近藤 弘二(こんどう こうじ、1930年 - )は、日本の法… 近藤 弘二(こんどう こうじ、1930年 - )は、日本の法学者。専門は商法。北海道大学名誉教授。東京都生まれ。鈴木竹雄門下。弟子に、林竧、新山一範、金山剛、藤原雄三など。 この他に、北海道建設工事紛争審査会特別委員(1981年-1991年)、同会長(1996年-2003年)、札幌市特別土地保有税審議会委員(1981年-1993年)、日本道路公団北海道地区入札監視委員会委員(1996年-2003年) 当初、北海学園大学の法科大学院が2004年に設立なら教員就任予定であったが、設立が順延されたため就任には至らなかった。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
戸塚 秀夫(とつか ひでお、1930年 - 2017年)は、… 戸塚 秀夫(とつか ひでお、1930年 - 2017年)は、日本の労働問題研究者。東京大学社会科学研究所名誉教授。経済学博士。専攻は社会政策、労働問題。 1930年東京都生まれ。海軍軍人・戸塚道太郎の三男。1954年東京大学経済学部卒業。学生時代は日本共産党東大細胞のメンバーとして学生運動に参加した。戸塚らが同じ国際派グループから「査問」を受けたのは日本の学生運動で最初の内ゲバだったとされる。 1959年東京大学大学院社会科学研究科博士課程修了。明治大学政経学部専任講師、東京大学社会科学研究所助教授、教授を経て、名誉教授。1990年から1995年埼玉大学経済学部教授。1995年6月に国際労働研究センターを設立し、共同代表となる。
永田 龍太郎(ながた りゅうたろう、1930年 - 2025… 永田 龍太郎(ながた りゅうたろう、1930年 - 2025年没)は、日本の文芸評論家・出版者。雅号は「龍葵」。 長野県に生まれる。1945年、陸軍幼年学校に入校するが同年敗戦を迎える。 東京大学を卒業し、通信社記者を経て1966年に永田書房を創立した。同年より、主に英文学者の同人雑誌『詩と散文』(1950年創刊)の主宰者ともなった。1977年には、尾崎一雄、中西悟堂、荒垣秀雄、扇谷正造、井上友一郎、赤松月船(永平寺)、岡村二一(共同通信社役員、後東京タイムズ社創立者)他14人の委員による月刊雑誌『連峰』を創刊している。 その他の役職として、国際俳句交流協会専務理事、ジャパンタイムズ企画顧問を務めた。
奈良 次郎(なら じろう、1930年 - )は、日本の弁護士… 奈良 次郎(なら じろう、1930年 - )は、日本の弁護士、元判事、法学者。筑波大学、日本大学で教授として教鞭をとった。次女の奈良希愛はピアニスト。 1952年、東京大学法学部卒業。1954年、判事補に任官し、以降、最高裁判所調査官、大阪地方裁判所判事、東京高等裁判所判事等を歴任。1990年に判事を退官し、筑波大学教授。1995年、筑波大学を退官し、日本大学法学部教授に転じるとともに、弁護士登録。2000年、日本大学法学部教授を退任、以降は講師として法学部、法科大学院で教鞭をとる。四樹総合法律会計事務所、第二東京弁護士会所属。
成田 正雄(なりた まさお、1930年 - 1975年)は、… 成田 正雄(なりた まさお、1930年 - 1975年)は、日本の数学者。 1930年生まれ。1953年東京大学理学部数学科卒業。国際基督教大学教授。理学博士。1975年没。 早世した数学者であるが、初学者向けの優れた現代代数学の入門書を書いた人物として知られている。
土方 文一郎(ひじかた ぶんいちろう、1930年 - )は、… 土方 文一郎(ひじかた ぶんいちろう、1930年 - )は、日本の社会心理学者、立教大学名誉教授。 1953年東京大学文学部社会学科卒、住友金属工業に入社、1958年立教大学社会学部講師、助教授、69年教授、97年定年退任、名誉教授。
保志 恂(ほし まこと、1930年 - )は、日本の農業経済… 保志 恂(ほし まこと、1930年 - )は、日本の農業経済学者。 名古屋生まれ。1953年東京大学経済学部卒業。日本経済史の安藤良雄のゼミに所属。1953年北海道立総合研究所(旧北海道立農業研究所)研究員。1963年農林省農業総合研究所研究員。1974年東京農業大学助教授。1976年「戦後日本資本主義と農業危機の構造」で経済学博士(東京大学)。のち東京農業大学教授。山田盛太郎、加用信文から理論的影響を受けた。1963年に山田が土地制度史学会のメンバーを母体に発足させた「再生産構造研究会」に参加した。伯父は農業経済学者の大槻正男。
目賀田 八郎(めがた はちろう、1930年 - 2015年)… 目賀田 八郎(めがた はちろう、1930年 - 2015年)は、日本の教育学者。東京都で活躍した著名な小学校社会科教員である。 1960年頃に発足した社会科勉強会を主宰し、社会科教育の向上と、若手教員の育成に尽力した。また、宮内庁東宮職東宮侍従を務めた。東京都の公立小学校沿革史として著名な寺崎昌男編『誠之が語る近現代教育史』(1988年)は、目賀田八郎の発意で生まれた。 (社会科勉強会『目賀田八郎先生追悼文集』社会科勉強会会長関口修司発行、2016年3月) この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
亀井 浩明(かめい ひろあき、1930年 - )は、日本の教… 亀井 浩明(かめい ひろあき、1930年 - )は、日本の教育者・教育学者。帝京大学名誉教授。 群馬県生まれ。東京教育大学教育学部教育学科卒業。公立中学校・高等学校教諭を務めたのち、東京都教育委員会指導主事、同教育委員会高等学校教育指導課長、指導企画課長、指導部長をへて、帝京大学文学部教授、教育学科長、文学部長。2001年定年、名誉教授。日本連合教育会会長。
宮台 朝直(みやだい ともなお、1930年(昭和5年) - … 宮台 朝直(みやだい ともなお、1930年(昭和5年) - )は、日本の物理学者。理学博士(北海道大学)。専門は実験物理学。北海道大学名誉教授。元道都大学短期大学部学長。神奈川県出身。 1953年東京教育大学理学部物理学科卒業。日本電信電話公社電気通信研究所に入所。1962年(昭和37年)北海道大学理学部講師。1963年(昭和38年)同理学部助教授。1981年(昭和56年)同理学部教授。1993年北海道大学停年退官。同名誉教授。道都大学美術学部教授。1998年道都大学短期大学部学長に就任。2002年同学長退任。道都大学美術学部教授。2005年道都大学退職。 1962年 東京教育大学 理学博士 論文は「希土類・鉄・ガーネットの強磁性共鳴」。
飯田 隆(いいだ たかし、1930年 - 2008年 )は、… 飯田 隆(いいだ たかし、1930年 - 2008年 )は、日本の作曲家、音楽理論家。宇都宮大学名誉教授。 1930年、東京都出身。 東京藝術大学卒業。同専攻科修了。石桁真礼生に師事。1972年より宇都宮大学教育学部で教鞭を執る。 作曲家の会「環」の代表世話人を務めた。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
瀬山 詠子(せやま えいこ、1930年(昭和5年) - )は… 瀬山 詠子(せやま えいこ、1930年(昭和5年) - )は、日本の声楽家(ソプラノ)。音楽教育者。東京藝術大学名誉教授。二期会会員。 東京藝術大学卒業。畑中良輔、畑中更予に師事。1956年(昭和31年)モーツァルト『フィガロの結婚』ケルビーノでデビュー。1959年(昭和34年)に第1回のリサイタルを開いたのをはじめ、リサイタルを数多く開催。オペラではヒンデミット『ロング・クリスマスディナー』ルーシィ、『フィガロの結婚』伯爵夫人、カール・オルフ『賢い女』などに出演。出演歴は昭和音楽大学オペラ情報センターの記録だけで29件存在する。 また、オペラだけでなく、リートや日本歌曲の普及には先達とも言えるソプラノで、なかでも現代音楽の演奏に優れ、三善晃、石桁真礼生、池内友次郎作品など、現代日本歌曲の分野で不可欠な存在となっている。
戸尾 任宏(とお ただひろ、1930年 - 2011年)は、… 戸尾 任宏(とお ただひろ、1930年 - 2011年)は、日本の建築家。 1954年、東京工業大学理工学部建築学科卒業、1954年、坂倉準三建築研究所入所。1960年、渡欧。1961年〜1963年フランス、スペインのロマネスク建築を研究。1963年、坂倉準三建築研究所に復職、神奈川県立近代美術館を設計。 1966年〜1970年タイ国文部省職業教育施設改善計画のためバンコク事務所設立、タイ全土に農工業学校及び大学25校を設計管理。1985年、佐野市郷土博物館で日本建築学会作品賞を受賞。 2009年、三重県立熊野古道センターで日本建築学会作品選奨受賞。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
番匠谷 尭二(ばんしょうや ぎょうじ、1930年 - 199… 番匠谷 尭二(ばんしょうや ぎょうじ、1930年 - 1999年)は、日本の都市計画家、建築家。 シリアの二大都市であるダマスカス、アレッポの現行都市計画の礎をつくった人物。 1930年、立教大学教授番匠谷英一の次男として誕生。 1953年東京工業大学工学部建築学科卒業。清家清に師事。 渡仏し、エコール・デ・ボザール、フランスのCIAM系アトリエ「ATBAT」に学ぶ。 その後北アフリカに渡り、アルジェの共生住宅集合住宅プロジェクト計画に参画。続いて1967年、国連開発計画UNDPの専門家として、シリアに赴任。1960年代にベイルート、ダマスカスの都市計画をミッシェル・エコシャールらとともに策定。
青柳 まちこ(あおやぎ まちこ、本名・青柳真智子、1930年… 青柳 まちこ(あおやぎ まちこ、本名・青柳真智子、1930年 - )は、日本の文化人類学者、立教大学名誉教授。 神奈川県横浜市生まれ。東京女子大学文学部社会科学科卒業。東京都立大学 (1949-2011)大学院博士課程修了(1964年中退、1984年「モデクゲイ - パラオ新宗教の研究」で文学博士)。ハワイ大学、オークランド大学留学。清泉女子大学助教授、立教大学助教授、文学部教授、1997年定年、名誉教授、茨城キリスト教大学教授を務めた。専攻はオセアニア地域。夫は、同じく文化人類学者の青柳清孝。 立教大学に青柳から寄贈された奨学基金を基にした「青柳真智子奨学金」が設置されているが、人文地理学および文化人類学の分野において、主として海外調査を行う学生を対象として、研究者の育成・支援を目的とした奨学金となっている。
早乙女 忠(さおとめ ただし、1930年 - )は東京都出身… 早乙女 忠(さおとめ ただし、1930年 - )は東京都出身の英文学者。中央大学名誉教授。専門はイギリス文学。 1958年に旧・東京都立大学大学院人文科学研究科(英文学専攻)博士課程を修了する。都立高校教諭を経て、中央大学文学部教授となる。イギリス文学を主に研究し、著作・翻訳等で多数の成果を発表した。
尾坂 芳夫(おざか よしお、1930年 - )は、日本の土木… 尾坂 芳夫(おざか よしお、1930年 - )は、日本の土木工学者。東北大学名誉教授。元土木学会副会長。元日本学術会議会員。 1953年東北大学工学部土木工学科卒業。1955年東北大学大学院工学研究科建設工学専攻修了、日本国有鉄道入社。1967年日本鉄道施設協会論文賞受賞。1969年土木学会吉田賞受賞。1972年工学博士。日本国有鉄道大阪工事局次長等を経て、1972年東北大学工学部教授。1989年東北大学工学部長・工学研究科長。1986年日本コンクリート工学協会論文賞受賞。1989年土木学会吉田賞(論文部門)受賞。1990年日本コンクリート工学協会理事。1991年土木学会副会長。1992年土木学会論文賞受賞。
金窪 敏知(かなくぼ としとも、1930年〈昭和5年〉 - … 金窪 敏知(かなくぼ としとも、1930年〈昭和5年〉 - )は、日本の建設技官。国土地理院長を務めた。 仙台陸軍幼年学校を経て、1953年東北大学卒業、同年建設省入省。1984年国土地理院長。1986年建設省退官。
藤波 隆之(ふじなみ たかゆき、1930年 - )は、日本の… 藤波 隆之(ふじなみ たかゆき、1930年 - )は、日本の演劇研究家。 東京生まれ。1953年東北大学文学部国史学科卒業。藤波小道具勤務の後、国立劇場理事、日本芸術文化振興会理事、青山学院大学、放送大学講師など。日本演劇協会監事、国際演劇協会日本センター理事。1988年『近代歌舞伎論の黎明』で河竹賞受賞。
北原 由夫(きたはら よしお、1930年〈昭和5年〉 - 2… 北原 由夫(きたはら よしお、1930年〈昭和5年〉 - 2018年〈平成30年〉)は、歌人、日本文学研究者、江戸川短期大学名誉教授・元学長。長野県上伊那郡高遠町(現伊那市)出身。東洋大学卒。東京文化短期大学教授、江戸川女子短期大学教授、2003年江戸川短期大学学長、同名誉教授。島木赤彦研究会名誉会長。新井章に兄事した。 2010年春、瑞宝小綬章を受章。
伊藤 博(いとう ひろし、1930年 - 2004年1月)は… 伊藤 博(いとう ひろし、1930年 - 2004年1月)は、日本のコーヒー研究家。 愛知県豊橋市生まれ。名古屋大学岡崎高等師範学校(現名古屋大学教育学部)卒業。専攻は植物生態学。 中学・高校の教師を勤めながら、約30年間、コーヒーを科学的視野から研究。日本コーヒー文化学会の設立に尽力し、同学会副会長。日本のコーヒー研究の第一人者と評される。
入江 義夫(いりえ よしお、1930年〈昭和5年〉 - 20… 入江 義夫(いりえ よしお、1930年〈昭和5年〉 - 2013年)は日本の特撮映画専門の美術デザイナー、造形家。東京都出身。 都立の工芸学校を卒業後、日本大学芸術学部映画科に入学。 1952年(昭和27年)、日大を卒業後、アルバイトとして新東宝の撮影所に美術助手として参加。 1953年(昭和28年)、新東宝の映画『戦艦大和』、『潜水艦ろ号 未だ浮上せず』で特撮美術を担当。 同年夏、砧の東宝撮影所と特殊美術スタッフとして契約。渡辺明美術監督の下、『太平洋の鷲』に美術助手として参加。空母赤城のミニチュアの図面引き及び、その制作を行った。 1954年(昭和29年)、日本初の特撮怪獣映画『ゴジラ』のあと、東宝では「特殊美術課」を撮影所内に設置。
山口 和男(やまぐち かずお、1930年 - 2024年)は… 山口 和男(やまぐち かずお、1930年 - 2024年)は、日本の弁護士、大学講師。元裁判官、元公証人。 佐世保高等物理学校卒業後、日本大学法学部に進学。 1961年に判事補に任官し、那覇、東京、横浜の各地方裁判所民事部部総括や、東京地裁商事部部総括、旭川地裁所長などを歴任。また数多くの法律実務書の執筆・編集に関わった。 1992年、退官して公証人に。2000年から弁護士。篠崎・進士法律事務所所属。日本大学法学部法科大学院で非常勤講師。
河野 太通(こうの たいつう、1930年 - )は、日本の臨… 河野 太通(こうの たいつう、1930年 - )は、日本の臨済宗の僧侶、師家、臨済宗妙心寺派の元管長(2010年-2014年)、全日本仏教会前会長(2010年 - 2012年)。室号は又玄窟(ゆうげんくつ)。道号は太通、法諱は祖玄。俗姓は河野。姫路市網干にある、不生禅で有名な盤珪永琢国師ゆかりの臨済宗妙心寺派の龍門寺住職。大分県出身。
中村 貞二(なかむら ていじ、1930年 - )は、日本の社… 中村 貞二(なかむら ていじ、1930年 - )は、日本の社会学者。東京経済大学名誉教授。経済学博士(1960年、一橋大学にて取得)。 兵庫県武庫郡御影町(現・神戸市)生まれ。1953年山口大学経済学部卒業。1958年に一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。1960年「フリードリッヒ・マイネッケ研究」で一橋大学経済学博士。高島善哉門下である。山口大学助教授、東京経済大学教授を歴任。2002年、同大学を定年退官。同大学名誉教授である。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
近藤 恒一(こんどう つねいち、1930年 - )は、日本の… 近藤 恒一(こんどう つねいち、1930年 - )は、日本のイタリア文学者。東京学芸大学名誉教授。ルネサンス思想史・文芸史を専攻。 1930年、高知県生まれ。広島大学文学部に入学し、清水純一の下で学んだ。1958年、広島大学大学院文学研究科(西洋哲学専攻)博士課程を単位修得退学。1961年から1967年まで、ボローニャ大学に研究留学し、ボローニャ大学講師。 1968年より大分大学講師、後に助教授。1974年、東京学芸大学助教授となった。1979~80年にフィレンツェで留学研究。1994年に東京学芸大学を定年退職し、名誉教授となった。 1987年、マルコ・ポーロ賞を受賞した著作『ペトラルカ研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得。
宇佐美 ミサ子(うさみ みさこ、1930年 - )は、日本史… 宇佐美 ミサ子(うさみ みさこ、1930年 - )は、日本史学者。宿場女郎について研究してきた。 神奈川県小田原市生まれ。1953年法政大学法学部通信教育部卒、小学校、中学校、高校教師をへて退職。1983年、法政大学文学部史学科卒、1989年、法政大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学、1993年、「近世助郷制の研究」で文学博士。大学非常勤講師、町史・市史編纂委員、法政大学史学会評議員などを務めた。
立花 雄一(たちばな ゆういち、1930年(昭和5年) - … 立花 雄一(たちばな ゆういち、1930年(昭和5年) - )は、日本の歴史家。富山県生まれ。法政大学を卒業後、1963年同大学院修士課程修了。法政大大原社会問題研究所所員。横山源之助ほか明治期の下層社会を研究している。
横溝 英一(よこみぞ えいいち、1930年 - 2014年)… 横溝 英一(よこみぞ えいいち、1930年 - 2014年)は、神奈川県出身の絵本作家。 主に電車など乗り物をテーマにした絵本を手掛ける。 1930年、神奈川県に生まれる。武蔵野美術短期大学卒業。テレビ放送局、出版社などの勤務を経て、絵本作家になる。
煎本 増夫(いりもと ますお、1930年 - )は、日本史学… 煎本 増夫(いりもと ますお、1930年 - )は、日本史学者。 神戸市生まれ。1960年明治大学大学院修士課程修了。神奈川県立横浜平沼高等学校教諭、明治大学・國學院大學講師を務め、相武歴史研究会代表。
川名 孝一(かわな こういち Kawana Kohichi、… 川名 孝一(かわな こういち Kawana Kohichi、1930年 - 1990年)は、アメリカ合衆国で活動した造園家・作庭家・ランドスケープアーキテクト。カリフォルニア大学教授を務めるとともに、アメリカ合衆国各地に日本庭園を作庭した。『ナショナルジオグラフィック』誌は、死の直前1990年8月号で彼の作品を特集した。 北海道生まれ。1971年に米国に帰化している(日系アメリカ人)。 1951年、横浜市立大学卒業。1959年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で建築の、1964年には農学の修士課程修了。1979年、パシフィック・ウエスタン大学で博士号。その後24年間に渡り母校UCLAの講師・教授として教鞭を執り、日本の庭園芸術をベースにした庭園制作、環境デザインを実践する。
出光 謙介(いでみつ けんすけ、1930年 - )は、日本の… 出光 謙介(いでみつ けんすけ、1930年 - )は、日本の実業家。出光興産厚生年金基金理事長、日章興産株式会社常務取締役、日・豪・ニュージーランド協会理事。 1930年、出光計助(出光興産第2代社長、出光佐三の末弟)の長男として生まれる。弟(計助の二男)は、出光昭(出光興産第7代社長)。 1954年3月、立教大学経済学部経済学科卒業。 大学卒業後、大和銀行(現・りそな銀行)に勤務。 その後、出光興産の関連会社である日章興産常務取締役を務めたほか、出光興産厚生年金基金理事長を歴任した。 公益社団法人 日・豪・ニュージーランド協会理事も務めた。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
藤村 和夫(ふじむら かずお、1930年 - 2011年)は… 藤村 和夫(ふじむら かずお、1930年 - 2011年)は、日本の蕎麦職人。有楽町更科(1902年創業、1994年閉店)の4代目店主を務め、蕎麦に関する書籍を多数上梓している。山本おさむの漫画『そばもん ニッポン蕎麦行脚』では監修を務め、没後も「名誉監修」としてクレジットされ続けた。 1930年、有楽町更科店主・布屋源三郎の長男として誕生する。 立教大学文学部英文科を卒業後、祖父 昇太郎の薫陶を受け、1959年に「有楽町更科」4代目店主となる。 1985年に直腸癌を患い、直腸の摘出手術を受ける。手術は成功するが、これを機に家業からは引退。有楽町更科は姉に任せ、夫婦で箱根の山中に引っ越す。 箱根で暮らすようになってから、精力的に蕎麦についての本を執筆する。
望月 海淑(もちづき かいしゅく、1930年 - )は、日蓮… 望月 海淑(もちづき かいしゅく、1930年 - )は、日蓮宗の僧、仏教学者、身延山大学名誉教授。 山梨県生まれ。立正大学仏教学科卒。1998年「法華経における信行の研究 法華経における信の研究序説」で立正大学より文学博士の学位を取得。身延山短期大学助教授、身延山大学教授、2000年名誉教授。総本山身延山久遠寺庶務部長・布教部長 、山梨県南巨摩郡身延町樋澤坊院首。梵・漢対照の法華経を研究。日蓮宗総合財団賞(学術研究部門)受賞。
森田 康夫(もりた やすお、1930年 - )は、日本史学者… 森田 康夫(もりた やすお、1930年 - )は、日本史学者、樟蔭東女子短期大学名誉教授。 大阪市生まれ。立命館大学大学院日本史研究科修士課程修了。樟蔭東女子短期大学教授、2001年定年、名誉教授。2009年「大塩平八郎と陽明学」で立命館大学文学博士。
青木 和雄(あおき かずお、1930年 - )は、日本の児童… 青木 和雄(あおき かずお、1930年 - )は、日本の児童文学作家。 神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部心理学科卒業。 横浜市教育委員会指導主事、横浜市立小学校校長を経て、教育カウンセラーとなる。カウンセラーとしての経験を生かし、いじめや児童虐待をテーマにした児童書を多数出版。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
石福昭(いしふくあきら、1930年 - 2025年)は、日本… 石福昭(いしふくあきら、1930年 - 2025年)は、日本の建築家、設備エンジニア。 1959年、早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。その後1981年まで日建設計に勤務し技師長を務める。 1978年工学博士。 1981年から宇都宮大学教授に就任。 1990年から早稲田大学教授就任。建築設備綜合協会名誉会長。 設計に関わった作品として、東邦ガス本社ビル、中部電力本社ビル、パレスサイドビル、日本アイビーエム本社ビル、世界貿易センタービル、東京国際空港第一ターミナルビルなどがある。 著書である「大学課程 建築設備」は大学教育における建築設備の教科書として初版が発刊された1968から時代とともに刷新され続け、日本の建築教育に寄与している。
近藤 正一(こんどう しょういち、1930年 - )株式会社… 近藤 正一(こんどう しょういち、1930年 - )株式会社アール・アイ・エー名誉会長。再開発コーディネーター協会理事。団地再生支援協会特別会員。村野藤吾記念会監査役。建築家・都市計画家。都市計画コンサルタント協会マスター都市プランナー。 東京白金生まれ。父親は保土谷化学の経営者だった。また自宅に下宿していた画家の金山康喜の影響で絵画も描くようになり、新制作派の協会に参加し猪熊弦一郎とも親交を深める。自身は青山師範付属、旧制の成城学園から早稲田大学理工学部建築学科に進学し1954年卒業。在学中住宅研究会に吉阪隆正とともに参加。卒業論文では当時の建設省建築研究所の募集依頼のもと不良住宅地区の研究を行う。
櫻井孝一(さくらい こういち、1930年-2021年)は、日… 櫻井孝一(さくらい こういち、1930年-2021年)は、日本の法学者。専門は、破産法・民事訴訟法。学位は、法学博士(早稲田大学)。早稲田大学名誉教授。中村宗雄門下。神奈川県川崎市生まれ、大阪市育ち。 1954年早稲田大学第一法学部卒業、1961年早稲田大学大学院法学研究科博士課程修了、1963年早稲田大学法学部専任講師、1965年早稲田大学法学部助教授を経て、1970年早稲田大学法学部教授。また、1986年から1990年まで早稲田大学法学部長。2000年日本学術会議会員、2001年早稲田大学定年退職。同名誉教授。日本大学大学院法学研究科客員講師(-2004年)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
廣瀬 盛行(ひろせ もりゆき、1930年 - )明星大学名誉… 廣瀬 盛行(ひろせ もりゆき、1930年 - )明星大学名誉教授。(有)ティー・ピー・アイ、ティーピーアイ都市計画研究所代表取締役などをつとめた日本の都市研究者。都市計画協会マスター都市プランナー。(社)日本都市計画学会名誉会員(元・副会長)。広島県出身。 代表的な業績に石川栄耀論文集の編纂、大学等における教育。2002年日本都市計画学会功績賞。東京大学、東京都立大学、明星大学において長年都市計画の研究および教育に貢献し、千葉市をはじめとして多くの都市において都市計画の実践を指導。都市計画学会の理事、副会長を歴任し、学会の発展に大きな貢献を果たす。東京都他で都市計画審議会委員。 1954年 早稲田大学第二理工学部土木工学科卒業。
水沢周(水澤周、みずさわ しゅう、1930年- )は、日本の… 水沢周(水澤周、みずさわ しゅう、1930年- )は、日本のノンフィクション作家、歴史家、作家。 東京生まれ。1954年早稲田大学文学部卒業。NHK勤務、国際文化振興会、日本読書新聞等を経てフリー編集兼ライター。
山下 武(やました たけし、1930年 - )は、日本の教育… 山下 武(やました たけし、1930年 - )は、日本の教育学者。早稲田大学名誉教授、文学博士(早稲田大学)。専門は日本教育史。とくに江戸時代の藩校、庶民教化政策などについて研究。とくに新発田藩、加賀藩の教育政策に関する研究が有名。門下に内山宗昭(工学院大学教授)、打越孝明(明治神宮国際神道文化研究所主任研究員)、菱田隆昭(和洋女子大学教授)らがいる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
平野 杏子(ひらの きょうこ、1930年 - )は、日本の画… 平野 杏子(ひらの きょうこ、1930年 - )は、日本の画家、造形作家。大久保作次郎、三岸節子に師事。 1930年、神奈川県伊勢原市の事業家の家に生まれる。1962年より平塚市にアトリエを構え、初期は具象的な風景や静物に才能を見せながら、次第に仏教に傾倒し、抽象的な作風の大作を発表するようになる。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
小谷 眞三(こだに しんぞう、1930年 - )は、日本のガ… 小谷 眞三(こだに しんぞう、1930年 - )は、日本のガラス工芸作家。 岡山県後月郡芳井町(現井原市)に生まれる。1964年、水島ガラス創業、1966年、倉敷ガラスと改名。 1982年、倉敷文化奨励賞受賞。1985年、岡山県文化奨励賞受賞。1993年、文化庁地域文化功労賞受賞。1996年、倉敷芸術科学大学芸術学部教授(2004年、退任)。2000年、倉敷文化賞受賞。2007年、岡山県文化賞受賞。2014年、倉敷民藝館にて、 「特別企画-倉敷ガラス50周年記念展-」(会期:6月6日(金) - 11月30日(日))が開催される。 門下に、横山秀樹、小谷栄次(小谷の長男)、石川昌浩などがいる この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
瀬本 容子(せもと ようこ、1930年(昭和5年) - )は… 瀬本 容子(せもと ようこ、1930年(昭和5年) - )は、日本の画家及び、芸術家。岡山県倉敷市生まれ。 中世からルネッサンスにかけての古典技法で、板やガラス、羊皮紙にテンペラ画を描く 。ラピスラズリやローズマダー、イカの墨等を原料として絵の具に使用し、額も制作している。銀座を中心に各地で個展を開催しており、主に幻想的な女性や子供、果実や風景等、多くの作品を制作する。 1930年、岡山県浅口郡玉島町に、五人兄弟の長女として生まれる。父親は証券業を営んでいた。 東京都にある自由学園女子部に入学し、学生時代には倉敷市にある大原美術館で白樺派の武者小路実篤や志賀直哉、梅原龍三郎、安井曾太郎の座談会やラザール・レビィのピアノ演奏に触れ、芸術を身近に感じることで画家になることを決意する。
板垣 昭一(いたがき しょういち、1930年(昭和5年) -… 板垣 昭一(いたがき しょういち、1930年(昭和5年) - 2014年(平成26年)[要出典])は、日本の小説家、国語教育研究者。 元中学校国語教師、機関誌『教育国語』元編集員。山形県鶴岡市宝町在住。 1930年(昭和5年)、山形県鶴岡市生まれ。 1990年、余目町立余目中学校(現・庄内町立余目中学校)を最後に教員を定年退職。 2007年、小説「北のはざま」で、第23回「真壁仁・野の文化賞」受賞。 小説家としての代表作には、歴史小説の『北辰軸』と、その続編の『北のはざま』があり、ともに主人公は庄内藩藩士の松本十郎である。小説『北のはざま』では第23回「真壁仁・野の文化賞」を受賞した。 国語教育研究者としては、長く教育科学研究会・国語部会の会員として活動し、読み方教育における「2次読み」の研究を続けている。
小山 貢翁(おやま みつおう、1930年 - 2017年)は… 小山 貢翁(おやま みつおう、1930年 - 2017年)は、青森県弘前市出身の津軽三味線奏者。初代木田林松栄に師事。津軽三味線小山流を創始した。津軽三味線の楽譜の公刊、合奏の考案などを行っている。津軽三味線で初めて東ざわりを取り入れたのも小山であるといわれている。 1948年テイチクレコードよりレコードデビュー、その後ビクター、コロムビアから毎年レコードが発売された。1959年、日本民謡協会のふるさと支部結成に力を尽くす。1963年貢栄会結成。1965年、日本郷土民謡協会の主催する大会に合奏曲で出場。1966年、目黒公会堂にて第1回貢栄会発表会開催。1970年、テイチクより合奏曲レコードが発売される。
浅沼 圭司(淺沼 圭司、あさぬま けいじ、1930年- )は… 浅沼 圭司(淺沼 圭司、あさぬま けいじ、1930年- )は、日本の美学者、成城大学名誉教授。専攻は映画理論、美学。 岩手県盛岡市生まれ。東京大学大学院修士課程修了。成城大学講師、助教授、教授、2001年定年、名誉教授、倉敷芸術科学大学教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
品川 孝次(しながわ こうじ、1930年 - )は、日本の民… 品川 孝次(しながわ こうじ、1930年 - )は、日本の民法学者。専門は民法全般。上智大学元教授。北海道亀田郡大野町(現・北斗市)出身。
佐々木 義照(ささき よしてる、1930年 - )は、日本の… 佐々木 義照(ささき よしてる、1930年 - )は、日本の政治家・元地方公務員。北海道紋別郡興部村出身。北海道立旭川第二工業学校卒。1971年自治大学校卒。北海道上湧別町町長(1981年-1993年)。 1967年上湧別町役場に入る。役場に勤めながら自治大学校に通い、1971年に卒業。その後、同町税務課長、総務課長、教育委員会委員長などを経て、1981年上湧別町長選に出馬し、初当選。以後、連続3期務めた。1993年に引退。 アメリカ合衆国のケンタッキー州を視察して地元のトウモロコシでバーボン・ウイスキーを作るなど行動派の首長として有名。また、畑作・酪農・流氷観光のみで過疎に悩む上湧別町を1987年に漫画による「まちおこし」構想を企画し、1990年に日本漫画家協会の協賛を得て「オホーツク国際漫画大賞」を創設し、開催地を上湧別町とする事で町の活性化を図った。