都築 久義(つづき ひさよし、1940年8月3日 - 202… 都築 久義(つづき ひさよし、1940年8月3日 - 2020年6月20日)は、日本文学研究者、愛知淑徳大学名誉教授。専門は尾崎士郎。 愛知県安城市生まれ。早稲田大学教育学部国文学科卒。在学中から尾崎士郎に師事し、彼の文学全集編纂に参加。早稲田大学卒業後、愛知県立大府高等学校教諭(1963年~1966年)、愛知県立安城高等学校教諭(1966年~1974年)を経て、1972年、金城学院大学短期大学部兼任講師に着任。その後、1974年、愛知淑徳短期大学専任講師、翌年助教授、82年に教授。2011年3月、定年退職し、同大学名誉教授。 1963年に雑誌『士郎研究』を創刊、復刊27号(2018年)まで刊行された。
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寄本 勝美(よりもと かつみ、1940年4月9日 - 201… 寄本 勝美(よりもと かつみ、1940年4月9日 - 2011年3月28日)は、日本の行政学者・環境政策学者。 和歌山県田辺市生まれ。1964年、早稲田大学政治経済学部卒業。1967年、早稲田大学政治経済学部助手。1970年、早稲田大学大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。1978年、早稲田大学政治経済学部教授。1983年から85年までピッツバーグ大学客員教授。1994年、京都大学博士(法学)。博士論文は「自治の形成と市民:ピッツバーグ市政研究」。 早稲田大学政治経済学部学生担当教務主任、政治経済学部長(1994年~1998年)、常任理事(1998年~2001年)等を歴任。専攻は、行政学、地方自治論、環境政策。
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宮田 隆(みやた たかし、1940年 - )は、日本の分子進… 宮田 隆(みやた たかし、1940年 - )は、日本の分子進化学者。京都大学名誉教授。DNA・タンパク質配列解析方法の開発と進化学的な発見の両面で成果を挙げた。 おもな研究業績として、ホモロジーサーチ(相同性検索)法の開発、同義・非同義置換数の概念と推定法の提案、オス駆動進化説の実証、複合系統樹による現存生物の最初の種分岐の解明、などがある。また、木村資生が提唱した分子進化の中立説(中立進化説)を実証する発見を多く行ったことでも有名。1990年代からは科学研究費プログラムのうち重点領域研究や学術創成研究の代表者として、日本の分子進化学を牽引した。その後の成果は、後生動物の遺伝子ファミリーの多様化時期の解析、最尤法を用いた分子系統樹推定法の改良、高速フーリエ変換を用いた多重配列整列法の開発、後生動物の系統関係と分岐時期についての解析など。
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白倉 敬彦(しらくら よしひこ、1940年 - 2014年1… 白倉 敬彦(しらくら よしひこ、1940年 - 2014年10月4日)は、日本の民俗学者、浮世絵研究家、文筆家。とくに春画の発掘と研究で知られる。 北海道空知郡北村(現・岩見沢市)に生まれる。早稲田大学文学部を中退した。現代美術のプロデュースを始め、広く美術の企画・編集に従事する。国際浮世絵学会常任理事。2000年の『浮世絵春画を読む』以来、田中優子との協同作業で春画や近世遊里に関する著作が多い。田中の『芸者と遊び』は田中著となっているが、中に、半分は白倉が書いた、とある。1999年の田中の著書『張形 江戸をんなの性』でも資料蒐集など協力し、田中が共著を申し出たが固辞されたという。 『浮世絵春画を読む』で、タイモン・スクリーチの説に反論し「春画はポルノグラフィーではなく、純粋な芸術として評価すべき」と主張したが、ポルノグラフィーの定義が曖昧だと批判を受け、次の『江戸の春画』では、ポルノグラフィーかどうかには興味がない、と書いた。
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佐藤 英善(さとう ひでたけ、1939年12月18日 - )… 佐藤 英善(さとう ひでたけ、1939年12月18日 - )は、日本の法学者。専門は行政法。学位は、博士(法学)(早稲田大学・1991年)。早稲田大学名誉教授。 東京都出身。1963年、早稲田大学法学部卒業。早稲田大学大学院修士課程修了。同博士課程退学。早稲田大学助手、早稲田大学講師、早稲田大学助教授を経て、1977年から早稲田大学教授。この間ケルン大学留学(2年間)。1991年、博士(法学)(早稲田大学)。 早稲田大学では、法学部長、常任理事、副総長を歴任。このほか早稲田大学ラグビー蹴球部長、早稲田大学スポーツ振興協議会委員長を務めた。2010年3月、定年により早稲田大学法学部教授を退職。同名誉教授。
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林 利隆(はやし としたか、1939年10月29日 - 20… 林 利隆(はやし としたか、1939年10月29日 - 2005年9月16日)は、日本のジャーナリスト・大学教員。関西大学社会学部教授・早稲田大学教育学部教授を歴任。専門分野は、ジャーナリズム論・マスコミュニケーション論・新聞学・メディア論。 長野県岡谷市出身。1958年長野県諏訪清陵高等学校卒業、1962年早稲田大学第一文学部哲学科卒業。日本新聞協会入社。編集部副主管、業務部副主管を経て、1977年より編集部主管。1983年に日本新聞協会研究所研究員、1986年から再び編集部主管として雑誌『新聞研究』・機関紙『新聞協会報』の編集長を務め、1988年より日本新聞協会研究所所長。1991年、同職を退任、退職。
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原 彬久(はら よしひさ、 1939年10月20日 - )は… 原 彬久(はら よしひさ、 1939年10月20日 - )は、日本の政治学者、東京国際大学名誉教授。専門は日本外交史。 北海道釧路市生まれ。1963年早稲田大学政治経済学部卒業。国際商科大学(現東京国際大学)助教授、東京国際大学教授、2010年定年、名誉教授。1990年「戦後日本と国際政治 安保改定の政治力学」で一橋大学から法学博士号を取得。プリンストン大学客員研究員およびケンブリッジ大学客員研究員も務めた。2000年から2002年まで日本公共政策学会会長。 1980年代に岸信介元総理大臣、太田薫元総評議長をはじめとする安保騒動関係者へのオーラル・ヒストリーを実施し、日米安全保障条約改訂交渉をめぐる日本政治についての先駆的研究を行なったことで知られる。
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白井 克彦(しらい かつひこ、1939年9月24日 - )は… 白井 克彦(しらい かつひこ、1939年9月24日 - )は、日本の工学者。放送大学学園理事長(2011年4月 -)。日本電信電話株式会社取締役(2012年6月 -)。第15代早稲田大学総長(2002年 - 2010年)。専門は知能情報学。学位は工学博士(早稲田大学)。
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丹下 隆一(たんげ りゅういち、1939年8月13日 - 1… 丹下 隆一(たんげ りゅういち、1939年8月13日 - 1987年5月2日)は、日本の社会学者。 兵庫県出身。1965年早稲田大学文学部社会学科卒、デュルケームに関する卒論で小野梓記念賞受賞、1973年同大学院博士課程中退、早稲田大学教育学部専任講師、1975年助教授、1980年教授。 がんのため47歳で死去した。遺著『ある社会学徒からの手紙』は、J・Fという謎の人物にあてた連続書簡の形で書かれている。 1983年に宮台真司が丹下研究室を訪ねた際、丹下が客となってホテトル嬢をラブホテルの一室に呼んで会話したカセットテープを聴かせたという。
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戒能 通厚(かいのう みちあつ、1939年8月2日 - )は… 戒能 通厚(かいのう みちあつ、1939年8月2日 - )は、日本の法学者(英米法)。早稲田大学名誉教授、名古屋大学名誉教授。第19期日本学術会議副会長、第20期民主主義科学者協会法律部会理事長。日本比較法学会理事、日本法社会学会理事。「九条科学者の会」呼びかけ人を務めている。 戒能通孝は父親、戒能通弘(同志社大学法学部教授)は息子、戒能民江(お茶の水女子大学教授)は妻である。
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小笠原 弘親(おがさわら ひろちか、1939年8月2日 - … 小笠原 弘親(おがさわら ひろちか、1939年8月2日 - 2000年8月14日)は、日本の政治学者。研究分野は政治思想史。 福岡県生まれ。福岡県立福岡高等学校を経て早稲田大学政経学部卒業、同大学院政治学研究科博士課程単位取得満期退学。甲南大学教授、1981年「初期ルソーの政治思想 体制批判者としてのルソー」で早大政治学博士。大阪市立大学教授に転じ、在職中の2000年8月14日に癌性腹膜炎のため死去。
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山路 興造(やまじ こうぞう、1939年6月13日 - )は… 山路 興造(やまじ こうぞう、1939年6月13日 - )は日本の民俗学者、芸能史研究家。京都嵯峨芸術大学客員教授、「藝能史研究会」代表委員、「民俗芸能学会」代表理事。 東京府東京市(現・東京都)渋谷に生まれ、日本橋で育った。早稲田大学教育学部[要出典]を卒業した。 国立文化財研究所芸能部(現・東京文化財研究所無形文化遺産部)嘱託を経て、平凡社地方資料研究センター所員となる。京都市歴史資料館主幹を経て、1992年より[要出典]同館館長を務めた。在任中には、『京都市史』の編纂に携わった。のち京都市文化財保護課参与となる。また、京都嵯峨芸術大学博物館館長・客員教授を務めた。民俗芸能の研究に携わっている。
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阿部 軍治(あべ ぐんじ、1939年5月16日 - 2014… 阿部 軍治(あべ ぐんじ、1939年5月16日 - 2014年8月29日)は、ロシア文学者、筑波大学名誉教授。専攻はロシア文学・文化、旧ソ連邦の地域研究、比較文学。 宮城県生まれ。1960年から3年間日本電信電話公社に勤務した後、1967年早稲田大学第一文学部露文科卒業。1969年、同大学大学院文学研究科ロシア文学専攻修士課程修了。1973年、同研究科博士課程単位取得退学。1975年、筑波大学現代語・現代文化学系講師、1986年助教授、1992年教授。1999年、筑波大学より博士(文学)を取得。2000年から2002年まで、筑波大学外国語センター長を務めた。2003年定年退職、名誉教授。 このほか、日本トルストイ協会副会長を務めた。
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村川 一郎(むらかわ いちろう、1939年5月6日 - 19… 村川 一郎(むらかわ いちろう、1939年5月6日 - 1998年8月27日)は、日本の政治学者。政官関係、政党論、日本国憲法制定史(現行憲法)等にも造詣が深い第一人者であった。専門は政策過程論(自民党政権時代から細川内閣、羽田内閣、自社さ政権、その後の橋本内閣までの政策決定過程)、政党論、憲法制定史などが主であるが、各政策論、各省庁論、地方自治、海外援助等にもわたり、政治行政にまつわる多岐にわたる著作、論文を執筆している。 趣味は囲碁、古書(専門中心に)等の骨董品収集等。座右の銘は『日々努力』。 その後、早稲田大学現代政治経済研究所特別研究員、米国プリンストン大学特別客員研究員などを歴任。その他、社会貢献活動として、社団法人日本戦災遺族会の設立に携わり、その後も理事として活躍。
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奥島 孝康(おくしま たかやす、1939年4月16日 - 2… 奥島 孝康(おくしま たかやす、1939年4月16日 - 2024年5月1日)は、日本の法学者。位階は従三位、勲章は瑞宝大綬章。 専門は会社法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1976年、学位論文『現代会社法における支配と参加-現代フランス会社法研究』)。大野實雄(早稲田大学名誉教授)門下。 早稲田大学名誉教授、早稲田大学第14代総長(1994年11月 - 2002年11月)、白鷗大学第5代学長(2013年4月 - 2021年3月)、日本高等学校野球連盟第6代会長、ボーイスカウト日本連盟第10代理事長(2010年 - 2020年)、ボーイスカウト日本連盟第9代総長、元埼玉県公安委員会委員長を歴任した。
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塩田勉(しおた つとむ、1939年4月5日- )は、日本の英… 塩田勉(しおた つとむ、1939年4月5日- )は、日本の英文学・言語学者、早稲田大学名誉教授。 東京府(現中野区)生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。英国、フランスの大学で応用言語学を研究。ニュージーランドのカンタベリー大学講師、早稲田大学語学教育研究所教授を経て、所長。2004年早稲田大学国際教養学部教授を務め、2010年退職、名誉教授。専攻は文体論と英語教育。
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富永 英義(とみなが ひでよし、1939年(昭和14年)4月… 富永 英義(とみなが ひでよし、1939年(昭和14年)4月1日 - )は、日本の工学者。専門は、情報通信網工学。公益財団法人電磁応用研究所理事長。早稲田大学名誉教授。 情報通信技術の分野において、ディジタルマルチメディアに対する各種の符号化方式の提案と国際標準化のための体系化を行い、その成果として、磁気記録と画像通信の研究分野において画期的な情報の符号化方式を創案して国際準備化に貢献するなど、この学問領域において世界を代表する著名な研究者である。代表的な成果を三つ列挙する。 また同時に、若い研究者育成にも非常に熱心に取り組み、平成10年に早稲田大学国際情報通信研究センター(GITI)所長として、研究独立大学院を設立して、早稲田大学内における情報通信研究教育の基盤を確立し、アジア諸国を中心とした研究教育の連携と共に、産官学の共同研究体制を構築するなど、情報通信分野における人材育成にも多大な貢献をした。
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小笠原 信夫(おがさわら のぶお、 1939年(昭和14年)… 小笠原 信夫(おがさわら のぶお、 1939年(昭和14年)3月21日 - 2018年(平成30年)10月29日)は、日本の刀剣学者。東京国立博物館刀剣室長、工芸課長などを歴任。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
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岩間 浩(いわま ひろし、1939年2月27日 - )は、日… 岩間 浩(いわま ひろし、1939年2月27日 - )は、日本の教育学者。 東京都出身、幼少期に愛知県知多半島の新知に4年間弱滞在。1963年早稲田大学教育学部卒、同大学院文学研究科教育学専攻博士課程中退、芝浦工業短期大学助教授、芝浦工業大学助教授。1983年から89年まで米国に滞在し、1990年ペンシルベニア州立大学で、異文化体験が日本人中学生に及ぼす文化意識の研究でPh.D. を取得。この間3年間、セントラルペンシルヴェニア日本語補修校初代校長。1990年国士舘大学文学部教育学科教授。2010年定年退職、岩間教育科学文化研究所を設立。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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小林 俊治(こばやし しゅんじ、1939年 - )は、日本の… 小林 俊治(こばやし しゅんじ、1939年 - )は、日本の経営学者。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。1962年早稲田大学商学部卒、1966年同大学院商学研究科博士課程中退。1965年早稲田大学助手、1968年専任講師、1970年助教授、1975年教授。1990年「経営環境論の研究」で商学博士。2010年定年、名誉教授。2018年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
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坪井 善昭(つぼい よしあき、1939年 -)は、日本の建築… 坪井 善昭(つぼい よしあき、1939年 -)は、日本の建築構造学者。構造家。東京芸術大学美術学部建築科名誉教授。京都造形芸術大学通信教育部建築デザインコース客員教授。東京大学名誉教授の構造家坪井善勝の長男。弟は坪井善道日本大学教授。東京出身。 1964年、早稲田大学第一理工学部建築学科卒業。1966年、早稲田大学大学大学院理工学研究科建設工学専攻修士課程修了後、東京芸術大学美術学部建築科助手。1971年、東京芸術大学講師。1984年、東京芸術大学助教授就任。1999年、東京芸術大学教授就任。2007年、定年退官。名誉教授就任。2007年-2010年、共立女子大学家政学部建築・デザイン学科教授。
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東後 勝明(とうご かつあき、1938年〈昭和13年〉11月… 東後 勝明(とうご かつあき、1938年〈昭和13年〉11月16日 - 2019年〈平成31年〉8月14日)は、英語教育者、早稲田大学名誉教授。 兵庫県神戸市生まれ。空襲で兵庫県小野市(当時小野町)に疎開。兵庫県立小野高等学校を経て早稲田大学教育学部英語英文学科卒業、同大学専攻科修了。ロンドン大学大学院教育研究科修士課程修了、博士課程修了。早稲田大学教授、2008年定年退職、名誉教授。東京YMCAインターナショナルスクール校長。1972年から1985年9月までの長きに渡りNHKラジオ「英語会話」の講師を務めた。1995年キリスト教に入信。英語学・英語教育に関する著書多数。英語音声学、英語教育学専攻。
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佐々木 孝次(ささき たかつぐ、1938年10月28日 - … 佐々木 孝次(ささき たかつぐ、1938年10月28日 - )は、日本の精神分析学者。専修大学名誉教授。 東京都生まれ。1961年早稲田大学仏文科卒、1963年同大学院修士課程修了、パリ大学へ留学し、フロイト、ジャック・ラカンの精神分析と出会い、自分自身を分析し、精神分析を専門とする。コーズ・フロイディエンヌ(ラカン派)正会員。帰国してからは、1970年に杉野女子大学助教授、1993年まで信州大学教養部教授、1993年から2009年まで専修大学文学部教授(2009年3月末日に定年退職)。 日本における父親権力の弱さを指摘し、河合隼雄の立場に近かったが、「愛させる技術」日本語における「蠱物(まじもの)」としての言葉などを提唱し、次第に日本文化論へ向かった。
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長谷川啓之(はせがわ ひろゆき、1938年6月7日 - )は… 長谷川啓之(はせがわ ひろゆき、1938年6月7日 - )は、日本の経済学者、日本大学名誉教授。 静岡県出身。1963年早稲田大学卒、1969年同大学院経済学研究科経済政策専攻博士課程満期退学。1996年に、「アジアの経済発展と日本型モデル 社会類型論的アプローチ」でで早稲田大学から博士(経済学)の学位を取得。1966年社会保障研究所研究員、1976年日本大学商学部助教授、1980年同教授、2007年に定年退職し、名誉教授。東南アジア経済が専門。2018年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
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内藤 正敏(ないとう まさとし、1938年4月18日 - 2… 内藤 正敏(ないとう まさとし、1938年4月18日 - 2025年7月9日)は、日本の写真家、民俗学者。元・東北芸術工科大学大学院教授。日本民俗学会会員。見世物学会評議委員。 東京都大田区蒲田出身。1961年、早稲田大学理工学部応用化学科卒業。在学中より写真を制作。1961年倉敷レイヨン(現・クラレ)中央研究所入社。1962年フリーとなる。 1963年、出羽三山で修行。1966年には羽黒山伏の入峰修行を行う。以降、東北地方の民間信仰や民俗を中心とした撮影活動を展開。 2001年、東北芸術工科大学東北文化研究センター教授。2006年~2013年3月まで、同大学院教授。 2025年7月9日、肺炎のため東京都内の病院で死去。
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奥保 多聞(おくぼ たもん、1938年2月6日 - )は、大… 奥保 多聞(おくぼ たもん、1938年2月6日 - )は、大阪芸術大学名誉教授。一級建築士で、専門は建築設計と都市計画。一般社団法人 温暖化防止推進協会副理事長。日中地域間連携ネットワーク大阪代表。 大連市生まれ。石本喜久治とは遠縁。 1962年早稲田大学理工学部建築学科卒業。1964年 早稲田大学大学院修士課程修了。丹下健三+都市建築設計研究所入所。1968年から日本万国博基幹施設グループ「TEAM BARK」に参加し、日本万国博覧会場「お祭り広場」大屋根グループに。1970年 丹下健三+都市建築設計研究所退所。奥保建築設計事務所代表取締役就任。 大阪芸術大学建築学科專任講師。1977年同校助教授。
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中西 元男(なかにし もとお、1938年 - )は、日本の大… 中西 元男(なかにし もとお、1938年 - )は、日本の大学教員。東方設計大学栄誉教授。 兵庫県神戸市長田区生まれ。神戸市立西代中学校、兵庫県立長田高等学校、桑沢デザイン研究所を経て、早稲田大学第一文学部美術専修を卒業。早稲田大学大学院文学研究科修士課程中退。 在学中に、総合大学にこそデザイン教育の拠点を設けるべきと「早稲田大学デザイン学部設置への試案」を発表。また、浜口隆一とわが国最初の経営戦略デザイン書「デザイン・ポリシー/企業イメージの形成」を共著。大学時代は、デザインとマーケティング、経営学などの境界領域の研究に注力する。 1968年 株式会社PAOS設立。経営者に理解されるデザイン理論の確立とデザイン手法の開発をテーマに研究と実践を重ね、現在までに約100社のCI・ブランド、事業戦略デザインなどを手掛け、多くの成功例と代表事例を世に送り出す。
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平澤 茂一(ひらさわ しげいち、1938年 - )は、日本の… 平澤 茂一(ひらさわ しげいち、1938年 - )は、日本のコンピュータ科学者。早稲田大学名誉教授。 IEEE,電子情報通信学会,情報処理学会,情報理論とその応用学会,ACM,他
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村重 寧(むらしげ やすし、1937年11月10日 - )は… 村重 寧(むらしげ やすし、1937年11月10日 - )は、日本の美術史学者。専門は日本美術史。早稲田大学名誉教授。 1956年東京都立武蔵丘高等学校卒業。1962年早稲田大学第一文学部美術史専修卒業、1964年同大学大学院文学研究科美術史学専攻修士課程修了、1967年同博士課程単位取得満期退学。1964年早稲田大学文学部助手。1967年東京国立博物館学芸部資料課研究員(文部技官)、1968年同法隆寺宝物館研究員、1979年同学芸部美術課主任研究官、1985年同絵画室長、1989年同美術課長、1992年同企画課長。その間、女子美術大学、東京大学、筑波大学など非常勤講師。1994年早稲田大学文学部美術史専修教授、2008年早稲田大学文学学術院定年退職。
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尾島 俊雄(おじま としお、1937年9月2日 - )は、日… 尾島 俊雄(おじま としお、1937年9月2日 - )は、日本の建築家、建築学者、教育者、環境学者、都市環境工学者、都市科学者。工学博士。早稲田大学名誉教授。 富山県生まれ。早稲田大学で建築都市環境に関する教育と研究、また研究成果の実践につとめた人物。 1970年に、早稲田大学にて日本で初めての都市環境工学講座を建築学科に設けた。 2008年からは 財団法人建築保全センター理事長ほか。アジア都市環境学会会長。 大阪万国博覧会、国際科学技術博覧会など、日本国内で開催された博覧会会場環境設計ほか多数。また、新東京国際空港や多摩ニュータウン・センター地区などの基本設計なども手がけている。 2008年、都市環境工学の発展に対する貢献で、日本建築学会賞受賞。
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白鳥 令(しらとり れい、1937年8月26日 - )は日本… 白鳥 令(しらとり れい、1937年8月26日 - )は日本の政治学者。獨協大学・東海大学名誉教授、国際教養大学特任教授。専門は、政治学。
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加古 宜士(かこ よしひと、1937年6月30日 - 200… 加古 宜士(かこ よしひと、1937年6月30日 - 2006年12月6日)は、日本の会計学者。専門は財務会計論。商学博士。早稲田大学名誉教授。 愛知県西尾市出身。1956年、愛知県立西尾高等学校卒業。1960年、早稲田大学第一政治経済学部卒業。1966年、早稲田大学大学院商学研究科博士課程満期退学。1982年「物価変動会計論の研究」で商学博士。1966年流通経済大学助手、講師、助教授、教授。1989年筑波大学教授。1997年早稲田大学商学部教授。 早稲田大学大学院会計研究科長、大蔵省企業会計審議会委員、金融庁公認会計士審査会委員、公認会計士第二次試験委員、税理士試験委員、不動産鑑定士第二次試験委員、文部科学省会計分野の専門職大学院に関する検討会主査などを歴任。
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梅沢 昌太郎(うめざわ しょうたろう、1937年(昭和12年… 梅沢 昌太郎(うめざわ しょうたろう、1937年(昭和12年)5月23日 - )は、日本の商学者・農学者。学位は、博士(農学)。 農業マーケティング研究の第一人者である。 流通経済大学非常勤講師、高千穂大学専任講師→助教授→教授、日本大学商学部教授および日本大学大学院商学研究科教授→客員教授を経て、日本大学商学部および日本大学大学院商学研究科の非常勤講師。 東京都出身。1960年、早稲田大学政治経済学部卒業後、協和ガス化学会社セールスマンや、社団法人日本能率協会経営のコンサルタント、社団法人農協流通研究所調査研究部長を経て、高千穂商科大学助教授→教授に就任。その後、1997年から日本大学商学部教授、日本大学大学院商学研究科教授を経て、2008年3月に定年退職。
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櫻井 通晴(さくらい みちはる、1937年3月4日 - )は… 櫻井 通晴(さくらい みちはる、1937年3月4日 - )は、日本の会計学者。専門は、管理会計・原価計算。学位は、商学博士(早稲田大学・論文博士・1971年)。専修大学教授を38年間努めた。ソフトウェア原価計算の開発・導入、原価企画の欧米企業・大学への普及、ABCとバランスト・スコアカードの日本への移植、コーポレート・レピュテーションの研究など、原価計算・管理会計の研究に貢献。静岡県出身。 ※以下、出典は『櫻井・加藤 両教授退職記念論集。 中心的な研究テーマは、時代の変遷とともに、原価計算、管理会計、インタンジブルズの測定へと移行している。著書45冊のうち,主要なものは以下のものである。 論文は、歴史的アプローチを用いた原価計算と管理会計の分析を扱った研究が多い。
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中田 一郎(なかた いちろう、1937年(昭和12年)3月1… 中田 一郎(なかた いちろう、1937年(昭和12年)3月1日 - )は、日本の東洋史学者(西アジア・中東史)。中央大学名誉教授。 1963年、早稲田大学文学部を卒業し、同大学院西洋史学専攻博士課程を中退。ヒブルー・ユニオン・カレッジ大学院に留学し、1966年修士課程修了。コロンビア大学大学院博士課程を1974年に修了し、Ph.D を取得した。学位論文は『"Deities in the Mari Texts; Complete Inventory of All the Information on the Deities Found in the Published Old Babylonian Cuneiform Texts from Mari and Analytical and Comparative Evaluation Thereof with Regard to the Official and Popular Pantheons of Mari"』(マリから出土した古代バビロニアの神についてのテクストの分析)であった。
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岡倉 徹志(おかくら てつし、1937年1月20日 - )は… 岡倉 徹志(おかくら てつし、1937年1月20日 - )は、日本のジャーナリスト、中東学者。 東京生まれ。父は岡倉古志郎。岡倉天心の曾孫にあたる。早稲田大学第一文学部卒業後、毎日新聞社へ入社。カイロ支局長、外信部副部長、編集委員を経て1990年より富山国際大学教授となる。2008年退職。専攻は中東、イスラム世界の現代政治、国際関係。
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砂田 一郎(すなだ いちろう、 1937年1月14日 - 2… 砂田 一郎(すなだ いちろう、 1937年1月14日 - 2014年6月19日)は、日本の政治学者。専門はアメリカ政治。元学習院大学法学部教授。 兵庫県生まれ。1960年早稲田大学政治経済学部政治学科卒。 毎日新聞社に勤務。フルブライト交換留学で渡米、1973年カリフォルニア大学バークレー校大学院修士課程修了(M.A, 政治学)。同年毎日新聞社を退職、東海大学政治経済学部教授などを経て1995年から2007年3月まで学習院大学法学部教授を務めた。1984年日米友好基金アメリカ研究出版賞受賞。 2014年6月19日午後0時35分、敗血症のため東京都渋谷区の病院で死去した。77歳没。
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加藤 久晴(かとう ひさはる、1937年 - )は、日本のテ… 加藤 久晴(かとう ひさはる、1937年 - )は、日本のテレビディレクター、ジャーナリスト、メディア学者。 早稲田大学文学部卒。日本テレビ勤務、東海大学文学部広報メディア学科教授。2008年に退任。メディア総合研究所研究員。 主な担当番組「NNNドキュメント」「田英夫リポート」ほかでJCJ賞・地方の時代映像賞・ギャラクシー賞などを受賞。
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和田 好清(わだ よしきよ、1937年(昭和12年)- )は… 和田 好清(わだ よしきよ、1937年(昭和12年)- )は、日本のジャーナリスト、学者、政治活動家である。島根県大田市出身。早稲田大学卒業。産経新聞記者、藤田正明参議院議員政策担当秘書、新自由クラブ島根県連合代表、米アラスカ大学政治学客員教授、グアム大学政治学教授・総長顧問などを務めた。
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水落 潔(みずおち きよし、1936年11月2日 - )は、… 水落 潔(みずおち きよし、1936年11月2日 - )は、日本の古典演劇評論家、桜美林大学名誉教授、元毎日新聞記者。 大阪生まれ。1961年、早稲田大学第一文学部演劇科卒業。1962年、毎日新聞社に入り、学芸部副部長を経て編集委員。1970年以来、同紙歌舞伎・文楽評を担当。のち客員編集委員、1991年『上方歌舞伎』で芸術選奨新人賞受賞。1996年、毎日新聞社を退社。2000年、桜美林大学教授。2001年より古典演劇界の重鎮として近松賞選考委員などを務める。2007年、桜美林大学名誉教授。
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小六 英介(ころく えいすけ、1936年(昭和11年)8月2… 小六 英介(ころく えいすけ、1936年(昭和11年)8月21日 - 2012年(平成24年))は、元NHKアナウンサー、元愛知学泉大学教授。 大阪府出身、父は大相撲の元関脇であった磐石熊太郎(本名は小六熊雄)。早稲田大学教育学部を卒業後、1960年(昭和35年)にNHK入局。『FMリクエストアワー』を担当時のニックネームは「お馬さん」。アナウンサーとして各地の放送局を歴任する傍ら、看護に興味を持つ。NHKを離れた後は、愛知学泉大学の教授を2006年(平成18年)まで務めた。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
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寿里順平(壽里順平、すさと じゅんぺい、1936年8月13日… 寿里順平(壽里順平、すさと じゅんぺい、1936年8月13日- )は、日本のスペイン語学者、早稲田大学名誉教授。 東京出身。1959年早稲田大学政経学部卒、1964年同大学院法学研究科修士課程修了。南米エクアドル遠征隊などに参加し、1968年早大法学部専任講師、1972年助教授、1976年教授。2007年定年、名誉教授。NHKスペイン語講座講師を務めた。
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伊藤 宏見(いとう ひろみ、1936年7月31日 - 201… 伊藤 宏見(いとう ひろみ、1936年7月31日 - 2019年2月9日)は、日本の英文学者、詩人、歌人、劇作家、比較文化学者、東洋大学名誉教授。 横浜市生れ。1963年早稲田大学第一文学部英文学科卒業、65年同大学院修士課程修了。東京農業大学講師、助教授、東洋大学教授、2007年定年退任、名誉教授。日本歌人クラブ中央幹事。良寛会会長。沙羅短歌会主宰会長。W・B・イェイツ研究が専門。
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西大立目 永(にしおおたちめ ひさし、1936年7月10日 … 西大立目 永(にしおおたちめ ひさし、1936年7月10日 - 2002年12月16日)は、東京都武蔵野市出身のアマチュア野球選手、審判員、早稲田大学名誉教授。
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市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 20… 市川 慎一(いちかわ しんいち、1936年6月3日 - 2019年1月6日)は、フランス文学者、日欧交渉史研究者、早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院博士課程修了。1966-1970年フランスのモンペリエ大学に留学。早稲田大学文学部教授。2002年に定年後は、学習院女子大学非常勤講師。慶應義塾大学特別招聘教授、マドリッド・アウトノマ大学客員教授を歴任。2016年春、瑞宝中綬章受勲。2019年1月6日、肺炎のため死去。82歳没。叙従五位。 百科全書・18世紀啓蒙思想を中心とするフランス思想・文学および比較文化専攻。
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小川 博久(おがわ ひろひさ、1936年5月1日 - 201… 小川 博久(おがわ ひろひさ、1936年5月1日 - 2019年9月18日)は、日本の幼児教育学者。日本保育学会会長、東京学芸大学名誉教授。東京都生まれ。 東京学芸大学、日本女子大学等で研究、教育活動を通して長きに渡り幼稚園教員の養成を行ってきたほか、日本保育学会会長や野外文化教育学会会長等を務め、文部科学省中央教育審議会初等中等教育分科会の各部会で専門委員として活動した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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小沢 明(おざわ あきら、1936年3月27日 - )は、日… 小沢 明(おざわ あきら、1936年3月27日 - )は、日本の建築家、東北芸術工科大学第三代学長で、同大学名誉教授。 建築家が大学の教育現場で建築デザインを教えることは、最早めずらしいことではない。その意味で小沢は、みずからプロフェッサー・アーキテクトであることを任じ、実作の世界と教育の世界の二元的な立場から、「建築家による建築家教育」の重要性を説く。学長時代には、これからの芸術デザイン教育のありかたとして、表現の教育ではなく「表現者の教育」が重要であるとして、作家・デザイナーとして活躍する同大現役教員48名による「私の語るアートとデザイン」の著書を発行した。 建築家としての小沢の作品は、新建築、住宅特集に掲載されるほか、近年の代表作として城下町鶴岡(山形県)につくられた「鶴岡アートフォーラム」がある。
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植田 祐次(うえだ ゆうじ、1936年1月24日 - )は、… 植田 祐次(うえだ ゆうじ、1936年1月24日 - )は、日本のフランス文学者、青山学院大学名誉教授。 満州営口生まれ。1959年早稲田大学仏文科卒、1963年同大学院博士課程単位取得満期退学、1965年長崎造船大学助教授、1970年、青山学院大学助教授となり、1984年に教授、2006年に定年退任、名誉教授。 18世紀フランス文学専攻。サド、レチフなどを研究、翻訳した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
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望月 享子(もちづき たかこ、1936年1月24日- )は、… 望月 享子(もちづき たかこ、1936年1月24日- )は、日本の心理学者、東海大学名誉教授。 東京生まれ。1958年早稲田大学文学部心理学専修卒、65年同大学院博士課程満期退学、82年「作業経過に関する一実験的研究」で文学博士。1967年関東学院女子短期大学専任講師・助教授・教授をへて、1976年東海大学助教授、1982年教授、2004年退職、名誉教授となる。
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藤井 かよ(ふじい かよ、1936年1月17日 - 2009… 藤井 かよ(ふじい かよ、1936年1月17日 - 2009年12月29日)は、日本の英米文学研究者、比較文化学者、翻訳家。 1959年早稲田大学文学部卒業。1959年から1963年アメリカ、イギリス、イタリアへ遊学。1968年同大学大学院博士課程満期退学(英文学)。大正大学文学部講師、早稲田大学文学部講師。1978年より大正大学教授。 2006年「恋愛小説と現代の女性文化」で大正大学文学博士。2006年定年、名誉教授。大正大学は藤井の遺志により留学生向けの「藤井かよ奨学金」を運用している。 夫は物理学者の藤井昭彦。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
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