奈良間 大己(ならま たいき、2000年5月8日 - )は、… 奈良間 大己(ならま たいき、2000年5月8日 - )は、静岡県菊川市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 堀之内小学校1年生から「菊川スポーツ少年団」で野球を始める。遊撃手としてプレーした。菊川市立菊川西中学校では「小笠浜岡リトルシニア」でプレー。 常葉大学附属菊川高等学校に進学し、1年秋に遊撃手のレギュラーとして定着。2年秋にチームの主将に就任。その後、主将として挑んだ静岡県大会に出場。大会では全6試合に出場し、打率.818(22打数18安打)と驚異の結果を残す。チームは大会を制し、第100回全国高等学校野球選手権記念大会への出場を果たす(2年ぶり6度目)。
堀内 謙伍(ほりうち けんご、1997年4月15日 - )は… 堀内 謙伍(ほりうち けんご、1997年4月15日 - )は、静岡県菊川市出身のプロ野球選手(捕手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 菊川市立内田小学校の1年時から、地元の内田野球スポーツ少年団で野球を始める。東海大学付属翔洋高等学校中等部ではエースとして活躍した。 静岡県立静岡高校に進学後は、1年秋から捕手としてレギュラーを掴むと、2年の夏には第96回全国高等学校野球選手権大会に出場。4番として初戦の星稜高校に挑み、エースの岩下大輝からヒットを打つも、逆転負け。新チームとなった秋の大会は静岡県大会、東海大会で打率.462、2本塁打・7打点・6盗塁の活躍で優勝に貢献。第87回選抜高等学校野球大会では準々決勝で優勝した敦賀気比高校のエース平沼翔太に自身は抑えられ、チームもサヨナラ負けを喫した。
桒原 樹(くわはら たつき、1996年7月4日 - )は、広… 桒原 樹(くわはら たつき、1996年7月4日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手(内野手)。
桒原 樹(くわはら たつき、1996年7月4日 - )は、静… 桒原 樹(くわはら たつき、1996年7月4日 - )は、静岡県菊川市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。新聞やテレビ等のメディアでは桑原と表記されることが多い。 菊川市立堀之内小学校2年時に、菊川野球スポーツ少年団で野球を始める。中学時代は小笠浜岡シニアで遊撃手としてプレーした。 地元の常葉学園菊川高等学校に進学。2年春の第85回選抜高校野球大会の初戦で、栗原陵矢擁する春江工業高校戦でセンターバックスクリーンに本塁打を放ち、続く2年夏の第95回全国高校野球選手権大会の有田工業高校戦で、古川侑利から本塁打を放ち注目を集めた。3年時は、甲子園出場を果たせなかった。 2014年10月23日、ドラフト会議で広島東洋カープから5位指名を受け、11月7日に契約金3500万円、年俸500万円で仮契約を結んだ。
原田開(はらだ かい、1990年2月2日 - )は、静岡県出… 原田開(はらだ かい、1990年2月2日 - )は、静岡県出身のサッカー選手である。JFL・Honda FC所属。ポジションはMF。
みうな(1987年2月12日 - )は、日本のアイドルである… みうな(1987年2月12日 - )は、日本のアイドルである。現在アイドルグループ「アマゾネス」のリーダーとして活動中。かつてはカントリー娘。のメンバーとして活動していた。本名、斎藤 美海(さいとう みうな)。静岡県小笠郡菊川町(現・菊川市)出身。常葉学園菊川高等学校中退[注 1]。血液型はO型。身長は160cm。
笠井 健太(かさい けんた、1985年12月25日 - )は… 笠井 健太(かさい けんた、1985年12月25日 - )は、静岡県菊川市出身の元プロサッカー選手、元フットサル選手。現役時代のポジションはディフェンダー(サイドバック)。 3歳頃から地元の菊川市でサッカーを始め、小学2年生から中学1年生までの時期をカナダ・オンタリオ州で過ごす。帰国した後、菊川東中学校の3年次にはブラジルのサントスFCの下部組織に1ヶ月間の短期留学を経験した。高校は静岡県立袋井高等学校に進学。県大会出場に貢献するなどスピードが武器のフォワードとして活躍した。高校2年次の秋にアメリカにサッカー留学し、翌年からは再びサントスFCの下部組織へ入団してプレーした。 2004年からサンパウロ州のパウリスタFCの下部組織に移り、12月には2年間のプロ契約を結ぶ。
山﨑 貴弘(やまざき たかひろ、1978年9月1日 - )は… 山﨑 貴弘(やまざき たかひろ、1978年9月1日 - )は、静岡県菊川市出身の元プロ野球選手(投手、外野手)。 小笠高3年夏は優勝した常葉菊川に敗れてベスト8。1996年度ドラフト会議にてヤクルトスワローズから3巡目指名を受けて入団。1年目の10月に左肘を手術した。 1999年、一軍初登板。 2000年シーズンオフに寺村友和との交換トレードで千葉ロッテマリーンズへ移籍。 2001年5月29日、対福岡ダイエーホークス11回戦の8回表1死一塁の場面に4番手として登板。1球目で松中信彦を併殺打に討ち取ってチェンジとなり、その裏に味方が勝ち越したため、1球でプロ初勝利を挙げた。初勝利が1球勝利となるのはプロ野球史上初のケースであった。
山﨑 貴弘(やまざき たかひろ、1978年9月1日 - )は… 山﨑 貴弘(やまざき たかひろ、1978年9月1日 - )は、静岡県菊川市出身の元プロ野球選手(投手、外野手)。
鈴木 慎太郎(すずき しんたろう、1974年7月3日 - )… 鈴木 慎太郎(すずき しんたろう、1974年7月3日 - )は、日本の映画監督、映画プロデューサー。静岡県菊川市出身。舞台演出、映像プロモーション、映画製作など幅広い分野で活動している。 1997年、東京シアターカンパニーに入団。舞台制作や演出に携わり、舞台芸術の現場で経験を積む。2006年に静岡県へ拠点を移し、以後はテレビ、CM、ミュージックビデオ、地域プロモーション映像などを中心に、映像制作・プロモーション事業を展開。静岡県内の自治体や企業と連携した地域密着型の映像制作など、観光・地域資源の魅力を伝える映像作品を手がけている。
榛葉 賀津也(しんば かづや、1967年〈昭和42年〉4月2… 榛葉 賀津也(しんば かづや、1967年〈昭和42年〉4月25日 - )は、日本の政治家。国民民主党所属の参議院議員(5期)、同党幹事長(初代)。静岡県馬術連盟会長。 外務副大臣(野田第3次改造内閣)、防衛副大臣(鳩山由紀夫内閣・菅直人内閣)、菊川町議会議員(1期)、参議院東日本大震災復興特別委員長、同沖縄及び北方問題に関する特別委員長、同内閣委員長、同政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員長、同外交防衛委員長、国民民主党選挙対策委員長、旧国民民主党参議院幹事長、民進党参議院国会対策委員長、民主党参議院国会対策委員長を歴任した。父は静岡県議会議員、菊川町町長を務めた榛葉達男。 静岡県小笠郡菊川町で生まれる。
長谷川 寬彦(はせがわ ひろひこ、1961年(昭和36年)9… 長谷川 寬彦(はせがわ ひろひこ、1961年(昭和36年)9月20日 - )は日本の政治家。静岡県菊川市長(2期)。 菊川市出身。静岡県立掛川西高等学校、駒澤大学経済学部、自治大学校会計コース卒業。 1984年、静岡県庁入庁。税務課長、交通基盤部理事などを歴任。2018年より天竜浜名湖鉄道社長に就任。 2020年10月、翌年1月に行われる菊川市長選挙への立候補を表明。2021年1月17日告示、24日投開票予定だったが告示日に長谷川以外の立候補者が現れなかったため、無投票で初当選した。 2025年1月19日告示、26日投開票の同市長選に投資家の横山正文を破り再選。※当日有権者数:36,163人 最終投票率:58.37% 開票結果は、当選 長谷川寬彦(63歳)無所属 現 16,696票(81.25%)、横山正文(57歳)無所属 新 3,852票(18.75%)だった。
小山 ゆう(こやま ゆう、本名:大竹 由次(おおたけ よしじ… 小山 ゆう(こやま ゆう、本名:大竹 由次(おおたけ よしじ)、男性、1948年2月20日 - )は、日本の漫画家。静岡県小笠郡菊川町(現・菊川市)出身。 代表作は『がんばれ元気』『お〜い!竜馬』『あずみ』など。『がんばれ元気』『おれは直角』『お〜い!竜馬』はテレビアニメ化され、『あずみ』は上戸彩主演で映画化された。 ペンネームの「小山ゆう」は、恩人である小池一夫の「小」、友人の山本又一朗の「山」、そして自身の本名である由次(よしじ)の「ゆう」を組み合わせたものである。 静岡県小笠郡菊川町(現・菊川市)で専業農家の長男として出生。静岡県立島田商業高等学校卒業後、作曲家を目指して上京した。上京まで漫画はほとんど読まず、興味も薄かったという。
田中 良昭 (たなか りょうしょう、1933年3月3日 - … 田中 良昭 (たなか りょうしょう、1933年3月3日 - 2016年1月12日)は、日本の曹洞宗の僧侶(静岡県菊川市正林寺住職)、仏教学者(中国禅宗史・敦煌文献、文学博士)、曹洞宗総合研究センター所長、駒澤大学総長・名誉教授。妻は賀来(田中)良江でタンダバハダンスカンパニィを主催し児童舞踊に大きく貢献した。
窪川 鶴次郎(くぼかわ つるじろう、1903年2月25日 -… 窪川 鶴次郎(くぼかわ つるじろう、1903年2月25日 - 1974年6月15日)は、日本の文芸評論家。 静岡県菊川市出身。掛川中学校(現在の静岡県立掛川西高等学校)から金沢の第四高等学校に進学し、中野重治と知り合う。そのために、理系ではあったが文学に熱中するようになる。文学への欲求のために高校を中退して上京し、貯金局に勤務する。大学進学のために上京した中野と再び文学活動をはじめ、堀辰雄たちも含めて同人誌『驢馬』のメンバーとなる。 そのころ知り合った佐多稲子と1927年に結婚。稲子は彼や中野のすすめで小説「キャラメル工場から」を発表し、小説家窪川稲子としてプロレタリア文学の新進作家として登場するが、鶴次郎はなかなか日の目を見なかった。
松本 君平(まつもと くんぺい、明治3年4月10日(1870… 松本 君平(まつもと くんぺい、明治3年4月10日(1870年5月10日) - 昭和19年(1944年)7月28日)は、静岡県出身のジャーナリスト、政治家、教育者、思想家。文学博士、衆議院議員。 妻は旧土佐藩士・岡内重俊の娘「壽(ひさ)」。 遠江国小笠郡中内田村(現:静岡県菊川市)の初代村長・松本丑太郎の二男として中内田村213番地に生まれる。幼名は貞次郎。母は木佐森茂助の三女「幸(こう)」。長じて岡田淡山の私塾・冀北学舎で国学・漢学・英語を3年間学んだ後、東京に遊学した。 1887年(明治20年)8月31日、名を「君平」と改める。 1890年(明治23年)9月11日、兄・栄太郎が廃嫡し、同月17日、静岡県佐野郡西郷村の松浦五平治の養子となって家を出た為、君平が惣領息子となる。
足立 孫六(あだち まごろく、1843年(天保14年9月) … 足立 孫六(あだち まごろく、1843年(天保14年9月) - 1911年(明治44年)7月27日)は、明治時代の政治家。衆議院議員(2期)。 遠江国城東郡丹野村(静岡県城東郡川野村、小笠郡川野村、小笠村、小笠町を経て現菊川市)の三橋家に生まれ、周智郡平宇村(山科村、山梨村、山梨町を経て現袋井市)の足立家の養子になる。和漢学を学ぶ。1873年(明治6年)浜松県第二大区小区長となるが、1875年(明治8年)凶荒に際し減租を訴え県官と対立し罷免された。この頃、協同会を結成し小作米基準地価算定論や公選民会開設論を展開した。1876年(明治9年)2月、浜松県15等出仕、同年6月、権少属として民会係となり、浜松県民会設立に尽くした。
初代 三橋 四郎次(みつはし しろうじ、1842年5月17日… 初代 三橋 四郎次(みつはし しろうじ、1842年5月17日(天保13年4月8日)- 1923年(大正12年)12月25日)は、日本の篤農家、実業家、政治家。衆議院議員。 遠江国城東郡丹野村(のち静岡県小笠郡川野村、現菊川市)で、地主・里正、三橋四郎助の長男として生まれる。和漢学を修め、丹野村の里正となる。 明治維新後、浜松県第十五区戸長、第三大区十三小区長、兼学区取締、浜松県第十三番中学区内学区取締、静岡県会議員、同議長、同常置委員などを務めた。1898年3月、第5回衆議院議員総選挙に静岡県第四区から出馬して当選。さらに第6回総選挙でも再選され、憲政本党に所属して衆議院議員を連続二期務めた。 茶園の経営に尽力し、1890年、内国勧業博覧会に自家製の緑茶を出品し有功三等章を受章した。