櫻井 康文(さくらい やすふみ、1949年1月6日 - )は… 櫻井 康文(さくらい やすふみ、1949年1月6日 - )は、日本の実業家。不二家の社長(7代目)。東京都出身。 東京都立新宿高等学校を経て静岡大学農学部を卒業、1972年に不二家へ入社。商事本部応用開発室長・菓子事業本部マーケティンググループリーダー・不二家ファミリー文化研究所長などの要職を歴任。同社のロングセラー菓子商品「カントリーマアム」の生みの親でもある。2003年より執行役員、2005年より取締役。藤井林太郎の後任として2007年1月22日に社長に就任した。不二家の創業者一族以外から社長になったのは、桜井が初めてである。2019年に70歳で社長を退任したものの、不二家ファミリー文化研究所長に留まり、取締役海外事業担当兼海外事業部長にも就任した。
井原 今朝男(いはら けさお、1949年1月1日 - )は、… 井原 今朝男(いはら けさお、1949年1月1日 - )は、日本の歴史学者。国立歴史民俗博物館・総合研究大学院大学名誉教授。博士(史学)(中央大学、1996年)。専門は日本中世史、特に荘園制・税制・農村などの社会経済史。長野県長野市出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
永瀧 達治(永滝 達治、ながたき たつじ、1949年- )は… 永瀧 達治(永滝 達治、ながたき たつじ、1949年- )は、日本のフランス音楽・映画評論家、翻訳家。 兵庫県神戸市生まれ、大阪府育ち。静岡大学中退、パリ第3大学映画科に在籍。帰国後、1970年代より、評論家、プロデューサーとして、数多くのフランスの歌手を日本に紹介。1990年仏政府芸術文化シュバリエ、2005年オフィシエ章受勲。日仏メディア協会(TMF)理事。 妻はフランソワーズ・モレシャン。アガタ・モレシャンは妻の連れ子。
原島 正衛(はらしま まさえ、1949年 - )は、日本の経… 原島 正衛(はらしま まさえ、1949年 - )は、日本の経済学者。専門は、経済政策や経済史。特に、ヨーロッパ統合の史的分析。ヨーロッパ経済論。オランダ社会経済史を研究。現在、北星学園大学経済学部教授。 1977年静岡大学人文学部卒業。1985年立教大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。オランダ・ナイメーヘン大学大学院に留学や、駐日アメリカ合衆国大使館経済専門官、プライスウォーターハウスコンサルタンツマネージャーなどを経て、1994年北星学園大学経済学部講師。1997年同経済学部助教授。2004年同経済学部教授。2020年同嘱託教授 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
高良 勉(たから べん、1949年 - )は、沖縄県出身の日… 高良 勉(たから べん、1949年 - )は、沖縄県出身の日本の詩人、沖縄県史料編集室主任専門員。本名は、高嶺朝誠(たかみね ちょうせい)であり、沖縄県史料編集室紀要に掲載される学術論文は、本名で発表されている。 沖縄県島尻郡玉城村生まれ。1976年に静岡大学理学部化学科を卒業し、沖縄で県立高校の教師となる。1984年に発表した詩集『岬』により、第7回山之口貘賞を受賞。1990年、フィリピン大学大学院へ留学。1990年代半ばには沖縄県立普天間高等学校教諭として反基地運動に参加し、しばしばメディアにも露出した。日本文藝家協会、日本現代詩人会会員。 沖縄・一坪反戦地主会の運動に参加し、嘉手納基地内に土地を共有している。
中村 量空(なかむら りょうくう、1948年12月14日 -… 中村 量空(なかむら りょうくう、1948年12月14日 - 2001年11月29日)は、理論物理学者。 福井県立短期大学助教授、福井県立大学教授を歴任。専攻は理論物理学、科学思想、複雑系。コンボルーション理論の提唱者。 また、印度学仏教学会理事を務め、進化経済学会にも加わり、自然科学から思想、経済、社会に至るまで広く論じた。 兵庫県生まれ。本名・英一。静岡大学卒、1977年名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了、1978年理学博士。 2001年11月29日、肝不全のため死去。
清水 憲一(しみず のりかず、1948年10月 - )は日本… 清水 憲一(しみず のりかず、1948年10月 - )は日本の経済史学者、産業考古学者、日本経済史、地域経済史。元九州国際大学学長、名誉教授。島根県邇摩郡仁摩町(現在の大田市)出身。産業遺産学会会長。 静岡大学人文学部日本史科卒業。1977年立命館大学大学院経済学研究科博士課程取得退学。同年八幡大学社会文化研究所就任。1978年同大学法経学部講師就任。1980年助教授。1983年バーミンガム大学留学。1998年経済学部長、大学院研究科長を経て2007年学長に就任。2017年九州国際大学退任。以後、田川市石炭・歴史博物館副館長、附属研究所長。他に九州・山口の近代化産業遺産群ユネスコ推薦書作成委員、文化庁世界文化遺産特別委員会委員、産業考古学会理事などを歴任。
大槻 正(おおつき ただし、1948年6月11日 - )は、… 大槻 正(おおつき ただし、1948年6月11日 - )は、日本の研究者。京都府生まれ。AIBOの開発、事業化の責任者として有名。 1972年に静岡大学工学部電気工学科卒業後、ソニー入社。カラーテレビの選局システムの開発等に従事。 1994年には株式会社ナムコ(現バンダイナムコゲームス)に転職して3次元CGの研究開発した。 1997年ソニーに復帰。復帰後はエンターテインメントロボット開発・事業化の責任者としてエンターテインメントロボットAIBOの開発、商品化に従事。 2003年にスミダコーポレーション、2006年にニコンに移る。ニコンでは映像カンパニーのプロジェクトリーダーとして、ヘッドマウントディスプレイ「MediaPort UP」や、静止画共有サービス「myPictureTown」などを手がけた。
園田 豪(そのだ ごう、1948年(昭和23年)4月21日-… 園田 豪(そのだ ごう、1948年(昭和23年)4月21日-)は、日本の作家、歴史研究家。 石油資源開発株式会社に入社。サハリンの油ガス田や中東の油ガス田の探鉱・発見などの後、55歳で同社を早期退職し、在職時代から始めていた執筆活動を本格化した。 最初はオーストラリア関係のエッセイを書いていたが、長年研究していた日本の古代史に関する成果を小説型に纏めた「太安万呂の暗号シリーズ」8作に重点的に取り組んだ。 。その中で「いろは歌」に巧妙に隠し込まれた藤原不比等を呪う言葉を発見している。『萬葉集』の歌に隠しこまれた柿本人麻呂(大三輪朝臣高市麻呂)の秘文の存在への気づきが、『萬葉集』巻一および巻二の全324首の別の視点からの解読に向かわせ、『萬葉伝授』8巻を完成させた。
大谷 範雄(おおや のりお、1948年(昭和23年)3月29… 大谷 範雄(おおや のりお、1948年(昭和23年)3月29日 - )は、日本の政治家。元栃木県那須烏山市長(3期)。元南那須町長(1期)。 栃木県南那須町小河原(現・那須烏山市)生まれ。栃木県立宇都宮東高等学校卒業。1970年(昭和45年)3月、静岡大学農学部卒業。同年4月、フタバ食品株式会社に就職。1996年(平成8年)5月31日、同社を退職。同年6月1日、那須郡南那須町の助役に就任。2001年(平成13年)10月21日、那須郡南那須町長に就任。 2005年(平成17年)10月1日、烏山町と南那須町の新設合併により那須烏山市が発足。これに伴って11月6日に行われた市長選挙に出馬し、元烏山町長の岩崎義一を破り初当選。
浜野 佐知(はまの さち、1948年3月19日 - )は、日… 浜野 佐知(はまの さち、1948年3月19日 - )は、日本の映画監督である。株式会社旦々舎代表取締役。日本映画監督協会常務理事、同広報委員会・国際委員会委員兼任。 1948年(昭和23年)、徳島県生まれ。10歳で静岡市に移り、静岡大学附属中学校、静岡県立静岡城北高等学校卒業。本名は浜野佐知子だが、デビュー時に女流監督のクレジットは観客を引かせるので変名にしろと会社に要請され、一字削って妥協したとのこと。これまで延べ300本以上のピンク映画を撮り続けているベテランであり、女性監督としては日本一のピンク映画製作本数となっている。「女性の側から性を主体的に観る」を作品の一貫したテーマとしており、近年は「的場 ちせ」名義での活動もある。
山口 文憲(やまぐち ふみのり、1947年5月1日 - )は… 山口 文憲(やまぐち ふみのり、1947年5月1日 - )は、日本のノンフィクション作家・エッセイスト。親しい知人には「ブンケン」「ブンケンさん」と呼ばれる。 静岡県浜松市生まれ。父の山口文太郎は静岡大学名誉教授で、戦中は浜松高等工業学校で化学を教えていた。その父から「文化国家・平和憲法」から「文憲(ふみのり)」と名付けられた。 静岡大学教育学部附属浜松小学校、中学校を経て、静岡県立浜松北高等学校を卒業。 東京芸術大学器楽科(トランペット専攻)を受験するが、不合格。高校卒業後、1966年に、東京に上京して予備校に通うが、受験に失敗し、浪人生活がつづく。 1967年、トランペットのレッスンの帰りに、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)の事務所を覗いてみたところ、後にノンフィクション作家となる吉岡忍から「ベ平連ニュース」を封筒に詰める作業を頼まれ、そのままベ平連に入会。
森下 篤史(もりした あつし、1947年2月13日 - )は… 森下 篤史(もりした あつし、1947年2月13日 - )は、日本の実業家。テンポスホールディングス創業者で、同社代表取締役社長。元あさくま代表取締役。 静岡県磐田郡水窪町(現浜松市天竜区)のお茶農家の家に生まれ、愛知県立新城高等学校を経て、1971年静岡大学教育学部卒業、同年東京電気(現東芝テック)入社。1997年テンポスバスターズ設立。2006年あさくまと資本提携を締結し、あさくま取締役に就任。2009年あさくま代表取締役。2017年持株会社化してテンポスホールディングスに商号変更し、同社代表取締役社長に就任。2019年親子上場であさくまをJASDAQに上場。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
須藤 秀忠(すどう ひでただ、1947年〈昭和22年〉2月1… 須藤 秀忠(すどう ひでただ、1947年〈昭和22年〉2月10日 - )は、日本の政治家。静岡県富士宮市長(4期)。元静岡県議会議員(3期)。元富士宮市議会議員(5期)。 静岡県富士宮市宝町出身。富士宮市立貴船小学校、富士宮市立富士宮第三中学校を卒業。沼津市の東芝機械に就職。夜間、静岡県立沼津工業高等学校に通い、同校機械科を卒業。帰郷し、家業の古物商に従事。夜間、静岡大学法経短期大学に通い、同大学を卒業。 1979年(昭和54年)12月、富士宮市議会議員に就任。計5回当選。 1992年(平成4年)7月から1994年3月まで市議会の第38代議長を務める。 1999年(平成11年)4月、静岡県議会議員に就任。
鈴木 款(すずき よしみ、1947年 - )は、海洋科学研究… 鈴木 款(すずき よしみ、1947年 - )は、海洋科学研究者。現在、静岡大学教授。 1972年3月・静岡大学工学部卒業、1981年7月・理学博士(名古屋大学)。 「海洋におけるセレンの地球化学的研究 」。 2010年8月に第25回海洋化学学術賞、2011年7月には第4回海洋立国推進功労者(内閣総理大臣表彰)を受彰。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
山崎 敏彦(やまざき としひこ、1947年- )は、日本の法… 山崎 敏彦(やまざき としひこ、1947年- )は、日本の法学者・弁護士。青山学院大学名誉教授。民事法専攻。 1947年静岡県生まれ。静岡大学人文学部法経学科卒業、東北大学大学院法学研究科私法専攻修士課程修了、1973年東北大学大学院法学研究科博士課程中途退学、同年福島大学講師、1980年青山学院大学に移籍、青山学院大学法学部・大学院法務研究科教授・法務研究科長を歴任。1986年法学博士(東北大学)、2002年 - 2005年司法試験(民法)考査委員、2004年弁護士登録、同年・本研究科教授(法学部併任)。ロンドン大学高等法学研究所(IALS)などで二度にわたり1年余の在外研究経験がある。所属学会は日本私法学会。
秋本 吉徳(あきもと よしのり、1947年 - 2022年4… 秋本 吉徳(あきもと よしのり、1947年 - 2022年4月21日)は、日本の国文学者。清泉女子大学名誉教授。元駿台予備学校古文科講師。元東大進学塾エミール古文科講師。
多和田 眞一郎(たわた しんいちろう、1947年 - 202… 多和田 眞一郎(たわた しんいちろう、1947年 - 2026年5月15日)は、日本の言語学者(日本語学、歴史言語学)、広島大学名誉教授。 沖縄(県)生まれ、宜野湾市出身。1970年静岡大学人文学部卒業。1972年東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了、同博士課程進学。1973年(韓国)延世大学韓国語研究所留学。78年都立大学大学院博士課程退学(単位取得)。95年「外国資料を中心とする沖縄語の音声・音韻に関する歴史的研究」で博士(学術)。東京外国語大学外国語学部附属日本語学校講師、1985年広島大学教育学部助教授、90年教授(留学生センター、教育学研究科)。2012年定年退任、名誉教授。1984年「琉球方言の音韻史的研究」で沖縄文化協会賞(金城朝永賞)受賞。
川上 康男(かわかみ やすお、1946年12月21日 - )… 川上 康男(かわかみ やすお、1946年12月21日 - )は、日本の実業家である。株式会社長府製作所代表取締役会長、サンポット株式会社取締役、下関商工会議所会頭、山口県商工会議所連合会会頭。 1946年、長府製作所の実質的創業者である川上米男の四男として山口県下関市に生まれる。静岡大学工学部を卒業後、1971年に長府製作所に入社。その後、取締役営業所長や取締役宇都宮工場長を歴任し、1997年12月9日に代表取締役社長に就任。社長在任中には、東証一部上場を果たし、暖房機器メーカーのサンポットを子会社化するなど会社を大きく成長させた。2012年3月23日付で代表取締役会長に就いた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
百地 章(ももち あきら、1946年10月4日 - )は、日… 百地 章(ももち あきら、1946年10月4日 - )は、日本の法学者(憲法学)。 博士(法学)(京都大学・論文博士・1993年)。日本大学名誉教授。国士舘大学特任教授。
三村 益一郎(みむら ますいちろう、1946年(昭和21年)… 三村 益一郎(みむら ますいちろう、1946年(昭和21年)4月3日 - )は、日本の実業家である。日本ビクター(現:JVCケンウッド)取締役の後、第5代アドテック代表取締役社長。岡山県出身。 1946年(昭和21年)岡山県に生れる。その後、地元の岡山県立高梁高校へ進学する。同期には、JR北海道社長をつとめた小池明夫、画家の平松利昭、最高裁判所司法研修所教官・電通監査役を務める濱田俊郎がいる。1965年(昭和40年)同校を卒業し、静岡大学工学部へ進学する。1969年(昭和44年)同校を卒業し、就職する。 1969年4月、日本ビクターへ入社する。その後、順調に出世していき、1995年(平成7年)4月にカーエレクトロニクス事業副部長に就任する。
弓削 繁(ゆげ しげる、1946年 - )は、国文学者。学位… 弓削 繁(ゆげ しげる、1946年 - )は、国文学者。学位は、文学博士(名古屋大学・論文博士・2001年)。岐阜大学名誉教授。 1969年静岡大学人文学部国文科卒。1974年名古屋大学大学院文学研究科国文学博士課程満期退学。1975年聖徳学園岐阜教育大学講師、1978年山口大学講師、1980年助教授、1986年岐阜大学助教授、1992年教授。2001年「六代勝事記の成立と展開」で名古屋大学より文学博士の学位を取得。2012年に岐阜大学を定年退任、名誉教授。
赤堀 侃司(あかほり かんじ、1944年7月21日 - )は… 赤堀 侃司(あかほり かんじ、1944年7月21日 - )は、日本の教育工学者。東京工業大学名誉教授。日本教育情報化振興会名誉会長。元日本教育工学会会長。 広島県呉市生まれ。1967年静岡大学理学部物理学科卒業。1969年東京工業大学大学院理工学研究科物理学専攻修了、理学修士。1989年東京工業大学工学博士。 静岡県立清水南高等学校教諭、東京学芸大学講師、同助教授、東京工業大学助教授、同教授、同名誉教授、白鷗大学理事・教授・教育学部長、国連大学高等研究所客員教授、コンピュータ教育開発センター理事長等を歴任。 2005年日本教育工学会会長。2012年日本教育情報化振興会会長。2015年ICT CONNECT21(みらいのまなび共創会議)会長。
小和田 哲男(おわだ てつお、1944年〈昭和19年〉2月1… 小和田 哲男(おわだ てつお、1944年〈昭和19年〉2月1日 - )は、日本の歴史学者、文学博士。静岡大学名誉教授。日本城郭協会理事長。岐阜関ケ原古戦場記念館館長。研究分野は、日本中世史、特に戦国時代史、後北条氏、今川氏。 静岡県静岡市生まれ、東京都育ち。家族や親戚から「母方の先祖が武田家臣の馬場信春だ」と聞かされて育った。自身のYouTubeチャンネルでの発言によると、母親の旧姓が馬場であり、実家の家系図によると馬場信春の弟の家系ではないか、とのこと。幼稚園から父親の仕事のために東京で育ち、小さな頃から皇居(江戸城)を目の当たりにしていたことで城への興味が沸いたと述べている。 東京都内の千代田区立番町小学校、千代田区立麹町中学校、城北高校を経て早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業、1972年同大学院文学研究科博士課程満期退学。
興 直孝(おき なおたか、1944年 - )は、日本の科学技… 興 直孝(おき なおたか、1944年 - )は、日本の科学技術技官。内閣府政策統括官や、広島大学理事・副学長、静岡大学学長、日本海洋科学振興財団理事長等を歴任した。 島根県松江市で高等学校教員の家に生まれる。島根県立松江高等学校を経て、1967年静岡大学工学部工業化学科卒業。1969年東北大学大学院理学研究科化学専攻修士課程修了、科学技術庁入庁、原子力局調査課配属。1981年外務省在オーストリア日本国大使館一等書記官。1992年科学技術庁長官官房会計課長。1994年科学技術庁長官官房審議官(原子力局担当)。1998年科学技術庁長官官房長。1999年科学技術庁原子力局長。2000年科学技術庁科学技術振興局長。
金子 雅臣(かねこ まさおみ、1943年10月8日 - )は… 金子 雅臣(かねこ まさおみ、1943年10月8日 - )は、労働ジャーナリスト。 新潟県出身。静岡大学文理学部卒業後、東京都庁入庁。東京都職員として労働相談を担当するかたわら、豊富な経験を生かして労働問題を扱う社会派のルポライターとして活躍した。日本の「ホームレス」「パワーハラスメント」問題を提起し、東京都の設置した「セクハラ相談窓口」での経験をもとに、セクシャルハラスメントの解決にも取り組む。 著書に、『裁かれる男たち—告発の行方』(明石書店)、『ホームレスになった-大都会を漂う』(ちくま文庫)、『パワーハラスメント何でも相談』(日本評論社)、『労働相談(裏)現場レポート』(築地書館)、『職場のモンスター』(マイコミ新書)などがある。
陽 捷行(みなみ かつゆき、1943年〈昭和18年〉6月8日… 陽 捷行(みなみ かつゆき、1943年〈昭和18年〉6月8日 - )は、日本の農林水産技官、農学博士。農林水産省農業環境技術研究所所長、農業環境技術研究所理事長、北里大学副学長、アイオワ州立大学客員教授等を歴任した。公益財団法人 農業・環境・健康研究所副理事長。 山口県萩市生まれ。1966年静岡大学農学部(農芸化学)卒業。1971年東北大学大学院農学研究科博士課程修了、農林省入省、東海近畿農業試験場配属。1977年アイオワ州立大学客員教授。1987年農林水産省農業環境技術研究所影響調査研究室長。1990年(平成2年)農林水産省農業環境技術研究所資源生態管理科長。1994年国際農林水産業研究所環境資源部長。
遠藤 和良(えんどう かずよし、1943年(昭和18年)5月… 遠藤 和良(えんどう かずよし、1943年(昭和18年)5月9日 - )は、日本の政治家。元公明党衆議院議員(6期)。
今村 楯夫(いまむら たてお、1943年4月 - )は、日本… 今村 楯夫(いまむら たてお、1943年4月 - )は、日本のアメリカ文学者、翻訳家。東京女子大学名誉教授。 静岡県生まれ。1966年静岡大学教育学部英語科卒業。1975年ニューヨーク州立大学ビンガムトン校大学院比較文学博士課程中退。和洋女子大学助教授をへて、1987年東京女子大学教授。1992年日本ヘミングウェイ協会を設立し、2001年会長。
長谷川 房彦(はせがわ ふさひこ、1943年 - )は、株式… 長谷川 房彦(はせがわ ふさひこ、1943年 - )は、株式会社アドテックス(破産)の創業者・元代表取締役会長である。大阪府出身。 1968年3月 静岡大学工学部機械工学科卒業。1968年4月 株式会社日立製作所入社。1969年8月 同社退職。 1969年8月 日本アイ・ビー・エム株式会社入社。1990年1月 日本アイ・ビー・エム株式会社、藤沢工場副工場長。1991年1月 日本アイ・ビー・エム株式会社、藤沢工場SSD(ストレージシステムディビジョン)工場長、ワールドワイド製造統括部長。 1993年6月 日本アイ・ビー・エム株式会社、海外事業本部長に就任。1993年7月 株式会社アドテックス設立、日本アイ・ビー・エム株式会社から出向する形で代表取締役社長に就任。
本多 義弘(ほんだ みちひろ、1942年10月13日- )… 本多 義弘(ほんだ みちひろ、1942年10月13日- )は、日本の経営者。日立金属社長、会長を務めた。岡山県出身。 1965年に静岡大学工学部工業化学科を卒業し、同年に日立金属に入社した。1995年6月に取締役に就任し、1999年6月に常務に就任し、2003年6月には社長に昇格した。2006年6月から2010年4月までに会長を務めた。
土屋 基規(つちや もとのり、1942年8月26日 - 20… 土屋 基規(つちや もとのり、1942年8月26日 - 2018年7月6日)は、日本の教育行政学者、神戸大学名誉教授。 静岡県賀茂郡西伊豆町生まれ。1967年静岡大学教育学部卒業。1974年東京大学大学院教育学研究科博士課程教育行政学専攻単位取得満期退学。1975年神戸大学教育学部講師、助教授、1991年教授となり、1992年発達科学部教授。2006年神戸大学を定年退職、名誉教授となり、近畿大学生物理工学部教授を務め、2009年退職。2011年宝塚医療大学教授、2015年退任。
本多 隆成(ほんだ たかしげ、1942年 - 2026年3月… 本多 隆成(ほんだ たかしげ、1942年 - 2026年3月1日)は、日本の歴史学者。静岡大学名誉教授。 大阪市生まれ。大阪府立東淀川高等学校卒業。1967年(昭和42年)大阪大学文学部卒業。1973年大阪大学大学院博士課程中退、静岡大学人文学部講師。同助教授を経て、同教授。1989年(平成元年)「東海地域における近世初期社会の基礎構造」で大阪大学文学博士。2008年定年退官、静岡大名誉教授、放送大学静岡学習センター所長。2013年退任。2026年3月1日、静岡市内の病院で逝去した
大橋 一彦(おおはし かずひこ、1941年10月10日 - … 大橋 一彦(おおはし かずひこ、1941年10月10日 - )は、日本の経営者。フジクラ社長を務めた。静岡県出身。 1965年に静岡大学工学部を卒業し、同年に藤倉電線(現在のフジクラ)に入社。1997年6月に取締役に就任し、1999年6月に常務を経て、2005年4月には社長に就任。2009年4月に会長を経て、2011年4月に相談役に就任。2016年4月に名誉顧問。 2022年4月に旭日中綬章を受章。
清水 真砂子(しみず まさこ、旧字体: 淸水 眞砂子、194… 清水 真砂子(しみず まさこ、旧字体: 淸水 眞砂子、1941年<昭和16年>5月27日 - )は、日本の翻訳家・児童文学研究者。青山学院女子短期大学名誉教授。 アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』の翻訳で知られ、児童文学に関する評論・著作も多い。 1941年、朝鮮北部に生まれる。1946年春、両親の故郷である静岡県掛川に引き揚げた。 静岡大学教育学部卒業後、静岡県立高校で英語教諭を9年間務めたのち、1976年4月から2010年3月まで青山学院女子短期大学の専任教員を務め、退職後は名誉教授となった。 1968年から児童文学の翻訳および評論の仕事を始め、1974年に評論「石井桃子論」で第7回日本児童文学者協会新人賞を受賞した。
関根 賢司(せきね けんじ、1940年5月26日 - )は、… 関根 賢司(せきね けんじ、1940年5月26日 - )は、日本の日本古典学者。静岡大学教授等を歴任。 埼玉県出身。埼玉県立浦和高等学校を経て、1964年國學院大學文学科卒業、1970年同大学院博士課程中退、昭和学院短期大学専任講師、1974年助教授、1975年琉球大学法文学部助教授、1993年樟蔭女子短期大学教授、2000年静岡大学教授、2006年定年退任。物語研究会創設メンバーのひとり。
草間 三郎(くさま さぶろう、1939年10月12日 - )… 草間 三郎(くさま さぶろう、1939年10月12日 - )は、セイコーエプソンの元代表取締役社長、会長。愛知県半田市生まれ。 愛知県立半田高等学校を経て、1963年に静岡大学工学部電子工学科卒業後、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)入社。 半導体事業本部長、常務取締役、専務取締役、代表取締役副社長を経て、2001年に代表取締役社長、2005年に代表取締役会長就任。2016年11月、旭日中綬章を受章。
木村 栄一(木村 榮一、きむら えいいち、1938年 - )… 木村 栄一(木村 榮一、きむら えいいち、1938年 - )は、日本の薬学者・化学者(専門は生物有機科学)。静岡大学理学部客員教授、広島大学医学部名誉教授、元日本薬学会会頭。 1957年(昭和32年)、静岡県立静岡高等学校卒業、東京大学薬学部卒業、同大学院修士修了後、フルブライト留学生としてNorth Carolina州立大大学院博士課程入学、化学系Ph.D(博士)取得。帰国後、広島大学医学部総合薬学科に着任、同活性構造化学講座教授。2002年(平成14年)、同大学定年退職、医学部名誉教授。2003年(平成15年)度日本薬学会会頭、2004年(平成16年)、紫綬褒章、2014年(平成26年)度春、瑞宝中綬章受章。
田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日… 田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日本の歴史学者、日本史研究者、静岡大学名誉教授。
青島 三郎(あおしま さぶろう、1937年-2001年)は、… 青島 三郎(あおしま さぶろう、1937年-2001年)は、日本の油彩画家。青島左門は息子。 2001年、フィンランドGALERIE NOVO、VIITASAARIのARTPORTにて遺作展。 ※フィンランド ヘルシンキ中央駅
喜多尾 道冬(きたお みちふゆ、1936年12月1日 - )… 喜多尾 道冬(きたお みちふゆ、1936年12月1日 - )は、日本のドイツ文学者、音楽評論家。中央大学名誉教授。 和歌山県出身。1955年、静岡県立静岡高等学校卒業。静岡大学文理学部独文科卒業。1962年、東京大学大学院修士課程修了。静岡大学講師、助教授、東京教育大学助教授、中央大学経済学部助教授、教授。2007年、定年退職。中央大学名誉教授。1990年ごろから『レコード芸術』などに音楽評論を執筆。クラシック音楽関係の翻訳多数。
巣山 靖司(すやま やすじ、1936年8月2日 -2025年… 巣山 靖司(すやま やすじ、1936年8月2日 -2025年10月16日 )は、日本の国際政治学者。大阪外国語大学名誉教授。 1936年(昭和11年)長野県北安曇郡池田町生まれ。長野県松本県ヶ丘高等学校を経て、1961年(昭和36年)静岡大学文理学部法学科卒業。1967年(昭和42年)名古屋大学大学院法学研究科博士課程終了。守本順一郎に師事した。大阪外国語大学外国語学部助教授、教授を務めた後、定年退官。大阪外国語大学名誉教授。名古屋経済大学大学院教授。 その後、NPO法人新いちょう大学校理事長を務めた。 2016年11月、瑞宝中綬章を受章。 2025年10月16日、満89歳にて逝去。
山口 幸洋(やまぐち ゆきひろ、1936年(昭和11年)1月… 山口 幸洋(やまぐち ゆきひろ、1936年(昭和11年)1月26日 - 2014年(平成26年)4月24日)は日本の方言学者。元・静岡大学教授。博士(文学)(大阪大学、1999年)。 静岡県新居町生まれ。1954年に静岡県立浜松商業高等学校を卒業した後、プロパンガス販売の自営業に従事する傍ら、日本全国の方言を調査研究する。1985年、「新居町の方言体系」(『新居町史』第3巻所収)で第4回新村出賞受賞。1992年、静岡大学人文学部講師。1998年、同大学を教授で退官。 日本語の方言、とりわけ静岡県の方言を専門としている。また、東京式アクセントの成立過程に関して、従来説とは異なる新たな見解を提唱している(東京式アクセント#歴史参照)。
小楠 和正(おぐす かずまさ。1936年(昭和11年) - … 小楠 和正(おぐす かずまさ。1936年(昭和11年) - )は、日本の歴史学者郷土史家。静岡大学教育学部卒、公立中学校教諭を経て、浜松市中央図書館非常勤職員。静岡県浜松市出身。徳川家康の研究家としては、浜松市の第一人者とされている。 浜松市周辺の郷土史を専門としており、複数の著作を発表し、講演も行っている。また、NHKの歴史番組制作にも資料調査の面から協力したことがある。
倉智 恒夫(くらち つねお、1936年 - 2025年8月1… 倉智 恒夫(くらち つねお、1936年 - 2025年8月10日[要出典])は、日本のフランス文学者、比較文学者。千葉大学名誉教授。フランス世紀末文学を専攻。マリオ・プラーツ『肉体と死と悪魔』の訳で知られる。 東京出身。静岡大学卒、1960年東京大学大学院比較文学比較文化入学、1963年修士課程修了、静岡大学助教授を経て千葉大学教授を務め、2002年定年退官、川村学園女子大学教授を2007年まで務めた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
堀田 哲爾(ほった てつじ、1935年8月2日 - 2012… 堀田 哲爾(ほった てつじ、1935年8月2日 - 2012年7月23日)は、日本のサッカー指導者。「清水サッカーの生みの親」といわれ、静岡県のサッカー普及に大きな足跡を残した。 1935年(昭和10年)に生まれる。生家は静岡市(現・静岡市葵区)の華陽院 (寺院)。7人兄弟の5番目(四男)。 小学生時代は野球をやり、当初は外野手、後に捕手を担当した、中学生よりサッカーを始める。静岡大学教育学部短期大学部を卒業。1956年に清水市立江尻小学校(現・静岡市立清水江尻小学校)に教師として赴任。同校に日本で初めてとなる小学生サッカーチームを創部。1964年に同チームを「江尻サッカースポーツ少年団」に組織変更。
影山 昇(かげやま のぼる、1935年6月5日 - )は、日… 影山 昇(かげやま のぼる、1935年6月5日 - )は、日本の教育学者、東京水産大学名誉教授。 1935年、静岡市生まれ。1954年、静岡県立静岡高等学校卒業。静岡大学教育学部小学校教員養成課程卒業、東京大学大学院教育学研究科博士課程中退。群馬県、静岡県の中学校・高校教諭を経て、1979年、愛媛大学教授、1984年、東京水産大学教授。1996年、「人物による水産教育史研究」で東京水産大学博士(水産学)。1999年、定年退官、名誉教授。その後、成城大学文芸学部で非常勤講師を務めた。 2015年春の叙勲で瑞宝中綬章受章。
戸田 昌男(とだ まさお、1935年4月2日 - 2007年… 戸田 昌男(とだ まさお、1935年4月2日 - 2007年3月25日)は、スズキの第5代代表取締役社長。愛知県新城市生まれ。 1958年に静岡大学工学部機械工学科卒業後、鈴木自動車工業(現・スズキ)に入社。 特機設計部長や四輪エンジン第二設計部長、常務取締役、専務取締役、取締役副社長を経て、2000年6月に代表取締役社長に就任し、2003年3月まで務めた。 2007年、急性腎不全のため死去。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
原 秀三郎(はら ひでさぶろう、1934年10月26日- )… 原 秀三郎(はら ひでさぶろう、1934年10月26日- )は、日本の歴史学者。静岡大学名誉教授。日本古代史専攻。 1934年、静岡県下田市に生まれた。 1953年3月、静岡県立下田北高等学校を卒業。静岡大学文理学部史学専攻で学び、内藤晃に考古学や日本史を学んだ。1958年3月、同大学を卒業。京都大学大学院文学研究科に進み、岸俊男に師事。1965年3月に博士課程国史学専攻を満期退学した。 その後は奈良国立文化財研究所に研究員として勤務。1989年、学位論文『日本古代国家史研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得。静岡大学人文学部助教授となり、後に教授昇格。1998年に静岡大学を退官し、名誉教授となった。
和田 八束(わだ やつか、1934年3月10日 - )は、日… 和田 八束(わだ やつか、1934年3月10日 - )は、日本の経済学者。立教大学名誉教授。専門は、財政学・税制論。東京都生まれ。