石川 真澄(石川 眞澄、いしかわ ますみ、1933年(昭和8… 石川 真澄(石川 眞澄、いしかわ ますみ、1933年(昭和8年)3月26日 - 2004年(平成16年)7月16日)は、日本のジャーナリスト。朝日新聞社編集委員を経て、新潟国際情報大学情報文化学部教授、桜美林大学大学院国際学研究科教授などを務めた。東京出身。 1957年(昭和32年)、九州工業大学工学部機械工学科卒業後、工学系の大学出身者が分野の違うマスコミに入社するのは当時としては珍しかった中で、朝日新聞社に入社する。政治部に所属し、池田勇人首相番から政界の取材を開始する。その後、『朝日ジャーナル』編集部副編集長、調査研究室主任研究員などを経て、1978年(昭和53年)に政治担当編集委員に就任し、1991年から役員待遇。
中村 政雄(なかむら まさお、1933年 - )は、日本の科… 中村 政雄(なかむら まさお、1933年 - )は、日本の科学ジャーナリスト。元読売新聞社論説委員。 山口県生まれ。九州工業大学工学部卒業。読売新聞社入社、東京本社社会部、科学部記者、解説部次長、論説委員を歴任。原子力、環境、宇宙開発、科学技術全般を担当、国内外の取材経験多数。電力中央研究所名誉研究顧問、元東京工業大学大学院非常勤講師。 1991年3月、日本原子力文化振興財団原子力PA方策委員会委員長として、科学技術庁の委託による報告書『原子力PA方策の考え方』をとりまとめた。 2004年刊の『原子力と報道』で第25回エネルギーフォーラム賞特別賞受賞。 NHKで解説委員を務めた長岡昌、朝日新聞の科学部長だった尾崎正直と共にNPO「原子力報道を考える会」を結成。
神崎 昌久(こうざき まさひさ、1929年10月12日 - … 神崎 昌久(こうざき まさひさ、1929年10月12日 - 2019年10月7日)は、日本の経営者。中山製鋼所社長を務めた。 福岡県行橋市出身。1954年に九州工業大学工学部機械工学科を卒業し、同年に富士製鉄(のちの新日本製鐵)に入社。1985年6月に取締役に就任し、1989年6月に常務、1993年6月に副社長、1995年6月に常任顧問を経て、1997年3月に中山製鋼所最高顧問に就任し、同年6月には社長に昇格。2006年6月には取締役相談役に就任。 2019年10月7日に心不全のために死去。89歳没。
山下 英雄(やました ひでお、1928年(昭和3年)6月20… 山下 英雄(やました ひでお、1928年(昭和3年)6月20日 - 2013年(平成25年)12月27日)は、昭和から平成時代の政治家。佐賀県鳥栖市長。愛媛県南宇和郡御荘町の旧町長山下英雄とは異なる 佐賀県三養基郡鳥栖町(現鳥栖市)出身。1948年(昭和23年)官立明治工業専門学校を卒業し、九州電力に入社する。佐賀地方同盟会長、九州電力労働組合委員長、九州地方電力総連会長、九州・沖縄民労連代表などを歴任した。1963年(昭和38年)第30回衆議院議員総選挙において佐賀全県区から民主社会党公認で立候補したが落選した。1983年(昭和58年)佐賀県議会議員を経て、1987年(昭和62年)3月、鳥栖市長に当選した。
中村 卓彦(なかむら たくひこ、1928年1月31日 - 1… 中村 卓彦(なかむら たくひこ、1928年1月31日 - 1995年3月10日)は、昭和から平成時代の労働運動家。日本鉄鋼産業労働組合連合会(鉄鋼労連)委員長。福岡県北九州市生まれ。 1945年4月陸軍幼年学校卒業、陸軍予科士官学校に入学、在学中に敗戦。1947年2月日本製鐵に入社、八幡製鐵所化工部に勤務。1951年3月明治工業専門学校二部卒業。1955年2月八幡製鉄労組専従執行委員。同年に八幡製鉄労組内のインフォーマルグループ・盟友会に入会。先輩の宮田義二が自宅で開いていた「宮田学校」の門下生にもなった。1960年8月同志会の蔀充にかわり八幡製鉄労組書記長に選出。1968年IMF-JC事務局次長。
大高 猛(おおたか たけし、1926年 (大正15年) 4月… 大高 猛(おおたか たけし、1926年 (大正15年) 4月20日 - 2000年 (平成12年) 1月22日)は、日本のグラフィックデザイナー。大阪を拠点に活動していた。 山口県出身。山口県立下関工業高等学校卒業。1948年(昭和23年)、明治工業専門学校(現・九州工業大学)卒業。 1953年(昭和28年)、大高デザインアソシエーツ(後の大高デザインプロダクション)を設立。1966年(昭和41年)、日本万国博覧会アートディレクター。1981年(昭和56年)、国際デザイン交流会アートディレクター。 1988年(昭和63年)、浪速短期大学(現在、大阪芸術大学短期大学部)教授に就任(のち、名誉教授)。
遠藤 達雄(えんどう たつお、1925年4月1日 - 198… 遠藤 達雄(えんどう たつお、1925年4月1日 - 1989年7月5日)は、九州工業大学名誉教授。福岡県出身。旧制福岡中学(現福岡県立福岡高等学校)卒業、九州大学大学院博士課程修了。 不規則に変動する荷重による金属疲労を評価するレインフロー法(雨だれ法:w:rainflow-counting algorithm)を開発。この功績により、「Mr.RainFlow」と称される。
内田 善利(うちだ ぜんり、1919年(大正8年)6月10日… 内田 善利(うちだ ぜんり、1919年(大正8年)6月10日 - 2005年(平成17年)3月24日)は、日本の政治家。公明党参議院議員(2期)。 鹿児島県日置郡東市来村養母(現日置市)出身。鹿児島県立川内中学校 (旧制)を経て、1941年明治専門学校応用化学科卒。日本窒素肥料に入社するが、直後に召集。1946年の復員後、旧制鹿児島県立伊集院中学校・新制鹿児島県立伊集院高等学校や福岡県立折尾高等学校で教職に就く。1968年の第8回参議院議員通常選挙において公明党公認で全国区から立候補して当選する。6年後の第10回参議院議員通常選挙においても再選。参議院議員を2期務めた。この間、参議院運輸委員長などを歴任した。
中村 孝(なかむら たかし、1917年12月 - 2009年… 中村 孝(なかむら たかし、1917年12月 - 2009年2月19日)は、日本の工学者、実業家。電元社製作所代表取締役、一般社団法人明専会元会長、工学博士。社団法人日本溶接協会、財団法人日本溶接技術センター、摩擦圧接協会などの設立に奔走し、溶接技術向上、人材育成、工業標準確立の中心的役割を果した。 山口県徳山市(現周南市)出身。1940年に明治専門学校(現・九州工業大学)電気工学科を卒業し、三菱重工業株式会社名古屋航空機製作所に入社した。1945年にフタバ産業株式会社の設立に参加し、常務取締役、監査役などを歴任した。1950年に電元社製作所株式会社に移り、取締役技術部長、常務取締役、専務取締役、代表取締役を歴任した。
伊藤 正男(いとう まさお、1911年6月15日 - 200… 伊藤 正男(いとう まさお、1911年6月15日 - 2002年4月25日)は、日本の工学者、実業家。 東京都出身。明治専門学校(現九州工業大学)工学部機械工学科卒業。いすゞ自動車取締役社長、取締役会長、理事を歴任。 いすゞの前身である自動車工業株式会社の成立直後に入社、同社のディーゼルエンジン研究開始(1934年)当初から開発に従事し、現役技術者としての経歴を一貫してエンジン技術に傾注した。長きにわたり自動車用ディーゼルエンジンの開発普及に努め、日本における自動車用ディーゼルエンジンの育ての親と呼ばれる。伊藤の主導で開発された予燃焼室式高速ディーゼルエンジンの基本設計は、日本陸軍の標準エンジン・統制型一〇〇式発動機の燃焼室設計に採用され、のち1970年代に直噴式エンジンが市場の主流になるまで、30年以上にわたり日本製の高速ディーゼル機関向け基本レイアウトとして広く利用された。
岡本 利雄(おかもと としお、1908年6月11日 - 19… 岡本 利雄(おかもと としお、1908年6月11日 - 1996年10月30日)は、日本の経営者。いすゞ自動車社長を務めた。山口県出身。 1937年に明治専門学校機械学科を卒業。1958年6月にいすゞ自動車取締役に就任し、常務、専務を経て、1970年6月に副社長に就任し、1976年1月に社長に昇格。1984年1月に取締役相談役兼名誉会長、1987年1月に相談役を経て、1990年1月から顧問を務めた。 1969年11月に藍綬褒章を受章し、1981年4月に勲二等瑞宝章を受章した。 1996年10月30日肺炎のために川崎市の病院で死去。88歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
山本秀祐(やまもと ひですけ、1906年8月17日 - 19… 山本秀祐(やまもと ひですけ、1906年8月17日 - 1981年10月27日)は、日本の工業技術者、実業家。富士工業所(現フジコー)創業者。 福岡県出身。明治専門学校(現九州工業大学)工学部冶金工学科卒業。当時、修理不可能と言われた溶損した鋳型の修理に世界で初めて成功し、事業化する。「特殊鋳かけ肉盛法」の技術開発が認められ、黄綬褒章を受章した。
渡辺 俊雄(渡邊 俊雄、わたなべ としお、1899年(明治3… 渡辺 俊雄(渡邊 俊雄、わたなべ としお、1899年(明治32年)9月9日 - 没年不明)は、日本の実業家。渡邊工業社長。名古屋螺子製作所(現:メイラ株式会社)創業者。息子は作曲家の渡辺宙明。孫は、映画・ドラマ・アニメ等の音楽やさだまさしのアレンジャーとして知られる渡辺俊幸。曽孫(俊幸の娘)は芸術家アイドルとして活動するマコ・プリンシパル(渡辺真子)。 新潟県長岡市出身。旧家・渡邊毅夫の長男として生まれる。父・毅夫は教育界で活躍し、女学校校長や渡邊工業取締役を務めた。 長岡中学を卒業後、九州の明治専門学校機械科に入学。1923年(大正12年)首席で同校を卒業後、豊国セメント株式会社に入社し、名古屋工場に勤務する。
田代 茂樹(たしろ しげき、1890年〈明治23年〉12月5… 田代 茂樹(たしろ しげき、1890年〈明治23年〉12月5日 - 1981年〈昭和56年〉8月8日)は、日本の実業家。東洋レーヨン(現・東レ)社長、日本化学繊維協会会長、日本腎臓財団初代会長、福岡県人会第三代会長などを務めた。明治専門学校(現・九州工業大学)第一期生。 福岡県遠賀郡香月村楠橋(現・北九州市)生まれ。父は村役場の助役、収入役を経て長らく村長を務めた。 旧制東筑中学(現・福岡県立東筑高等学校)、明治専門学校機械工学科を卒業後、三井物産に入社。 三井物産名古屋支店長時代の1936年、当時の東洋レーヨン社長に見込まれ、同社取締役に転じる。1945年に社長となるが、公職追放となる。1950年代表取締役会長として復帰し、1970年まで務めた。
倉前 宏行(くらまえ ひろゆき)は、日本の情報工学者・システ… 倉前 宏行(くらまえ ひろゆき)は、日本の情報工学者・システム工学者。大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部ロボット工学科教授。工学博士(九州工業大学)・CAE技術者上級アナリスト。 日本機械学会計算力学部門運営委員会96・97期委員。大阪産業技術研究所・大阪商工会議所との共同推進機関OIT-P(Osaka Industrial Technology Platform; 地域産業技術プラットフォーム)のメンバー。 主な専門は、ロボットシミュレーション(ドローン制御システム・ZIG Simulator含む)、ロボット材料システム解析、計算力学(特にCAE・マルチフィジックス・有限要素法)・並列計算、プログラミング(特にC/Python)・オープンソース(Linux/OpenFOAMなど)。
久野 顕司(ひさのけんじ)は日本のロボコニスト、生産技術者。… 久野 顕司(ひさのけんじ)は日本のロボコニスト、生産技術者。北九州工業高等専門学校時代にNHK高専ロボコンに出場(3年次に操縦者として全国大会出場、4年次には全国ベスト4・技術賞受賞)。名古屋工業大学時代にはNHK学生ロボコンで日本一となり、同年のABUロボコンでは準優勝を成し遂げた。通称の「ヒサケン」はNHK学生ロボコン2014優勝時のTV放映後に、Twitterでトレンド入りしている。 ロボカップでも中型リーグのチーム「Hibikino-Musashi」でジャパンオープン優勝、小型リーグのチーム「Scramble」でも2年連続日本ロボット学会賞受賞の実績がある。ロボコン事務局のOB解説や、ロームの運営する『Device Plus』で取材を担当。
安田 進(やすだ すすむ)は、日本の地盤工学者。東京電機大学… 安田 進(やすだ すすむ)は、日本の地盤工学者。東京電機大学名誉教授、同大学元理工学部教授。元日本地震工学会会長、工学博士、技術士(総合技術監理部門、建設部門)、土木学会認定特別上級土木技術者(地盤・基礎)。 広島県広島市出身。主に液状化対策、地震時の斜面崩壊や豪雨時の土砂災害、堤防被害などの分野に携わり、地盤工学会、土木学会の要職を歴任。
倉原 直美(くらはら なおみ、19??年 - )は、日本の工… 倉原 直美(くらはら なおみ、19??年 - )は、日本の工学者、実業家。株式会社インフォステラの創業者、代表取締役CEO。 大分県立竹田高等学校出身。2010年、九州工業大学大学院博士後期課程を修了(電気電子工学専攻)。在学中は人工衛星の環境計測装置の研究開発に従事。博士前期課程1年次に衛星設計コンテストで奨励賞を受賞。2年次にJAXA宇宙科学研究所で1年間研究。博士後期課程2年次にはイギリスのサリー大学サリー宇宙センターへ留学。その後、東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻の特任研究員として、2013年まで低軌道衛星の開発プロジェクトに携わる。プロジェクト終了後、民間の衛生運用システムメーカーの最大手、米Kratos Integral Systems Internationalの日本チームで国内および海外の複数の商用静止衛星プロジェクトに携わる。
尾崎 敦夫(おざき あつお)は、日本の情報工学者。大阪工業大… 尾崎 敦夫(おざき あつお)は、日本の情報工学者。大阪工業大学情報科学部情報知能学科教授。博士(情報工学)(九州工業大学)。電子情報通信学会システム数理/応用研究専門委員会委員長。日本オペレーションズ・リサーチ学会研究普及委員会研究委員。元情報処理学会論文誌編集委員会査読委員。 専門は、知能情報学・人工知能(AI)、計算機科学・モデリング・並列分散処理(特にSAR画像再生処理)、ニューラルネットワークなど。 1990年九州工業大学大学院計算機コース博士前期課程修了。のちに、博士 (情報工学)(九州工業大学)。三菱電機情報電子研究所(現在の情報技術総合研究所)にて、航空宇宙・危機管理・防衛分野を対象に、モデリング&シミュレーション技術、並列分散処理技術、AIの最適化技術を駆使した意思決定支援システムの研究開発に従事。
平山淳子(ひらやま じゅんこ)は、日本のローカルタレント・ラ… 平山淳子(ひらやま じゅんこ)は、日本のローカルタレント・ラジオパーソナリティー。 宮崎県都城市生まれ。都城工業高等専門学校を卒業後、九州工業大学へ編入学。卒業後は外資系製薬会社で研究開発に携わった。退職後、宮崎放送のテレビリポーターとなり、『生スタ955』(現在のアッパレ!miyazaki枠)を担当した。宮崎放送を退職後は愛知県でラジオパーソナリティとなり、現在は宮崎県内で宮崎サンシャインFMやMRTラジオでラジオパーソナリティとして活躍。MRTラジオの『みやこのじょうドキドキナビ』を担当している。婚礼司会を多く手がけ、宮崎県出身のアイドル、浅香唯の婚礼の司会も担当した。 血液型はO型で、星座はかに座。
古月 敬之(ふるづき たかゆき、英語: Jinglu HU)… 古月 敬之(ふるづき たかゆき、英語: Jinglu HU)は、日本の情報工学者。早稲田大学理工学術院大学院情報生産システム研究科教授。 1983年中山大学情報工学院電子工学科卒業。1985年中山大学大学院情報工学研究科電子工学専攻修士課程修了、中山大学情報工学院助手。1988年同講師。 1993年に来日し、のちに日本国籍を取得した。 1997年九州工業大学大学院情報学研究科博士後期課程修了、博士(情報工学)、九州大学大学院システム情報科学研究院助手。 2003年早稲田大学大学院情報生産システム研究科助教授。2008年同教授。2017年湖北経済学院通信工程学院特聘教授。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
増岡 隆士(ますおか たかし) は、日本の機械工学者。工学博… 増岡 隆士(ますおか たかし) は、日本の機械工学者。工学博士。九州大学名誉教授。元日本伝熱学会副会長。 1960年九州工業大学工学部卒業。1969年東京大学大学院工学系研究科修了、工学博士、九州工業大学講師。1970年九州工業大学助教授。1982年九州工業大学教授。1989年日本機械学会評議員。1998年九州大学教授。2004年日本伝熱学会副会長。2005年九州大学名誉教授。多孔質層における熱工学研究を行い、功績が顕著だとして同年に日本機械学会熱工学部門功績賞(研究功績賞)を受賞した。2006年北九州市立大学特任教授。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。