山崎 元一(やまざき げんいち、1935年(昭和10年)7月… 山崎 元一(やまざき げんいち、1935年(昭和10年)7月15日 - 2015年(平成27年)1月23日)は、日本の歴史学者、國學院大學名誉教授。専攻は古代インド史。 古代インド研究のほか、近現代のカースト制度やアンベードカルに関する研究も行った。 1935年、長野県諏訪郡上諏訪町(現・諏訪市)生まれ。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1959年東京大学文学部を卒業。東洋文庫付属ユネスコ東アジア文化センター研究員をへて、國學院大學助教授、教授となる。2006年に定年退職し、名誉教授となる。東洋文庫専任研究員。 1991年「古代インド社会の研究―社会の構造と庶民・下層民」を提出して東京大学で文学博士号を取得。
佐々木 隆爾(ささき りゅうじ、1935年7月5日 - 20… 佐々木 隆爾(ささき りゅうじ、1935年7月5日 - 2025年4月2日)は、日本の歴史学者、東京都立大学名誉教授。専攻、日本近現代史。近現代国際関係史、近現代日本の地域支配構造、部落問題などを論じた。『季論21』の編集委員を務めた。 滋賀県高島郡出身。1958年京都大学文学部史学科卒、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。静岡大学助教授、東京都立大学助教授、1991年「日本戦後史とアメリカのアジア政策」で文学博士。都立大学教授、2001年定年退官、名誉教授、日本大学教授。2005年退職。
梶村 秀樹(かじむら ひでき、1935年(昭和10年)7月4… 梶村 秀樹(かじむら ひでき、1935年(昭和10年)7月4日 - 1989年(平成元年)5月29日)は、日本の歴史学者。元神奈川大学経済学部教授。専攻は朝鮮近現代史。東京出身。 戦時司法特別法 (1943年)の著者の1人である梶村敏樹は実父。なお、母方の曽祖父は大久保春野である。 1959年東京大学文学部東洋史学科卒業。1963年同大学院人文科学研究科博士課程退学、以後1969年まで東京大学東洋文化研究所助手。1961年から1979年まで日本朝鮮研究所で研究活動を行う。1973年神奈川大学助教授、1979年同教授。1989年(平成元年)5月29日に癌のため53歳で死去した。 下條正男は、韓国の主張に同調する日本人を「良心的日本人」として韓国の民間団体「独島を日本に知らせる運動連帯」が2013年5月2日中央日報に「朴槿恵大統領に捧げる公開請願」という2面の「極右学者」を非難する意見広告を掲載した際、「日本にも正しい学者が多数いる」として「良心的日本人」の一人に梶村を挙げたと述べている。
坂井 榮八郎(さかい えいはちろう、1935年5月19日 -… 坂井 榮八郎(さかい えいはちろう、1935年5月19日 - )は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は西洋近代史、ドイツ史。 千葉県生まれ。1955年武蔵中学校・高等学校卒業、1959年東京大学文学部西洋史学科卒業、1962年-65年西ドイツのマールブルク大学に留学。67年東京大学教養学部助教授(ドイツ語)、教授、85年定年退官、名誉教授、聖心女子大学教授。
坂井 榮八郎(さかい えいはちろう、1935年5月19日 -… 坂井 榮八郎(さかい えいはちろう、1935年5月19日 - )は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は西洋近代史、ドイツ史。
太田 勝洪(おおた かつひろ、1935年4月28日 - 20… 太田 勝洪(おおた かつひろ、1935年4月28日 - 2004年3月27日)は、日本の歴史学者、国際政治学者。元法政大学教授。専門は中国史、国際政治学。 1935年に東京都で生まれる。東京都立大学附属高等学校を卒業後、東京大学文学部東洋史学科へ入学した。その後、同大学院国際関係論専門課程博士課程を修了する。1965年に国立国会図書館の調査及び立法考査局外務課へ勤め、現代中国に関する研究を行う。1973年に法政大学法学部政治学科助教授となり、1978年に教授に昇格する。1993~98年に中国研究所理事長として活動した。また、大連外語学院訪問教授、東京女子大学非常勤講師などを務めたほか、逝去時まで日本現代中国学会理事であった。
清水 廣一郎(しみず こういちろう、1935年4月2日- 1… 清水 廣一郎(しみず こういちろう、1935年4月2日- 1988年4月29日)は、日本の歴史学者、イタリア史研究者。専攻はイタリア中世社会経済史。元一橋大学経済学部教授。サントリー学芸賞受賞。 東京府生まれ。東京外国語大学外国語学部イタリア語科卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。増田四郎門下。東京教育大学文学部講師、同助教授、広島大学総合科学部助教授、同教授、東京都立大学人文学部教授。1982年『中世イタリア商人の世界』でサントリー学芸賞受賞。その後一橋大学経済学部教授。在職中に死去し正五位。 『中世イタリア商人の世界』では、ジョヴァンニ・ヴィッラーニの生涯とその著書『新年代記』(en:Nuova Cronica)を通し、イタリア商人たちの世界を論じた。
池井 優(いけい まさる、1935年1月25日 - )は、日… 池井 優(いけい まさる、1935年1月25日 - )は、日本の歴史学者。慶應義塾大学名誉教授。専門は日本外交史、極東国際関係史。国会議員の和田政宗やアナウンサーの大澤広樹は教え子。 東京都生まれ。東京都立青山高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科、同大学院修士課程修了。同大助手・講師・助教授を経て慶應義塾大学法学部教授。1994年1月、博士論文「日本外交の現代史的展開」により慶應義塾大学より博士(法学)の学位を授与された。 この間にコロンビア大学客席研究員(1964年-1965年)、同客員准教授(1973-1974年)、在香港総領事館特別研究員(1968-1969年)、ミシガン大学客員教授(1981年-1982年)などを務め、また2006年には慶應義塾大学創立150周年記念の一環として行われた「復活!慶應義塾の名講義」に登場するなど、慶應義塾大学を退官後も同大を代表する関係者の一人として活動している。
芝原 拓自(しばはら たくじ、1935年1月10日 - 20… 芝原 拓自(しばはら たくじ、1935年1月10日 - 2024年1月11日)は、日本の歴史学者、大阪大学名誉教授。 大分県宇佐市出身。1958年京都大学文学部国史学科卒。1963年同大学院博士課程満期退学、1968年「明治維新の権力基盤」で京大文学博士。日本福祉大学講師、1969年名古屋市立大学助教授、1973年教授、1989年大阪大学文学部教授。1999年定年退官、名誉教授、岐阜聖徳学園大学教授。 1982年「日本近代化の世界史的位置」で日経・経済図書文化賞受賞。世界史の視点で明治維新、日本の近代化を研究した。 2024年1月11日、老衰のため死去。89歳没。
丹生谷 哲一(にうのや てついち、1935年 - )は、日本… 丹生谷 哲一(にうのや てついち、1935年 - )は、日本の歴史学者、大阪教育大学名誉教授。日本中世史専攻。 昭和10年(1935年)愛媛県八幡浜市生まれ。昭和33年(1958年)京都大学文学部史学科を卒業。その後、雲雀丘学園高校教諭、大阪教育大学教授を歴任、平成11年(1999年)定年を迎えて退任する。名誉教授の称号を授与。神戸女子大学教授。平成7年(1995年)著書の「日本中世の身分と社会」を出版した事で京大(京都大学)の文学博士となる。『検非違使』は中世(日本史の中世史)ブームの中で話題となった。
村岡 健次(むらおか けんじ、1935年 - )は、日本の歴… 村岡 健次(むらおか けんじ、1935年 - )は、日本の歴史学者。和歌山大学・甲南大学名誉教授。専門はイギリス近代史。文学博士(京都大学)。 神奈川県出身。1959年京都大学文学部史学科卒業。1964年京都大学大学院文学研究科博士課程修了。和歌山大学教授、甲南大学教授、大手前大学教授を歴任。1987年 京都大学 文学博士 博士論文は「ヴィクトリア時代の政治と社会 」。
石原 保徳(いしはら やすのり、1935年 - 2011年)… 石原 保徳(いしはら やすのり、1935年 - 2011年)は、日本の歴史学者。 岡山県岡山市生まれ。1961年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。高島善哉の指導を受けた。大学院修了後、出版社岩波書店に編集者として勤務。95年定年退職。和光大学非常勤講師を務めた。コンキスタドールによるアメリカ大陸の征服をもっぱら研究した。1992年に前立腺がんの摘出手術を受けて以降も、闘病生活が続き、2011年死去。 岩波書店の編集者として『大航海時代叢書』第2期(1979年 - 1992年)の企画・編集に携わり、さらに、編集者生活の総決算として『アンソロジー新世界の挑戦』(1992年 - 1995年)を企画した。
圭室 文雄(たまむろ ふみお、1935年 - )は、日本の歴… 圭室 文雄(たまむろ ふみお、1935年 - )は、日本の歴史学者、明治大学名誉教授。専門は近世宗教史。神奈川県地方史も手がける。 神奈川県生まれ。父は歴史学者で僧侶の圭室諦成。1959年、國學院大學文学部史学科卒業。1965年明治大学大学院文学研究科博士後期課程日本史学専攻単位取得退学。明治大学商学部助手、専任講師、助教授、教授、2006年定年、名誉教授。学校法人大乗淑徳学園理事。2012年淑徳大学国際コミュニケーション歴史文化コース客員教授。2014年人文学部歴史学科客員教授。
片倉 比佐子(かたくら ひさこ、1935年(昭和10年) -… 片倉 比佐子(かたくら ひさこ、1935年(昭和10年) - )は、日本の歴史学者。 東京府東京市滝野川区生まれ。1959年東京都立大学 (1949-2011)大学院人文科学研究科修士課程修了。東京都政史料館・東京都公文書館にて『東京市史稿』市街篇・産業篇の編集に従事。NHK学園講師。
宮田節子(みやた せつこ、1935年 - 2023年9月27… 宮田節子(みやた せつこ、1935年 - 2023年9月27日)は、日本の歴史学者。専門は朝鮮史。元早稲田大学講師。学習院大学客員研究員。本名は大西節子(おおにし せつこ)。 千葉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院文学研究科博士課程修了。 1959年の朝鮮史研究会の創設に関わる。のちに会長。2011年に韓国日本学会の学術賞受賞。 2023年9月27日、老衰で死去。87歳没。葬儀は10月4日に行った。
片桐 一男(かたぎり かずお、1934年12月26日- )は… 片桐 一男(かたぎり かずお、1934年12月26日- )は、日本の歴史学者。青山学院大学名誉教授。専攻は、蘭学史・洋学史・日蘭文化交渉史。 1934年、新潟県生まれ。1953年、新潟県立与板高等学校を卒業。1961年、法政大学文学部研究助手。1967年、法政大学大学院人文科学研究科(日本史学専攻)博士課程単位取得退学。 1968年、文部省職員となる。1977年、青山学院大学文学部助教授、1981年、同教授。1983年、学位論文『阿蘭陀通詞の研究』を青山学院大学に提出して文学博士の学位を取得。2003年に青山学院大学を定年退職、名誉教授。その後は、公益財団法人東洋文庫研究員。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
北島 万次(きたしま まんじ、1934年12月23日(戸籍上… 北島 万次(きたしま まんじ、1934年12月23日(戸籍上は1935年1月3日) - 2018年5月14日)は、日本の歴史学者。専攻は日本中近世対外関係史。 愛知県名古屋市生まれ。1957年早稲田大学文学部史学科卒業。1959年東京都立大学 (1949-2011)大学院人文科学科日本史修士課程修了。1991年「豊臣政権の対外認識と朝鮮侵略」で早稲田大学より文学博士の学位を取得。高崎経済大学助教授、教授、共立女子大学国際文化学部教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
飛鳥井 雅道(あすかい まさみち、1934年(昭和9年)11… 飛鳥井 雅道(あすかい まさみち、1934年(昭和9年)11月26日 - 2000年(平成12年)8月31日 )は、日本の歴史学者。京都大学名誉教授。専門は日本近代史・文化史。弟の飛鳥井雅慶は橿原神宮宮司。長男の飛鳥井雅友(1962年- )はドイツ文学者。
原 秀三郎(はら ひでさぶろう、1934年10月26日- )… 原 秀三郎(はら ひでさぶろう、1934年10月26日- )は、日本の歴史学者。静岡大学名誉教授。日本古代史専攻。 1934年、静岡県下田市に生まれた。 1953年3月、静岡県立下田北高等学校を卒業。静岡大学文理学部史学専攻で学び、内藤晃に考古学や日本史を学んだ。1958年3月、同大学を卒業。京都大学大学院文学研究科に進み、岸俊男に師事。1965年3月に博士課程国史学専攻を満期退学した。 その後は奈良国立文化財研究所に研究員として勤務。1989年、学位論文『日本古代国家史研究』を京都大学に提出して文学博士号を取得。静岡大学人文学部助教授となり、後に教授昇格。1998年に静岡大学を退官し、名誉教授となった。
勝俣 鎮夫(かつまた しずお、1934年9月29日 - 20… 勝俣 鎮夫(かつまた しずお、1934年9月29日 - 2023年9月13日)は、日本の歴史学者・日本中世史学者。東京大学名誉教授、静岡文化芸術大学名誉教授。東京生まれ。 勝俣久作の三男。中世期の農民、低い身分の民衆の生活実態を解明し、史学の研究対象を拡大した。「商返し」等の中世の法的習慣の内容と成立の過程を検証した。指導教官の佐藤進一より厳密な史料研究を受け、フランス・アナール学派の業績を批判的に検討し、日本の史学における中世期研究の方法を比較研究の手法を用いて再構築した。石井進、網野善彦、笠松宏至と共著がある。 1997年『戦国時代論』で角川源義賞受賞。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
鈴木 良(すずき りょう、1934年9月25日 - 2015… 鈴木 良(すずき りょう、1934年9月25日 - 2015年2月16日)は、日本の歴史学者。専門は日本近代史・部落問題など。立命館大学教授、部落問題研究所理事、国民融合をめざす部落問題全国会議代表などを務めた。主な著書に『近代日本部落問題研究序説』、『水平社創立の研究』がある。 1934年、神奈川県川崎市に生まれる。1945年の敗戦時に国民学校5年生、1947年の新制中学校の発足の時に中学校1年生であった。明治学院中学校、神奈川県立川崎高等学校を経て、1953年に京都大学文学部に入学する。同級生には、石躍胤央(のち徳島大学教授)、大山喬平(のち京都大学教授)、河音能平(のち大阪市立大学教授)、芝原拓自(のち大阪大学教授)、中野玄三(のち嵯峨美術短期大学教授)、ひろたまさき(のち大阪大学教授)、安丸良夫(のち一橋大学教授)らがいた。
大久保 利泰(おおくぼ としひろ、1934年(昭和9年)9月… 大久保 利泰(おおくぼ としひろ、1934年(昭和9年)9月17日 - )は、日本の歴史学者。 大久保利謙の長男。大久保利通、近藤廉平の曾孫。医師・大久保利晃は従弟。 東京府生まれ。利通以降の大久保家5代当主(曾祖父・利通→大伯父・利和→祖父・利武→父・利謙→利泰)。慶應義塾大学文学部・経済学部卒業。1960年(昭和35年)から1994年(平成6年)まで横浜ゴム株式会社勤務。定年退職後、1997年(平成9年)から社団法人霞会館理事、常務理事。2013年(平成25年)から霞会館顧問。
後藤 重巳(ごとう しげみ、1934年(昭和9年)9月7日 … 後藤 重巳(ごとう しげみ、1934年(昭和9年)9月7日 - 2014年(平成26年)4月23日)は、大分県直入郡入田村(現・竹田市)出身の歴史学者(日本近世史)。別府大学名誉教授。位階は正五位。大分県の近世史研究における第一人者とされる。 1934年(昭和9年)9月7日、大分県直入郡入田村(現・竹田市)に生まれた。父は入田村長を務めた後藤千代巳、母はハツ子。 1953年(昭和28年)3月に大分県立竹田高等学校を卒業し、1957年(昭和32年)3月に國學院大學史学科を卒業した。1961年(昭和36年)には別府大学助手と別府大学附属高等学校(現・明豊中学校・高等学校)教諭に就任した。その後別府大学文学部教授に就任し、史学科と文化財学科で教鞭を取った。
武田 幸男(たけだ ゆきお、1934年8月18日[要出典] … 武田 幸男(たけだ ゆきお、1934年8月18日[要出典] - 2021年8月4日)は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。文学博士。東方学会評議員・東洋文庫研究員・朝鮮学会幹事・史学会会員。専門は朝鮮史、東アジア交渉史。山形県上山市出身。 専攻は朝鮮史(おもに朝鮮古代、高句麗史、古代日朝関係史)。末松保和の研究を継承。広開土王碑の研究で知られ、数多くの拓本を収集。その分析から1970年代に李進熙らの提唱した広開土王碑についての仮説(好太王碑改竄説)や解釈がすべて成り立たないことを論証した学者である。また中国正史に見られる「倭の五王」遣使記事を検討し、当時の倭国の大王が中国王朝に対して「倭」という姓を名乗っていたことを指摘し、古田武彦らの九州王朝説を批判した。
許 世楷(きょ せかい、Khó͘ Sè-khái、コー・セカ… 許 世楷(きょ せかい、Khó͘ Sè-khái、コー・セカイ、1934年7月7日 - )は、台湾の政治学者、歴史学者。津田塾大学名誉教授。台北駐日経済文化代表処代表(駐日代表、駐日大使に相当、2004年〜2008年)、台湾建国党主席(1997年〜1998年)、台湾独立建国連盟総本部主席(1987年〜1991年)を務めた。台湾独立運動の中心的人物の一人。 郷紳階級出身。父親の許乃邦は京都帝国大学法学部、東京帝国大学経済学部で学んだ法律家、母親は東京女子医学専門学校卒の医師。祖父の許嘉種は台湾文化協会調査部長時代に台湾議会設置運動を行い、日本警察に逮捕拘留されたことがある。伯父の許乃昌は陳独秀の推薦をうけソビエト連邦モスクワ中山大学で学んだ左派の政治運動家。
安丸 良夫(やすまる よしお、1934年〈昭和9年〉6月2日… 安丸 良夫(やすまる よしお、1934年〈昭和9年〉6月2日 - 2016年〈平成28年〉4月4日)は、日本の歴史学者。専門は近世・近代の日本思想史、宗教史。一橋大学名誉教授。 1934年6月2日、富山県東礪波郡高瀬村(現:南砺市)に生まれる。高瀬小学校(現:南砺市立井波小学校)、井波中学校、富山県立福野高等学校を経て、1957年に京都大学文学部史学科を卒業(国史学専攻)、1959年に京都大学大学院文学研究科修士課程修了(国史学専攻)。1962年、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学(国史学専攻)。 同年、名城大学法商学部に専任講師として赴任し、1966年に同大学助教授。1970年、一橋大学社会学部助教授に転じ、1977年に教授となる。
北原 進(きたはら すすむ、1934年5月29日 - )は、… 北原 進(きたはら すすむ、1934年5月29日 - )は、日本の歴史学者、立正大学名誉教授。近世民衆史が専門。 東京市杉並区生まれ。東京大学教育学部付属高校、立正大学経済学部卒、1961年同大学院修士課程修了、同経済学部助手。立正大学助教授、教授。2005年、定年退任、名誉教授。江戸東京博物館都市歴史研究室長を務めた。 日本歴史学協会会員で、家永三郎の教科書検定訴訟の支持者。
笠井 昌昭(かさい まさあき、1934年5月21日 - 20… 笠井 昌昭(かさい まさあき、1934年5月21日 - 2013年3月9日)は、日本の歴史学者。同志社大学名誉教授。専門は日本文化史。 1934年、山梨県都留市で生まれた。1953年、同志社大学文学部文化学科に入学し、石田一良の下で学んだ。1957年に卒業し、同大学大学院文学研究科に進んだ。1967年に博士課程を退学。 1962年、同志社大学文学部助手に採用された。1964年に講師、1967年に助教授に昇格。1970年、学位論文『信貴山縁起絵巻の研究』を同志社大学に提出して 文学博士号を取得。1972年、同志社大学文学部教授に昇格。2005年に同志社大学を退職して名誉教授となった。 専門は日本文化史。
赤澤 計眞(あかざわ かずま、1934年5月5日 - 201… 赤澤 計眞(あかざわ かずま、1934年5月5日 - 2012年5月14日)は、日本の歴史学者。専門はイギリス中世史。 新潟県十日町(現十日町市)に生まれる。実家は「的新」という老舗の仕出屋であった。1938年1月1日に発生した十日町映画館崩壊事故で九死に一生を得た。十日町高校から東京大学文学部へ進学し、1961年には西洋史学科を卒業、さらに1963年には同言語学科を卒業し大学院へ進んだ。西洋中世史を堀米庸三に学びながら、経済史の演習にも参加し、大塚久雄・松田智雄・岡田与好らに信頼されていた。 1972年4月、学生紛争の余波の残る新潟大学に着任し、人文学部史学科西洋史専攻の助教授となった。翌月に同学部は新潟市西大畑町から五十嵐二の町へ移転している。
服部 春彦(はっとり はるひこ、1934年4月30日 - )… 服部 春彦(はっとり はるひこ、1934年4月30日 - )は、日本の歴史学者。専攻はフランス近代史。京都大学名誉教授。 京都府出身。京都大学文学部史学科卒業。1970年、同大学大学院文学研究科博士課程を修了し、「フランス産業革命論」により文学博士の学位を取得。名古屋大学文学部助教授を経て、1975年に京都大学文学部助教授に就任し、のちに教授。1993年に定年退官。その後、京都橘女子大学文学部教授を務め、現在は京都大学名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
神立 春樹(かんだつはるき、1934年4月12日 -2025… 神立 春樹(かんだつはるき、1934年4月12日 -2025年2月9日 )は日本の歴史学者。専門は近代日本経済史、近世農村・農書研究。農学博士、博士(学術)、博士(文学)。岡山大学名誉教授。二松学舎名誉舍友。瑞宝中綬章受章。 東京都生れ。父親の仕事により、南洋群島パラオ・アンガウル、朝鮮咸興などの海外を含め一家各地を転々、長野県小諸高等学校入学・二松学舎大学附属高等学校卒、東京教育大学農学部卒業・農学士、東京大学大学院社会科学研究科農業経済学専攻修士課程修了・農学修士、同農学系研究科農業経済学専攻博士課程修了・農学博士。博士学位論文「近代農村工業史の基礎過程」、指導教授東京大学古島敏雄。 大学院在学中1966年白梅学園短期大学講師、助教授の後、1970年岡山大学法文学部助教授、1977年教授、1992年経済学部長・大学院経済学研究科長、1995年大学院博士課程文化科学研究科長、1998年附属図書館長歴任。
村田 安穂(むらた やすお、1934年4月1日 - 2020… 村田 安穂(むらた やすお、1934年4月1日 - 2020年9月9日)は、日本の歴史学者。専門は日本近代史。早稲田大学名誉教授。 1934年、埼玉県熊谷市生まれ。1971年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程史学専攻単位取得退学。早稲田大学教育学部教授。2003年、名誉教授。2020年9月9日死去。86歳没。 明治時代初期の神仏分離や廃仏毀釈の地方における動向を『皇告地誌』などから分析し、明らかとした。
脇田 晴子(わきた はるこ、1934年3月9日 - 2016… 脇田 晴子(わきた はるこ、1934年3月9日 - 2016年9月27日 )は、日本の歴史学者。滋賀県立大学名誉教授。文学博士(京都大学、1969年)(学位論文「中世商工業座の構造」)。兵庫県西宮市生まれ。父は俳人の麻野恵三(微笑子)、夫は歴史学者の脇田修。子は経済学者の脇田成。
浅香 年木(あさか としき、1934年3月6日 - 1987… 浅香 年木(あさか としき、1934年3月6日 - 1987年4月25日)は、日本の歴史学者。 金沢市生まれ。1956年、金沢大学法文学部卒業。 高校教師を経て、1965年に国立石川工業高等専門学校講師、1971年に助教授、1980年に教授。1987年金沢女子大学教授。 日本古代・中世の手工業史と北陸地域史研究を専門とした。 1979年に「北陸古代史の研究」により、明治大学から文学博士の学位を授与される。
黒羽 清隆(くろは きよたか、1934年(昭和9年)2月25… 黒羽 清隆(くろは きよたか、1934年(昭和9年)2月25日 - 1987年(昭和62年)6月19日)は、日本の歴史学者・教育者。静岡大学教育学部教授。東京都杉並区出身。 歴史教育や日中戦争・太平洋戦争についての著作がある。教科書の自由発行、自由選択を支持し、家永教科書裁判当事者を支援した。 東京教育大学文学部史学科卒業。 中学教諭として新宿区立東戸山中学校、同四谷第一中学校で教鞭をとった後[要出典]、東京都立大学附属高等学校・東京学芸大学教育学部附属高等学校教諭となる。この間、和歌森の後任として1969年から10年間、NHK通信高校テレビ講座で日本史を担当した。 1975年から1977年まで東京学芸大学・中央大学の非常勤講師を併任、1979年に静岡大学教育学部助教授となる。
二村 一夫(にむら かずお、1934年2月 - )は、日本の… 二村 一夫(にむら かずお、1934年2月 - )は、日本の歴史学者。専門は、労働史。法政大学名誉教授、法政大学大原社会問題研究所名誉研究員。 長野県松本市出身。長野県諏訪清陵高等学校、東京都立大泉高等学校を経て、1956年東京大学文学部国史学科卒業。1958年法政大学大学院社会科学研究科修士課程修了、同大学法学部助手。1960年東邦大学一般教養科専任講師。1963年同大学助教授。1966年法政大学大原社会問題研究所兼任研究員。1967年同研究所専任研究員。1973年法政大学教授。1976年ウォーリック大学社会史研究センター訪問研究員。1977年ハーバード大学、ミシガン大学、カリフォルニア大学バークレー校各日本研究所訪問研究員。
三宅 正樹(みやけ まさき、1934年1月23日 - )は、… 三宅 正樹(みやけ まさき、1934年1月23日 - )は、日本の歴史学者、明治大学名誉教授。専攻は、国際政治史、日独関係史、歴史理論。1985年9月から1995年8月まで国際歴史学会本部事務局理事。父は京都大学教授・日本哲学会会長を務めた哲学者の三宅剛一。 1934年、宮城県仙台市で生まれた。京都大学文学部史学科西洋史学専攻で学び、1956年に卒業。同大学大学院文学研究科西洋史学専攻に進み、1958年に修士課程修了。1961年に博士課程を単位修得退学した。 修了後は、国立国会図書館調査立法考査局政治行政課に勤務。1962年、オーストリア政府文部省奨学生としてウィーン大学史学科(1962~1964年)に留学。
鳥海 靖(とりうみ やすし、1934年1月21日 - 202… 鳥海 靖(とりうみ やすし、1934年1月21日 - 2020年2月29日)は、日本の歴史学者・日本近現代史研究者。東京大学名誉教授。立憲政治体制や歴史の相互理解を研究する。 東京市目黒区出身。東京都立大学附属高等学校卒、1958年東京大学文学部国史学科卒業。1961年同大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程中退し、同年東京大学教養学部助手、1964年専任講師、1967年助教授、1982年同教授となる。1994年に定年退官し、名誉教授、中央大学教授。2004年定年退職。2007年、第2期日韓歴史共同研究委員会・日本側委員長。NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」では監修(脚本諮問委員)を務めた。
田崎 哲郎(たさき てつろう、1934年 -2024年)は、… 田崎 哲郎(たさき てつろう、1934年 -2024年)は、日本の歴史学者、愛知大学名誉教授。日本近世史専攻。鹿児島県生まれ。東京大学文学部卒。愛知大学文学部助教授、教授。2005年定年、名誉教授。
安仁屋 政昭 (あにや まさあき、1934年 - )は、沖縄… 安仁屋 政昭 (あにや まさあき、1934年 - )は、沖縄県出身の歴史学者、専攻は日本近現代史。沖縄国際大学名誉教授。沖縄平和ネットワーク代表。歴史科学者協議会、日本科学者会議会員。
富永 幸生(とみなが ゆきお、1933年12月25日 - 1… 富永 幸生(とみなが ゆきお、1933年12月25日 - 1977年3月2日)は、日本の歴史学者。専門はドイツ現代史、独ソ関係史。 長崎県生まれ。東京大学文学部西洋史学科卒業。東京大学大学院社会科学研究科(国際関係論専攻)およびジョンズ・ホプキンス大学大学院で学ぶ。東京大学教養学部助手を経て、1968年から青山学院大学文学部教授。
野田 宣雄(のだ のぶお、1933年12月4日 - 2020… 野田 宣雄(のだ のぶお、1933年12月4日 - 2020年12月29日)は、日本の政治学者・歴史学者。専門はドイツ政治史。京都大学名誉教授。 1933年、岡山県岡山市で生まれた。京都大学文学部西洋史学科で学び、会田雄次の指導を受けた。卒業後は、同大学院に進んだ。博士課程を中退し、ベルリン自由大学に留学。 帰国後、京都大学助手に採用された。後に京都大学教養部助教授となり、教授昇格。後に京都大学法学部教授に配置換え。1990年、学位論文『教養市民層からナチズムへ:比較宗教社会史のこころみ』を京都大学に提出して文学博士の学位を取得。大学外では、保守派評論家として論壇誌に寄稿し、また対談者として積極的に活動した。
小泉 和子(こいずみ かずこ、1933年11月19日 - )… 小泉 和子(こいずみ かずこ、1933年11月19日 - )は、日本の民俗学者・歴史学者・生活史研究家。小泉和子生活史研究所代表。昭和のくらし博物館館長。NPO法人昭和のくらし博物館理事長。家具道具室内史学会会長。重要文化財熊谷家住宅館長。 父の小泉孝(1901 - 1982)は建築技師で、自ら設計施工した自宅が、登録有形文化財になり、昭和のくらし博物館(東京都大田区)として公開されている。日本社会党の衆議院議員を務めた野間千代三は母方の叔父である。 東京生まれ。女子美術大学で洋画をまなび、卒業後家具製作会社に入社。1970年東京大学工学部建築学科の研究生となり、日本家具・室内意匠史を研究。1971年生活史研究所を設立。
竹内 誠(たけうち まこと、1933年10月29日 - 20… 竹内 誠(たけうち まこと、1933年10月29日 - 2020年9月6日)は、日本の歴史学者・江戸時代学者、徳川林政史研究所名誉所長、江戸東京博物館名誉館長、東京学芸大学名誉教授。 1933年、東京府東京市日本橋区(現在の東京都中央区)で生まれた。東京教育大学(現・筑波大学)文学部日本史学専攻に進学し、西山松之助に師事した。1957年に卒業。同大学大学院文学研究科に進み、1963年に博士課程を単位取得満期退学。 その後は、徳川林政史研究所に主任研究員として勤務。その後信州大学助教授に転じ、1970年より東京学芸大学助教授を務めた。1977年に学位論文『寛政改革の研究』を東京教育大学に提出して文学博士号を取得。
藤木 久志(ふじき ひさし、1933年10月27日 - 20… 藤木 久志(ふじき ひさし、1933年10月27日 - 2019年9月28日)は、日本の歴史学者。学位は、文学博士(東北大学)。専門は日本中世史。立教大学名誉教授。 1933年10月27日、新潟県東蒲原郡上川村出身。敗戦後に加茂市へ転居した。1956年、新潟大学人文学部卒業。当初は英語を学ぶことを考えていたが、井上鋭夫による日本史の講義に面白みを感じたため、歴史学の専門課程に進んで師事した。1963年、東北大学大学院文学研究科博士課程修了。その後、アカデミックポストを得るまでは読売新聞社や中央公論社が刊行していた歴史全集の編集に携わった。また、集英社や角川書店ではゴーストライターも担当していた。
狩野 久(かのう ひさし、1933年8月5日 - 2025年… 狩野 久(かのう ひさし、1933年8月5日 - 2025年12月14日)は、日本の歴史学者。元岡山大学教授。奈良文化財研究所名誉研究員。 1933年、北海道斜里町で生まれた。京都大学文学部に進学し、1956年に卒業。同大学大学院文学研究科国史学専攻に進み、1963年に博士課程を単位取得退学した。 1963年、奈良国立文化財研究所に入所。平城京などの発掘調査に携わり、出土した木簡の調査や古代都城史の研究に従事した。1986年、文化庁記念物課主任調査官に転出。1991年、岡山大学文学部史学科教授に就任。1999年に岡山大学を退任後は、京都橘女子大学文学部教授として教鞭をとった。 学界では、1991年から木簡学会会長を務めた。
名畑 崇(なばた たかし、1933年(昭和8年)7月6日 -… 名畑 崇(なばた たかし、1933年(昭和8年)7月6日 - 2020年(令和2年)8月27日)は、日本の歴史学者、大谷大学名誉教授。真宗大谷派養泉寺前住職。真宗大谷派「講師」。専攻は日本仏教史。 岐阜県出身。1956年(昭和31年)大谷大学文学部史学科卒業。1958年(昭和33年)大谷大学大学院文学研究科修士課程仏教文化専攻修了。1961年(昭和36年)大谷大学大学院文学研究科博士課程仏教文化専攻満期退学。 大谷大学助手、専任講師、助教授を経て、1979年(昭和54年)より教授。1992年(平成4年)「『元亨釈書』の研究 」により文学博士取得。1999年(平成11年)定年退職、名誉教授。
川村 秀(かわむら すぐる、1933年6月4日 - )は、日… 川村 秀(かわむら すぐる、1933年6月4日 - )は、日本の歴史学者、翻訳家、通訳。 1933年(昭和8年)6月4日、静岡県沼津市生まれ。東京都立北園高等学校(旧・東京府立第九中学校)を経て、早稲田大学文学部ロシア文学科卒業。ロシア史家。翻訳家。川上貿易、蝶理等のモスクワ駐在員を経て、1990年(平成2年)、積水樹脂とアース・コーポレーションを設立、代表取締役副社長としてモスクワ常駐。その間、ロシア科学アカデミー東洋学研究所と日露文化センターを設立。1994年(平成6年)に退職後は、大学への留学生の交換や研究論文の発表など日露間の学術・文化交流に従事。また、晩年の杉原千畝を直接知る数少ない歴史の証人として、その事績を若い世代に伝えている。
平間 洋一(ひらま よういち、1933年(昭和8年)5月14… 平間 洋一(ひらま よういち、1933年(昭和8年)5月14日 - 2020年(令和2年)3月11日)は、日本の海上自衛官、歴史学者。海上自衛官としての最終階級は海将補。元防衛大学校教授。太平洋学会理事、戦略研究学会理事、呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)委員、横須賀市史編纂委員、特定非営利活動法人岡崎研究所理事、社会福祉法人興寿会理事などを務めた。放送法遵守を求める視聴者の会の賛同者。 神奈川県横須賀市出身。父の平間源之助は海軍軍人で第二次世界大戦後は、公職追放の対象となり、一家は経済的に困窮していたという。一時は社会主義に傾倒するも左派社会党の選挙運動を応援した際に実態を知り転向し、そのことがきっかけとなってコミンテルンの研究を行うようになった。
吉田 孝(よしだ たかし、1933年5月 - )は、日本の歴… 吉田 孝(よしだ たかし、1933年5月 - )は、日本の歴史学者。青山学院大学名誉教授。専門は日本古代史。愛知県出身。