伊藤 稜(いとう りょう、1999年11月8日 - )は、愛… 伊藤 稜(いとう りょう、1999年11月8日 - )は、愛知県豊明市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。阪神タイガース所属。 豊明市立豊明小学校1年生のときに「ホーメー少年野球クラブ」で野球を始める。豊明市立栄中学校では「東海ボーイズ」でプレーし、3年生時には全国制覇。 中京大中京高校に進学すると、1年夏、3年夏の2回甲子園出場を経験。伊藤自身は、3年夏に背番号11を付けて登板した。同期には、伊藤康祐、鵜飼航丞がいる。 中京大学では1年春からベンチ入りを果たす。2年次には、愛知大学学生リーグで2季連続で防御率リーグ2位の成績を残す。4年春直前のオープン戦で自己最速の150kmを計測し注目されたが、その後はリーグで目立った成績を挙げることは出来なかった。
岡留 英貴(おかどめ ひでたか、1999年11月7日 - )… 岡留 英貴(おかどめ ひでたか、1999年11月7日 - )は、沖縄県糸満市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。阪神タイガース所属。 糸満市立兼城小学校1年生の時から野球を始め、兼城パイレーツでプレーした。当初は一塁手であった。糸満市立兼城中学校では軟式野球部に所属し、捕手を務めると同時に投手としてもプレーを始めた。 その後沖縄尚学高等学校に進学。2年秋からは控え投手としてベンチ入りしたが、甲子園出場はなかった。高校の同期にリチャードがいる。 亜細亜大学入学後、生田勉監督の勧めでオーバースローからサイドスローに転向した。1年秋から中継ぎとしてリーグ戦に出場し、中央大学との2回戦で初勝利を挙げた。
佐々木 俊輔(ささき しゅんすけ、1999年11月6日 - … 佐々木 俊輔(ささき しゅんすけ、1999年11月6日 - )は、東京都日野市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 小学校1年生の時に高幡イーグルスで野球を始め、中学時代は硬式野球のクラブチームである羽村シニアでプレーしていた。 帝京高等学校では主に内野手としてプレーした。3年夏の東東京大会では第1シードとして臨んだが、準々決勝で東海大高輪台にサヨナラ負けを喫した。3年間で甲子園大会出場はなかった。帝京高校時代は1学年先輩に郡拓也が在籍していた。 高校卒業後は東洋大学へ進学し、主に外野手としてプレー。1年春からリーグ戦に出場したが、打撃では思うように結果が出ず、控えや守備での出番が多かった。
正木 智也(まさき ともや、1999年11月5日 - )は、… 正木 智也(まさき ともや、1999年11月5日 - )は、東京都大田区出身のプロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 大田区立池雪小学校2年生のときから軟式野球を始め、小学5年時に日本代表として台湾遠征を経験した。大田区立雪谷中学校在学時は硬式野球のクラブチームである世田谷西リトルシニアに所属。3年春の全国大会でベスト16に進出した。 慶應義塾高等学校に進学し、1年秋からベンチ入り。2年春から4番打者を務めた。高校時代は2年夏の神奈川大会準優勝が最高成績で、3年夏は準々決勝で世田谷西リトル時代にともにプレーした渡部遼人擁する桐光学園に敗れた。高校通算50本塁打。
九谷 瑠(くたに りゅう、1999年11月5日 - )は、滋… 九谷 瑠(くたに りゅう、1999年11月5日 - )は、滋賀県草津市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。 滋賀県立堅田高等学校では2年夏からエース。3年夏は、準々決勝で近江高校相手に9回2失点完投の力投を見せるも敗れ、県大会ベスト8に終わった。 大阪大谷大学では1年秋から主戦投手として通算35試合に登板し、10勝8敗、防御率2.22の成績を残したが、チームとしては2年春のリーグ2部優勝が最高成績で、在籍中の1部昇格および全国大会への出場は無かった。 大学を卒業した2022年に矢場とんに入社し野球部に入部。味噌カツ店のホールスタッフとして働きながら練習を重ね、2023年の全日本クラブ野球選手権大会ではチーム史上最高成績となる準優勝に貢献した。
金久保 優斗(かなくぼ ゆうと、1999年11月4日 - )… 金久保 優斗(かなくぼ ゆうと、1999年11月4日 - )は、千葉県八千代市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。現在はキウム・ヒーローズ所属。 八千代台小学校では1年生から北東タイガースで野球を始める。八千代市立八千代台西中学校時代は佐倉リトルシニアに所属。部活は卓球部に所属していた。3年夏にエースとして全国大会とジャイアンツカップで優勝した。 東海大市原望洋高校に進学後、1年秋からベンチ入り。2年夏は佐倉シニア時代からの1学年先輩である島孝明との二枚看板で活躍。2回戦の芝浦工大柏高校戦では5回参考ながらノーヒットノーランを記録した。しかし、準々決勝で木更津総合高校の早川隆久と投げ合い、7回途中1失点と好投するも0-1で敗れ、ベスト8。
清水 達也(しみず たつや、1999年11月3日 - )は、… 清水 達也(しみず たつや、1999年11月3日 - )は、埼玉県深谷市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 深谷市立藤沢小学校出身。小学1年生の時に深谷ボーイズで遊撃手として野球を始める。深谷市立藤沢中学校では軟式野球部に所属し、中学2年生から本格的に投手に転向した。翌年2月、第1回埼玉県中体連野球強化指定選手練習会に北部選抜に選ばれ参加した。その際のブルペン投球を見た花咲徳栄高校のコーチ福本真史が清水に興味を覚え、「面白い投球をしている」というコメントを人伝に聞き、それまで公立高校への進学を考えていた清水は、幼少期の夢だった花咲徳栄高校への入学を思い直すようになった。実際に、中学3年の夏には、花咲徳栄高校の練習会に参加した。
川口 冬弥(かわぐち とうや、1999年10月26日 - )… 川口 冬弥(かわぐち とうや、1999年10月26日 - )は、奈良県生駒郡三郷町出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。福岡ソフトバンクホークス所属。 三郷町立三郷中学校時代は硬式野球チームの『香芝ボーイズ』に所属。東海大学菅生高校では3年間で一度も背番号をもらえなかった。 城西国際大学へ進学し、高校時代は最速130km/h程度であったが、2年間で筋肉量を10kg増やし、3年時には145km/h前後を計測。ただ、右肘の故障に苦しみ、リーグ戦で登板したのは4年時からであった。当時通っていたスポーツジムで、社会人野球のクラブチーム・ハナマウイの中山慎太郎投手コーチと偶然知り合い、中山は「『野球を続けたいんですが進路が決まっていないんです』と話してくれた。
塚本 蛍(つかもと ほたる、1999年10月17日 - )は… 塚本 蛍(つかもと ほたる、1999年10月17日 - )は、佐賀県出身の女子ソフトボール選手(外野手)。ホンダリヴェルタ所属。ソフトボール日本代表。 13歳で競技を始め、2015年、神埼市立千代田中学校在学時に中学日本代表として台湾遠征に参加。佐賀女子短期大学付属佐賀女子高等学校を卒業後、ホンダリヴェルタに入団。JDリーグ発足初年度となる2022年は4番打者として東地区首位打者、ベストナインに輝いた。翌年、日本代表に選出され2022年アジア競技大会に出場。主に4番・レフトを務め優勝に貢献した。 2023/24年にイタリアで開催されたワールドカップの日本代表メンバーに選出。2024年7月のファイナルズでは全体4位となる打率.462(13打数6安打)の成績を残し、ベストナイン(外野手)に選出された。
松井 友飛(まつい ともたか、1999年10月11日 - )… 松井 友飛(まつい ともたか、1999年10月11日 - )は、石川県鳳珠郡穴水町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 穴水町立穴水小学校では穴水学童野球クラブに所属し、穴水町立穴水中学校では軟式野球部に所属。 石川県立穴水高等学校に進学後、部員が9人に満たない時期もあり、公式戦では1勝も挙げることなく3年間を終えた。 金沢学院大学進学後、五島裕二、長谷川潤コーチらの指導でフォームを改良。1年秋から先発の柱として、リーグ戦に登板し、1年秋に最優秀防御率、ベストナイン、2年春に最優秀投手、2季連続ベストナインに選ばれた。2年秋には第50回明治神宮野球大会に19年ぶりに出場に貢献。九州産業大学との初戦は先発として、福森耀真と投げ合うも2回途中4失点で降板。
荒井 颯太(あらい そうた、1999年9月27日 - )は、… 荒井 颯太(あらい そうた、1999年9月27日 - )は、新潟県上越市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 関根学園高では1年生の春からレギュラー。夏の選手権大会は1年次の県8強が最高で甲子園出場はなかった。 3年春の北信越大会1回戦において、大会屈指の好投手であった対戦相手の啓新高の牧丈一郎を見るために集まったスカウトの前で2安打を放ち目に留まり、読売ジャイアンツのスカウトから入団テストの受験を勧められた。 2017年9月に実施された読売ジャイアンツの入団テストを受験し合格。10月26日に行われたプロ野球ドラフト会議において、読売ジャイアンツから育成選手ドラフト8位で指名を受けた。
牧 丈一郎(まき じょういちろう、1999年9月23日 - … 牧 丈一郎(まき じょういちろう、1999年9月23日 - )は、京都府京都市左京区出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 京都市立松ヶ崎小学校3年時に、松ヶ崎シャークスで野球を始めた。京都市立下鴨中学校時代は、京都嵐山ボーイズに所属し、3年時には全国大会に出場。野茂英雄率いるジュニア選抜チーム「NOMOジャパン」にも選出され、アメリカへの遠征も経験した。 中学卒業後の進路として、高校球界の強豪である高知県の明徳義塾高校へ進学することも検討していたが、「明徳義塾は自分がいなくても甲子園に行ける。啓新を自分の力で甲子園に連れて行きたい」との思いから、福井県の啓新高校への進学を決断した。入学直後に腰の疲労骨折に見舞われながら、1年時の秋からベンチ入りを果たした。
松本 京志郎(まつもと きょうしろう、1999年9月21日 … 松本 京志郎(まつもと きょうしろう、1999年9月21日 - )は、福島県西郷村出身の元プロ野球選手(内野手)。右投左打。プロでは育成選手であった。 小田倉小3年時にソフトボールを始める。西郷第二中では軟式野球部に所属し、県の全南選抜に選ばれた。光南高では1年秋から中軸打者として活躍し、3年春に福島大会優勝。甲子園出場はなく、「4番・遊撃」で出場した3年夏は福島大会準々決勝で敗退。 2017年10月26日、プロ野球ドラフト会議において東北楽天ゴールデンイーグルスから育成ドラフト2巡目で指名され、支度金200万円、年俸250万円で合意、入団。楽天での背番号は133。 楽天入団後、支配下登録を勝ち取ることはできず、3年目の2020年の11月5日、戦力外通告を受けた。
山上 信吾(やまかみ しんご、1999年9月21日 - )は… 山上 信吾(やまかみ しんご、1999年9月21日 - )は、群馬県太田市出身のプロ野球選手(投手・内野手)、野球指導者。右投右打。NPBでは育成選手だった。 太田市立綿打小学校では小学1年生時に第88回全国高等学校野球選手権大会決勝をテレビで観戦し、同じ太田市出身の斎藤佑樹に憧れ野球を始める。太田市立綿打中学校では投手兼外野手として軟式野球部に所属し、3年時には太田市選抜で全国3位に輝いた。 常磐高校進学後、1年秋からショートとしてベンチ入りし、2年春から本格的に投手に転向。2年秋にはエースとして群馬県大会ベスト8。3回戦の渋川高校戦で1試合17奪三振を記録し、注目を浴びる。3年春は県ベスト8入りするも、右上腕部を痛め登板が無く、3年夏の群馬県大会も調子を崩し、ベスト8まで進んだが、前橋育英高校戦で敗れた。
田浦 文丸(たうら ふみまる、1999年9月21日 - )は… 田浦 文丸(たうら ふみまる、1999年9月21日 - )は、福岡県大野城市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。 大野城市立平野小学校1年生から「平野リトルジャガーズ」で軟式野球を始め、大野城市立平野中学校では投手兼外野手として硬式野球クラブ「糸島ボーイズ」に所属する。2年生の夏には全日本中学野球選手権大会(ジャイアンツカップ)に出場。準決勝で先発し1-0の完封勝利をおさめる。迎えた決勝戦では後に高校時代の監督となる鍛治舎巧が率いる「枚方ボーイズ」と対戦となった。 秀岳館高等学校に進学し、1年生の秋からベンチ入りを果たす。甲子園には2年生の春の第88回選抜高等学校野球大会、夏の第98回全国高等学校野球選手権大会、3年生の春の第89回選抜高等学校野球大会、夏の第99回全国高等学校野球選手権大会と4季連続の出場を果たしたが、3年生の夏は2回戦で中村奨成擁する広陵高校に6対1で敗れ、4季連続の準決勝進出はならなかった。
野口 智哉(のぐち ともや、1999年9月20日 - )は、… 野口 智哉(のぐち ともや、1999年9月20日 - )は、奈良県橿原市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 橿原市立真菅小学校1年の時にマスガファイターズで野球を始め、6年時にはNPB12球団ジュニアトーナメントのオリックスジュニアに選出されている。橿原市立大成中学校では少年硬式野球(ボーイズリーグ)の葛城JFKボーイズに所属し、3年春に全国ベスト4。葛城JFKボーイズ時代の同期生に福元悠真、松本竜也(広島)がいた。 父の勧めで練習に参加したことをきっかけに、高校は徳島県立鳴門渦潮高等学校に進んだ。1年秋に遊撃手のレギュラーを獲得し、3年夏(2017年)には第99回全国高等学校野球選手権大会に出場。
牧野 憲伸(まきの けんしん、1999年9月19日 - )は… 牧野 憲伸(まきの けんしん、1999年9月19日 - )は、北海道帯広市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。 帯広市立大正小学校3年時に大正スカイファイターズにて軟式野球を始め、帯広市立帯広第七中学校を経て白樺学園高等学校へ進学。白樺学園では1年夏に甲子園に出場しているが、牧野はベンチ外で出場はなかった。3年夏(2017年)の北北海道大会では自身も腰を痛めながらも決勝まで勝ち上がったが、髙島泰都を擁する滝川西に敗れ準優勝。高校時代は2学年上に河村説人がいる。 高校卒業後は富士大学に進学したが、肘や肩の故障などもあり北東北大学野球連盟のリーグ戦では4年間で一度も登板できなかった。
梶原 昂希(かじわら こうき、1999年9月19日 - )は… 梶原 昂希(かじわら こうき、1999年9月19日 - )は、大分県大分市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 小学4年生の時に第2回WBCで2連覇をした日本代表の姿に心を打たれて野球を始め、金池少年野球団に入る。大分市立上野ヶ丘中学校では軟式野球部に所属していた。 中学校卒業後は、大分県立大分雄城台高等学校に進学。1年生時からレギュラーを獲得。2年生秋からは4番を任され、秋季大会では初戦の情報科学高校戦で3安打を放つなど活躍し、県ベスト8に貢献。3年生夏の選手権予選では、2回戦で3安打、3回戦でも安打を放つもチームは敗戦した。高校の同級生に陸上選手の兒玉芽生がおり、100m走対決を挑んだことがある。
松本 竜也(まつもと りゅうや、1999年9月18日 - )… 松本 竜也(まつもと りゅうや、1999年9月18日 - )は、奈良県桜井市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。広島東洋カープ所属。 桜井市立桜井中学校・智辯学園高等学校卒。2学年上に廣岡大志、1学年上に村上頌樹、同学年に福元悠真、1学年下に伊原陵人がいる。 高校卒業後はHonda鈴鹿硬式野球部に所属。 トヨタ自動車に補強されて出場した都市対抗野球では、のちにチームメイトになる栗林良吏がいた。 2021年10月11日に行われたドラフト会議で広島東洋カープから5位指名を受け、12月8日に契約金2500万円、年俸770万円で仮契約を結んだ(金額は推定)。背番号は45。 2022年のオープン戦では4登板4回1失点と結果を出し開幕一軍を勝ち取ると、3月26日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)にてプロ初登板(1回3安打2失点)、6月22日の対阪神タイガース戦(マツダスタジアム)でプロ初勝利を挙げた。
藤井 黎來(ふじい れいら、1999年9月17日 - )は、… 藤井 黎來(ふじい れいら、1999年9月17日 - )は、秋田県仙北郡美郷町出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 美郷町立仙南東小学校2年時に野球を始め、6年生から投手。美郷町立美郷中学校では軟式野球部に所属。 秋田県立大曲工業高等学校では1年秋からベンチ入り、2年夏に第98回全国高等学校野球選手権大会に出場。1回戦の花咲徳栄高校戦に先発も8回5失点、チームも1対6で敗れた。 3年夏に迎えた第99回全国高等学校野球選手権大会・秋田大会では3回戦の大曲農業高校戦でノーヒットノーランを達成。しかし準決勝で明桜高校に敗れ甲子園を逃す。 2017年10月26日に行われたドラフト会議にて広島東洋カープから育成ドラフト2位指名を受け、支度金300万円、年俸240万円(金額は推定)で合意して入団した。
大泉 周也(おおいずみ しゅうや、1999年9月16日 - … 大泉 周也(おおいずみ しゅうや、1999年9月16日 - )は、山形県山形市出身のプロ野球選手(外野手・育成選手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 山形市立金井小学校で1年生の時に山形リトルで野球を始める。山形市立金井中学校在学時は硬式野球のクラブチームである山形シニアでプレーしていた。 山形県立山形中央高等学校に進学し、1年春から公式戦に出場した。2年夏、3年夏に山形大会決勝に進出し本塁打を放ったが、チームはいずれも敗れ、3年間で甲子園大会出場はなかった。高校通算53本塁打。 高校卒業後は日本製鉄鹿島へ入社。3年間在籍したが目立った実績はなく、2020年オフに勇退した。 その後、2021年春にベースボール・チャレンジ・リーグの福島レッドホープスへ入団した。
田中 優大(たなか ゆうだい、1999年9月14日 - )は… 田中 優大(たなか ゆうだい、1999年9月14日 - )は、山形県鶴岡市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 羽黒高等学校に入学当初は外野手であったが、身体能力を買われ2年春から投手に転向した。3年春から背番号1を背負い東北大会ベスト8、夏は山形県大会ベスト8。甲子園への出場経験はなし。 2017年に読売ジャイアンツの入団テストに合格し、10月26日に行われたドラフト会議において育成ドラフト4位で指名され、支度金200万円、年俸250万円(金額は推定)で入団した。 2018年は二軍公式戦(イースタン・リーグ)1試合に登板。また三軍戦は25試合に登板して1勝1敗1セーブ、防御率2.60という成績だった。
坂田 怜(さかた れい、1999年9月13日 - )は、埼玉… 坂田 怜(さかた れい、1999年9月13日 - )は、埼玉県熊谷市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学1年生からソフトボールを始め、熊谷市立奈良中学校入学後は熊谷リトルシニアに所属し硬式野球を始める。 正智深谷高等学校に入学後、同校の野球部に入学。高校2年秋の予選(県2回戦)で主戦の座を掴み、地区2戦目・滑川総合高等学校戦で7-2の完投勝利を挙げた。高校3年夏の県大会では初戦で狭山ヶ丘高等学校に7-8で敗れ、敗退。その後の体作りで体重を9kg増やし、大学卒業後のプロを目指して中部学院大学に進学した。 2018年4月、中部学院大学人間福祉学部人間福祉学科に入学。
山下 輝(やました ひかる、1999年9月12日 - )は、… 山下 輝(やました ひかる、1999年9月12日 - )は、千葉県木更津市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 木更津市立岩根小学校3年生のときに軟式野球を始め、4年生からは投手を務めた。木更津市立岩根西中学校では軟式野球部に所属。千葉県選抜に選出され、3年時には県選抜チームの全国大会で優勝した。 2015年4月に木更津総合高等学校に進学。入学当初は野手としてプレーした。1年夏から一塁手のレギュラーに定着し、2年春の第88回選抜高等学校野球大会、夏の第98回全国高等学校野球選手権大会に出場した。硬式野球部の1学年先輩に早川隆久がいる。同年秋から投手に復帰してエースとなり、3年夏の千葉県大会では5試合連続で完投勝利して優勝。
古賀 悠斗(こが ゆうと、1999年9月10日 - )は、福… 古賀 悠斗(こが ゆうと、1999年9月10日 - )は、福岡県筑紫野市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。 筑紫野市立筑紫小学校2年生の時にオール筑紫ベースボールクラブで野球を始め、 筑紫野市立筑山中学校でも同クラブでプレーした。 高校は福岡大学附属大濠高等学校に進学。1年夏から三塁手のレギュラーに定着し、同年秋からは遊撃手に転向した。2年秋にはそれまで一度も経験がなかった捕手へ転向。同学年のエース三浦銀二とバッテリーを組んで同年秋の九州大会で優勝し、明治神宮大会でもベスト4に進出した。3年春には第89回選抜高等学校野球大会に出場し、滋賀学園との2回戦再試合で本塁打を放つなどベスト8進出に貢献。
川村 啓真(かわむら けいしん、1999年9月6日 - )は… 川村 啓真(かわむら けいしん、1999年9月6日 - )は、富山県黒部市出身の元プロ野球選手(外野手、右投左打)。プロでは育成選手であった。 若栗小学校1年時に軟式野球チームに入団し、野球を始めた。桜井中学校軟式野球部では捕手を守り、主将にも選ばれ、中3春の全国大会16強に貢献した。 高校は新潟県の日本文理高校に進学。1年生から4番・捕手として公式戦に出場すると、3回戦白根高校戦で右翼へ公式戦第1号となる3点本塁打を放った。3年春には右翼手にコンバート。同年夏の新潟県予選決勝戦では3番打者として出場すると、逆方向に勝ち越し2点本塁打を放って夏の甲子園進出に大きく貢献した。甲子園では2試合で9打数4安打1打点(本塁打1本)、打率.444と活躍したが、2回戦の仙台育英高校戦で接戦の末敗退した。
木須 フェリペ(きす フェリペ、1999年9月4日 - )は… 木須 フェリペ(きす フェリペ、1999年9月4日 - )は、静岡県富士市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。NPBでは育成選手であり、登録名はフェリペであった。 出生以来ブラジルの国籍を有していたが、静岡県内の中学校・高校に通算6年間在学していたため、NPBの規定に沿って日本人扱いでオリックスへ入団。2019年8月に日本の国籍を取得しており、同年まで本名表記は木須デソウザ フェリペとなっていた。 富士市立丘小学校3年時まで水泳を習った後に、4年時から野球を始める。富士市立岳陽中学校時代には、「1番・捕手」として対外試合に出場していた。 御殿場西高等学校への進学後は、1年時の秋から正捕手へ定着。
三浦 瑞樹(みうら みずき、1999年9月2日 - )は、神… 三浦 瑞樹(みうら みずき、1999年9月2日 - )は、神奈川県大和市出身のプロ野球選手(投手)。左投右打。中日ドラゴンズ所属。 本来右利きであるが、4歳上の兄が右投げで野球をやっており、末っ子の瑞樹は左投げの方が面白いと考えた父によって左利き用のグローブを与えられ、幼稚園の頃から左投げで野球をするようになる。小学校時代は大和中央クラブ、中学校時代は横浜瀬谷ボーイズでプレー。高校は地元を離れ、岩手の盛岡大学附属高校に進学し、1年春からベンチ入り。2年の夏に甲子園に初出場し、3年春、秋と3季連続で甲子園のマウンドに上がった。3年時の第89回選抜高等学校野球大会では、智辯学園戦で完投勝利し同校を初の甲子園ベスト8に導き、続く第99回全国高等学校野球選手権大会も春夏連続のベスト8入りに貢献した。
渡部 遼人(わたなべ はると、1999年9月2日 - )は、… 渡部 遼人(わたなべ はると、1999年9月2日 - )は、東京都調布市出身のプロ野球選手(外野手)。左投左打。オリックス・バファローズ所属。 調布市立第三中学校時代は硬式野球(リトルシニア)の世田谷西シニアでプレー。桐光学園高等学校では甲子園大会出場なし。高校時代の1学年上に中川颯がいる。 AO入試で進学した慶應義塾大学では1年春から東京六大学リーグ戦に出場し、4年生の6月に出場した第70回全日本大学野球選手権記念大会では打率.563の活躍で首位打者賞を受賞した。4年秋のリーグ戦はランキング7位となる打率.359、6盗塁を記録した。大学4年間の通算成績は、77試合出場、202打数53安打、打率.262、2本塁打、19打点、24盗塁。
野村 裕樹(のむら ゆうき、1999年8月25日 - )は、… 野村 裕樹(のむら ゆうき、1999年8月25日 - )は、静岡県静岡市駿河区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 静岡市立大里西小学校4年次にテレビアニメ『メジャー』の影響で少年野球チーム・静岡ツインズで野球を始め、投手としてプレーする。静岡市立大里中学校在学時には静岡ジュニアユースbbcの1期生として在籍した。 中学卒業後は静岡市立清水桜が丘高等学校に進学し、1年生の頃より打撃センスを見込まれ、それまでは投手だったが外野手に転向した。3年次の夏の大会では5番・レフトとして出場した。高校最終戦となった2017年7月20日の浜松商との3回戦では4打数2安打3打点1本塁打の活躍を見せた。
比屋根 彰人(ひやね あきひと、1999年8月25日 - )… 比屋根 彰人(ひやね あきひと、1999年8月25日 - )は、沖縄県糸満市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 糸満市立兼城小学校では軟式野球の兼城パイレーツに所属し、6年生時には主将として王貞治杯九州学童軟式野球大会に出場。潮平中学校時代は豊見城ボーイズに所属し、3年生時には4番としてホークスカップに出場した。 飛龍高等学校では1年秋からベンチ入りし、投手兼外野手として試合に出場。3年時は4番投手兼三塁手を務めたが、甲子園出場はなかった。高校通算36本塁打。 2017年10月26日に行われたドラフト会議で、オリックス・バファローズから育成3位指名を受け、11月22日に年俸250万円で仮契約を結んだ。
園部 佳太(そのべ けいた、1999年8月24日 - )は、… 園部 佳太(そのべ けいた、1999年8月24日 - )は、福島県いわき市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。オイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ所属。 いわき市立豊間小1年時にソフトボールを始め、6年生までソフトボールを続けた。いわき市立豊間中では軟式野球部に所属し、いわき市の中学軟式野球選抜チームである「いわき松風クラブ」でもプレーした。 福島県立いわき光洋高等学校では1年秋から遊撃手でベンチ入りし、2年秋から主将を務めた。3年夏(2017年)の福島県大会は主砲として打率.550を記録してチームを牽引し同校初の決勝進出を果たしたが、決勝で聖光学院にサヨナラ負けを喫し甲子園出場はならなかった。
松原 快(まつばら かい、1999年8月24日 - )は、富… 松原 快(まつばら かい、1999年8月24日 - )は、富山県黒部市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投右打。阪神タイガース所属。 小学校3年生で野球を始め、黒部市立宇奈月中学校時代は富山東部ボーイズで捕手としてプレー。強豪の富山第一高等学校へ進学したが、チームになじめず1年の12月に退部。中学時代から熱心に誘ってくれた森崎直樹監督が指揮する高朋高等学校へ2年から転入し、投手に転向。高野連の規定で1年間は公式戦に出場できない中、球速が当初の130km/hから141km/hまで伸び、投手と一塁手を兼任した3年夏は富山大会決勝で敗れ甲子園には届かなかった。 高校卒業後は野球を辞め消防士を目指すつもりだったが、クラブチームのロキテクノベースボールクラブの投手兼任コーチの元阪神・藤田太陽から「プロを目指してやらないか」と声をかけられ入団。
大竹 風雅(おおたけ ふうが、1999年8月22日 - )は… 大竹 風雅(おおたけ ふうが、1999年8月22日 - )は、福島県白河市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 白河市立五箇小学校1年から五箇イーグルスでソフトボールをはじめ、白河市立五箇中学校では軟式野球部に所属。 福島県立光南高等学校では1年秋からベンチ入りし、2年秋からはレギュラー二塁手と控え投手を兼任。入学時は体重60kgと線が細くブルペンで少し投げただけで右肘が張るほどだったため、監督の方針で投手としては無理をさせず野手メインで育成された。3年夏は県大会ベスト8に終わり甲子園出場経験はなかった。高校時代の同期に松本京志郎。 進学した東北福祉大学では投手に専念したが、仙台六大学野球リーグでの登板は1年秋と2年春(各1試合)の計2試合にとどまった。
隅田 知一郎(すみだ ちひろ、1999年8月20日 - )は… 隅田 知一郎(すみだ ちひろ、1999年8月20日 - )は、長崎県大村市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 大村市立西大村小学校2年生のときに大村クラブで軟式野球を始め、大村市立西大村中学校軟式野球部に所属。中学時代にはエースとして活躍した。 長崎県立波佐見高等学校に進学し、1年時からベンチ入り。2年秋にエースとなったが、左肘を疲労骨折し離脱した。復帰後は背番号10でベンチ入りし、3年夏の長崎大会で優勝した。第99回全国高等学校野球選手権大会に出場し、開幕戦となった彦根東との1回戦に先発登板。8回まで4失点の粘投を見せたが、1点リードの9回裏に同点に追い付かれ、なおもピンチを招いて降板した後に救援投手が打たれ、チームはサヨナラ負けを喫した。
阪口 皓亮(さかぐち こうすけ、1999年8月15日 - )… 阪口 皓亮(さかぐち こうすけ、1999年8月15日 - )は、大阪府大阪市大正区出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。東京ヤクルトスワローズ所属。 大阪市立三軒家東小学校2年から野球を始め、大阪市立大正東中学校時代には大正ボーイズに所属し、投手兼外野手としてプレー。比嘉賢伸とは小中でチームメイトであり、小学校時代にはバッテリーを組んでいた。DeNAに同期入団した山本祐大は中学校の1つ先輩にあたる。 北海高等学校では2年春に背番号15でベンチ入りするも、2年夏はベンチ外。同校はこの年大西健斗を擁し、第98回全国高等学校野球選手権大会に出場し準優勝。阪口は甲子園に帯同し、初戦で対戦した松山聖陵のエース・アドゥワ誠対策として打撃投手を務めた。
川村 友斗(かわむら ゆうと、1999年8月13日 - )は… 川村 友斗(かわむら ゆうと、1999年8月13日 - )は、北海道松前郡松前町出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 北海高校では2年時に打線の中軸を任され、夏の甲子園大会での準優勝に貢献。当時のチームメイトに阪口皓亮と鈴木大和、1学年後輩に大窪士夢、2学年後輩に辻本倫太郎がいる。 高校卒業後は、仙台大学に進学。大学4年時の2021年度プロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスより育成選手ドラフト2位指名を受け、入団。背番号は132。 2022年、二軍公式戦に39試合出場し、打率.193、1本塁打、5盗塁、9打点、三軍戦では54試合に出場し、打率.261、4本塁打、12盗塁、22打点を記録する。
水流 麻夏(つる あさか、1999年8月11日 - )は、兵… 水流 麻夏(つる あさか、1999年8月11日 - )は、兵庫県三田市出身の元女子プロ野球選手(投手)。現在はJABAに加盟する社会人野球企業チーム・ショウワコーポレーション硬式野球部に所属。「社会人野球初の女性選手」とされる。 2018年に育成チームのレイアに入団。 2019年に埼玉アストライアへ移籍し先発の柱として9勝を挙げた。うち5試合が完封での勝利であった。最優秀防御率(1.67)と最優秀新人賞を獲得。 2020年もタイトルを多数獲得する活躍を見せるも、同シーズン限りで女子プロ野球を退団。2021年から始動する女子硬式クラブチームの阪神タイガース Womenに入団することが発表された。なお、これに際して阪神球団の事業本部振興部に所属する球団職員としても入団し、選手としてプレーする傍ら「タイガースアカデミー ベースボールスクール」の専属コーチも務めることとなった。
廣澤 伸哉(ひろさわ しんや、1999年8月11日 - )は… 廣澤 伸哉(ひろさわ しんや、1999年8月11日 - )は、大分県別府市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 小学2年で野球を始めた。 別府市立青山中学校を経て、高校は大分県立大分商業高等学校へ進学。同校では遊撃手として2年秋に九州大会進出したが、2回戦で敗退した。3年夏は大分県大会決勝で明豊に敗れ、3年間を通じて甲子園出場はなかった。 2017年10月26日に行われたドラフト会議では、オリックス・バファローズから7位指名を受け、11月20日に契約金2000万円、年俸480万円(推定)の条件で契約を結んだ。背番号は64。担当スカウトは山口和男。 2018年は、二軍で60試合に出場し打率.177という成績で、一軍昇格の機会はなかった。
金満 梨々那(かねみつ りりな、1999年8月10日 - )… 金満 梨々那(かねみつ りりな、1999年8月10日 - )は、神奈川県横須賀市出身の女子野球選手(捕手)・代表選手、野球指導者。2022年から読売ジャイアンツ女子チーム所属(1期生・初代主将)。 兄の影響で小学2年時にソフトボールを始めて、小学5年時に葉山町にある学童軟式で宮本和知主宰・総監督の葉山巨人軍に入団し野球を始める。中学では軟式野球部はあったが女子部員の制約や両親への金銭的負担などを考えて一度はバドミントン部に入部するも、野球が忘れられず県内の女子硬式クラブチームのオール京急に入団。女子硬式野球部がある新潟の開志学園高等学校へ進学。2017年に第1回 女子野球アジアカップでU-18日本代表に初選出され優勝に貢献し、最優秀守備選手に選ばれた。
長谷川 威展(はせがわ たけひろ、1999年8月9日 - )… 長谷川 威展(はせがわ たけひろ、1999年8月9日 - )は、埼玉県大宮市(現:さいたま市大宮区)出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。左投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 さいたま市立植水小学校では加茂川ワイルドダックス、さいたま市立桜木中学校では硬式野球(リトルシニア)の和光リトルシニアでプレーした。 花咲徳栄高等学校では外野手を務めていたが、2年時に投手へ転向。3年夏の県大会では背番号19でベンチ入りしていたが、チームが全国制覇を達成した第99回全国高等学校野球選手権大会ではベンチ外であった。高校の2学年先輩に大瀧(旧姓) 愛斗、1学年先輩に岡崎大輔と高橋昂也、同級生に清水達也と西川愛也、1学年後輩に野村佑希と松井颯、2学年後輩に韮澤雄也がいた。
水口 創太(みなくち そうた、1999年8月9日 - )は、… 水口 創太(みなくち そうた、1999年8月9日 - )は、滋賀県大津市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 大津市立晴嵐小学校時代から「晴嵐スポーツ少年団野球部」で軟式野球を始め、大津市立北大路中学校では同校の軟式野球部に在籍する。 高校は市内の滋賀県立膳所高等学校に進学。2年生の秋からエースとなり、3年生の夏は第99回全国高等学校野球選手権滋賀大会でベスト16に進出するも、滋賀県立水口高等学校に10対2で敗れた。 1年間の浪人を経て京都大学医学部人間健康科学科に進学。3年生時の2021年10月13日に行われた関西学生野球連盟秋季リーグ戦、対同志社大学戦において、自己最速の152km/hの速球を計測し注目される。
山本 恵大(やまもと けいた、1999年8月6日 - )は、… 山本 恵大(やまもと けいた、1999年8月6日 - )は、東京都小金井市出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。 小金井市立前原小学校時には「前原小サンファイターズ」に所属。小金井市立小金井第二中学校時代には「東京府中ボーイズ」に所属。 国士舘高等学校では2年夏からレギュラーとなったが、2年秋の都大会4強が最高成績で全国大会への出場はなかった。高校通算20本塁打。 高校卒業後は明星大学経済学部経済学科に進学。4年間を通じて首都大学野球リーグの2部でプレーした。大学通算25本塁打。 2021年10月11日に行われたプロ野球ドラフト会議において福岡ソフトバンクホークスから育成選手ドラフト9位で指名され、10月28日に支度金300万円、年俸400万円(金額は推定)で入団に合意した。
林 周(はやし あまね、リンシュー、1999年8月6日 - … 林 周(はやし あまね、リンシュー、1999年8月6日 - )は、千葉県柏市出身のオーストラリアンフットボール選手で、元野球選手。野球選手としての登録名は「リンシュー」の読みを使用していた。 AFL(オーストラリアン・フットボール・リーグ)JAPANリーグ TokyoBaySuns 所属。 ポジションは野球では外野手および一塁手、オーストラリアンフットボールではフォワードとミッドフィールダー。 日本のプロ野球(独立リーグ)選手ではじめて、ワンシーズンに2つのプロスポーツリーグでプレーをした選手となった。 2021年は、北海道ベースボールリーグの富良野ブルーリッジに所属したが、9月16日に「本人の申出により」退団した。
茶野 篤政(ちゃの とくまさ、1999年8月4日 - )は、… 茶野 篤政(ちゃの とくまさ、1999年8月4日 - )は、滋賀県八日市市(現:東近江市)出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。 東近江市立八日市南小学校(現:東近江市立箕作小学校)1年生から野球を始める。八日市ビクトリーを経て、東近江市立聖徳中学校時代は竜王ジャガースの10期生としてプレーした。中学3年生春には一塁へのヘッドスライディングで左腕を複雑骨折する怪我を負うも、片手で練習を続け、夏の大会にも出場した。 岐阜県にある中京高等学校に進学したが控え選手に甘んじ、3年夏は代打出場したのみであった。1年先輩に、今井順之助と加藤壮太がいる。 愛知大学野球連盟2部リーグ所属の名古屋商科大学では1年秋からレギュラーの座を掴んだ。
宮路 悠良(みやじ ゆら、1999年8月2日 - )は、東京… 宮路 悠良(みやじ ゆら、1999年8月2日 - )は、東京都荒川区出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。KBOのサムスン・ライオンズ所属。 荒川区立尾久第六小学校で1年生の時に荒川コンドルで軟式野球を始めた。駿台学園中学校では軟式野球部に所属し投手兼中堅手で起用された[要出典]。 東海大学付属高輪高等高校では1年夏の予選からベンチ入りした。3回戦では1年生ながら先発を任された。翌2年秋から主戦投手となる。学校として最高成績タイとなる準優勝した3年夏の予選では計21回を投げ3失点と力投した。[要出典]高校3年生時の最速は145k/mであった。 東海大学健康学部に進学し、野球部では2年秋の神宮大会でデビューした。
池谷 蒼大(いけや そうた、1999年8月2日 - )は、静… 池谷 蒼大(いけや そうた、1999年8月2日 - )は、静岡県浜松市出身のプロ野球選手(投手)。左投左打。ハヤテベンチャーズ静岡所属。 浜松市立積志小学校2年生のときに軟式野球チームの浜松ドジャースで野球を始め、6年生のときには中日ドラゴンズジュニアでプレーした。浜松市立積志中学校では軟式野球部に所属し、エースとして春の県大会3位となった。 その後静岡県立静岡高等学校に進学。1年秋からベンチ入りしたが、腰痛に苦しみ1年間公式戦での登板がなかった。2年春に公式戦初登板し、同年秋の東海大会の途中から竹内奎人のつけていた背番号1を奪った。同大会で優勝し、3年春の第89回選抜高等学校野球大会出場。不来方との1回戦に先発して7回1失点で勝利投手となる。
宜保 優(ぎぼ ゆう、1999年7月29日 - )は、沖縄県… 宜保 優(ぎぼ ゆう、1999年7月29日 - )は、沖縄県豊見城市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 弟はオリックス・バファローズ所属の宜保翔。 小学3年時に根差部ベースナインで野球を始める。豊見城市立とよみ小学校、豊見城市立長嶺中学校を経て、高校は沖縄県立那覇高等学校に進学し、3年夏の大会には主将として「3番・遊撃手」として出場した。 大学は福岡六大学野球連盟に所属する九州共立大学に特待生として進学。3月のオープン戦期間で、4本塁打を放つ活躍を見せ、4月の開幕戦でベンチメンバー入り、秋の神宮大会にはスタメンでの出場を果たした。怪我に泣かされた期間もあったが、2年、3年次も継続してレギュラーを張り、4年春には打撃フォームを修正して挑んだことが功を奏し、指名打者としてリーグベストナインを獲得した。
福永 奨(ふくなが しょう、1999年7月28日 - )は、… 福永 奨(ふくなが しょう、1999年7月28日 - )は、神奈川県横浜市保土ケ谷区出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。オリックス・バファローズ所属。 横浜市立上菅田小学校2年の時に川島イーグルスに入団して野球を始める。横浜市立上菅田中学校時代はリトルシニアの戸塚シニアに所属し、3年夏は全国大会4強入りを果たしている。 横浜高等学校では1年春からベンチ入り。1年秋には一旦正捕手の座を掴んだが、2年春から再び控えとなり、夏は第98回全国高等学校野球選手権大会に代打で出場した。2年秋から主将と正捕手を務め、3年夏は第99回全国高等学校野球選手権大会に出場。1回戦の秀岳館戦に「6番・捕手」で先発出場し、7回に田浦文丸から3点本塁打を放ったが、チームは初戦敗退した。
本田 仁海(ほんだ ひとみ、1999年7月27日 - )は、… 本田 仁海(ほんだ ひとみ、1999年7月27日 - )は、神奈川県横浜市出身のプロ野球選手(投手・育成選手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。 大和市立北大和小学校1年生時に、地元の北大和ドリームスで野球を始め、5年生時から本格的に投手を始めた。つきみ野中学校時代は、同校の軟式野球部に所属した。 高校は星槎国際高等学校湘南に入学。入学当初の本田は体重55kg・ストレートの球速は125km/h程度で、2011年に創部したばかりで本田の入学(2015年)当時は主だった実績のなかった同校野球部の中でも、Bチームの補欠という立場だった。同校野球部監督の土屋恵三郎も、中3の視察時から高校入学直後頃の本田の印象について「真面目そうだが、元気がない」「特徴のない子で、いつ辞めるかなという感じだった」と語っている。