森下 翔太(もりした しょうた、2000年8月14日 - )… 森下 翔太(もりした しょうた、2000年8月14日 - )は、神奈川県横浜市港南区出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。阪神タイガース所属。 横浜市立日限山小学校1年生のとき「野庭日限フェニックス」(現:上永谷少年野球部)で外野手として野球を始め、捕手も経験した。横浜市立日限山中学校時代は三塁手として中学硬式野球の「戸塚リトルシニア」に所属。幼少期、地元である日限山大公園や野庭すずかけ小学校で練習した日々がプロでの活躍に繋がった「原点」であると本人も語る。 地元の強豪である東海大学付属相模高等学校に進学。1年夏より「4番・中堅手」のレギュラーとなり、3年春には第90回記念選抜高等学校野球大会に出場した。
伊原 陵人(いはら たかと、2000年8月7日 - )は、奈… 伊原 陵人(いはら たかと、2000年8月7日 - )は、奈良県橿原市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。阪神タイガース所属。 小学校1年から父と兄の影響で野球を始めた。だが、練習に対する辛さや試合へのプレッシャーから逃げたいという気持ちが強かったため、橿原市立八木中学校に入学すると野球を辞めて友人とともに柔道部に入部した。柔道にも熱心に取り組んでいたが、帰宅途中に野球部がグラウンドで練習する姿を見たことで野球に対する情熱が再燃し、1年生の終わりごろから軟式野球部に転部した。 智辯学園高等学校では3年春の第90回記念選抜高等学校野球大会にエースとして出場し、日大山形との初戦(2回戦)は5回2失点で勝利。
尾田 剛樹(おだ ごうき、2000年8月3日 - )は、兵庫… 尾田 剛樹(おだ ごうき、2000年8月3日 - )は、兵庫県明石市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 明石市立谷八木小学校1年時に明石ウエストクラブでソフトボールを始め、6年時には日本代表選手としてオーストラリア遠征を経験。明石市立魚住東中学校時代は、硬式野球チームの神戸須磨クラブに所属した。また、中学校の2学年上に平内龍太がいた。 高野山高等学校を経て大阪観光大学へ進学し、1年時春と4年時秋にベストナインを獲得した。当時のチームメイトに久保修がいる。2022年9月にプロ志望届を提出し、翌月のドラフト会議でのプロ入りを目指すも指名漏れ。その後11月に開催されたBCリ
江原 雅裕(えはら まさひろ、2000年8月3日 - )は、… 江原 雅裕(えはら まさひろ、2000年8月3日 - )は、福岡県久留米市出身 のプロ野球選手(投手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 久留米市立安武小学校の時に野球を始め、6年時には『2012福岡ソフトバンクホークスジュニアチーム』に合格。久留米市立筑邦西中学校時代は硬式野球の『佐賀フィールドナイン』に所属した。 その後は天理高校と國學院大學でプレーしたが、7年間で計3度の右肘手術があり、目立った成績は残せず、特に大学時代は公式戦登板が1試合のみであった。大学時代の同学年には、のちに東北楽天ゴールデンイーグルスでチームメイトになる田中千晴がいた。 大学卒業後は日鉄物産へ入社し、日本製鉄山口硬式野球部に入部。
大窪 士夢(おおくぼ じゆ、2000年8月2日 - )は、北… 大窪 士夢(おおくぼ じゆ、2000年8月2日 - )は、北海道岩見沢市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 北海高等学校ではチームは1年夏と2年夏の甲子園に出場したがベンチ外。3年時は控え投手として全て救援投手として登板したが、甲子園出場はなかった。高校の1学年先輩に川村友斗、阪口皓亮、鈴木大和、1学年後輩に辻本倫太郎がいる。 2018年10月25日に行われたプロ野球ドラフト会議において、埼玉西武ライオンズから育成ドラフト2位で指名され入団。背番号は126。 2019年はイースタン・リーグ公式戦2試合に登板し、5回を投げ防御率7.20の成績だった。同年秋より西武に三軍制が敷かれ、大窪も三軍選手として指導を受けるようになる。
矢澤 宏太(やざわ こうた、2000年8月2日 - )は、東… 矢澤 宏太(やざわ こうた、2000年8月2日 - )は、東京都町田市出身のプロ野球選手(投手、外野手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 5歳の頃から町田リトルで野球を始め、中学時代は町田シニアに所属していた。 藤嶺学園藤沢高等学校に進学し、1年夏からベンチ入り。同年秋からエースとなり、投手と外野手を兼ねる二刀流として活躍した。高校時代は神奈川大会ベスト8が最高成績で、甲子園大会出場はなし。3年夏は南神奈川大会準々決勝で横浜創学館に延長の末、敗れた。投手としては最速149km/h、打者としては高校通算32本塁打を記録した。プロ志望届を提出したが、2018年のドラフト会議での指名はなかった。
鈴木 裕太(すずき ゆうた、2000年8月2日 - )は、新… 鈴木 裕太(すずき ゆうた、2000年8月2日 - )は、新潟県新潟市西区出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 新潟市立東青山小学校では2年時に東青山ブルーソックスで野球を始め、新潟市立小針中学校では新潟シニアに所属していた。なお、同級生に荘司康誠がいた。 日本文理高校進学後、2年夏は新潟県大会を制し、第99回全国高等学校野球選手権大会に出場に貢献。初戦の鳴門渦潮高校戦では先発するも、自責は0だったが、3回途中2失点でマウンドを降りた。続く2回戦の西巻賢二擁する仙台育英高校戦では登板無く敗れた。3年春には新潟県の高校生で初の150km/hを記録。 2018年10月25日に行われたドラフト会議では、東京ヤクルトスワローズに6位指名を受け、契約金2200万円、年俸480万円(金額は推定)で入団した。
水野 達稀(みずの たつき、2000年7月30日 - )は、… 水野 達稀(みずの たつき、2000年7月30日 - )は、香川県丸亀市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。愛称は、忍者。 丸亀城西高等学校では高校通算27本塁打。2年時には香川県高等学校野球連盟が早稲田実業高校を招待した試合が行われた。この試合では1回表に水野の2ランHRが飛び出したこともあり10対9で勝利した。また、早稲田実業高校には3年生であった清宮幸太郎が所属していた。3年生時の第100回全国高等学校野球選手権大会・香川大会ではリードオフマンを務め、決勝の高松高校戦では逆転となる左中間三塁打を放ち、13年ぶり5回目の夏の甲子園出場に貢献した。甲子園では1回戦で日南学園と対戦。
ピダーソン 和紀(ピダーソン かずき、2000年7月24日 … ピダーソン 和紀(ピダーソン かずき、2000年7月24日 - )は、日本のプロ野球選手(投手)。右投右打。 カナダ人の父と日本人の母の間に東京都で生まれる。妹が1人いる。小学生低学年から野球を始め、小学2年生時に熊本県熊本市へ転居し、熊本市立託麻原小学校に通った。 熊本市立湖東中学校から鎮西高等学校へ進学したが、1年生の春に右手首腱鞘炎、夏には右肩痛に見舞われた。環境を変えるために、自ら連絡して北海道のクラーク記念国際高校に転校した。転校から1年は規程により公式戦に出場できず、その間は体力作りに専念した。3年生時には球速145km/hを記録した。 その後、長崎国際大学に進学し、野球を続けた。大学時代には2022年(4年生時)に、福岡ソフトバンクホークス二軍との交流戦を行う九州地区大学野球連盟選抜チームのメンバーに選ばれた。
戸田 懐生(とだ なつき、2000年7月22日 - )は、愛… 戸田 懐生(とだ なつき、2000年7月22日 - )は、愛知県高浜市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。現在はKBOリーグのNCダイノス所属。 高浜市立高浜小学校1年時に、1学年上の兄の影響で、「高浜軍」で軟式野球を始める。野球を始めた頃からポジションは投手であった。高浜市立南中学校時代は「愛知衣浦シニア」に所属。同シニアでは投手兼内野手としてプレーし、3年生のときには第21回日本リトルシニア全国選抜野球大会に出場した。 元中日ドラゴンズの投手だった若林弘泰の誘いもあり、若林が監督を務める東京都の東海大菅生高等学校に進学。同級生には田中幹也がいる。2年夏の都大会ではエースナンバーを背負って4試合に登板した。
黒田 響生(くろだ ひびき、2000年7月21日 - )は、… 黒田 響生(くろだ ひびき、2000年7月21日 - )は、福井県福井市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 敦賀気比では1年春から内野手でレギュラー。2年夏は県8強敗退。3年夏はチーム3年ぶりの甲子園出場に貢献し、1回戦の木更津総合戦に「2番・遊撃手」で先発出場するも敗退。 2018年10月25日、プロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツから育成選手ドラフト4位指名を受けた。11月16日に支度金200万円、年俸240万円で仮契約を結んだ。背番号は021。 育成選手ながらルーキーの2019年からイースタン・リーグ42試合に出場。 2020年は阿部慎之助二軍監督から「勇人(坂本)の19歳の頃よりもポテンシャル、技術は上」と絶賛され、春季キャンプの一軍メンバーに抜擢された。
山田 健太(やまだ けんた、2000年7月19日 - )は、… 山田 健太(やまだ けんた、2000年7月19日 - )は、愛知県稲沢市出身の社会人野球選手(二塁手)。右投右打。 稲沢市立千代田小学校で2年生の時に野球を始める。稲沢市立千代田中学校では硬式野球のクラブチームである東海ボーイズでプレーし、2年時に全国大会で優勝。3年時には世界少年野球大会の日本代表に選出され、優勝に貢献した。 大阪桐蔭高等学校に進学し、1年秋から三塁手のレギュラーに定着。2年春の第89回選抜高等学校野球大会では5番打者として5試合で12安打を記録し、優勝に貢献した。3年時には同学年の藤原恭大、根尾昂、柿木蓮、横川凱らと共に春の第90回記念選抜高等学校野球大会、夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会で優勝し、甲子園大会春夏連覇を達成した。
青山 美夏人(あおやま みなと、2000年7月19日 - )… 青山 美夏人(あおやま みなと、2000年7月19日 - )は、神奈川県横須賀市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 横須賀市立城北小学校3年時に幼馴染の誘いで地元の少年野球チームに入り野球を始め、横須賀市立衣笠中学校在学時は硬式野球のクラブチームである横須賀シニアでプレーしていた。 横浜隼人高等学校に進学し、2年秋からエースを務めた。高校時代は甲子園大会への出場はなく、3年夏は南神奈川県大会初戦(2回戦)で横浜商業に敗れた。高校の1学年後輩に佐藤一磨、2学年後輩に加藤大がいる。 亜細亜大学に進学し、1年秋からベンチ入り。2年秋のリーグ戦では防御率1位を記録するなど活躍したが、3年時は右肩の炎症に悩まされた。
橋本 達弥(はしもと たつや、2000年7月18日 - )は… 橋本 達弥(はしもと たつや、2000年7月18日 - )は、兵庫県神戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 神戸市立木津小学校1年時に野球を始め、神戸市立桜が丘中学校では軟式野球部に所属し、投手と内野手を務めていた。子どもの頃からプロ野球選手になることが夢だったが、中学の時点で線が細く体が小さかったこともあり夢を断念し、兵庫県立長田高等学校に進学する。公立高校のため練習時間は限られていたが、2年生から本格的に投手を始めると、常時140 km/h台を投げるようになる。3年夏の兵庫県大会ではベスト8に進出するが、準々決勝で小園海斗擁する報徳学園と対戦し0-1で敗退。
野口 恭佑(のぐち きょうすけ、2000年7月17日 - )… 野口 恭佑(のぐち きょうすけ、2000年7月17日 - )は、長崎県雲仙市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 雲仙市立千々石第一小学校1年生から千々石アドバンスでソフトボールを始める。雲仙市立千々石中学校時代は軟式野球部に所属。当時の中学軟式野球部には部員が7名程度しかおらず、チーム事情で捕手、投手、三塁手など複数のポジションを経験した。 創成館高等学校では1年秋から外野手としてベンチ入り。2年秋の第48回明治神宮野球大会で準優勝。3年春の選抜大会では10打数7安打を記録してベスト8入りに貢献。準々決勝の智辯和歌山高等学校戦では5安打3打点を記録するも、チームは延長10回裏に黒川史陽からサヨナラ打を打たれ敗退。
宮城 滝太(みやぎ だいた、2000年7月15日 - )は、… 宮城 滝太(みやぎ だいた、2000年7月15日 - )は、沖縄県中頭郡嘉手納町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 弟は独立リーグ球団でプレーしていた宮城竜輝。 小学1年生から「島袋ホエールズ」において軟式野球を始め、2年生のときに転校して「嘉手納ライオンズ」でプレーする。嘉手納町立嘉手納中学校時代は、硬式野球の「読谷ボーイズ」に所属し、3年生で県大会優勝を果たす。 滋賀県東近江市の滋賀学園高等学校に進学後、2年生時に春の第89回選抜高等学校野球大会に出場を果たし、先発登板した2回戦の対福岡大付属大濠高校戦では、のちにチームメイトとなる三浦銀二と延長15回、1対1で引き分けの熱戦を演じる。
大谷 輝龍(おおたに ひかる、2000年7月11日 - )は… 大谷 輝龍(おおたに ひかる、2000年7月11日 - )は、石川県小松市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 野球経験者の父親の下に生まれ、友人に誘われる形で小学1年生のときに『月津ヶ丘少年野球クラブ』で野球を始め、外野手としてプレー。野球と同時に水泳もやっていたが、3年生のときにやめ、以降は野球一筋になる。小松市立南部中学校では軟式野球部に所属した。肩が強かったものの試合では主に外野手や捕手を守り、投手未経験であったが、「石川県の中学校のチームがいっぱい集まる大会に、3年生のときに出たんです。球速や遠投、足の速さを測ったりして、それを競う大会でした」という大会の球速部門で2位の128km/hを計測すると、小松大谷高校の野球部部長に素質を見込まれ、小松大谷高校へ進学した。
木村 光(きむら ひかる、2000年7月2日 - )は、奈良… 木村 光(きむら ひかる、2000年7月2日 - )は、奈良県桜井市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 奈良大学附属高等学校では3年夏の第100回全国高等学校野球選手権記念大会にエースとして出場。羽黒との1回戦で完投勝利し、同校は春夏通じて甲子園大会初勝利となった。日大三との2回戦にも先発したが8失点し、敗れた。 高校卒業後は佛教大学へ進学し、1年時から公式戦に登板。全日本大学野球選手権大会に3度出場した。 2022年10月20日に開催されたドラフト会議にて、育成3位で福岡ソフトバンクホークスから指名された。11月20日に支度金300万円、年俸400万円で入団に合意し、12月5日、BOSS E・ZO FUKUOKAで入団発表会見が行われた。
赤羽 由紘(あかはね よしひろ、2000年6月29日 - )… 赤羽 由紘(あかはね よしひろ、2000年6月29日 - )は、長野県松本市出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 松本市立筑摩野中学校では松本南シニアに所属。中学時代は体が細く、9番打者での起用だった。日本ウェルネス信州筑北高等学校に1期生として入学。進学後にウエイトトレーニングや食事の工夫で体格を大きくし、打球の飛距離を伸ばす。高校2年生の秋季長野県大会でチームは優勝。3年生の2018年には4番を打ったが、全国高等学校野球選手権長野大会はベスト8で敗退。高校時代の同期には速水将大がいる。 2018年11月に、ベースボール・チャレンジ・リーグ(ルートインBCリーグ)と四国アイランドリーグplusの合同トライアウトに参加し、11月22日の両リーグ合同ドラフト会議で希望入団先としていた地元球団の信濃グランセローズに特別合格、2019年に入団。
野村 佑希(のむら ゆうき、本名:野村 ジェームス 佑希〈の… 野村 佑希(のむら ゆうき、本名:野村 ジェームス 佑希〈のむら ジェームス ゆうき〉、2000年6月26日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州ハウエル(英語版)出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 日本人の両親の間にアメリカ合衆国ミシガン州ハウエル(英語版)で出生した後、1歳半で日本へ帰国(詳細後述)。伊勢崎市立境剛志小学校2年時に、投手兼三塁手として、剛志ジュニアーズで軟式野球を始めた。伊勢崎市立境西中学校時代は、近隣の太田市に拠点を置く太田市リトルシニアに所属。3年時には、身長184cm・体重80kgという大柄な体格の投手として、ストレートで135km/hを計測していた。
柿木 蓮(かきぎ れん、2000年6月25日 - )は、佐賀… 柿木 蓮(かきぎ れん、2000年6月25日 - )は、佐賀県多久市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 多久市立北部小学校2年生の時に野球を始め、多久市立中央中学校進学後は佐賀東松ボーイズに所属し、全国大会に出場した。中学3年時には球速143km/hを記録し、世界大会の日本代表にも選出された。 中学卒業後、大阪桐蔭高等学校に進学(同期に根尾昂、藤原恭大、横川凱)。2年生の春からベンチ入りした。2年春の選抜では初戦(宇部鴻城戦)で登板し1イニングを投げた。その後は春の大阪府大会などでも登板し、夏の大阪大会では同志社香里戦で8者連続三振を奪うなど活躍。2年夏の全国選手権では、3回戦の仙台育英戦で先発を任されるも、サヨナラ負けを喫した。
沼田 翔平(ぬまた しょうへい、2000年6月24日 - )… 沼田 翔平(ぬまた しょうへい、2000年6月24日 - )は、北海道旭川市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 旭川市立神居小学校では4年生時に野球を始めるも、シラカバアレルギーを発症し、バレーボールに転向。6年生時に永山ウィングのスパイカーとして全道優勝を経験。旭川市立神居中学校で再び野球に転向し、軟式野球部に所属した。 旭川大高校では1年春からベンチ入りし、主力投手として活躍。3年夏はエースとして北北海道大会を勝ち抜き9年ぶりの優勝に貢献した。第100回全国高等学校野球選手権記念大会では初戦の佐久長聖高校戦に先発し、8回4失点(自責0)と粘投したが、チームはタイブレークの末敗れた。
松山 晋也(まつやま しんや、2000年6月23日 - )は… 松山 晋也(まつやま しんや、2000年6月23日 - )は、青森県上北郡天間林村(現:七戸町)出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 育成ドラフトで入団した選手として初めての最多セーブ受賞者。1シーズン46セーブのセ・リーグタイ記録保持者。 七戸町立天間西小学校2年時に天間西ジャイアンツで野球を始め、七戸町立天間舘中学校では軟式野球部に所属していた。 八戸学院野辺地西高等学校では、3年時夏の青森県大会2回戦で堀田賢慎擁する青森山田高等学校に対し、3回途中3失点で降板するなど目立った活躍はなく、甲子園出場歴もない。2学年上に中道佑哉がいる。 八戸学院大学ではリーグ戦デビューが3年時秋と遅く、4年時春もリリーフで4試合に登板したのみだったが、4年時秋の対岩手大学2戦目ではリリーフ登板し6回2/3を投げて11奪三振を記録するなど、ドラフト会議直前に頭角を表した。
佐藤 友紀(さとう ゆうき、2000年6月23日 - )は、… 佐藤 友紀(さとう ゆうき、2000年6月23日 - )は、千葉県四街道市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 四街道小1年時に四街道ブルースターズで軟式野球を始め、四街道西中学校には軟式野球部に在籍した。 千葉県立千城台高等学校に進学したが、高校としては千葉大会2回戦が最高成績と目立った成績は残せなかった。高校時代は公式戦1勝にとどまった。 秀明大学に進学後は野球を継続していなかったが、2年生秋から千葉県大学野球連盟3部リーグの野球部に入部して野球を再開。4年生秋のリーグ戦では4勝を挙げ、3部リーグのMVPを受賞した。1球団だけではあったが、NPB球団も視察に訪れるようになる。
松井 義弥(まつい よしや、2000年6月18日 - )は、… 松井 義弥(まつい よしや、2000年6月18日 - )は、福岡県田川市出身の元プロ野球選手(外野手・内野手)。右投左打。 田川市立金川小学校1年生から「香小エルテックス」で軟式野球を始め、田川市立金川中学校では同校の軟式野球部に所属し、投手兼捕手としてプレーする。 高校は、北九州市の折尾愛真高校に進学。1年生の春からベンチ入りし、1年生の夏から4番・遊撃手として試合に出場する。3年生の夏の第100回全国高等学校野球選手権大会に同校として初めての甲子園出場を果した。3番・三塁手として出場した対日大三高戦では、4打数1安打を記録するも初戦敗退となった。 2018年10月25日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツからドラフト5巡目で指名され、11月17日、北九州市内のホテルにて入団交渉を行い、契約金3500万円、年俸500万円(金額は推定)で契約合意に達し、11月23日、東京ドームで開催された「ジャイアンツ ファンフェスタ2018」において新入団選手発表が行われた。
増田 陸(ますだ りく、2000年6月17日 - )は、大阪… 増田 陸(ますだ りく、2000年6月17日 - )は、大阪府大阪市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。 小学校から軟式野球を始め、中学校では大阪福島リトルシニアに所属。シニアでの同期に野村大樹、濱将乃介らがいた。 明秀学園日立高校では1年秋から遊撃手のレギュラーに定着し、2年夏に主将となる。3年春には選抜大会に出場し、3回戦で敗退。3年夏は県大会で敗退した。高校通算34本塁打。 2018年10月25日に行われたドラフト会議では、読売ジャイアンツから2位指名を受け、11月12日に契約金6000万円、年俸650万円で契約した(金額は推定)。背番号は61。担当スカウトは吉武真太郎。
宮﨑 颯(みやざき はやと、2000年6月14日 - )は、… 宮﨑 颯(みやざき はやと、2000年6月14日 - )は、埼玉県上尾市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 上尾市立原市南小学校時代に「みなみエンゼルス」で軟式野球を始め、上尾市立原市中学校では「大宮リトルシニア」に在籍する。 高校は同県さいたま市の埼玉栄高等学校に進学。1年生の春からベンチ入りしたものの、その年の冬に肘を痛めたために高校時代は外野手に転向する。甲子園の出場はなく、3年生の夏は第100回全国高等学校野球選手権南埼玉大会4回戦において、代打で出場するも川口市立高校に敗れた。 大学は東京農業大学に進学。大学では投手に再転向し、1年生の春に東都大学野球リーグに出場。
菊地 吏玖(きくち りく、2000年6月13日 - )は、北… 菊地 吏玖(きくち りく、2000年6月13日 - )は、北海道苫小牧市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 苫小牧市立拓勇小学校で2年生の時に拓勇ファイターズで野球を始め、投手を中心に内野、外野、捕手も務めた。 苫小牧市立青翔中学校在学時は、硬式野球のクラブチームである苫小牧中央ポニーでプレーし、3年夏には2015年ジャイアンツカップに出場した。 札幌大谷高等学校に進学し、1年春からエースを務めたが、同年夏から2年春まで右肩の炎症のため登板できず、その間は野手としてプレーした。 その後復帰し、3年夏は南北海道大会1回戦で札幌光星を相手に9回162球を投げ抜くも9失点し、敗れた。
田宮 裕涼(たみや ゆあ、2000年6月13日 - )は、千… 田宮 裕涼(たみや ゆあ、2000年6月13日 - )は、千葉県山武市出身のプロ野球選手(捕手、外野手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学1年生から山武ブリスキーボーイズで野球を始め、6年生の頃に千葉ロッテマリーンズジュニアに選出。中学時代は佐倉シニアでプレーし、3年春には、日本リトルシニア全国選抜大会で優勝し、自身も捕手としてベストナインに選ばれた。 成田高等学校では1年秋からレギュラーを獲得。2年夏の千葉大会では、打率.316を記録するも、ベスト16に終わった。2年秋からはキャプテンに就任。3年夏の東千葉県大会では、全6試合に「3番・捕手」で先発出場し、好調だったものの決勝で木更津総合高等学校に敗れ、準優勝。
才木 海翔(さいき かいと、2000年6月10日 - )は、… 才木 海翔(さいき かいと、2000年6月10日 - )は、大阪府豊中市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 小学3年生の時に野球を始め、中学校時代は準硬式野球部でプレーした。 北海道栄高等学校では3年生時の全国高等学校野球選手権南北海道大会にベスト4となる。大阪経済大学に進学し、野球部では3年生の春から主戦投手を務めた。 2022年10月20日に行われたNPBドラフト会議では、オリックス・バファローズから育成ドラフト2位指名を受け、支度金350万円、年俸240万円で入団した。背番号は031。 2023年は、ウエスタン・リーグにて10試合に登板し、0勝0敗、防御率6.97を記録。
奥田 健誠(おくだ けんせい、2000年6月8日 - )は、… 奥田 健誠(おくだ けんせい、2000年6月8日 - )は、千葉県松戸市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。 中学時には松戸リトルシニアに在籍。千葉県立幕張総合高等学校を卒業後、首都大学野球連盟2部リーグに所属する東京経済大学へ進学。4年次には副主将を務めた。秋季リーグ戦では主に中継ぎ投手として活躍。 2022年11月18日に行われた日本海オセアンリーグドラフト会議2022においてYKSホワイトキングスに入団するリーグ合格者として指名を受け、入団した。背番号は19。 2023年シーズンは中継ぎとして20試合に登板。シーズン途中に行われたNPBの二軍との交流戦ではリーグ選抜メンバーに複数回選出された。
小園 海斗(こぞの かいと、2000年6月7日 - )は、兵… 小園 海斗(こぞの かいと、2000年6月7日 - )は、兵庫県宝塚市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。広島東洋カープ所属。 妻はモデルの渡辺リサ。 宝塚市立逆瀬台小学校1年時に宝塚リトルで野球を始め、宝塚市立光ガ丘中学校では枚方ボーイズでプレー、3年時に全国優勝を経験。同期には藤原恭大がいた。侍ジャパンU-15に選ばれ、松山坊っちゃんスタジアムで行われたアジアチャレンジマッチ2015に出場した。 報徳学園高校進学後は1年春からベンチ入りし、同夏からレギュラーで2年春のセンバツ出場、4強進出。同年夏は県予選で敗退。その後、2年生時に選出された侍ジャパンU-18では正遊撃手も務めた。3年夏の甲子園では、聖光学院戦で大会タイ記録となる1試合個人3二塁打、8強に進出し、甲子園大会後の世界大会では2年連続で侍ジャパンU-18に選出された。
佐藤 智輝(さとう ともき、2000年6月5日 - )は、山… 佐藤 智輝(さとう ともき、2000年6月5日 - )は、山形県寒河江市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 寒河江市立南部小学校では小学校4年生時に寒南ガッツで野球を始め、寒河江市立陵南中学校では軟式野球部に所属。 山形中央高校進学後、1年夏からベンチ入りし、2年夏には主力投手として活躍。山形県大会決勝まで進んだが、日大山形高校に敗れ、甲子園には届かなかった。3年夏は山形県大会3回戦で新庄北高校に敗れた。 2018年10月25日に行われたドラフト会議では、東北楽天ゴールデンイーグルスから5位指名を受け、契約金3000万円、年俸600万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は61。 2019年は、イースタン・リーグで2試合に登板し、0勝0敗、防御率0.00を記録した。
前田 純(まえだ じゅん、2000年6月4日 - )は、沖縄… 前田 純(まえだ じゅん、2000年6月4日 - )は、沖縄県沖縄市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 シンガポールで出生する。純という名前は、テレビドラマ『北の国から』の主人公・黒板五郎の息子の純から名付けられた。また6月生まれなので、6月の英訳「June」の意味もあるという。兄がいる。 沖縄市立高原小学校時代から「与儀ファイターズ」で軟式野球を始め、沖縄市立美東中学校では同校の軟式野球部に在籍する。 高校は同県宜野湾市の中部商業高校に進学するも、高校時代はベンチ入りすらなかった。 大学は大分県大分市の日本文理大学に進学。それまでは何も考えずにがむしゃらに投げていたが、同大投手コーチの吉川輝昭と共に長身を活かした投球フォームを作り上げると、3年生春にはベンチ入りし、4年生春の第71回全日本大学野球選手権大会1回戦、対松山大学で初登板を果たす。
杉澤 龍(すぎさわ りゅう、2000年6月2日 - )は、秋… 杉澤 龍(すぎさわ りゅう、2000年6月2日 - )は、秋田県鹿角郡小坂町出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 小坂町立小坂小学校で野球を始め、小坂町立小坂中学校在学時は硬式野球のクラブチームである大館リトルシニアでプレーしていた。 東北高等学校に進学し、1年春から遊撃手のレギュラーに定着。同年夏に1番打者として第98回全国高等学校野球選手権大会に出場したが、1回戦で藤平尚真、石川達也、増田珠らを擁する横浜に敗れ、自身も無安打に終わった。以降は宮城県大会準優勝が最高成績で、甲子園大会出場はなし。3年夏は県大会4回戦で古川工業に敗れた。 東北福祉大学に進学後は外野手へ転向し、2年秋からレギュラーに定着した。
澤井 廉(さわい れん、2000年5月31日 - )は、愛知… 澤井 廉(さわい れん、2000年5月31日 - )は、愛知県知多市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 知多市立新田小学校で野球を始め、6年時には中日ドラゴンズジュニアに選出された。知多市立東部中学校在学時は硬式野球のクラブチームである知多東浦シニアでプレーした。 中京大学附属中京高等学校に進学し、1年秋から外野手のレギュラーに定着。2年夏には3番打者として第99回全国高等学校野球選手権大会に出場したが、1回戦で広陵に敗れた。3年夏は西愛知県大会準々決勝で至学館に敗れた。高校通算31本塁打。1学年上に伊藤康祐、伊藤稜、鵜飼航丞、2学年下に髙橋宏斗、中山礼都がいた。
中神 拓都(なかがみ たくと、2000年5月29日 - )は… 中神 拓都(なかがみ たくと、2000年5月29日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 岐阜市立長森南小学校1年から野球を始め、岐阜市立長森南中学校では軟式野球の岐阜フェニックスに所属。 市立岐阜商業高では1年から遊撃でレギュラー。高校では遊撃手のほかに投手も務め、最速146km/hをマーク。 2018年10月25日のドラフト会議で広島東洋カープから4位で指名を受け、11月21日に契約金4000万円、年俸500万円(金額はともに推定)で仮契約した。背番号は56。 一軍出場がないまま、2022年オフに戦力外通告を受ける。 広島退団後は岐阜に戻り、軟式野球でプレーしている。
清宮 虎多朗(せいみや こたろう、2000年5月26日 - … 清宮 虎多朗(せいみや こたろう、2000年5月26日 - )は、千葉県八千代市出身のプロ野球選手(投手、育成選手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 幼稚園の年長(6歳)時に野球を始める。中学校2年の時に全国大会に出場。 八千代松陰高等学校では1年秋からベンチ入りし、2年秋からは背番号1を付けてエースを務めた。中学時代は軟式で最速125km/hだったが、食事や初動負荷トレーニングに打ち込むと、2年の春先までには最速143km/hまでに急成長し、注目を集めるようになった。3年時(2018年)の第100回全国高等学校野球選手権記念大会では、大会の1か月前に指のマメがつぶれ登板機会がほとんどなく、西千葉大会2回戦で敗退。
入山 海斗(いりやま かいと、2000年5月26日 - )は… 入山 海斗(いりやま かいと、2000年5月26日 - )は、大阪府守口市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 守口市立八雲東小学校3年生から野球を始める。 守口市立第一中学校時代は守口シニアで外野手としてプレーしていた。 和歌山県立日高高等学校中津分校に進学すると、投手へと転向。主に中継ぎを務め、県大会準優勝を果たした。台湾遠征にも参加し、この時は143km/hのストレートを投げ、注目された。 その後、宮城県にある東北福祉大学へと進学。リーグ戦登板は1年生の時に1試合投げたのみであったが、ストレート、ポテンシャルといった部分をスカウト陣に評価される。 2022年10月20日に開催された同年のNPBドラフト会議で、オリックス・バファローズより育成ドラフト3位で指名を受けた。
増居 翔太(ますい しょうた、2000年5月25日 - )は… 増居 翔太(ますい しょうた、2000年5月25日 - )は、滋賀県彦根市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 彦根東高校では2年夏に出場した第99回全国高等学校野球選手権大会では初戦で波佐見高校の隅田知一郎と投げ合い同校の甲子園初勝利に貢献した。3年春に出場した第90回記念選抜高等学校野球大会でも同校の選抜高校野球大会初勝利に貢献した。 高校卒業後は慶應義塾大学へ進学。3年春には最多勝を記録した。4年秋にも最多勝を記録したが、ドラフトでは指名漏れとなった。 大学卒業後は愛知県のトヨタ自動車へ入社。入社2年目の日本選手権ではチームの優勝に貢献し最高殊勲選手賞を受賞。
勝又 温史(かつまた あつし、2000年5月22日 - )は… 勝又 温史(かつまた あつし、2000年5月22日 - )は、東京都狛江市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。愛称は苗字からとって「かっちゃん」。 狛江市立狛江第六小学校に入学し、小学校3年の時から軟式チーム・狛江ロッキーズで野球を始める。野球を始めたきっかけは友達の誘いで、それまではサッカーをやっていたという。狛江市立狛江第二中学校に進学し、野球は狛江ボーイズに所属した。 日本大学鶴ヶ丘高等学校に進学。そのきっかけは小学5年生の時に全国高等学校野球選手権西東京大会で日本大学第三高等学校と善戦しながら敗れた試合を見て、強い日大三高を倒したいという思いを抱いたことだった。
荘司 宏太(しょうじ こうた、2000年5月22日 - )は… 荘司 宏太(しょうじ こうた、2000年5月22日 - )は、東京都八王子市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 小学校2年生の時に軟式野球を始めた。八王子市立ひよどり山中学校在学時は硬式野球のクラブチームである昭島リトルシニアでプレーした。駿台甲府高等学校に進学し、1年夏からベンチ入り。在学中、甲子園出場はなかった。 高校卒業後は国士舘大学へ進学。1年春からベンチ入りし、東都2部で通算1勝1敗、防御率3.65の成績を残した。 大学卒業後はセガサミーへ入社。1年目の都市対抗では、2死二三塁のピンチで登板し、三菱自動車岡崎の荒井海斗をショートゴロに打ち取った。2年目は活躍が評価され、東京ガスの補強選手として出場。
深谷 力(ふかたに りき、2000年5月21日 - )は、大… 深谷 力(ふかたに りき、2000年5月21日 - )は、大阪府大阪市淀川区出身のプロ野球選手(捕手)、野球指導者。右投左打。和歌山ウェイブス所属。 美津島中学校では大阪福島リトルシニアで三塁手としてプレーしていた。中2、中3で全国選抜野球大会、中3で日本リトルシニア日本選手権大会に出場するなどに出場するなど主力選手として活躍する。同級生に増田陸、1学年下に濱将乃介、野村大樹がいた。 高校は飛龍高等学校に進学し1年夏からメンバー入りし二塁手としてプレーした。3年には主将として4番を打ち活躍した。3年の夏には前年の秋季東海大会優勝、明治神宮大会ベスト4、春季県大会を制していた静岡高校を4回戦で破ったが準々決勝で敗退した。
竹下 瑛広(たけした あきひろ、2000年5月20日 - )… 竹下 瑛広(たけした あきひろ、2000年5月20日 - )は、神奈川県厚木市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 日本人の父とフィリピン人の母の間に生まれた3人兄弟の次男。厚木市立北小学校3年生でイーケーシャークスでソフトボール、厚木市立藤塚中学校時代には軟式野球を経験し、厚木北高在籍時に内野手から投手にポジションを変更した。高校時代は2番手投手で「エースになれず悔しかった」ことから大学進学を目指した。函館大学進学後の2年時に右肘の炎症で離脱したが翌年には復帰。3年秋には優秀選手賞を獲得した。大学時代には入学時から最高球速を20km/h伸ばす最速148km/hを計測するまでに急成長を遂げた。
藤田 淳平(ふじた じゅんぺい、2000年5月14日 - )… 藤田 淳平(ふじた じゅんぺい、2000年5月14日 - )は、徳島県美馬市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。NPBでは育成選手であった。 徳島県美馬市出身。美馬市立江原北小学校時代に野球を始め、美馬市立江原中学校では軟式野球部に所属した。 川島高校では1年夏から公式戦に登板。2年夏の県大会は初戦で第4シードの徳島北と対戦し、148球で完投勝利を挙げると、その後も勝ち進み、ベスト4入りを果たした。3年夏は県大会で池田との初戦に敗れた。 東亜大学へ進学すると、主戦を担うようになった3年春のリーグ戦ではリーグトップの防御率0.73を記録し、MVPとベストナインを受賞。チーム6年ぶりとなる全日本大学選手権にも出場した。
若松 尚輝(わかまつ なおき、2000年5月10日 - )は… 若松 尚輝(わかまつ なおき、2000年5月10日 - )は、北海道札幌市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 少年野球のころは捕手。札幌市立中央中学校時代は札幌東ベースボールクラブに所属し、ジャイアンツカップにも出場した。札幌第一高等学校時代は外野手だった。札幌第一高校は2017年の第89回選抜高等学校野球大会に出場したが、若松はベンチ入りメンバー外の「ボールボーイ」だった。その後レギュラーとなる。札幌学院大学進学後も野手のままだったが、3年生秋にたまたま投手がいなかった機会に1イニングだけ登板したところ、監督の意向で投手に転向した。この背景には3日で7試合という過密スケジュールで練習試合が組まれた事情があった。
奈良間 大己(ならま たいき、2000年5月8日 - )は、… 奈良間 大己(ならま たいき、2000年5月8日 - )は、静岡県菊川市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 堀之内小学校1年生から「菊川スポーツ少年団」で野球を始める。遊撃手としてプレーした。菊川市立菊川西中学校では「小笠浜岡リトルシニア」でプレー。 常葉大学附属菊川高等学校に進学し、1年秋に遊撃手のレギュラーとして定着。2年秋にチームの主将に就任。その後、主将として挑んだ静岡県大会に出場。大会では全6試合に出場し、打率.818(22打数18安打)と驚異の結果を残す。チームは大会を制し、第100回全国高等学校野球選手権記念大会への出場を果たす(2年ぶり6度目)。
藤原 恭大(ふじわら きょうた、2000年5月6日 - )は… 藤原 恭大(ふじわら きょうた、2000年5月6日 - )は、大阪府豊中市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。千葉ロッテマリーンズ所属。 豊中市立原田小学校1年生の時に園和北フレンズで野球を始めた。豊中市立第五中学校時代は枚方ボーイズに所属し、小園海斗と共に全国優勝を経験。大阪桐蔭高等学校に進学すると、3年時には4番打者として甲子園春夏連覇の原動力となった。秋の高校日本代表にも2年連続で選出され、主砲として活躍した。大阪桐蔭時代の1学年上に徳山壮磨、泉口友汰、同級生に根尾昂、柿木蓮、横川凱、山田健太(2023年より日本生命)らがいる。 2018年10月25日に行われた2018年のドラフト会議では、東北楽天ゴールデンイーグルス、阪神タイガース、千葉ロッテマリーンズの3球団から1位指名を受け、抽選の結果ロッテが交渉権を獲得。
東山 玲士(ひがしやま れいじ、2000年5月5日 - )は… 東山 玲士(ひがしやま れいじ、2000年5月5日 - )は、香川県坂出市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 5歳ごろにテレビで阪神タイガースの試合を見ると「金本(知憲)さんが格好良くて」と親にグラブとボールを買ってもらい、小学校入学までは連日「親に止められるまでやってましたね」と日が暮れるまで壁当てをしていた。 坂出市立川津小学校1年生のときに『川津野球スポーツ少年団』で本格的に野球を始め、投手兼捕手。坂出市立坂出中学校では軟式野球部に所属して投手。3年春の県大会で準優勝し、四国大会では1回戦敗退であった。 丸亀高校では投手・三塁手・外野手としてプレーし、1年夏から背番号18でベンチ入りした。
知念 大成(ちねん たいせい、2000年4月27日 - )は… 知念 大成(ちねん たいせい、2000年4月27日 - )は、沖縄県南城市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。読売ジャイアンツ所属。 2歳上の兄が野球をしていたことをきっかけに幼年期からボールに触れていた。小学生時代は学童軟式野球チームのみんとんBBCでプレーし、左投げであることから投手と外野手を兼任した。南城市立玉城中学校の軟式野球部ではバッティング練習のしすぎで肋骨の疲労骨折などの怪我をしてきたものの、県大会優勝を経験している。 沖縄尚学高等学校では最速150km/hに迫る速球を武器に投手として活躍したが、3年間で甲子園大会出場はなかった。1学年上に砂川リチャード、岡留英貴がいた。 高校卒業後は沖縄電力へ入社。