臼井 仁志(うすい ひとし、1988年11月5日 - )は、… 臼井 仁志(うすい ひとし、1988年11月5日 - )は、兵庫県出身のサッカー選手。ポジションはMF。 神戸国際大学附属高校から2007年ファジアーノ岡山へ加入。 2008年は怪我に苦しんだが、2009年開幕戦より復帰を果たす。同年8月よりネクスト所属となる。2010年は再び、トップチームへ復帰を果たしJリーグ初得点も挙げたが、同年6月よりネクスト所属となった。 2011年は岡山加入以来、最多の出場機会を得たものの同年限りで現役を引退するが、2012年高砂ミネイロFCから現役復帰した。
磯金 みどり(いそかね みどり、1988年10月29日 - … 磯金 みどり(いそかね みどり、1988年10月29日 - )は、福岡県出身の元女子サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 門司中央小学校、門司中学校、鳳凰高校の各サッカー部でのプレーを経て吉備国際大学に進学。2009年には、ベオグラード大会に出場するユニバーシアード日本代表に選出された。 2011年、大学を卒業し福岡J・アンクラスに加入した。 2013年、INAC神戸レオネッサに完全移籍。チームの2013年シーズン3冠達成に貢献し、自身も日本代表に初選出された。 2015年1月14日、神戸を退団しジェフユナイテッド市原・千葉レディースに加入することが発表された。 2017年5月7日のアルビレックス新潟レディース戦でなでしこリーグ通算100試合出場を達成。
緒方 汐音(おがた しおね、1988年10月3日 - )は、… 緒方 汐音(おがた しおね、1988年10月3日 - )は、日本の女子プロボクサー。大阪府泉南市出身。大阪国際大学人間科学部スポーツ行動学科卒業。ハラダボクシングジムでプロデビュー後、ワイルドビートボクシングスポーツジム、寝屋川石田ボクシングクラブを経て、KWORLD3ボクシングジムに所属していたが、2023年10月契約解除。元WBO女子アジア太平洋ライトフライ級王者。第6代OPBF女子東洋太平洋ライトフライ級王者。 日ノ本学園高等学校でサッカー選手として活躍後、大阪国際大学では同女子サッカー部のインカレ初出場に貢献するが、怪我などの影響でフットサルに転向後、元プロボクサーの指導者と出会い、アマチュアのジムでボクシングを始める。
原口 大佑(はらぐち だいすけ、1988年9月17日 - )… 原口 大佑(はらぐち だいすけ、1988年9月17日 - )は、兵庫県出身で、JFL・MIOびわこ滋賀所属のサッカー選手。
原 あいら(はら あいら、欧文表記:Aira Hara、19… 原 あいら(はら あいら、欧文表記:Aira Hara、1988年8月26日 - )は、日本のソプラノ歌手。愛知県出身。 3歳からピアノを習い中学2年から声楽の師匠に師事し、名古屋市立菊里高等学校音楽科、国立音楽大学音楽学部演奏学科を卒業後、洗足学園音楽大学大学院音楽研究科にて修士号を取得。鹿児島国際大学大学院博士後期課程在学中にイタリア国立マントヴァ国立音楽院オペラ科へ留学。 2017年にアレグロ・ミュージック・プラン主催「ハンブルク国際夏季講習会」修了コンサートにて、オペラ『蝶々夫人』第二幕第1場の蝶々夫人役を演じた。2018年には鹿児島国際大学主催で、台湾の台北天成大飯店にてコンサート実施。
島貫 純(しまぬき じゅん、1988年8月7日 - )は、東… 島貫 純(しまぬき じゅん、1988年8月7日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手。 修徳高校卒業後、2007年に水戸ホーリーホックに加入。2007年9月30日のJ2第43節・ベガルタ仙台戦で交代出場し、公式戦初出場。2009年3月、東京国際大学へ進学のため、水戸ホーリーホックトップチームの選手登録から抹消となった。東京国際大学でもサッカー部に在籍した。
黒沢 翔太(くろさわ しょうた、1988年8月5日 - )は… 黒沢 翔太(くろさわ しょうた、1988年8月5日 - )は、埼玉県秩父市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 埼玉県立秩父高校から城西国際大学に進学。大学時代には、3年時の千葉県大学野球春季リーグ戦で、最多勝利と奪三振王のタイトルを獲得した。 2010年のNPB育成ドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズから育成1巡目で指名され、入団した。入団当初の背番号は121。 2011年には、イースタン・リーグ公式戦9試合に登板。1勝1敗、防御率1.69の成績を残したが、支配下選手登録には至らならなかった。 2012年には、イースタン・リーグ公式戦14試合の登板で、防御率3.00を記録したが、支配下選手登録を見送られた。
胡 朋宏(えびす ともひろ、1988年7月25日 - )は、… 胡 朋宏(えびす ともひろ、1988年7月25日 - )は、日本の元プロボクサー。兵庫県西宮市出身。横浜光ボクシングジム所属。第57代日本ミドル級王者。元日本ミドル級暫定王者。 神戸国際大学附属高等学校3年時の2006年にのじぎく兵庫国体で行われたボクシング少年男子の部ミドル級部門で優勝した。 2009年11月3日、第66回東日本トーナメントミドル級部門決勝で加藤大樹に2回3分0秒TKO勝ちを収め全勝対決を制し東日本新人王を獲得すると共に大会MVPに選出された。同年12月20日、第56回全日本新人王決定戦ミドル級部門決勝で下野喜道と対戦し、初回2分45秒TKO勝ちを収め全日本新人王を獲得すると共に大会MVPに選出された。
高島 知美(たかしま ともみ、1988年5月2日 - )は、… 高島 知美(たかしま ともみ、1988年5月2日 - )は、日本の女子野球選手。栃木県佐野市出身。野球日本女子代表に3年連続で選出。ポジションは捕手。平成国際大学女子野球部の元主将。 3歳の頃から野球を始める。小中学校時代は地元のクラブチームで活躍した。しかし男子との体力差を何度も感じたことなどもあって高校進学後は野球を続けることを諦めかけていたが、そんな彼女を見抜いた花咲徳栄高等学校女子野球部監督の濱本光治は「一度、花咲徳栄の試合を見に来なさい」と書いたはがきを送り、それに誘われて試合を観に行き、そこで目にした「楽しむ野球」に魅了されたことがきっかけで、花咲徳栄に入学して女子野球部に入部、3年生時に全国高校女子野球大会に出場、初優勝に大きく貢献する。
森 公平(もり こうへい、1988年4月12日 - )は、日… 森 公平(もり こうへい、1988年4月12日 - )は、日本の男性歌手、フリーのタレント、俳優。大阪府出身。 男性アイドルグループ・新選組リアンとサーターアンダギーの元メンバー。 身長171cm、体重55kg。大阪国際大学出身。愛称は「こうへい」「はむへい」など。 滋賀県生まれ、大阪府枚方市育ち。趣味は人間観察、草野球。特技はものまねで、レパートリーには嵐山の猿、ナインティナインの岡村隆史の顔真似など。 2009年、『人生が変わる1分間の深イイ話』で発表された、島田紳助プロデュースによる京都市を中心とする地域密着型のアイドル開発プロジェクト「平成の新選組プロジェクト」に応募、最終選考まで進む。
星 美穂(ほし みほ、1988年3月29日 - )は福島県出… 星 美穂(ほし みほ、1988年3月29日 - )は福島県出身の日本のお笑い芸人、タレントである。松竹芸能に所属し、2017年1月結成の『たべごろピーチ』の星ちゃん(ほしちゃん、ツッコミ担当)でもある。 キンタロー。が主宰する『SBK48』の研究生としても活動しており、SBK48内のデブ選抜ユニット『松木坂46』の一員でもある。 松竹芸能タレントスクール東京校出身(24期)。 芸人になった当初はガールプレイヤーというトリオ(解散)の緑色担当であった。 ピン芸人としては『星ぶどう』という芸名を使用していた時期もある。 福島県立福島明成高等学校、東日本国際大学卒業(2010年) 高校時代クラスメイトとお笑いコンビを組む等、お笑いに目覚め始めていた。
姜 曉一(カン・ヒョイル、ハングル: 강 효일、1988年3… 姜 曉一(カン・ヒョイル、ハングル: 강 효일、1988年3月28日 - )は、韓国出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはフォワード。 韓国より留学生として日本に渡り、大分高等学校で学ぶ傍らサッカー部にも在籍した。 卒業後、吉備国際大学を経て2008年にFC岐阜に加入し、デビュー戦となる第2節のベガルタ仙台戦(長良川陸上競技場)を含む4試合に出場した。 2009年には、小島弘已や川崎陽介とともに日本フットボールリーグ所属のFC刈谷にレンタル移籍した。刈谷では30試合に出場して8得点を挙げた他、天皇杯全日本サッカー選手権大会に1試合出場した。しかし、同年にFC岐阜から戦力外となってFC刈谷とも一度は契約が満了となるも、2010年2月25日に完全移籍で再加入した。
藤元 明緒(ふじもと あきお、1988年3月15日 - )は… 藤元 明緒(ふじもと あきお、1988年3月15日 - )は、日本の映画監督、脚本家である。大阪府出身。ビジュアルアーツ専門学校大阪卒業。 大阪国際大学にて心理学や社会学を学んだ後、ビジュアルアーツ専門学校大阪 放送・映画学科に入学し、映画制作を学ぶ。 卒業後、拠点を東京に移し、5年の月日をかけて2014年に日本とミャンマーを舞台にした『僕の帰る場所』を制作した。本作は第30回東京国際映画祭の「アジアの未来」部門に正式ノミネートされ、作品賞と国際交流基金アジアセンター特別賞の2冠を達成。33の国際映画祭で上映される。 長編2作目となる『海辺の彼女たち』では、国際的な登竜門として知られる第68回サンセバスティアン国際映画祭の新人監督部門に選出されたほか、第13回TAMA映画祭最優秀新進監督賞を受賞した。
YOSHI(よし、本名:藤田 祥弘、1988年2月9日 - … YOSHI(よし、本名:藤田 祥弘、1988年2月9日 - )は、日本のタレント兼マジシャン、MCであり、札幌観光大使でもある。所属事務所は44プロダクション、過去の所属事務所はサンミュージックプロダクション。大阪府吹田市出身。札幌静修高校、札幌国際大学卒業。 身長172cm。体重66kg。血液型A型。家族構成は父・母・妹2人。趣味はマジック、ボウリング、映画鑑賞、ピアノ、ホッピングなど。
桂 あおば(かつら あおば、1988年1月12日 - )は兵… 桂 あおば(かつら あおば、1988年1月12日 - )は兵庫県神戸市出身の落語家。血液型はO型。本名は古本迅(ふるもとしゅん)。 2015年2月まで米朝事務所に所属。2015年2月よりよしもとクリエイティブ・エージェンシー(現・吉本興業)に移籍したことを自身のtwitterおよびFacebookで発表。上方落語協会会員。 滝川第二高等学校を経て関西国際大学人間科学部卒業。桐生正幸のゼミで犯罪心理学を専攻した。 2010年9月に 2代目桂ざこばに入門。2011年1月に動楽亭で初舞台。
藤井21(ふじい にじゅういち、 (1987-09-08) … 藤井21(ふじい にじゅういち、 (1987-09-08) 1987年9月8日(38歳) - )は、日本のお笑い芸人(ピン芸人)である。サンミュージックプロダクション所属。本名、藤井翔太(ふじい しょうた)。 埼玉県東松山市出身。実家は酒販店。埼玉平成高等学校、東京国際大学卒業。学生時代から現在に至るまで飲食店でのアルバイトを続けており、食品衛生責任者の資格を持つ。2016年4月からクックパッドに毎日レシピを上げ続け、クックパッド芸人・料理芸人としてテレビ番組などに出演する。 かつてはオフィス北野に所属していたが、2018年5月に退社し、サンミュージックプロダクションに移籍。
渡邊 和也(わたなべ かずや、1987年7月7日 - )は日… 渡邊 和也(わたなべ かずや、1987年7月7日 - )は日本の陸上競技選手、専門は中距離走および長距離走。兵庫県西宮市出身。報徳学園高等学校卒業、山陽特殊製鋼、四国電力、日清食品グループを経て、東京国際大学に入学。2011年アジア陸上競技選手権大会男子長距離日本代表。2008年5月に1500m日本歴代2位となる3分38秒11を記録、2011年6月の第95回日本陸上競技選手権大会5000mで優勝、2011年9月世界陸上競技選手権大邱大会5000m代表。現在は、高校教員。 中学1年から陸上競技を始め、全日本中学校選手権にも出場している。陸上競技の強豪校である報徳学園高校では1学年上に木原真佐人と竹澤健介がいた。
山本 剛之(やまもと たかゆき、1987年6月20日 - )… 山本 剛之(やまもと たかゆき、1987年6月20日 - )は、日本のスプレーアーティスト、スプレーアート専門店グランローヴァ代表。兵庫県たつの市出身。身長180cm、体重73kg、血液型O型、双子座、うさぎ年。岡山県作陽高等学校、関西国際大学出身。 小学5年生まで兵庫県明石市に住んでいた。父親の仕事の都合で兵庫県たつの市へ引っ越し中学3年生まで生活。 岡山県作陽高校サッカー部へ入部するもチームが全国大会に出場していながら自身はレギュラーになれなかったことから挫折。小学1年生の時から夢だったプロサッカー選手になることを諦めた。 関西国際大学卒業を経てスポーツクラブへ入社。こどもたちを対象としたサッカー指導員として働く。
和田 奈美佳(わだ なみか、1987年5月17日 - )は、… 和田 奈美佳(わだ なみか、1987年5月17日 - )は、日本のフリーアナウンサーである。三桂所属。2022年に独立し会社を設立。その他にも、城西国際大学メディア学部講師、健康管理士認定講師として講演活動を行っている。 出生地は新潟県、出身地は東京都。 富士見中学高等学校卒業(2006年)、東京音楽大学音楽学部声楽専攻卒業(2010年)、東京音楽大学大学院音楽研究科独唱研究領域修士課程修了(2012年)。 中学校・高等学校時代はダンス部に所属。大学在学中の2009年に船村徹作曲の楽曲を歌う為の学内オーディションの後、CDデビューを果たす。その後、大学紹介のナレーションの仕事の依頼を受けた際に「歌や踊りではなく言葉で表現することの難しさや楽しさ」を知り、声楽を学びながら喋る仕事を志す。
加藤 政義(かとう まさよし、1987年4月28日 - )は… 加藤 政義(かとう まさよし、1987年4月28日 - )は、宮城県仙台市太白区出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。 金剛沢小学校1年から軟式野球を始め投手、遊撃手を経験。西多賀中学校2年夏には仙台東部シニアで全国8強。東北高校に進学後は1年生にしてレギュラーを掴み、甲子園初出場。2003年夏の第85回選手権大会に六番・三塁手として出場し準優勝を経験した。3回戦の平安高校戦ではサヨナラ安打を打った。以後、卒業までに甲子園には春1、夏3の計4回出場した。高校時代は女子プロゴルファーの有村智恵とクラスメートだった。 九州国際大学に進学しても1年春季リーグからレギュラーを獲り、3年春季には初のベストナインに選ばれ、秋季リーグからは主将を務める。
新本 亜也(しんもと あや、1986年12月10日 - )は… 新本 亜也(しんもと あや、1986年12月10日 - )は、日本の女子アマチュアボクシング選手。広島県広島市出身。階級はフライ級。 中学では、陸上部に所属し、種目は中距離。広島市総体で優勝し、県大会に出場。広島県広陵高等学校入学と同時にボクシングを始める。 2005年3月1日に広陵高校を卒業。 卒業後の3月末に埼玉県で行われた全日本女子アマチュアボクシング大会に初出場し決勝進出も、後のIBF女子世界チャンピオン柴田直子に敗れ準優勝。 平成国際大学に進学するとともに関東リーグ2部の男子と共に練習を行う。 2006年、2007年共に全日本女子ボクシング大会で準優勝し2008年に決勝で柴田直子に雪辱を果たし念願の初優勝。
神保 貴宏(じんぼ たかひろ、1986年12月9日 - )は… 神保 貴宏(じんぼ たかひろ、1986年12月9日 - )は、北海道苫小牧市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 苫小牧市立沼ノ端小学校3年時に、「沼ノ端スポーツ少年団」で野球を始める。苫小牧市立沼ノ端中学校時代は、軟式で投手・捕手として全道大会ベスト8に進出。 北海道栄高時代は、2年時の夏、3年時の夏の南北海道予選決勝でいずれも駒大苫小牧高に敗れ準優勝。 高校卒業後は、関甲新学生野球連盟に加盟する平成国際大学に進学。2年時から中堅手のレギュラーに定着するも、全国大会出場への出場経験は無し。2学年先輩に、牧田和久がいる。 大学卒業後は、兵庫県の社会人クラブチームの強豪トータル阪神に入団。
金島 総一郎(かなしま そういちろう、1986年12月5日 … 金島 総一郎(かなしま そういちろう、1986年12月5日 - )は、岡山県出身のプロインラインスケート選手。愛称はそうくん(海外ではIchi)。 10歳でインラインスケートを始め、2000年、13歳で日本チャンピオンとなりアメリカのラスベガスで行われた世界大会に出場し6位入賞、最年少で日本、世界アグレッシブインラインスケートプロ資格を取得。 プロ転身後、2018年までに全国大会14回優勝、世界大会9回優勝と合計23のタイトルを獲得。全国大会の Gold Style で5回、国際大会の X-Games Street で5回と歴代最多優勝記録を残している。 2010年にはアジア人史上初となる自身のモデルのインラインスケート SK.1 を当時所属していたVALO BRAND(現在はTHEM SKATESに所属)より発売。
山藤 健太(やまふじ けんた、1986年11月14日 - )… 山藤 健太(やまふじ けんた、1986年11月14日 - )は、神奈川県相模原市出身の元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。 2009年にアルテ高崎に加入すると、出場機会に恵まれて加入二年目でレギュラーを確保した。2012年1月にアルテ高崎がチーム解散が決まると、ソニー仙台FCへ移籍し、ここでも主にボランチとしてレギュラーに定着した。 2014年にJ3に加盟したツエーゲン金沢に完全移籍した。2017年8月12日にギラヴァンツ北九州へ期限付き移籍。 2018年、Honda FCに移籍。 2020年をもってHonda FCを退団。 2021年、ヴィアティン三重に移籍したが、この年限りで現役引退。
伊原 正樹(いはら まさき 、1986年11月4日 - )は… 伊原 正樹(いはら まさき 、1986年11月4日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 尼崎市立城内小学校(現:明城小学校)・尼崎市立城内中学校在学中に尼崎ボーイズに入団し、在団中に第10回南大阪大会優勝・ 第30回関西秋季大会県予選準優勝・第30回関西秋季大会出場・第31回春季大会県予選準優勝・第18回尼崎ボーイズリーグ大会準優勝を達成。 岡山共生高時代、3年時の夏は岡山県予選2回戦で敗退した。甲子園出場経験はない。 高校卒業後は、関西国際大学経営学部に進む。右の榊原諒と共に左右のエースとして活躍し、2007年の関西国際大学の明治神宮野球大会初出場に貢献した。最優秀投手2回、ベストナイン1回、大学通算20勝。
新藤 寛之(しんどう のぶゆき、1986年8月22日- )は… 新藤 寛之(しんどう のぶゆき、1986年8月22日- )は、日本の元プロボクサー。埼玉県加須市出身。宮田ボクシングジム所属。第52代日本ウェルター級王者、第38代日本スーパーウェルター級王者。入場曲はdoa「英雄 」。埼玉県加須市観光大使。 ボクシングを始めたのは高校1年。花咲徳栄高等学校ボクシング部出身。平成国際大学を中退後、20歳で宮田ジムに入門。 2007年11月25日、ツインメッセ静岡での高橋誉戦でデビュー。 2016年1月20日、大川泰弘との王座決定戦で3-0の判定勝ちを収め、王座を獲得した。 2016年4月28日、有川稔男との初防衛戦に10回TKO負けし、王座陥落。 2016年11月15日、スーパーウェルター級に階級を上げ、元日本ミドル級王者の佐々木左之介に7回TKO勝ちで再起。
稗苗 良太(ひえなえ りょうた、1986年7月28日 - )… 稗苗 良太(ひえなえ りょうた、1986年7月28日 - )は、日本の篤農家。ひえばた園代表。富山県魚津市稗畠(ひえばた)にて夫婦で営農 。自然栽培による地域活性化と『わたはじめ-日本綿復活プロジェクト』で耕作放棄地再生と地方創生に尽力している。 1986年7月28日、富山県魚津市稗畠の農家に生まれる。富山県立滑川高等学校を卒業。2011年、東京国際大学国際関係学部(ゼミで半年に1回ラオスを訪問)を卒業。研修後に就農。2015年6月7日、「田植え世界選手権」を主催 。10月12日、「はさ掛けW杯」を主催。11月23日、第17回米・食味分析鑑定コンクール:国際大会都道府県代表お米選手権部門で金賞を受賞。
太田 和臣(おおた かずおみ、1986年7月1日 - )は、… 太田 和臣(おおた かずおみ、1986年7月1日 - )は、日本の重量挙げ選手。福岡県立八幡中央高等学校教諭(ウエイトリフティング部顧問)、北九州市特命大使(スポーツ)。 北九州市出身。身長183cm、体重145kg。祖父はイギリス人。福岡県立八幡中央高等学校卒業後九州国際大学に進学。卒業後も九国大ウエイトリフティング部コーチとして競技活動を続ける。 全日本ウエイトリフティング選手権105キロ超級で2007年から2015年まで9連覇。。スナッチ、ジャーク、トータルのジュニア日本と大学の公認最高記録、及びスナッチ、トータルの日本記録保持者。 2012年ロンドン・オリンピック出場。 2016年4月1日付で福岡県教育委員会に採用、保健体育科教諭として母校である八幡中央高等学校に赴任した。
Sharla(シャーラ、1986年4月23日 - )は、カナ… Sharla(シャーラ、1986年4月23日 - )は、カナダ・ブリティッシュコロンビア州の州都ビクトリア出身のYouTuber、実業家、翻訳家、ダイアログコーチ(英語台詞指導者)、モデル、元外国語指導助手。株式会社セカイスタジオ所属。 動画総再生回数約8,300万回を記録する人気J-Vlog(日本の動画ブログ)『Sharla in Japan(シャーラ・イン・ジャパン)』や、総再生回数約1億1,000万回を記録する日本・韓国のVlog『Sharmeleon(シャーメレオン)』の運営者。メディアでは「在日外国人YouTuberのパイオニア的存在」として紹介されている。日本に関するポップカルチャーや伝統文化・グルメ・旅行記など様々な情報を発信し、特に17歳で初来日した岩手県盛岡市は故郷カナダ・ビクトリア市を思い起こすとして、特別な想いを抱き現在も居住しているという。
牧浦 裕司(まきうら ゆうじ、1986年4月14日 - )は… 牧浦 裕司(まきうら ゆうじ、1986年4月14日 - )は、大阪府出身の元サッカー選手。
廣瀬 騎優(ひろせ きゆう、1986年3月17日 - )は、… 廣瀬 騎優(ひろせ きゆう、1986年3月17日 - )は、元ハンドボール選手である。
飯田 一弥(いいだ かずや、1986年3月10日 - )は、… 飯田 一弥(いいだ かずや、1986年3月10日 - )は、兵庫県神戸市出身の元プロ野球選手(捕手)。
佐藤 広大(さとう こうだい、1985年11月13日 - )… 佐藤 広大(さとう こうだい、1985年11月13日 - )は日本のR&Bシンガー、ソングライター、ラジオパーソナリティ。北海道札幌市清田区真栄出身。札幌市在住。血液型はA型。 札幌市立真栄小学校 、札幌市立真栄中学校 、札幌新陽高等学校在学中では、ZONEのTAKAYOとは同学年にあたる[要出典]。札幌国際大学在学中に、EXILE SHOKICHIとボーカルユニット「Jack Pot」を結成。その後、DJ、ラッパー、シンガー、ダンサーが集うクルー「WILD STYLE」にに所属、イベントにて知り合ったR&Bシンガーグループ「symphony」を結成し、クルーでSWAYらと活動していた。 2006年、『EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006 〜ASIAN DREAM〜』に参加するも2次審査で落選。
田中 聖(たなか こうき、1985年11月5日 - )は、日… 田中 聖(たなか こうき、1985年11月5日 - )は、日本の歌手、タレント、俳優で、男性アイドルグループ・KAT-TUNの元メンバー。元所属事務所はジャニーズ事務所。現在の所属事務所はG-PRO。
松山 竜平(まつやま りゅうへい、1985年9月18日 - … 松山 竜平(まつやま りゅうへい、1985年9月18日 - )は、鹿児島県曽於郡大崎町出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投左打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 大崎町立大崎小学校3年生の時にソフトボールを始め、6年生で全国大会優勝。ソフトボールスポーツ少年団の監督の勧めで左打ちに転向した。その監督が福留孝介を育てた新留勝郎である。当時松山は捕手を務めており、同チームの1学年下には榎田大樹が在籍していた。大崎中学校時代は、ヤングリーグの「鹿屋ビッグベアーズ」に所属した。 鹿屋中央高等学校では1年生からエースで4番だったが、甲子園には出場していない。高校時代は猛練習が実を結び、3年時春には100mだった遠投が夏には123mにまで伸ばし、苦手だった50m走の記録も春の6秒5から夏には6秒0まで伸ばしている。
榊原 諒(さかきばら りょう、1985年8月4日 - )は、… 榊原 諒(さかきばら りょう、1985年8月4日 - )は、愛知県高浜市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
岩舘 侑哉(いわだて ゆうや、1985年5月25日 - )は… 岩舘 侑哉(いわだて ゆうや、1985年5月25日 - )は、東京都出身の元プロサッカー選手、指導者。ポジションはフォワード。 川崎フロンターレU-18から2004年に水戸ホーリーホックに加入。しかし、開幕前に骨折し、1年を棒に振る。2005年にJデビューを果たしたものの、なかなか得点を挙げられず、2006年第40節の横浜FC戦でついに初ゴールを挙げた。 2008年にカマタマーレ讃岐に移籍、開幕戦の徳島コンプリール戦において、4得点の活躍を上げた。 2009年シーズンは控えはおろかベンチ入りできることも少なくなり、同年限りで退団。 2010年、タイ・プレミアリーグ所属のTTMFCピチットに入団することが発表された。
伊禮 麻乃(いれい あさの、 (1985-04-23) 19… 伊禮 麻乃(いれい あさの、 (1985-04-23) 1985年4月23日(41歳) - )は日本の歌手。 1985年、沖縄県北谷町に生まれる。幼いころから音楽に興味を持ち、10歳ころからピアノ曲を中心に曲を作りはじめ、中学校に入ってからは、野村流古典音楽琴師範である祖母の影響で琉球古典音楽を始める。 沖縄県立北谷高等学校在学中に古典音楽三味線優秀賞、古典音楽太鼓優秀賞を受賞する。さらに、高校1年の時に琉球古典音楽安冨祖流教師免許を最年少で取得した。高校1年の頃、ORANGE RANGEのRYOらとバンド「琉星」を結成し、伊禮はボーカルとして活動していた。現在「琉星」は活動を休止している。また、東北楽天ゴールデンイーグルスの伊志嶺忠も高校の同級生である。
井野口 祐介(いのぐち ゆうすけ、1985年3月14日 - … 井野口 祐介(いのぐち ゆうすけ、1985年3月14日 - )は、群馬県桐生市出身の群馬ダイヤモンドペガサスに所属する日本のプロ野球選手(外野手)。ベースボール・チャレンジ・リーグの創設以来、10年以上にわたって1シーズンを除いてプレーを続けており、「独立リーグのレジェンド」とも評される。 桐生市立商高時代は、3年時の夏に第84回全国高等学校野球選手権大会に出場。その後、平成国際大学。 2007年に富山サンダーバーズに入団。同年は、79打点を挙げ、最多打点のタイトルを獲得した。 2008年、群馬ダイヤモンドペガサスに移籍。同年も47打点を挙げ、チームメイトの丹羽良太と共に最多打点のタイトルを獲得、ベストナインにも選出された。
小林 憲幸(こばやし のりゆき、1985年2月9日 - )は… 小林 憲幸(こばやし のりゆき、1985年2月9日 - )は、埼玉県鳩ヶ谷市(現:川口市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 埼玉県立川口高校から城西国際大学へ進学。進学後は、クラブチームの全浦和野球団に所属した。 2005年に大学を休学。同年に発足した四国アイランドリーグ・徳島インディゴソックスに入団すると、入団1年目からストッパーとして活躍した。入団2年目には最多セーブポイントのタイトルを獲得。なお、大学は入団後に中退している。 2007年の育成ドラフト会議で、NPBの千葉ロッテマリーンズから3巡目で指名。育成選手として入団した。徳島からNPBの加盟球団へ入団した選手は、この時の小林が初めてであった。
下園 辰哉(しもぞの たつや、1984年11月22日 - )… 下園 辰哉(しもぞの たつや、1984年11月22日 - )は、宮崎県宮崎郡佐土原町(現・宮崎市)出身の元プロ野球選手(外野手)。愛称は「ゾノ」。 2025年から東北楽天ゴールデンイーグルス打撃コーチを務める。 宮崎日本大学高等学校では1年生から外野手の定位置を獲得し、2年生では九州地区の春季大会で優勝を果たす。高校のチームメイトに藤岡好明がいた。 九州国際大学に進学後は1年春からレギュラーとなり、秋は明治神宮大会出場。九州六大学リーグでベストナイン4回、打点王2回、首位打者1回、優秀選手賞1回を獲得したほか、リーグ通算114安打で当時の連盟新記録も樹立した。 2006年の大学生・社会人ドラフトで、横浜ベイスターズから4位指名を受け、入団。
牧田 和久(まきた かずひさ、1984年11月10日 - )… 牧田 和久(まきた かずひさ、1984年11月10日 - )は、静岡県焼津市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)、野球解説者、コーチ。 現役時代はNPBの埼玉西武ライオンズやMLBのサンディエゴ・パドレスなどでプレーし、先発・中継ぎ・抑えと幅広い役割をこなす事から「困った時の牧田」と称されていた。西武時代1年目の2011年にはパシフィック・リーグの新人王を受賞している。 愛称は"マッキー"、"牧やん"。 焼津市立小川中学校から静清工業高等学校に進学。1年時の秋にアンダースローに転向した。甲子園出場はない。 平成国際大学ではエースとなり、2年時には大学日本代表として日米大学野球選手権大会に出場する。
瀬藤 淳(せとう じゅん、1984年10月25日 - )は、… 瀬藤 淳(せとう じゅん、1984年10月25日 - )は、兵庫県豊岡市出身のサッカー選手。
徳澤 直子(とくざわ なおこ、1984年10月16日 - )… 徳澤 直子(とくざわ なおこ、1984年10月16日 - )は、神奈川県川崎市生まれのファッションモデル、タレント。エスプロ→イリューム所属。
玉林 睦実(たまばやし むつみ、1984年10月12日 - … 玉林 睦実(たまばやし むつみ、1984年10月12日 - )は、愛媛県出身のサッカー選手。Jリーグ・愛媛FC所属。 ポジションはDF、MF。
益山 遼太郎(ますやま りょうたろう、1984年8月3日 -… 益山 遼太郎(ますやま りょうたろう、1984年8月3日 - )は、日本の元プロバスケットボールプレイヤー。 鹿児島県出身。中学、高校を全て鹿児島にて過ごす。鴨池中,れいめい高校,鹿児島国際大学卒業。 クラブチームTEAMand1を経て、鹿児島レッドシャークス(後のレノヴァ鹿児島、現鹿児島レブナイズ)を経て、2008年6月1日よりレノヴァ鹿児島に所属していた。 本人公式ブログによれば、2008年時点で「生まれてから23年間、一度も鹿児島を離れたことがない」と発言している。 中学1年時代テニス部に所属しダブルスで九州大会出場という異色の経歴の持ち主。わずかな期間、アメリカにバスケット留学の経験を持つ。
小川 久範(おがわ ひさのり、1984年5月22日 - )は… 小川 久範(おがわ ひさのり、1984年5月22日 - )は、福岡県福岡市早良区出身の元サッカー選手。ポジションはディフェンダー。現在は福岡の少年サッカースクール、フクオカーナ アカデミー、ジュニアユースのコーチ。 小学校時代からサッカーを始め、脇山FC時代にはCMFとしてキャプテンを務めた。中学在籍時にアビスパ福岡のジュニアユースにスカウトされ、高校時代もユースに所属。ユース時代から状況判断に優れており、DF最終ラインのポジショニングの指示と相手攻撃陣へのマークが的確と評判であった。U-15を皮切りにU-16、U-17と日本代表に選ばれる。2001年FIFA U-17世界選手権トリニダード・トバゴ大会に出場し活躍した。
齊木 美香(さいき みか、1984年5月19日 - )は、日… 齊木 美香(さいき みか、1984年5月19日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。熊本県熊本市出身。ニックネームはけい。
初田 真也(はった しんや、1984年5月17日 - )は、… 初田 真也(はった しんや、1984年5月17日 - )は、大阪府高石市出身の元サッカー選手。現役時代のポジションはディフィンダー。 清高小学校5年の時に第74回全国高等学校サッカー選手権大会でベスト4入りした初芝橋本高校の試合をテレビで見て同校への進学を決め、3年生の時の第81回大会で全国出場を果たす。高校卒業後「大学は遊びに行くところ」という甘言に誘われて神戸国際大学に進むが、大学2年次に同大学の監督に就任した松下電器(ガンバ大阪の前身)初代監督の水口洋次に後押しされてプロサッカー選手を目指す。 2007年に水戸ホーリーホックに加入するが、翌2008年には当時四国リーグ所属だったカマタマーレ讃岐に移籍。
岩本 俊介(いわもと しゅんすけ、1984年4月13日 - … 岩本 俊介(いわもと しゅんすけ、1984年4月13日 - )は、千葉県成田市出身の競輪選手。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第94期生。日本競輪選手会千葉支部所属。 中学はバスケットボール部に所属。高校・大学は陸上部に所属し、大学3・4年次に関東インカレでの優勝経験を持つ。しかし陸上でアスリートとしてプロになることは現実的ではなく、卒業後の進路を悩んでいた。過去に陸上関係での友人である藤田大輔が高校卒業後に適性試験で競輪学校に入学していたことから、自転車競技未経験でも競輪選手になれることを知り、周りの就職活動に合わせて競輪の世界へと飛び込んだ。 競輪学校94期生として在校成績13位で卒業し、2008年7月1日に千葉競輪場でデビュー(1着、1着、1着の完全優勝)。