内藤 五琅(ないとう ごろう、1948年 - )は、日本の日… 内藤 五琅(ないとう ごろう、1948年 - )は、日本の日本画家。東京都出身、さいたま市浦和区在住。日本美術院特待。浦和画家。 東京都杉並区に生まれ、浦和市(現・さいたま市)に移住。埼玉県立浦和高等学校、東京芸術大学日本画科卒業。佐野東石美術館、成川美術館などに作品が所蔵されている。父、内藤四郎は彫金の人間国宝。
東京芸術大学:1,956人
内藤 五琅(ないとう ごろう、1948年 - )は、日本の日… 内藤 五琅(ないとう ごろう、1948年 - )は、日本の日本画家。東京都出身、さいたま市浦和区在住。日本美術院特待。浦和画家。 東京都杉並区に生まれ、浦和市(現・さいたま市)に移住。埼玉県立浦和高等学校、東京芸術大学日本画科卒業。佐野東石美術館、成川美術館などに作品が所蔵されている。父、内藤四郎は彫金の人間国宝。
川村 純一(かわむら じゅんいち、1948年 - 2021年… 川村 純一(かわむら じゅんいち、1948年 - 2021年)は、日本の建築家。北海道建築学会特別賞などの様々な賞を受賞した。 東京都出身。祖父は植物学者の川村清一。妻は箏曲家の川村京子。東京芸術大学美術学部「杜の会」常任幹事、財団法人イサムノグチ財団理事、札幌モエレファンクラブ理事、日本建築美術工芸協会理事でもある。勅使河原蒼風やイサム・ノグチと親交が深かった。
関 出(せき いずる、1948年 - )は、元東京芸術大学教… 関 出(せき いずる、1948年 - )は、元東京芸術大学教授、東京藝術大学名誉教授。
若杉 直美(わかすぎ なおみ、出生名:鵜野 直美(うの なお… 若杉 直美(わかすぎ なおみ、出生名:鵜野 直美(うの なおみ)、1948年(昭和23年) - 2011年(平成23年)12月3日)とは、栃木県芳賀郡益子町の陶芸家である。 夫は同じく益子町の陶芸家である若杉集。工房「若杉陶磁器工房」で作陶活動を行った。 当時の益子では数少なかったクラフト系の陶芸を作陶し、様々な色を用いて絵付や彩色を施し、主に練り込み技法を用いて、ありとあらゆる食器を製作した。 1948年(昭和23年)、鵜野直美として東京都渋谷区に生まれる。 そして大学時代の恩師の中では、食べることにとても貪欲であった浅野陽から、作品制作の姿勢や生活を楽しむこと、そして美味しく食べること。その後の人生を歩む上での大きな影響を受けた。
森池 日佐子(もりいけ ひさこ、1947年12月26日 - … 森池 日佐子(もりいけ ひさこ、1947年12月26日 - 2024年8月20日)は、日本のオペラ歌手、声楽家。武庫川女子大学名誉教授。ヴォイスアーツ元代表。香川県出身。 オペラではカルメン役を好み、幾度となく演じた。女性学への造詣が深く、女性学的な視点からオペラを再解釈した公演をたびたびおこなった。 教育者としてもその功績は大きく、多くの音楽家を世に輩出した。NPO法人ヴォイス・アーツを立ち上げ、多くの音楽家に活躍の場を提供するとともに、西宮市における音楽文化の普及に努めた。 「カルメンは語ることができるのか」『ジェンダー学を学ぶ人のために』(2000年、世界思想社) この項目は、クラシック音楽に関連した書きかけの項目です。
近藤 譲(こんどう じょう、Jo Kondo 1947年10… 近藤 譲(こんどう じょう、Jo Kondo 1947年10月28日 - )は、日本の現代音楽の作曲家、音楽評論家。東京都出身。 1947年、東京に生まれる。一切の自作が何もなかったため、最初に長谷川良夫へ、後に南弘明に師事。1972年、東京藝術大学音楽学部作曲科を卒業。ロックフェラー三世財団フェローシップにより、1977年から1978年にかけてニューヨークに滞在。1979年、カナダ政府の招きにより、ヴィクトリア大学にて講義。東京芸術大学、エリザベト音楽大学、お茶の水女子大学の各所で教鞭をとり、川島素晴やペーター・ガーンほかの弟子を育てた。1986年、イギリス政府フェローシップによりロンドンに滞在。
羽良多 平吉(はらた へいきち、1947年9月28日 - )… 羽良多 平吉(はらた へいきち、1947年9月28日 - )は、日本のエディトリアルデザイナー、グラフィックデザイナー。男性。東京芸術大学美術学部工芸科卒業。東京都武蔵野市吉祥寺南町出身。独特のタイポグラフィや補色・特色を使った、鮮やかにして繊細なデザインを実践している。 別名義として、波羅多平吉、原田平吉などがある。また、欧文表記には複数のパターンが見られる。 1970年代から、松岡正剛が主催する工作舎の雑誌『遊』、青林堂の漫画雑誌『ガロ』をはじめ、『ロッキング・オン』『地下演劇』『新宿プレイマップ』『HEAVEN』『QuickJapan』などのサブカルチャー系雑誌、白泉社などによるコミックスといった、幅広いエディトリアルデザイン・ブックデザインを手がける。
室越 健美(むろこし たけみ、1947年〈昭和22年〉4月2… 室越 健美(むろこし たけみ、1947年〈昭和22年〉4月20日 - 2020年〈令和2年〉4月8日)は、日本の洋画家。多摩美術大学名誉教授。 群馬県前橋市にて生まれる。1977年に東京藝術大学油画科卒業。御茶の水美術専門学校、宇都宮文星短期大学で教鞭をとった後、多摩美術大学油画科助教授、教授などを歴任し、同大名誉教授となる。 2020年4月8日、肺ガンのため死去。72歳没。
河北 秀也(かわきた ひでや、1947年4月9日 - )は、… 河北 秀也(かわきた ひでや、1947年4月9日 - )は、日本のアートディレクター。日本ベリエールアートセンター主宰。東京芸術大学美術学部デザイン科名誉教授。福岡県久留米市出身。美術評論家河北倫明は伯父に当たる。 久留米大学附設高等学校、東京藝術大学卒業。藝大2年の時にサクマ製菓のキャンディ「いちごみるく」のデザインを手がける。東京藝術大学の卒業制作としては営団地下鉄の地下鉄路線図をデザインした(卒業には間に合わなかったものの、営団に正式に起用された)。 1974年、日本ベリエールアートセンターを設立。70年代から80年代にかけて営団地下鉄(現:東京メトロ)のマナーポスターをシリーズで手がける。
永島 義男(ながしま よしお、1947年4月9日 - )は日… 永島 義男(ながしま よしお、1947年4月9日 - )は日本のコントラバス奏者。東京都杉並区阿佐谷生まれ。2015年3月まで東京藝術大学教授を務め、永島の助教授時代および教授時代の通算25年間における同大学出身のコントラバス奏者は、ほとんどが弟子にあたる。 東京藝術大学卒業。在学中に安宅賞を受ける。27歳の時より、母校東京藝術大学で後進の指導を始める。ソロ、室内楽奏者として、リサイタル、オーケストラとの共演、室内楽、放送、TVなどに数多く出演する。また、現代音楽にも積極的に取り組み、邦人作品の初演なども数多く行ない1986年に第4回中島健蔵音楽賞を受ける。これまでに、マン島国際(イギリス)、泉の森国際、ボッテジーニ国際(イタリア クレマ)、宝塚ベガ、栃木コンセールマロニエ、秋吉台、等の国内外のコンクールの審査員も務める。
小牧 まり(こまき まり、1947年2月7日 - )は、日本… 小牧 まり(こまき まり、1947年2月7日 - )は、日本の歌手。 東京都出身。東京藝術大学声楽科卒業。カンツォーネを中心にポピュラーソングを歌い始める。 その後、NHK教育『なかよしリズム』にレギュラー出演。同時に、キングレコード専属となり、童謡を中心に『河村光陽童謡名曲集』『赤い鳥傑作集』などの作品をリリース。その他、TV・CM・舞台などにも出演。主な出演に、舞台『小さなエバ・歌のステージ』、ミュージカル『小さなエバ』『さすらいのジェニー』など。 この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。
吉川心水(よしかわ もとみ、1947年(昭和22年)1月12… 吉川心水(よしかわ もとみ、1947年(昭和22年)1月12日 - )は、日本の栃木県芳賀郡益子町の「益子焼」の陶芸家。 同じく益子町の益子焼の陶芸家である吉川水城は実兄である。 白化粧を施し、道具を用いた草花文の掻き落としに釉薬で色彩を施した作品が主に知られている。 1947年(昭和22年)1月12日、神奈川県小田原市に生まれる。 神奈川県小田原市の私立相洋高等学校を卒業後、物を作るのが好きだった心水は東京芸術大学受験に挑んだが、4回の失敗の後、芸大進学を断念した。 実家は人形などを売る老舗であったが故郷に戻らず、漆器に魅せられ漆芸家を夢見ていたが、著名作家の下で修行を積まなければならず、材料となる長い間寝かせ自然乾燥させた木の生地が手に入らない状況だったこともあり、こちらも諦めた。
遠藤 雅夫(えんどう まさお、1947年-)は、日本の作曲家… 遠藤 雅夫(えんどう まさお、1947年-)は、日本の作曲家。東京都生まれ。 東京藝術大学卒業、同大学院修了。 管弦楽曲「エカ・スバーラ」が第37回(1968年)日本音楽コンクール作曲部門入選。管弦楽曲から合唱曲まで幅広く手がけ、作品は、全音楽譜出版社、日本作曲家協議会、アカデミア・ミュージック、現代ギター社、マザーグース、キックオフなどから出版されている。 また、音楽書として『調判定を中心とした楽典問題集』(全音楽譜出版社)、『音大入試に役立つ調判定問題集』(全音楽譜出版社)、『ブルクミュラーから始めるまったく新しいリズム練習』(カワイ出版)などがある。 CDには『遠藤雅夫室内楽選集I』(ナミレコード)がある。
清重 伸之(きよしげ のぶゆき、1947年 - )は、日本の… 清重 伸之(きよしげ のぶゆき、1947年 - )は、日本の画家。イラストレーター。徳島県出身。東京芸術大学洋画科油絵専攻卒業。東京芸術大学大学院技法材料科修了。 迎賓館天井画修復に従事する。アメリカ合衆国のセントオラフ大学でアニメーション実習を行う。現代書館の『フォー・ビギナーズ・シリーズ』の『本居宣長』『坂の上の雲』『ヤマトタケル』など、単行本のイラストを手がけている。
草下 實(くさか みのる、1947年 - )は、日本のテノー… 草下 實(くさか みのる、1947年 - )は、日本のテノール歌手。鳴門教育大学名誉教授。姫路大学教育学部特任教授。東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。
中井 恒夫(なかい つねお、1947年 - )は、日本のメデ… 中井 恒夫(なかい つねお、1947年 - )は、日本のメディアアーティスト。京都市立芸術大学名誉教授。 大阪府生まれ。東京芸術大学美術学部卒業。京都市立芸術大学美術学部構想設計・博士課程メディアアート教授(〜2012年3月)。 大阪に生まれる。東京芸術大学在学中の20歳で制作した個人映画「仮眠の皮膚」が国内で注目され海外に紹介される。3年後に制作した「錬金術ALCHEMY」は第5回ブリュッセル国際実験映画祭でグランプリ受賞。この作品はイメージのネガポジ反転手法の原点となる。1975年に行ったフィルムやビデオの作品展示において、映像分野では初めてインスタレーションという表記を行う。以降はインスタレーション作品へと展開し、多くの国際展に参加。
長岡 慎(ながおか しん、1947年 - )は、島根県松江市… 長岡 慎(ながおか しん、1947年 - )は、島根県松江市出身のホルン奏者。東京芸術大学卒業。日本ホルン協会会員。 1976年に東京フィルハーモニー交響楽団に首席ホルン奏者として入団し、15年間在籍する。それと並行して東京ブラスアンサンブルのメンバーとしても活躍した。東京フィルハーモニー交響楽団の事務局を経て、2003年には松江市総合文化センター プラバホールのアートディレクターに就任する。 1980年代前半には、渡辺貞夫、松山千春、中島みゆき、南佳孝などのミュージシャンの作品にホルン演奏で参加している。 2014年にプラバホールの芸術監督に就任し、コンサートの企画や運営などに携わっている。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
中嶋 猛夫(なかじま たけお、1947年 - )は、日本の環… 中嶋 猛夫(なかじま たけお、1947年 - )は、日本の環境デザイナー(博士(学術))。専門は環境デザイン、特に宗教空間・景観論と設計に関する研究。女子美術大学名誉教授。中嶋環境設計主宰。 東京都生まれ。東京芸術大学美術学部工芸科工業デザイン専攻卒業。東京芸術大学大学院美術研究科デザイン専攻博士課程修了。東京芸術大学に博士論文「日本の山岳寺院・神社の境内構成研究」を提出し博士(学術)の学位を取得。 植藤造園勤務(京都府、1972年 - 1975年)、東京芸術大学美術学部デザイン科非常勤講師(1987年 - 2001年)、女子美術大学芸術学部デザイン学科助教授(1990年 - 1998年)/教授(1998年 - 2010年)、女子美術大学芸術学部デザイン・工芸学科環境デザイン専攻教授(2010年4月 - 2013年3月)。
國松 明日香(くにまつ あすか、1947年 - 2025年3… 國松 明日香(くにまつ あすか、1947年 - 2025年3月6日)は、日本の彫刻家。星槎道都大学客員教授。名は女性名に多い「明日香」だが、男性である。芸術修士(東京芸術大学)。 北海道小樽市生まれ。北海道札幌西高等学校、東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。同美術研究科彫刻専門課程修了。札幌市立高等専門学校教授を歴任。 画家國松登の長男として小樽に生まれる。舟越保武、千野茂に師事。鉄を題材にした大型のモニュメントを手がけ、札幌駅前通りや札幌ドームなど、札幌市内の公共施設に多くの作品が展示されており、北海道を代表する美術家である。長男・希根太も彫刻家。 2025年3月6日午前2時25分、肺炎のため札幌市内の病院で死去。
到津 伸子(いとうづ のぶこ、1947年〈昭和22年〉 - … 到津 伸子(いとうづ のぶこ、1947年〈昭和22年〉 - 2019年〈平成31年〉1月31日)は、日本の画家、エッセイスト。 東京都生まれ。東京芸術大学美術学部卒業。その後渡仏、1977年パリで個展を開き、パリ・東京を拠点に活動。2003年エッセイ『不眠の都市』で講談社エッセイ賞を受賞。 父到津十三男は朝日新聞社で海外特派員としてドイツ滞在歴があり、NHK国際政治の解説委員も務め、ワイマール共和国、ナチスに関する著書、訳書もある。毎日新聞社創設者の吉武鶴次郎は祖父であり、徳富蘇峰、徳冨蘆花は大伯父である。到津の出自は、宇佐神宮の神官、旧男爵到津家の係累である。 2019年膵臓癌のため死去。最期を看取ったのは、パートナーだった作家の中山雅仁である。
松田 昌(まつだ まさ、1946年12月10日 - )は、日… 松田 昌(まつだ まさ、1946年12月10日 - )は、日本・兵庫県生まれ、東京芸術大学作曲科出身の電子オルガン・鍵盤ハーモニカ奏者、作曲家、編曲家である。名古屋音楽大学客員教授、宇都宮短期大学特別講師。 1973年第10回ヤマハ・エレクトーン・インターナショナル大会でグランプリ受賞。その後キーボーディスト・作曲家として、日本全国各地海外での演奏活動を中心に、映画/ミュージカルの作曲、テレビの音楽制作/プロデュースイベント出演、後進の指導等、精力的に活動中。コンサートでは、尺八、バイオリン、二胡とのデュオ等で、アジアと日本の伝統的な音楽の融合を目指し、表情の豊かさとシャープな演奏で独自の世界を築き上げている。
高橋 啓三(たかはし けいぞう、1946年(昭和21年)11… 高橋 啓三(たかはし けいぞう、1946年(昭和21年)11月20日 - )は日本の声楽家(バス、バリトン)。音楽教育者。 福島県福島市生まれ。1972年(昭和47年)東京藝術大学音楽学部卒業。ヴァイオリンを立花和夫、声楽を大熊文子、磯谷威、渡邊高之助、中山悌一、疋田生次郎、コンラート・リヒターの諸氏に師事。 在学中に外山雄三指揮・藤原歌劇団公演プッチーニ『トスカ』アンジェロッティでデビュー。その後二期会を中心に藤原歌劇団、イタリア歌劇団(NHK)等の公演に出演。主な役にモーツァルト『魔笛』ザラストロ、ヴェルディ『リゴレット』スパラフチレ、ドニゼッティ『愛の妙薬』ドゥルカマーラ、ワーグナー『タンホイザー』ヘルマン、團伊玖磨『夕鶴』惣ど等がある。
北川 フラム(きたがわ ふらむ、1946年(昭和21年)10… 北川 フラム(きたがわ ふらむ、1946年(昭和21年)10月5日 - ) は、日本のアートディレクター。父は良寛研究家の北川省一。建築家の原広司は姉・若菜の夫(義兄)。「フラム」は本名であり、ノルウェー語で「前進」を意味する。 新潟県高田市(現・上越市)出身。新潟県立高田高等学校から東京芸術大学美術学部入学。仏教彫刻史を専攻。大学では「東京芸術大学全共闘」として活動する。大学時代から学生運動界隈のつながりから、アングラ文化周辺に集まる人々と協働し、音楽や演劇のイベントを開催するようになる。 大学卒業後の1971年(昭和46年)より、東京芸術大学の学生・卒業生を中心に「ゆりあ・ぺむぺる工房」を発足させ、展覧会やコンサート、演劇の企画・制作に関わる。
有元 利夫(ありもと としお、1946年9月23日 - 19… 有元 利夫(ありもと としお、1946年9月23日 - 1985年2月24日)は、日本の画家。妻は日本画家・陶芸家の有元容子。 1946年、岡山県津山市(疎開先)に生まれる。生後間もなく東京都台東区へ戻り、人生のほとんどを谷中で過ごした。1953年、台東区立谷中小学校入学[要出典]。小学校低学年の頃からゴッホに強い興味を抱いたと言われ、駒込高等学校在学中に中林忠良の指導を受ける。1969年、東京芸術大学美術学部デザイン科に入学、在学中の1971年にヨーロッパを旅行し、イタリアのフレスコ画に深い感銘を受けた。1973年、東京芸術大学を卒業、卒業制作「私にとってのピエロ・デラ・フランチェスカ」は同大学が買い上げた。
佐藤 一郎(さとう いちろう、1946年8月26日 - )は… 佐藤 一郎(さとう いちろう、1946年8月26日 - )は、日本の男性画家であり、絵画材料学、絵画技術学の研究者である。1999年から2014年に東京芸術大学教授を務め、定年退職後、2014年から2019年まで金沢美術工芸大学大学院専任教授、2019年から2025年まで東北生活文化大学学長。。 マックス・デルナーの『絵画技術体系』の訳者にしてウィーン幻想派の画家ルドルフ・ハウズナーに師事した画家にふさわしい、混合技法による数々の絵画を描いている。それは、グレーズ (彩色技術)(英語版)やインプリマトューラといった技法を巧みに用い、強い光沢を備えているものもそれでいてくどくない、油絵具の透明性や物体性を活かした霊妙な作品である。
左髙 啓三(さたか けいぞう、1946年8月6日 - )は、… 左髙 啓三(さたか けいぞう、1946年8月6日 - )は、日本の建築家、都市計画家。 株式会社I・I・E国際環境研究所所長(代表取締役)。ドイツの温泉利用のまちづくりに詳しい。 1965年4月、東京芸術大学美術学部建築科入学。 1970年3月、東京芸術大学美術学部建築科卒業。 1970年4月、丹下健三+都市・建築設計研究所入所(1974年3月退所)。 1971年5月 - 1973年5月まで、西ドイツのシュツットガルト工科大学軽量構造物研究所、客員研究員。 1974年4月 - 1975年5月まで、シュツットガルト工科大学軽量構造物研究所入所(Frei OTTO)。 1975年10月、東京芸術大学美術学部建築科、特別講師。
立田 洋司(たつた ようじ、1946年8月 - )は、日本の… 立田 洋司(たつた ようじ、1946年8月 - )は、日本の美学者(比較文化・美術史・芸術学・オリエント学)。学位は芸術学修士。 静岡女子大学助教授、静岡県立大学国際関係学部教授、静岡県立大学国際関係学部特任教授などを歴任した。 比較文化、美術史、芸術学、オリエント学などを研究する美学者である。カッパドキアや唐草文様の研究に取り組んでおり、特にカッパドキアの通史を世界で初めて著したことで知られている。 1946年8月生まれ。東京芸術大学に進学し、美術学部の芸術学科にて学んだ。1970年3月、東京芸術大学を卒業した。大学卒業後は、そのまま東京芸術大学の大学院に進学した。美術研究科の芸術学・西洋美術史専攻にて研究を続け、1972年3月に修士課程を修了した。
村田 健司(むらた けんじ、1946年7月8日 - )は、日… 村田 健司(むらた けんじ、1946年7月8日 - )は、日本のバリトン歌手、翻訳家。 1966年、東京都立駒場高等学校音楽科を卒業。1969年、東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業。声楽を中山悌一、古沢淑子、疋田生次郎、ジャック・ジャンセン、カミーユ・モラーヌに師事。1972年、二期会研究生修了。同年、フランス政府給費留学生としてパリ音楽院へ入学、1975年に帰国する。 1984年、「プーランクの歌曲」に対し文化庁芸術祭優秀賞を受賞。 オペラは1974年にフランス・リヨン・オペラ座のアペルギス「運命論者ジャック」でデビュー。 帰国後は西武劇場、三谷礼二プロデュースのモーツァルト「フィガロの結婚」の伯爵、日本オペラ協会、池辺晋一郎「死神」の早川、東京オペラプロデュース、ミヨー「オルフェの不幸」のオルフェ、藤原歌劇団、ヴァイル「マハゴニー」のビル、東京室内歌劇団、プーランク「ティレジアスの乳房」の亭主、青島広志「火の鳥」のヤマト・タケル等に出演。
深町 純(ふかまち じゅん、1946年〈昭和21年〉5月21… 深町 純(ふかまち じゅん、1946年〈昭和21年〉5月21日 - 2010年〈平成22年〉11月22日)は、日本の作曲家・編曲家・キーボーディスト・シンセサイザー奏者。東京都出身。一部の作品で馬場 浩の名を使用。 3歳よりピアノを習い始め、高校時代にはオペラの指揮や演出を手がける。東京都立大泉高等学校卒業。東京芸術大学作曲科を卒業直前に中退。 1971年(昭和46年)、ポリドールより1stアルバム『ある若者の肖像』でデビュー。以降は作曲、編曲やプロデュース、テレビ番組やCM、映画音楽を手掛けるほか、フュージョンのキーボーディストとして活動。 シンセサイザーにも造詣が深く, 1970年代初頭から数々のアルバムでシンセサイザーを使用している。
薦田 義明(こもだ よしあき、1946年〈昭和21年〉5月3… 薦田 義明(こもだ よしあき、1946年〈昭和21年〉5月3日 - )は、日本のバリトン歌手。指揮者。香川大学名誉教授。元四国二期会理事長。 東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。東京芸術大学大学院音楽研究科声楽専攻修了。フライブルク音楽大学卒業。香川県観音寺市出身。 香川県観音寺市出身。東京芸術大学音楽学部声楽科を卒業し、同大学大学院音楽研究科声楽専攻を修了。声楽を柴田睦陸に師事。 東京藝術大学のオペラ定期公演で「コジ・ファン・トゥッテ」に出演しオペラのデビューをする。その後は四国二期会に所属し、「修禅寺物語」、「ロドレッタ」、「魔笛」、「俊寛」、「フィガロの結婚」、「バスティアンとバスティエンヌ」、「ドン・ジョヴァンニ」、「那須与一」、「ディドとエネアス」、「奥様になった女中」、「イル・カンピエッロ」、「四人の頑固者」、「脳死をこえて」、「ヘンゼルとグレーテル」、「ファルスタッフ」などのオペラに出演した。
元倉 眞琴(もとくら まこと、1946年4月5日 - 201… 元倉 眞琴(もとくら まこと、1946年4月5日 - 2017年11月16日)は、日本の建築家。東京芸術大学名誉教授。元東北芸術工科大学教授。
斉藤 昌子(さいとう まさこ、1946年3月16日 - )は… 斉藤 昌子(さいとう まさこ、1946年3月16日 - )は、日本の声楽家、女優。北海道出身。東京芸術大学大学院修了。元平成音楽大学教授。
真瀬 宏子(ませ ひろこ、1946年1月12日 - )は、日… 真瀬 宏子(ませ ひろこ、1946年1月12日 - )は、日本の政治家、洋画家、教員。栃木県野木町長(5期)。栃木県初の女性首長である。 栃木県那須郡烏山町(現・那須烏山市)生まれ。5歳より宇都宮市で育った。宇都宮大学教育学部附属小学校、宇都宮大学教育学部附属中学校、栃木県立宇都宮女子高等学校卒業。1968年(昭和43年)3月、東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。同年に安宅賞を受賞した。1974年(昭和49年)、東京芸術大学大学院修士課程修了。 1975年(昭和50年)より県立高等学校美術科の教師の職に就く。また洋画家としてこれまでに個展を30回開催した。2002年(平成14年)12月、土曜美術社出版販売から共作で絵本を出版。
一ノ関 佑子(いちのせき ゆうこ、1946年 - )は、日本… 一ノ関 佑子(いちのせき ゆうこ、1946年 - )は、日本のソプラノ声楽家。指揮者小林研一郎の妹で、演奏会で共演をすることがある。ピアニスト小林亜矢乃は姪。義妹(夫の妹)は漫画家の大和和紀である。
奥山 民枝(おくやま たみえ、1946年 - )は、日本の画… 奥山 民枝(おくやま たみえ、1946年 - )は、日本の画家、芸術家である。 大学卒業後、独学で油絵や日本画などの絵画制作を始めた。 20代から欧州、北南米、インドネシアなど世界各地を旅した。初期作品から一貫して自然のなかに潜む生命力やエロティシズムに着目し、山、雲、太陽などのモティーフを描き続けている。 1992年、「山夢」で第35回安井賞を受賞した。 戦時疎開先の新潟県高田市寺町(現・上越市寺町)で生まれ、その後東京に転居した。 1965年、東京芸術大学美術学部工芸デザイン科に入学。在学中の1966年、現代演劇協会ホール「令嬢ジュリー」舞台壁画制作、草月会館「ジョン・シルバー」舞台装置制作を手掛けた。
黒川晃彦(くろかわ あきひこ、1946年 - )は、日本の彫… 黒川晃彦(くろかわ あきひこ、1946年 - )は、日本の彫刻家。1980年頃より写真を始めている。 彫刻の大半は楽器を手にした野外彫刻(ブロンズ)で、人との関係を大切にして、人々の生活の場に置かれている。1989年には初めて”人物とベンチを組み合わせた”「プリーズ・リクエスト」を発表し、具象彫刻の可能性を開いたとして「横浜美術館長賞」を受賞した。その後、トランペット、アルトサックス、フルートの三人の奏者が三重奏を川岸いっぱいに響かせている「リバーサイド・トリオ」などミュージシャンとペンチを組み合わせた野外彫刻(ブロンズ)を次々と発表。「彫刻は人が参加することで完成する」との信条の元に創られた”風景の中に溶け込み、行き交う人とコミュニケーションし、自然そのもののように存在してする”ちゃめっけのあるユニークな人物”や”猫”の彫刻が人々の心に安らぎを与えている。
山下了是(やました のりゆき、1946年 - )は日本の染色… 山下了是(やました のりゆき、1946年 - )は日本の染色工芸家。東京芸術大学名誉教授。広島市立大学講師。現代染織芸術を専門とし、日展、現代工芸展などを舞台に活躍。赤を基調に木綿や麻を染め上げ、自然や人物を明るい色調で描いた作品が多い。
松平 修文(まつだいら しゅうぶん、1945年12月21日 … 松平 修文(まつだいら しゅうぶん、1945年12月21日 - 2017年11月23日)は、日本の画家、美術評論家、歌人。歌人の王紅花は妻。 北海道北見市に生まれた。本名読み・おさふみ。北海道札幌西高等学校時代の教諭に菱川善夫がいた。東京藝術大学美術学部卒業。その後、同大学院に学んだ。 美術史家としては、今村紫紅など近代の日本画家を研究した。1983年、青梅市立美術館の開設準備に携わり、副館長などを経て2009年の退職まで務めた。並行して、実作や評論を行った。 短歌を大野誠夫に学び、歌誌「作風」を編集。1984年、大野の死により「作風」を退会。その後は無所属だった。また、句集や詩集の著作もある。
松本 日之春(まつもと ひのはる、1945年11月3日 - … 松本 日之春(まつもと ひのはる、1945年11月3日 - 2023年3月2日)は日本の作曲家。父は作曲家の松本民之助。弟は作曲家の松本清。
中島 千波 (なかじま ちなみ、1945年(昭和20年)10… 中島 千波 (なかじま ちなみ、1945年(昭和20年)10月21日 - ) は、日本画家。東京芸術大学名誉教授。 第二次世界大戦戦時下から長野県上高井郡小布施村(現・小布施町)に疎開していた画家の中島清之の三男として生まれる。 1971年(昭和46年)に東京芸術大学大学院を修了。大学在学中の1969年(昭和44年)の第54回院展に「窓」を初出品、初入選。以降、数々の賞を受賞した。シリーズ作として「衆生」「形態」 などを生み出している。 1987年(昭和62年)からNHK教育「きょうの料理」のテキストの表紙絵を3年間担当。 1990年(平成2年)三溪園臨春閣第六室襖絵「不二と桃花図」「松林図」完成。
黒澤 吉徳(くろさわ よしのり、1945年8月9日 - 20… 黒澤 吉徳(くろさわ よしのり、1945年8月9日 - 2024年4月)は、日本のクラシック音楽の作曲家。東京都出身。東京芸術大学大学院音楽研究科作曲専攻修了。 管弦楽・室内楽・歌曲も手がけているが、小学生から高校生向けの合唱曲を多数作曲しており、NHK全国学校音楽コンクールの課題曲を3曲手がけている。代表作は「大空賛歌」「走る川」「空駆ける天馬」など。第45回日本音楽コンクール作曲部門第2位。
松山 巌(まつやま いわお、1945年7月11日 - )は、… 松山 巌(まつやま いわお、1945年7月11日 - )は、日本の小説家・評論家。略字の松山巌で表記されることもある。 東京都生まれ。東京芸術大学建築学科を卒業後、友人と建築設計事務所を設立して住宅設計に関わるが、その傍ら、建築雑誌に翻訳や紹介記事を執筆。事務所は10年ほどで閉じ、執筆に専念する。 1985年、評論『乱歩と東京―1920都市の貌』で第38回日本推理作家協会賞評論その他の部門受賞。建築論、都市論などで知られるがその後小説も書く。1993年『うわさの遠近法』でサントリー学芸賞、1996年『闇の中の石』で第7回伊藤整文学賞、1997年『群集』で第48回読売文学賞受賞。伊藤整文学賞選考委員も務めた。
宮田 亮平(みやた りょうへい、1945年6月8日 - )は… 宮田 亮平(みやた りょうへい、1945年6月8日 - )は、日本の金属工芸家。勲等は瑞宝重光章。第22代文化庁長官、第9代東京藝術大学学長。同名誉教授。パソナグループ社外取締役。公益社団法人日展理事長。文化功労者、日本芸術院会員。 新潟県佐渡市出身。佐渡に伝わる金属工芸「蝋型鋳金」技術保持者の二代目宮田藍堂(みやた らんどう)の三男。初代藍堂は祖父、三代目藍堂は長兄で元・東京藝大工芸科教授の宮田宏平(1926年 - 2007年)、次兄はデザイナーで三重大学名誉教授の宮田修平。兄二人、姉四人を持ち、家族全員芸術家の一家に育つ。次女は金属工芸家の宮田琴(東京藝大工芸科卒)。金属工芸家の山下恒雄(やました つねお、東京藝大工芸科名誉教授)の指導を受けた。
井下 洋子(いのした ようこ、1945年(昭和20年)5月2… 井下 洋子(いのした ようこ、1945年(昭和20年)5月24日 - )は、日本のピアニスト。元広島文化学園大学学芸学部教授。元徳島文理大学音楽学部教授。 徳島県徳島市出身。東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻卒業。エッセンフォルクバンク芸術大学マイスタークラス卒業。 徳島県徳島市出身。東京芸術大学音楽学部附属音楽高等学校卒業。東京藝術大学音楽学部器楽科ピアノ専攻を経てドイツのエッセンフォルクバンク芸術大学マイスタークラスを卒業。ピアノを野呂愛子、井口秋子、デートレフ・クラウスに師事。 中四国を中心に演奏活動を行い、sピアノソロリサイタル、2台のピアノデュオ、ヴァイオリンとのデュオ、トリオ、室内楽コンサート、徳島文理大学管弦楽団、徳島市民管弦楽団定期演奏会などでピアノコンツェルトを共演した。
鈴木 まどか(すずき まどか、1945年(昭和20年)4月2… 鈴木 まどか(すずき まどか、1945年(昭和20年)4月22日 - 2018年(平成30年)1月17日)は、昭和から平成時代のエジプト学者。 愛知県に生まれる。1968年に東京芸術大学美術学部を卒業すると同時にエコール・デュ・ルーヴルに入学し、エジプト考古学美術史を専攻する。1973年に日本人として初めて同校を正式に卒業した。引き続き同校の研究課程に進み、1978年にディプロマを取得し、卒業した。1979年にソルボンヌ大学の修士号を取得。1991年に比治山女子短期大学教授に就任。1992年にソルボンヌ大学大学院博士課程を修了。1993年には比治山大学現代文化学部教授に就任。2001年、倉敷芸術科学大学芸術学部教授に着任し、2015年3月に定年退職した。
杉本 貴志(すぎもと たかし、1945年(昭和20年)3月3… 杉本 貴志(すぎもと たかし、1945年(昭和20年)3月31日 - 2018年(平成30年)4月5日)は、日本のインテリアデザイナー。デザイン事務所である株式会社スーパーポテト創業者。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科名誉教授。日本商環境デザイン協会名誉会員。 1945年3月31日に東京都中野で生まれる。 1968年に東京芸術大学美術学部工芸科を卒業する。 1973年に株式会社スーパーポテトを設立し、代表取締役となる。1986年には株式会社春秋を設立して、こちらでも代表取締役に就任した。 1992年に武蔵野美術大学空間演出デザイン学科教授に就任した(2010年退任)。2012年に名誉教授となる。
杵屋 勝国(きねや かつくに、1945年(昭和20年)3月2… 杵屋 勝国(きねや かつくに、1945年(昭和20年)3月28日 - 2023年(令和5年)2月9日)は、日本の長唄三味線奏者。位階は正五位。人間国宝。2020年(令和2年)、日本芸術院賞・恩賜賞受賞。本名は牟田口 照國(むたぐち てるくに)。福岡県みやま市出身。 実家は料理屋を営んでおり、父は長唄を唄い、母は三味線を弾く家庭に育ち、幼い頃から長唄に親しんだ。6歳の6月6日に隣に住む杵屋寿太郎に入門し、三味線を始める。14歳で七代目家元、杵屋勝三郎から名取を認められ、杵屋勝国を名乗るようになる。その後東京藝術大学邦楽科に進学、1967年(昭和42年)に卒業。1980年(昭和55年)には坂東玉三郎が踊る「鷺娘」、5世中村勘九郎(後の18世中村勘三郎)が踊る「供奴」で、歌舞伎公演での立三味線を初めて務めた。
北爪やよひ(きたづめ やよひ、 (1945-03-26) … 北爪やよひ(きたづめ やよひ、 (1945-03-26) 1945年3月26日-)は、日本の作曲家。日本クラリネット協会の会長を1980年から1986年まで務めたクラリネット奏者で音楽教育者であった北爪利世の娘で、作曲家北爪道夫の姉である。 1945年3月26日、父利世と母和喜の長女として東京に生まれた。父は東京音楽学校本科でクラリネットを学び、母は同校師範科でピアノと歌を専攻、叔父の規世も同校でヴィオラを学んだ音楽一家だった。やよひは母親からピアノの手ほどきを受けたのち、東京芸術大学に入学、音楽理論と作曲法を池内友次郎および矢代秋雄に師事した。在学中に作曲した「クラリネットとピアノのためのソナチネ」は、フランスのクラリネット奏者ジャック・ランスロが気に入り、リサイタルで取り上げ楽譜も出版している。
大川 隆子(おおかわ たかこ、1945年(昭和20年)3月6… 大川 隆子(おおかわ たかこ、1945年(昭和20年)3月6日 - )は日本の声楽家(ソプラノ)、音楽教育者。 大阪府出身。東京藝術大学卒業。畑中良輔に師事。文化庁派遣芸術家在外研究員としてウィーンとミラノに留学。モーツァルトの4大オペラ『フィガロの結婚』伯爵夫人、『ドン・ジョヴァンニ』ドンナ・エルヴィーナ、『コジ・ファン・トゥッテ』フィオルデリージ、『魔笛』パミーナでオペラ歌手としての地位を確立。ワーグナー『タンホイザー』エリーザベト、『ワルキューレ』ジークリンデで力量を示し、ヴェルディ『椿姫』ヴィオレッタ、プッチーニ『ラ・ボエーム』ミミ、『蝶々夫人』蝶々さん、ヨハン・シュトラウス2世『こうもり』ロザリンデなどに出演、二期会オペラのプリマドンナとして活躍。
福士 則夫(ふくし のりお、1945年2月15日 - )は、… 福士 則夫(ふくし のりお、1945年2月15日 - )は、日本の現代音楽の作曲家。東京藝術大学非常勤講師、桐朋学園大学特任教授、東京音楽大学客員教授(2010年度)。日本作曲家協議会会員。 東京都生まれ。東京藝術大学卒業、同大学院修了。作曲を池内友次郎、矢代秋雄、諸井誠、三善晃に師事。1973年にフランス政府給費生としてパリ国立音楽院に留学し、オリヴィエ・メシアンに師事。 『三管オーケストラのための《抒情的二章》』が第39回日本音楽コンクール作曲部門入賞、『弦楽、フルート、打楽器のための《ZONE》』が1972年度文化庁芸術祭優秀賞、現代音楽を専門にする演奏団体として結成した「ヴァン・ドリアン」の功績により中島現代音楽賞(1983年)などを受賞。