園田矢(そのだ ただし、1942年7月7日 - )は、日本の… 園田矢(そのだ ただし、1942年7月7日 - )は、日本のジャーナリスト、NHK外信部長などを歴任。
東京外国語大学:753人
園田矢(そのだ ただし、1942年7月7日 - )は、日本の… 園田矢(そのだ ただし、1942年7月7日 - )は、日本のジャーナリスト、NHK外信部長などを歴任。
堀内 勝(ほりうち まさる、1942年6月21日 - )は、… 堀内 勝(ほりうち まさる、1942年6月21日 - )は、日本のアラブ文学者、元中部大学教授。専門は言語人類学、アラブ・イスラム世界の地域研究・民族誌。 山梨県甲府市生まれ。東京外国語大学アラビア語科卒業。カイロ・アメリカン大学大学院課程修了、同大学フェローとなる。1983年1月中部工業大学産業経済研究所教授に就任。1984年4月中部大学(前述大学が改称)国際関係学部教授。1986年『ラクダの文化誌』でサントリー学芸賞受賞。2013年3月に中部大学を定年退職、同年4月に名誉教授となった。 『夜の旅人 研究ブログ』 本人運営ブログ。アラブ世界における星ごよみに関する研究やアラブ文化にまつわる論考など。
上坂 昇(こうさか のぼる、1942年5月29日 - )は、… 上坂 昇(こうさか のぼる、1942年5月29日 - )は、日本のアメリカ研究者、桜美林大学名誉教授。 東京生まれ。東京外国語大学卒業後、時事通信社、小学館、在日アメリカ大使館勤務を経て、1988年桜美林大学教授となる。2013年定年、名誉教授。専門はアメリカ研究。
井上 史雄(いのうえ ふみお、1942年5月17日 - )は… 井上 史雄(いのうえ ふみお、1942年5月17日 - )は、日本の言語学者、東京外国語大学名誉教授。明海大学名誉教授。 山形県鶴岡市出身。2023年、瑞宝中綬章受章。 専門は「新方言」、方言イメージ、言語の市場価値などのアンケートである。
大林 丈史(おおばやし たけし、1942年1月24日 - )… 大林 丈史(おおばやし たけし、1942年1月24日 - )は、日本の俳優。血液型A型。所属は、コスモプロジェクトから、のちプロダクション・タンク。 岡山県出身。岡山県立岡山朝日高等学校(江田五月は同級生)、東京外国語大学外国語学部ポルトガル・ブラジル科卒業。俳優座養成所の第16期生。同期には古谷一行、大出俊、峰岸徹、鶴田忍らがいる。1973年、欧亜横断の長期ロケを敢行した超大作映画『陽は沈み陽は昇る』の主役の一人に抜擢される。同年にはやはり日本テレビが大予算を投じたドラマ『水滸伝』でも準主役を演じた。2008年まで、日本俳優連合の副理事長を務め、2009年から2010年までは理事を務めた。2013年度から一般社団法人日本映画俳優協会理事長でもある。
高橋 都彦(たかはし くにひこ、1942年 - )は、日本の… 高橋 都彦(たかはし くにひこ、1942年 - )は、日本のブラジル語・ポルトガル語学者、拓殖大学名誉教授。 東京都生まれ。1967年東京外国語大学ポルトガル・ブラジル科卒、71年同大学院修士課程修了、拓殖大学商学部助教授、教授、2014年退職、名誉教授。2007年フェルナンド・ペソア『不安の書』の翻訳でポルトガル大使館からロドリゲス通事賞を受賞。
渡辺光一(渡邊光一、わたなべ こういち、1942年 - )は… 渡辺光一(渡邊光一、わたなべ こういち、1942年 - )は、日本のジャーナリスト、国際政治学者。 1942年、東京生まれ。1966年東京外国語大学インド・パキスタン語学科卒業。NHK入社後、社会部、外信部記者を経てボン支局長、ニューデリー支局長、モスクワ支局長を務めた。衛星放送ニュースキャスター、放送文化研究所主任研究員を経て、1999年にNHKを退社。その後、駒沢女子大学人文学部教授、日本大学法学部講師などを歴任。
森 詠(もり えい、1941年12月14日 - )は、日本の… 森 詠(もり えい、1941年12月14日 - )は、日本の小説家、ジャーナリスト。 日本文藝家協会理事(2012年より)。日本ペンクラブ会員。 代表作は架空戦記『燃える波濤』(徳間書店)。 東京府生まれ。栃木県立黒磯高等学校、東京外国語大学イタリア語学科を卒業後、「週刊読書人」の記者を経て、フリージャーナリストとして独立。 1971年、『黒い龍』で作家デビュー。以後、世界をまたにかけたスパイ小説、軍事情報小説で人気を博す。 1983年には、日本冒険作家クラブの創設を提唱して実現。1985年には『雨はいつまで降り続く』で第93回直木三十五賞候補となった。その後、警察小説、青春小説、架空戦記などジャンルの幅を広げて活躍。
森安 達也(もりやす たつや、1941年11月22日 - 1… 森安 達也(もりやす たつや、1941年11月22日 - 1994年8月15日)は、日本の西洋史学者。専攻はスラヴ文化史、スラヴ文献学、キリスト教史。東京大学教養学部教授。東京都出身。東京外国語大学卒業。
西尾 理弘(にしお まさひろ、1941年〈昭和16年〉10月… 西尾 理弘(にしお まさひろ、1941年〈昭和16年〉10月19日 - 2024年〈令和6年〉11月15日)は、日本の官僚、政治家。位階は従四位。 元出雲市長。島根県出雲市出身。 島根県立出雲高等学校卒業。東京外国語大学外国語学部英米科卒業。ウィスコンシン大学教育行政学修士課程修了。文部省入省。 1995年(平成7年)3月2日付で文部省を高等教育局主任視学官の役職で辞職した。その後、同年の出雲市長選挙に無所属で立候補して、自民党、社会党の推薦で初当選を果たした。2003年(平成15年)に3選を果たした。合併に伴う(新)出雲市発足に伴い、2005年(平成17年)3月21日に市長を退任した。翌月の(新)出雲市の市長選挙に立候補して、無投票で当選した。
片岡 弘次(かたおか ひろじ、1941年6月18日 - )は… 片岡 弘次(かたおか ひろじ、1941年6月18日 - )は、日本のウルドゥー語学者。大東文化大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1969年東京外国語大学インド・パーキスターン語科卒、同大学院アジア第二言語修了。1971から1973年まで、パキスタン・カラチ大学に学ぶ。その後大東文化大学にて教授、国際関係学部長、国際交流センター所長。 2009年パキスタン政府より、ウルドゥー文学の翻訳と日本でのウルドゥー語の振興に寄与したことでシターラ・エ・イムティアーズ勲章叙勲。2011年『ジブリールの翼』で日本翻訳家協会特別賞受賞。2012年定年退任、名誉教授。ウルドゥー文学専攻。
中村 達也(なかむら たつや、1941年5月17日 - )は… 中村 達也(なかむら たつや、1941年5月17日 - )は、日本の経済学者、中央大学名誉教授。専門は経済理論、社会経済学。 秋田県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。一橋大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。沖縄大学助教授、1974年中央大学商学部助教授、80年教授、1983年千葉大学法経学部教授、1991年中央大学商学部教授、2012年定年退任、名誉教授。 東京外国語大学では伊東光晴に、一橋大学大学院では都留重人に師事する。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
長璋吉(ちょう しょうきち、1941年4月8日-1988年1… 長璋吉(ちょう しょうきち、1941年4月8日-1988年11月2日)は、日本の朝鮮文学者。 東京出身。東京外国語大学中国語学科卒。東京外大講師を務め、著作・翻訳をおこなったが、47歳で死去した。
竹下 孝哉(たけした たかや、1941年(昭和16年)3月2… 竹下 孝哉(たけした たかや、1941年(昭和16年)3月27日 - )は、日本の栃木県芳賀郡益子町の益子焼の陶芸家である。 窯元の名称は「蝶風窯」。 同じく益子焼の陶芸家である竹下鹿丸の父親である。 陶芸家になる前は登山家・探検家として活動していた。 そして、南米アマゾン川流域の原住民たちの過酷な現実と実態を綴ったノンフィクション『ナパニュマ アマゾン原住民と暮らした女』の訳者の一人である。 1941年(昭和16年)3月27日、台湾台北で生まれる。終戦後に日本に引き揚げてきた。 静岡県で落ち着いた後、東京都立九段高等学校を卒業し、東京外国語大学の中国語科に入学した。 学生時代の1964年(昭和39年)、日本アルプスを登坂した。
高見 浩(たかみ ひろし、1941年2月19日 - )は、日… 高見 浩(たかみ ひろし、1941年2月19日 - )は、日本の翻訳家。本名・高野紘一。 東京生まれ。1965年東京外国語大学マレー・オランダ語科卒。 1965年光文社入社。雑誌「宝石」編集部勤務を経て、1969年退社。フリーの翻訳家になりミステリーを中心に翻訳。スウェーデンのマイ・シューヴァルとペール・ヴァールー夫妻のマルティン・ベックシリーズ、ビル・プロンジーニ、エルモア・レナード、トマス・ハリスなどのほか、ヘミングウェイの新訳も出し、ヘミングウェイについては著書が1冊ある。 角川春樹によるとテリー・サザーン『キャンディ』の翻訳者の「高杉麟」は、高見のペンネームである。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
田中 三郎(たなか さぶろう、1941年 - )は、日本の外… 田中 三郎(たなか さぶろう、1941年 - )は、日本の外交官。内閣情報調査室次長や、シドニー総領事、駐キューバ特命全権大使等を歴任した。 東京生まれ。福井県立武生高等学校、東京外国語大学外国語学部英米学科を経て、オックスフォード大学哲学・政治・経済学部(Philosophy, Politics and Economics)卒業。外務省欧亜局大洋州課首席事務官、外務省情報文化局報道課外国プレス室長、外務大臣官房総務課査察室長、外務大臣官房領事移住部領事第二課長、在ハンガリー日本国大使館参事官、在英国日本国大使館参事官、在ルーマニア日本国大使館参事官、在プレトリア日本国総領事館首席領事、在ハンガリー日本国大使館公使、在英国日本国大使館広報文化センター所長、在タンザニア日本国大使館公使などを経て、1989年岐阜県国際交流センター理事長、岐阜県理事。
後藤 政子(ごとう まさこ、1941年 - )は、日本のラテ… 後藤 政子(ごとう まさこ、1941年 - )は、日本のラテンアメリカ現代史・キューバ研究者。神奈川大学外国語学部名誉教授。 東京外国語大学スペイン語学科卒業。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
竹内 和世(たけうち かずよ、1941年 - )は、日本の翻… 竹内 和世(たけうち かずよ、1941年 - )は、日本の翻訳家。 神奈川県生まれ。東京外国語大学スペイン科卒業。ラテンアメリカ協会研究部を経て、翻訳家となる。
寺崎 英樹(てらさき ひでき、1941年 - )は、スペイン… 寺崎 英樹(てらさき ひでき、1941年 - )は、スペイン語学者。東京外国語大学名誉教授。 東京外国語大学スペイン語科卒、同大学院修士課程修了、小樽商科大学助教授、東京外国語大学教授、2004年定年退官、名誉教授、神奈川大学外国語学部特任教授、2012年退職。2022年、瑞宝中綬章受章。
望月 紀子(もちづき のりこ、1941年 - )は、日本のイ… 望月 紀子(もちづき のりこ、1941年 - )は、日本のイタリア文学の翻訳家、著作家。 青森県生まれ。東京外国語大学フランス科卒業。20世紀イタリアの女性作家の作品を中心に翻訳している。2025年に第6回須賀敦子翻訳賞を受賞した。
内藤 雅雄(ないとう まさお、1940年12月24日 - )… 内藤 雅雄(ないとう まさお、1940年12月24日 - )は、日本のインド史学者、東京外国語大学名誉教授。 福井県武生市に仏師の子として生まれる。福井県立武生高等学校卒、1964年東京外国語大学インド・パーキスターン語科卒、1967年東京大学大学院印度哲学修士課程修了。1969年東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手、84年助教授、94年教授、2002年定年退官、名誉教授、専修大学文学部教授、2011年退職。
池内 紀(いけうち おさむ、1940年11月25日 - 20… 池内 紀(いけうち おさむ、1940年11月25日 - 2019年8月30日)は、日本のドイツ文学者、エッセイスト、翻訳家。 カフカを中心にドイツ文学の評論・翻訳が専門。旅行記や人物伝、大衆芸能と幅広く文筆活動を行う。著書に『ウィーンの世紀末』(1981年)、『海山のあいだ』(1994年)、『カント先生の散歩』(2016年)など。 兵庫県姫路市出身。姫路市立城北小学校卒業。兵庫県立姫路西高等学校卒業、東京外国語大学外国語学部卒業、1965年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。神戸大学講師、旧:東京都立大学助教授、1986年東京大学文学部助教授を経て、1990年に教授。定年前の1996年に早期退官。
枝川 公一(えだかわ こういち、1940年11月12日 - … 枝川 公一(えだかわ こういち、1940年11月12日 - 2014年8月15日)は、日本の評論家、ノンフィクション作家、翻訳家。
富野 幹雄(とみの みきお、1940年11月12日 - )は… 富野 幹雄(とみの みきお、1940年11月12日 - )は、日本のポルトガル語学者。南山大学名誉教授。 愛知県半田市生まれ。1963年同志社大学経済学部卒業。1966年東京外国語大学ポルトガル・ブラジル語学科卒業。1968年同大学院修士課程修了。1968 - 1970年サンパウロ州立大学で給費奨学生として学ぶ。1972年南山大学外国語学部専任講師、助教授、教授、2010年定年退職、名誉教授。
峯尾 武男(みねお たけお、1940年11月2日 - )は、… 峯尾 武男(みねお たけお、1940年11月2日 - )は、NHKの元チーフアナウンサー。 東京都出身。東京都立西高等学校、東京外国語大学卒業後、1964年入局。主に地方局を中心に勤務し、大阪局で役職定年を迎えた1997年4月から「関西発ラジオ深夜便」アンカーを担当。完全定年によりフリーとなってからも関西に残り、西橋正泰アンカーと交替で出演し続けた。 高齢となったことから、2010年3月12日放送をもって13年間の担当から卒業した。
蒲田 耕二(かまた こうじ、1940年9月15日 - )は音… 蒲田 耕二(かまた こうじ、1940年9月15日 - )は音楽評論家。本名、鎌田紘次。 愛媛県今治市出身。1964年、東京外国語大学フランス語科卒。同年、音楽之友社に入社。1969年、日本リーダーズダイジェスト社に転じる。1976年に独立しフリーとなる。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
奴田原 睦明(ぬたはら のぶあき、アラビア語: نوبوأك… 奴田原 睦明(ぬたはら のぶあき、アラビア語: نوبوأكي نوتاهارا、1940年8月23日 - )は、日本のアラビア文学者。東京外国語大学名誉教授。 1965年東京外国語大学アラビア語科卒。1973年カイロ大学留学。東京外国語大学助教授、教授、2003年定年退官、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
牛島 信明(うしじま のぶあき、1940年8月14日 - 2… 牛島 信明(うしじま のぶあき、1940年8月14日 - 2002年12月13日)は、スペイン文学者。東京外国語大学名誉教授。 大阪市生まれ。東京外国語大学スペイン語科で会田由に学ぶ。マドリード・コンプルテンセ大学大学院修了。1983年にペルーに赴任し、カトリック大学客員教授。1978年4月に東京外国語大学の講師となり、翌1979年には助教授、そして1985年には教授と母校教員を長く務め、定年後は名誉教授。琉球大学教授になるがまもなく没す。没後に正四位勲三等瑞宝章。 スペイン語文学(スペイン文学、及びイスパノアメリカ文学)を数多く翻訳し、『ドン・キホーテ』の新訳(岩波文庫版)を刊行した。1991年、ビオイ=カサーレス『モレルの発明』の翻訳でBABEL国際翻訳大賞日本翻訳大賞・文学部門を受賞。
伊藤 正(いとう ただし、1940年6月2日 - )は日本の… 伊藤 正(いとう ただし、1940年6月2日 - )は日本のジャーナリスト。産経新聞特別記者兼論説委員。前中国総局長。中国報道で知られる。
長谷川 康司(はせがわ こうじ、 1940年5月5日-)は、… 長谷川 康司(はせがわ こうじ、 1940年5月5日-)は、日本の経営者。元首都高速道路株式会社代表取締役会長兼最高経営責任者、トヨフジ海運代表取締役社長、トヨタ自動車専務取締役。 東京外国語大学外国語学部インドシナ語学科卒業後、トヨタ自動車販売(現在のトヨタ自動車)入社。主にアジア畑を歩み、アジア部長や常務取締役(アジア統括)等を歴任。 専務取締役を経て、2002年にグループ会社のトヨフジ海運社長に就任。 2005年10月、道路関係4公団が民営化されて高速道路6社が発足することに伴い、民間を代表して首都高速道路の会長兼最高経営責任者に就任した。2010年6月に退任。 2022年、旭日中綬章受章。
小林 和男(こばやし かずお、1940年5月2日 - )は、… 小林 和男(こばやし かずお、1940年5月2日 - )は、日本のジャーナリスト。NHK記者を務めた。専門はロシア情勢。 長野県茅野市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1963年に東京外国語大学ロシア語学科を卒業。 同年にNHK入局後、神戸放送局で新人時代を送る。東京に異動後は外信部(現在の国際部)に配属され、1970年から1972年までモスクワ特派員を務めた後、ウィーンを拠点とする東欧移動特派員として活動した。 東京に戻ってからは、1982年より野中ともよと共に『海外ウィークリー』(現在の『NHK海外ネットワーク』のルーツにあたる)のキャスターとして活動。番組終了後、再び現場に戻り、1984年から1987年まで、1989年から1995年までの2度に渡ってモスクワ支局長を務める。
関口 巌(せきぐち いわお、1940年4月28日 - )は、… 関口 巌(せきぐち いわお、1940年4月28日 - )は、東京都出身の元NHKのアナウンサー。東京都立北園高等学校、東京外国語大学卒。 1963年にNHK入局。山形・青森・宮崎・鹿児島・名古屋・宇都宮・東京等の放送局でアナウンサーを担当。 宮崎・鹿児島・宇都宮では「夕べのひととき」や「FMリクエストアワー」(いずれもFM放送)を担当。リスナーから寄せられるアイドルのリクエストには応じず、リスナーに媚びない選曲と番組進行で人気を集める。 2000年4月4日から「サンセットパーク」のディスクジョッキーを担当、その途中で定年退職を迎える(2002年3月26日降板)。現在は嘱託職員(専門委員)としてラジオの「NHKニュース」「株式市況」「気象通報」、NHKワールド・ラジオ日本の「ニュース」を担当している。
村上 光一(むらかみ こういち、1940年3月2日 - )は… 村上 光一(むらかみ こういち、1940年3月2日 - )は、株式会社フジテレビジョン相談役、日本映画衛星放送相談役、東京外国語大学理事。
中村 敦夫(なかむら あつお、1940年〈昭和15年〉2月1… 中村 敦夫(なかむら あつお、1940年〈昭和15年〉2月18日 - )は、日本の俳優、作家、脚本家、ニュースキャスター、政治家。 本名は中村 敦雄(読み同じ)。旧姓は遠藤()。身長179cm。株式会社中村企画(1976年 - 2014年)を経て、クロスポイント所属。 勲等は旭日中綬章。参議院議員(1期)、さきがけ代表、みどりの会議代表、同志社大学大学院総合政策科学研究科講師、日本ペンクラブ環境委員長などを歴任した。 東京府東京市豊島区(現在の東京都豊島区)千早に遠藤家の長男として生まれる。父親は新聞記者。幼少期の1945年に東京大空襲をはじめとする連合国軍による空襲があり、福島県平市(現在のいわき市平地区)に疎開。
丹藤 佳紀(たんどう よしのり、1940年 - )は、日本の… 丹藤 佳紀(たんどう よしのり、1940年 - )は、日本のジャーナリスト、元読売新聞記者。中国研究者。 福島県会津若松市生まれ。福島県立会津高等学校卒、1963年東京外国語大学中国語科卒、読売新聞社入社。横浜支局を経て外報部勤務。サイゴン・ソウル・北京各特派員、北京支局長、編集委員。2000年から2006年まで東洋大学教授を務める。日中友好協会参与。
三宅 輝幸(みやけ てるゆき、1939年7月13日 - )は… 三宅 輝幸(みやけ てるゆき、1939年7月13日 - )は日本の経済学者、和光大学経済経営学部・大学院名誉教授。横浜商科大学講師、国際マネジメント協会試験委員、日本貿易振興機構(ジェトロ)試験委員、東京都中小企業振興公社講師。専門は国際金融論、外国為替論、人民元問題。 千葉県出身。東京外国語大学卒。東海銀行ロンドン支店長代理、シンガポール支店次長、国際資金室長、中京銀行国際部部長、東京外国為替市場慣行委員会委員、日本フォレックス・クラブ総務理事、日本貿易振興会(ジェトロ)資格試験委員などを経て1997年から和光大学経済経営学部・大学院教授、大学院委員長。
池端 雪浦(いけはた せつほ、女性、1939年 <昭和14年… 池端 雪浦(いけはた せつほ、女性、1939年 <昭和14年> 7月2日 - 2023年 <令和5年> 9月20日)は、日本の歴史学者。元東京外国語大学学長(2001年9月 - 2007年8月)。東京外国語大学名誉教授。文学博士(東京大学、1990年)。東南アジア史を専門とする。 日本領朝鮮京城(現韓国ソウル)生まれ。日本の敗戦に伴い家族と引き揚げ、親類を頼って宮崎県へ。次いで長崎県で中高生時代を過ごした。長崎県立長崎西高等学校卒業。東京大学文学部東洋史学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科東洋史学専攻修士課程修了。人文学名誉博士(フィリピン大学)。 愛知大学文学部助教授、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授、東南アジア史学会会長(1998年1月 - 1999年12月)を歴任。
磯谷 孝(いそや たかし、1939年3月11日 - )は、日… 磯谷 孝(いそや たかし、1939年3月11日 - )は、日本のロシア文学者・ロシア文化記号論者。専門は、ロシア文学理論・文化記号論・ロシア言語学・ソビエト言語学。東京外国語大学名誉教授。 現在の東京都港区生まれ。1963年東京外国語大学外国語学部ロシヤ語学科卒業、同年4月に同副手、1966年に東京外国語大学外国語学部助手、1970年に同講師、1973年に同助教授、1983年4月より同教授。2004年3月、東京外国語大学定年退官、名誉教授。
松園 万亀雄(まつぞの まきお、1939年3月9日 - )は… 松園 万亀雄(まつぞの まきお、1939年3月9日 - )は、日本の人類学者。旧・東京都立大学名誉教授・国立民族学博物館名誉教授・元館長。 1939年、長崎県で生まれた。東京外国語大学ロシヤ語科で学び、1961年に卒業。旧・東京都立大学大学院社会科学研究科社会人類学専攻に進学した。1966年、天理大学助手に採用された。1968年、博士課程を単位取得満期退学。 1969年より天理大学教養部専任講師。1972年に助教授昇格。1974年に武蔵大学助教授となり、1976年に横浜国立大学助教授となった。1977年より国立民族学博物館助教授を兼任。1981年、東京都立大学助教授に転じた。1988年に同教授昇格。
瀧澤 美恵子(たきざわ みえこ、1939年3月1日 -202… 瀧澤 美恵子(たきざわ みえこ、1939年3月1日 -2020年8月9日)は、日本の小説家。 新潟県中蒲原郡村松町出身。旧本名・岡村美枝子。新潟県立村松高等学校卒業、1960年東京外国語大学外国語学部中国語学科中退。1961年日産汽船入社、1964年マーシュ・アンド・マクレナン勤務。1980年滝澤淳と結婚。81年退社し専業主婦となる。1987年朝日カルチャーセンターの駒田信二の小説教室に入る。1989年「ネコババのいる町で」で第69回文學界新人賞受賞。1990年「ネコババのいる町で」で第102回芥川龍之介賞受賞。
岡村 多希子(おかむら たきこ、1939年〈昭和14年〉1月… 岡村 多希子(おかむら たきこ、1939年〈昭和14年〉1月15日 - )は、日本のポルトガル語研究者、ポルトガル文学研究者。東京外国語大学名誉教授。 東京府出身。旧姓は松尾。東京外国語大学ポルトガル・ブラジル学科卒業。2003年まで東京外国語大学教授。ヴェンセスラウ・デ・モラエスを研究、翻訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
佐藤 芳之(さとう よしゆき、1939年 - )は、ケニア在… 佐藤 芳之(さとう よしゆき、1939年 - )は、ケニア在住の日本人実業家である。 1939年、宮城県志津川町(現在の南三陸町)で生まれる。小学三年生の時に左目を失明する。1963年、東京外国語大学を卒業した後、ガーナ大学の大学院に留学した。一時帰国後、1966年からケニアに渡って5年間、日系繊維企業に就職して経験を積み、後に鉛筆製造と建材を扱う会社を起業。1973年に訪れたナイロビの農業試験場でマカダミアナッツに出会って感銘を受け、日本政府や明治製菓の協力をとりつけ、翌1974年、食品会社のケニア・ナッツ・カンパニー(KNC)を立ち上げた。同社は1990年代にはマカダミアナッツ生産量で世界トップ3の一角となる成長を遂げる。
高向 巖(たかむき いわお、1938年(昭和13年)12月1… 高向 巖(たかむき いわお、1938年(昭和13年)12月11日 - )は、日本の銀行家。日本銀行情報サービス局長を経て、北洋銀行頭取や、同行会長、札幌北洋ホールディングス社長、同社会長、第二地方銀行協会会長、札幌商工会議所会頭、日本商工会議所副会頭等を歴任した。 東京府生まれ。東京都立立川高等学校を経て、1962年東京外国語大学外国語学部中国学科卒業、日本銀行入行。1967年コロンビア大学大学院経済学科修士課程修了。国際通貨基金出向、日本銀行香港事務所長等を経て、1987年日本銀行札幌支店長。1989年インベスターズサービス常務取締役。1991年日本銀行情報サービス局長。1993年から北洋銀行代表取締役副頭取を務め、1997年には破綻した北海道拓殖銀行の引き受けを行った。
国本 伊代(くにもと いよ、1938年10月20日 - )は… 国本 伊代(くにもと いよ、1938年10月20日 - )は、日本の歴史学者。中央大学名誉教授。ラテンアメリカ近現代史専攻。 満洲・吉林生まれ。東京外国語大学スペイン語科卒業。1975年東京大学大学院社会科学研究科博士課程中退。1975年米国テキサス大学大学院博士課程修了、歴史学博士。1978年中央大学商学部専任講師、1980年助教授、1985年教授。1998年「メキシコ革命とカトリック教会 国民国家形成過程における国家と教会の対立・協調・共存関係」で、東大から博士(学術)。2009年定年退任、名誉教授。 日本ボリビア協会理事。1998年から2000年日本ラテンアメリカ学会理事長。 2003年にボリビアで刊行された『ボリビアに生きる:日本人移住100周年誌』(ボリビア日系協会連合会)の編纂顧問を務める。
山田 宏一(やまだ こういち、1938年9月13日- )は、… 山田 宏一(やまだ こういち、1938年9月13日- )は、日本の映画評論家、翻訳家。 オランダ領東インド、バタヴィア(現・インドネシア、ジャカルタ)生まれ。東京を経て秋田県八森に疎開した。 1960年、早稲田大学第一文学部フランス文学科を中退。同年4月、東京外国語大学フランス語学科に入学。 1963年4月1日から10日にかけて、第3回「フランス映画祭」が東京都千代田区の東商ホールで開催された。『突然炎のごとく』『シベールの日曜日』など計9本の長編と、短編映画『ふくろうの川』が上映された。フランソワ・トリュフォー、アラン・ドロン、マリー・ラフォレ、セルジュ・ブールギニョン、アレクサンドラ・スチュワルト、アルベール・ラモリスらが映画祭に参加するため来日した。
澤井 信一郎(さわい しんいちろう、1938年8月16日 -… 澤井 信一郎(さわい しんいちろう、1938年8月16日 - 2021年9月3日)は、日本の映画監督。 静岡県浜名郡雄踏町(現在の浜松市西区)出身。父は代用教員を経て呉服屋を経営。兄は四日市公害関係の記録人である沢井余志郎。 中学時代はハーモニカに熱中。静岡県立浜松北高等学校ではドイツ文学に熱中し、テオドル・シュトルムなどを読み耽り、その延長線上で東京外国語大学ドイツ語科に進学。学生運動に深入りし同大学社会主義学生同盟の主要メンバーとなるが、60年安保を機に運動から離れる。同大学卒業後、1961年東映入社。マキノ雅弘に師事した。 1981年、『野菊の墓』で映画監督デビュー。 1985年、『早春物語』で第26回日本映画監督協会新人賞を受賞した。
坂田 貞二(さかた ていじ、1938年7月20日 - )は、… 坂田 貞二(さかた ていじ、1938年7月20日 - )は、ヒンディー語・文学者、拓殖大学名誉教授。 1938年、東京で生まれた。東京外国語大学インド・パーキスターン語学科で学び、1963年に卒業。1963年から1965年まで、バナーラス・ヒンドゥー大学(英語版)に留学。 1974年、拓殖大学専任講師に就いた。1976年に助教授、1983年に教授昇格。2001年、デリー大学客員教授として在外研究。2009年に拓殖大学を定年退職し、名誉教授となった。 専門はインドの文学で、ヒンディー語地域で方言調査、民話採録、宗教行事の観察などを進めた。民話や昔ばなしの翻訳も多く、親しまれている。
戸張東夫(とばり はるお、1938年7月9日 -2022年1… 戸張東夫(とばり はるお、1938年7月9日 -2022年1月9日、享年83 )は、日本の中国映画・社会・政治・外交評論家。 東京生まれ。東京外国語大学中国語科卒業。読売新聞入社、香港特派員。帰国後、東京本社編集局勤務。産業能率大学経営情報学部教授を務めた。 中国語圏の映画に関する活動は最初は愛好家としてスタートしたが、やがて評論をするようになり、最終的に山田辰雄らの理解もあり学術・研究までもっていった。
中平 卓馬(なかひら たくま、1938年7月6日 - 201… 中平 卓馬(なかひら たくま、1938年7月6日 - 2015年9月1日)は、日本の写真家、写真評論家。 東京の原宿に生まれる。父は、書道家の中平南谿(本名:恵)。 東京都立小山台高等学校を経て、東京外国語大学スペイン語学科卒業。 『現代の眼』編集者時代には、柚木明の名前で作品を発表。1970年発表の写真集『来たるべき言葉のために』までは森山大道とともに「アレ、ブレ、ボケ(荒い画面、手ブレや被写体ブレ、ピント外れの意)」の作風で知られたが、1973年発表の『なぜ、植物図鑑か』では一転して「アレ、ブレ、ボケ」の作風を否定し、撮り手の情緒を排したカタログ写真や図鑑の写真のような写真を目指した。 作家の辺見庸は、2002年に出版した「永遠の不服従のために」で、「私の長く敬愛する写真家」と述べ、中平の『来たるべき言葉のために』について「その比類ない映像はほぼ三十年近くも私の胸の中に着床したままだ」と書き、自作品への影響を認めた。
田之倉 稔(たのくら みのる、1938年3月24日 - )は… 田之倉 稔(たのくら みのる、1938年3月24日 - )は、日本の演劇評論家、イタリア演劇研究家。共立女子大学非常勤講師。見世物学会会長。 1961年、東京外国語大学イタリア語科卒業、1970年、集英社嘱託、1971年、同社パリ支局長として赴任、1981年、『イタリアのアヴァンギャルド』でマルコ・ポーロ賞、1986年、『ピエロの誕生』で蘆原英了賞受賞。静岡県立大学教授を務めた。著書多数。劇評も行う。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、舞台芸術に関連した書きかけの項目です。