檜山 久雄(ひやま ひさお、1930年2月13日 - )は、… 檜山 久雄(ひやま ひさお、1930年2月13日 - )は、日本の中国文学者、文芸評論家。 東京生まれ。旧制第一高等学校を経て、東京大学文学部中国文学科を卒業した。東大在学中より『新日本文学』の編集に携わり、同誌を中心に文芸評論を執筆、大岡昇平が大衆文学を批判した際に反論した。のち広島大学教授、青陵女子短期大学教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
三輪 秀彦(みわ ひでひこ、1930年2月10日 - 201… 三輪 秀彦(みわ ひでひこ、1930年2月10日 - 2018年12月15日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。元明治大学教授。 愛知県名古屋市生まれ。1953年東京大学文学部仏文科卒。國學院大學講師などを経て、1966年に明治大学講師となり、1973年以降助教授、のち教授を2001年まで務めた。 モーリス・ブランショ『死の宣告』、ナタリー・サロート『見知らぬ男の肖像』、マルグリット・デュラス『ジブラルタルの水夫』といった前衛フランス文学のほか、ジョルジュ・シムノン、ジュール・ヴェルヌ、ジェラール・ド・ヴィリエなどの娯楽小説も多く訳した。1963年『内面の都市』で文藝賞佳作となったこともある。日本近代文学などの文芸批評もある。
野沢 協(野澤 協、のざわ きょう、1930年(昭和5年)2… 野沢 協(野澤 協、のざわ きょう、1930年(昭和5年)2月1日 - 2015年(平成27年)11月18日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。17・18世紀フランス思想史を専攻。 1930年、神奈川県鎌倉市生まれ。旧制浦和高等学校で学び、高等学校時代からの友人に出口裕弘、澁澤龍彦がいる。1953年、東京大学文学部仏文科を卒業。 1962年、(旧)東京都立大学人文学部仏文科助手に就いた。後に助教授、教授に昇進。1990年から2001年まで、駒澤大学外国語部教授をつとめた。2015年に死去。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
清水 孝純(しみず たかよし、1930年1月23日 - 20… 清水 孝純(しみず たかよし、1930年1月23日 - 2024年4月3日)は、日本の比較文学者。九州大学、福岡大学名誉教授。 東京・深川生まれ。1949年旧制第一高等学校理科乙類卒業ののち、東京教育大学文学部へ進学して1957年国語学国文学科卒業、1958年仏語学仏文学科中退、1960年東京大学大学院人文科学研究科(比較文学比較文化専攻)修士課程修了、1965年同博士課程単位取得満期退学、同年4月から1969年3月まで日本大学専任講師、1969年4月九州大学教養部助教授、1976年9月同教授。1982年『ドストエフスキー・ノート』で第1回池田健太郎賞受賞。1992年3月定年退官ののち、福岡大学教授。
菅野 昭正(かんの あきまさ、1930年1月7日 - )は、… 菅野 昭正(かんの あきまさ、1930年1月7日 - )は、日本の文芸評論家・フランス文学者。東京大学名誉教授・日本芸術院会員。
森川 俊夫(もりかわ としお、1930年1月7日 - 201… 森川 俊夫(もりかわ としお、1930年1月7日 - 2018年10月30日)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。一橋大学名誉教授。トーマス・マンの作品を多く翻訳した。 東京生まれ。水戸高等学校卒、1953年東京大学文学部独文科卒業、熊本大学法文学部助手。1954年東大文学部助手。1957年電気通信大学専任講師。1961年一橋大学専任講師。西ドイツ・チュービンゲン大学に二年留学。1963年助教授。1971年教授。1992年定年退官、名誉教授、東京国際大学教授。2011年、瑞宝中綬章受章。 2018年10月30日、食道がんのため死去、88歳。叙正四位。
荒木 昭太郎(あらき しょうたろう、1930年 - )は、日… 荒木 昭太郎(あらき しょうたろう、1930年 - )は、日本のフランス文学者。東京大学名誉教授。20世紀日本におけるモンテーニュ研究の第一人者。クラシック音楽にも造詣が深くフレデリック・ショパンに関する著訳書がある。 横浜市に生まれる。1948年第一高等学校に入学、1953年東京大学文学部フランス文学科で渡辺一夫に師事、卒業後は1958年まで同大学院人文科学研究科仏語仏文学専門課程に在学。 1958年より東京藝術大学音楽学部で非常勤講師(1994年まで)。1960年から1962年までフランス政府留学生としてパリ大学に、1972年から1974年まで文部省在外研究員としてパリに滞在。1963年から1991年まで東京大学教養学部助教授を経て教授。
土屋 淳(つちや あつし、 1930年 - 2011年)は、… 土屋 淳(つちや あつし、 1930年 - 2011年)は、日本の天文学者。 神奈川県出身、1930年生まれ。1945年旧制鎌倉中学校(現鎌倉学園中学校・高等学校)卒業。1953年東京大学理学部天文学科卒業。専門は電波天文学と測地学。学生時代から東京天文台(現在の国立天文台)の10m太陽電波望遠鏡の建設などにかかわり、その後東京天文台に就職、電波天文学の研究でオハイオ州立大学に留学した。学位論文は1977年「位置天文学の新技術の測地的利用の可能性」、東京大学理学博士。電波を利用する測地学の研究に初期の時代から携わり、GPS(全地球測位システム)に関する著書・論文も多い。また、人工衛星・月のレーザー測距や光干渉計の実験にも従事した。
塚本 利明(つかもと としあき、1930年 - 2023年7… 塚本 利明(つかもと としあき、1930年 - 2023年7月2日)は、日本の英文学・比較文学者、専修大学名誉教授。 東京府生まれ。1954年に東京大学文学部英文科卒業。1963年東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京都立商科短期大学講師、同助教授、同教授等を経て、1974年4月に専修大学文学部助教授となる(翌年に教授へ昇任)。英国における夏目漱石の研究を行ったほか、哲学や心理学領域の翻訳も手がけた。また専修大学の在職中は文学部の英米文学科の学科長、そして文学部長にも就任、2001年3月の定年退職後、専修大学名誉教授となる。
中野里 皓史(なかのり こうし、1930年 - 1986年1… 中野里 皓史(なかのり こうし、1930年 - 1986年12月18日)は、日本の英文学者。元東京大学文学部英文科教授。シェイクスピア学者。 東京の老舗寿司店「築地玉寿司」(1924年創業)の長男として生まれる。東京大学英文科卒、同大学院修了、文学部助手、1965年より東京大学教養学部専任講師、1967年助教授、1979年教授、1982年文学部教授となる。在職中に急逝。
平井 正(ひらい ただし、1929年11月10日 - )は日… 平井 正(ひらい ただし、1929年11月10日 - )は日本のドイツ文学者。元立教大学教授。
蟻 二郎(あり じろう、1929年10月27日 - 1996… 蟻 二郎(あり じろう、1929年10月27日 - 1996年1月1日)は、アメリカ文学者、批評家、太陽社社長。本名・三宅二郎。 兵庫県姫路市出身。東京外国語大学英米科卒業、東京大学英文科大学院修了、群馬大学勤務。1961年、磯田光一、小野二郎、近藤耕人、柘植光彦、中井多津夫らと第16次『新思潮』(晶文社)を創刊、1964年まで続いた。1971年、明治大学専任講師を辞任。 1967年、出版社・太陽社を興し、大学の語学テキストのほか、アメリカ文学や、ヒッピー文化に関する翻訳、自らの著作を刊行する。1979年、神保町で古書店「ワンダーランド」を開いた。 雑誌『新批評』に、英文科教授平井正穂から不当な扱いを受けたとして告発文を発表した。
山崎 庸一郎(やまさき よういちろう、1929年10月21日… 山崎 庸一郎(やまさき よういちろう、1929年10月21日 - 2013年7月21日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。学習院大学名誉教授。 1929年、東京生まれ。旧制学習院を経て、東京大学文学部仏文科で学ぶ。1953年に卒業。 卒業後は学習院大学フランス文学科助手となり、講師、助教授を経て教授に昇進。2000年に学習院大学を定年退職し、名誉教授となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
渡辺 広士(わたなべ ひろし、1929年9月5日 - )は、… 渡辺 広士(わたなべ ひろし、1929年9月5日 - )は、日本の文芸評論家、フランス文学者、翻訳家。 広島県生まれ。東京大学仏文科卒業。1965年「三島由紀夫と大江健三郎」で群像新人文学賞受賞、雑誌『審美』に参加。1968年法政大学助教授、のち教授を2000年まで務めた。 ロートレアモンなどを研究、翻訳し、戦後文学を論じた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
羽矢 謙一(はや けんいち、1929年8月22日 - 202… 羽矢 謙一(はや けんいち、1929年8月22日 - 2021年10月6日)は、日本の英文学者。明治大学名誉教授。 熊本市生まれ。東京大学英文科卒。同大学院を経て、青山学院大学助教授、明治大学文学部教授、2000年に定年し名誉教授。 D・H・ロレンスを専門とし、伊藤整が裁判で敗訴し、削除版のままになっていた『チャタレイ夫人の恋人』の完訳を1973年に刊行した。
中西 進(なかにし すすむ、1929年〈昭和4年〉8月21日… 中西 進(なかにし すすむ、1929年〈昭和4年〉8月21日 - )は、日本の教育者・文学者(日本文学・比較文学)。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1962年)。国際日本文化研究センター名誉教授、大阪女子大学名誉教授、京都市立芸術大学名誉教授、奈良県立万葉文化館名誉館長。文化功労者。文化勲章受章。 東京学芸大学附属高等学校教諭、成城大学文芸学部教授、筑波大学歴史人類学系教授、国際日本文化研究センター教授、帝塚山学院大学教授、帝塚山学院大学国際理解研究所所長、大阪女子大学学長、日本学術会議会員、学校法人帝塚山学院理事長、京都市立芸術大学学長、池坊短期大学学長、奈良県立万葉文化館館長、高志の国文学館館長などを歴任した。
小野 二郎(おの じろう、1929年8月18日 - 1982… 小野 二郎(おの じろう、1929年8月18日 - 1982年4月26日)は、日本の英文学者、思想家。 1929年、東京府高円寺で生まれた。1947年、東京府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)を卒業。東京大学教養学部教養学科イギリス科で学び、1955年に卒業。同大学院比較文学比較文化に進み、1958年に修士課程を修了した。 卒業後は出版社の弘文堂に勤務し、谷川雁の評論集「原点が存在する」や「現代芸術論叢書」シリーズを企画し、師の島田謹二『ロシヤにおける広瀬武夫』や、澁澤龍彦『サド復活』、篠田一士『邯鄲にて』等多くを刊行した。 1960年、中村勝哉と共に晶文社を設立し、のち編集顧問。弘文堂を退職し、東海大学専任講師となった。
高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2… 高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2017年8月19日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 北海道室蘭市生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退、國學院大學助教授、1963年北海道大学助教授、1969年東京大学文学部英文科助教授、1977年教授、1990年定年退官、名誉教授、駒澤大学教授を務めた。1985年-1988年日本英文学会会長を務めた。 ロレンス・ダレルの4部作「アレクサンドリア四重奏」の他に、ジョイス『ダブリンの市民』、友人2名との共訳による『ユリシーズ』の翻訳が著名。 初の単著『イギリス近代詩法』(研究社、2001年)で第54回読売文学賞研究・翻訳賞。
栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023… 栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023年5月5日)は、日本のフランス文学者、美術評論家、作家、翻訳家。駒沢女子大学日本文化研究所名誉所長。 フランス象徴主義の詩人・ロートレアモン伯爵の作品を日本で初めて全訳し、レフ・トロツキーの翻訳も行った。また詩人でもあり、戯曲も書いた。多彩な創作、評論活動を展開し、仏教、寺院建築、美術等に関する日本文化論の著書を多く発表した。 東京生まれ、満洲出身。父は栗田健男。 1947年、東京府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)卒業。1953年、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、同大学院修士課程修了。1960年より文筆活動に入る。 1962年、松田政男、山口健二、川仁宏らが企画した自立学校で、谷川雁、吉本隆明、埴谷雄高、黒田寛一、森秀人らとともに、講師をつとめる。
鈴木 建三(すずき けんぞう、1929年7月11日 - 20… 鈴木 建三(すずき けんぞう、1929年7月11日 - 2015年7月2日)は、イギリス文学者。 1954年東京大学英文科卒。旧・東京都立大学教授を務め、1992年定年退任後は、青山学院大学教授。イギリス文学ではジョゼフ・コンラッドを主として研究。多くの20世紀英米小説を訳した。児童文学は木庭 茂夫(こば しげお)で訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本… 谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本の文学者、文学研究者、民俗学者、翻訳家。専門はドイツ文学および北欧文学。
野口 元大(のぐち もとひろ、1929年5月26日 - 20… 野口 元大(のぐち もとひろ、1929年5月26日 - 2016年12月2日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1992年)。上智大学名誉教授。 長野県小諸市生まれ。埼玉県児玉郡神泉村育ち。旧制松本第二中学校(現長野県松本県ヶ丘高等学校)、旧制松本高等学校文科を経て、1953年東京大学文学部国文学科卒、1958年同大学院国文学専攻修了。 都立高校教諭を経て、1960年熊本大学法文学部助教授、1966年文部省教科書調査官、1974年茨城大学人文学部教授、1977年文部省主任教科書調査官、1982年上智大学文学部教授、1992年「夜の寝覚研究」で東大文学博士。この間、文部省にて主任教科書調査官を務める。
池田 健太郎(いけだ けんたろう、1929年5月19日 - … 池田 健太郎(いけだ けんたろう、1929年5月19日 - 1979年11月7日)は、日本のロシア文学者。 愛知県生まれ。本名・豊。陸軍幼年学校、旧制第一高等学校を経て東京大学仏文科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了。立教大学講師、東大助教授を務めたが、1969年大学紛争により退職、書籍編集局次長扱いで中央公論社に入るが翌年退職。1975年『プーシキン伝』により第26回読売文学賞評論・伝記賞受賞、1979年『「かもめ」評釈』により第29回芸術選奨新人賞を受賞した。 1979年11月7日未明1時、心臓発作のために東京都三鷹市の自宅にて急逝した。『「桜の園」評釈』『チェーホフ学入門』(仮題)の両著作に取り組んでいる最中のことであった。
野村 精一(のむら せいいち、1929年5月18日-2017… 野村 精一(のむら せいいち、1929年5月18日-2017年4月24日)は、日本の国文学者。専門は日本文学。実践女子大学名誉教授。 東京出身。東京大学文学部国文科・同大学院修士課程修了後、地方公務員の教員として都立高校教諭を経て、山梨大学教授の後、1986年実践女子大学教授となる。2000年定年となり、名誉教授。『源氏物語』など中古文芸を研究した。
大曽根 章介(おおそね しょうすけ、1929年5月8日 - … 大曽根 章介(おおそね しょうすけ、1929年5月8日 - 1993年8月26日)は、日本文学者、漢文学者。 東京大学文学部国文学科卒業。1971年、文学博士。東京大学助手、共立女子短期大学教授を経て中央大学教授。 平安文学、特に漢文学が専門。1989年より刊行された新日本古典文学大系の編集委員をつとめたが、1993年に急死した。64歳没 。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
鈴木 道彦(すずき みちひこ、1929年4月26日 - 20… 鈴木 道彦(すずき みちひこ、1929年4月26日 - 2024年11月11日)は、日本のフランス文学者。獨協大学名誉教授。金嬉老「特別弁護団」のひとり。鈴木信太郎 (フランス文学者)の子。 1929年、フランス文学者の鈴木信太郎の子として東京で生まれた。東京大学文学部仏文科で学び、1953年に卒業。同大学大学院へ進学。 卒業後は、一橋大学助教授となり、後に教授昇格。その後獨協大学教授。プルースト『失われた時を求めて』の完訳に取り組み、1992年に抄訳を刊行したところ評判を呼んだ。後に完訳版は1996年から2001年にかけて集英社より刊行した。完訳としては、井上究一郎に続く2人目の個人完訳であった。
稲岡 耕二(いなおか こうじ、1929年4月12日 - )は… 稲岡 耕二(いなおか こうじ、1929年4月12日 - )は、日本文学者(万葉学者)。古代文学専攻。東京大学名誉教授。
村松 剛(むらまつ たけし、1929年3月23日 - 199… 村松 剛(むらまつ たけし、1929年3月23日 - 1994年5月17日)は日本の評論家、フランス文学者。筑波大学名誉教授。立教大学、京都産業大学、筑波大学、杏林大学の各教授を歴任。
大谷 暢順(おおたに ちょうじゅん、1929年3月19日 -… 大谷 暢順(おおたに ちょうじゅん、1929年3月19日 - )は、浄土真宗僧侶、浄土真宗大谷本願寺派本山本願寺第25世法主留守職、フランス文学者。一般財団法人本願寺文化興隆財団理事長。明仁上皇の従兄弟。長男に大谷光輪。蓮如・ジャンヌ・ダルクの研究者。日仏での著書多数。 1929年東本願寺法主・大谷光暢の次男として京都に生まれる。 1952年東京大学印度哲学梵文学科卒、同大学院仏文科修了。 1955年パリー大学文学部入学。 1967年ソルボンヌ高等学院卒業。 1986年パリー第七大学文学博士号取得。 1988年フランスより、パルム・アカデミック勲章叙勲。 1996年に長男・次男とともに大谷派を離脱、本願寺法主・留守職となる。
直野 敦(なおの あつし、1929年3月18日 - )は、日… 直野 敦(なおの あつし、1929年3月18日 - )は、日本の翻訳家・東欧・ロシア文学者。東京大学教養学部名誉教授。 大分県大分市生まれ。1954年東京大学文学部仏文科卒、1957年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。金子幸彦ゼミ出身。1958年からルーマニア・ブカレスト大学に学び、1963年同文学部卒業。1965年同大学院修士課程修了、帰国。翻訳を幾つか出し、1969年東京大学教養学部専任講師、1971年11月助教授、1976年12月教授、1989年定年退官し名誉教授、文化女子大学教授、1990年文学部長。2004年退職。 主としてルーマニア語、ルーマニア文学の教育、翻訳を行なった。かつては社会主義思想を信奉していたが、後年は、宗教学者ミルチャ・エリアーデが、初期に書いた小説作品の翻訳で知られる。
村上 光彦(むらかみ みつひこ、1929年3月14日 - 2… 村上 光彦(むらかみ みつひこ、1929年3月14日 - 2014年5月22日)は、日本のフランス文学者、成蹊大学名誉教授。 長崎県佐世保生まれ。1953年に東京大学文学部仏文学科卒業。東京学芸大学教員を経て1965年より成蹊大学助教授・教授、1997年に定年により名誉教授。 フランス文学作品に加え、第二次世界大戦関連、ノーベル平和賞作家となったエリ・ヴィーゼル、ロナルド・D・レインなどのほか英語圏文学も翻訳し、大佛次郎研究など多彩な活動を行った。『大佛次郎セレクション』(未知谷、全18冊)を編み、大佛次郎研究会会長も務めた。 2014年5月22日、呼吸不全のため死去。85歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
藤本 淳雄(ふじもと あつお、1929年2月22日 - 20… 藤本 淳雄(ふじもと あつお、1929年2月22日 - 2021年8月10日)は、日本のドイツ・オーストリア文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 愛知県名古屋市出身。第八高等学校から、1951年東京大学独文科卒、東京大学大学院研究奨励学生前期修了。1961年東京大学教養学部講師、助教授、教授、1989年定年退官、成城大学教授、1999年退職。 2021年8月10日、心不全・腎不全のため死去。92歳没。死没日をもって従四位に叙され、瑞宝中綬章を追贈される。
井上 謙治(いのうえ けんじ、1929年2月15日 - 20… 井上 謙治(いのうえ けんじ、1929年2月15日 - 2026年5月14日)は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。明治大学・桜美林大学名誉教授。 東京生まれ。1951年東京大学英文科卒業、53年同大学院旧制満期修了。54年専修大学商経学部専任講師、59年オバーリン大学に学ぶ。61年助教授、63年明治大学工学部助教授、68年理工学部教授、95年定年となり名誉教授、桜美林大学教授、99年退任。 ジョン・アップダイクの「ウサギ」シリーズを全訳した。 1998年に日本翻訳文化賞を受賞した。 2026年5月14日死去。97歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
早川 東三(はやかわ とうぞう、1929年2月3日 - 20… 早川 東三(はやかわ とうぞう、1929年2月3日 - 2017年10月15日)は、日本のドイツ語学者・ドイツ文学者、学習院大学名誉教授。 愛知県生まれ。1952年東京大学文学部独文科卒。1955年、同大学院博士課程中退と同時に学習院大学文学部講師、わずか2年後に助教授、のちに教授。1972年、43歳の若さで文学部長を務めたほか、学習院大学常務理事、学習院大学言語共同研究所長、学習院評議員、学習院大学学長などの要職を歴任。1998年、学習院女子大学学長。1999年、定年、名誉教授。 1983年 - 1985年、日本独文学会理事長。1992年、ドイツ語学文学振興会の理事長として、ドイツ語技能検定試験(独検)を発足させた。
戸張 智雄(とばり ともお、1928年10月19日 - 19… 戸張 智雄(とばり ともお、1928年10月19日 - 1994年3月14日)は、フランス文学者、中央大学名誉教授。 1928年、東京生まれ。1953年に東京大学仏文科を卒業し、同大学院に進んだ。1956年から1958年までフランス政府招聘留学生としてパリ大学に学ぶ。1960年、博士課程を中退した。 1961年に中央大学文学部専任講師に着任し、1962年助教授昇進。1965年、東京大学に学位論文を提出して文学博士を取得。1969年に教授昇進。1978年から1980年まで国際大学都市日本館館長をつとめた。1994年に中央大学を退任して名誉教授となった。 フランス古典演劇、特にジャン・ラシーヌを専門とし、ギリシア演劇との比較を行った。
二宮 敬(にのみや たかし、1928年9月27日 - 200… 二宮 敬(にのみや たかし、1928年9月27日 - 2002年)は、日本のフランス文学者、東京大学文学部名誉教授。
大澤 正佳(おおさわ まさよし、1928年9月5日 - )は… 大澤 正佳(おおさわ まさよし、1928年9月5日 - )は、英文学者、中央大学名誉教授。 東京市(現東京都中央区)出身。東京大学教養学部イギリス科卒、1959年同大学院英文科修士課程修了、茨城大学専任講師、1961年中央大学文学部専任講師、助教授、教授、1989年日本ジェイムズ・ジョイス協会初代会長。1999年定年退職、名誉教授。ジョイスを専門とする。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
出口 裕弘(でぐち ゆうこう、1928年8月15日 - 20… 出口 裕弘(でぐち ゆうこう、1928年8月15日 - 2015年8月2日)は、昭和・平成期の日本の作家、翻訳家、フランス文学者。元一橋大学教授。 東京府北豊島郡日暮里町(現在の東京都荒川区東日暮里)の生まれ。ただし『北海道名士録 昭和35年度版』(1頁には千葉県松戸市出身とある。本名の訓みはヤスヒロといい、葛飾区立堀切小学校から東京府立第十一中学校(東京都立江北高等学校)を経て1945年4月、旧制浦和高等学校理科1組入学、1945年7月1日、武原寮(ぶげんりょう)に入寮しここで敗戦を迎えた。寮で1級下の野沢協と相識る。 1945年10月、文科甲類に転科する。在学中は文芸部に所属し、短歌や俳句、詩や小説などの創作活動に熱中した。
稲沢 秀夫(いなざわ ひでお、1928年8月1日 - )は、… 稲沢 秀夫(いなざわ ひでお、1928年8月1日 - )は、日本の英文学者、学習院大学名誉教授。 千葉県生まれ。1952年東京大学文学部英文科卒。青山学院女子短期大学助教授、学習院大学英文科教授。1999年、定年退任、名誉教授。 アメリカ文学専攻だが、後年谷崎潤一郎に関心を抱き、谷崎松子に話を聞いて『聞書谷崎潤一郎』を刊行するが、松子によって多くが削除されたため、残りの秘話を『秘本谷崎潤一郎』としてワープロ打ちの私家版として刊行した。
立川 洋三(たつかわ ようぞう、1928年7月5日 - 20… 立川 洋三(たつかわ ようぞう、1928年7月5日 - 2011年10月11日)は、日本のドイツ文学者。立教大学名誉教授。 愛知県名古屋市出身。東京大学文学部独文科卒業。立教大学文学部独文科にて助教授、教授を務めて1994年に退職し、名誉教授。 1964年には「ラッペル狂詩曲」で芥川賞(下期)候補に上った経歴を持ち、大学教授を引退した後に小説執筆を再開した。 2011年10月11日、胃癌のため神奈川県横浜市鶴見区の病院で死去。83歳没。
小松原 茂雄(こまつばら しげお、1928年5月10日 - … 小松原 茂雄(こまつばら しげお、1928年5月10日 - 1988年11月30日)は、英文学者、元東京大学教養学部教授。ディケンズ文学の専門家。 徳島県生まれ。東京大学英文科卒。 日本女子大学文学部講師、千葉大学文理学部助教授を経て1964年より東大教養学部助教授、教授(英語)。チャールズ・ディケンズを専門とし、『ボズのスケッチ集』等をテキストとしたディケンズ文学の世界を紹介する講義を行った。 五反田駅で鉄道に飛び込み自殺により逝去。没後、『ディケンズの世界』(三笠書房、1989)がまとめられた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
古在 由秀(こざい よしひで、1928年(昭和3年)4月1日… 古在 由秀(こざい よしひで、1928年(昭和3年)4月1日 - 2018年(平成30年)2月5日)は、日本の天文学者(天体力学)。位階は正四位。勲等は勲二等。学位は、理学博士(東京大学・1958年)。東京大学名誉教授、国立天文台名誉教授、総合研究大学院大学名誉教授、群馬県立ぐんま天文台名誉台長、日本学士院会員、文化功労者。名誉三鷹市民。 東京大学附属東京天文台教授、東京大学附属東京天文台台長(第12代)、国立天文台台長(初代)、国際天文学連合会長、群馬県立ぐんま天文台台長などを歴任した。 古在由正・澄江夫妻の長男として東京府北豊島郡巣鴨町駒込(現・東京都豊島区駒込)に生まれた。 1940年、東京府立第十四中学校(後の東京都立石神井中学校、現・東京都立石神井高等学校)に入学。
稲賀 敬二(いなが けいじ、1928年(昭和3年)3月20日… 稲賀 敬二(いなが けいじ、1928年(昭和3年)3月20日 - 2001年(平成13年)4月11日)は、日本の国文学者。平安文学専攻。広島大学名誉教授。美術史家稲賀繁美の父。 旅順市明治村に生まれる。本籍地は鳥取県境港市。1947年(昭和22年)広島高等学校文科甲類卒業。1950年(昭和25年)、東京大学文学部文学科卒業。1954年(昭和29年)、東京大学大学院特別研究生退学。東京大学在学中は池田亀鑑のもとで『源氏物語大成』(全9巻)『源氏物語事典』(全2巻)などの編集に従事した。 1956年(昭和31年)、立教大学一般教育部講師、広島大学文学部講師。1961年(昭和36年)、広島大学文学部助教授。
片岡 啓治(かたおか けいじ、1928年3月1日 - 200… 片岡 啓治(かたおか けいじ、1928年3月1日 - 2004年12月)は、日本のドイツ文学者、文化・思想評論家、翻訳家。獨協大学名誉教授。 1928年、東京府で生まれた。東京大学で学び卒業。獨協大学外国語学部助教授に就き、1983年に教授昇格。1998年に獨協大学を定年退職し、名誉教授となった。 専門はドイツ文学。戦後ドイツ社会、哲学、マルクス主義に関連する著作や、ヴィルヘルム・ライヒなどを翻訳した。また、映画や日本現代文学、幕末史についても著作を残している。寺子屋を運営。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
篠田 浩一郎(しのだ こういちろう、1928年2月18日 -… 篠田 浩一郎(しのだ こういちろう、1928年2月18日 - 2022年12月25日)は、日本のフランス文学・比較文学者、記号学者、翻訳家。東京外国語大学名誉教授。 東京生まれ。1954年東京大学文学部仏文科を卒業。1957年から東京外国語大学で教え、助教授、教授。1991年定年退官、名誉教授。 19世紀フランス文学の研究から出発し、記号学や物語論など当時先端的な文学理論を吸収しながら、文学評論にとどまらず、強制収容所文学の分析などを含めた視野の広い研究を展開した。晩年は日本文化の研究にも手を染めた。翻訳も多数ある。とりわけポール・ニザン『アデン・アラビア』、ミシュレ『魔女』、ロラン・バルト『サド、フーリエ、ロヨラ』は有名。
高橋 和夫(たかはし かずお、1928年2月15日 - )は… 高橋 和夫(たかはし かずお、1928年2月15日 - )は、国文学者、群馬大学名誉教授。 東京生まれ。1950年東京大学文学部国文科卒、1962年同大学院修士課程修了、群馬大学教育学部講師、助教授、教授。1993年定年退官、名誉教授。 1962年垣内松三賞、1967年久松賞、1975年博報賞受賞。
濱田 泰三(はまだ たいぞう、1928年2月13日 - 20… 濱田 泰三(はまだ たいぞう、1928年2月13日 - 2019年8月17日)は、日本の文学者(フランス文学)、文芸評論家。早稲田大学名誉教授、公益財団法人パブリックヘルスリサーチセンター顧問。「濱田」の「濱」が旧字体のため、新字体で浜田 泰三(はまだ たいぞう)と表記されることもある。 日本放送協会での勤務を経て、早稲田大学法学部教授、早稲田大学図書館館長(第12代)、学校法人早稲田大学常任理事、財団法人パブリックヘルスリサーチセンター理事長などを歴任した。 フランス文学者であるとともに、文芸評論家としても活躍した。また、レフ・トロツキーやルネ・グルッセの著作の翻訳を手掛け、仏教など宗教に纏わる識見も有するなど、多才な活動を展開した。
永川 玲二(ながかわ れいじ、1928年2月11日- 200… 永川 玲二(ながかわ れいじ、1928年2月11日- 2000年4月22日)は、日本の英文学者、翻訳家。ジェイムズ・ジョイスやシェイクスピア、ガルシア・ロルカの翻訳者として知られる。 東京大学文学部英文科を卒業後、旧・東京都立大学助教授などを経て、1970年からスペインのセビリアに定住し、主に海洋文学史を研究。ブロンテ「嵐が丘」、ジョイス「ユリシーズ」翻訳が著名である。 鳥取県米子市に生まれた。父は永川重幸。 1945年2月、広島陸軍幼年学校を脱走、軍学校の脱走者は逮捕されたら銃殺刑に処されることが決まっていたため日本全国を転々と逃亡して8月の敗戦を迎え、この体験が丸谷才一の小説『笹まくら』の題材となった──と伝えられていたが、永川玲二の弟の永川祐三によるとこの話は虚構であり、実際には1942年4月に広島の陸軍幼年学校に入学、そのまま卒業し、1945年4月、東京代々木の陸軍予科士官学校に入学したことが資料の上で裏付けられるという。
木島 始(きじま はじめ、1928年2月4日 - 2004年… 木島 始(きじま はじめ、1928年2月4日 - 2004年8月14日)は、日本の詩人、英米文学者、翻訳家、童話作家、作詞家。本名は小島 昭三(こじま しょうぞう)。 新日本文学会、日本文芸家協会、各会員。 京都府京都市中京区生まれ。第六高等学校在学中に敗戦を迎える。1947年東京大学文学部英文科入学、学生運動に加わり、東京大学新聞を編集する。また在学中から詩誌「列島」などに加わり、発行人もつとめた。 1951年卒業、東京都立北野高等学校教諭として英語を教える。 1953年野間宏の跋文を得て『木島始詩集』を刊行、1954年専修大学講師、1963年法政大学第一教養部講師となり、助教授、教授を務める。
大久保 輝臣(おおくぼ てるおみ、1928年1月3日 - 1… 大久保 輝臣(おおくぼ てるおみ、1928年1月3日 - 1996年6月4日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。元学習院大学教授。 父は大久保偵次。東京出身。1952年東京大学仏文科卒業。学習院大学助教授、教授。在職中に死去。