吉井 直昭(よしい なおあき、1928年9月28日 - )は… 吉井 直昭(よしい なおあき、1928年9月28日 - )は、日本の裁判官、公証人、弁護士。最高裁判所上席調査官や、東京高等裁判所部総括判事を経て、退官後、日本公証人連合会会長などを務めた。 福岡県立高等学校修猷館を経て、岡山大学法文学部在学中の1952年に旧司法試験合格。1953年に大学卒業後、司法修習を経て、1955年裁判官任官。京都地方裁判所判事補、最高裁判所事務総局総務局付、旭川地方裁判所判事、最高裁判所調査官、東京地方裁判所部総括判事、最高裁判所上席調査官等を経て、1986年宇都宮家庭裁判所所長。1987年神戸家庭裁判所所長。1989年東京高等裁判所部総括判事。1990年日本橋公証役場公証人。
佐藤敏夫(さとう としお、1928年〈昭和3年〉9月8日‐?… 佐藤敏夫(さとう としお、1928年〈昭和3年〉9月8日‐?)は、日本の弁護士、元・検察官、元・裁判官。元・北海道武蔵女子短期大学教授。北海道出身。札幌弁護士会所属。 1951年北海道大学法文学部卒業。同年、司法試験合格。1954年札幌地方検察庁検事。1954年旭川地方検察庁検事。1957年札幌地方裁判所岩見沢支部判事補。1961年東京地方裁判所判事補。1964年札幌地方裁判所判事補を経て、1968年札幌高等裁判所判事を経て、裁判所を退官。1969年弁護士登録。1970年北海道武蔵女子短期大学教養学科教授(~1983年)。1985年北海道弁護士会連合会理事長。また日本弁護士連合会副会長も兼職。その後、2006年ごろ逝去 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。
橋本 敦(はしもと あつし、1928年〈昭和3年〉8月23日… 橋本 敦(はしもと あつし、1928年〈昭和3年〉8月23日 - 2021年〈令和3年〉8月29日)は、日本の元政治家、弁護士。日本共産党所属の元参議院議員(4期)。自由法曹団所属。 大阪府出身。旧制浪速高等学校を経て、1951年、京都大学法学部を卒業。1957年、弁護士を開業。 1971年12月の大阪市長選挙に日本共産党推薦で立候補するも、現職の大島靖に敗れ落選。 1974年の第10回参議院議員通常選挙に大阪府選挙区から立候補し初当選した。ロッキード事件の調査のために訪米し、共産党国会議員団の代表として疑獄事件追及に関わる。 1980年の参院選は次点で落選。1983年の参院選は比例区で立候補し2期目の当選を果たした。
柴田 睦夫(しばた むつお、1928年7月28日 - 201… 柴田 睦夫(しばた むつお、1928年7月28日 - 2013年4月26日)は日本の弁護士、政治家。衆議院議員(日本共産党公認、通算5期)。元静岡第一テレビアナウンサーの柴田将平と元NHK福岡放送局キャスターの柴田文子は孫にあたる。 福岡県三井郡立石村(現・小郡市)出身。福岡県立朝倉中学校2年で大阪の陸軍幼年学校に転入、旧制福岡高校、東京大学法学部政治学科卒業後、厚生省勤務を経て、1954年弁護士を開業、東京合同法律事務所に入る。弁護士時代は自由法曹団に所属し、松川事件や藤本事件などの弁護団に加わった。この間、1956年には千葉市中央区に柴田睦夫法律事務所を開設、同法律事務所は後に千葉第一法律事務所と名を変え、現在に至る。
奥原 唯弘(おくはら ただひろ、1928年7月27日 - 1… 奥原 唯弘(おくはら ただひろ、1928年7月27日 - 1990年3月28日)は、日本の法学者、憲法学者、弁護士。 東京府で出生。長野県北安曇郡松川村出身。1946年(昭和21年)旧制松本第二中学19回(現長野県松本県ヶ丘高等学校)卒業。中央大学法学部卒、1958年早稲田大学大学院政治学研究科修了。神奈川大学講師・助教授、近畿大学教授。近畿大学比較法政治研究所長・法学部教授。法と秩序研究会理事長、日本学術会議会員。世界平和教授アカデミー会員。
北村 春江(きたむら はるえ、1928年(昭和3年)7月11… 北村 春江(きたむら はるえ、1928年(昭和3年)7月11日 - 2022年(令和4年)3月13日)は、日本の元政治家、弁護士。兵庫県芦屋市長(第15・16・17代)。夫は弁護士の北村巌。 京都府京都市左京区生まれ、大阪府育ち。女学校時代には学徒動員を経験し、 1945年に立命館専門学校に入学。1952年に立命館大学法学部を卒業。性別による職場での不平等を経験したことから法律家を目指す。1956年に立命館大学の女子卒業者で初めて司法試験に合格し、司法修習を経て1959年に弁護士登録。大阪家庭裁判所調停委員や1979年からは芦屋市教育委員会委員長を務める。 教育関係者や市民グループに推されて1991年、62歳で芦屋市長選挙に無所属で立候補し、現職に約2千票差をつけ初当選を果たした。
小室 金之助(こむろ きんのすけ、1928年6月15日 - … 小室 金之助(こむろ きんのすけ、1928年6月15日 - 2015年8月23日)は、法学者、弁護士、創価大学名誉教授。
古館 清吾(ふるだて せいご、1928年(昭和3年)5月5日… 古館 清吾(ふるだて せいご、1928年(昭和3年)5月5日 - 2019年(令和元年)11月16日)は、日本の元裁判官・弁護士。元宇都宮家庭裁判所所長。北海道立倶知安中学校卒業。北海道大学法学部卒業。同大学院法学研究科修士課程修了。北海道蘭越町出身。第一東京弁護士会所属。 1958年司法修習修了。1958年山形地方裁判所判事補、その後、仙台法務局や法務省訴訟局訴訟検事、広島法務局訴訟部長などを経て、1971年法務省民事局参事官。1976年東京高等裁判所判事。1977年(昭和52年)東京地方裁判所部総括判事。1983年(昭和58年)横浜地方裁判所部総括判事。1987年(昭和62年)宇都宮家庭裁判所所長。
荒木 宏(あらき ひろし、1928年4月1日 - 1995年… 荒木 宏(あらき ひろし、1928年4月1日 - 1995年1月14日)は、日本の教育者、弁護士、政治家。衆議院議員(日本共産党公認、2期)を務めた。自由法曹団幹事。 神戸市出身。神戸商業大学(現・神戸大学)中退。小学校の教員をやりながら、関西大学法学部を卒業。1959年に弁護士となり、同年共産党に入党した。 1972年の第33回衆議院議員総選挙に旧大阪5区から立候補し1位で初当選を果たした。続く1976年の第34回衆議院議員総選挙でも同区から立候補し再選を果たすも、体調不良により1979年の第35回衆議院議員総選挙には立候補せず、政界からの引退を表明する。地盤は引退当時、堺市選出の大阪府議会議員であった藤田スミに譲る。
石井 真司(いしい しんじ、石井眞司、1928年3月24日 … 石井 真司(いしい しんじ、石井眞司、1928年3月24日 - 2004年5月17日)は、日本の弁護士、法学者。 東京府東京市(現東京都台東区)出身。1952年中央大学法学部卒、日本勧業銀行に入り、1966年最高裁司法研修所修了、勧銀に戻り、調査部課長代理、同主任調査役、同参与、第一勧業銀行調査部、第一勧銀総合研究所、第一勧銀経営センター、みずほ銀行法務部各顧問を経て、2003年退職。銀行勤務の傍ら、全国銀行協会連合会法規専門部会・不渡手形審査専門委員会各特別委員、金融法学会理事、法制審議会倒産法部会委員などを歴任。弁護士(尾崎昭夫法律事務所)。
立石 定夫(たていし さだお、1928年(昭和3年)2月29… 立石 定夫(たていし さだお、1928年(昭和3年)2月29日 - 1995年(平成7年)6月8日)は、日本の政治家、弁護士、歴史研究家。第8代福山市長(3期)。位階は従五位。勲四等旭日小綬章。 広島県福山市東堀端町(現・福山市城見町)に生まれる。1945年(昭和20年)、広島県立福山誠之館中学校(現・広島県立福山誠之館高等学校)卒業。1948年(昭和23年)、旧制広島高等学校卒業。1951年(昭和26年)、同志社大学法学部卒業。 1955年(昭和30年)4月、弁護士を開業。1960年(昭和35年)4月、広島弁護士会福山地区会会長に就任。 1963年(昭和37年)4月、広島県議会議員に初当選。1967年(昭和42年)に再選。
宮原 守男(みやはら もりお、1928年2月20日 - 20… 宮原 守男(みやはら もりお、1928年2月20日 - 2021年12月14日)は、日本の弁護士。東京大学法学部卒業。福岡県福岡市中央区出身。日本基督教団顧問弁護士。日本基督教団新泉教会所属。創価学会顧問弁護士。親族に大蔵大臣を勤めた北村徳太郎がいる。 ロッキード事件主任弁護士を務めたほか、本田技研工業、丸紅、川崎製鉄(現・JFEホールディングス)等の顧問弁護士を歴任した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
保住 昭一(ほずみ しょういち、1928年 - 2005年)… 保住 昭一(ほずみ しょういち、1928年 - 2005年)は、日本の法学者・弁護士。商法学者。明治大学名誉教授。福島県二本松市出身。 1953年司法試験合格。1954年明治大学法学部卒業。司法修習生。 1956年明治大学法学部助手。1958年明治大学法学部講師。1961年明治大学法学部助教授。1966年明治大学法学部教授。弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。1971年西ドイツ・ハンブルク大学に留学。1976年明治大学法学部法律学科長。1984年明治大学法学部長。1999年明治大学定年退職。同名誉教授。 この他、明治大学評議員(1976年、1980年-1984年、1988年-1992年)、藤沢市情報公開審査会(1986年-1998年)も務めた。
池田 眞規(いけだ まさのり、1928年 - 2016年11… 池田 眞規(いけだ まさのり、1928年 - 2016年11月13日)は、日本の弁護士。日本反核法律家協会前会長。原爆症認定集団訴訟全国弁護団長。九州大学法学部卒業。自衛隊百里基地訴訟や長沼ナイキ訴訟、湾岸戦争国費支出違憲訴訟などを担当。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
伊従 寛(いより ひろし、1927年(昭和2年)11月28日… 伊従 寛(いより ひろし、1927年(昭和2年)11月28日 - 2020年(令和2年)6月29日)は、日本の元公正取引官僚、弁護士。元公正取引委員会委員。シティユーワ法律事務所顧問(オフ・カウンセル)。勲二等瑞宝章受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
宮里 松正(みやざと まつしょう、1927年11月3日 - … 宮里 松正(みやざと まつしょう、1927年11月3日 - 2003年10月26日)は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員を3期務めた。 比嘉秀平(1952–1956) 当間重剛(–1959) 大田政作(–1964) 松岡政保(–1968) 屋良朝苗(–1972) 泉有平(1952–1953) 与儀達敏(–1956) 神村孝太郎(–1957) 大田政作(–1959) 瀬長浩(–1964) 小波蔵政光(–1967) 小渡三郎(–1968) 赤嶺義信(–1968) 知念朝功(–1971) 宮里松正(–1972)
大野 正男(おおの まさお、1927年9月3日 - 2006… 大野 正男(おおの まさお、1927年9月3日 - 2006年10月28日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事。 東京府出身。小学生時代に大蔵官僚であった父大野龍太が帝人事件で逮捕・起訴され、無実の罪で3年半のあいだ未決勾留された経験から弁護士志望となる。 第一高等学校 (旧制)を経て、1951年、東京大学法学部卒業。在学中は政治思想史の丸山眞男ゼミに所属。一旦会社勤めをした後、1954年に弁護士登録。弁護士としては海野普吉に師事。弁護士としては悪徳の栄え事件、砂川事件、西山事件、全逓中郵事件、羽田空港デモ事件、飯塚事件、芸大事件を担当した。 1993年4月に最高裁判事に就任。1997年9月に定年退官。
武田 正彦(たけだ まさひこ、1927年7月15日 - 20… 武田 正彦(たけだ まさひこ、1927年7月15日 - 2007年2月15日)は、日本の弁護士、実業家。 広島県呉市出身。1953年(昭和28年)- 東京大学法学部卒業。1956年(昭和31年)- 神戸家裁判事補。1959年(昭和34年)- 神戸簡裁判判事。同年アメリカミシガン大学ロー・スクール留学。1961年(昭和36年)- 福岡家裁判事補、判事。1964年(昭和39年)- 弁護士登録。以来、主に渉外、特許事件を担当する。1972年(昭和47年)- ピエール・カルダンの日本代理店「ピエール・カルダン・ジャパン」(PCJ)を設立。社長、カルダンブランドを日本に定着。その後、長くカルダン本社国際戦略のアドバイス役を務めた。
丹宗 暁信(たんそう あきのぶ、1927年6月2日 - 20… 丹宗 暁信(たんそう あきのぶ、1927年6月2日 - 2014年1月31日)は、日本の法学者(経済法)、弁護士。法学博士(九州大学)。北海道大学教授、千葉大学教授を歴任。「丹宗昭信」とも表記される。佐賀県出身。 1952年(昭和27年)東京大学法学部卒業。1957年(昭和32年)同大学院(旧制)特別研究生修了(指導教授:田中二郎)。 1958年(昭和33年)九州大学法学部助教授(経済法ほか担当)。1960年(昭和35年)フルブライト奨学金でコロンビア大学ロースクール(コロンビア・ロー・スクール)等に留学。1962年(昭和37年)2月「経済法学の体系化のための基礎理論の考察」で九州大学より法学博士の学位を取得。
筧 栄一(かけい えいいち、1927年5月27日 - 201… 筧 栄一(かけい えいいち、1927年5月27日 - 2013年5月15日)は、日本の弁護士(登録番号:22838)。検事総長。位階は正三位。 島根県隠岐郡西郷町(現・隠岐の島町)出身。1940年 東京府立第一中学校入学。同期に山口光秀(大蔵事務次官)、杉山和男(通産事務次官)、手島冷志(外務審議官)、柳健一(駐韓大使)ら官界を中心に活躍した者のほかに出光昭介(出光興産会長)などがいる。その後一高を経て、1951年に東京大学法学部政治学科卒業。1953年に検察官となる。 1975年に法務省人事課長となり、以後、1978年に佐賀地方検察庁検事正、1979年に法務省大臣官房長、1982年、最高検検事、1983年、法務省刑事局長、1985年に法務事務次官に。
可部 恒雄(かべ つねお、1927年(昭和2年)3月9日 -… 可部 恒雄(かべ つねお、1927年(昭和2年)3月9日 - 2011年(平成23年)2月3日)は、日本の裁判官、弁護士、最高裁判所判事。位階は正三位。 広島県・可部寅蔵の二男。父・寅蔵は広島市猿猴橋町で呉服商を営んでいた。 旧制広島高師附属中学、旧制広島高校、東京大学法学部卒。1952年(昭和27年)判事補任官。水戸地裁所長、最高裁首席調査官、東京地裁所長等を経て、1988年(昭和63年)福岡高等裁判所長官に就任。 1990年(平成2年)から最高裁判所判事を務める。就任あいさつでは「重い職責を担うことになった。気力、体力、勇気をふりしぼり、困難にめげず、最後までがんばりたい」と述べた。 1997年4月2日の愛媛県靖国神社玉串料訴訟大法廷判決では三好達と共に国側主張を支持し反対意見を出した。
正森 成二(まさもり せいじ、1927年1月19日 - 20… 正森 成二(まさもり せいじ、1927年1月19日 - 2006年10月18日)は、日本の弁護士(自由法曹団)。日本共産党衆議院議員。
中村 稔(なかむら みのる、1927年1月17日 - )は、… 中村 稔(なかむら みのる、1927年1月17日 - )は、日本の弁護士・弁理士・詩人・評論家。中村合同特許法律事務所パートナー、日本商標協会顧問、公益財団法人日本近代文学館名誉館長、第二東京弁護士会所属、日本芸術院会員、文化功労者。 中松特許法律事務所弁護士、中村・山本・武田合同特許法律事務所代表パートナー、中村合同特許法律事務所代表パートナー、日本商標協会会長(初代)、財団法人日本近代文学館理事長(第6代)、社団法人日本商事仲裁協会常任理事、日本芸術院第二部部長などを歴任した。 千葉県木更津市生まれ。父・光三は、尾崎秀実、リヒャルト・ゾルゲの予審担当の主任判事。東京府立第五中学校から第一高等学校を経て、1950年、東京大学法学部法律学科卒業。
坂上 富男(坂上 冨男、さかがみ とみお、1927年1月2日… 坂上 富男(坂上 冨男、さかがみ とみお、1927年1月2日 - 2018年4月9日)は、日本の政治家、弁護士。衆議院議員を通算3期務めた。 新潟県三条市出身。1949年、日本大学法文学部政経学科卒業。新潟県内の小学校教員となる。 1952年、弁護士税理士事務所を開設。燕三条税理士法人の代表社員になる。三条市議会議員、新潟県弁護士会会長を務める。 1982年4月25日に行われた新潟県知事選挙に社会党・共産党の推薦を得て立候補。現職の君健男との一騎打ちに敗れ落選。 1986年の第38回衆議院議員総選挙に旧新潟3区から、社会党の統一候補として立候補し初当選。 1990年の第39回衆議院議員総選挙で社会党は坂上と前県議の目黒吉之助の二人に公認を出す。
伊坂 重昭(いさか しげあき、1926年12月25日 - 2… 伊坂 重昭(いさか しげあき、1926年12月25日 - 2000年4月10日)は、日本の弁護士、元検察官。 平和相互銀行監査役を務め、同銀行をめぐる不正経理事件で逮捕された。 1926年12月25日、北海道札幌市にて生まれる。札幌師範付属小学校、札幌第一中学校を卒業し、東京都に出て武蔵高等学校(旧制)を経て東京大学(旧制)法学部に進学。二年生の時に高等文官試験に一発合格した。 卒業後は検事となり、1950年(昭和25年)、23歳時に宇都宮地方検察庁に赴く。初めて担当した詐欺事件では実刑判決まで持ち込んだ。その後は横浜地方検察庁を経て東京地方検察庁刑事部、同庁特別捜査部に勤める。検事としては経済犯罪の捜査に定評があったとされる。
円山 雅也(まるやま まさや、1926年10月19日 - 2… 円山 雅也(まるやま まさや、1926年10月19日 - 2004年12月)は日本の弁護士、政治家。参議院議員(1期)。別名・遠山雅之。 東京府東京市京橋区(後の東京都中央区京橋)出身。父は日本弁護士連合会会長を務めた円山田作。 1950年、日本大学法学部を卒業後、司法試験に合格。1952年には判事補となる。1956年に退官し弁護士登録、東京弁護士会所属。「円山雅也法律相談事務所」(後の「円山法律事務所」)を設立。以後メディアを中心にわかりやすい法律解説で人気を集め、1975年から日本テレビ系で開始されたテレビ番組『テレビ三面記事 ウィークエンダー』では番組監修を務めただけでなく自らも解説者として出演しており、同番組が円山の知名度を上げるきっかけとなりタレント弁護士の草分け的存在となる。
前田 宏(まえだ ひろし、1926年10月17日 - 201… 前田 宏(まえだ ひろし、1926年10月17日 - 2017年12月25日)は、日本の弁護士(登録番号:21882)。元検事総長。日本テレビホールディングス株式会社・日本テレビ放送網株式会社社外取締役。 東京府生まれ。旧制東京高校から東京帝国大学法学部を経て、軍隊に応召されて入隊するも、敗戦後に復員。1951年に検事に任官。その後、内閣法制局参事官、法務省刑事局刑事・総務各課長、大臣官房人事課長、甲府地検検事正、法務大臣官房長、刑事局長、法務事務次官、東京高検検事長を歴任。1985年には次官として検察庁事務章程(昭和60年4月6日法務省令1号)の設置を推進し検察官の権限を拡大した。 1988年3月24日に検事総長に就任。
上田 誠吉(うえだ せいきち、1926年9月8日 - 200… 上田 誠吉(うえだ せいきち、1926年9月8日 - 2009年5月10日)は、日本の弁護士。社会運動にも積極的にかかわった。 兵庫県神戸市生まれ。1929年東京へ転居し、1933年麹町小学校に入学。その後、旧制武蔵高等学校尋常科・高等科を経て、1948年東京大学法学部卒。在学中に兵役、敗戦を迎える。50年弁護士登録、東京弁護士会、自由法曹団に加わる。メーデー事件や松川事件、白鳥事件などで弁護を担当。宮澤・レーン事件についての著作もある。74-84年自由法曹団団長。 父は内務官僚の上田誠一。地球物理学者の上田誠也は弟。
佐々木 静子(ささき しずこ、1926年〈大正15年〉8月2… 佐々木 静子(ささき しずこ、1926年〈大正15年〉8月27日 - 2018年〈平成30年〉7月19日)は、日本の弁護士、政治家。関西地方初の女性弁護士である。参議院議員を1期務めた。伊藤俊介 (政治家)の孫。 大阪市小松原町生まれ。父は弁護士で松島遊郭事件を担当した田村堅三。1944年(昭和19年)、大阪府立大手前高等女学校卒業。同年、18歳で旧海軍省官僚と結婚した。夫は仕事のため東京、静子は夫の両親の住む和歌山市和歌浦で暮らした。 終戦後、京都大学工学部の研究者となった夫ともに京都で暮らし始めたが、夫が公職追放のため栗本鉄工所に転職し、大阪に転居し、1948年に長女を出産。司法試験の受験を志し、受験資格を得るために子育ての傍ら1950年に大阪女子大学に入学した。
鍛冶 良堅(かじ よしかた、1926年8月5日 - 2018… 鍛冶 良堅(かじ よしかた、1926年8月5日 - 2018年2月15日)は、日本の法学者、弁護士。明治大学名誉教授。家族法が専門。妻は鍛冶千鶴子。 東京生まれ。鍛冶良作の次男。明治大学法学部卒。明治大学法学部助教授、教授、1997年定年、名誉教授となる。弁護士。
竹沢 哲夫(たけざわ てつお、1926年7月25日 - 20… 竹沢 哲夫(たけざわ てつお、1926年7月25日 - 2012年4月24日)は、日本の弁護士である。富山県生まれ。家業は薬局。 京都大学法学部卒。弁護士となる。松川事件弁護団、多摩川水害訴訟弁護団長。白鳥決定や刑事確定訴訟記録法の制定に尽力した。また、帝銀事件の平沢貞通とは長く交流があった。 2012年4月24日、心不全のため死去。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
佐々木 史朗(ささき しろう、1926年(大正15年)7月1… 佐々木 史朗(ささき しろう、1926年(大正15年)7月18日 - 2003年(平成15年)4月22日)は、日本の裁判官、弁護士。札幌高等裁判所長官、福岡高等裁判所長官。1996年勲二等旭日重光章受章。 裁判官を退官したのちは弁護士になり、1994年のゼネコン汚職事件で逮捕・起訴された清山信二元鹿島建設副社長の弁護人を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。 この項目は、法曹に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
阿部 三郎(あべ さぶろう、1926年7月6日 - 2010… 阿部 三郎(あべ さぶろう、1926年7月6日 - 2010年9月8日)は、日本の弁護士。日本弁護士連合会会長や、中央大学理事長を歴任した。阿部法律事務所主宰。1996年より宗教団体オウム真理教の破産管財人。 1926年宮城県生まれ。宮城県石巻商業高等学校出身、中央大学法学部卒業。 司法修習第六期を経て1954年4月に弁護士登録、東京弁護士会入会。 1960年代には社会問題化した売血制度の廃止を働きかけ、弁護士会人権擁護委員会の建議書を通じ売血制度の廃止を実現。 1970年以降、東京弁護士会副会長、日本弁護士連合会事務総長、東京弁護士会会長、日本弁護士連合会副会長、日本弁護士連合会会長を歴任。 1996年3月、宗教団体オウム真理教の破産宣告を受けて破産管財人に就任。
松本 善明(まつもと ぜんめい、本名:まつもと よしあき、1… 松本 善明(まつもと ぜんめい、本名:まつもと よしあき、1926年5月17日 - 2019年6月24日)は、日本の弁護士、日本共産党名誉役員、公益財団法人いわさきちひろ記念事業団評議員。元衆議院議員。最初の妻は画家のいわさきちひろ(1974年死別)。 大阪府生まれ。北野中学校(現:大阪府立北野高等学校)卒業。海軍兵学校(75期)で終戦を迎え、1948年(昭和23年)東京大学法学部政治学科在学中に日本共産党に入党。1949年(昭和24年)大学を卒業して国会秘書となり、1950年(昭和25年)にいわさきと結婚。1951年(昭和26年)司法試験合格、1952年(昭和27年)に司法修習生となり、1954年(昭和29年)からは弁護士として、松川事件やメーデー事件、労働争議に関わる。
内田 茂雄(うちだ しげお、1926年5月2日 - 2006… 内田 茂雄(うちだ しげお、1926年5月2日 - 2006年2月25日)は、日本の弁護士。 現在の福岡県北九州市出身。西南学院大学英文科を卒業後、弁護士を目指して早稲田大学に入学。1953年、早大大学院を出て、1958年、地元で弁護士開業。 1968年、西日本一帯で日本最大の食品公害事件といわれるカネミ油症事件が発生すると、1970年より全国統一原告弁護団の団長を務め、1987年、最高裁判所でカネミ倉庫側との和解を成立させた。 2006年、胃癌のため死去。79歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中谷 鉄也(なかたに てつや、1926年(大正15年)5月1… 中谷 鉄也(なかたに てつや、1926年(大正15年)5月1日 – 1992年(平成4年)3月20日)は、昭和期の弁護士、政治家。衆議院議員。位階は正五位。 満州鉄嶺で陸軍将校・中谷亮一の長男として生まれる。1931年(昭和6年)に父の死去に伴い本籍地和歌山県伊都郡高野口町大字大野(現橋本市)に移った。名古屋陸軍幼年学校を経て陸軍士官学校(59期)に進み、終戦により1945年(昭和20年)8月31日に修業した。 1946年(昭和21年)関西大学法学部に入学。1948年(昭和23年)高等試験司法科試験に合格し、同年、関西大学を中退した。極東国際軍事裁判弁護人を務め、日本労働組合総評議会(総評)弁護団に加わった。
寺沢 光子(てらさわ みつこ、1926年4月25日 - 20… 寺沢 光子(てらさわ みつこ、1926年4月25日 - 2001年7月16日)は、日本の弁護士。女性初の地方裁判所所長として、徳島地方裁判所所長、浦和家庭裁判所所長、横浜家庭裁判所所長等を歴任した。 1926年、出生。明治大学卒業後、弁護士となり、女性で初めて司法研修所の裁判官教官を務めた他、1983年に女性初の地方裁判所長として徳島地方裁判所長に就任した。その後、浦和家裁所長、横浜家裁所長、東京高裁部総括などを歴任、高裁判事として、多くの著名事件について判決を出した。 1996年。勲二等瑞宝章を受章。2001年、腸閉塞のため死去。75歳没。
原後 山治(はらご さんじ、1926年(大正15年)1月1日… 原後 山治(はらご さんじ、1926年(大正15年)1月1日 - 2008年(平成20年)8月25日)は、日本の弁護士。 1926年和歌山県生まれ。1951年(昭和26年)東京大学法学部政治学科を卒業。1973年(昭和48年)から日本弁護士連合会理事。1981年(昭和56年)から1987年(昭和62年)まで同連合会の法廷委員会委員長を務めた。 在日韓国人の司法修習生採用をめぐる問題で弁護団長を務め、外国籍の人に門戸を開いた。このほか、法廷傍聴人のメモをめぐり「知る権利」が争われた訴訟、法廷外での弁護士仲裁制度の創設などに尽力した。 2008年8月25日、肺炎のため死去。墓所は多磨霊園。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
鹿島 曻(かしま のぼる、1926年 - 2001年4月24… 鹿島 曻(かしま のぼる、1926年 - 2001年4月24日)は、日本の弁護士、在野の歴史家。 1926年に神奈川県横浜市に弁護士を父として生まれる。早稲田大学法学部在学中に司法試験に合格し自身も弁護士になる。弁護士業の傍ら、古代東アジア史、日本史の研究を進めて、独自の史観を展開し、多数の著作を発表した。鹿島の著作の「明治天皇すり替え」説は、インターネットで「田布施システム」と呼ばれる陰謀論のネタ元のひとつである。 出版社「新国民社」を創設し、自著の多くも同社から出版したが、その事業は2007年に、太田龍を代表とする新国民出版社に引き継がれた。 鹿島が展開した独自の史観の例としては以下のようなものがある 鹿島や鬼塚英昭が主張した明治天皇すり替え説の陰謀論は、インターネットで肉付けされ、日本を動かしているのは永田町でも霞が関でもなく、山口県の田舎町の田布施町であるという陰謀論「田布施システム」となった。
新井正男(あらい まさお、1925年10月4日 - 2019… 新井正男(あらい まさお、1925年10月4日 - 2019年1月6日)は、日本の法学者・弁護士。英米法学者。中央大学名誉教授。埼玉県熊谷市出身。 1949年司法試験合格。1950年、中央大学法学部卒業。1950年同大学院法学部助手(指導教授:守屋善輝)。この後、司法修習修了。1955年、同法学部助教授。1962年、中央大学法学部教授。1963年イギリス・ロンドン大学、アメリカ・ミシガン大学ロースクールに研究留学(~1965年)。1967年中央大学通信教育学部部長、1975年同日本比較法研究所長、1985年中央大学附属中学校・高等学校校長を歴任。1996年中央大学定年退職。同名誉教授。弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。
藪 重夫(やぶ しげお、1925年6月30日 - 2008年… 藪 重夫(やぶ しげお、1925年6月30日 - 2008年2月17日)は、日本の法学者・弁護士。北海道大学名誉教授、元学校法人北海学園理事。専門は民法。京都市生まれ。 主に、民法の財産法全般であるが、家族法の一分野である親族法も研究対象としており、実務家からの視点の論稿を幾つも出している。 北海学園大学法学部教授退任後は、後進育成のために、北海学園大学付属図書館に所有図書を寄贈している。
山畠 正男(やまはた まさお、1925年(大正14年)3月8… 山畠 正男(やまはた まさお、1925年(大正14年)3月8日 - 2016年(平成28年)2月24日)は、日本の法学者・弁護士。専門は民法。学位は、法学博士(東北大学)。北海道大学名誉教授。号は「山畠容童」。2002年勲二等瑞宝章受章。中川善之助門下。 略歴は以下のとおり。 この他、札幌家庭裁判所調停委員、北海道地方労働委員会公益委員・同会長、北海道大学評議員、北海道労働協会理事、学校法人札幌学院大学理事なども務めた。 専門は家族法。特に養子に関する法律や親族法を研究。「札幌身分法研究会」を創設。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
安藤 巌(安藤 巖、あんどう いわお、1925年1月28日 … 安藤 巌(安藤 巖、あんどう いわお、1925年1月28日 - 2009年11月11日)は、日本の弁護士、日本共産党員、政治家。衆議院議員(4期)。 愛知県名古屋市出身。1948年に京都大学法学部を卒業後、中部日本新聞社に入り記者となるが、1950年にレッドパージの対象者とされ退社し、日本共産党に入党する。1961年に弁護士を開業、東海労働弁護団代表幹事や総評弁護団代表幹事などを歴任するかたわら、四日市公害や大須事件の弁護団にも加わる。 1976年の衆議院議員選挙に日本共産党公認で旧愛知県第6区から立候補し初当選を果たし、1990年の落選まで衆議院議員を通算4期務めた。議員在職中は法務、決算の各委員のほか、共産党愛知県副委員長などを歴任した。
並木 俊守(なみき としもり、1925年 1月13日- )は… 並木 俊守(なみき としもり、1925年 1月13日- )は、日本の法学者、弁護士、公認会計士。専攻は商法。日本大学教授、警視庁刑事部顧問等を歴任。 陸軍中央幼年学校を経て、陸軍士官学校卒業。賜銀時計。1949年東京商科大学(現一橋大学)卒業。大学在学中は陸上競技部に所属し、関東学生陸上競技対校選手権大会においてハンマー投で優勝した。田中誠二に師事。東京経済大学講師、日本大学教授、一橋大学非常勤講師、警視庁刑事部顧問等を歴任。 商法研究者や弁護士として著名であったが、顧問先であった加商株買取の相手方会社から1億円を超える謝礼を受けたことが、弁護士法に違反すると指摘された。これを受け自ら弁護士を登録抹消したため、弁護士会からの懲戒処分は受けなかった。
白羽 祐三(しらは ゆうぞう、1925年-2005年)は、日… 白羽 祐三(しらは ゆうぞう、1925年-2005年)は、日本の法学者・弁護士。専門は民法。学位は、法学博士(中央大学・1983年)(学位論文「現代契約法の理論」)。中央大学名誉教授。静岡県出身。 1948年司法試験合格。1950年中央大学法学部卒業。同法学部助手。1955年同法学部助教授。1962年同法学部教授。1965年ドイツ・アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルクに留学。1968年中央大学法学部長(~1973年)。1968年中央大学大学院法学研究科委員長(~1969年)。1969年中央大学評議員(~1992年)。1972年学校法人中央大学理事(~1973年)。1972年中央大学大学院法学研究科委員長(~1973年)。
中尾 英俊(なかお ひでとし、1924年9月10日- 201… 中尾 英俊(なかお ひでとし、1924年9月10日- 2014年12月21日)は、日本の法学者で、弁護士。西南学院大学名誉教授。湘潭大学名誉教授。法学博士(九州大学、1962年)。2001年勲三等瑞宝章受章。 東京市(東京都)生まれ福岡県育ち。父の勤務の都合で、主に東京と郷里福岡で幼少年時代を過ごす。東京府立第八中学校(現・東京都立小山台高等学校)卒業後、1943年4月東京商科大学商学専門部(現一橋大学)に入学する。翌年8月東京商科大学商学専門部在学のまま海軍予備生徒、1945年6月海軍少尉候補生を命ぜられ、特殊潜航艇蛟龍艇長として訓練を受け、出撃待機中に終戦を迎える。同年9月少尉任官、復員。郷里の福岡に帰り約1年間実家にて農業に従事する。
木崎 良平(きざき りょうへい、1924年7月25日 - 2… 木崎 良平(きざき りょうへい、1924年7月25日 - 2005年8月15日)は、日本の弁護士。最高裁判所判事。 兵庫県神戸市出身。戦前に在学中に高等文官試験司法科に合格し、学徒動員で満洲に行くも、病気となり療養所で敗戦。ソ連に抑留されたが脱走して、苦労を重ねながら日本に帰還した。京都大学法学部卒業後の1951年に弁護士登録。大阪弁護士会会長、日弁連副会長、法制審議会委員などを歴任した。 1990年9月に最高裁判事に就任。1990年衆院選を一票の格差訴訟で「違憲状態」としつつ有効とした大法廷判決に対し、「2倍以上で違憲状態、1年以内に定数が是正されなければ選挙を無効にするべき」とする反対意見を述べた。
金 命潤(キム・ミョンユン、朝鮮語: 김명윤、1924年5月… 金 命潤(キム・ミョンユン、朝鮮語: 김명윤、1924年5月3日 - 2016年2月1日)は、大韓民国の検察官、弁護士、政治家。第5・9・15代韓国国会議員。 本貫は義城金氏(朝鮮語版)。仏教徒。元国会議員の金光俊は兄、呉俊碩は妹の夫。元韓国住宅金融公社社長の金璟浩は息子、元大韓医師協会会長の秋武辰は娘婿。また、元公報処次官・青瓦台政務首席秘書官の李源宗のおばの夫である。 日本統治時代の江原道(現・慶尚北道)蔚珍郡平海邑出身。1943年中央大学予科卒。1944年満洲国高等考試司法科合格、1945年朝鮮弁護士試験合格。1946年京城帝国大学法文学部(現・ソウル大学校法科大学)卒。司法要員養成所修了。
真喜屋 実男(まきや さねお、1924年4月1日 - 198… 真喜屋 実男(まきや さねお、1924年4月1日 - 1980年3月9日)は、日本の経営者、弁護士。沖縄電力社長を務めた。沖縄県出身。 1951年に東京大学法学法律学科を卒業。1953年6月に琉球巡回裁判所判事に就任し、1954年1月に琉球検察庁検事、1955年1月に琉球政府法務局長、1959年1月に琉球上訴裁判所判事、1970年6月に琉球銀行取締役を経て、1972年10月に琉球生命保険社長に就任。1977年6月には沖縄電力社長に就任。 1980年3月9日脳内出血のために在任中に死去。55歳没。
左藤 恵(左藤 惠、さとう めぐむ、1924年2月28日 -… 左藤 恵(左藤 惠、さとう めぐむ、1924年2月28日 - 2021年1月9日)は、日本の政治家、弁護士(大阪弁護士会所属)。位階は正三位。 衆議院議員(10期)、国土庁長官、郵政大臣、法務大臣を歴任した。 大阪府大阪市出身。旧制大阪府立住吉中学校(現:大阪府立住吉高等学校)卒業。旧制高知高等学校を経て、1945年9月京都帝国大学法学部卒業。同年10月、逓信院入省。郵政省に所属し、大臣官房文書課長補佐、外務省出向(ジュネーブ領事)、貯金局国際業務部長、電波監理局放送部長、松山郵政局長などを歴任。 1969年、大阪府知事であった父・左藤義詮の在任中に旧大阪6区から自民党公認で立候補し初当選。衆議院議員連続当選10回(当選同期に小沢一郎・羽田孜・梶山静六・奥田敬和・渡部恒三・綿貫民輔・塩崎潤・森喜朗・村田敬次郎・松永光・江藤隆美・中山正暉・浜田幸一など)。