宮下 正房(みやした まさふさ、1936年(昭和11年)1月… 宮下 正房(みやした まさふさ、1936年(昭和11年)1月16日 - )は日本の商学者で、東京経済大学経営学部名誉教授。長野県出身。 同大学では大学院経営学研究科、経営学部長、副学長などを歴任する
早稲田大学:1,054人
宮下 正房(みやした まさふさ、1936年(昭和11年)1月… 宮下 正房(みやした まさふさ、1936年(昭和11年)1月16日 - )は日本の商学者で、東京経済大学経営学部名誉教授。長野県出身。 同大学では大学院経営学研究科、経営学部長、副学長などを歴任する
喜多村和之(きたむら かずゆき、1936年1月1日 - 20… 喜多村和之(きたむら かずゆき、1936年1月1日 - 2013年12月25日)は、日本の教育学者。位階は従四位。
山下富美代(やました ふみよ、1936年1月1日- 2025… 山下富美代(やました ふみよ、1936年1月1日- 2025年2月7日)は、日本の心理学者、立正大学名誉教授。 東京生まれ。1958年早稲田大学文学部心理学科卒、63年同大学院文学研究科心理学専攻博士課程中退。59-64年警視庁科学捜査研究所心理職技師、立正大学教養部教授、同大文学部教授、同大心理学部教授、2007年定年、名誉教授となる。専門分野は認知心理学。日常的認知研究への関心があり、幼児の認知機能・発達診断、および高齢者の認知機能の研究等に従事している。2025年2月7日死去。
石渡 利康(いしわたり としやす、1936年 - )は、日本… 石渡 利康(いしわたり としやす、1936年 - )は、日本の国際法学者、翻訳家。日本大学名誉教授。 東京生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了。デンマークのコペンハーゲン大学、スウェーデンのウプサラ大学に学ぶ。東海大学助教授、日本大学国際関係学部ならびに大学院国際関係研究科教授。1999年「北極圏地域研究」で博士(国際関係)。専門は、国際法・北欧法。 専門以外に、北欧流の性教育の著作や翻訳、『小さなバイキングビッケ』の原作の翻訳なども行った。
坂本 實(さかもと みのる、1936年 - )は、日本の情報… 坂本 實(さかもと みのる、1936年 - )は、日本の情報学者。専修大学教授として33年奉職し、情報科学研究所所長、情報科学研究センター長、経営学部長、ネットワーク情報学部長、理事、評議員などの要職を歴任した。専門分野は、オペレーションズ・リサーチ、最適制御理論、数学モデル、経営情報学などである。 「専修ネットワーク&インフォメーション(坂本實教授退職記念号)」に基づき経歴を記述する。 経営学部とネットワーク情報学部の両学部において学部長を務め、初代の専修大学情報科学研究所所長に就任するなど重責を歴任した。「専修ネットワーク&インフォメーション坂本實教授退職記念号」には、多くの言葉が寄せられているが、組織の意見をまとめる忍耐力と組織のメンバーへの配慮により、円滑な組織運営を可能にしたとの意見が多い。
出来成訓(でき しげくに、1936年-2017年1月11日)… 出来成訓(でき しげくに、1936年-2017年1月11日)は、日本の英学者・英語史学者。 東京生まれ。1960年早稲田大学文学部英文科卒。宇都宮大学教養部助教授、教授をへて、1986年神奈川大学外国語学部教授、2007年退職。名誉教授となる。
和田 茂穂(わだ しげほ、1935年12月16日 - 202… 和田 茂穂(わだ しげほ、1935年12月16日 - 2023年2月9日)は、日本の流通学者。千葉経済大学短期大学部ビジネスライフ学科教授。経営学、マーケティング、流通システム論などの授業を担当。 東京都出身。早稲田大学文学部卒業、日本経済新聞記者となり、論説委員などを務め、流通関係の分野を専門とする。その後、千葉経済大学短期大学部教授となる。近年、商店街の再活性化などで和田の著書が参考にされる事が多い。[要出典] 2023年2月9日、87歳で死去した。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
福井 重雅(ふくい しげまさ、1935年12月11日 - 2… 福井 重雅(ふくい しげまさ、1935年12月11日 - 2020年3月13日)は、日本の東洋史学者。早稲田大学名誉教授。 1935年、東京府牛込区(現東京都新宿区)で生まれた。1954年、早稲田大学高等学院を卒業。早稲田大学第一文学部史学科東洋史専修に進学し、1958年に卒業。同大学院文学研究科に進み、1965年に博士課程を単位取得満期退学。 1965年、同大学文学部講師となった。1971年に助教授、1967年に同教授昇格。1988年、学位論文『漢代官吏登用制度の研究』を早稲田大学に提出し、文学博士号を取得。2006年に早稲田大学を定年退職し、名誉教授となった。
高儀 進(たかぎ すすむ、1935年9月24日 -2020年… 高儀 進(たかぎ すすむ、1935年9月24日 -2020年8月4日)は、日本の英文学者、翻訳家、早稲田大学名誉教授。 神奈川県生まれ。早稲田大学文学部卒。早稲田大学政治経済学部助教授、教授を務め、2006年定年退任。 デイヴィッド・ロッジの訳を多数刊行。初期の訳にマクルーハン『グーテンベルグの銀河系』、また推理小説を数多く訳している。
藤原 保信(ふじわら やすのぶ、1935年9月4日 - 19… 藤原 保信(ふじわら やすのぶ、1935年9月4日 - 1994年6月5日)は、日本の政治学者。専門は政治思想史。学位は、政治学博士(早稲田大学)。元早稲田大学政治経済学部教授。クリスチャン。 長野県安曇野市(旧豊科町)生まれ。少年時に父が戦死し、祖父に育てられ、南安曇農業高等学校を卒業。日清紡の現業労働者として工場で働きながら、早稲田大学第二政治経済学部を卒業。同大学大学院政治学研究科に進学後、修士課程は日本政治史を、博士課程では政治哲学を専攻。1965年博士課程修了(論文名は『近代政治哲学の形成:ホッブズの政治哲学』)。1974年早稲田大学教授。 1969年シカゴ大学に留学し、ジョゼフ・クロプシーとレオ・シュトラウスに師事する。
松前 仰(まつまえ あおぐ、1935年8月11日 - 200… 松前 仰(まつまえ あおぐ、1935年8月11日 - 2006年6月5日)は、政治家・工学者。工学博士。位階は従四位。 専門は海洋工学。元日本社会党衆議院議員(4期)。東海大学創立者・松前重義の三男。日本対外文化協会常務理事を務めた。 東京都武蔵野市出身。早稲田大学理工学部電子通信学科卒業。1957年、NHKに入局。放送技術研究に従事、実験用放送衛星やビデオテープ自動編集方式などの開発に取り組み、のち主任研究員。その後、宇宙開発事業団主任研究員としてアメリカにて人工衛星開発にも従事。1976年に早稲田大学にて論題「VTR自動編集方式の研究」で工学博士受く。1982年に退局して東海大学教授に就任。
本間 義人(ほんま よしひと、1935年7月17日 - 20… 本間 義人(ほんま よしひと、1935年7月17日 - 2022年1月12日)は、日本のジャーナリスト、都市政策学者、法政大学名誉教授。 東京出身。1958年早稲田大学文学部卒。1989年「内務省住宅政策の教訓 公共住宅論序説」で北海道大学法学博士。1967年毎日新聞社入社、社会部編集委員、編集局編集委員、特別報道編集委員、1982年編集委員となる。1994年九州大学大学院比較社会文化研究科教授、1999年4月法政大学現代福祉学部教授に転じ、2006年定年、名誉教授となる。2022年1月12日、虚血性心不全のため死去、86歳。 1984年東京市政調査会藤田賞特別賞受賞。
洗 建(あらい けん、1935年6月23日 -)は、京城出身… 洗 建(あらい けん、1935年6月23日 -)は、京城出身の日本の宗教学者。駒澤大学名誉教授。専門は宗教と法制度。元文化庁宗務課専門員。 宗教学の立場からの法制度研究を開始し、同分野の第一人者として、国会や各裁判所より参考人として意見を求められている。 1935年、京城生まれ。1954年に東京都立日比谷高等学校卒業後、早稲田大学教育学部国語国文学科に入学。1959年に同卒業後、同大学院文学研究科国文学専攻修士課程に進む。1962年に修了後、東京大学文学部宗教学宗教史学科に学士編入。1964年に同大学院修士課程に進み、脇本平也、柳川啓一に師事、1970年に博士課程を満期退学。 1970年に東京大学助手となり、1974年から文化庁宗務課専門職員に転じ。
野中 郁次郎(のなか いくじろう、1935年5月10日 - … 野中 郁次郎(のなか いくじろう、1935年5月10日 - 2025年1月25日)は、日本の経営学者。一橋大学名誉教授、カリフォルニア大学バークレー校特別名誉教授、日本学士院会員。元組織学会会長。知識経営の生みの親として知られる。 東京都墨田区出身。父は職人。太平洋戦争中、疎開先の静岡県富士郡吉原町(現:富士市吉原)でグラマンF6Fヘルキャットによる機銃掃射を受け九死に一生を得る。笑いながら機銃掃射を行う米兵の姿を見て復讐を誓った。兄と同じ東京都立第三商業高等学校に進学するが簿記や珠算に興味がわかず、卒業要件の簿記3級と珠算3級を得ることができず、卒業が危ぶまれる状況になったため、教員の計らいで商業コースから進学コースに移り、複数の私立大学仏文科、独文科、政治学科などを受験。
下田 直春(しもだ なおはる、1935年4月25日 - 19… 下田 直春(しもだ なおはる、1935年4月25日 - 1994年11月30日)は、日本の社会学者。 長崎県島原市生まれ。早稲田大学第一文学部社会学科卒、同大学院社会科学研究科博士課程満期退学。1982年「社会学的思考の基礎 社会学基礎理論の批判的展望」で早大文学博士。立教大学社会学部助教授、教授。
浦田 賢治(うらた けんじ、1935年2月25日 - )は、… 浦田 賢治(うらた けんじ、1935年2月25日 - )は、日本の法学者。専門は憲法。早稲田大学名誉教授。憲法学舎主宰。熊本県葦北郡佐敷町(現在の芦北町)出身。
深井 人詩(ふかい ひとし、1935年2月23日 - 202… 深井 人詩(ふかい ひとし、1935年2月23日 - 2020年11月19日)は、日本の書誌学者。早稲田大学教育学部非常勤講師(図書館司書課程)。 石川県羽咋郡西土田村(現・志賀町)に生まれる。早稲田大学第二文学部卒。 妻は小説家の深井迪子。 1953年から1997年まで同大学図書館に勤務するかたわら、『書誌年鑑』をはじめ多くの書誌を刊行、参考業務に必要なレファレンス・ツールの体系を示した。深井の作成した書誌は図書館業務に日常役立ち、図書館を従来の図書借用施設から情報提供・調査サポート施設へと変化させた。図書館の研究会を412回、50年に亘ってほとんど一人で主宰、ここから多くのライブラリアンが巣立った。
馬場 璋造(ばば しょうぞう、1935年2月13日 - 20… 馬場 璋造(ばば しょうぞう、1935年2月13日 - 2021年12月20日)は、日本の建築評論家、建築批評家、建築史家、編集者、建築ジャーナリスト。 1935年埼玉県川越市生まれ。1957年早稲田大学建築学科卒。1959年早稲田大学経済学科卒、新建築社入社。1972年新建築社取締役編集長。1989年から「高松宮殿下記念世界文化賞」建築部門の選考委員を務めた。1990年建築情報システム研究所設立。1992年日本建築学会理事。1995年日本文化デザイン会議福岡議長。2002年日本建築学会賞業績賞受賞。 コンペのプロフェッショナル・アドバイザー、さいたまスキップ・シティ技術提案競技審査委員長、中国仏山市スポーツセンター国際指名設計競技審査員、ブリーゼタワー国際指名設計競技審査員等を歴任。
深沢 道子(ふかざわ みちこ、1935年2月9日 - 201… 深沢 道子(ふかざわ みちこ、1935年2月9日 - 2013年5月12日)は、日本の心理学者、早稲田大学名誉教授。交流分析 (TA) の専門家。 東京都生まれ。1957年早稲田大学文学部卒、1959年イリノイ大学社会福祉大学院卒。米国で十年間精神病院などに勤務、聖マリアンナ医科大学病院医療相談室室長、聖マリアンナ医科大学助教授(1980年兼任)、1989年早稲田大学文学部教授、2006年定年、名誉教授。国際TA協会(wikidata)教授会員(TSTA)。日本交流分析学会理事、日本TA協会(TAAJ)初代会長。中央更生保護審査会委員(1995年12月25日付け、1998年再任)。
友田 錫(ともだ せき、1935年1月27日 - 2018年… 友田 錫(ともだ せき、1935年1月27日 - 2018年7月31日)は、日本のジャーナリスト、国際関係学者。 東京生まれ。1958年早稲田大学文学部仏文科卒、東京新聞に入り外信部記者、1962年産経新聞社に移り外信部、1967-1968年サイゴン特派員、プノンペン特派員、1974-1978年パリ特派員、パリ支局長、政治部編集委員、1983年国際報道部長、1984年編集局次長、論説委員を経て、山陽学園短期大学教授となり、1992年亜細亜大学アジア研究所教授、2002-2004年所長、2005年日本国際問題研究所所長、2009年退任。2018年7月31日、腎盂癌のため死去。83歳没。
堤 貞夫(つつみ さだお、1934年〈昭和9年〉10月30日… 堤 貞夫(つつみ さだお、1934年〈昭和9年〉10月30日 - )は、日本の鉱床学者(地球科学者)。工学博士。早稲田大学名誉教授。専門は鉱物学。群馬県利根郡久呂保村(現:昭和村)生まれ。 群馬県立沼田高等学校を経て、1957年早稲田大学第一理工学部鉱山学科を卒業。1962年、同大学院理工学研究科博士課程を修了。1965年工学博士(早稲田大学)。同年より同大学教育学部助手、講師、助教授を経て1975年教授。1986年から1990年にかけて教育学部長、1990年から1993年まで早稲田実業学校理事長、1995年から2003年まで早稲田中・高等学校長を歴任。2005年3月定年退職、名誉教授。 大学では稲門地学会会長、循環型環境技術研究会会長、また1981年から2005年までバスケットボール部の部長を務めた。
唐沢 豊(唐澤豊、からさわ ゆたか、1934年10月21日-… 唐沢 豊(唐澤豊、からさわ ゆたか、1934年10月21日- )は、日本の経営工学者。 東京出身。1960年早稲田大学政治経済学部経済学科卒。1980年「自動倉庫設計のシステム工学的接近」で京都大学工学博士。産業能率大学経営情報学部教授、神奈川大学工学部経営工学科教授。2005年定年退職。
高橋 悦男(たかはし えつお、1934年7月9日 - 202… 高橋 悦男(たかはし えつお、1934年7月9日 - 2024年12月11日)は、日本の俳人・元アメリカ文学者、早稲田大学名誉教授。 静岡県生まれ。早稲田大学文学部英文科卒、同大学院修士課程修了。早大助教授、社会科学部教授。2005年定年、名誉教授。1983年俳誌『海』を創刊、俳句結社海の会主宰。 2024年12月11日、病院で死去した。90歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
林 瑞枝(はやし みずえ、1934年6月7日 - )は、日本… 林 瑞枝(はやし みずえ、1934年6月7日 - )は、日本の国際政治学者。元駿河台大学教授。専攻はジェンダー、欧州統合、フランス文化。 1934年に東京で生まれる。早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業する。専修大学法学部兼任講師などを経て、1994年に駿河台大学文化情報学部教授となる。また、同大学比較法研究所に所属した。2004年に同大学を退職した。ジェンダーやヨーロッパの政治・文化を研究し、フランス語を駆使して翻訳を手がけた。退職後も著述・翻訳を行っている。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
福井 文雅(ふくい ふみまさ/ぶんが、1934年6月6日- … 福井 文雅(ふくい ふみまさ/ぶんが、1934年6月6日- 2017年5月4日)は、日本の仏教学者および中国学者、僧侶(天台宗勧学で権大僧正)。栃木県日光市、日光山輪王寺内にある唯心院住職、早稲田大学名誉教授。 父の福井康順と、弟の福井重雅も、共に東洋学者であり、天台宗僧侶。
佐藤篤士(さとう とくじ、1934年3月20日-2006年5… 佐藤篤士(さとう とくじ、1934年3月20日-2006年5月31日)は、日本の法学者。 山形県鶴岡市出身。1952年、山形県立鶴岡南高等学校卒、1958年、早稲田大学第一法学部卒、1961年、同大学大学院法学研究科修士課程修了。同年、早稲田大学法学部助手、1964年、同専任講師、1966年、同助教授、1971年、同教授。1977年、法学博士。1980年法制史学会理事。2000年早稲田大学大学史資料センター所長。2004年、定年、名誉教授。専門は古代ローマ法。 恩師は、中村吉三郎 (法学者)。門下生に西村隆誉志(愛媛大学名誉教授)、原田俊彦(早稲田大学教授)、熊丸光男(帝京大学教授)、足立清人(北星学園大学教授)、藤野奈津子(千葉商科大学教授)らがいる。
牛山 積(うしやま つもる、1934年2月9日 - )は、日… 牛山 積(うしやま つもる、1934年2月9日 - )は、日本の法学者。専門は、民法・環境法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1978年)。早稲田大学名誉教授。 長野県諏訪郡湖東村(現茅野市)出身。長野県諏訪清陵高等学校卒業、1958年早稲田大学法学部卒業、1963年同大学院博士課程満期退学、78年「公害裁判の展開と法理論」で法学博士。1962年早大法学部助手、65年講師、67年助教授、72年教授。2004年定年退職、名誉教授、大宮法科大学院大学教授。専門は、民法・環境法。
大須賀 明(おおすが あきら、1934年1月21日 - 20… 大須賀 明(おおすが あきら、1934年1月21日 - 2015年12月23日)は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1984年)(学位論文「生存権論」)。早稲田大学名誉教授。元早稲田大学比較法研究所所長。元司法試験第二次試験考査委員(憲法)。神奈川県横浜市出身。女優・十朱幸代は母方の従妹。 特に社会権関係の研究で知られる。生存権について具体的権利説を推進した。具体的権利説によれば具体的な立法(例えば生活保護法)が存在しなくとも、直接憲法25条によって司法に訴えることが出来ることになる。大須賀の具体的権利説の場合は、立法権(国会)に対してその最高機関性をなるべく侵害しない形で、作為を義務づけるのではなく、不作為の違憲確認訴訟を起こすことにその意義がある。
伊藤 洋(いとう ひろし、1934年1月6日 - )は、日本… 伊藤 洋(いとう ひろし、1934年1月6日 - )は、日本のフランス演劇研究者、早稲田大学名誉教授。 東京府生まれ。早稲田大学文学部仏文科卒、同大学院博士課程中退。早稲田大学教育学部助教授、教授、パリ大学文学博士。早稲田大学演劇博物館館長。2003年退任、名誉教授。 2013年 瑞宝中綬章受章。
多田 博一(ただ ひろかず、1934年 - )は、日本の経済… 多田 博一(ただ ひろかず、1934年 - )は、日本の経済学者、アジア経済の研究者、大東文化大学名誉教授。 東京都生まれ。1958年早稲田大学文学部卒、1960年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。アジア経済研究所勤務、1985年大東文化大学国際関係学部教授。2005年定年退任、名誉教授。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
平田 彰(ひらた あきら、1934年(昭和9年) - 200… 平田 彰(ひらた あきら、1934年(昭和9年) - 2007年(平成19年))4月)は、日本の工学者。早稲田大学理工学部元教授 早稲田大学名誉教授。 1934年生まれ。1958年に早稲田大学理工学部応用化学科を卒業後、引き続き大学院修士課程、博士課程に進学。1963年に早稲田大学理工学部の助手として採用されて以来、早稲田大学において化学工学の研究に従事する。特に、気体・液体・固体が接触する際のメカニズムに関する研究を専門とした。また、宇宙開発事業団との共同研究ではNASAスペースシャトルにおける微小重力実験の研究代表者として、宇宙でしか実現できない微小重力場の単結晶精製の研究を行った。これらの成果により、微小重力科学という新たな学問分野の確立に貢献した。
片岡 寛光(かたおか ひろみつ、1934年 - )は、日本の… 片岡 寛光(かたおか ひろみつ、1934年 - )は、日本の行政学者。学位は、博士(政治学)(早稲田大学)。称号は、早稲田大学名誉教授(2005年)、瑞宝中綬章受章(2012年)、早稲田大学名誉評議員(2014年)。専門は、行政学。 札幌市生まれ。北海道札幌西高等学校、早稲田大学政治経済学部卒。 1967年以降早稲田大学政治経済学部に助手から勤務。1976年から教授。1990年から1994年まで同学部長。1994年から1998年まで同大学大学院政治学研究科委員長。2003年から2005年まで同大学大学院公共経営研究科専任教授・委員長。カリフォルニア大学で在外研究を行う。1990年から1994年日本行政学会理事長。
岸田 秀(きしだ しゅう、1933年12月25日 - )は、… 岸田 秀(きしだ しゅう、1933年12月25日 - )は、日本の心理学者・精神分析学者・エッセイスト・翻訳家。和光大学名誉教授。 1977年の『ものぐさ精神分析』が話題になり、思想界を担う存在となった。翻訳書も多数著している。『ものぐさ精神分析』では「人間は本能の壊れた動物である」とし、独自の唯幻論を提言する。妻は文化人類学者の船曳建夫の実姉。 1933年に香川県仲多度郡善通寺町(現:善通寺市)に生まれた。父親は1921年に善通寺町に開館した映画館「世界館」の経営者であり、岸田家は東京・浅草六区にあった「世界館」の経営者でもあった。戦前において、善通寺町の世界館は仲多度郡で最も大きな映画館だった。
中島 峰広(なかしま みねひろ、1933年12月15日 - … 中島 峰広(なかしま みねひろ、1933年12月15日 - )は、日本の農業地理学者、博士(学術)[4]。畑地灌漑・棚田研究の第一人者である[5]。早稲田大学教育学部(社会科地理歴史専修)の教員として長く教鞭を執ったほか、農林水産省日本の棚田百選の選定委員や、棚田学会会長[6][7]、NPO法人棚田ネットワーク代表を歴任した[5][8]。
佐久川 政一(さくがわ せいいち、1933年11月10日 -… 佐久川 政一(さくがわ せいいち、1933年11月10日 - 2025年5月20日)は、日本の法学者。沖縄大学名誉教授。専攻は民事訴訟法・憲法。 沖縄県中頭郡北谷町出身。1959年早稲田大学卒。ニューヨーク大学ロースクール大学院LLM修士課程修了。1989年から1995年まで2期6年の間、第13代・14代沖縄大学学長。 チュチェ思想研究会全国連絡会会長、金日成・金正日主義研究全国連絡会代表世話人を務めるなど、チュチェ思想の宣伝者でもある。 2025年5月20日、中頭郡北中城村の中部徳洲会病院で死去。91歳没。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
富山 和子(とみやま かずこ、1933年〈昭和8年〉10月5… 富山 和子(とみやま かずこ、1933年〈昭和8年〉10月5日 - )は、日本の環境問題評論家、立正大学名誉教授。 群馬県前橋市出身。群馬県立前橋女子高等学校卒業後、1957年に早稲田大学第一文学部仏文科を卒業。講談社に入社し、『幼年クラブ』や『日本』の編集を担当する。1967年に退社。 立正大学短期大学部教授を経て、立正大学社会福祉学部教授。2004年に定年退任し、名誉教授。日本福祉大学教授。 国土利用における農業や林業の重要性を主張している。 富山は「水と緑と土は同義語」という標語に自身の思想を象徴させている。すなわち、森林が水を御し、植物すなわち食物を育む土壌をつくる。この三者は互いに密接に関係しあっており個々に取り出して議論することはできない。
竹内 重年(たけうち しげとし、1933年5月10日 - 2… 竹内 重年(たけうち しげとし、1933年5月10日 - 2021年6月23日)は、日本の法学者、弁護士。専門は憲法学、政党法。 1933年、岡山県岡山市に生まれる。早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。東京大学社会科学研究所所員として憲法、行政法を専攻した。ドイツ公法研究のためハイデルベルク大学へ留学し、憲法学者ゲルハルト・ライプホルツ(de:Gerhard Leibholz)に師事した。 1962年、参議院法制局参事に就任。1968年に熊本大学講師に就任し、その後、助教授を経て教授に就任する。1995年、「ドイツ政党法の実証的研究」で北海道大学法学博士号を取得。1996年、明治大学教授に就任。
野村 三郎(のむら さぶろう、1933年〈昭和8年〉4月17… 野村 三郎(のむら さぶろう、1933年〈昭和8年〉4月17日 - )は、ウィーンに拠点を置く、日本の音楽評論家、音楽社会学者。ウィーン・メロス音楽研究所代表。日本ラトビア音楽協会の創立発起人の1人であり会員。TDU・雫穿大学のアドバイザーも務める。 「ウィーンの音楽界では最も著名な日本人」と評される。 1933年(昭和8年)、鹿児島県に生まれる。鹿児島県立鶴丸高等学校を卒業後、1952年(昭和27年)に上京し早稲田大学文学部哲学科で学び、早稲田大学大学院の文学研究科では音楽社会学を専攻し博士課程を修了。早稲田大学ではグリークラブに所属。 1966年(昭和41年)3月に立ち上げられた鹿児島短期大学設立準備委員会において、鹿児島の教員やスタッフが東京や文部省との綿密な連絡や教員についての情報収集を行うのは非効率的との判断により、同年6月1日付で野村が同準備委員会の東京駐在員に着任し、教養科教育課程作成の検討や原案作りなどを行う。
高橋 正(たかはし ただし、1933年4月7日 - 2015… 高橋 正(たかはし ただし、1933年4月7日 - 2015年8月7日)は、日本の国際政治学者。 東京生まれ。1956年早稲田大学政治経済学部卒業後、東京新聞入社。1970年北米移動特派員、1971年から1974年までモスクワ支局長、1974年外報部次長。1985年千葉商科大学助教授、1987年教授。2004年定年退任。「新しい歴史教科書をつくる会」運動にも賛同し会員になった。 1933年4月7日 東京府日本橋生まれ 1946年4月 東京高等学校(旧制)尋常科入学 1950年4月 東大教育学部付属高校2年編入 1952年4月 早稲田大学政治経済学部政治学科入学 1956年3月 同大学卒業 1956年4月 東京新聞入社外報部勤務 1957年10月 企業併合により中日新聞社外報部勤務 1971年6月 モスクワ支局長(1974年まで) 1974年7月 外報部次長 1980年 ソ連・東欧移動特派員 1985年3月 中日新聞社退社 1985年4月 千葉商科大学商経学部助教授 1987年4月 同教授 1987年4月 防衛大学校非常勤講師 1993年8月 第一回夏期語学研修学生引率(フロリダ大学) 1994年8月 経済研究所共同研究中国現地調査(第一回) 1996年8月 第二回現地調査 2004年3月 千葉商科大学定年退職 1988年10月22日 ソ連・東欧学会幹事を委託される 1988年3月6日 中国三3研究会上海総会に招請,参加 1988年10月1日 ソ連・東欧学会第17回大会で討論者をつとめる 1988年10月17日 第6回日ソ円卓会議(モスクワ)に招請,参加 1988年12月5日 関西経済倶楽部で「中ソ和解の内幕と波紋」につき講演 1989年10月13日 中日友好協会の招請で中国訪問 1990年1月11日 民主社会主義全国研究会議で報告「対外政策の課題」 1990年1月16日 総合研究所月例会議で講演「ポスト・ヤルタのゆくえ」 1990年5月21日 日本広告業協会で講演「欧州広告事情」 1990年5月24日 博報堂にて講演「ソ連‘東欧広告事情」 1990年9月29日 ソ連・東欧学会第19回大会を主催 1991年1月17日 市川ロータリークラブで「91年の国際情勢予測」につき講演 1991年8月3日 綾瀬市中央公民館で「最新ソ連事情」につき講演 1991年9月21日 ラスキン文庫定例講演会で「ラスキンの世紀末我等の世紀末」 につき講演
石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日… 石原 藤夫(いしはら ふじお、1933年〈昭和8年〉4月1日 -)は、日本の小説家、SF作家、サイエンス・ライター、SF書誌研究家、通信工学者(工学博士)である。2000年ごろ、インターネット上で保守的な発言を始めた頃から、過去の自作に因んで“オロモルフ”と名乗り始めた。 ハードSF研究所、SF資料研究会主宰。日本文芸家協会、日本推理作家協会、日本SF作家クラブなどの会員。靖国神社崇敬奉賛会終身会員。元玉川大学教授。論文特許多数あり。 遠縁に社会主義者の沖野岩三郎。 東京府東京市(現在の東京都渋谷区原宿)生まれ。歯科医の長男としてうまれる。母親は同志社大学卒業で、吉屋信子の英語の家庭教師をしたこともある。
大井 邦雄(おおい くにお、1933年3月19日 - 202… 大井 邦雄(おおい くにお、1933年3月19日 - 2020年1月20日)は、日本の英文学者、早稲田大学名誉教授。位階は正五位。 新潟県長岡市生まれ。1954年新潟県立長岡高等学校卒、1959年早大文学部英文科卒、1964年同大学院博士課程満期退学。早稲田大学文学部助教授を経て教授。2003年定年、名誉教授。2014年、瑞宝中綬章受章。正五位。 シェイクスピア、エリザベス朝演劇が専門。 2020年1月20日死去。86歳没。没後に正五位に追叙された。
木村 建一(きむら けんいち、1933年3月5日 - )は、… 木村 建一(きむら けんいち、1933年3月5日 - )は、日本の工学者、環境建築家。早稲田大学名誉教授。工学博士。 1933年、中国撫順市生まれ。1952年、東京府立第十中学校(現・東京都立西高等学校)卒業。 1957年、早稲田大学第一理工学部建築学科卒業・工学士。1959年、早稲田大学大学院工学研究科建設工学専攻修士課程修了・工学修士。1960年 - 1962年、マサチューセッツ工科大学にフルブライト留学生として留学。建築学科の研究助手として、太陽エネルギー研究プロジェクトに参加した。 1964年、早稲田大学第一理工学部専任講師。1967年、早稲田大学第一理工学部助教授。 1965年、早稲田大学大学院工学研究科建設工学専攻博士課程修了・工学博士。
由井 正臣(ゆい まさおみ、1933年1月10日 - 200… 由井 正臣(ゆい まさおみ、1933年1月10日 - 2008年4月4日)は、日本の歴史学者、早稲田大学名誉教授。専攻は日本近代史。近代日本における軍部の成立や田中正造についての研究で知られる。 長野県南佐久郡出身。長野県野沢北高等学校を経て、1956年早稲田大学第一文学部史学科卒業。1957年国立国会図書館職員、1963年国立国会図書館憲政資料室勤務、1968年国立国会図書館を退職し、駒澤大学文学部講師に着任。1971年同助教授。1973年早稲田大学文学部助教授。1978年同教授。2003年早稲田大学を定年退職、名誉教授。墓所は多磨霊園(10-2-10)。
岩下 豊彦(いわした とよひこ、1933年1月5日 - 20… 岩下 豊彦(いわした とよひこ、1933年1月5日 - 2018年5月27日)は、日本の心理学者。早稲田大学名誉教授。 岩手県盛岡市出身。早稲田大学文学部心理学科卒、同大学院博士課程中退、1969年「対人好悪感情の生起およびその認知の機制に関する基礎的研究」で文学博士。日本放送協会総合放送文化研究所勤務ののち、早大文学部助教授、教授、2004年定年、名誉教授。
鈴木 愼一(すずき しんいち、1933年1月1日 - )は、… 鈴木 愼一(すずき しんいち、1933年1月1日 - )は、日本の教育学者。専門分野は比較教育・教育史・教師教育。早稲田大学名誉教授。 満洲国新京市(現・中華人民共和国長春市)に生まれる。新京第一中学校入学の年に敗戦で学業が中断した。1946年10月に両親の郷里である福島県伊達郡粟野村(現・伊達市梁川町粟野)に移住。 福島県立保原高等学校を卒業後、1954年に早稲田大学教育学部に入学、その後早稲田大学大学院文学研究科修士課程、博士課程に進んだ。英国教育行政の研究で学士号、修士号の学位を取得。大学では長谷川亀太郎の指導を受けた。鈴木の家庭は豊かではなく、奨学金を受ける傍らアルバイトをしながら家計を助けたという。
大畠 英樹(おおはた ひでき、1933年 - 2021年 )… 大畠 英樹(おおはた ひでき、1933年 - 2021年 )は、日本の政治学者。早稲田大学名誉教授。専門は、国際政治学。 早稲田大学政治経済学部卒業。立命館大学法学部助教授、早稲田大学社会科学部教授を経て、早稲田大学名誉教授。
北村 実(きたむら みのる、1933年 - )は、日本の哲学… 北村 実(きたむら みのる、1933年 - )は、日本の哲学者。早稲田大学名誉教授。専門は哲学・社会思想。 東京市四谷区生まれ。1962年早稲田大学大学院文学研究科博士課程単位取得。早稲田大学文学部教授。2004年定年退職、名誉教授。財団法人政治経済研究所理事、日本科学者会議(JSA)代表幹事。のち公益財団法人・政治経済研究所相談役、日本科学者会議参与。 1953年に民主主義科学者協会(民科)の早稲田大学班に入会し、哲学部会で古在由重や松村一人の指導の下、マルクス主義哲学やヘーゲル哲学を学んだ。大学院時代の5年間、松村の自宅でヘーゲル大論理学を講読した。松村一人の弟子を自認している。大学の助手だった1965年に471人の発起人の1人として日本科学者会議(JSA)の創立に参加した。
栗原 行雄(くりはら ゆきお、1933年 - )は、英文学の… 栗原 行雄(くりはら ゆきお、1933年 - )は、英文学の翻訳家、元早稲田大学教授。 茨城県出身。茨城県立土浦第一高等学校を経て、早稲田大学文学部卒。勤務のかたわら文芸作品の翻訳を行い、のち早大法学部教授を2002年まで務めた。羽成行央の別名での翻訳もある。
春木 豊(はるき ゆたか、1933年 - )は、日本の心理学… 春木 豊(はるき ゆたか、1933年 - )は、日本の心理学者。早稲田大学名誉教授。文学博士(早稲田大学)。
猪狩 誠也(いかり せいや、1933年 - 2018年4月2… 猪狩 誠也(いかり せいや、1933年 - 2018年4月23日)は、日本の編集者、広報学研究者、東京経済大学名誉教授、日本広報協会広報アドバイザー。「広報論の研究に早くから取り組まれた先駆者の一人」、「日本における広報を草創期から理論的・実践的に主導」した人物と評されている。 1953年に早稲田大学第一商学部に入学し、1957年に卒業してダイヤモンド社に入社し、経営関係の書籍編集や、翻訳業務などに従事する。その中で、アメリカ合衆国から導入が図られていたパブリック・コミュニケーション論に触れ、広報論の研究に取り組むようになり、南博、石川弘義らと知り合って、社会心理研究所に関わる。 1970年から1971年にかけて月刊誌『近代経営』編集長を務め、次いで1971年から1973年まで出版局長となり、次いでダイヤモンド・ビッグ社取締役となったが、病気のために1977年に退任した。