池田 克彦(いけだ かつひこ、1953年(昭和28年)2月1… 池田 克彦(いけだ かつひこ、1953年(昭和28年)2月12日 - )は、日本の警察官僚。初代原子力規制庁長官。第88代警視総監。 1953年、兵庫県神戸市出身。甲陽学院中学校・高等学校を経て、1976年京都大学法学部卒業。 大学在学中に大学紛争を目の当たりにし、「正義の味方になりたい」と思い、1976年に警察庁に入庁。警視庁総務部広報課長、警備第一課長時代には、読売新聞記者であった作家堂場瞬一から取材を受けていた。 警察官僚としては主に交通警察、警備警察の分野を中心に歩む。大阪府警察本部警備部長時代の1995年1月に阪神・淡路大震災に遭遇し、兵庫県警察本部と連携して事後処理にあたった。また警察庁警備局長在任中には、2008年7月の第34回主要国首脳会議(北海道・洞爺湖サミット)警備の指揮を執っている。
松井 一實(まつい かずみ、1953年〈昭和28年〉1月8日… 松井 一實(まつい かずみ、1953年〈昭和28年〉1月8日 - )は、日本の政治家、厚生労働官僚。広島県広島市長(4期)、全国市長会会長(第31代)。 広島県広島市東区牛田出身。広島市立牛田小学校、広島市立牛田中学校、広島市立基町高等学校、京都大学法学部卒業。1976年、労働省入省。同期に金子順一元厚生労働事務次官、井原勝介元岩国市長など。本省勤務の他、在英国日本国大使館で一等書記官を務めた。同期の金子官房長の部下として官房総括審議官を務めたのち、2008年、中央労働委員会事務局長を最後に退官した。 広島市議会には元々自由民主党系会派が複数(「自由民主党・保守クラブ」「市政改革・地域デザイン・無党派クラブ」「爽志会」)存在し、広島市長選挙への対応をめぐっては各会派の対応が分かれ、保守票が分裂した結果、革新系の秋葉忠利市長に三連敗していた。
細野 哲弘(ほその てつひろ、1952年12月14日 - )… 細野 哲弘(ほその てつひろ、1952年12月14日 - )は、日本の通産官僚、経営者。株式会社JECC代表取締役社長、中東調査会常任理事。岐阜県出身。過去に、資源エネルギー庁長官、特許庁長官を歴任。
縄田 修(なわた おさむ、1952年11月 - )は、日本の… 縄田 修(なわた おさむ、1952年11月 - )は、日本の警察官僚。大阪府警察本部長などを歴任。 東京都出身。甲陽学院高等学校を経て(52回卒)、京都大学法学部卒業。 1975年警察庁入庁。高知県警察本部長、警視庁刑事部長、警察庁長官官房首席監察官などを歴任し、2005年7月から警察庁刑事局長を務めた。2007年9月3日大阪府警察本部長就任。2009年3月31日退官。 大阪府警察本部刑事部捜査第二課長時代に豊田商事事件を担当し、印象深い事件として述懐している。
中島 正弘(なかじま まさひろ、1952年8月26日 - )… 中島 正弘(なかじま まさひろ、1952年8月26日 - )は、日本の建設官僚。第2代福島復興再生総局事務局長、内閣官房参与、復興庁顧問、第2代復興庁事務次官、独立行政法人都市再生機構理事長を歴任。 兵庫県出身。1975年、京都大学経済学部を卒業、旧建設省に入省。 都市局都市再開発課再開発融資専門官、都市局都市計画課長補佐(企画)、大臣官房文書課建設専門官、大臣官房人事課建設専門官兼大塚建設大臣秘書官(事務担当)、茨城県企画部長、建設経済局建設業課長、国土交通省大臣官房参事官(人事担当)、大臣官房人事課長、総合政策局政策課長、河川局次長、都市・地域整備局長、国土政策局長などを経て、2011年9月16日、総合政策局長に就任。
髙橋 賢二(たかはし けんじ、1952年4月8日 - )は日… 髙橋 賢二(たかはし けんじ、1952年4月8日 - )は日本の農水官僚。 愛媛県出身。京都大学経済学部卒業後、農林省入省。農林水産技術会議事務局長を最後に退職し、農畜産業振興機構副理事長、日本食肉流通センター理事長などを務めた。
木村 良樹(きむら よしき、1952年1月11日 - )は、… 木村 良樹(きむら よしき、1952年1月11日 - )は、日本の元政治家、元自治官僚。和歌山県知事在職中和歌山県談合事件で逮捕・起訴され辞職した。 大阪府池田市出身。大阪府立北野高等学校を経て京都大学法学部を卒業後、旧自治省に入省した。国家公務員や地方公務員、大阪府副知事・知事職務代理者を経て、2000年に行われた和歌山県知事選に出馬し初当選した。 近年では、いわゆる「改革派知事」の一人として全国に向けて積極的に県政改革をアピールしていた。だが、2006年10月に和歌山県発注の国道371号線トンネルの工事をめぐる談合事件で、側近の出納長や親友の元ゴルフ場経営者が競売入札妨害(談合)容疑で逮捕されるなど、官製談合への自身の関与が取り沙汰された。
松本 正夫(まつもと まさお、1951年7月7日 - )は、… 松本 正夫(まつもと まさお、1951年7月7日 - )は、日本の郵政・総務官僚。衛星通信の専門家として知られ、総務省大臣官房 技術総括審議官などを歴任した。 1951年、長崎県で生まれた。長崎県立島原高等学校を経て、京都大学工学部に進学。同大学大学院工学研究科に進み、修士課程を修了。パデュー大学への留学経験もある。 1976年に郵政省入省。「さくら3号」など多くの衛星事業に携わり、省内きっての衛星通信のエキスパートとして知られた。1985年11月からは防衛庁装備局に出向し、通信課において、海上自衛隊の衛星通信の導入を担当した。使用する周波数の決定や衛星本体の性能決定、軌道位置確保のための国際調整、衛星打ち上げ後の管理体制など、郵政省の支援と協力なくしては成り立たない問題を次々と処理していった。
米村 敏朗(よねむら としろう、1951年(昭和26年)4月… 米村 敏朗(よねむら としろう、1951年(昭和26年)4月26日 - )は、日本の警察官僚。第87代警視総監、第17・18代内閣危機管理監を経て、内閣官房参与(第2次安倍内閣)。 兵庫県西宮市生まれ。熊本県出身。京都大学法学部卒業。1974年、警察庁入庁。警務局人事課配属。 主に警備公安畑を歩み、外務省出向(在ユーゴスラビア連邦大使館1等書記官)も経験。 警視庁では、警備部第2機動隊長、神田警察署長、警備部警備第1課長、警務部人事第1課長、公安部長、副総監を歴任。警視庁幹部在任中はJR浦和電車区事件や松崎明によるJR東日本労組組合費横領疑惑に関するJR東日本への強制捜査に反対した。 2003年に警察庁長官官房審議官(警備局担当)に就任し拉致問題を担当。
阿曽沼 慎司(あそぬま しんじ、1951年〈昭和26年〉3月… 阿曽沼 慎司(あそぬま しんじ、1951年〈昭和26年〉3月5日 - )は、日本の厚生・厚生労働官僚。 広島県出身。広島学院高等学校を経て、1974年(昭和49年)3月、京都大学経済学部を卒業。 京都大学在学中、大学院に進学して研究者になる道を考えていたが、下宿先の仲間6人のうち5人が医学部の学生であったことから、自身も患者の立場に立った医療行政に携わりたいと思い立ち、厚生省への入省を志望。1973年(昭和48年)8月、国家公務員採用上級甲種試験(経済)に合格。翌1974年(昭和49年)4月、厚生省に入省し、厚生省大臣官房人事課に配属。 厚生省大臣官房総務課広報室長、同老人保健福祉部老人福祉課シルバーサービス指導官、同政策課企画官、年金局年金課長、薬務局経済課長、健康政策局経済課長、同総務課長、厚生労働省大臣官房会計課長、同審議官(医薬保険・医政担当)などを歴任。
二宮 茂明(にのみや しげあき、1951年2月18日 - )… 二宮 茂明(にのみや しげあき、1951年2月18日 - ) は、日本の大蔵省・財務省に勤務した官僚。愛媛県出身。 愛光高等学校を経て、1973年に京都大学経済学部を卒業した。 卒業と同年4月に大蔵省に入り、1990年に東京国税局査察部長、1992年に国税庁課税部酒税課長など、税務関連の役職を歴任した。1995年6月から銀行局保険部保険第一課長、1997年には北陸財務局長を務めた後、1998年に日本たばこ産業に出向する。 2000年に大蔵省大臣官房参事官兼内閣審議官(内政審議室)として復帰。以後財務省への省庁再編後は2001年から関東財務局長を務めた。 2002年7月に国民生活金融公庫の理事に転じる。
野津 研二(のづ けんじ、1950年9月5日 - )は日… 野津 研二(のづ けんじ、1950年9月5日 - )は日本の防衛官僚。 大阪府出身。灘高等学校、京都大学法学部卒業後の1973年防衛庁入庁。1978年装備局航空機課部員。経理局会計課予算決算班などを経て1989年資源エネルギー庁の備蓄課長。1992年防衛局運用課長、1997年長官官房総務課長などを歴任。2003年防衛施設庁次長、2004年管理局長。2006年辞職。
山本 信一郎(やまもと しんいちろう、1950年(昭和25年… 山本 信一郎(やまもと しんいちろう、1950年(昭和25年)8月23日 - )は、日本の自治・総務官僚。内閣府事務次官、宮内庁次長、宮内庁長官を歴任。 福井県今立郡池田町出身。1969年(昭和44年)福井県立藤島高等学校卒業。1973年(昭和48年)京都大学法学部卒業、同年自治省入省。2008年(平成20年)7月から2009年(平成21年)7月まで内閣府事務次官を務めた。のち消防試験研究センター理事長。 2016年(平成28年)7月13日にされた「天皇陛下(現在の上皇)には、次期皇位継承者である皇太子徳仁親王殿下(現在の天皇)へ譲位のご意向を示されている」という報道について、宮内庁次長(当時)として「報道されたような事実は一切ない。
坪香 伸(つぼか しん、1950年または1951年 - )は… 坪香 伸(つぼか しん、1950年または1951年 - )は、日本の国土交通・環境技官。東北地方整備局長、国土技術政策総合研究所長、日本建設情報総合センター理事を歴任。瑞宝中綬章受章。 1976年 (昭和51年) 3月 京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修了。同年 建設省入省、1988年 奈良県河川課長、1991年 (平成3年) 4月 近畿地方建設局 (現・近畿地方整備局) 姫路 工事事務所長、19947月 同局企画部調査官、1995年 建設省河川局防災・河岸課海洋開発官、1997年 近畿地方建設局淀川工事事務所長、1999年 同河川部長、2004年1月 同職を宮本博司と交代し岡山和生の後任として河川局河川環境課長、2005年8月 環境省環境管理局水環境部長、大臣官房審議官、2006年7月 森永教夫の後任として国土交通省東北地方整備局長、2007年10月 同職を久保田勝と交代し望月常好の後任として国土技術政策総合研究所長。
森信 茂樹(もりのぶ しげき、1950年(昭和25年) )は… 森信 茂樹(もりのぶ しげき、1950年(昭和25年) )は、日本の財務官僚。中央大学大学院法務研究科教授。東京財団上席研究員。元財務省財務総合政策研究所長。大阪大学博士(法学)。
山田 敏雅(やまだ としまさ、昭和24年(1949年)9月8… 山田 敏雅(やまだ としまさ、昭和24年(1949年)9月8日 ‐ )は、日本の政治家、実業家、通産官僚。元衆議院議員(1期)。 広島県福山市出身。京都大学工学部卒業、東京大学工学部大学院修了後、通産省入省。 2000年6月25日の第42回衆議院議員総選挙に民主党から立候補し、広島7区では自民党の宮澤洋一に敗れ落選したものの、比例中国ブロックで復活し、初当選した。 2003年、7月27日告示・8月3日投票の広島県福山市長選挙に立候補し、衆議院議員を失職。立候補に際し、民主党を離党した。しかし、三好章市長(2004年辞職直後に逝去)に敗れ、落選。同年の第43回衆議院議員総選挙にも無所属で立候補したが落選した。
望月 晴文(もちづき はるふみ、1949年7月26日 - )… 望月 晴文(もちづき はるふみ、1949年7月26日 - )は、日本の経産官僚。現在は、東京中小企業投資育成代表取締役社長、日立製作所取締役会議長。内閣官房参与 経済産業事務次官、資源エネルギー庁長官、中小企業庁長官などを歴任。 神奈川県出身。栄光学園高校を経て、京都大学法学部に進学。1973年に京大卒業後、通商産業省に入省。入省同期には鈴木隆史(特許庁長官)がおり、京大かでは語学のクラスから民法のゼミまで机を並べた間柄である。その他の入省同期には、東大紛争による東大入試中止の年度に当たるため、望月・鈴木のほかに小川洋(特許庁長官から内閣広報官)なども京大出身にあたる。他に豊田正和(経済産業審議官)、松島茂(東京理科大専門職院・法大経営学部教授、中部通産局長)、大井篤などがいる。
鈴木 隆史(すずき たかし、1949年6月21日 - )は、… 鈴木 隆史(すずき たかし、1949年6月21日 - )は、日本の通産官僚、弁護士。大阪府出身。一般財団法人工業所有権協力センター理事長、特許庁長官、経済産業政策局長、経済産業省大臣官房長、貿易経済協力局長等を歴任。 大阪府立大手前高等学校を経て、京都大学法学部に進み、在学中に司法試験合格。卒業後、通商産業省に入省。同期入省には、通商産業事務次官の望月晴文、同じく特許庁長官となった小川洋らがいる。その他に、北爪由紀夫(駐カタール大使、日本貿易保険理事、特許庁総務部長、東北大法卒)、羽山正孝(サハリン石油ガス開発社長、中小企業庁次長、京大法卒)、大井篤など。 大臣官房長、経済産業政策局長といった経済産業省の主流の役職を歴任し、事務次官の最有力候補と目されて、同期の望月と次官の座を争ったが、望月が資源エネルギー庁長官から次官へと異例の抜擢を受け、鈴木は特許庁長官に転ずることとなった。
山田 孝夫(やまだ たかお、1949年5月29日 - 202… 山田 孝夫(やまだ たかお、1949年5月29日 - 2021年2月16日)は、日本の大蔵官僚。 静岡市出身。静岡県立静岡高等学校、京都大学法学部卒業。1973年 大蔵省入省(主税局国際租税課)。1978年7月 大館税務署長。1995年6月 造幣局東京支局長。1996年7月12日 四国財務局長。1998年7月1日 北陸財務局長。1999年7月8日 横浜税関長。2001年7月10日 退官。同年7月24日 自動車安全運転センター理事(〜2007年3月31日)。2007年4月 独立行政法人住宅金融支援機構監事。2021年2月16日 死去。 同期に金田勝年(法務大臣、外務副大臣)、佐藤隆文(日本取引所自主規制法人理事長、金融庁長官)、牧野治郎(国税庁長官)、井戸清人(日本銀行理事)、新井将敬(衆議院議員)、加藤秀樹(内閣府行政刷新会議事務局長、(公財)東京財団理事長)、花角和男(税務大学校長、総務省人事・恩給局次長)、東正和(さわやか信用金庫専務理事(代表理事)、東京国税局長、国税庁調査査察部長、関東信越国税局長)、塚原治(国際空港上屋会長、同社長、アジア開発銀行理事)らがいる。
小川 洋(おがわ ひろし、1949年〈昭和24年〉5月17日… 小川 洋(おがわ ひろし、1949年〈昭和24年〉5月17日 - 2021年〈令和3年〉11月2日)は、日本の通産・経産官僚、政治家。特許庁長官、知的財産戦略推進事務局長、内閣広報官、福岡県知事(公選第17・18・19代)を歴任した。 福岡県福岡市早良区出身。福岡市立西新小学校、福岡市立百道中学校、福岡県立修猷館高等学校を経て、1973年京都大学法学部卒業後、通商産業省に入省。同期入省には、経済産業事務次官の望月晴文、後に同じく特許庁長官となった鈴木隆史らがいる。 特許庁長官をもって退官。2007年11月に福田内閣で内閣広報官に就任。麻生内閣、政権交代後の鳩山内閣、菅内閣でも引き続き務めた。 2011年2月11日、同年4月10日執行の福岡県知事選挙への立候補を表明。
吉田 岳志(よしだ たけし、1949年(昭和24年) - )… 吉田 岳志(よしだ たけし、1949年(昭和24年) - )は、日本の農林官僚。農林水産省大臣官房技術総括審議官。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
田原 文夫(たはら ふみお、1948年8月7日 - )は、日… 田原 文夫(たはら ふみお、1948年8月7日 - )は、日本の農水官僚。 京都大学法学部卒業後、1972年農林省入省。秘書課監査官、食糧庁の課長補佐を経て静岡県に出向。1987年大臣秘書官事務取扱。1989年水産庁企画課長。競馬監督課長等を経て2000年大臣官房総務審議官。大臣官房長から水産庁長官。次期事務次官ともいわれたが、2005年に辞職。
倉澤 豊哲(くらさわ とよあき、1948年(昭和23年)1月… 倉澤 豊哲(くらさわ とよあき、1948年(昭和23年)1月21日 - 2019年(平成31年)2月27日)は、日本の警察官僚。元近畿管区警察局長。位階は従四位。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、警察に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。
吉田 和男(よしだ かずお、1948年1月10日 - )は、… 吉田 和男(よしだ かずお、1948年1月10日 - )は、日本の経済学者、元財務官僚。京都産業大学教授。 専門は、数理経済学、公共経済学、財政学、非線形経済学、日本経済論、日本財政論、複雑系経済学、進化経済学、ベンチャー経済論、IT経済論、憲法学、陽明学、哲学など、幅広い分野を研究している。小泉内閣時には竹中平蔵の盟友として活躍した。京都大学経営管理大学院(ビジネススクール)の設立に寄与し、初代院長を務めた。大阪府池田市出身。 啓蒙活動も積極的に行い、非常に多くの著書を出版している。保守的な思想で知られ、新しい歴史教科書をつくる会の賛同者の一人でもある。現在の日本社会を"精神なき社会"として批判し、1996年からは全人格的教育の場として、『伝習録』の読解などを行う陽明学の私塾「桜下塾」を主催する。
小磯 修二(こいそ しゅうじ、1948年(昭和23年) - … 小磯 修二(こいそ しゅうじ、1948年(昭和23年) - )は、日本の北海道開発庁官僚。北海道開発庁企画調整官や、北海道開発局開発計画課長を経て退官後、釧路公立大学学長に就任。退任後、北海道観光振興機構会長を務めた。 大阪府大阪市出身。1972年京都大学法学部卒業。同年、北海道開発庁(現国土交通省北海道局)入庁。1989年同開発企画官。1990年北海道開発庁に新設された国際室長に就任。同官房計画官。同企画調整官、北海道開発局開発計画課長を経て、1999年6月に釧路公立大学地域経済研究センター長に就任。2008年4月より学長に就任し、2012年に釧路公立大学を退官。 2012年4月より北海道大学大学院公共政策学連携研究部附属公共政策学研究センター特任教授を務めたのち、2017年一般社団法人地域研究工房代表理事。
藤井 秀人(ふじい ひでと、1947年12月13日 - )は… 藤井 秀人(ふじい ひでと、1947年12月13日 - )は、日本の財務官僚。主計局長、財務事務次官等を歴任。2007年退官。 松江市立第四中学校、島根県立松江南高等学校卒業。高校の同期だった松浦正敬らと東京大学を受験するも不合格となり、翌年に親戚が京都にいるため京都大学法学部へ入学する。 好きな言葉は五省。趣味は囲碁、読書。好きなスポーツはゴルフ、水泳。家族は夫人と二男。東京都世田谷区代沢在住(いずれも1991年時)。 頭が切れすぎるのが欠点とされている同期の寺澤辰麿に対し、藤井は温厚な人柄からノンキャリア組の人気も高い。その一方で「出世よりギャンブル優先」と言う豪胆さもあり、あだ名は「ジャン助」である。
佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月… 佐藤 信秋(さとう のぶあき、1947年〈昭和22年〉11月8日 - )は、日本の政治家、建設・国土交通官僚(技官)。自由民主党新潟県支部連合会会長。 参議院議員(3期)、参議院決算委員長、同財政金融委員長、同地方創生及び消費者問題に関する特別委員長、同行政監視委員長、同環境委員長、第6代国土交通事務次官、技監、国土交通省道路局長、自由民主党国土強靭化推進本部長などを務めた。学位は工学修士(京都大学・1972年)。 新潟県新潟市出身。1966年、新潟県立新潟高等学校卒業。1970年、京都大学工学部土木工学科卒業。1972年、京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修士課程修了。修士論文ではinteger programming(整数計画問題)を扱った。
新庄 忠夫(しんじょう ただお、1947年(昭和22年)7月… 新庄 忠夫(しんじょう ただお、1947年(昭和22年)7月13日 - )は、日本の農林官僚。元食糧庁次長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
木下 寛之(きのした ひろゆき、1947年6月23日 - )… 木下 寛之(きのした ひろゆき、1947年6月23日 - )は、日本の農水官僚。元農林水産審議官。 1971年、京都大学農学部農業経済学科卒業、農林省に入省する。1989年に水産庁沿岸課長。各課の課長を経て1995年大臣官房予算課長。その後、農産園芸局長、農村振興局長、水産庁長官を経て2003年農林水産審議官となり2006年辞職。
西川 徹矢(にしかわ てつや、1947年〈昭和22年〉6月1… 西川 徹矢(にしかわ てつや、1947年〈昭和22年〉6月1日 - )は、日本の警察・防衛官僚、弁護士(笠原総合法律事務所、登録番号:44254)。防衛庁運用局長、防衛庁人事教育局長、防衛省官房長などを経て、2009年(平成21年)から2011年(平成23年)8月まで、内閣官房副長官補。 大阪府出身。1972年(昭和47年)京都大学法学部を卒業して、警察庁に入庁する。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
深谷 憲一(ふかや けんいち、1947年5月29日 - )は… 深谷 憲一(ふかや けんいち、1947年5月29日 - )は、日本の運輸官僚。海上保安庁長官などを務めた。 群馬県前橋市出身。群馬県立前橋高等学校を経て、1971年に京都大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。1980年より在タイ日本国大使館書記官を務める。1997年に大臣官房審議官、2000年6月に航空局長を歴任し、2002年8月に海上保安庁長官に就任。2004年7月に日本政策投資銀行理事に就任。 2018年11月に瑞宝重光章を受章。
河手 悦夫(かわて えつお、1947年3月27日 - )は日… 河手 悦夫(かわて えつお、1947年3月27日 - )は日本の大蔵官僚。関東財務局長などを務めた。 大阪府大阪市出身(父母は岡山県出身)。大阪府立北野高等学校、京都大学経済学部卒業。1970年 大蔵省入省(銀行局銀行課)。1975年7月 鳴門税務署長。 1989年6月 大阪国税局総務部長。1992年7月 東京国税局総務部長。1993年7月2日 大臣官房金融検査部審査課長。1994年7月1日 北海道財務局長。1995年5月26日 広島国税局長。1996年7月12日 国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)。1997年7月15日 関東財務局長。1998年6月30日 関東財務局長兼関東財務局総務部長事務取扱。
坂野 泰治(ばんの たいじ、1946年10月19日 - )は… 坂野 泰治(ばんの たいじ、1946年10月19日 - )は、愛知県出身の官僚。社会保険庁長官。NHK監事などを歴任。 愛知県出身。愛知県立旭丘高等学校を経て、京都大学法学部卒業後、1969年に行政管理庁入庁。後藤田正晴行政管理庁長官(その後、総務庁長官)の秘書官事務取扱、総務庁行政管理局企画調整課長、行政管理局長などを経て、道路関係四公団民営化推進委員会設立準備室長などを務めた。その後、社団法人行政情報システム研究所(総務省の外郭団体)理事長に就任、日本放送協会に移り同監事。 2007年、柳澤伯夫厚生労働大臣による村瀬清司(社会保険庁長官)更迭に際し、社会保険庁長官に就任した。 前述した役職のほかに、内閣官房内閣審議官などの要職を歴任している。
田中 純(たなか じゅん、1946年(昭和21年)8月28日… 田中 純(たなか じゅん、1946年(昭和21年)8月28日 - )は、日本の政治家、元大蔵官僚。元行橋市長(2期)、元福岡県議会議員(1期)。 福岡県立京都高等学校、京都大学教育学部卒業。1971年(昭和46年)、大蔵省入省。関東財務局上席調査官、外務省在ブラジル日本大使館一等書記官等を歴任。1988年(昭和63年)、初めて行橋市長選挙に立候補し落選。以後同市長選挙に2010年(平成22年)まで7回連続で挑むもいずれも落選した。 2011年(平成23年)、福岡県議会議員選挙に無所属で立候補し現職を破って初当選。 2014年(平成26年)3月2日に投開票が行われた行橋市長選挙に県議を辞職して立候補(自民、民主推薦)。
西村 正紀(にしむら まさき、1946年〈昭和21年〉2月1… 西村 正紀(にしむら まさき、1946年〈昭和21年〉2月17日 - )は、日本の総務官僚である。行政管理庁に入庁後、総務事務次官となり、会計検査院長となった。岡山県新見市出身。 1946年(昭和21年)岡山県新見市で出生する。地元の岡山県立新見高等学校へ進学し、1964年(昭和39年)同校を卒業する。同年、京都大学法学部へ進学し、1968年(昭和43年)同大学を卒業する。 京大卒業後、行政管理庁(現:総務省)へ入庁する。その後、1984年(昭和59年)に行政管理庁が総務庁となり、1987年(昭和62年)同庁の行政監察局監察官となる。1989年(平成元年)には、行政管理局管理官となり、政情報システム企画課長、企画調整課長、会計課長、中部管区行政監察局長を経て、1996年(平成8年)7月、50歳のときに、総務庁官房審議官となる。
矢野 朝水(やの ともみ、1945年(昭和20年)11月 -… 矢野 朝水(やの ともみ、1945年(昭和20年)11月 - )は、日本の官僚。元厚生省年金局長。日本コープ共済生活協同組合連合会理事長。宮崎県出身。 企業年金連合会時代はファンドマネージャーとして資金の運用先を選定する立場にあり、日本の企業における株主軽視がまかり通る風土を批判していた。一方、極端なモノ言う株主に対しても批判をしていた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
佐野 忠克(さの ただかつ、1945年7月10日 - )は、… 佐野 忠克(さの ただかつ、1945年7月10日 - )は、日本の経産官僚、弁護士(第二東京弁護士会)である。鳩山由紀夫内閣で内閣総理大臣秘書官(政務担当)を務めた。
谷本 正憲(たにもと まさのり、1945年4月16日 - )… 谷本 正憲(たにもと まさのり、1945年4月16日 - )は、日本の自治官僚、政治家。石川県公立大学法人理事長。 石川県知事(公選第13 - 19代)、全国知事会副会長(東海北陸ブロック)などを歴任。 兵庫県西脇市生まれ。兵庫県立西脇高等学校、京都大学法学部卒業。1968年4月、自治省(現総務省)に入省。同期に早川忠孝(元衆議院議員)、西川一誠(元福井県知事)、井戸敏三(元兵庫県知事)らがいる。宮崎市助役、茨城県総務部長、旧自治省公務員第二課長、交付税課長、公営企業第一課長を経て1991年、石川県庁に出向し、中西陽一の下で副知事に就任する。 1994年、中西が任期中に死去したため新生党・公明党・民社党・日本新党・日本社会党の非自民5党推薦で石川県知事選挙に出馬。
金重 凱之(かねしげ よしゆき、1945年〈昭和20年〉4月… 金重 凱之(かねしげ よしゆき、1945年〈昭和20年〉4月5日 - )は、日本の経営コンサルタント、警察官僚。元警察庁警備局長。日本における危機管理の第一人者。 1945年4月5日、熊本県山鹿市生まれ。1964年3月福岡県立小倉高等学校卒業。1969年3月京都大学法学部卒業。1975年6月ジョンズ・ホプキンズ大学SAIS修了、国際関係学修士。 1969年4月、警察庁に入庁。入庁同期に漆間巌、林則清、中田好昭(関東管区警察局長)黒澤正和など。京都府警察本部、大阪府警察本部の課長を経て、警視庁に勤務。教育訓練、警備関連の課長職を経て、1988年3月より警視庁第一方面本部長。その後、人事・監察・制度調査関連の課長・参事官、警備部長、静岡県警察本部長を経て、1997年4月より警察庁長官官房総務審議官(現:総括審議官)。
大石 久和(おおいし ひさかず、1945年(昭和20年)4月… 大石 久和(おおいし ひさかず、1945年(昭和20年)4月2日 - )は、日本の建設官僚。元国土交通省技監。道の駅制度の創設に尽力した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
河出 英治(かわで えいじ、1945年(昭和20年)3月22… 河出 英治(かわで えいじ、1945年(昭和20年)3月22日 - 2004年(平成16年)8月13日)は、日本の官僚。元内閣府事務次官。従三位瑞宝重光章。岐阜県出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
金澤 薫(かなざわ かおる、1945年(昭和20年)1月23… 金澤 薫(かなざわ かおる、1945年(昭和20年)1月23日 - )は、日本の総務官僚。元総務事務次官。
西川 一誠(にしかわ かずみ(通称:いっせい)、1945年1… 西川 一誠(にしかわ かずみ(通称:いっせい)、1945年1月2日 - )は、日本の自治官僚、政治家。前福井県知事(4期)、元関西大学政策創造学部客員教授。家族構成は妻と二男一女、血液型はA型。 福井県丹生郡朝日町(現越前町)生まれ。福井県立丹生高等学校、京都大学法学部卒業。1968年4月、自治省に入省。入省同期に早川忠孝(元衆議院議員・弁護士)、谷本正憲(元石川県知事)、井戸敏三(元兵庫県知事)らがいる。本省勤務の他香川県、茨城県、福井県、国土庁への出向を経験。国土庁長官官房審議官を務めた後、1995年に栗田幸雄福井県知事の下で副知事に就任し、2002年に退任した。 2003年4月13日執行の福井県知事選挙に無所属で出馬し、元外務官僚の高木文堂ら2候補を破り、初当選を果たした。
小野元之(おの もとゆき、1944年(昭和19年)11月25… 小野元之(おの もとゆき、1944年(昭和19年)11月25日 - )は、日本の文部官僚。関西大学客員教授。同志社大学客員教授。初代文部科学事務次官、独立行政法人日本学術振興会理事長を歴任。学校法人城西大学理事長代理、パナソニック教育財団理事長、学校経理研究会理事長を兼任。 2002年の新学習指導要領施行に基づく「ゆとり教育」の行き過ぎに対して小野次官や遠山敦子文科相は危機感を共有し、2001年1月に遠山文科相が発表した緊急アピール「学びのすすめ」で、「学習指導要領は最低基準」だとしてそれまで許可されなかった学習指導要領を超える記述が容認された。学習指導要領施行前にテレビ、ラジオ、新聞などで責任者として賛成の立場を表明しながら「ゆとり教育」へ理解を求めたが、「3割カットするというのは間違いです。
青山 俊樹(あおやま としき、1944年9月 - )は、日本… 青山 俊樹(あおやま としき、1944年9月 - )は、日本の官僚。元国土交通事務次官、元水資源機構理事長。 京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修了後、建設省に入省。東北地方建設局長、河川局長等を経て、1999年(平成11年)に技監。2002年(平成14年)7月から国土交通事務次官を務め、2003年(平成15年)7月に退官。 退官後は財団法人国土技術研究センター顧問を経て、水資源機構理事長を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中川 隆進(なかがわ たかのぶ、1944年8月2日 - )は… 中川 隆進(なかがわ たかのぶ、1944年8月2日 - )は、日本の大蔵官僚。日本銀行政策委員会大蔵省代表委員を最後に退官後、第二地方銀行協会副会長兼専務理事等を経て、トマト銀行代表取締役社長や、同社取締役会長を務めた。瑞宝中綬章受章。 奈良県大和郡山市出身、大和郡山市立郡山中学校、奈良県立奈良高等学校を経て、1968年に京都大学経済学部を卒業し、大蔵省に入省(銀行局総務課)。 証券局業務課課長補佐、証券局企業財務課長、証券局資本市場課長、大臣官房会計課長などを経て、1993年に神戸税関長に就任。 1994年から国税庁長官官房国税審議官、1995年に大蔵省大臣官房金融検査部長を務めた。1997年に日本銀行政策委員会大蔵省代表委員に就任。
野村 興兒(のむら こうじ、1944年(昭和19年)7月29… 野村 興兒(のむら こうじ、1944年(昭和19年)7月29日 - )は、日本の政治家、元大蔵官僚。山口県萩市長を新旧合わせて6期務めた。 2018年4月に至誠館大学の学長に就任。 山口県萩市出身。河村建夫は山口県立萩高等学校の2年先輩。 1967年、京都大学経済学部経済学科を卒業し、同年大蔵省に入省。主計局調査課に配属。同期に伏屋和彦、黒田東彦(日銀総裁)、山口公生(銀行局長)などがいる。
山口 晋(やまぐち すすむ、1944年〈昭和19年〉6月2日… 山口 晋(やまぐち すすむ、1944年〈昭和19年〉6月2日 - )は日本の自治官僚。群馬県立図書館長などを務めた。 群馬県山田郡大間々町(現・みどり市)出身(父は群馬県、母は新潟県出身)。群馬県立前橋高等学校、京都大学法学部卒業。京大法学部在学中に国家公務員上級甲種試験(法律)を合格。1968年 自治省入省(滋賀県総務部)。 在オーストラリア書記官、総理府人事局参事官補佐、埼玉県総務部地方課長、同県総務部財政課長などを務める。 1986年、自治大学校教務部長。同年10月1日 自治省大臣官房地域政策課企画室国際交流企画官(初代)。1987年7月21日 自治省大臣官房企画官。1988年3月31日 沖縄振興開発金融公庫総務部長。
日置 敏明(ひおき としあき、1944年〈昭和19年〉3月2… 日置 敏明(ひおき としあき、1944年〈昭和19年〉3月28日 - )は、日本の政治家、総務官僚。岐阜県郡上市長(3期)。長良川鉄道代表取締役社長。 岐阜県郡上郡弥富村大間見(現・郡上市大和町)に生まれる。大和村立大和北小学校、大和村立大和北中学校卒業。1962年(昭和37年)3月、岐阜県立郡上高等学校卒業。1968年(昭和43年)3月、京都大学法学部卒業。同年4月、自治省に入省。1983年(昭和58年)4月、岐阜県林政課長として岐阜県庁に奉職。以後、岐阜県地域県民部参与、中濃地域振興局長知事代理、岐阜県出納長などを歴任。 2004年(平成16年)4月、財団法人岐阜県健康長寿財団の理事長に就任。
三橋 郁雄(みはし いくお、1944年 – )は日本の官僚、… 三橋 郁雄(みはし いくお、1944年 – )は日本の官僚、技術士(建設部門)、博士(工学)。元運輸省第一港湾建設局長。 この他に、新潟県港湾審議会計画部会長、むつ小川原開発株式会社常務取締役、財団法人国際臨海開発研究センター調査役を務め、複数の大学で非常勤講師としても活動した。また、北東アジア貿易回廊構想を提唱した。 株式会社新潟国際海運の取締役及びその子会社であるNAFJ PANAMA INCの役員を務めており、日本海横断航路計画に関するフェリー契約トラブルに関わった。