌山工業高等学校染織科卒、上智大学文学部哲学科卒。 染色工場を経営したのち1968年からウィーン大学で哲学、文学を学ぶ。1979年からハンガリーのブダペスト在住。
和田 幹男(わだ みきお、1938年〈昭和13年〉4月26日… 和田 幹男(わだ みきお、1938年〈昭和13年〉4月26日 - )は、日本のカトリック教会の司祭。英知大学大学院人文科学研究科教授を務めた。カトリック大阪高松大司教区関目教会主任司祭。 1938年(昭和13年)宣教師に仕える伝道士の子として、神戸市に生まれる。4月29日、幼児洗礼。霊名はパウロ三木である。 1961年(昭和36年)上智大学文学部哲学科卒業。1963年(昭和38年)上智大学大学院哲学研究科修了。教皇庁立プロパガンダ・フィデ神学校、教皇庁立ウルバノ大学神学部入学。教皇パウロ6世により司祭に叙階された。1971年(昭和46年)教皇庁立聖書研究所聖書学部卒業。 1972年(昭和47年)4月、英知大学文学部神学科講師となる。
山本 昌平(やまもと しょうへい、1938年〈昭和13年〉1… 山本 昌平(やまもと しょうへい、1938年〈昭和13年〉1月17日 - 2019年〈令和元年〉10月30日)は、日本の俳優、声優、ナレーター。本名同じ。身長168cm、体重76kg。フリーポートプロを経て、オフィス山本に所属していた。 台湾の澎湖島生まれ、熊本県育ち。東京都立江戸川高等学校卒業。既婚。 中学生時代、走高跳で九州大会第2位となった実績を持つ。 1957年に劇団七曜会の研究生となる。その後、劇団三期会演出部を経て、浅草フランス座のコメディアンとして3年間活動後、1963年にフリーとなる。 フリーとなって以降は『荒野のダッチワイフ』(1967年)などのピンク映画を中心に活動するが、一時俳優を廃業する。
松本 寛(まつもと ゆたか、1938年(昭和13年) - 2… 松本 寛(まつもと ゆたか、1938年(昭和13年) - 2007年(平成19年)5月28日)は、日本の実業家。テレビ新広島代表取締役社長を務めた。東京都出身。 上智大学文学部卒業後、1960年に共同テレビに入社。 1967年、フジテレビに移籍。1978年10月、『FNNニュースレポート6:00』編集長に就任。 1987年、テレビ新広島取締役放送本部長に就任。その後、専務、副社長を経て、2004年6月に代表取締役社長に就任し、2006年12月まで務めた。この間、2005年から07年にかけ、広島日豪協会会長を務めた。 2007年5月28日、肺がんのため死去、享年69。
高山 智博(たかやま ともひろ、1937年12月19日 - … 高山 智博(たかやま ともひろ、1937年12月19日 - )は、日本のラテンアメリカ文化学者、上智大学名誉教授。 東京生まれ。上智大学外国語学部イスパニア語学科卒業。メキシコ・イベロアメリカ大学人類学研究科修士課程修了。上智大学助教授、教授、名誉教授。1994年、メキシコ観光省「銀ペン賞」受賞。日墨交流会会長。
野村 純一(のむら じゅんいち、Augustinus Jun… 野村 純一(のむら じゅんいち、Augustinus Jun’ichi Nomura, 1937年11月20日-)は、日本のカトリック教会聖職者。カトリック名古屋教区第3代司教を務めた。洗礼名は「アウグスチノ」。 高知県高知市に長男として生まれ、1949年8月15日に主税町教会で受洗。1956年に東京カトリック神学院、上智大学文学部哲学科に進み、1962年3月に上智大学大学院哲学研究科修士課程修了。同年にローマ・プロパガンダ神学校へ留学し、1964年12月19日にローマ・プロパガンダ神学校聖堂で司祭に叙階。1967年6月に教皇庁立ウルバノ大学神学部博士課程修了し、同年9月に帰国。 1967年9月から、カトリック主税町教会、カトリック名古屋教区本部事務局、東京カトリック神学院、カトリック小牧教会、カトリック布池教会司祭を経て、 1993年7月4日に名古屋教区司教に叙階され、教区長に就任。
反畑 誠一(たんばた せいいち、1937年9月24日 - )… 反畑 誠一(たんばた せいいち、1937年9月24日 - )は、日本の音楽評論家。上智大学文学部新聞学科卒業。「週刊女性」副編集長を経て、1983年より音楽評論活動に専従。歌謡曲を中心にジャンルを超えて幅広い視野で、新聞や雑誌、ラジオを通じて評論活動を展開。また40年余間、日本人アーティストのアジア公演に同行取材を続ける傍ら、(財)音楽産業・文化振興財団(PROMIC)の調査団員として、アジア各国の音楽産業事情の研究・分析も継続中。2014年、それら音楽文化活動の集大成とも言える、JASRAC創立75周年記念として出版された「うたのチカラ」(2014年11月刊:集英社)では、昭和から平成に至るまでの日本の「うた」を生み出してきた人・時代・現場を400ページに渡ってまとめあげ、その編纂、監修を務めている。
佐藤 真理子(さとう まりこ、1937年9月4日 - 202… 佐藤 真理子(さとう まりこ、1937年9月4日 - 2024年12月18日)は、日本の翻訳家。 東京生まれ。上智大学文学部ドイツ文学科卒業。1974年から1985年までミュンヘン国際児童図書館の日本部門に勤務。ミュンヘン大学で民俗学・中世ドイツ文学を専攻。 1989年、真理子の誕生日である9月4日にドイツの児童文学作家であるミヒャエル・エンデと結婚。 2024年12月18日死去。87歳没。終の棲家()はミュンヘンにあるナーシングホームであった。葬儀は2025年1月23日アザム教会(ドイツ語版)において執り行われた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
小林 宏晨(こばやし ひろあき、1937年7月11日 - 2… 小林 宏晨(こばやし ひろあき、1937年7月11日 - 2025年8月24日)は、日本の法学者。専門は、ドイツ基本法(憲法)・国際法・安全保障関係法・比較憲法・EU法。法学博士(ヴュルツブルク大学・論文博士)。日本大学名誉教授。防衛法学会顧問。比較憲法学会名誉理事。オーストリア一等学術栄誉賞受賞、瑞宝中綬章受章。元秋田県上小阿仁村村長。 秋田県上小阿仁村出身で、秋田県立秋田高等学校を歴て上智大学を中退し、ヴュルツブルク大学、ジュネーヴ大学、パリ大学法学部博士課程でドイツ語、政治学、法学を学び、ヴュルツブルク大学でアウグスト・フォン・デア・ハイテ教授に師事して法学博士を授かる。帰国して上智大学で法学部助手、外国語学部教授を経て、日本大学法学部教授、慶應義塾大学大学院法学研究科などで教鞭をとった。
今泉 恂之介(いまいずみ じゅんのすけ、1937年7月10日… 今泉 恂之介(いまいずみ じゅんのすけ、1937年7月10日 - )は、日本のジャーナリスト。流通経済大学教授。 東京出身。1962年上智大学文学部独文科卒業、日本経済新聞社入社。運動部次長、1985年社会部編集委員、1990年論説委員。コラム「春秋」を担当。 1997年中国河南省鄭州大学客員教授。1999年流通経済大学教授(現代文章論・メディア論)。 2007年NPO法人双牛舎代表理事。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小林 一宏(こばやし かずひろ、1937年6月14日 - 2… 小林 一宏(こばやし かずひろ、1937年6月14日 - 2020年10月7日)は、日本のスペイン史家、上智大学名誉教授。 群馬県出身。上智大学文学部卒、マドリード大学卒、コレヒオ・デ・メヒコ史学科博士。上智大学外国語学部助教授、教授。2008年定年、名誉教授。
武市 英雄(たけいち ひでお、1937年6月4日 - )は日… 武市 英雄(たけいち ひでお、1937年6月4日 - )は日本の新聞学者。上智大学名誉教授。専門はジャーナリズム、マスコミュニケーション、マスメディア。 東京都出身。1960年に上智大学文学部卒業後、読売新聞で記者となる。1967~1968年にフルブライト留学生としてミネソタ大学大学院ジャーナリズム専攻へ留学する。1970年に記者を退職し、上智大学文学部新聞学科専任講師へ転身した。上智大学教授に就任後は、1997年に文学研究科委員長、2000年に同大学社会正義研究所長となり、2001年に名誉教授を授与される。その後、大妻女子大学文学部コミュニケーション文化学科教授となる。 この間、1991年に日本時事英語学会会長、1999年に日本マス・コミュニケーション学会会長を務める。
加藤 幸次(かとう ゆきつぐ、1937年2月19日- )は、… 加藤 幸次(かとう ゆきつぐ、1937年2月19日- )は、日本の教育学者、上智大学名誉教授。 愛知県生まれ。愛知県立半田高等学校を経て、愛知学芸大学教育学部卒、名古屋大学大学院修士課程修了、ウィスコンシン大学大学院修士課程修了。国立教育研究所に入り、研究室長をへて上智大学教授、2004年定年退職、同名誉教授。同年名古屋女子大学教授。2007年退職。日本個性化教育学会会長、グローバル教育学会顧問、アメリカ教育学会会長、社会科教育研究センター会長。
小野田 町枝(おのだ まちえ、1937年 - )は、(財)小… 小野田 町枝(おのだ まちえ、1937年 - )は、(財)小野田自然塾理事、小野田牧場共同経営者、日本女性の会会長。夫は小野田寛郎。 茨城県出身。千葉県立佐原女子高等学校卒業後、日産自動車、トーメン、ブリヂストンに勤務。その後、保険代理店を経営しながら、上智大学で聴講生として心理学を学ぶ。 1976年に小野田寛郎と結婚し、ブラジルへ移住。牧場を開拓し、日本語学校を創設した。 2006年、安西愛子の後任として日本会議の女性組織・日本女性の会の会長に就任。
瀬戸 明(せと あきら、1937年 - )は、日本の哲学者。… 瀬戸 明(せと あきら、1937年 - )は、日本の哲学者。国立音楽大学名誉教授。 上智大学文学部哲学科を経て、1967年東京教育大学大学院文学研究科博士課程修了(哲学専攻)。国立音楽大学音楽部助教授、教授。東京唯物論研究会(東京唯研)、唯物論研究協会(全国唯研)会員。
吉岡 晋也(よしおか しんや、1936年12月30日 - 2… 吉岡 晋也(よしおか しんや、1936年12月30日 - 2005年12月31日)は、日本のアナウンサー。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
山田 経三(やまだ けいぞう、1936年12月25日 - 2… 山田 経三(やまだ けいぞう、1936年12月25日 - 2015年7月26日)は、日本のカトリック司祭、経済経営学者、上智大学名誉教授。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:キリスト教/PJ:キリスト教)。 この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
高木 慶子(たかき よしこ、1936年10月28日 - )は… 高木 慶子(たかき よしこ、1936年10月28日 - )は、日本の心理学者、神学者、グリーフケアやスピリチュアルケアの第一人者、元聖トマス大学名誉教授、煉獄援助修道会の修道女(シスター)。上智大学グリーフケア研究所名誉所長 博士(宗教文化) 熊本市生まれ。高木仙右衛門の曾孫。聖心女子大学文学部心理学科卒業、上智大学神学部大学院修士課程修了。2004年「高木仙右衛門に関する研究 「覚書」の分析を中心にして」で英知大学博士(宗教文化)。神戸海星女子学院短期大学講師、英知大学助教授、教授、2007年定年退任、聖トマス大学名誉教授(校名変更により)。上智大学グリーフケア研究所特任所長。上智大学特任教授。
アドルフォ・ニコラス・パション(スペイン語: Adolfo … アドルフォ・ニコラス・パション(スペイン語: Adolfo Nicolás Pachón, 1936年4月29日 – 2020年5月20日)は、カトリック教会のスペイン人司祭、神学者。第30代イエズス会総長(2008年1月19日 -2016年10月3日)。 アドルフォ・ニコラスはスペインのパレンシア県ビリャムリエル・デ・セラートに生まれ、1953年イエズス会に入会し、アランフエスで修練生となった。アルカラ大学で哲学学士号 (Licenciatura) を得た後、来日した。1960年まで日本で日本語とその文化を学んだ。ニコラスは、1964年上智大学神学部に入学して神学を学び、1967年3月17日に司祭に叙階。
草薙 裕(くさなぎ ゆたか、1936年4月28日 - 202… 草薙 裕(くさなぎ ゆたか、1936年4月28日 - 2024年9月11日)は、日本の言語学者。専門は日本語教育と計算言語学。筑波大学名誉教授。 1936年、日本の植民地であった台湾台北州台北市に生まれ、10歳前後まで台湾で育った。そこで、自分とは異なる言語を話す人がいることやものの考え方にも違いがあることを子供ながらに無意識に感じ取り、戦後日本に引き揚げたのち徐々に言語や異文化に興味を持ち始める。中学時代に習った国文法には興味を持てなかったものの、ゼロから学び始めた英語に惹かれる。 1960年に上智大学外国語学部英語学科を卒業し、英字新聞の記者となる。その後渡米してジョージタウン大学大学院言語学研究科博士課程を修了し、1970年には言語学においてPh.D.を取得する。
大輪 靖宏(おおわ やすひろ、1936年(昭和11年)4月6… 大輪 靖宏(おおわ やすひろ、1936年(昭和11年)4月6日 - )は、日本の俳人・日本文学研究者。専門は日本近世文学。上智大学名誉教授。公益社団法人日本伝統俳句協会副会長、国際俳句交流協会常務理事、慶大俳句丘の会会長、横浜俳和会顧問、和の句会主宰。 東京府東京市蒲田区生まれ。山梨県、福岡県、大阪府で育ち、大阪府立豊中高等学校を経て、1960年、慶應義塾大学文学部国文学科卒業。同年、日本テレビに入社するも退職し、1961年、慶應大学大学院文学研究科国文学専攻に進学。1968年、博士課程単位取得満期退学。1970年、同大学附属研究所国際センター専任講師、1973年、上智大学文学部専任講師、1974年、助教授、1981年、教授。
山本 正(やまもと ただし、1936年3月11日 - 201… 山本 正(やまもと ただし、1936年3月11日 - 2012年4月15日)は、日本を代表する国際主義者。日本とアメリカを始めとするその他の国との民間交流の強化を先駆的に提唱した。 山本は、渋沢雅英(MRAハウス元理事長)らと共に民間外交や個人間の交流が国際関係において重要な役割をするという考え方を提唱した。渋沢雅英らと共に1970年に外交政策シンクタンクの日本国際交流センター(英語版)(JCIE)を設立し、2012年に死去するまで理事長を務め、二国間関係や民間組織の間の交流を促進した。1967年には、日米の政策立案者や政策の専門家らが両国間の問題を議論するための場である下田会議の設立に貢献した。
小長谷 清実(こながや きよみ、男性、1936年2月16日 … 小長谷 清実(こながや きよみ、男性、1936年2月16日 - 2017年11月26日 )は、日本の詩人。 静岡県静岡市生まれ。静岡県立静岡高等学校を経て、上智大学文学部英文科在学中から詩誌「氾」同人となる。大学卒業後、電通に勤務。現代詩人会会員。1977年『小航海26』で第27回H氏賞受賞。1991年『抜けがら狩り』で第21回高見順賞受賞。2007年『わが友、泥ん人』で第25回現代詩人賞受賞。 跡見学園女子大学の教授で、元IBC岩手放送アナウンサーの小長谷悠紀は娘。その夫で同郷でもあるフジテレビアナウンサーの青嶋達也は義息子にあたる。
仙名 紀(せんな おさむ、1936年1月8日 ‐ 2021年… 仙名 紀(せんな おさむ、1936年1月8日 ‐ 2021年)は、日本の翻訳家。 東京市(現東京都渋谷区)生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。朝日新聞社出版局で雑誌編集などをし、1996年定年退職。新聞社在職中から、上智大学で非常勤講師を務め、また翻訳を手がけていた[リンク切れ]。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
小川 和彦(おがわ かずひこ、1936年 - )は、日本の英… 小川 和彦(おがわ かずひこ、1936年 - )は、日本の英文学者。 1960年、上智大学英文科卒。1967年、東洋大学大学院博士課程中退。和洋女子大学短大助教授、教授を経て、2002年に退職。
井箟 重慶(いのう しげよし、1935年(昭和10年)3月1… 井箟 重慶(いのう しげよし、1935年(昭和10年)3月15日 - )は、日本の実業家。オリックス・ブルーウェーブ(現・オリックス・バファローズ)元球団スペシャルアドバイザー・顧問・代表。関西国際大学名誉教授。 岐阜県瑞浪市出身。少年時代は中日ドラゴンズのファンで、医師の家系だったことから慈恵高校に進学したが、肺を患って医者の道を断念した。上智大学外国語学部卒。1959年丸善石油(現コスモ石油)入社。米国丸善石油→米国コスモ石油副社長を歴任。なお、勤務の傍ら上智大学硬式野球部監督を務め、その後丸善石油の野球部(松山市。現在廃部)にも携わり、古賀正明らをスカウトした。 1989年、一般公募に応募し、オリックス球団常務に就任。
朝倉 文市(あさくら ぶんいち、1935年 - 2020年)… 朝倉 文市(あさくら ぶんいち、1935年 - 2020年)は、日本の西洋中世史学者、ノートルダム清心女子大学名誉教授。 宮崎県出身。1958年、上智大学文学部史学科卒業。1963年、上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。1969年ノートルダム聖心女子大学助教授、教授、2005年定年退任、名誉教授。1996年、『修道院』でヨゼフ・ロゲンドルフ賞受賞。