水谷 四郎(みずたに しろう、1944年(昭和19年)12月… 水谷 四郎(みずたに しろう、1944年(昭和19年)12月2日 - )は、日本の通産官僚。元通商産業省生活産業局長。
東京都立桜修館中等教育学校:16人
水谷 四郎(みずたに しろう、1944年(昭和19年)12月… 水谷 四郎(みずたに しろう、1944年(昭和19年)12月2日 - )は、日本の通産官僚。元通商産業省生活産業局長。
三橋 郁雄(みはし いくお、1944年 – )は日本の官僚、… 三橋 郁雄(みはし いくお、1944年 – )は日本の官僚、技術士(建設部門)、博士(工学)。元運輸省第一港湾建設局長。 この他に、新潟県港湾審議会計画部会長、むつ小川原開発株式会社常務取締役、財団法人国際臨海開発研究センター調査役を務め、複数の大学で非常勤講師としても活動した。また、北東アジア貿易回廊構想を提唱した。 株式会社新潟国際海運の取締役及びその子会社であるNAFJ PANAMA INCの役員を務めており、日本海横断航路計画に関するフェリー契約トラブルに関わった。
杉崎 重光(すぎさき しげみつ、1941年 - )は、日本の… 杉崎 重光(すぎさき しげみつ、1941年 - )は、日本の大蔵官僚である。東京国税局長、証券取引等監視委員会事務局長、国際通貨基金(IMF)副専務理事、損害保険ジャパン総合研究所理事長、ゴールドマン・サックス証券副会長などを歴任する。義父は政治家の金子一平である。 1941年に東京で生まれ、東京都立大学附属高等学校を経て、東京大学教養学部教養学科を卒業する。在学中に国家公務員上級甲種試験(経済)に合格する。1964年に大蔵省へ入省(大臣官房財務参事官付)し、行政官在外研究員制度でコロンビア大学へ留学する。米国留学組に藤原武平太らがいる。 1967年にコロンビア大学大学院国際関係論修士課程を修了し、8月に帰国して主税局国際租税課租税協定係長となる。
関口 祐弘(せきぐち ゆうこう、1939年〈昭和14年〉2月… 関口 祐弘(せきぐち ゆうこう、1939年〈昭和14年〉2月12日 - 2005年〈平成17年〉2月9日)は、日本の警察官僚。第17代警察庁長官(在任1997年 - 2000年)。東京都出身。従三位瑞宝重光章。 都立大学附属高校を経て、1963年に東京大学法学部卒業。同年、警察庁に入庁。山梨県警察本部長、警察庁刑事局保安部長、大阪府警察本部長、警察庁長官官房長、警察庁次長などを歴任。警察庁長官狙撃事件を受け、國松孝次の後任として1997-2000年まで警察庁長官を務めた。 オウム真理教事件の捜査を指揮、通信傍受法を成立させた。1999年には覚醒剤を使用した警察官の隠蔽を初めとする神奈川県警察の不祥事が明らかになるなど、全国で警察不祥事が相次いだ。
白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大… 白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大蔵官僚、経済学者。元大蔵省国際金融局次長。専門は国際金融論、開発経済学。 東京都立大学附属高等学校を経て、1960年に東京大学法学部第2類(公法コース)を首席で卒業。大蔵省に入省する(為替局総務課)。1962年6月に関東財務局理財部。1963年6月には経済企画庁調整局貿易為替課へ出向。1964年4月に大臣官房財務参事官付調査主任(フルブライト留学生としてコロンビア大学留学)。1966年12月に国際金融局企画課長補佐(総括・企画・貴金属特会)。その後、IMF財務局上級エコノミストやOECD日本政府代表参事官などを経て、国際金融局課長・次長となる。
戸田嘉徳(とだ よしのり、1925年4月29日 - 2016… 戸田嘉徳(とだ よしのり、1925年4月29日 - 2016年9月1日)は日本の大蔵官僚。仙台国税局長、大臣官房専売公社監理官、大臣官房審議官(関税局担当)、大臣官房審議官(銀行局担当)、日本銀行政策委員会大蔵省代表委員、公正取引委員会事務局長、航空貨物通関情報処理センター理事長、自動車保険料率算定会副理事長、日本地震再保険社長などを歴任。 東京府出身。府立高等学校、東京大学法学部法律学科卒業。1948年9月 大蔵省入省。主計局配属。1955年10月 国立国会図書館調査及び立法考査局経済部経済法令課。1956年7月 津島税務署長。1957年6月 東京国税局総務部総務課長。1968年6月 銀行局特別金融課長。
高橋 元(たかはし げん、1924年1月4日 - 2013年… 高橋 元(たかはし げん、1924年1月4日 - 2013年8月9日)は日本の官僚。大蔵事務次官、公正取引委員会委員長、日本開発銀行総裁。 東京都出身。父の惟康は鉄道省を経て、横浜工業専門学校教授を務めた。府立高等学校を卒業し、1942年10月、東京帝国大学法学部法律学科に入学。短期現役海軍主計科士官(12期)を志願。1944年9月、海軍経理学校に入学し1945年に卒業。同年6月、海軍主計少尉に任官し、伊勢防備隊付として終戦を迎え、その後、解員(復員)した。 1945年9月に東京帝国大学法学部法律学科、1949年3月に東京大学法学部政治学科をそれぞれ卒業。同年後期入省組として大蔵省入省。面接の日に風邪をこじらせて欠席したが、筆記試験が他者より群を抜いて高かったため、当時の村上一文書課長が「落とすにはしのびない」と、高橋一人のために例外的に面接をやり直したという。
小田村 四郎(おだむら しろう、1923年〈大正12年〉10… 小田村 四郎(おだむら しろう、1923年〈大正12年〉10月17日 - 2017年〈平成29年〉12月9日)は、日本の大蔵官僚、経営者。明成社社長。拓殖大学第16代総長、日本李登輝友の会会長(第2代)、日本会議副会長などを務めた。小田村有芳の子、小田村寅二郎の弟、楫取道明の孫、千種有任・楫取素彦・楫取寿の曾孫。 東京府出身。学生時代は、日本学生協会の活動家として「現行の高校、大学には「情意の枯渇」がはなはだしい」と難じ、その刷新運動に参加した。1943年に学徒出陣。 終戦後に東京帝国大学法学部に復学卒業。1947年(昭和22年)大蔵省(現:財務省)に入省。理財局国庫課に配属。名古屋国税局長、内閣官房内閣審議室長、防衛庁経理局長などを務めた。
山田 滋(やまだ しげる、1923年(大正12年)9月26日… 山田 滋(やまだ しげる、1923年(大正12年)9月26日 - 2002年(平成14年)2月3日)は、日本の自治官僚。沖縄開発事務次官、全国市議会議長会事務総長、危険物保安技術協会理事長などを歴任。 愛知県出身。府立高等学校を卒業。短期現役海軍主計科士官(11期)を志願し、同年2月に海軍主計見習尉官となり海軍経理学校に入校。同年9月に経理学校を卒業し、同年12月、海軍主計少尉に任官。1945年9月に主計中尉に進んで予備役に編入された。 1946年、東京帝国大学法学部政治学科卒業。1947年4月、高等試験行政科試験に合格し、同年、厚生省に入省し労政局配属。 1970年7月 消防大学校長。1971年9月 消防庁次長。
山下 英明(やました えいめい、1923年(大正12年)2月… 山下 英明(やました えいめい、1923年(大正12年)2月23日 - )は、日本の通産官僚。通商産業事務次官、三井物産副会長などを務めた。東京府東京市出身。 東京府豊島師範学校附属小学校(現・学芸大附属小金井小)、府立高等学校(のち 旧・東京都立大及び東京都立大附属高)を経て、1943年(昭和18年) 東京帝国大学法学部政治学科卒業。同年9月、商工省入省。改組なった軍需省総動員局属。入省同期に、新田庚一(経企事務次官)、三宅幸夫(特許庁長官)、矢島嗣郎(重工業局長、三愛石油開発顧問)、荘清(中小企業庁長官)、楠岡豪(繊維雑貨局長)、井土武久(特許庁長官)、池田誠一(情報政策黎明期の電子政策課長、京大経卒)など。
林大造(はやし たいぞう、1922年3月21日 - 1979… 林大造(はやし たいぞう、1922年3月21日 - 1979年11月9日)は日本の大蔵官僚。国際金融局次長、国際金融局長などを歴任した。 東京府出身。旧制府立高等学校、東京帝国大学法学部法律学科卒業。1944年9月 大蔵省入省。銀行保険局属。1945年5月 金融局。1946年2月 銀行局。1947年4月 高等試験行政科を合格。1951年8月 甲府税務署長。外務省在ドイツ大使館、主税局国際租税課長などを経て、1966年8月1日 大臣官房調査課長。1967年7月25日 大臣官房調査企画課長。1968年6月25日 大臣官房審議官(大臣官房担当)。1970年6月25日 大臣官房審議官(国際金融局担当)。
内村 良英(うちむら よしひで、1921年1月16日 - 2… 内村 良英(うちむら よしひで、1921年1月16日 - 2004年7月3日)は、日本の農林官僚である。 1945年に東京帝国大学経済学部を卒業後、農林省に入省する(食管局嘱託)。 食糧庁、農林経済局、水産庁漁政部、1963年~1967年外務省在ロンドン大使館一等書記官、農林経済局国際部長、食糧庁次長、農政局長、農林経済局長を経て、1974年に水産庁長官、1976年~1978年に農林事務次官に就任した。退官後は1981年~1985年に日本中央競馬会理事長、1987年から大日本水産会会長を務めた。 その他に日本農業研究所理事長、国際農友会会長、自然資源保全協会代表設立発起人、農村更生協会代表、農業者年金基金理事長など、農政分野で要職を歴任した。
鳩山 威一郎(はとやま いいちろう、1918年〈大正7年〉1… 鳩山 威一郎(はとやま いいちろう、1918年〈大正7年〉11月11日 - 1993年〈平成5年〉12月19日)は、日本の政治家、大蔵官僚。正三位勲一等。 第52・53・54代内閣総理大臣を務めた鳩山一郎の長男。祖父は第6代衆議院議長の鳩山和夫。母方の祖父は右翼団体玄洋社出身の貴族院議員寺田栄。鳩山由紀夫、鳩山邦夫は息子。井上和子は長女。指揮者の渡邉暁雄とは義兄弟に当る。 東京市小石川区(現・東京都文京区)出身。高等師範附属小(現・筑波大附属小)、旧制府立高等学校高等科文科甲類(後の旧・都立大学)を経て、1941年(昭和16年)に東京帝国大学法学部法律学科を首席で卒業。高等試験行政科も1番で合格したと伝わっており、大蔵省に入省(専売局書記兼大臣官房文書課に配属)、同期に柏木雄介、加治木俊道など。
町田 直(まちだ なおし 1918年10月28日-2003年… 町田 直(まちだ なおし 1918年10月28日-2003年7月2日)は日本の運輸官僚。運輸事務次官・新東京国際空港公団副総裁・日本航空副社長・日本貨物鉄道会長・日本気象協会会長等を歴任した。 新東京国際空港公団副総裁として成田空港開港に取り組んだ後、日本航空に招聘され、いずれは社長になると目されていた。しかし、1985年に発生した日本航空123便墜落事故の際、犠牲者の葬儀の席で扇子を使っているところを否定的に報道され、退職を余儀なくされた。元々汗かきであった町田にとっては自然な行動であったが、辞任した後も弁解はしなかったという。 妻は水田三喜男の妹。幼少の頃から俳句を嗜み、句集『華卯木』を刊行した。
友納 武人(とものう たけと、1914年(大正3年)9月12… 友納 武人(とものう たけと、1914年(大正3年)9月12日 - 1999年(平成11年)11月15日)は、昭和期の厚生官僚、政治家。元千葉県知事、衆議院議員。広島県広島市出身。 小学校教諭の友納友次郎の四男として生まれる。 府立六中・府立高等学校 (旧制)を卒業。 東京帝国大学法学部政治学科在学中に高等文官試験に合格し、卒業後の1937年4月に内務省に入省。 埼玉県総務部で勤務の後、兵役で大日本帝国陸軍習志野騎兵第15連隊に見習士官として入営し、ノモンハン事件にも参加している。 陸軍中尉で軍役解除後、滋賀県学務課長、岐阜県庶務課長を経て厚生省保険局健康保険課勤務となり、1947年2月に同課課長。
水口 宏三(みなくち こうぞう、1914年(大正3年)7月2… 水口 宏三(みなくち こうぞう、1914年(大正3年)7月21日 - 1973年(昭和48年)3月1日)は、日本の農林官僚、政治家。参議院議員(1期)。 東京府東京市本郷区本郷(現在の東京都文京区本郷)生まれ。東京府立高等学校を経て、1938年(昭和13年)、東京帝国大学農学部卒業後、農林省入省。1942年-1943年(昭和17-18年)企画院出向。戦後は供米制度に反対、1946年(昭和21年)、全農林職員労働組合を結成して初代委員長に選出、官公庁民主化運動の前面に立ち人事への発言権を得ることに尽力、全官公庁共同闘争委員会議長にもなった。その後、全官公職員労働組合の初代委員長に就任。1947年(昭和22年)の二・一ゼネストでは、中心指導者となる。