北條 史也(ほうじょう ふみや、1994年7月29日 - )… 北條 史也(ほうじょう ふみや、1994年7月29日 - )は、大阪府堺市南区出身の社会人野球選手、元プロ野球選手(内野手)。 小学校4年から野球を始め、堺市立美木多中学校時代は「オール狭山ボーイズ」に所属していた。中学校の2学年先輩に一二三慎太が、小中高時代のチームメイトに田村龍弘がいた。 光星学院高等学校では1年からベンチ入りを果たす。2年夏には第93回全国高等学校野球選手権大会に出場し、チーム最多タイの8打点を記録し、チームも準優勝した。明治神宮野球大会では打率.455、1本塁打、7打点の活躍で優勝に貢献。神村学園高戦では大会史上初の逆転サヨナラ満塁本塁打を放った。第94回全国高等学校野球選手権大会では、第67回大会の清原和博にあと1と迫る1大会4本塁打を放つなど4番打者として活躍。
髙橋 慎之介(たかはし しんのすけ、1994年7月25日 -… 髙橋 慎之介(たかはし しんのすけ、1994年7月25日 - )は、千葉県千葉市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。プロでは育成選手であった。 高校時代は二塁手。木更津総合高等学校3年時には第94回全国高等学校野球選手権大会に出場し、初戦で敗退したものの相手の大阪桐蔭高校・藤浪晋太郎からヒットを打っている。 高校卒業後はアメリカのハーキマー・カウンティー・コミュニティー大学に入学し、二塁手兼投手として活躍した。 2014年9月、巨人の入団テストに合格し、同年の育成ドラフトで指名されて入団。 2016年10月2日、球団より戦力外通告を受けた。10月31日、自由契約公示された。 最速149km/hのストレートが武器。
相内 誠(あいうち まこと、1994年7月23日 - )は、… 相内 誠(あいうち まこと、1994年7月23日 - )は、千葉県富津市出身(柏市生まれ)の元プロ野球選手。キックボクサー。2014年から2017年の登録名は「誠」(まこと)。現在は主に格闘家として活動。 小学校4年生の時に野球を始め、富津市立天羽中学校は軟式野球部に所属。家庭の事情で中学生時代を児童養護施設で過ごした。 千葉国際高等学校(現:翔凜高等学校)時代は1年生時の夏にベンチ入り。2年生時の夏の甲子園・千葉大会の対千葉県立松戸馬橋高等学校戦では、先頭打者から9連続奪三振を記録。3年生時の春季県大会では5試合40回を投げ47奪三振、防御率0.00だった。同年の第94回全国高等学校野球選手権大会・千葉大会では2試合に救援登板し、1イニングずつを投げ無失点だったが、チームは3回戦で敗退。
田中 正義(たなか せいぎ、1994年7月19日 - )は、… 田中 正義(たなか せいぎ、1994年7月19日 - )は、神奈川県横浜市鶴見区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。 横浜市立上末吉小学校1年生のときに駒岡ジュニアーズで投手として野球を始めた。横浜市立末吉中学校では川崎中央リトルシニアでプレーし、全国大会への出場は無かった。 創価高校では1年夏に背番号1を背負い、工学院大附との5回戦で公式戦初登板となり、6回無失点に抑えた。ただ、早稲田実業との準々決勝では、四球からピンチを招いて適時打を許す投球内容であり、3回途中で降板してチームも敗れた。1年冬に右肩を痛めて野手へ転向し、2年秋にはチームの主将に就任。3年夏は4番・センターを務めた一方、投手としてもスタンバイ。
宗接 唯人(むねつぐ ゆいと、1994年7月6日 - )は、… 宗接 唯人(むねつぐ ゆいと、1994年7月6日 - )は、兵庫県宍粟市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。
樋口 龍之介(ひぐち りゅうのすけ、1994年7月4日 - … 樋口 龍之介(ひぐち りゅうのすけ、1994年7月4日 - )は、神奈川県横浜市出身の野球選手(内野手)。右投右打で、プロ野球2球団(新潟アルビレックスBCと北海道日本ハムファイターズ)でのプレーを経て、2023年からクラブチームの全府中野球倶楽部にコーチ兼任で在籍している。 横浜市立旭小学校在籍時、1年生で「別所ベアーズ」にて野球を始め、6年生時には横浜ベイスターズジュニアのメンバーとしてENEOS CUP 2006に出場。横浜市立寺尾中学校では「中本牧リトルシニア」に在籍して全国大会に3度出場した。 中学卒業後に横浜高校へ進学。硬式野球部で渡辺元智の指導を受けた。1年秋から二塁手として試合に出場し、2年生春夏、3年生春の3度甲子園大会に出場。
山本 大貴(やまもと ひろき、1994年6月27日 - )は… 山本 大貴(やまもと ひろき、1994年6月27日 - )は、兵庫県淡路市出身の元社会人野球選手。 高校通算107本塁打は清宮幸太郎の高校通算111本塁打に抜かれるまで高校通算本塁打歴代最多記録を保持していた。高校通算107本塁打の記録は佐々木麟太郎、清宮に次いで3位の記録である。 兵庫県淡路市出身。淡路市立学習小学校2年生のときから野球を始める。当初は左投げだったが肩を故障したため、右投げに転向している。淡路市立東浦中学校では軟式野球部に所属し、外野手のレギュラーとして2年夏の大会では県ベスト8に入った。 神港学園神港高等学校に進学し、1年生だった2010年は背番号12を着けながらもセンターを守り、主軸を任されていた。
山田 義貴(やまだ よしき、1994年6月26日 - )は、… 山田 義貴(やまだ よしき、1994年6月26日 - )は、沖縄県うるま市出身の社会人野球選手(投手)。 沖縄尚学高校から亜細亜大学に進学。 大学卒業後は社会人野球の西部ガスに入社。社会人野球の日本代表にも選出されている。 この項目は、野球選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ野球選手/P野球)。
高良 一輝(たから かずき、1994年6月25日 - )は、… 高良 一輝(たから かずき、1994年6月25日 - )は、沖縄県豊見城市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。
今井 金太(いまい きんた、1994年6月19日 - )は、… 今井 金太(いまい きんた、1994年6月19日 - )は、広島県広島市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手であった。 小学6年時に、広島東洋カープジュニアチームの一員として第2回NPB12球団ジュニアトーナメントに出場した。 広島市立国泰寺中学校時代は広島ジャガーズに所属。3年夏にNOMOジャパンに選出され、米国遠征を経験した。 広島国際学院高等学校では、1年秋に中国大会ベスト8進出。安来高を5安打13奪三振1失点の完投で、8年ぶりの初戦突破を達成。続く創志学園高戦でも6安打13奪三振2失点完投と好投を披露するも敗戦。3年時の夏は、初戦となる広島県予選2回戦の海田高戦で自己最多となる18奪三振を記録するが、準々決勝で宇佐美塁大擁する県立広島工業高に打ち込まれ12安打8四死球の乱調で8失点完投負けを喫した。
片山 雄哉(かたやま ゆうや、1994年6月18日 - )は… 片山 雄哉(かたやま ゆうや、1994年6月18日 - )は、愛知県安城市出身の元プロ野球選手(捕手)。右投左打。 安城市立桜町小学校3年時に「横山北ソフトボール」に入団しソフトボールを始める。安城市立安城南中学校では軟式野球部へ入部し野球に転向、捕手を務めた。 愛知県立刈谷工業高校時代は全国大会と縁がなく、卒業後は至学館大学短期大学部へ進学。後に至学館大学へ編入する予定であったもののそのまま卒業、在籍2年で野球部を退部し、BCリーグ・福井ミラクルエレファンツへ入団した。背番号は22。 2015年には、捕手兼外野手としてリーグ戦39試合に出場したが、打率.164に終わった。 2016年には、阪神タイガースから派遣された藤井彰人がバッテリーコーチに就任したことを機に捕手へ専念。
木浪 聖也(きなみ せいや、1994年6月15日 - )は、… 木浪 聖也(きなみ せいや、1994年6月15日 - )は、青森県青森市出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。阪神タイガース所属。 青森市立篠田小学校1年時に、軟式野球チームの「安田ヤンヤン少年野球チーム」へ入団し野球を始めると、3年時まで主に二塁手、4年時以降は投手を務めた。青森山田中学校時代は同校の硬式野球部に所属。 青森山田高等学校では1年からベンチ入りし、主に二塁手と三塁手を務めた。甲子園出場はなし。1学年上に山崎晃大朗、同学年に京田陽太、1学年下に西村凌がいる。 亜細亜大学に進学すると、1年春からリーグ戦に出場し、3年春からは主力としてプレー。3年秋と4年春にはリーグ連覇を、1年時と3年時には明治神宮野球大会での優勝を経験した。
田原 啓吾(たはら けいご、1994年6月12日 - )は、… 田原 啓吾(たはら けいご、1994年6月12日 - )は、神奈川県横浜市瀬谷区出身の元プロ野球選手(投手)。 小学2年から野球を始める。瀬谷中時代は、横浜瀬谷ボーイズに所属しエースとしてチームを引っ張った。 幼少期からの憧れであった横浜高に進学すると、1年時の秋からベンチ入りする。2年時の春には、チームが第83回選抜高等学校野球大会に出場するが、自身は疲労から来る左手の神経マヒにより登録を外れた。2年時の夏は、投手だけでなく一塁手や外野手もこなす控えとして復帰し、1学年先輩の近藤健介や乙坂智ら共に第93回全国高等学校野球選手権大会に出場。3回戦の智辯学園高戦で9回表に5番手として登板し、打者1人を抑えた。
森本 龍弥(もりもと たつや、1994年6月12日 - )は… 森本 龍弥(もりもと たつや、1994年6月12日 - )は、兵庫県尼崎市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。血液型はO型。 小学1年時から軟式野球を始めると、中学生時代は大阪府内の硬式野球チームに所属した。 中学校を卒業後に、富山県の高岡第一高校へ進学。在学中は甲子園球場の全国大会と無縁であったが、対外試合で通算33本塁打を記録した。 2012年のNPBドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズから2巡目で指名。契約金5,000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は24。 2013年には、イースタン・リーグ公式戦94試合の出場で、1本塁打、14打点をマーク。規定打席に到達したが、打率は.130で、規定打席に到達した23選手で最も低かった。
佐々木 千隼(ささき ちはや、1994年6月8日 - )は、… 佐々木 千隼(ささき ちはや、1994年6月8日 - )は、東京都日野市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。 小学校2年生から日野イースタンジュニアで野球を始め、ポジションは主に三塁手、6年生からは投手も務めた。日野市立三沢中学校では軟式野球部に所属し、ポジションは投手・三塁手・外野手。都大会ベスト8が最高成績であった。 東京都立日野高等学校では硬式野球部に所属し、1年夏から控え三塁手としてベンチ入り。2年冬には東京都選抜に選出され、3年春からはチームのエースとなった。3年夏の西東京大会では、3回戦で早稲田実業を相手に延長13回221球を投げ抜き、3失点完投勝利。
村田 詩歩(むらた しほ、1994年6月6日 - )は、日本… 村田 詩歩(むらた しほ、1994年6月6日 - )は、日本の元女子プロ野球選手。宮崎県小林市出身。サイドスローの投手。 小学校2年生から野球を始め、中学校まで野球部に所属。高校は小林西高校のソフトボール部に所属し、インターハイに出場。2013年サウス・ディオーネ(2015年より兵庫ディオーネに組織変更)に所属する。同年12月5日、右野球肘(後方障害)のために鏡視下肘頭部分切除術を受けるが、翌シーズンの2014年4月18日に、右肘手術後初登板。2014年5月3日、フローラ戦でプロ初勝利。2016年シーズンを最後に引退。
水野 滉也(みずの こうや、1994年6月1日 - )は、北… 水野 滉也(みずの こうや、1994年6月1日 - )は、北海道出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)、企業家。現役引退後に株式会社BOUKEN(ボウケン)を設立するとともに、代表取締役として活動していた(後述)。 札幌月寒東小2年から軟式野球を始め、月寒中学校時代には札幌豊平東シニアに所属。札幌日大高では、3年夏に南北海道大会準優勝。エースとして6試合に登板(うち先発は5試合)、2完封と好成績を残す。甲子園出場経験はなし。 東海大学北海道キャンパスに進学後、1年春からリーグ戦に出場。先発として5試合に登板し3勝1敗の成績を収め、新人賞を受賞。4年春には5勝0敗、防御率0.21でMVP、最優秀投手賞、ベストナインを獲得し、チームの2季ぶりの優勝に貢献。
畠 世周(はたけ せいしゅう、1994年5月31日 - )は… 畠 世周(はたけ せいしゅう、1994年5月31日 - )は、広島県呉市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。阪神タイガース所属。 呉市立川尻中学校の軟式野球部から近大福山高等学校に進学した。入学時の球速は133km/hであったが、3年時には142km/hを計測するまで成長した。チームのエースを務めた3年次は広島県ベスト16の成績を残した。4回戦の広島新庄高等学校戦では後に巨人でチームメイトとなる田口麗斗(田口は当時2年生)と対戦。田口が先発で7回1安打無失点と好投したのに対し、リリーフした畠は2回を7失点と力を出せず、チームも0-12で敗退した。 近畿大学に進学し、大学通算46試合に登板、13勝13敗、防御率2.03、216奪三振を記録。
石塚 ちづる(いしづか ちづる、1994年5月30日 - )… 石塚 ちづる(いしづか ちづる、1994年5月30日 - )は、日本の元女子プロ野球選手。栃木県出身。 花咲徳栄高校で女子硬式野球部に所属、キャプテンを務め全国高等学校女子硬式野球大会で4番ショート出場、チームの優勝に大きく貢献 。2013年にノース・レイアへ入団するが、腰椎椎間板ヘルニア発症のため内視鏡による摘出手術を受け、1年目は5試合の出場のみ。2015年に兵庫ディオーネに移籍、2016年シーズン終了後に引退。
小野 泰己(おの たいき、1994年5月30日 - )は、阪… 小野 泰己(おの たいき、1994年5月30日 - )は、阪神タイガースに所属する福岡県北九州市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。
美間 優槻(みま ゆうき、1994年5月26日 - )は、徳… 美間 優槻(みま ゆうき、1994年5月26日 - )は、徳島県鳴門市出身の元プロ野球選手(内野手)。右投右打。 野球をしていた6歳上の兄についていき、3歳からバットとボールを握り、自然と野球を始めていた。鳴門市林崎小学校を経て、鳴門市第二中学校では軟式野球部に所属。 鳴門工業高等学校では、2年時夏から4番・エースを務める。夏は、徳島大会準々決勝で小松島高等学校に3-4でサヨナラ負けを喫した。3年に進級すると同時に鳴門第一高との統合により新設された鳴門渦潮高に編入。新校の初代4番・エースとなり挑んだ夏の徳島大会では全5試合に先発登板し、初戦の城西高戦では2四球13奪三振でノーヒットノーランを達成した。
山野辺 翔(やまのべ かける、1994年5月24日 - )は… 山野辺 翔(やまのべ かける、1994年5月24日 - )は、東京都府中市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 1歳年上の菅野剛士とは実家が近所で、幼い頃からよく遊んでいた。小学3年から武蔵府中リトルシニアで野球を始める。中学時代は武蔵府中シニアに所属。1学年上に前述の菅野、茂木栄五郎、横尾俊建がいる。 桐蔭学園高等学校では3年夏に二塁手に定着し、神奈川県大会準決勝では金子一輝擁する日大藤沢高校に勝利し、神奈川県大会決勝まで進んだが桐光学園高校の松井裕樹の前に敗れ、甲子園出場はなかった。1学年上に武蔵府中シニア時代からの先輩・茂木、若林晃弘、1学年下に齊藤大将がいる。
田川 賢吾(たがわ けんご、1994年5月22日 - )は、… 田川 賢吾(たがわ けんご、1994年5月22日 - )は、京都府舞鶴市出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。 小学3年生の時から野球を始めると、中学生時代には赤星憲広が設立したレッドスターベースボールクラブに所属していた。 高知中央高等学校への入学当初は、外野手としてプレー。2年時の春から投手としての練習を始めると、秋から本格的に転向した。3年春の高知県総体では、高知商業高校との試合で本塁から中堅までの距離が121mである高知市野球場のバックスクリーンにソロ本塁打を放った。3年夏の選手権高知大会では、岡豊高校との3回戦で自己最速の148km/hを記録。無四球1失点という内容で完投勝利を収めた。
溝脇 隼人(みぞわき はやと、1994年5月17日 - )は… 溝脇 隼人(みぞわき はやと、1994年5月17日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(内野手)。
大藏 彰人(おおくら あきと、1994年5月15日 - )は… 大藏 彰人(おおくら あきと、1994年5月15日 - )は、愛知県宝飯郡一宮町(現:豊川市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。NPBでは育成選手だった。 一宮町立一宮東部小学校3年生の時に野球を始める。当初から投手を務めていたが、小学校と中学校時代は他にエース投手がいたため、投手としては控えで、野手兼任でのプレーだった。豊川市立一宮中学校時代は新城ベアーズに所属。中学3年の3学期に岐阜県不破郡垂井町への転居に伴って垂井町立不破中学校に編入した。 岐阜県立大垣西高等学校進学後に主戦投手となり、2年時の秋季大会の岐阜大会ではベスト4、3年生となった翌2012年の春季岐阜大会では準優勝し、チームを東海大会に導いている。
福永 春吾(ふくなが しゅんご、1994年5月14日 - )… 福永 春吾(ふくなが しゅんご、1994年5月14日 - )は、大阪府高槻市出身の元プロ野球選手(投手)で野球指導者。右投左打。 小学1年生から野球を始める。高槻市立高槻小時代は軟式チームの「高槻タイガース」でプレー。当時は主に捕手を務めていた。高槻市立第一中時代は硬式チームの「高槻リトルシニア」に入団するも2年次にチームが分かれ、新設の「高槻ボーイズ」に移籍。自ら志願し投手に転向した。 金光大阪高校では1年からベンチ入り。1年秋には背番号1を背負うが、2年時に肘を2度にわたり疲労骨折し、金光大阪高を中退。クラーク記念国際高校に編入した。当時のクラーク高には野球部がなく、在学中の約1年半の間野球から遠ざかっていた(詳細後述)。
則本 佳樹(のりもと よしき、1994年5月14日 - )は… 則本 佳樹(のりもと よしき、1994年5月14日 - )は、滋賀県犬上郡多賀町出身の元プロ野球選手(投手)。右投左打。プロでは育成選手だった。実兄は読売ジャイアンツ投手の則本昂大。 多賀町立大滝小学校3年時に、「多賀少年野球クラブ」で野球を始める。滋賀県立北大津高等学校3年時の夏には、第94回全国高等学校野球選手権全国大会に出場。滝川第二高校との初戦で先発したが、チームは敗退した。 高校卒業後に進学した近畿大学では、右肘を痛めた末に手術。関西学生野球のリーグ戦では、4年春の対関西大学戦で1イニングを投げただけにとどまった。4年時のエースは同期の畠世周で、在学中に硬式野球部の寮の一室で同居していた。
田村 龍弘(たむら たつひろ、1994年5月13日 - )は… 田村 龍弘(たむら たつひろ、1994年5月13日 - )は、大阪府大阪狭山市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。 2人の兄の影響で、小学1年時から野球を始める。4年時に、田村が所属していた浜寺ボーイズに北條史也が入団し、チームメイトとなる。6年時にはジュニアホークスに移り、エースとして全国制覇を成し遂げた。中学は北條と共にオール狭山ボーイズでプレー。投手・田村、捕手・北條でバッテリーを組み、3・4番を打っていた。3年夏には、ボーイズ日本代表に投手兼野手として選出され、世界大会3位に貢献した。 進学先に迷っていたが、北條の誘いで共に青森県の光星学院高等学校へ入学。1年夏から「6番・左翼手」としてデビュー。
鶴田 圭祐(つるた けいすけ、1994年5月12日 - )は… 鶴田 圭祐(つるた けいすけ、1994年5月12日 - )は、滋賀県守山市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。左投左打。 守山市立守山小学校3年生の時に物部少年野球団で軟式野球を始め、守山市立守山南中学校時代は軟式の野洲ブレーブスに所属した。中学校卒業後は寒川高等学校に入学、硬式野球部に投手として所属したが1年秋に外野手に転向した。 高校卒業後は指定校推薦で帝京大学へ入学し、準硬式野球部に入部し投手に再転向した。スーパー銭湯でアルバイトをするなど普通の学生生活もおくりながら、限られた時間・場所の中で練習してきた。 2015年(大学3年)春の東都大学準硬式野球連盟2部リーグ戦では青山学院大学との対戦でノーヒットノーランを達成したが、準硬式2部の投手への注目は低かった。
髙橋 大樹(たかはし ひろき、1994年5月11日 - )は… 髙橋 大樹(たかはし ひろき、1994年5月11日 - )は、大阪府藤井寺市出身のプロ野球選手(外野手)。広島東洋カープ所属。
髙橋 大樹(たかはし ひろき、1994年5月11日 - )は… 髙橋 大樹(たかはし ひろき、1994年5月11日 - )は、大阪府藤井寺市出身の元プロ野球選手(外野手)、野球指導者。右投右打。 お笑いタレントのほんこんに顔が似ていることから、愛称は「ほんこん」。 小学校3年生から捕手として野球を始める。中学3年時にはAA世界野球選手権大会に出場した。 中学卒業後、龍谷大平安高等学校へ進学し、1年生の秋から捕手としてベンチ入りした。 2年時の夏は、京都府予選で同校のOBである炭谷銀仁朗がもつ1大会4本塁打にあと1本と迫る3本塁打を放ち優勝に貢献する。本戦の第93回全国高等学校野球選手権大会では、外野手として出場し、初戦の新湊高戦では本塁打を記録したものの、チームは1-4で敗れた。
神戸 文也(かんべ ふみや、1994年5月9日 - )は、群… 神戸 文也(かんべ ふみや、1994年5月9日 - )は、群馬県高崎市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学生時に高崎市の塚沢リトルジャイアンツで野球を始め、中学では硬式の高崎ボーイズに所属した。前橋育英高等学校に進学後、同校は神戸が2年生時(2011年)の春の選抜に初出場を果たしたものの、神戸自身はメンバー外であった。2年秋の新チームからはベンチ入りし、外野手や控え投手として出場した。3年春の関東大会で好投したことが立正大学硬式野球部関係者の目に止まり、高校卒業後は同大学に進学するも、4年間で公式戦12試合の登板に留まった。立正大学での同期には、後にオリックスでもチームメイトとなる黒木優太がいる。
石井 一成(いしい かずなり、1994年5月6日 - )は、… 石井 一成(いしい かずなり、1994年5月6日 - )は、栃木県那須郡小川町(現:那珂川町)出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。埼玉西武ライオンズ所属。弟は東京ヤクルトスワローズに所属する石井巧。 小川那珂クラブで軟式野球を始める。小川中学校時代には軟式野球部に所属していた。 作新学院高校では1年秋からレギュラー。2年夏、3年春夏と3季連続で甲子園に出場し、2年時の夏の甲子園ではベスト4、3年生の夏の甲子園ではベスト8。3年生で主将を務める。 早稲田大学スポーツ科学部に進学。 野球部では1年春からリーグ戦出場。3年春に遊撃手でベストナインに選出。4年時は主将を務める。リーグ通算80試合に出場、237打数68安打、打率.287、6本塁打、33打点、10盗塁、ベストナイン1回。
真砂 勇介(まさご ゆうすけ、1994年5月4日 - )は、… 真砂 勇介(まさご ゆうすけ、1994年5月4日 - )は、京都府京都市伏見区出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打で、愛称は"ミギータ"(後述)。 両親が中華人民共和国(中国)の出身で、自身は京都市立向島藤の木小学校4年時から軟式野球をスタート。宇治市立槇島中学校への在学中は京都木津川シニアに所属していた。3年時の夏に全国大会へ出場している。 京都府立西城陽高校への進学後は、1年時夏の全国高等学校野球選手権京都大会からベンチ入りを果たすと、1年時の秋からレギュラーの座を獲得。選手権の京都大会では2年時から2年連続で準々決勝まで進んだものの、いずれも福知山成美高校に敗れた。 高校時代には春夏とも甲子園球場での全国大会へ出場できなかったが、2012年のNPBドラフト会議で、福岡ソフトバンクホークスから4巡目で指名。
長坂 拳弥(ながさか けんや、1994年4月28日 - )は… 長坂 拳弥(ながさか けんや、1994年4月28日 - )は、群馬県富岡市出身のプロ野球選手(捕手)。右投右打。阪神タイガース所属。 日本プロ野球の(一軍)公式戦史上初めて、「2年越しの2打席連続本塁打」という記録を2019年と2020年に達成している。 富岡市立丹生小学校4年時から「丹生ボーイズ」で野球を始めると、富岡市立西中学校在学中には、校内の軟式野球部に所属していた。 中学校からの卒業後に、群馬県内の高崎健康福祉大学高崎高等学校(健大高崎高校)へ進学。1年時の秋から正捕手に定着すると、2年時の夏に第93回全国高等学校野球選手権大会、3年時には春の第84回選抜高等学校野球大会で阪神甲子園球場の土を踏んだ。
澤田 圭佑(さわだ けいすけ、1994年4月27日 - )は… 澤田 圭佑(さわだ けいすけ、1994年4月27日 - )は、愛媛県松山市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。
内藤 実穂(ないとう みのり、1994年4月26日 - )は… 内藤 実穂(ないとう みのり、1994年4月26日 - )は、大阪府出身の女子ソフトボール選手(内野手)。ビックカメラ高崎ビークイーン所属。ソフトボール日本代表。2021年開催の東京オリンピック金メダリスト。 小学1年からソフトボールを始め、岸和田市立岸城中学校時代は全国中学校ソフトボール大会で2年連続3位。進学した佐賀女子高校では2010年、2011年とインターハイ準優勝を果たした。2013年にルネサスエレクトロニクス高崎(現ビックカメラ高崎)に投手として入団。同年ジュニア代表に選出され第10回世界ジュニア選手権に出場し優勝した。 バントや小技の上手さや勝負強い打撃に定評があり、日本リーグでは2020年、2021年にベストナイン。
辻 空(つじ そら、1994年4月24日 - )は、岐阜県岐… 辻 空(つじ そら、1994年4月24日 - )は、岐阜県岐阜市出身の元プロ野球選手(投手)、野球指導者。右投右打。 野球好きの家庭に生まれ、テレビや球場観戦など、常に周りに野球がある環境で育った。 岐阜市立梅林小学校の2年時に、スポーツ少年団で野球を始めた時から投手一筋で、岐阜市立梅林中学校時代は、軟式野球部に所属。 岐阜城北高等学校では、2年時の秋から主戦投手となる。3年時春は県ベスト4。3年時の夏は最速143km/h右腕として注目され、岐阜大会初戦の大垣工業高校戦では9回一死までノーヒットノーランの快投を演じるも、その後2安打を打たれて2失点完投勝利を収めた。しかし、ベスト8で中京高に2-7で敗れた。
柳 裕也(やなぎ ゆうや、1994年4月22日 - )は、宮… 柳 裕也(やなぎ ゆうや、1994年4月22日 - )は、宮崎県都城市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。中日ドラゴンズ所属。 宮崎県都城市生まれで、都城市立大王小学校・都城市立小松原中学校出身。小学3年から都城市の志比田スポーツ少年団で野球を始め、小学6年時には主戦で四番打者として軟式の全国大会に出場した。なお同年(2006年)に父親を交通事故で亡くしており、当時12歳の柳が喪主を務めた。中学時代は都城リトルシニアに所属し、3年生だった2009年にはシニアの日本代表に選ばれ、アメリカで開かれた少年野球全米選手権大会で優勝し、最も優れた投手に贈られるサイ・ヤング賞を受賞した。 中学卒業後の2010年、横浜高校に進学し、地元に母親・妹・祖母を残して単身で横浜へ渡った。
京田 陽太(きょうだ ようた、1994年4月20日 - )は… 京田 陽太(きょうだ ようた、1994年4月20日 - )は、石川県能美郡寺井町(現:能美市)出身のプロ野球選手(内野手)。右投左打。横浜DeNAベイスターズ所属。 寺井町小杉の家庭で長男として出生。生後11か月から歩き出し、1歳を迎えたころには上手に歩けるようになっており、また好き嫌いもせず何でも食べていた。能美市立寺井小学校の2年時に、寺井学童野球クラブで軟式野球を始めた。小学校卒業後の2007年4月、能美市が主催した同市出身の松井秀喜(当時、ニューヨーク・ヤンキース)応援ツアーに応募し、当選。旧ヤンキー・スタジアムにて松井と握手をした(試合は雨で中止)。能美市立寺井中学校への進学後に白山能美ボーイズへ所属すると、日本少年野球選手権大会全国大会での準々決勝進出を経験した。
武田 健吾(たけだ けんご、1994年4月18日 - )は、… 武田 健吾(たけだ けんご、1994年4月18日 - )は、オリックス・バファローズに所属する福岡県筑後市出身のプロ野球選手(外野手)。右投右打。
岡野 祐一郎(おかの ゆういちろう、1994年4月16日 -… 岡野 祐一郎(おかの ゆういちろう、1994年4月16日 - )は、宮城県石巻市出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小学校3年から野球を始め、中学校は石巻中央シニアに所属する。 高校は聖光学院に進学し、1年秋にベンチ入りを果たすも、公式戦初登板は2年秋であった。3年になると春夏連続で甲子園出場し、第84回選抜高等学校野球大会では、1回戦で鳥羽高校と対戦し、2安打完封と好投し同校の選抜初勝利に貢献する。続く2回戦では柳裕也、田原啓吾、樋口龍之介ら擁する横浜高校と対戦するも、15安打7失点と崩れて1対7で敗北する。第94回全国高等学校野球選手権大会では1回戦で前年度優勝の日大三高と対戦し9回1失点で完投勝利を収めるが、2回戦の浦和学院戦では3回9安打6失点と炎上し、チームは4対11で敗退する。
下妻 貴寛(しもつま たかひろ、1994年4月15日 - )… 下妻 貴寛(しもつま たかひろ、1994年4月15日 - )は、山形県酒田市(旧・松山町)出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。現在は東北楽天ゴールデンイーグルスの二軍バッテリーコーチを務める。 小学校3年生から野球を始めると、松山中学校では軟式野球部に所属しつつ、「酒田ハーバーベースボールクラブ」で硬式野球も経験した。酒田南高校では1年生の春から正捕手を務める。3年の夏には甲子園に初出場、大会の選手宣誓を行った。試合は初戦で明徳義塾高校に敗れる。 2012年のプロ野球ドラフト会議で、東北楽天ゴールデンイーグルスから4巡目で指名。契約金3500万円、年俸600万円(金額は推定)という条件で入団した。
星 知弥(ほし ともや、1994年4月15日 - )は、栃木… 星 知弥(ほし ともや、1994年4月15日 - )は、栃木県那須郡那珂川町出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。東京ヤクルトスワローズ所属。 高校時代からプロスカウトから注目されたが、プロ志望をせずに明治大学へと進み、硬式野球部に入部した。1年春のリーグ戦で154km/hを計測した。大学通算成績は、46試合に登板し、4勝5敗、防御率2.59。ちなみに1年先輩に高山俊や坂本誠志郎、同級生に柳裕也や佐野恵太などがいる。 2016年10月20日に行われたドラフト会議で東京ヤクルトスワローズからドラフト2位指名を受けた。そして2016年12月1日、契約金7000万円、年俸1200万円で仮契約した。背番号は24。
藤浪 晋太郎(ふじなみ しんたろう、1994年4月12日 -… 藤浪 晋太郎(ふじなみ しんたろう、1994年4月12日 - )は、大阪府堺市南区出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。阪神タイガース所属。
弓削 隼人(ゆげ はやと、1994年4月6日 - )は、栃木… 弓削 隼人(ゆげ はやと、1994年4月6日 - )は、栃木県佐野市出身の元プロ野球選手(投手)。左投左打。 身長は193cmで、2021年に阿部剣友に抜かれるまではNPBの日本人左腕投手で歴代最長身であった。 実家では祖父から2代にわたってラーメン店を経営。佐野市立吉水小学校で野球を始め、佐野市立田沼東中学校時代は佐野シニアに所属。佐野日本大学高校に進学すると2年春からベンチ入りし、3年春からはエースを務めたが、甲子園球場の全国大会とは無縁であった。野球部の2年後輩に田嶋大樹がいる。 日本大学への進学後は肩や肘の故障もあり、入学から2年間での公式戦登板はわずか1試合のみであった。4年になると頭角を現し、4年秋では初の完封勝利を挙げるなど2勝0敗・防御率1.93という好成績で敢闘賞を受賞し、チーム25季ぶり(2004年春以来)となる東都大学1部リーグ優勝に貢献した。
大滝 勇佑(おおたき ゆうすけ、1994年4月5日 - )は… 大滝 勇佑(おおたき ゆうすけ、1994年4月5日 - )は、大阪府松原市出身の元プロ野球選手(外野手、内野手)。右投右打。プロでは育成選手であった。 地球環境高校進学後、1年春からベンチ入りし2年秋から4番に定着。3年時には通信制高校としては初となる選抜高等学校野球大会への出場も果たした。 2012年10月25日に行われたドラフトでソフトバンクから育成2位で指名された。通信制高校からのドラフト指名は史上初の快挙となる。 2013年2月、痛めていた右肘の再建手術を受ける。これによりルーキーイヤーはリハビリに費やす見込みとなった。 2015年10月4日、球団から戦力外通告を受けた。
菅原 秀(すがはら しゅう、1994年4月5日 - )は、大… 菅原 秀(すがはら しゅう、1994年4月5日 - )は、大阪府吹田市出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。東北楽天ゴールデンイーグルス所属。
北本 亘(きたもと わたる、1994年4月4日 - )は、大… 北本 亘(きたもと わたる、1994年4月4日 - )は、大阪府交野市出身の元プロ野球選手(内野手)。 交野市立倉治小学校5年の時に軟式野球を始め、交野市立第二中学校入学後は大阪交野ボーイズでプレーしていた。その後立命館宇治高等学校入学と同時に硬式野球部に入部し、2年時の2011年には春季大会で優勝し、春季近畿大会ベスト4の成績を残したものの同年夏は京都府予選準優勝で甲子園大会への出場はなかった。3年時は低迷し、2013年4月より立命館大学に進学し、硬式野球部へ入部した。2年時に第63回全日本大学野球選手権大会に出場し、以降4年まで3大会連続出場を果たした。3年時には第46回明治神宮野球大会にも出場している。
上原 健太(うえはら けんた、1994年3月29日 - )は… 上原 健太(うえはら けんた、1994年3月29日 - )は、沖縄県うるま市出身のプロ野球選手(投手、外野手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。 小学校から軟式野球を始める。中学まで沖縄で過ごす。 強豪・広陵高校で1年夏から控え投手としてベンチ入りする。2年夏にチームはエース有原航平を擁し第92回全国選手権に出場したものの登板することなく、聖光学院高校の歳内宏明に抑えられ、0-1でチームは2回戦敗退。秋からエースとなる。2年秋は準決勝で敗れ、3位決定戦にも敗れ、4位に終わり、3年春は広島県大会準決勝で秋に3位決定戦で敗れた総合技術に敗れ、夏は3回戦で敗退し、甲子園に出場することなく明治大学に進学する。