川嶋 辰彦(かわしま たつひこ、1940年〈昭和15年〉4月… 川嶋 辰彦(かわしま たつひこ、1940年〈昭和15年〉4月20日 - 2021年〈令和3年〉11月4日)は、日本の経済学者。学習院大学名誉教授。国土交通省専門委員。研究分野は空間経済学、統計学、計量経済学。学位はPh.D.(米国ペンシルベニア大学・1971年)。文仁親王妃紀子の父。 学習院馬術部大学部長であり、皇太子明仁親王一家(当時)とは部の会合で何度か顔を合わせ、面識があった。 日泰間の学生交流やボランティア活動にも力を入れており、講演活動や学校の総合学習などの講師などの活動も盛んに行っている。 秋篠宮文仁親王(礼宮)と長女・紀子の婚約内定の報道がなされた際、メディアでは社内の表記基準に従い標準字体の「川島」と報道した媒体も存在したが、宮内庁関係者などからの強い要望もあり、異体字を使用した戸籍名の「川嶋」に表記を改めた。
斎藤 精一郎(さいとう せいいちろう、昭和15年(1940年… 斎藤 精一郎(さいとう せいいちろう、昭和15年(1940年)3月28日 - )は日本の経済学者、エコノミスト。専攻は社会経済学、金融論。NTTデータ経営研究所所長、千葉商科大学名誉教授。
鈴木 正俊(すずき まさとし、1940年1月14日 - )は… 鈴木 正俊(すずき まさとし、1940年1月14日 - )は、日本の経済学者、ジャーナリスト。 北海道室蘭市生まれ。東京大学経済学部卒、1969年同大学院博士課程満期退学。ハーバード大学・イエール大学・総合研究開発機構客員研究員、日本経済新聞社編集委員などを経て、拓殖大学政経学部教授。2010年定年退職。
細野 昭雄(ほその あきお、1940年 - )は、日本の経済… 細野 昭雄(ほその あきお、1940年 - )は、日本の経済学者(国際協力論・国際経済学・開発経済学)。学位は、経済学博士(東京大学・1984年)。独立行政法人国際協力機構研究所シニア・リサーチ・アドバイザー。 財団法人アジア経済研究所研究員、国際連合ラテンアメリカ・カリブ経済委員会経済研究官、筑波大学副学長、神戸大学経済経営研究所教授、エルサルバドル駐箚特命全権大使、政策研究大学院大学政策研究科教授、独立行政法人国際協力機構研究所所長(第2代)などを歴任した。 開発経済学や国際経済学などを研究する経済学者であると同時に、ラテンアメリカを中心に研究する地域研究者でもある。一貫してラテンアメリカ経済の研究に取り組んでおり、ラテンアメリカの経済史と経済発展の類型論などの業績が知られている。
西部 邁(にしべ すすむ、1939年〈昭和14年〉3月15日… 西部 邁(にしべ すすむ、1939年〈昭和14年〉3月15日 - 2018年〈平成30年〉1月21日)は、日本の思想家、評論家、経済学者。東京大学大学院修了。秀明大学教授・学頭、東京大学教養学部教授、隔月刊誌『表現者』顧問を歴任。 北海道出身。東大入学後にブントのメンバーとなり、東大自治会委員長として安保闘争に参加した。安保闘争から離脱後は東大大学院で近代経済学を専攻し、横浜国立大学助教授、東大助教授、英米への留学を経て東大教授となる。1980年代から保守の論客として活躍し、東大駒場騒動の際に東大教授を辞職。それ以後は在野の評論家として評論活動を行った。2018年に多摩川にて入水自殺。 1939年(昭和14年)、北海道の南部に位置する山越郡長万部町に生まれる。
原 朗(はら あきら、1939年 - )は、日本の歴史学者、… 原 朗(はら あきら、1939年 - )は、日本の歴史学者、経済学者。専門は近現代日本経済史。東京大学名誉教授。 東京市生まれ。1958年東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業。1966年東京大学大学院経済学研究科博士課程中退。東京大学経済学部教授、同大学大学院経済学研究科教授。2000年に定年退官後、名誉教授、東京国際大学経済学部教授、首都大学東京客員教授を歴任。 小林英夫によって「盗用、剽窃」の被害を受けたと講演・著作で述べている。これに対し、小林から2013年6月に名誉毀損であるとして訴えられ、2019年1月の一審・東京地裁判決で敗訴した。原は同年同月に控訴したが、原の控訴は棄却されている。
早川 征一郎(はやかわ せいいちろう、1938年(昭和13年… 早川 征一郎(はやかわ せいいちろう、1938年(昭和13年)11月8日 - )は、日本の経済学者。法政大学名誉教授・大原社会問題研究所名誉研究員。 新潟県に生まれる。1966年に法政大学経済学部を卒業し、1968年に東京大学大学院経済学研究科修士課程を修了する。1968年に東京大学社会科学研究所研究助手、1972年に法政大学大原社会問題研究所専任研究員に就任する。1997年から2003年まで大原社会問題研究所長を務め、2009年に退職する。1997年、『国家公務員の昇進システムとその実態』で博士(経済学)(法政大学)を取得し、2012年に『イギリスの炭鉱争議(1984~85年)』で森嘉兵衛賞を受賞する。
二瓶 剛男(にへい たけお、1938年7月17日 - 200… 二瓶 剛男(にへい たけお、1938年7月17日 - 2009年9月10日)は、日本の経済学者。東京大学名誉教授・元北海学園大学教授。専門は理論経済学、経済政策。東京都出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
青木 昌彦(あおき まさひこ、1938年〈昭和13年〉4月1… 青木 昌彦(あおき まさひこ、1938年〈昭和13年〉4月1日 - 2015年〈平成27年〉7月15日)は、日本の経済学者。専門は比較制度分析。スタンフォード大学名誉教授、京都大学名誉教授、中国人民大学名誉客員教授、東京財団特別上席研究員、VCASI(東京財団仮想制度研究所)主宰。 1938年、愛知県名古屋市に生まれる。湘南学園中学校、東京都立小山台高等学校を経て、1956年東京大学に入学。学生時代は共産主義者同盟(ブント)の指導部の一人であり、東大在学中に姫岡玲治の筆名で執筆した論文「民主主義的言辞による資本主義への忠勤-国家独占資本主義段階における改良主義批判」は、共産主義者同盟の理論的支柱となり、「姫岡国独資」と略称された。
石井 寛治(いしい かんじ、1938年2月3日 - )は、日… 石井 寛治(いしい かんじ、1938年2月3日 - )は、日本の経済学者、歴史学者。東京大学名誉教授。専門は日本経済史。経済学博士(東京大学、1974年)。東京府出身。妻は元恵泉女学園大学学長の石井摩耶子。
中山弘正(なかやま ひろまさ、1938年 - )は、日本の経… 中山弘正(なかやま ひろまさ、1938年 - )は、日本の経済学者、明治学院大学名誉教授、キリスト教研究所名誉所員、第10代院長。 海軍軍人中山定義の長男として、長崎県佐世保市に生まれる。1961年に東京大学経済学部を卒業。1963年東京大学大学院修士課程を修了、1966年法政大学大学院博士課程を修了。1974年に、東京大学より経済学博士を授与される。1968年より、明治学院大学経済学部の専任講師に就任する。 1976年より明治学院大学経済学部の教授に就任する。1977年6月より1978年3月まで、科学者交流の一環として、モスクワ市グプナキ通りに住む。 1994年より1997年まで明治学院第10代目院長に就任する。
服部 信司(はっとり しんじ、1938年 - )は、日本の経… 服部 信司(はっとり しんじ、1938年 - )は、日本の経済学者。専門は国際経済学、農業経済学。日米間農業政策に関する著書が多い。元東洋大学経済学部長。東洋大学名誉教授。経済学博士(東京大学)。国際農政研究所代表。静岡県生まれ。 1957年、静岡県立静岡高等学校卒業。1962年、東京大学経済学部卒業。一時商社に勤務。1983年、東京大学大学院・経済学研究科博士課程修了。経済学博士。1986年、岐阜経済大学講師、同大助教授、教授を経て、1993年、東洋大学経済学部教授。2004年、東洋大学経済学部長。食料・農林漁業・環境フォーラム幹事長などを兼務。2009年、東洋大学名誉教授、日本農業研究所客員研究員。
安保 哲夫(あぼ てつお、1937年7月14日 - 2020… 安保 哲夫(あぼ てつお、1937年7月14日 - 2020年)は、日本の経済学者。東京大学名誉教授。専門は国際経済論、アメリカ経済論。宇野学派。 朝鮮・平壌近くで生まれる。1962年和歌山大学経済学部卒業。1965年法政大学社会学部助手。1967年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。1968年法政大学社会学部専任講師、1971年助教授。1973年東京大学社会科学研究所助教授、1985年教授。1985年「戦間期アメリカの対外投資 : 金融・産業の国際化過程」で経済学博士(東京大学)。1998年東京大学名誉教授、帝京大学経済学部教授。2008年帝京平成大学現代ライフ学部教授。のち帝京平成大学現代ライフ学部研究員、神戸大学経済経営研究所リサーチフェロー。
杉浦 克己(すぎうら かつみ、1937年(昭和12年)7月1… 杉浦 克己(すぎうら かつみ、1937年(昭和12年)7月1日 - 2001年(平成13年)8月7日)は、日本の経済学者。マルクス経済学専攻。東京大学名誉教授、元帝京大学教授。 愛知県生まれ。安城高等学校卒業。1963年、東京大学経済学部卒業。1968年、東京大学大学院経済学研究科単位取得満期退学、法政大学経済学部助手。1969年、同講師。1970年、東京大学教養学部講師。1972年、同助教授。1984年、同教授。1998年、東京大学を定年退職、帝京大学教授。2000年、同大学経済学部経済学部経済学科長。2001年、在職中に胃がんおよび肝臓がんのため逝去。 宇野経済学に立脚しつつ、新古典派経済学を批判。
林 道義(はやし みちよし、1937年1月12日 - ) は… 林 道義(はやし みちよし、1937年1月12日 - ) は、日本の経済学者・心理学研究者・評論家。日本ユング研究会会長。 1937年、長野県飯田市生まれ。東京大学法学部に進み、在学中は1958年から1961年まで学生運動に加わり、全学連組織部長として60年安保闘争に参加した。1962年に東京大学を卒業し、同大学大学院経済学研究科に進んだ。指導教官は大塚久雄であった。1968年に博士課程単位取得満期退学。 1970年、東京女子大学専任講師となった。1971年にマックス・ウェーバーについて論じた学位論文『ウェーバー社会学の方法と構想』で経済学博士号を取得。1975年から1976年までドイツ・テュービンゲン大学に留学し、帰国後にカール・グスタフ・ユングの研究に転じてユングの著作の翻訳を手がける。
加藤 雅(かとう まさし、1937年1月1日 - 2005年… 加藤 雅(かとう まさし、1937年1月1日 - 2005年6月23日)は、日本の経済学者。元経済企画庁経済企画審議官。東京都出身。 東京大学経済学部経済学科、同商業学科卒業。1962年、経済企画庁入庁。オックスフォード大学留学を経て、調査局海外調査課長、国民生活局長、経済企画審議官。1985年~1987年には経済白書執筆を担当。 1994年、東京経済大学経済学部教授。日本経済調査協議会特別顧問。 研究分野は、経済政策、規制緩和、景気変動論。所属学会は日本計画行政学会、景気循環学会、統計研究会、日本財政学会。 2005年6月23日、心不全のため神奈川県川崎市内の病院にて逝去。68歳歿。
白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大… 白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大蔵官僚、経済学者。元大蔵省国際金融局次長。専門は国際金融論、開発経済学。 東京都立大学附属高等学校を経て、1960年に東京大学法学部第2類(公法コース)を首席で卒業。大蔵省に入省する(為替局総務課)。1962年6月に関東財務局理財部。1963年6月には経済企画庁調整局貿易為替課へ出向。1964年4月に大臣官房財務参事官付調査主任(フルブライト留学生としてコロンビア大学留学)。1966年12月に国際金融局企画課長補佐(総括・企画・貴金属特会)。その後、IMF財務局上級エコノミストやOECD日本政府代表参事官などを経て、国際金融局課長・次長となる。
涂照彦(と しょうげん、1936年12月23日-2007年)… 涂照彦(と しょうげん、1936年12月23日-2007年)は、台湾出身、日本で活動した経済学者。名古屋大学名誉教授。専攻は国際経済論。日本名・村岡輝三。 台湾雲林県斗六市生れ。1959年台湾大学卒業、1961年に来日、東京大学大学院博士課程修了、1972年「台湾植民地経済の構造と変容」で経済学博士。長崎県立国際経済大学教授、佐賀大学教授、新潟大学教授、名古屋大学教授を務め、2000年定年退官、名誉教授、國學院大學教授。2007年退職。
菊池 英博(きくち ひでひろ、1936年2月17日 - )は… 菊池 英博(きくち ひでひろ、1936年2月17日 - )は日本の経済学者。 東京銀行(外国為替専門銀行、現三菱UFJ銀行)を経て1995年に文京女子大学(現文京学院大学)経営学部教授、2000年から同大学院教授を兼務。専門は金融論、国際金融、日本経済。日本金融財政研究所の所長および教授。 1936年生まれ、東京都出身。都立戸山高等学校卒業後、東京大学へ入学、教養学部教養学科で国際関係論・国際金融論を専攻。1958年9月に国家公務員試験上級職(経済)合格、59年3月東京大学卒業後、4月に東京銀行(外国為替専門銀行、現三菱UFJ銀行)へ入行。63年4月から大蔵省第一種経済理論研修に参加、その後、本部と内外営業拠点で国際金融の企画と推進、銀行経営に従事。
浜田 宏一(はまだ こういち、1936年〈昭和11年〉1月8… 浜田 宏一(はまだ こういち、1936年〈昭和11年〉1月8日 - )は、日本の経済学者。専攻は、国際金融論・ゲーム理論。国際金融に対するゲーム理論の応用で世界的な業績があり、東京大学名誉教授、イェール大学名誉教授。Econometric Society終身フェロー。元内閣官房参与、理論・計量経済学会(現日本経済学会)会長、法と経済学会初代会長、Econometric Society理事、世界貿易機関事務局長助言グループのメンバーを歴任。 バブル崩壊後の失われた10年においては金融政策の失策がその大きな要因とみなし、特に岩田規久男の主張を評価している。日本銀行の金融政策を批判し、リフレーション政策の支持者の一人であり、アベノミクスをトリクルダウン理論であるとして、支持した。
武田 哲夫(たけだ てつお、1936年 - )は、日本の経済… 武田 哲夫(たけだ てつお、1936年 - )は、日本の経済学者。専門は、金融・財政政策 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
中村 平八(なかむら へいはち、1936年 - 没年不明)は… 中村 平八(なかむら へいはち、1936年 - 没年不明)は、日本の社会主義経済学者。専門は、国際関係論・社会主義論。 長野県茅野市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、東京外国語大学ロシア語科卒業。東京大学大学院社会科学研究科国際関係論博士課程修了。国際学修士(東京大学)、経済学博士(立命館大学)。神奈川大学経済学部教授。同大学経済学部長・同大学経済貿易研究所所長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
荏開津 典生(えがいつ ふみお、1935年4月 - )は、日… 荏開津 典生(えがいつ ふみお、1935年4月 - )は、日本の農業経済学者。農学博士(東京大学・論文博士・1970年)。東京大学名誉教授、千葉経済大学名誉教授。岐阜県出身。 1959年東京大学農学部農業経済学科卒。1963年東京大学大学院社会科学研究科博士課程中退。経済企画庁勤務を経て、東京大学農学部教授となる。1970年、「農産物および工業製品の需要供給と価格」により東京大学より農学博士の学位を取得。1996年より千葉経済大学経済学部教授となり、経済学部長、第二代学長を務めた。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
侘美 光彦(たくみ みつひこ、1935年1月26日 - 20… 侘美 光彦(たくみ みつひこ、1935年1月26日 - 2004年6月20日)は、日本のマルクス経済学者。東京大学名誉教授。愛知県生まれ。
竹内 靖雄(たけうち やすお、1935年 - 2011年(平… 竹内 靖雄(たけうち やすお、1935年 - 2011年(平成23年)8月23日)は、日本の経済学者。専門は経済思想史、経済倫理学。成蹊大学名誉教授。 高知県生まれ。東京大学経済学部卒業、同大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。成蹊大学経済学部専任講師、助教授、教授を歴任。 代表的な著書に『正義と嫉妬の経済学』(第1回山本七平賞受賞)、『市場の経済思想』(東京海上各務記念財団最優秀図書賞受賞)がある。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
岩田 龍子(いわた りゅうし、1934年8月4日- )は、日… 岩田 龍子(いわた りゅうし、1934年8月4日- )は、日本の経済学者。 愛知県江南市出身。1959年東京大学経済学部卒、69年同大学院博士課程満期退学。ジョンズ・ホプキンス大学で修士号、イリノイ大学に学ぶ。1966年東大助手、71年イリノイ大学助手、1972年武蔵大学経済学部助教授、74年教授。国際大学教授、九州大学教授、日本福祉大学教授を務めた。77年『日本的経営の編成原理』で日経・経済図書文化賞受賞。妻は岩田 (沈) 奇志・熊本大学准教授。
今村 奈良臣(いまむら ならおみ、1934年4月1日 - 2… 今村 奈良臣(いまむら ならおみ、1934年4月1日 - 2020年2月28日)は、日本の農業経済学者。学位は、農学博士(1964年)(学位論文「農林国家経費の研究」)。東京大学名誉教授。第一次産業を発展させた「6次産業」の提唱者として知られる。 1934年大分県生まれ。1952年大分県立大分上野丘高等学校卒業。1957年東京大学農学部農業経済学科卒業。1963年同大学院博士課程修了、1964年「農林国家経費の研究」で農学博士の学位を取得。農政調査委員会研究職員。1968年信州大学助教授、1974年東京大学助教授、1982年教授。1984-1985年米国ウィスコンシン大学客員研究員。1994年定年退官、名誉教授、日本女子大学教授、2002年退職。
野中 耕一(のなか こういち、1934年3月31日 - 20… 野中 耕一(のなか こういち、1934年3月31日 - 2014年12月9日)は、経済学者、タイ研究者。 愛知県生まれ。1961年東京大学農学部農業経済学科卒業、アジア経済研究所入所。1965年タイ王国カセサート大学留学。1977年アジア経済研究所バンコク事務所代表。1979年JICA専門家としてタイ国メイズ開発計画に参加。1990年チュラロンコン大学客員研究員。1992年アジア経済研究所理事。1997年川崎医療福祉大学客員教授。1983年、『農村開発顛末記』により日本翻訳文化賞受賞。 2014年12月9日、前立腺癌のため死去。
貝塚 啓明(かいづか けいめい、1934年(昭和9年)2月1… 貝塚 啓明(かいづか けいめい、1934年(昭和9年)2月16日 - 2016年(平成28年)10月25日)は、日本の経済学者。専門は、財政学・金融論。学位は、経済学博士(東京大学・1963年)。東京大学名誉教授。財務総合政策研究所名誉所長。日本学士院会員。勲等は瑞宝重光章。 学習院大学経済学部助教授、大阪大学経済学部助教授、東京大学経済学部教授、東京大学経済学部学部長、中央大学法学部教授、中央大学研究開発機構教授、東京大学金融教育研究センターセンター長などを歴任。 京都府出身の経済学者である。財政学、金融論を専攻する。公共財の最適供給に関するポール・サミュエルソンの命題や、企業金融上の資本コストに関するフランコ・モディリアーニとマートン・ミラーの定理について、一般化する業績で知られている。
森島 賢(もりしま まさる、1934年〈昭和9年〉1月21日… 森島 賢(もりしま まさる、1934年〈昭和9年〉1月21日 - )は、日本の農業経済学者、立正大学名誉教授。農学博士。 群馬県前橋市生まれ。1952年群馬県立前橋高等学校卒業、1957年東京大学工学部土木工学科卒業。1963年同大学院農業経済学専攻修了、「農業における用水生産力の計測的研究」で農学博士。1964年農林省農業技術研究所入所。1978年北海道大学農学部助教授。1981年東京大学農学部助教授、84年教授。94年定年退官、立正大学経済学部教授。2004年定年退職、名誉教授。2003年社団法人農協協会理事。各種委員、農林水産統計観測審議会委員。千葉県農政審議会委員。
柴垣 和夫(しばがき かずお、1934年1月21日 - )は… 柴垣 和夫(しばがき かずお、1934年1月21日 - )は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。東京大学名誉教授、武蔵大学名誉教授。
鶴田 満彦(つるた みつひこ、1934年 - )は、日本の経… 鶴田 満彦(つるた みつひこ、1934年 - )は、日本の経済学者。経済学博士(中央大学)。中央大学名誉教授。専門は、経済原論(マルクス経済学)、現代資本主義論、日本経済論。
志村 嘉一(しむら かいち、1934年 - 1986年4月7… 志村 嘉一(しむら かいち、1934年 - 1986年4月7日)は、日本の経済学者。応用経済学専攻。 東京生まれ。1956年東京大学経済学部卒、61年同大学院博士課程中退、66年「日本資本市場の研究」で経済学博士。専修大学教授、千葉大学法経学部教授。アラバマ大学で研修中に急死した。
竹内 啓(たけうち けい、1933年10月12日 - )は、… 竹内 啓(たけうち けい、1933年10月12日 - )は、日本の数理統計学者・経済学者・科学史家。東京大学名誉教授、明治学院大学名誉教授。日本学士院会員。専門分野は、数理統計学・計量経済学。専門以外の広範な分野における著作・論述も多数発表している。 諸学術を俯瞰・網羅した知識に基づく視座・史観・思考を有する学者とされる。計量経済学と数理統計学の膨大な著作と、博学な見識に基する科学史、文明論、思想、科学技術、環境保全などの多数の著作をワイド・スコーピックに展開した。 竹内が残した数理統計学における先端的業績ジャンルにはAsymptotic estimation(漸近的推定)、Non-regular estimation(非正規推定)がある。
中西 洋(なかにし よう、1933年8月27日 - 2018… 中西 洋(なかにし よう、1933年8月27日 - 2018年10月22日)は、日本の経済学者、労働問題研究者。東京大学名誉教授。
槌田 敦(つちだ あつし、1933年5月17日 - )は、日… 槌田 敦(つちだ あつし、1933年5月17日 - )は、日本の物理学者[独自研究?]、環境経済学者。 東京生まれ。東京都立大学 (1949-2011)理学部化学科卒。東京大学大学院物理課程中途退学、助手を経て理化学研究所研究員。1966年東京大学理学博士。名城大学経済学部教授、高千穂大学非常勤講師定年退職。父が化学者槌田龍太郎, 弟に槌田劭 がいる。 環境問題を開放系熱力学により分析する「槌田エントロピー理論」を掲げ[独自研究?]、独自の立場からエネルギー問題や廃棄物・リサイクル問題に取り組む。1970年代初頭から、反核・反原発を主張し、核融合技術の開発にも反対している。 反原発を主唱するその政治的哲学から「人類の排出した二酸化炭素により地球が温暖化している」という説に対して否定的な意見を持っており、「CO2温暖化脅威説は世紀の暴論」と二酸化炭素の上昇と気温上昇の相関関係をもとに、気温上昇が先であるとの因果関係を主張している[要検証 – ノート](同様に反原発の立場から地球温暖化に対する懐疑論を主張する論者に広瀬隆らがいる)。
下山房雄(しもやま ふさお、1933年5月16日- )は、日… 下山房雄(しもやま ふさお、1933年5月16日- )は、日本の経済学者。九州大学名誉教授。 東京市淀橋区生まれ。1956年東京大学経済学部卒、1958年同大学院修士課程修了、1979年「高齢者の労働問題」で明治大学経営学博士。労働科学研究所研究員、横浜国立大学経営学部教授、1989年九州大学経済学部教授、1997年定年退官、名誉教授、下関市立大学教授、1998年学長。
川上 忠雄(かわかみ ただお、1933年5月10日 - )は… 川上 忠雄(かわかみ ただお、1933年5月10日 - )は、マルクス経済学者。法政大学名誉教授。宇野派。 徳島県小松島市生まれ。1956年東京大学経済学部卒。1959年同大学大学院修士課程修了、法政大学経済学部助手。1962年法政大学大学院社会科学研究科経済学専攻博士課程満期退学、同大学経済学部専任講師。1965年助教授、1971年教授。2003年退職、名誉教授。
坂本 忠次(さかもと ちゅうじ、1933年4月26日 - 2… 坂本 忠次(さかもと ちゅうじ、1933年4月26日 - 2011年1月9日)は、日本の経済学者。岡山大学名誉教授。専門は、地方財政論。経済学博士(京都大学、1990年)。岡山県生まれ。
兵藤 釗(ひょうどう つとむ、1933年4月21日 - 20… 兵藤 釗(ひょうどう つとむ、1933年4月21日 - 2022年12月13日 )は、日本のマルクス経済学者。東京大学名誉教授。 愛知県西加茂郡挙母町(現・豊田市)生まれ。挙母尋常高等小学校(現・豊田市立童子山小学校)、旧制愛知県挙母中学校・新制愛知県立挙母西高等学校(現・愛知県立豊田西高等学校)卒業。1957年、東京大学経済学部卒業。1962年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。 東京大学経済学部教授を経て、名誉教授。1984年から1986年まで社会政策学会代表幹事。1994年から1998年まで埼玉大学経済学部教授。1998年4月から2004年3月まで埼玉大学学長。2007年から2011年まで学校法人成城学園学園長。
馬場 宏二(ばば ひろじ、1933年4月8日 - 2011年… 馬場 宏二(ばば ひろじ、1933年4月8日 - 2011年10月14日)は、日本の経済学者。東京大学名誉教授。経済学博士。マルクス経済学者として「過剰富裕論」を唱えた。晩年には、学説史にも興味を示し、貿易理論におけるヘンリー・マーチンを「発見」した。 群馬県生まれ。小学校時代を台湾で過ごし、敗戦で引揚げる。 1953年、群馬県立渋川高等学校卒業。1957年、東京大学経済学部卒業。東京大学大学院社会科学研究科単位取得中退。神奈川大学講師・助教授、東京大学助教授・教授を経て、1994年大東文化大学教授。 2011年10月14日、胃癌のため死去。78歳没。
根岸 隆(ねぎし たかし、1933年(昭和8年)4月2日 -… 根岸 隆(ねぎし たかし、1933年(昭和8年)4月2日 - )は、日本の経済学者。東京大学名誉教授。専門は経済理論、経済学史。
香西 泰(こうさい ゆたか、1933年3月22日 - 201… 香西 泰(こうさい ゆたか、1933年3月22日 - 2018年5月20日)は、日本の経済学者。第7代政府税制調査会会長。 兵庫県出身。父は旧制甲南高等学校教授を経て実業界入りし、兵庫米穀社長を務めた香西精。兄は元住友化学工業社長の香西昭夫。旧制甲南高等学校を経て東京大学経済学部卒業。経済企画庁入庁。同庁経済研究所総括研究官を経て東京工業大学教授、東洋英和女学院大学教授。経済研究所統括研究官在職中の1980年、『「日本経済展望」への寄与を中心として』でサントリー学芸賞を受賞。公益社団法人日本経済研究センター理事長、一橋大学経済研究所客員教授、内閣府経済社会総合研究所所長を歴任。 2018年5月20日、老衰のため死去、85歳。
坂下 昇(さかした のぼる、1933年3月9日 - 2003… 坂下 昇(さかした のぼる、1933年3月9日 - 2003年8月13日)は、日本の経済学者。専門は、計量経済学・都市経済学・地域経済学。学位は、経済学博士(東京大学・1965年)。筑波大学名誉教授。東京都出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
速水 佑次郎(はやみ ゆうじろう、1932年(昭和7年)11… 速水 佑次郎(はやみ ゆうじろう、1932年(昭和7年)11月26日 - 2012年(平成24年)12月24日)は、日本の経済学者。専門は、農業経済学・開発経済学。学位は博士(アイオワ州立大学)。旧・東京都立大学名誉教授。位階は正四位。勲等は瑞宝重光章。文化功労者。 東京都立大学経済学部教授、青山学院大学国際政治経済学部教授、政策研究大学院大学教授などを歴任した。 東京府(現:東京都)出身。東京都立大学附属高等学校を経て、東京大学教養学部教養学科卒業。 農林水産省農業総合研究所で研究員となり、1957~60年に米国アイオワ州立大学経済社会学部大学院へ留学し、同大学院博士課程修了。農業経済学の博士号を取得した。
大内 秀明(おおうち ひであき、1932年10月 - 202… 大内 秀明(おおうち ひであき、1932年10月 - 2024年1月9日)は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。東北大学名誉教授。 1932年、東京市(現・東京都)に生まれる。神奈川県立小田原高校、東京大学経済学部を卒業、東京大学大学院社会科学研究科博士課程を修了し、1963年に 『価値論の形成』で東京大学より経済学博士の学位を受ける。その後、東北大学教養部教授を務める。 1993年に東北大学を退官して名誉教授となる一方、東北科学技術短期大学学長に就任した。この年、社会党シャドーキャビネットで「経済企画庁長官」に任じられた。 1999年より、東北文化学園大学総合政策学部で教授を務める(2003年まで)。
山口 重克(やまぐち しげかつ、1932年7月27日 - 2… 山口 重克(やまぐち しげかつ、1932年7月27日 - 2021年9月11日)は、日本の経済学者・マルクス経済学研究者。東京大学名誉教授。 日本の代表的なマルクス経済学者である宇野弘蔵に師事し、宇野経済学の原理論と呼ばれる領域のうち,難問の一つとされた商業資本論と呼ばれる分野をはじめ貨幣論,金融論などの分野に独創的な論考が数多くある。同時代の研究者として、降旗節雄、大内秀明、鎌倉孝夫、桜井毅のほか岩田弘等がいる。 福井県武生市出身。東京大学経済学部卒業、1962年東京大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得退学。1968年経済学博士(東京大学)。電気通信大学助手、新潟大学助教授、法政大学経済学部教授、東京大学経済学部教授を経て国士舘大学経済学部教授を2002年まで勤めた。
小池 和男(こいけ かずお、1932年7月18日- )は、日… 小池 和男(こいけ かずお、1932年7月18日- )は、日本の経済学者。法政大学名誉教授。労働経済学専攻。経済学博士(東京大学、1963年)(学位論文「日本の賃金交渉 -産業別レベルにおける賃金決定機構-」)。新潟県出身。
林 健久(はやし たけひさ、1932年3月27日 - )は、… 林 健久(はやし たけひさ、1932年3月27日 - )は、日本のマルクス経済学者、東京大学名誉教授。専門は財政学。「最後のマルクス経済学者」を自称していた。 1955年東京大学経済学部卒業、1960年同大学院社会科学研究科満期退学。同大学助手、1964年「明治前期の租税構造」で経済学博士。1963年立正大学教授、1975年東京大学経済学部教授、1993年定年退官、名誉教授、流通経済大学経済学部教授、地方財政審議会会長。
福地 崇生(ふくち たかお、1932年2月23日 - )は、… 福地 崇生(ふくち たかお、1932年2月23日 - )は、日本の経済学者。京都大学名誉教授、筑波大学名誉教授。専門は応用計量経済学、経済計画・開発論。経済学博士(東京大学、1960年)。愛知県出身。