井上 礼之(いのうえ のりゆき、1935年3月17日 - )… 井上 礼之(いのうえ のりゆき、1935年3月17日 - )は、日本の実業家。ダイキン工業代表取締役会長兼社長を経て、同社取締役会長兼グローバルグループ代表執行役員、関西フィルハーモニー管弦楽団理事長。ダイキン工業で1994年の社長就任時に3千億円台だった売上高を4兆円超に育てた。 京都市生まれ。同志社中学校・高等学校を経て、1957年同志社大学経済学部卒業、大阪金属工業(現ダイキン工業)入社、淀川製作所総務部配属。人事部長等を経て、1979年取締役に昇格。1985年常務取締役。1989年専務取締役。 1994年から代表取締役社長を務め、経営危機にあったダイキン工業を世界トップクラスの空調機メーカーに成長させ、同社中興の祖とされる。
瑳峨 三智子(さが みちこ、1935年3月1日 - 1992… 瑳峨 三智子(さが みちこ、1935年3月1日 - 1992年8月19日)は、女優。俳優・月田一郎と女優・山田五十鈴との間の一人娘。京都府京都市出身。相模女子大学文学部中退。
今村 貞夫(いまむら さだお、1935年2月5日 - )は、… 今村 貞夫(いまむら さだお、1935年2月5日 - )は、日本の医師。医学者。京都大学名誉教授。医学博士。専門は皮膚科学。 1935年、京都府京都市生まれ。1953年、福井県立若狭高等学校卒業。1959年、京都大学医学部卒業。1968年、「ブドウ球菌、連鎖状球菌の螢光抗体法による研究:主としてアレルギー性皮膚疾患への関与について」で京都大学より医学博士号取得。1972年1月、京都大学医学部講師、1978年同助教授、1980年から1997年まで同教授。皮膚疾患に関する多くの研究を行った。 学術業績としては,小児腹壁遠心性脂肪委縮症 (Lipodystrophia centrifugalis abdominalis infantilis (Imamura)の発見が知られる。
吉川 一義(よしかわ かずよし、1935年1月28日 - )… 吉川 一義(よしかわ かずよし、1935年1月28日 - )は、日本の映画監督である。平仮名表記の「よしかわ いちぎ」名義で『電子戦隊デンジマン』の監督も手掛けた。京都府京都市出身。 日本大学藝術学部卒業後東映に入社。今井正に師事し、1968年に監督デビュー。以降テレビドラマ作品を中心に活動し、刑事ドラマ・時代劇・2時間ドラマと数多くの作品で現在もメガホンを執り続ける。特に1988年のスタートから足掛け20年続いた『はぐれ刑事純情派』ではメイン監督として長年携わり、その縁から藤田まこと主演の東映テレビ時代劇にもコンスタントに参加した。 瀬川昌治が塾長を務める瀬川塾では講師を務めた。
安居 祥策(やすい しょうさく、1935年1月16日 - )… 安居 祥策(やすい しょうさく、1935年1月16日 - )は、日本の実業家。帝人元会長・社長。日本政策金融公庫元総裁。 京都府京都市出身。京都大学経済学部卒業後の1957年に帝国人造絹絲入社。1981年海外事業第2部長、1982年フイルム販売部長、1986年に帝人商事物資本部長、1988年にテイジン・インドネシア・ファイバー・コーポレーション社長を歴任。1992年に帝人に戻り取締役、1993年に常務取締役、1994年に専務取締役を経て1997年に同代表取締役社長に就任。1999年にCEO同兼社長、2001年に同取締役会長を務め、2005年に相談役へ退く。 2007年に中小企業金融公庫総裁を務め、国民生活金融公庫、農林漁業金融公庫と国際協力銀行の国際金融部門が統合に伴ない、2008年10月日本政策金融公庫の発足と同時に同総裁となる。
浜村 淳(はまむら じゅん、1935年〈昭和10年〉1月10… 浜村 淳(はまむら じゅん、1935年〈昭和10年〉1月10日 - )は、日本の司会者、タレント、パーソナリティ、映画評論家。本名は塩濱 眞(しおはま まこと)。既婚者で、妻もかつてタレントとして活動していた。 京都府京都市の出身。家庭の事情(両親が上海に渡った)から2歳で養子に出されたため、本名の苗字(塩濱)は子供がいなかった母方の伯母夫妻にあたる養父母の苗字でもある。 京都市立旭丘中学校、京都府立山城高等学校を経て、同志社大学文学部を卒業。俳優の田村高廣、小説家で弁護士の和久峻三、元阪神タイガース監督の吉田義男は高校の先輩、俳優の山城新伍、元サッカー選手(日本代表)の釜本邦茂、元毎日放送アナウンサーの野村啓司、シンガーソングライターの尾崎亜美は、高校の後輩である。
石子 順(いしこ じゅん、1935年1月10日 - )は、日… 石子 順(いしこ じゅん、1935年1月10日 - )は、日本の漫画評論家、映画評論家。本名は石河 糺(いしこ ただし)で、1960年代後半ごろから「石子順」のペンネームを使用する。 評論家の石子順造(本名:木村泰典、1929年 - 1977年)とはペンネームが似ている上に、主たる評論分野が同じ漫画及び映画であり、活動期間が1970年代において重なっていて、しかも両者ともに日本共産党との関係が深い(石子順造は離党している)ために混同されやすく、親子もしくは親戚とおもわれている場合もあるが全くの別人で血縁関係もない。 1935年、京都府京都市生まれ。1953年に中国より帰国。1961年、東洋大学文学部卒。
中谷 猛(なかたに たけし、1935年 - )は、日本の政治… 中谷 猛(なかたに たけし、1935年 - )は、日本の政治学者。専門は、フランス政治思想。立命館大学名誉教授。 京都市生まれ。同志社大学文学部卒業(1961年)。同大学院文学研究科修士課程、法学研究科博士課程修了。長崎総合科学大学、立命館大学で教鞭をとる。
柴辻 政彦(しばつじ まさひこ、1935年 - )は美術評論… 柴辻 政彦(しばつじ まさひこ、1935年 - )は美術評論家。京都府京都市生まれ。1959年立命館大学法学部卒業。美術工芸研究所主宰。1996年までは自身でも窯業に携わるなど、陶芸家としても活躍。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
清水 信治(しみず しんじ、1935年 - )は、日本のアコ… 清水 信治(しみず しんじ、1935年 - )は、日本のアコーディオン奏者。息子はピアニストの清水和音。
小川 欽也(おがわ きんや、1934年12月28日 - 20… 小川 欽也(おがわ きんや、1934年12月28日 - 2024年12月10日)は、日本の映画監督、脚本家、俳優、映画プロデューサーである。監督としての別名に三川 和久(みかわ かずひさ)、小川 卓寛(おかわ たかひろ)、小川 和久(おかわ かずひさ)、上田 光生(うえだ みつお)があり、俳優としては姿 良三(すがた りょうぞう)、脚本家としては水谷 一二三(みずたに ひふみ)と名乗る。成人映画の黎明期からの映画作家として知られ、異分野で活躍する山本晋也を除けば、成人映画の世界で長く現役として作品を発表し続けた人物であった。監督作は400本を超える。 1934年(昭和9年)12月28日、京都府京都市下京区烏丸通綾小路下ルに生まれる。
萩 吉康(はぎ よしやす、1934年12月 - )は、日本の… 萩 吉康(はぎ よしやす、1934年12月 - )は、日本の教育学者・社会学者である。皇學館大学教授。専門は、児童教育・社会福祉学。 京都市出身。1956年、中部社会事業短期大学社会事業学科を卒業し、1959年まで同短期大学人間関係研究所助手をつとめるとともに、日本福祉大学社会福祉学部に編入学し、1961年卒業。日本福祉大学社会福祉学部助手となる。 1962年、社団法人岐阜精神病院サイキアトリック・ソーシャルワーカーに就任、1964年に三重県立幼稚園教員養成所専任講師となり、1976年、皇學館大学文学部講師、1980年同助教授、1989年同教授。2000年、皇學館大学社会福祉学部教授となり、2005年定年退職。
田中 辰郎(たなか たつろう、1934年11月22日 - 2… 田中 辰郎(たなか たつろう、1934年11月22日 - 2017年7月26日)は、日本の経営者。髙島屋社長を務めた。京都府京都市出身。 1961年に同志社大学文学部社会学科を卒業し、同年に髙島屋に入社した。1991年5月に取締役に就任し、1993年5月に常務を経て、1996年7月に社長に就任。2001年3月から相談役を務めた。 2017年7月26日に呼吸不全のために死去。82歳没。
宇宿 允人(うすき まさと、1934年11月8日 - 201… 宇宿 允人(うすき まさと、1934年11月8日 - 2011年3月5日)は、京都府出身の指揮者、トロンボーン奏者。旧名は山口 治だが、のちに婚家の姓を名乗り、宇宿 治となり、のち宇宿 允人と改名した。 京都市西陣で表具師の家庭に生まれ育つ。京都市立西陣小学校から京都市立上京中学校を経て同志社高等学校に入学するが経済的理由で中退し、京都市立堀川高等学校普通科に転校。同音楽科への転科を経て、1957年に東京芸術大学器楽科卒業後、ABC管弦楽団に入団。翌1958年、トロンボーンの師である嶋昇の誘いでNHK交響楽団に移籍。1960年から1968年までN響の首席トロンボーン奏者として活動。傍ら、フルトヴェングラーの指揮する音楽と彼の人柄に感銘を受けて指揮者を志し、管弦楽法と指揮法を近衛秀麿に師事し、指揮者として東京佼成ウインドオーケストラを指導した。
森谷 尅久(もりや かつひさ、1934年9月23日- 201… 森谷 尅久(もりや かつひさ、1934年9月23日- 2019年10月2日)は、日本史学者、武庫川女子大学名誉教授。 京都市出身。1957年立命館大学文学部卒、64年同大学院文学研究科修士課程修了。大津市史編纂委員、京都市史編纂所員、京都大学人文科学研究所講師、1982年京都市歴史資料館初代館長。武庫川女子大学教授、2005年定年、名誉教授。京都文化に関する著作多数。
梶野 啓(かじの ひろむ、1934年9月17日 - )は、ド… 梶野 啓(かじの ひろむ、1934年9月17日 - )は、ドイツ文学者、奈良女子大学名誉教授。筆名・梶野 玲王。京都市生まれ。 1958年京都大学文学部独文科卒、1960年同大学院修士課程修了、大阪工業大学教養部助手、1963年奈良女子大学文学部講師、69年助教授、85年教授。97年定年退官、名誉教授、四国学院大学教授。1962年日本ゲーテ協会会長賞受賞。1975-76年西ドイツ・ボン大学に学ぶ。
国松 彰(くにまつ あきら、1934年9月14日 - )は、… 国松 彰(くにまつ あきら、1934年9月14日 - )は、元プロ野球選手(外野手)。現在は亀屋万年堂の代表取締役会長。
内藤 恒方(ないとう つねかた、1934年 8月17日ー20… 内藤 恒方(ないとう つねかた、1934年 8月17日ー2020年6月7日 )は、日本の建築家。ランドスケープアーキテクト。建築設計と造園設計をおこなう建築士事務所およびランドスケープコンサルタントのALP(アルプ)設計室を主宰。京都市生まれ。
西田 吉宏(にしだ よしひろ、1934年〈昭和9年〉7月29… 西田 吉宏(にしだ よしひろ、1934年〈昭和9年〉7月29日 - 2007年〈平成19年〉11月19日)は、日本の養鶏家、政治家。参議院議員・西田昌司の父。 参議院議員(3期)、自民党参議院国会対策委員長、参議院議院運営委員長、京都府議会議長、京都府議会議員(5期)などを歴任。 1934年(昭和9年)、京都府京都市出身。父親が病気がちであったため小学生の頃から家の手伝いをしていて、千本今出川まで自転車の前と後ろに籠をぶら下げて、1日に2回も卵の配達をしたという。 エンジニアを夢見ていたが、父親の病がいよいよ悪化してしまい、授業料が払えなくなり京都市立洛陽高等学校を中退して家業に専念し、懸命に働いた結果、20歳代半ばで3つの養鶏場を経営する、京都でもひとかどの養鶏家として知られるようになった。
林 彰太郎(はやし しょうたろう、1934年6月21日 - … 林 彰太郎(はやし しょうたろう、1934年6月21日 - 2000年代)は、日本の俳優。京都府京都市北区出身。本名は高橋 徹(たかはし とおる)。別名は池 徹(いけ とおる)。 京都府立山城高校卒業後、同志社大学経済学部に進学するが1958年に中退し、松竹俳優養成所に入る。同年、池 徹の芸名で『七人若衆大いに売り出す』で映画初出演。1960年に東映へ移籍し、林 彰太郎と改名。東映京都撮影所を拠点に活動した。 嶋田景一郎・坂口祐三郎と共に三野郎として売り出されていた。身長180cmの体格を活かし、時代劇・アクション映画・ヤクザ映画などの脇役を演じてきた。晩年は東映太秦映画村の俳優養成所で講師として後進の育成に当たった。
北沢 恒彦(きたざわ つねひこ、1934年4月22日 - 1… 北沢 恒彦(きたざわ つねひこ、1934年4月22日 - 1999年11月22日)は、日本の社会運動家。文筆家。元京都市役所職員。 京都市出身。黒川創は息子。北沢街子は娘。秦恒平は弟。 1952年京都府立鴨沂高等学校在学中、朝鮮戦争への反戦運動に加わり、逮捕。1960年同志社大学法学部卒業。また大学卒業後に製パン業の老舗・進々堂に勤め労働争議を経験。 その後、雑誌『思想の科学』の編集、執筆に関わる。1962年京都市役所勤務。66年京都市中小企業指導所に勤務、診断士となる。 京都ベ平連に参加し、67年まで事務局長を務める。 1984年大阪市立大学大学院経済学研究科修士課程修了。1995年京都市役所を定年退職。
布施 浄慧(ふせ じょうえ、1934年(昭和9年)3月25日… 布施 浄慧(ふせ じょうえ、1934年(昭和9年)3月25日 - )は、真言宗智山派の僧。管長。智積院第72代化主。大正大学大学院修了。京都府京都市出身。 埼玉県出身。大正大学卒業後、同大学大学院に進学し博士課程後期を満期退学。その後、大正大学の講師に就任。 埼玉県久喜市の吉祥院住職を務める傍ら、成田山勧学院教授・智山講伝所上座阿闍梨・宗機顧問などを歴任。2019年(令和元年)6月28日に真言宗智山派の管長と智積院の第72代化主に就任。2021年(令和3年)に後七日御修法大阿闍梨を務め、真言宗長者となる。 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。
渡辺 邦彦(わたなべ くにひこ、1934年3月17日 - 2… 渡辺 邦彦(わたなべ くにひこ、1934年3月17日 - 2017年3月28日)は日本の映画監督。京都府京都市出身。
磯田 啓二(いそだ けいじ、1934年(昭和9年)3月8日 … 磯田 啓二(いそだ けいじ、1934年(昭和9年)3月8日 - 2019年(令和元年)11月12日)は、日本の映画プロデューサー。 京都府京都市出身。妻は映画プロデューサーの大西悦子(本名:磯田悦子)。 松竹京都撮影所、松竹大船撮影所を経てフリーランスとなり、個人事務所「株式会社磯田事務所」を設立。多数の映画・テレビドラマを手掛ける。 2019年(令和元年)11月12日午前3時8分、多臓器不全のため、東京都渋谷区の自宅で死去。85歳没。 この項目は、映画に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。
深見 茂(ふかみ しげる、1934年1月24日 - )は、ド… 深見 茂(ふかみ しげる、1934年1月24日 - )は、ドイツ文学者、大阪市立大学・滋賀県立大学名誉教授、祇園祭山鉾連合会理事長。 京都市生まれ。1958年大阪大学大学院独文科修士課程修了、同年6月大阪市立大学文学部助手、講師、助教授。1981年10月教授。1994年「ドイツ近代短篇小説の研究 -その歴史と本質」で大阪市大文学博士。1995年定年退官、名誉教授、滋賀県立大学国際教育センター教授。2004年退任、名誉教授。2012年11月、瑞宝中綬章受章。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
松本 明(まつもと あきら、1934年1月22日 - 202… 松本 明(まつもと あきら、1934年1月22日 - 2022年7月18日)は、日本のテレビディレクター・プロデューサー・小説家である。京都市右京区出身。 1952年、京都府立嵯峨野高等学校を卒業し、1957年、早稲田大学第一文学部演劇科を卒業。同年6月、大映京都撮影所企画部に入社。同年末に退社。 大映退社後、大阪テレビ放送(のちにラジオ単営局だった朝日放送と合併)に移籍。演出部に配属され、フロアディレクターとして活躍後、1960年、『サンドイッチマン物語』の演出で正ディレクターとしてデビュー。『スチャラカ社員』、『てなもんや三度笠』といった公開コメディの先駆けとなった。 のちにドラマ部門に移籍し、『女の劇場』(帯ドラマ)、『近鉄金曜劇場』、『東芝日曜劇場』(当時のキー局であるTBS制作で、系列局も持ち回りで制作していた)などの単発ドラマをはじめ、マルチカメラのスタジオドラマに勝新太郎を起用した『悪一代』(1969年)、町工場を舞台にした庶民派喜劇『おやじ火山』(1970年)などを演出。
長門 裕之(ながと ひろゆき、1934年〈昭和9年〉1月10… 長門 裕之(ながと ひろゆき、1934年〈昭和9年〉1月10日 - 2011年〈平成23年〉5月21日)は、日本の俳優。昭和時代の日活映画の「青春スター」。(今村昌平監督と組んだ)『にあんちゃん』で1959年(昭和34年)のブルーリボン男優主演賞受賞。『豚と軍艦』『秋津温泉』などで主演。テレビドラマなどでも活躍。俳優の津川雅彦は実弟。 歌舞伎俳優の沢村国太郎を父に、女優のマキノ智子を母に、本名 加藤 晃夫(かとう あきお)として、京都府京都市中京区で誕生。両親もそうだが、祖父は「日本映画の父」と呼ばれる牧野省三、狂言作者の竹芝伝蔵、叔父に加東大介、叔母に沢村貞子がいるという演劇・映画などを本業とする芸能一家の一員として誕生。
梅原 郁(うめはら かおる、男性、1934年1月1日 - 2… 梅原 郁(うめはら かおる、男性、1934年1月1日 - 2020年5月3日)は、日本の東洋史学者。京都大学名誉教授。専門は中国史、特に宋代史。 京都市生まれ。父は東洋考古学者の梅原末治。1957年京都大学文学部史学科東洋史学専修卒業。1962年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1966年神戸学院大学助教授、1969年京都大学人文科学研究所助教授、1981年同教授。1986年「宋代官僚制度研究」で文学博士の学位を取得。1997年定年退官、名誉教授、就実女子大学教授。2005年退職。就実大学では西嶋定生文庫の整備に尽力した。 宋代史を主要な研究分野とするが、元・明・清朝の法制史・制度史研究でも大きな成果がある。
芦田 文夫(あしだ ふみお、1934年 - )は、日本の経済… 芦田 文夫(あしだ ふみお、1934年 - )は、日本の経済学者。立命館大学名誉教授。専門は経済理論、比較経済体制論、社会主義経済論。 京都市生まれ。1957年京都大学経済学部卒業。1962年京都大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。1981年「社会主義的所有と価値論」で経済学博士(京都大学)。1962年立命館大学経済学部専任講師、1965年助教授、1972年教授。1974年経済学部主事、1975年経済学部長代行、1978~1979年学生部次長、1986~1988年教学部長、1991~1994年立命館副総長・立命館大学副学長。2000年定年退職、立命館大学名誉教授。2005年まで特任教授。
橋本 直樹(はしもと なおき、1934年 - )は、日本の農… 橋本 直樹(はしもと なおき、1934年 - )は、日本の農学博士、ビール醸造研究者、食に関する著述家・講師。 キリンビールの研究所長やビール工場長・常務、京都大学講師、帝京平成大学教授などを務め、2010年現在は食に関する講演などを行う。 京都市生まれ、1956年、京都大学農学部農芸化学科卒業。1971年農学博士号を取得し、入社したキリンビールでは醸造について研究し、研究所長・工場長を経て常務を務める。 キリンビール在職中1987年「ライトビールの創成~香味品質の設計技法の開発と応用」で日本農芸学会・農芸化学技術賞を受賞する。 2006年から2010年まで帝京平成大学教授を務める。2011年、日本醸造学会:功績賞受賞。
宮下 嶺夫(みやした みねお、1934年 - )は日本の翻訳… 宮下 嶺夫(みやした みねお、1934年 - )は日本の翻訳家。日本翻訳協会会員。主に児童書の翻訳を手掛ける。 京都府京都市生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
芦屋 小雁(、1933年12月4日 - 2025年3月28日… 芦屋 小雁(、1933年12月4日 - 2025年3月28日)は、日本の喜劇俳優。本名は西部 秀郎()。所属事務所は小雁倶楽部、さち子プロ。 京都府京都市出身。生家は友禅染工場であったという。兄に俳優の芦屋雁之助、弟に芦屋雁平(初代芦屋凡凡)がいる。雁之助の娘の西部里菜は姪。父親も芸界が好きで、漫才師になり、雁之助と地方巡業していたことがあった。芸人にならなかった長兄は、京都の交通局に勤務したが、職場の劇団でプロレタリア演劇にかかわっていた。 旧制中学中退後、さまざまな職業についた後、絵が好きだったことから、商業美術の世界に入り、映画看板などを描く。 やがて、雁之助と漫才コンビ「若松ただし・きよし」を結成して活動する。
塚原 仲晃(つかはら なかあきら、1933年11月11日 -… 塚原 仲晃(つかはら なかあきら、1933年11月11日 - 1985年8月12日)は、日本の医学者・大脳生理学者・脳神経学者。大阪大学基礎工学部教授。医学博士。 京都府京都市生まれ。東京大学医学部卒業。1963年に東京大学より医学博士を授かる。博士論文の題は「A contribution of internuncial activity to motoneuronal discharges(前柱細胞発射にたいする介在細胞活動の関与について)」。 36歳で大阪大学教授に就任。シナプス、記憶に関する研究においては世界をリードしていたとの評価もある[誰によって?]。当時の日本を代表する脳神経学者の一人でもあった。
岩田 宗一(いわた そういち、1933年10月29日 - 2… 岩田 宗一(いわた そういち、1933年10月29日 - 2020年6月8日)は、日本の声明研究者。大谷大学名誉教授。 京都市生まれ。1959年京都市立音楽短期大学(現・京都市立芸術大学)卒業。1965年佛教大学卒業。大谷短期大学助教授、大谷大学教授、1999年退任、名誉教授。2020年6月8日に死去。86歳没。
奥田 博之(おくだ ひろゆき、1933年10月16日 - )… 奥田 博之(おくだ ひろゆき、1933年10月16日 - )は、フリーアナウンサーで、元ラジオ神戸(現在のラジオ関西)アナウンサー。 京都府京都市出身。同志社大学法学部時代は放送部に所属。大学在学中(採用決定後)からラジオ神戸で仕事をしていたという。 卒業後の1958年(昭和33年)にラジオ神戸に入社。ラジオ関西時代は、「電話リクエスト」でマリア・リグレステイ、「ラジオ関西のナマナマ大放送」では笑福亭鶴光と担当するなど看板アナウンサーとなり、また、阪神タイガース戦をメインにプロ野球中継も担当、日本シリーズ中継ではラジオ関東(現在のラジオ日本)でもその放送は流れた。 1979(昭和54)年頃ラジオ関西を退職しフリーアナとなり、読売テレビ「2時のワイドショー」やサンテレビ「サンテレビボックス席」の中継で活躍した。
石川 英輔(いしかわ えいすけ、1933年9月30日 -)は… 石川 英輔(いしかわ えいすけ、1933年9月30日 -)は、日本のSF作家で、江戸文化、写真、印刷技術を扱う。 京都府京都市出身で、東京都立石神井高等学校を卒業し、国際基督教大学と東京都立大学理学部を中退した。 SFファングループ「宇宙塵」に1957年の創設来参加する。1961年にミカ製版を設立して社長となり、1976年にカラー写真製版技術の研究で日本印刷学会第一回技術賞となる。 SF同人誌「宇宙塵」に連載した西遊記のSFパロディ「SF西遊記」を、1976年に講談社から単行本として刊行して作家となり、以後は一連の中国古典小説のSFパロディ・シリーズを手がける。 1979年に「大江戸神仙伝」で現代人がタイムスリップする「時代劇の江戸とは異なる、リアルな江戸社会」を描写すると、シリーズ化される。
松田 寛夫(まつだ ひろお、1933年9月3日 - 2022… 松田 寛夫(まつだ ひろお、1933年9月3日 - 2022年3月24日)は、日本の脚本家。 京都市出身。松田定次と松浦築枝の養子。京都大学文学部卒業。 1958年、東映に入社。早くからチーフ助監督になるが、組合委員長として契約者の組織化などに働き、常にひと言多いクセがたたり、岡田茂プロデューサーと喧嘩し、助監督を棒に振って東映東京撮影所に飛ばされた。 1967年に脚本家デビュー。当初はヤクザ映画やアクション映画の脚本を執筆していたが、次第に時代劇、ドラマと幅を広げていき、テレビドラマにも進出した。東映の脚本家は数名の共作で執筆することが多いが、比較的早くから単独執筆の映画に恵まれている。特に後年には、『花いちもんめ。
長谷川 常雄(はせがわ つねお、1933年8月13日 - 2… 長谷川 常雄(はせがわ つねお、1933年8月13日 - 2019年4月27日)は、日本の実業家。キューサイの創業者。京都府京都市出身。 1957年に同志社大学商学部を卒業し、同年に大沢商会に入社。1963年に退社し、煎餅の製造・販売事業を開始し、1965年10月には福岡市で菓子製造販売会社長老製菓(のちのキューサイ)を創業し、2006年5月までに社長を務めた。1982年にはのちの主力商品となる「青汁」を製造・販売を開始。らでぃっしゅぼーや会長も務めた。 2019年4月27日、死去。85歳没。
吉田 義男(よしだ よしお、1933年7月26日 - 202… 吉田 義男(よしだ よしお、1933年7月26日 - 2025年2月3日)は、京都府京都市中京区出身のプロ野球選手(内野手、右投右打)・コーチ・監督、野球解説者、野球評論家、タレント、甲子園歴史館の運営会議顧問であった。 現役時代は「今牛若丸」と称され、華麗かつ堅実な守備で知られた守備の達人であった。引退後は3度にわたって阪神タイガースの監督を務めた。阪神を初めて日本一に導き、また阪神の監督を3度経験した唯一の人物である。 ニックネームは「よっさん」。1989年から1996年まで野球フランス代表監督を務め、「ムッシュ」とも呼ばれる。甥の谷真一も近鉄バファローズの元プロ野球選手。 1946年、旧制中等学校の京都市立第二商業学校に入学。
只木良也(ただき よしや、1933年6月13日 - )は、日… 只木良也(ただき よしや、1933年6月13日 - )は、日本の森林生態学者、名古屋大学名誉教授、京都府立林業大学校名誉校長、国民森林会議顧問。 京都市出身。1956年京都大学農学部林学科卒、61年同大学院博士課程修了、「数量的間伐に関する生態学的研究」で農学博士の学位を取得。四手井綱英に師事。61年農林省林業試験場、70年同調査部企画室長、73年同造林部造林第二研究室長、1978年信州大学理学部教授に転じ、1991年名古屋大学農学部教授、97年定年退官、名誉教授。プレック研究所生態研究センター長。国民森林会議顧問。86年読売農学賞を「森林生態系の物質生産構造及び環境保全機能に関する研究」で受賞。
伊丹 十三(いたみ じゅうぞう、1933年5月15日 - 1… 伊丹 十三(いたみ じゅうぞう、1933年5月15日 - 1997年12月20日)は、日本の映画監督・俳優・脚本家・エッセイスト。本名は池内 義弘(いけうち よしひろ)。雑誌編集長・商業デザイナー・イラストレーター・CMプランナー・ドキュメンタリー映像作家としても活動し、料理通としても知られた。 監督デビューは51歳と遅咲きだったが、それまでに表現手段を追究する職を多数経験し、その集大成として映画に挑戦し、ヒットメーカーとなった。 1984年の監督デビュー作である『お葬式』からいきなり数々の映画賞を獲得するなど絶賛を浴びた。その後、『タンポポ』『マルサの女』『マルサの女2』『あげまん』『ミンボーの女』『大病人』『スーパーの女』『マルタイの女』などを演出し、いずれも大ヒットを記録した。
早崎 治(はやさき おさむ、1933年5月7日 - 1993… 早崎 治(はやさき おさむ、1933年5月7日 - 1993年11月11日)は、日本の写真家。日本広告写真家協会元会長。 京都府京都市生まれ。立命館中学校・高等学校、立命館大学経済学部卒業。大学在学中は写真部に所属し、写真に熱中し写真雑誌への投稿を始める。卒業後、写真評論家重森弘淹の紹介で広告制作会社「ライトパブリシティ」入社。 1964年東京オリンピックの一連のポスター(1962年、1963年:亀倉雄策と共同製作)が反響を呼び、イタリアで開催されたポスター展でもグランプリを獲得。その後、「早崎スタジオ」を設立。商業広告写真を中心に幅広く活躍した。 1993年11月11日、取材中の転落事故により死去。
大山 喬平(おおやま きょうへい、1933年5月7日 - )… 大山 喬平(おおやま きょうへい、1933年5月7日 - )は、日本の日本史学者。京都大学名誉教授。専門は中世農村史。 1933年、京都市生まれ。京都大学文学部国史学科に入学、赤松俊秀や林屋辰三郎に師事。また、大学同期生に、河音能平(大阪市立大学名誉教授)や安丸良夫(一橋大学名誉教授)がいた。1957年3月に同大学卒業。同大学大学院に進学、1962年3月京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。 1963年10月より名古屋市立大学専任講師。1964年4月、同大学経済学部助教授。1969年4月、大阪市立大学文学部助教授に転じた。1971年4月より京都大学文学部助教授を務めた。1981年7月、学位論文『日本中世農村史の研究』を京都大学より文学博士の学位を取得。
河合 秀和(かわい ひでかず、1933年4月28日 - )は… 河合 秀和(かわい ひでかず、1933年4月28日 - )は、日本の政治学者。学習院大学名誉教授。専門は比較政治、イギリス政治。 1933年、京都市生まれ。1952年京都府立鴨沂高等学校卒業。1956年に東京大学法学部を卒業した。1961年東京大学大学院社会科学研究科国際関係論専攻修了。1962年オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジに留学。1966年学習院大学法学部助教授。1970年学習院大学法学部教授をつとめた。2000年学習院大学東洋文化研究所長。2004年学習院大学を退任後に、中部大学国際関係学部特任教授として教鞭をとった。2008年3月末を以て、中部大学特任教授を退任。 この他に、1991年から1992年に放送大学客員教授。
清水 宏員(しみず ひろかず、1933年4月14日 - )は… 清水 宏員(しみず ひろかず、1933年4月14日 - )は、京都府京都市出身の元プロ野球選手(投手)。
藤澤 道郎(ふじさわ みちお、1933年4月14日 - 20… 藤澤 道郎(ふじさわ みちお、1933年4月14日 - 2001年9月30日)は、日本のイタリア史学者。専門はイタリア史、イタリア文学。 京都府京都市生まれ。1957年、京都大学文学部イタリア語学イタリア文学専攻卒業。1962年、同大学大学院文学研究科言語学専攻博士課程単位取得満期退学。1967年桃山学院大学専任講師、1969年同助教授、1975年同教授。2000年、選択定年により定年退職、名誉教授。 当初はマルクス主義者として、アントニオ・グラムシの翻訳研究などをしていたが、ルネッサンス期イタリア史研究に転じた。『マキァヴェッリ全集』(共編訳、筑摩書房、1999-2001)によりピーコ・デッラ・ミランドラ賞を受賞した。
岩成 達也(いわなり たつや、1933年(昭和8年)4月10… 岩成 達也(いわなり たつや、1933年(昭和8年)4月10日 - 2022年(令和4年)12月9日)は、日本の詩人。大和銀行常務取締役・同社常任監査役を歴任。 京都市生まれ。東京大学理学部数学科卒業。大和銀行に入行し、後に常務取締役や常任監査役を務めた。1958年、入沢康夫らと詩誌「あもるふ」を創刊。1981年、詩集『中型製氷機についての連続するメモ』で第19回藤村記念歴程賞受賞。1990年『フレベヴリィ・ヒツポポウタムスの唄』で第20回高見順賞受賞、2003年「(ひかり)、…擦過。』で第11回萩原朔太郎賞候補、2009年『みどり、その日々を過ぎて。』で第27回現代詩花椿賞受賞。宝塚市在住。 2022年12月9日、心不全のため死去。
齋藤 英美(さいとう ひでみ、1933年(昭和8年)3月7日… 齋藤 英美(さいとう ひでみ、1933年(昭和8年)3月7日 - 2008年(平成20年))は、日本の電子オルガン奏者。エレクトーン奏者、作曲家。徳島文理大学名誉教授。上海音楽学院特別顧問教授。 同志社大学卒業。京都市立芸術大学音楽学部卒業。京都府京都市出身。 京都府京都市出身。同志社大学を卒業後、京都市立芸術大学音楽学部音楽学科作曲専攻に進学し卒業。 1957年(昭和32年)にプロデビューする。世界44ヵ国での演奏活動、伝統芸能・民族楽器との共演など、日本の電子オルガン奏者の第一人者として国内外で活動していた。徳島文理大学音楽学部で教授を務めたほか、中国・北京の上海音楽学院で特別顧問教授も務めた。
小西 正一(こにし まさかず、1933年2月17日 - 20… 小西 正一(こにし まさかず、1933年2月17日 - 2020年7月23日)は、日本の生物学者、動物行動学者。京都府京都市出身。カリフォルニア工科大学名誉教授。 1956年北海道大学理学部生物学科卒業。1958年に渡米し、1963年カリフォルニア大学バークレー校で博士号取得。マックスプランク研究所、ウィスコンシン大学、プリンストン大学を経て、1975年よりカリフォルニア工科大学教授。1987年国際ニューロ・エソロジー学会会長。 小鳥のさえずりに関する研究の第一人者で、フクロウの聴覚による定位を通して動物行動学と大脳生理学を結合させた。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1… 原田 武(はらだ たけし、1933年1月29日-2020年1月29日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。大阪外国語大学名誉教授。 京都市生まれ。1955年大阪外国語大学卒業、1958年大阪市立大学大学院文学研究科修士課程修了。立命館高等学校教諭、1964年帝塚山大学講師、大阪外国語大学助教授、教授、1999年定年退官、名誉教授、関西福祉科学大学教授。 2019年、瑞宝中綬章受章。 ジュリアン・グリーンや、マルセル・プルーストの同性愛を研究。父と娘の近親相姦について虐待的なものも多く存在するとした上でそれだけではないと指摘する。 2020年に老衰のため死去。生没同日である。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。