鈴木 俊貴(すずき としたか、1983年10月- )は、日本… 鈴木 俊貴(すずき としたか、1983年10月- )は、日本の生物学者。専門は動物言語学、動物行動学。東京大学先端科学技術研究センター准教授。世界で初めて動物が言葉を話すことを突き止め、動物言語学を開拓した第一人者。 東京都練馬区生まれ。父・基晴、母・幸代の長男として誕生。2歳上の姉がいる。 幼少期から生き物全般に強い関心を持っており、2歳頃はアリに夢中だった。当初は昆虫を好み、捕まえては観察をして自作の図鑑に書き込んでいた。将来は動物学者になることを夢見て、高校時代は生物部に所属。次第に野鳥に魅せられていった。 2002年3月、桐朋高等学校卒業。 2002年4月、東邦大学理学部生物学科入学。大学3年生時の卒業論文のテーマを探しに軽井沢を訪れ、シジュウカラの多様な言葉に出会う。
丸山 宗利(まるやま むねとし、1974年4月30日 - )… 丸山 宗利(まるやま むねとし、1974年4月30日 - )は、日本の昆虫学者、著述家。九州大学総合研究博物館准教授。アリやシロアリと共生する昆虫の分類や生態解明が専門分野だが、研究対象は多岐にわたる。 東京都出身。東邦大学理学部卒業。北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。 1974年、母の実家のある静岡県に生まれる。その後、東京都の新宿区、江戸川区で幼少期を過ごす。 獨協高等学校を卒業後、東邦大学理学部生物学科に進学する。大学3年生の3月から千葉県立中央博物館に通い、ハネカクシの分類学的研究を始める。卒業研究ではヒメキノコハネカクシ属27種を扱い、5本の論文として出版された。 1998年に北海道大学大学院農学研究科の昆虫体系学教室に進学する。
鄭 権(てい けん、1971年2月1日 - )は、日本の薬学… 鄭 権(てい けん、1971年2月1日 - )は、日本の薬学者。 2004年東邦大学大学院薬学研究科生薬学教室の博士課程を修了。博士(薬学)。 2006年から東邦大学薬学部と共同研究を行い、その研究成果は日本薬学会、日本生薬学会にて、合計13の論文を発表。
竹井 仁(たけい ひとし、1966年2月12日 - 2022… 竹井 仁(たけい ひとし、1966年2月12日 - 2022年8月14日)は、日本の機能解剖学・運動生理学者、理学療法士。学位は博士(医学)(東邦大学・2002年)。元首都大学東京大学院人間健康科学研究科理学療法科学域・健康福祉学部理学療法学科教授。 著書・メディア出演多数。「筋膜博士」の愛称で筋膜にアプローチする治療法の知名度を高めた。 久万町立久万小学校、久万町立久万中学校、愛媛県立松山東高等学校、東京都立府中リハビリテーション専門学校、青山学院大学文学部第二部教育学科卒業。筑波大学大学院教育研究科修士課程修了。 2002年10月、東邦大学大学院医学研究科解剖学教室にて博士(医学)取得。 1987年4月、東京都職員共済組合清瀬病院リハビリテーション科勤務。
尾崎 清明(おざき きよあき、1951年(昭和26年)- )… 尾崎 清明(おざき きよあき、1951年(昭和26年)- )は、日本の鳥類学者、日本鳥学会会長、山階鳥類研究所 副所長。ヤンバルクイナ保全、トキの野生復帰事業における中心的研究員の一人である。 滋賀県出身。私立近江兄弟社高等学校を経て、東邦大学理学部生物科卒業。2011年より、公益財団法人山階鳥類研究所 副所長を務めている。主に渡り鳥の生態研究(鳥類標識調査)やヤンバルクイナの発見、ツル類の渡り研究に従事し、日中トキ保護事業に協力している。東南アジア諸国で鳥類標識調査研修会を開催や指導も行っている。
白川修一郎(しらかわ しゅういちろう、1949年- )は、日… 白川修一郎(しらかわ しゅういちろう、1949年- )は、日本の医学者・睡眠学者。 福岡県生まれ。東邦大学医学部大学院修了。1990年「睡眠中の体動の動態とその役割」で医学博士。国立精神・神経医療研究センター客員研究員、江戸川大学客員教授などを務めた。
水入 苑生(みずいり そのお、1946年〈昭和21年〉 - … 水入 苑生(みずいり そのお、1946年〈昭和21年〉 - )は、日本の医師、医学者、腎臓内科医。東邦大学医学部卒業。東邦大学医学部名誉教授。 1970年(昭和45年)4月に、東邦大学医学部を卒業し、医師免許を取得する。東邦大学大森病院(現在の東邦大学医療センター大森病院)で研修医として勤務する。 1971年(昭和46年)6月に、東邦大学医学部(内科学第2講座)に研究生として所属する。 1972年(昭和47年)7月に、アメリカ在住のため2年間休職する。 1974年(昭和49年)7月に、東邦大学医学部に研究生(内科学第2講座)として復職する。 1974年(昭和49年)12月に、川崎中央病院の内科に出向をする。
青木 継稔(あおき つぐとし、1940年 - )は、愛知県出… 青木 継稔(あおき つぐとし、1940年 - )は、愛知県出身の医学者。専門は小児科学。第8代東邦大学学長・名誉学長。日本におけるウィルソン病の研究として知られる。
廣部 千恵子(ひろべ ちえこ、1936年8月16日 - )は… 廣部 千恵子(ひろべ ちえこ、1936年8月16日 - )は、日本の薬学者(薬系化学・創薬科学・宗教学)。学位は博士(医学)(東邦大学・2001年)。旧姓は水島(みずしま)。姓の「廣」は「広」の旧字体のため、新字体で広部 千恵子(ひろべ ちえこ)とも表記される。 ノートルダム大学助手を経て、中島国際特許事務所化学部に勤務し、清泉女子大学人間科学課程教授、清泉女子大学文学部教授、清泉女子大学人文科学研究所教授などを歴任した。 薬系化学、創薬科学を専攻する薬学者である。聖書と植物学に関する研究や漢方の研究などで知られている。ノートルダム大学を経て中島国際特許事務所に勤務し、のちに清泉女子大学で教鞭を執った。
筒井 末春(つつい すえはる、1934年 - )は、日本の医… 筒井 末春(つつい すえはる、1934年 - )は、日本の医学者。東邦大学名誉教授。東京生まれ。東邦大学医学部卒業、65年医学博士。東邦大学医学部第二内科教授、80年心療内科を創設。2005年定年、名誉教授、人間総合科学大学教授・大学院研究科長、副学長。心身症、心療内科といった精神疾患とその治療の展開に対応し薬物治療を率先しておこなった。
森下 健(もりした たけし、1932年7月25日 - ) は… 森下 健(もりした たけし、1932年7月25日 - ) は日本の医学者・医師。専門は循環器内科学。元東邦大学医学部教授。学校法人東邦大学評議員。医療法人財団額田記念会額田記念病院院長。医学博士。 静岡県出身。1952年、静岡県立静岡城内高等学校卒業。1962年、東邦大学医学部医学科卒業。1963年3月、東京船員保険病院にて実地修練修了。1963年4月、東邦大学内科学第一講座研究生。1965年3月、同講座助手。1970年9月、東邦大学医学部付属大森病院院長代行。1974年2月、同病院集中治療センター部長補佐。1977年7月、医学博士(東邦大学)。1979年2月、同講座講師。同年7月、同病院副院長。
百瀬 和夫(ももせ かずお、1930年3月2日 - 1992… 百瀬 和夫(ももせ かずお、1930年3月2日 - 1992年12月20日)は、日本の医学者。東邦大学医学部教授。医学博士。 1930年(昭和5年)長野県生まれ。1946年(昭和21年)旧制松本第二中学19回(現長野県松本県ヶ丘高等学校)卒業。旧制松本高等学校を経て、1954年(昭和29年)東京大学医学部医学研究科を卒業。1960年(昭和35年)博士論文「卵管分泌現象に関する研究」で東京大学より医学博士授与。東京大学医学部助手、助教授を務めたのち、1982年(昭和57年)より東邦大学医学部教授(第1産科婦人科学教室)を務めた。 医学者の竹内一夫氏は「脳死出産、産婦人科の世界」の中で、脳死出産の実態について分析しているが、その中で百瀬和夫、前田光士両教授の「妊婦の脳死をめぐる諸問題、医学の歩み」(東邦大学医学部産婦人科教室)を取り上げ、「ここで我々は、死後(心停止後)の出産例の報告が散見されることにも注目しなければならない。
上野 正彦(うえの まさひこ、1929年1月1日 - )は、… 上野 正彦(うえの まさひこ、1929年1月1日 - )は、日本の法医学者、医事評論家、作家。元東京都監察医務院長。医学博士(日本大学)。専門は法医学。 解剖5,000体以上、検死20,000体以上の死体を見てきた死体の専門家。 茨城県生まれ、小学6年間を北海道美国町(現在の積丹町)で過ごす。実父は美国町で開業医として無償で多くの診療を行い名誉町民となる。地元に旧制中学がないため上京。1954年東邦医科大学卒業後、日本大学医学部法医学教室に入る。1959年医学博士(日本大学)、論文は「酸塩基平衡失調時の寒冷血球凝集反応」、 同年東京都監察医務院に入り監察医となる。1984年同院長。その間、1981年から厚生省医道審議会委員、1984年杏林大学医学部客員教授を務める。
鈴木たね子(すずき たねこ、1926年11月12日- 202… 鈴木たね子(すずき たねこ、1926年11月12日- 2020年4月24日)は、日本の食品栄養学者。 東京出身。帝国女子医科薬科専門学校(現東邦大学)薬学部卒、1962年「魚肉鮮度の化学的判定方法に関する研究」で農学博士(九州大学)。農林水産省水産庁水産研究所生物化学部長、日本大学短期大学部生活環境学科教授、国際学院埼玉短期大学健康栄養学科教授。日本おさかなマイスター協会講師、日本水産学会名誉会員。 2020年4月24日大腸がんにより死去
猿橋 勝子(さるはし かつこ、1920年3月22日 - 20… 猿橋 勝子(さるはし かつこ、1920年3月22日 - 2007年9月29日)は、日本の地球科学者である。専門は地球化学。海洋放射能の研究などで評価された。東邦大学理事・客員教授を歴任。東京生まれ。 東京府立第六高等女学校(現・東京都立三田高等学校)を経て、帝国女子理学専門学校(現・東邦大学理学部)を卒業。中央気象台研究部(現・気象庁気象研究所)で三宅泰雄の指導を受けた。1954年のビキニ事件におけるいわゆる「死の灰」による大気・海洋汚染の研究以後、三宅と大気及び海洋の放射能汚染の調査研究を行い評価された。その研究成果は1963年の部分的核実験禁止条約成立に繋がった。 1957年、東京大学理学博士「天然水中の炭酸物質の行動について」。
幾瀬 マサ(いくせ マサ、1914年11月13日 - 201… 幾瀬 マサ(いくせ マサ、1914年11月13日 - 2011年2月22日)は、日本の植物学者。専門分野は花粉学、形態学。東邦大学名誉教授。 埼玉県出身。埼玉県立熊谷高等女学校(現在の埼玉県立熊谷女子高等学校)を卒業後の1931年、帝国女子医学薬学専門学校(現在の東邦大学)薬学科に入学した。1935年、卒業と同時に薬用植物学教室の助手に採用され、久内清孝の指導をうけた。 1940年、同校薬学科の講師、1944年に助教授となった。 1949年より花粉粒の研究に専念し、190科2300種の花粉粒を著書「日本植物の花粉」にまとめ刊行。本研究を主論文として、1957年に東京大学より薬学博士号を取得した。
高田 蒔(たかた まき、1892年〈明治25年〉12月30日… 高田 蒔(たかた まき、1892年〈明治25年〉12月30日 - 1978年〈昭和53年〉3月4日)は、日本の生化学者、内科学者、内科医。医学博士。東邦大学名誉教授、アメリカ国際アカデミー名誉会員。雅号は日庵主人。 新潟県新潟市学校町通(現 新潟市中央区学校町通)の新潟県直税署職員・高田善一郎の四男として出生。 1910年(明治43年)3月に新潟中学校を卒業、1911年(明治44年)9月に仙台医学専門学校医学科に入学、1913年(大正2年)8月に東京府北豊島郡巣鴨町巣鴨(現 東京都豊島区巣鴨)の溝口伯爵家家扶・高田政敏の養子になった。 1915年(大正4年)9月に東北帝国大学医学専門部医学科を優等で卒業、恩賜の銀時計を下賜された。
額田 晋(ぬかだ すすむ、1886年(明治19年)12月22… 額田 晋(ぬかだ すすむ、1886年(明治19年)12月22日 - 1964年(昭和39年)9月29日)は、日本の医師、医学者(内科学)、医学博士、理学博士。東邦大学および額田医学生物学研究所の創立者。 1886年(明治19年)、岡山県邑久郡に医師の次男として生まれた。旧制一高を経て東京帝国大学医科大学に進学した。1917年(大正6年)から翌年にかけ、アメリカのハーバード大学に自費留学し、医学博士を取得し帝国大学附属病院の講師を務めた。中国の北京協和医学校に赴任後、帰国した額田は1925年(大正14年)に兄の額田豊と共に帝国女子医学専門学校(東邦大学の前身)を創設した。1926年(大正15年)には理学博士も取得し、神田に額田内科病院、千葉県稲毛に額田医学生物学研究所を設立した。
菅野 裕一朗(かんの ゆういちろう、 - 2022年〈令和4… 菅野 裕一朗(かんの ゆういちろう、 - 2022年〈令和4年〉10月26日)は、日本の薬学者(衛生化学・分子毒性学・薬物代謝学)。学位は博士(薬学)(東邦大学・2007年)。 独立行政法人日本学術振興会特別研究員、東邦大学薬学部講師、静岡県立大学薬学部講師などを歴任した。 衛生化学、分子毒性学、薬物代謝学を専攻する薬学者である。化学物質の解毒や受容体型転写因子の分子機構の研究に取り組んでいた。日本学術振興会の特別研究員を経て、東邦大学や静岡県立大学で教鞭を執った。 同名の学校法人により設置・運営される東邦大学に進学し、薬学部の衛生薬学科にて学んだ。薬学部では公衆衛生学教室に在籍して卒業研究に取り組んだ。
大橋 若奈(おおはし わかな)は、日本の薬学者(免疫学・分子… 大橋 若奈(おおはし わかな)は、日本の薬学者(免疫学・分子生物学・腸内細菌学・実験動物学)。学位は博士(工学)(横浜国立大学・2011年)。静岡県立大学薬学部准教授・大学院薬学研究院准教授。 理化学研究所ゲノム科学総合研究センターでの勤務を経て、独立行政法人理化学研究所免疫アレルギー科学総合研究センター特別研究員、富山大学大学院医学薬学研究部助教、慶應義塾大学薬学部特任講師などを歴任した。 免疫学、分子生物学、腸内細菌学、実験動物学などを専攻する神奈川県出身の薬学者である。腸内細菌叢と母子の健康や胎児の発達についての研究で知られている。理化学研究所で研究に従事し、富山大学、慶應義塾大学、静岡県立大学で教鞭を執った。